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ウェーバー オペラ 『魔弾の射手』
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/834.html
投稿者 中川隆 日時 2020 年 1 月 23 日 00:02:53: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: ドイツ人にしか理解できないブラームスが何故日本でこんなに人気が有るのか? 投稿者 中川隆 日時 2019 年 10 月 19 日 08:22:18)

ウェーバー オペラ『魔弾の射手』


Carlos Kleiber - Weber: Der Freischütz, J. 277 (1973/2018)



Personnel:
Franz Crass, bass
Siegfried Vogel, bass
Bernd Weikl, baritone
Theo Adam, bass baritone
Peter Schreier, tenor
Edith Mathis, soprano
Günther Leib, baritone
Gundula Janowitz, soprano
Leipzig Radio Chorus


Dresden Staatskapelle
Carlos Kleiber, conductor


____


Furtwängler "DER FREISCHUTZ" 1954


Elisabeth Grümmer--Agathe
Rita Streich--Ännchen
Hans Hopf--Max
Kurt Böhme--Kaspar


Wilhelm Furtwängler--Conductor
Wiener Philharmoniker
Salzburger Festspiele
1954


________



Der Freischütz Ernst Kozub Arlene Saunders Edith Mathis Hans Sotin Gottlob Frick Hamburg


Max - Ernst Kozub
Agathe - Arlene Saunders
Kaspar - Gottlob Frick
Ännchen - Edith Mathis
Ottokar - Tom Krause
Kuno - Toni Blankenheim
Kilian - Franz Grundheber
Hermit - Hans Sotin
Zamiel - Bernard Minetti


Conductor: Leopold Ludwig
Orchestra: Philharmonisches Staatsorchester Hamburg
Chorus: Chor der Hamburger Staatsoper
Recorded: 1968



▲△▽▼



『魔弾の射手』(まだんのしゃしゅ、独:Der Freischütz)は、カール・マリア・フォン・ウェーバーが作曲した全3幕のオペラ。


台本はヨハン・アウグスト・アーペル、フリードリヒ・ラウンの『怪談集』を元にヨハン・フリードリヒ・キーントが書いた。
1821年6月18日にベルリンの王立劇場で初演された。


原題は、ドイツの民間伝説に登場する、意のままに命中する弾(Freikugel)を所持する射撃手(Schütz)[1]の意である。この伝説では7発中6発は射手の望むところに必ず命中するが、残りの1発は悪魔の望む箇所へ命中するとされる。


舞台は1650年頃のボヘミアと設定されている。当時のボヘミアはドイツ=神聖ローマ帝国支配下にあり、ドイツ人も多数住んでいた地域(14世紀には帝都が置かれていたこともある)なので、ドイツ伝承説話の舞台として矛盾はない。


ドイツの民話を題材とし、魔の潜む深い森や、封建時代の素朴な中にも良き生活を描いたこの作品は、オペラにおけるドイツ・ロマン主義を確立した記念碑的作品であり、その清新な音楽は新しいドイツ音楽を確立するものとして受け止められ、後のワーグナーなどにも大きな影響を与えた。序曲は特に有名であり、その冒頭部分は賛美歌『主よ御手もて引かせ給え』としても知られている。


登場人物


マックス:若い猟師。射撃の名手だが深刻なスランプ中。
アガーテ:マックスの恋人。
カスパール:若い猟師。マックスの同僚で、悪魔ザミエルに魂を売っている。
クーノー(訳によってはクーノ):森林保護官。アガーテの父。
エンヒェン:アガーテの従姉妹。
オットカール侯爵:ボヘミアの領主。
隠者
キリアン:富農。
ザミエル:悪魔。魔弾の作り方を伝授する。


楽器編成


フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦五部 舞台上にクラリネット、ホルン2、トランペット、ヴァイオリン2、チェロ、第2幕のフィナーレにピッコロ2を追加する。


あらすじ


第1幕
狩人のマックスは明日行われる射撃大会の予行演習をしていた。しかし彼の放つ弾は的を射抜くことができない。このままでは明日の結果は目に見えている。しかも恋人のアガーテの父・クーノーは、彼の明日の結果次第ではアガーテとの結婚を認めないといっている。


