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(回答先: 譲り合い精神のない強欲高齢者が社会を崩壊させる 投稿者 最大多数の最大幸福 日時 2008 年 6 月 15 日 01:25:43)
>最大多数の最大幸福さん どうもです。
気持ちは分からないことはありませんが、それですと、支配家層の「思う壺」という気を受けます。
全体的な分析としては、当を得ている部分も多いようですが、それが全てでもないと言う気がします。
Kとしては、現在は「一般生活者・生活者・労働者」vs「支配家層」の最後の決戦の前夜と位置づけないと未来はない。と考えています。
現実問題として「我々の世代」が「未来に展望を残せなかった」事は「若者が年配層を恨む」という要因になりますし、恨まれても仕方のない部分はあるのでしょう。
しかし、仮に最大多数の最大幸福さんが「我々の世代に生きた(=30〜40年早く生まれた)としても、多分「今の若者に希望のある未来」を残す事は出来なかったのでしょう。
人間は「環境に応じて、遊べるなら遊んで暮らす」のが本質として持っている部分です。
仮に、高級ステーキを食える場面に立ったとして「このステーキは私には贅沢すぎます。世界の恵まれない人たちの事を考えれば食べることなどできません。」という人も皆無とは云えませんが、変人と思いますし、「人間らしくない」と考えます。
結果的に「その人間の生活の積み重ねが、現在を作った。」と言う意味において、現在の老年層が無実ではなく、極端に言えば「全ての人が加害者」との見方は可能でしょう。
しかし
>【60歳過ぎても、デカイ顔して、高給で居座っている奴は、とことん、バッシングと嫌がらせをしてやるから、覚悟しておけ!60過ぎたら、年収200万円程度で、つつましやかに働くのが、せめてもの罪滅ぼしってモンじゃないのか?】
まで、行くと「庶民サイドの分断策」に引っかかっている。(=敵の思う壺)と言う気がします。
最近の傾向として、「老人は好い加減に退席しろよ(=後期高齢者医療等)」という部分と「若者批判(ニート・フリータを自己責任とする考え方)」と「公務員批判」と、様々に「生活者の分断策」に誘導されている気がします。
基本的には「生活貧困層同士で、貧困の押し付け合いをしている」だけで、その結果として「日本生活者の全体に閉塞感が漂い、不況になっている。」という気がします。
基本的には貿易黒字でGDPも増加している日本において、人口は横ばいから下降線になろうとしているのですから、「富の再配分さえ適切なら、全ての人がそれなりの幸福感を感じて暮らせるはず」なのですが、生活者同士で「あいつらには、まだ余裕があるはずだ!」とのイメージによる「不幸の押しつけ」が行われている気がします。
本当の敵を見極め、その敵と「生活者全体が一致協力して闘う」のが、解決の本則であり、【60過ぎたら、年収200万円程度】との年齢と金額の規定をしてしまうのは危険でしょう。
「年齢による肩書きの廃止」(=課長・社長・会長などの役職の定年制)
しかし、希望によっては「アドバイザー的な存在としての、職場退職は延長する。(=収入は仕事に応じて適切に下げる)」
まあ、妥当な線として、60歳の役職定年、職場定年は65歳〜70歳程度が良いのかなと言う気もします。
一概には言えませんが、年金暮らしの親のスネを囓り続けている若者もいるようですから、老人は貧乏でも良いと言うわけではなく、戦後日本の復興期に頑張ったと言う苦労も評価しなくても良いとまでは言い切れません。