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(回答先: Re: 釈尊が最終的に目指したものは法華経ー方便だと思います! 投稿者 涼風 日時 2003 年 10 月 24 日 00:41:50)
涼風さんより、ご意見をいただきましたので、再度、投稿いたします。
>意見が違うからといって言い争いは好ましくないというのはまさにそのとおりだと思います。
>ただ、真実に到達しようという姿勢と、仏典で解釈が分かれる部分は重要視しないとする姿勢は
>両立しないのではと自分は思います。
解釈が別れていても、ある解釈が優れていると思えば、それを受け入れますよ。
道に迷いながら、最終的に真実に到達に近づけばいいと思っています。
幸せとは何かとか、悟りとは何かとか、昔から興味の合った事柄に対する答えは
自分なりに、見つけていますが、それらに執着しないようにしております(笑)。
>また、仏典は全部、作者が釈迦以外の人ですが、だからと言って根拠や理由がないまま
>「この部分は作り話に違いない」としてしまうのでは単なる思い込みと同じになってしまいます。
>ある部分が作り話だと主張する場合はその根拠や理由、基準といったものを述べるべきなのではと思>います。
仏典には、フィクション、ノンフィクションが混ざった状態で書かれていると思いますので、
フィクションだと思う場合は、その話の意図、趣旨を考えています。
ある話が作り話であると思う根拠は、私の常識に照らして行います。
お経に書いているお話が、全部ノンフィクションのはずはなく、
お経に書いてあることが、全部正しいとも思いません。ある一つのお経に
執着することは、仏教の精神に反します。たとえそれが素晴らしいお経でも、
間違っているところもあるだろうなあとか、他にもっといいお経、思想、教えがあるかも
しれないなあと思った方がいいと思います。とりあえず、現在素晴らしいと思うお経の法、
教えにしたがって、生きていこうかなあ、てな感じがいいと思います。
いつか、新しい妙法が出てくるかもしれないし、、、、
>いいえ、この本の著者は法華経を仏法ではなくて妙法であると述べています。
妙法の意味を仏教辞典(新・仏教辞典、中村元 監修、誠信書房)で引くと
「サッダルマ、もっともすぐれた教法の意。また、聖者たちの教法の意。また法華経の美称と
して用いられる。」とあります。そうすると法華経は、妙法蓮華教を略したものなので、
もっとも優れた法である蓮華教という意味ですよね。つまり、蓮華教が素晴らしい法、教え
なのであって、妙法という言葉がなくても、蓮華教としても十分成立すると思います。
妙法という言葉は、形容詞的で中身はない言葉ではないでしょうか。妙法阿弥陀教、
妙法キリスト教、妙法イスラム教などの言葉も成立しそうな、、、、
お経のタイトルにもっとも優れたという意味をつけた法華経の作者の方々には、
うまいことつけたなあ(人々の興味を引き、信者獲得も容易かも、、)と感心しますが、
私はどちらかというと、「みのるほど、頭をたれる、稲穂かな」という言う気持ちで
タイトルを付けて欲しかったです。
>それから、釈迦が2500年前の人というのは間違ってる可能性が高いようです。
>「法華三部教体系(総論)」P.22
>釈迦の滅度の年代は西洋仏教史観から推測するのは正道ではなく、日本の仏教思想に流れている
>西暦紀元前九四九年が内道の仏滅年数となります。
>大集経に五箇五百歳が説かれていますが、それに年代と歴史事実を加えてみれば
・・・
おうざっぱな歴史ですね。500年ずつですか、、、
前出の仏教辞典によると、紀元前400年をまたいだ形でお釈迦さんの生涯が記されています。
わたしの仏教の旅は、中村元さんとか、友松円諦さんなどの著書に落ち着いています。
古い仏典のパーリ語、サンスクリット語から、日本語に直接、訳された方です。西洋の言葉に
翻訳されたものをもとに研究した方々ではありません。あしからず。
>理由は明治以降は西欧人の仏教研究に迎合した内容になったからだそうです。
>さらに、西欧人の仏教研究とは本来の仏教とは程遠い内容で、しかもとても低レベルであると
>著者は述べていますが、前回のレスで紹介した法華経の認識についての根本的な誤りは
>そのひとつの重要な例だと思います。著者が述べているような認識をしないと論理的整合性が
>取れませんし、法華経の経典にも法華経とは「事」であると書かれているのですから
>これを否定したら仏教研究は論理もへったくれもないということになってしまいます。
法華経が事であるという意味がわかりません。よろしければ、教えてください。
涼風さんが引用しておられる学者さんが述べていること、研究されていること、あるいは
法華経が完全なる真実、真理で、他のどんな思想、宗教、お経、書物よりも優れているとは、
言えないと思いますよ。なぜなら、すべての思想、宗教、お経、書物を研究したあとでないと
そんなことは言えないからです。
法華経が仏教の代表的お経であり、優れていることは、十分、認められているのですが、
法華経だけが優れているとか、世界でいちばんすぐれたお経、思想だとは思われない方が
いいと思います。他にもあるかもしれませんから、、、、、とりあえず、法華経かなぐらいが
ちょうどいいと思います。世の中には、トリックや宗教を利用して、楽して、お金もうけを
しようとする人もいるので、そんな人たちにだまされないためにも。