狩人仲間のカスパールは、自信を失っているマックスにつけこみ、「人々から恐れられている狼谷へ深夜に来たら、勝つ方法を教えてやる」と言い、マックスを誘い出す。


第2幕


その夜、アガーテの部屋を訪れるマックスは、狼谷へ行くことを彼女に告げた後、狼谷に向かった。その頃、カスパールは狼谷でマックスの命を引き換えに契約の延長と、7発中6発は自分の意図するところに必ず命中し、残りの1発は悪魔の望む箇所へ命中する魔弾を作るように、悪魔のザミエルに頼んだ。そこへマックスが狼谷へやってきて、カスパールと共にその魔弾を鋳造した。


第3幕


射撃大会当日、アガーテは花嫁衣裳を着て、マックスとの結婚に備えていた。婚礼の花冠を持ってくるが、それは葬儀用の冠だった。そこでアガーテは森の隠者から貰った白いバラで花冠を編んでもらい、それを代わりにかぶることにした。

一方、射撃大会ではマックスが魔弾の効果で素晴らしい成績を上げていた。領主はマックスに最後の1発で鳩を撃つように命令した。その弾は飛び出してきたアガーテに向かって発射されてしまうが、バラの花冠がお守りになってくれたお陰で弾はそれ、間一髪命中をまぬがれた。だが、それた魔弾がカスパールに命中してしまい、彼は死んでしまう。


不審に思った領主はマックスにその理由を問い、マックスは正直に全てを答える。激怒した領主はマックスに追放を宣告するが、そこに隠者が登場し、マックスの過ちを許すように領主に諭す。領主はそれに従い、1年の執行猶予の後にマックスとアガーテとの結婚を許した。


https://ja.wikipedia.org/wiki/魔弾の射手


 

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コメント
1. 中川隆[-14216] koaQ7Jey 2020年1月23日 00:23:34 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-1074] 報告

『魔弾の射手』序曲



Weber, Ouvertüre zu 'Der Freischütz', Furtwängler 1954(pseudo-stereo)


Ouvertüre zu 'Der Freischütz'
Wiener Philharmoniker
Wilhelm Furtwängler 1954(pseudo-stereo)

_____

Weber - Freischütz Overture - Berlin / Furtwängler 1944


Der Freischütz - Ouvertüre

Berliner Philharmoniker
Wilhelm Furtwängler
Live recording, Berlin, 20/22.III.1944

_______

Weber: Overture Der Freischütz - Adagio - Molto vivace (Live)


Berliner Philharmoniker · Wilhelm Furtwängler
Wilhelm Furtwängler - Recordings 1942-1944

_______

Wilhelm Furtwängler "Overture" Der Freischütz 1933


" Overture" from Der Freischütz
Berlin Philharmonic
Wilhelm Furtwängler, conductor
1933

_______

Weber: Der Freischütz; Overture, Furtwängler & BPO (1926)


Carl Maria Friedrich Ernst von Weber (1786-1826)
Der Freischütz; Overture, Op. 77

Wilhelm Furtwängler (1886-1954), Conductor
Berlin Philharmonic Orchestra

Rec. 16 October 1926

2. 中川隆[-14215] koaQ7Jey 2020年1月23日 00:27:42 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-1073] 報告

カール・マリア・フリードリヒ・エルンスト・フォン・ウェーバー(ドイツ語: Carl Maria Friedrich Ernst von Weber、 1786年11月18日 - 1826年6月5日)は、ドイツのロマン派初期の作曲家、指揮者、ピアニスト。

姓は、一般には慣用的な日本語表記であるウェーバーと、正確なドイツ語読みに従ったヴェーバーという表記が混在して用いられている。

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトによるドイツオペラの伝統を継承し、自らの『魔弾の射手』によってドイツ・ロマン派のオペラ様式を完成、そしてリヒャルト・ワーグナーへと流れを導いた作曲家として重要である。

