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(回答先: Re: 釈尊が最終的に目指したものは法華経 投稿者 涼風 日時 2003 年 10 月 25 日 08:54:30)
>びっくりさんのことをうっかりして勘違いしていました。
>何々菩薩といった存在等のことを信じていて、その上で作り話とそうでない話とがある
>というふうに主張されているのかと思っていました。
>話がかみあうはずがないですね。
●涼風さんは、法華経をしっかり読まれ、理解された方と思いますが、私にとって、法華経は、
仏教の中の一つの大乗仏典の一つです。方便を多用して、面白いですが、私は方便なしで、
真実に到達したいし、悟りたいと思っていますので。無理は承知。●
>日本語では妙法蓮華経を省略して法華経と呼ぶということなのでしょうが、
>原語ではどうだったのかがちょっと自分にはわかりません。
>しかし、びっくりさんのこの質問ではっきりわかったことがあります。
>前回のレスでも感じたのですが、びっくりさんは「法華経」をちゃんと
>読んだことがないのではないですか。
>そうでないとびっくりさんのような疑問は生まれません。
●辞典によれば、妙法蓮華経は、言語(サンスクリット)で、サッダルマ・プンダリーカー・スートラです。
もっともすぐれた法、教えの蓮華経というタイトルだと思います。
法華経は、大乗仏典の一つとして、読みましたよ。「大乗仏典」「小乗仏典」中村元 編 筑摩書房の2冊と、
他に解説書などを読みました。もちろん、全部理解したわけじゃないですよ。勉強不足と言われれば、
大当たりです。
この本の中にある法華経 現代語訳は、鳩摩羅什のテキストを中心にサンスクリットの原典を参照にして原典に
則した形で行われたようです。
●
>>言葉ではなく、実体ということですね。月は、月という言葉じゃなく、
>>月本体のこと、ということですね。
>これもたぶんわかってないという気がするんですが。
●どのようにわかっていないのか、教えていただければ、ありがたいです。●
>それから仏教研究者の話ですが、紹介した本の著者は
>小乗教というのが釈迦に問いを為した特定の個人に合わせた内容であって、
>そのために普遍性のある教えではなく、また小乗教では悟れないと主張しています。
>普遍性があり、かつ悟れる内容が含まれているのは大乗教の教えなのであって、
>それなのに明治以降は例えるとそろばんや和算(小乗教)でもって数学を考え、
>高等数学による研究成果の伝承(大乗教)を一笑する態度を取っているのと同じだ
>というようなことを本の中で述べています。
●大乗仏教は、小乗仏教を低いものと見ていたことを反省して、小乗を上座部と呼ぶように
改めたんじゃないでしょうか。いつまでも、大乗が小乗よりすぐれているとの立場、考えでは
いけないと思いますよ。小乗仏教が存在して、それをもとに大乗仏教ができたのですから。
小乗に普遍的な教えがないとか、悟れないとか主張しない方がいいと思いますよ。
お釈迦さんは、大乗仏典、小乗仏典もなく、悟りをひらいた方ですし、その当時のお弟子さんの中にも
悟られた方がおられても不思議じゃないと思います。もちろん、お釈迦さんが生まれる前にも
普遍的な教えを発見された人も多くいたと思います。現代においても、仏教と関係なく、
また、他の宗教とも関係なく、いい人はいると思います。菩薩のような人が、、、、
もちろん、大乗仏教には、小乗仏典よりもいろいろなテーマを深く研究された方も多く、素晴らしいと
思いますが、我々の日常生活では、たし算、引き算、かけ算、割り算などの基本的な算数で十分やって
いけますし、それで、解答を導き出せれば、いいのではないでしょうか。
大乗が小乗を低いものと見ているのであって、小乗が大乗を低く見ているのでは、ないと思いますよ。●
●私の前投稿の時の質問の件ですが、答えていただければ、私の理解の参考になります。
涼風さんは、法華経一途の方でしょうか?
また、法華経に書いてある内容にフィクションがないと思っていらっしゃるのか。
涼風さんは、お釈迦さんが生きておられるときに、妙法蓮華経とおっしゃったと思ってらっしゃいますか。
以上、3点です。よろしくお願いします。