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(回答先: 教育勅語の精神が失われた日本に未来があるのか? 投稿者 Ddog 日時 2003 年 6 月 24 日 00:14:38)
まず支配層が教育勅語の精神を守らなければなりません。
「子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や,秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。」
私達が一緒に生きていかなければならない運命共同体である以上、このような規範を守ることが自分のためにもなることは自明です。これが共同体規範です。
「戦後に教育勅語が排除された結果、我が国の倫理道徳観は著しく低下し、極端な個人主義が横溢し、教育現場はもとより、地域社会、家庭においても深刻な問題が多発しています」
戦後に教育勅語が排除されたのは、戦前支配層が教育勅語の精神を守らなかったからです。
国内の貧民を放置し、植民地への過剰投資に血道をあげた結果として、国を破り、無数の犠牲者を出したのです。 そこには、現在でも見える利潤最大化動機が透けて見えます。 戦前の貧民史をたどっていけば、戦前支配層がどんなに隣人を愛し、社会公共のために貢献したか、よくわかります。
現在の支配層も、その行いは同じようなものですよ。
教育勅語を守った人々の多くは南洋の底に沈んでいます。
この著しい運命のコントラストを国民が理解したことが、戦後、教育勅語の精神が排除された理由です。 また、極端な個人主義が横溢した理由です。 日本人は馬鹿ではありません。
社会的「アノミー」の原因は、まさに支配層の裏切りです。 デュルケムがそういっているはずですよ。
したがって、教育勅語の精神を復興したいのならば、まず経団連その他が、国民経済のために奉仕することを表明し、実行することです。
戦前支配層の誤りを率直に認めることも必要です。
そうすればアノミーは収まる余地があります。
日本人はそんなに馬鹿ではありません。
教育勅語の精神を守らなければ日本が滅びるという点は、同意します。
私もその精神の復興を念願しています。
その点でDdogさんに実は賛成していますよ。
ただ国民一般にただそれを言っても、誰も聞く耳を持たないでしょうね。 上に書いたのがその理由です。