11歳で初めてオペラを作曲し、『魔弾の射手』や『オベロン』などのオペラのほか、『舞踏への勧誘』などの器楽曲も残す。また、オーケストラの配置を現在に近い形に改めたり、指揮棒を初めて用いた人物としても知られる。
モーツァルトの妻コンスタンツェは父方の従姉にあたる。


生涯

現在のドイツ・リューベック近郊のオイティーン(英語版、ドイツ語版)に生まれる。父フランツ・ウェーバーの兄フリードリンの娘コンスタンツェは人気作曲家であったモーツァルトと結婚していた。

片足が不自由であり、小児麻痺であったとも伝えられる。

ウェーバーが生まれた次の年、父は劇団を結成する。こうして彼は、幼いころからドイツ、オーストリア全土を回ることとなった。幼少の際、彼はこれといって特別な才能は見せなかった。しかし、9歳のときヒルトブルクハウゼン(英語版)でヨハン・ホイシュケル(英語版)から本格的な音楽教育を受け、才能を見せる。その後も旅先で音楽教育を受け、ザルツブルクではミヒャエル・ハイドン(フランツ・ヨーゼフ・ハイドンの弟)、ウィーンでは、ウィーン音楽院の前身校でゲオルク・ヨーゼフ・フォーグラーにも師事している。1798年から99年にかけて初のオペラ『愛と酒の力』("Die Macht der Liebe und des Weins", J. Anh. 6)を作曲するが、翌1800年に火事で消失している。

1804年、ブレスラウ(現ヴロツワフ)のカペルマイスターに就任。しかし自身の理想主義的傾向や、父の投機的な性格が災いし、2年後には楽長を退く。この年にエッチング用の硝酸をワインと間違え飲んでしまい、声を出せなくなった(声を失うまではかなりの美声だったと言われる)。その後カールスルーエ、ミュンヘンなどドイツ各地を転々とする。

1813年にプラハ歌劇場の芸術監督に就任し、オペラの改革に尽力する。モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』上演以後、低落していた歌劇場を見事に再興させた。
1817年、ザクセンの宮廷楽長に任命され、ドレスデン歌劇場(現在のゼンパー・オーパーの前身)に移る。当時宮廷ではイタリア・オペラが主流であったが、ウェーバーは自身のドイツ・オペラをもって彼らに戦いを挑む。結果は成功し、ドイツ・オペラを根付かせることに成功する。また、当時最高のピアニストとしてヨーロッパ各地で演奏を行った。

1821年、ベルリンで『魔弾の射手』が初演されると大反響を呼び、ドイツ国民オペラの金字塔を打ち立てた。この『魔弾の射手』を観て、ワーグナーやベルリオーズなど、後に大作曲家となる多くの人物が作曲家を志したとも言われている。この頃からウェーバーの作風に暗い影が漂い始め、ピアノソナタ第4番の極度に厭世的な冒頭を持つ第1楽章などにその兆候が現れ始める。

1826年、ロンドンのコヴェント・ガーデン歌劇場の依頼により、英語によるオペラ『オベロン』を作曲する。そのとき彼は結核を患っていたが、家族を養うため病苦を押して渡英し(家族には病状を隠していた)、自ら指揮棒を振り大成功を収めた。しかしその後病状が悪化、同年の6月5日にロンドンで客死した。39歳没。その遺骨は、18年のちの1844年、彼の音楽的な遺志をつぐこととなったワーグナーの力添えにより、息子マックスに見守られながらロンドンからドレスデンに帰還した[1]。デスマスクが現存する[2]。

『魔弾の射手』はヴルフ・コーノルト『ドイツオペラの知識』(シンフォニア刊、1999年)でドイツでの上演人気30傑に挙げられているが、ドイツオペラの全曲レコードを精力的に残したベーム、カラヤン、ショルティの3人は、このオペラのスタジオ録音を残していない。ドイツ圏の外での上演はさらに少なく、歴史的名声の高さに比してやや寂しい状況にある。

作品

作品目録は、一般にフリードリヒ・ヴィルヘルム・イェーンス(Friedrich Wilhelm Jähns)の"C.M.von Weber in seinen Werken" (1871/1967) によるイェーンス番号 (J.) が用いられている。


