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(回答先: セックス談義 〔大告白大会に便乗して〕(笑) 投稿者 最大多数の最大幸福 日時 2004 年 6 月 23 日 19:11:55)
最大多数の最大幸福さん、どうもです。
「「金利取得者」や「地代取得者」の道を素直に悪だと判断する人が多数派にならないのは、なぜか?」は、自問自答で完結していると思っていますので、貴重な提言として読ませていただくにとどめます。
セックスカウンセラーでもなく、「セックスレス夫婦」もなかなかイイジャンと思っているので、軽く書かせてもらいます。
結婚したばかりのときはイケイケですが、ある時期以降の夫婦のセックスは、いつでもできるという思いをお互い持っているし、しないとしないまま時が過ぎていくものだと思っています。
「毎週土曜日はセックスデー」といった義務的なかたちよりも、そのほうが自然でいいはずです。(双方が不満を持っていないなら、という条件付ですが)
>じゃぁ、なぜ、今、「セックスレス夫婦」状態に陥ってしまっているのかというと、
>わたしの「飽き性」が原因なのです。
>特定の女性と、何回もセックスしていると、やがて、一回目のセックスの時に覚えた
>最大限の感応の十分の一、いや、百分の一ぐらいの感応に減ってしまうのです。
>それは、妻であろうと、他の女性であろうと、一緒なんです。
“普通で健全な”感応だと思います。
実際にセックスしなくとも、手順すべてを思い浮かべることができ、相手の“手口”も反応も見える、たぶん、感覚も曖昧だけどなんとなく反芻もできる、このようになった相手にはそうなるものです。
別に自分や男のバカな浮気性癖を弁護するわけではありませんが、わからない、知らないという神秘性への崇敬が新しい女性に向かわせると思っています。
美人の女性に言いたい(言ってどうなるもんでもないし、美人が読んでいるかどうかもわからないけど(汗:ジョークで〜す))のは、絶対とは言わないけれど、「数十回のセックス経験がある美人よりも、どんなセックスか知らない並の女性に私(男)は吸い寄せられる」ということです。
(人生最後のセックスだとどっちを選択するか微妙。もちろん愛する妻がいるんなら、どちらでもなく妻ですよ(笑))
“並の女性”の部分は、「それほどのブス(私基準)ではない女性」に置き換えてもそうかもしれない。
(三日で飽きられると言われたり、数十回セックスさせるだけで並の女以下になってしまうんだったら、美人の意味って何?ということになってしまう(笑)美人の意味は、そのような女性を手に入れることに価値を認める男にとってのものであり、自分をそれほど知らない(セックスを含む)男どもをそそってチヤホヤしてもらえることしかないというコワいオチになってしまう。だから美人は、そのような女性を手に入れることに価値を認める男をパートナーにするか、売笑婦的に生きるしかないという、もっとトンデモないオチになりかねない。阿修羅にいっぱいお見えの美女の方々、こんなくだらんことを書いてゴメンなさい)
>それと、セックスという行為が、お互い、嫌いなのか?というと、これまた逆で、ほ
>んとに好きで好きで、たまらないのであります(笑)
セックスカウンセラーではありませんと断りつつ...
奥さんを巻き込んで雰囲気を高めることに抵抗があるのなら、自分の性的気分を高める努力をしてください。
(奥さんを巻き込んで雰囲気を高めることに問題がないのなら、対処法は腐るほどありますが、恥ずかしいので書きません(笑))
努力といっても、性的気分を高めるのですから苦行ではありません。
刺激的なエロ小説を読むもよし、ウラDVD(ビデオ)を見るもよし、有名な公園で覗きをするもよし(帰宅するまでに冷めるのならムダ)です。
“頭”先行でセックスに向かうという姑息な手法です。
相手に知られないほうがいいのなら、刺激的なエロ小説を読むのがいちばんです。
>だから、なるべく、たくさんの女性とセックスして、楽しみたい!という感情は強いです。
>しかし、ここで問題点が・・・
>こういう感覚を自然なものだとして、認めることは、当然、妻にも他の男性と自由に
>セックスすることを認めなければならないということに繋がるんですよね。
>これは、どうも気持ちが悪い、具合が悪い、許せない!(笑)わがままな感情ですよ
>ね・・・
>でも、自分の中に、明らかに、こういう感情があることは、否定できない。
>あっしらさんにも、こういう感情は、ありませんか?
「あっしらさんにも、こういう感情は、ありませんか?」という問いは、ここ限定の話ですか(ここに至る前なら“ある”ですが)、ここ限定の話ならありません。
女性読者から罵詈雑言を浴びそうで恐いのですが(笑)、「当然、妻にも他の男性と自由にセックスすることを認めなければならない」ことはありません(あ〜あ、書いちゃった)
「妻に認めさせるなら、当然、妻にも他の男性と自由にセックスすることを認めなければならない」とは思いますが、妻に認めてもらうことを求めないのなら、自分がそうすることと妻の振る舞いとは無関係です。
もちろん、妻に知られないこと、さらには、(女性の勘は男の想像を超えるものなので)知られたことで起きる問題を承知しておく必要はあります。
そして、妻が他の男とセックスすることがイヤなら、そうであることを妻が知るようにしておく必要もあります。
なぜなら、夫が自分が他の男とセックスすることがイヤだと分かっている女性は、そのようなことをしたとしても、夫に悟られるようなドジを踏まないからです。
(イヤなのに公平を善と考え、妻に許可を与えるようなことをして、「今日、ちょっと楽しんで来ちゃった」と言われて、悶々としたりつい手を出してしまうというのはあまり感心できません)
知らなきゃ、そんなことをしていないと同じでしょ?
「いやいや、ひょっとしてと妻はと疑う日々もイヤだ」と言うのなら、妻が他の男性とセックスすることを思い浮かべて性的快楽を得るようになることです(笑)
「おいおい詭弁だぞ」という方もいるでしょうが、自分が他の女性とセックスしなくても、妻は他の男性とセックスすることもあるでしょうし、それを夫に悟られるようなドジを踏まないものだとしたら、そして、何より妻を愛しているとしたら、それ以外に心の安寧を得られる術はないのです。(正真正銘の箱入り妻にしているのなら別ですが...)
女性がそれを夫に悟られるようなドジを踏まないものだとしても、勘の男なら何かを感じるかもしれません。そのようなときも、それを性的悦楽の糧にできる余裕を持ちたいものだと願っています(ほんまかいな:笑)
私に男性本位という観点で罵詈雑言を浴びせようと思われた女性の方に:
ご理解いただけると思いますが、男性の身の処し方は、そのまま女性にも通用するものですからご容赦をお願いします。
もちろん、道徳的観点で罵詈雑言を浴びせようと思われた方は、女性に限らず、罵詈雑言を浴びせてください。