現在地 HOME > 掲示板 ★阿修羅♪ |
|
(回答先: 「将来日本が標的になることも有り得る」根拠とは言い難いと思います。 投稿者 匿名希望 日時 2002 年 9 月 28 日 05:41:35)
匿名希望さんへ、あっしらさんへ
割り込んですいません。
わたしには、自己言及的な論証はゲーテルによって「クレタ島の人間はすべて嘘つきである、とクレタ島の男が言った。」という有名な言葉によって論証の不可能性として証明されている。ように
日本の内側と外側の境界線の線引きについての自分の論理の正しさを主張しあっても、そんなに有意義だとは思えません。いま、共有できる内側の部分は
<我が国が最も恐れなければならない事態は、あっしら氏の示唆した「米国の内向き志向への回帰」である。諸外国の反発はともかく、内国民からの批判が噴出すれば、米政権は路線転換を余儀なくされる。このような事態になれば、中東政策だけでなく、対外政策全体が見直され、モンロー主義が米国を覆うことは可能性のないことではない。あらゆる種類の反米主義者はここに戦略の焦点を絞ってくるだろう。そうなった場合の世界秩序に与える影響は計り知れず、何の準備もできていない我が国は大混乱に陥る。米国にグローバル・コップの役回りから降りてもらっては困るのである。>
なのだとしたら、百歩譲っていや万歩譲ってかもしれませんが、仮定として「米国の内向き志向への回帰」してしまったとした場合、日本はどう困り、どうすべきかあるいはどうあるべきかについて論議できないものでしょうか?それはあまり意味がないことなのでしょうか?無理なことなのでしょうか?