詳細は「ウェーバーの楽曲一覧」を参照
https://ja.wikipedia.org/wiki/ウェーバーの楽曲一覧


オペラ

『森の娘』Anh.1(断片のみ現存)(1800年初演)
『ペーター・シュモルとその隣人たち』J.8 (1803年初演)
『リューベツァール』(断片のみ現存) (1804年初演)
『シルヴァーナ』J.87 (1810年初演)
『アブ・ハッサン』J.106 (1811年初演)
『3人のピント』Anh.5(1幕のスケッチのみ、マーラー補筆完成) (1820〜21年、1888年初演)
『魔弾の射手』J.277 (1821年初演) - ドイツ国民オペラの代表作であり、ナチス時代には盛んに演奏された。
『オイリアンテ』J.291 (1823年初演)
『オベロン、または妖精の王の誓い』J.306 (1826年初演)


劇付随音楽

『トゥーランドット』 作品37 J.75 (1809年)
『イングルト王』J.214 (1817年)
『ドンナ・ディアナ』J.220 (1817年)
『フランス王アンリ4世』J.237 (1818年)
『ザッフォー』J.240 (1818年)
『心からの愛』J.246 (1818年)
『灯台』J.276 (1820年)
『プレチオーザ』作品78 J.279 (1820年)
『今日こそザクセンの子に娶らせよ』J.289 (1822年)
『Das osterreichische Ferdlager』Anh.43〜45(消失) (1813年)

交響曲

交響曲第1番ハ長調 作品19 J.50 (1807年)
交響曲第2番ハ長調 J.51 (1807年)
協奏曲、協奏的作品[編集]
ピアノ協奏曲第1番ハ長調 作品11 J.98
ピアノ協奏曲第2番変ホ長調 作品32 J.155
ピアノと管弦楽のためのコンチェルトシュトゥック(小協奏曲)ヘ短調 作品79 J.282
クラリネット小協奏曲 ハ短調 作品26 J.109
クラリネット協奏曲第1番ヘ短調 作品73 J.114
クラリネット協奏曲第2番変ホ長調 作品74 J.118
ファゴット協奏曲 ヘ長調 作品75 J.127
ホルン小協奏曲 ホ短調 作品45 J.188
オーストリア民謡による6つの変奏曲(ヴァイオリンとオーケストラ)J.49
グラン・ポプリ ニ長調(チェロとオーケストラ) 作品20 J.64
アンダンテと変奏曲 ニ短調(同上) J.94
ロマンツァ・シチリアーナ ト短調(フルートとオーケストラ) J.47
アンダンテとハンガリー風ロンド ハ短調(ヴィオラまたはファゴットとオーケストラ) 作品35 J.79(ヴィオラ版)、J.158(ファゴット版)

室内楽曲

フォーグラーの『サモリ』による6つの変奏曲 変ロ長調 作品6 J.43
ノルウェーの歌による9つの変奏曲 ニ短調 作品22 J.61
ピアノ四重奏曲 変ロ長調 作品18 J.76
6つのヴァイオリンソナタ 作品10 J.99〜104
アダージョとロンド ヘ長調 J.115(クラリネット、ホルン、ファゴット各2)
クラリネットとピアノのためのメロディ ヘ長調 J.119
『シルヴァーナ』のアリアによる協奏的変奏曲 作品33 J.128(クラリネットとピアノ)
クラリネット五重奏曲 変ロ長調 作品34 J.182
クラリネットとピアノのための協奏的大二重奏曲 変ホ長調 作品48 J.204
ギターとピアノのためのたいへん易しいディヴェルティメント 作品38 J.207
フルート三重奏曲 ト短調 作品63 J.259
ピアノ曲[編集]
ピアノソナタ第1番ハ長調 作品24 J.138
ピアノソナタ第2番変イ長調 作品39 J.199
ピアノソナタ第3番ニ短調 作品49 J.206
ピアノソナタ第4番ホ短調 作品70 J.287
6つのフゲッタ 作品1 J.1〜6
創作主題による6つの変奏曲 ハ長調 作品2 J.7
12のアルマンド 作品4 J.15〜26
6つのエコセーズ J.29〜34
フォーグラーの『カストールとポリュックス』のエール・ド・バレエによる8つの変奏曲 ヘ長調 作品5 J.40
ビアンキの『ここにおいで、美しきドリーナよ』による7つの変奏曲 ハ長調 作品7 J.53
創作主題による7つの変奏曲 ヘ長調 作品9 J.55
モメント・カプリチオーソ 作品12 J.56
グランド・ポロネーズ 作品21 J.59
グランド・ポロネーズ 作品28 J.141
メユールの『エジプトのヨゼフ』のロマンスによる7つの変奏曲 ハ長調 作品28 J.141
フランス王妃マリー・ルイーズの親しみ易いワルツ J.143〜8(全18曲)
ロシア民謡『美しきミンカ、私は別れなければならない』による9つの変奏曲 作品40 J.179
ジプシーの歌による7つの変奏曲 作品55 J.219
華麗なるロンド『戯れごと』変ホ長調 作品62 J.252
舞踏への勧誘 変ニ長調 作品65 J.260
華麗なポラッカ『笑いこける』ホ長調 作品72 J.268
四手ピアノのための6つのやさしい小品 O作品3 J.9〜14
四手ピアノのための6つの小品 作品10 J.81〜86
四手ピアノのための6つの小品 作品60 J.248、264、253、242、236、255、266、254

歌曲

カンタータ:『戦争と勝利』作品44 (1815年)
『祝典カンタータ』作品58 (1818年)
重唱曲『自然と死』作品61 (1818年)
男声合唱曲:『リラと剣』作品42 (1814年)
5つの男声4部合唱曲 作品53 (1814年)
6つの男声4部合唱曲 作品68 (1812年)
ギター伴奏付5つの歌 作品13 (1818年)
6つの歌 作品15 (1818年)
8つの歌 作品64 (1819年)
6つの歌 作品66 (1818年)


https://ja.wikipedia.org/wiki/カール・マリア・フォン・ウェーバー

3. 中川隆[-14214] koaQ7Jey 2020年1月23日 10:41:29 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-1070] 報告

フルトヴェングラー _ ウェーバーの名盤


Weber:Overture of Euryanthe/Furtwängler





Furtwängler VPO 1954


_________


Weber: Overture Euryanthe, Op. 81 (Live)



Weber: Overture Euryanthe, Op. 81 (Live) · Berliner Philharmoniker · Wilhelm Furtwängler


_________


Wilhelm Furtwängler - Weber - Oberon Overture



Vienna Philharmonic Orchestra


_______


Furtwängler_" Invitation to the Waltz
" 舞踏への勧誘 (Weber-Berlioz)




フルトヴェングラー指揮、Berlin Philharmonic Orch.
78rpm / POLYDOR-45100, recorded in 12,1932
4. 中川隆[-14213] koaQ7Jey 2020年1月23日 10:53:33 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-1069] 報告

ムラヴィンスキー _ ウェーバーの名盤


Weber - Oberon - Leningrad / Mravinsky 1978






Oberon - Overture

Leningrad Philharmonic Orchestra
Yevgeny Mravinsky
Live recording, Leningrad, 29.IV.1978

_________


Weber - Oberon - Leningrad / Mravinsky Tokyo 77



Oberon - Overture
Leningrad Philharmonic Orchestra
Yevgeny Mravinsky
Live recording, Tokyo, 1977

_______


Weber: Oberon Overture, Mravinsky & LeningradPO (1951)



Oberon, or The Elf King's Oath: Overture

Yevgeny Aleksandrovich Mravinsky (1903-1988), Conductor
Leningrad Philharmonic Orchestra (Saint Petersburg Philharmonic Orchestra)

Rec. 2 January 1951

_______

Weber: Invitation to the Dance, Mravinsky & USSRso (1949)
ヴェーバー 舞踏への勧誘 ムラヴィンスキー



(arranged by Louis Hector Berlioz)
Invitation to the Dance, Op. 65

Yevgeny Aleksandrovich Mravinsky (1903-1988), Conductor
USSR State Symphony Orchestra (State Academic Symphony Orchestra of the Russian Federation)

Rec. 1949, in Moscow
5. 中川隆[-14212] koaQ7Jey 2020年1月23日 11:07:29 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-1068] 報告
ブルーノ・ワルター _ ウェーバーの名盤


Bruno Walter conducts Weber: Oberon, Ouverture (rare video)





1931 Berlin


_____________


Weber Oberon ouv Bruno Walter



Weber : Oberon Ouv,
San Francisco Symph. orch.
Bruno Walter
(live rec. 18.04.1954)


________


Paulina Carter plays Weber Konzertstück in F minor (dir. Bruno Walter)



Los Angeles Symphony Orchestra
dir. Bruno Walter

live recording, 1950
6. 中川隆[-14188] koaQ7Jey 2020年1月24日 00:40:21 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-1042] 報告
ヴェーバー 歌劇「魔弾の射手」
http://classic.music.coocan.jp/opera/weber/freischutz.htm

 これはフルトヴェングラーが最も愛したオペラである。エリーザベト夫人によれぱ、彼がこのオペラから受ける感動は、幸福な幼年時代を偲ぶときのそれに似たところがあるという。

 彼は「魔弾の射手」というエッセイ(フルトヴェングラー「音と言葉」所載、白水社1978年、芦津訳)を残しているが、そこではこうのべられている。

 これはたんなるロマン派オペラではなく、このジャンルの最初の作品であり、しかも他のいかなるオペラにも増してそれを代表し、その真髄をきわめた作品であり、ドイツ人は与えられたままの姿、オペラという形で受け取らなければならない。このオペラを理解するためには、作品の本来の意図を読み取る能力が聴衆に望まれる。このオペラの世界、登場人物は、素朴な素直な直接的把握によってのみ真に理解される。この神秘に満ちた作品にふれて、国際政治や技術の時代に生きる罪に汚れた現代人は、無垢の恵みを新たに体験することができるのだ。このオペラはひたすら「ロマン派的に」演奏されなければならない。そうすれば、聴衆によって作品の本性にふさわしく「ロマン派的に」受け取られる必然性と可能性を見出すのである。

 このオペラを理解するには、ゲルマン人は「森の民」「狩りの民」であったということを知らねばならないだろう。理知的・都会的な近代ドイツ人とこのオペラとでは、イメージが重なるところがないように思われる。(しかし、ドイツ人が環境問題に目覚め、徹底した対策をとるようになったキッカケの1つは、酸性雨による森林破壊だった。)

 「Der Freischütz」を「魔弾の射手」とはよく意訳したものだ。直訳だと「自由射手」となるが、これでは何のことだかサッパリわからない。物語の中では、「魔法の弾」のことを「Frei Kugel」と言っているが、これは「自由自在に的中できる弾」という意味なのだろう。

 2001年に発売されたブルーノ・ヴァイル録音の解説に収録されたヴァイルのインタビューからは、教えられることが多い。

 狩人や射撃の名人たちの祝祭的な集いという雰囲気のわりに、「魔弾の射手」で描かれている世界は、我々からすると非常に自由がなく、束縛に満ちています。たとえば、狩人たちの社会では、射撃の名人たることは人間の価値を決めるための基本的な基準です。実際にマックスに困難だがまっとうな道から彷徨わせた社会が持つ多くの側面を、私たちは批判的に観察する必要があります。試練の苦しみと緊張が、このオペラの内容に盛り込まれています。「魔弾の射手」で提示されている問題は、学校の生徒たちが成績のためにがんばるという場合と似ているのです。

 確かに、隠者が最後にマックスの弁護をする中で、「一つの過失がそのような罰に値しますかな?」「二つの気高い心の幸福(マックスとアガーテの結婚)を、一つの弾丸の行方に賭けることは正しいことであろうか?」と言うのはその文脈で理解できる。

 おそらくヴェーバーは、子供からお年寄りまで、全世代の人間に直接語りかけることに成功した最後の作曲家ではないでしょうか?モーツァルトの「魔笛」のように。フルトヴェングラーは「魔弾の射手」を“人類の世紀の時”と呼びました。それは、フルトヴェングラーの次のような言葉でしか理解できません。“簡単に意味を掴むことができる直裁さ、それは容易に誤解されうる「素朴」という単語によって表される”

 ヴァイルまでもフルトヴェングラーを引用するとは思わなかった。“人類の世紀の時”とはどういうことかよくわからないが、フルトヴェングラーが愛したのは真の意味での「素朴」であったことは確かであろう。彼はハイドンや「カルメン」を高く評価していた。


配役は、マックス、アガーテ、エンヒェン、狩人カスパール、護林官クーノー、領主オトカール、隠者

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル、国立歌劇場合唱団
ハンス・ホップ、エリーザベト・グリュンマー、リタ・シュトライヒ、クルト・ベーメ、オスカー・チェルヴェンカ、アルフレート・ペル、オットー・エーデルマン

EMI。1954年7月26日、ザルツブルク祝祭劇場ライヴ。


オーストリア放送の正規音源から2000年にCD化。上質なモノラル録音である(写真左)。

しかしこれより前に、RODOLPHEレーベルから「ステレオ録音」CDとして発売されたのを持っている(写真中央)。

それにはエリーザベト未亡人が一筆書いており、決して海賊盤ではない。Shin-p氏は「本物(のステレオ録音)」と評価している。

そして2005年には、フルトヴェングラーの友人アルフレート・クンツ氏所蔵のテープからCD化された「ステレオ録音」がTAHRAから発売された(FURT 1095/7、写真右)。

(これには何と、前年53年8月30日の「グレイト」も、モノラルではない録音で収録されているが、こちらは???である。)

演奏は、下の2つと比べるとかなり重量級でテンポも遅い。この年のザルツブルク音楽祭を聴いた吉田秀和氏は、「単に遅いだけでなくメッツァ・ヴォーチェで、夢想的な演奏だった。あんなにきれいな「花輪の歌」は以来2度と聴いたことがない。」と書いている。男声陣がちょっと大時代がかった歌唱なのに対し、グリュンマーとシュトライヒは非の打ち所がない。

しかし、RODOLPHE盤の荒井秀直氏の日本語解説にはこう書かれている。

「魔弾の射手」を音楽祭でとりあげることに積極的だったのは、フルトヴェングラーだけだった。音楽祭当局も消極的だったが、その反対を押し切ってとりあげられたこのオペラは、最初からつまずいた。演出家の協力かなかなか得られなかったのである。やっとひきうけたレンネルトにも、情熱が欠けていた。公演も予想されたように失敗で、観客の入りも悪かった。フルトヴェングラーがいない翌年にはこのオペラはもうプログラムから姿を消し、その後はいまだにとりあげられていない。
結局、このオペラは真にゲルマン民族的な特徴を有しており、それは辺境とはいえローマ帝国領だったオーストリアのあたりとは、文化的に肌があわないものがあったのだろう。そういえば、ウィーン・フィルによるこの曲の録音はおそらく他にないはずである。

カルロス・クライバー指揮シュターツカペレ・ドレスデン
ライプツィヒ放送合唱団、ペーター・シュライヤー、グンドゥラ・ヤノヴィツ、
エディト・マティス、テオ・アダム、ジークフリート・フォーゲル、ベルント・ヴァイクル、フランツ・クラス
DG。1973年録音。OIBP化。

クライバーのデビュー録音である。セリフは別に役者を使っている。

Orphee d'or 1973、Grand Prix International du Disque 1974、
Prix Mondial du Disque Montreux 1974、Grand Premio del Disco Ritmo 1976 の各賞を受賞している。この曲の魅力がもっともよく表現された名盤である。

シュトゥットガルト放送交響楽団をクライバーが指揮しての、この序曲のリハーサル風景の映像がLD化されているが、そこでいろいろ注意していることが、この演奏でも実現されている。序曲冒頭のホルンの音色は、さすがペーター・ダムである。ドレスデンのルカ教会での録音もすばらしい。

http://classic.music.coocan.jp/opera/weber/freischutz.htm

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