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(回答先: 対米証券投資売越 国によって価値が異なる単一通貨 中国GDP 農業 新しい民主主義 投稿者 eco 日時 2013 年 4 月 16 日 01:57:40)
欧州がスペインの解決策でなくなった理由
2013年04月17日(Wed) Financial Times
(2013年4月16日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
つい最近のとある平日の午後にマドリード・バルセロナ間を鉄道で移動した時、何の気なしに一等車両に入ってみた。乗客は1人しかおらず、黒革張りのシートに身をゆだねてうとうとしていた。ところが、闖入者が立てた物音にびっくりしてこちらを見上げたその人物は、実は車掌だった。
スペインの素晴らしい高速鉄道網は、この国がここ数十年間で劇的な近代化を遂げたことの証拠だ。しかし、国内の2大都市の間を疾走する列車が空っぽだったという事実は、不景気がいかに深刻であるかを如実に物語っている。
スペインの苦難は欧州の苦難でもある。ユーロ圏でこれまでに行われた救済はすべて、ギリシャ、ポルトガル、アイルランド、キプロスという比較的小さな国に対するものだった。しかし、スペインは欧州最大級の経済規模を誇る国であり、最終的にはこの国も救済の対象になるとの噂がまたあちこちでささやかれている。
1970年代終わりから繁栄を謳歌してきたスペインの経済危機
スペインでは失業率が26%に上る〔AFPBB News〕
スペインの経済統計は恐ろしい値を示している。失業率は約26%で、対象を若年層に限れば50%を超えている。経済は今年も縮小し、成長率はマイナス1.5%になる見通しだ。
銀行は既に救済が必要な状況になったが、もし景気が悪化を続ければ不良債権の波に再び襲われると危惧する声も上がっている。
政府は歳出を大幅に削り、労働市場の規制を緩和した。しかし今年の財政赤字は国内総生産(GDP)の約6.6%に達しそうな情勢で、GDP比の債務残高も、危険水域と見なされることの多い90%に向けて上昇している。
経済危機は、スペインにとっては格段に大きなショックとなる。なぜなら、この国は1970年代の終わりに民主主義に移行してからずっと、欧州で最も楽観的かつ刺激的な場所だったからだ。
フランスや英国、イタリアの人々が、国家が衰退しているという感覚に苛まれる一方で、スペインは勢いよく伸びていた。急速な繁栄を謳歌し、サッカーやファッション、料理、映画といった分野で世界をリードするほどになった。
深刻な景気後退は以前にもあり、1990年代にも見られた。しかし以前の不況では、犠牲を払うことにも目的があった。まずは欧州連合(EU)に加盟し、次に単一通貨ユーロを導入するということに関係した目的だ。
暗さが増し、長くなる不況というトンネル
今回の不況が以前と異なるのは、トンネルの向こうに光があるという確信をスペイン国民がもう持てなくなっているように思われることだ。むしろ、不況というトンネルはますます暗く、長くなり続けている。その結果、彼らはスペインとEUの制度機構に対する信頼をも失いつつある。
一般の人々の間では、向こう見ずな融資を行った銀行に対する怒りの声が広がっている。最も批判されているのは、詳しい知識のない預金者に銀行の優先株を販売したという不適切な行為だ。預金者たちは安全な金融商品だと思って優先株を購入したのに、銀行の債務再編の際に紙くずになってしまったのだ。
ほかの国々と同様に、その責を負うべき銀行幹部の多くは今でも、不可解なほど裕福な暮らしを送っているように見える。
政治家も極めて不人気だ。最近の世論調査では、スペイン国民の97%が、政治腐敗が「著しい」と考えていることが分かった。中道右派の与党・国民党は、秘密の不正資金を運用していたと批判されている。
昨年春に盛り上がった「インディグナドス」もすっかり下火になってしまった〔AFPBB News〕
マリアノ・ラホイ首相はカリスマ性を全く欠いている。首相の考える記者会見とは、報道陣を招集しておいて、彼らが黙ってテレビ画面を見る中、別室で声明文を読み上げることだ。野党・社会労働党は無力で、世論調査で他党に後れを取っている。
大衆の抗議運動「インディグナドス(怒れる人々の意)」が盛り上がるのを見て、新しい政治的エネルギーが街頭から生まれると考える向きもあったが、インディグナドスは1年以上前にピークを越え、ほぼ消散した。主だった抗議運動は今、もっぱら住宅差し押さえを対象としている。
信頼を失った「欧州プロジェクト」
軽蔑されているのは銀行と政治家だけではない。君主さえもが攻撃の的になっている。かつて民主主義移行の際に果たした役割で尊敬を集めたフアン・カルロス国王は、2012年の危機のピーク時に休暇でゾウ狩りに出かけたことについて謝罪を余儀なくされた。
国王の私生活にも厳しい目が向けられている。娘のクリスティーナ王女は、汚職事件の容疑者として正式に名指しされた。
しかし、最大の信頼喪失は「欧州プロジェクト」に対するものかもしれない。EUは過去数十年間、相対的な貧しさと孤立、権威主義の迷宮から抜け出す道を与えてくれるように思えた。スペインが欧州に対して抱く信頼は、「スペインは問題であり、欧州は解決策だ」という作家ホセ・オルテガ・イ・ガセットの有名な言葉に反映されている。
だが、多くのスペイン人の目には、欧州が問題の大きな部分のように映る。エコノミストらは、スペインの窮状は、最初に信用バブルを煽り、今は通貨切り下げを通じた競争力回復を阻んでいるユーロ導入と密接に関係しているのかどうか思案している。
ドイツはスペインの財政を均衡させるための果てしない緊縮を求めたことで広く批判されている。緊縮は、どんどん深刻化する景気後退を招く恐れがある政策だ。
ドイツよりアルゼンチンに似た国になる恐れ
スペイン国民が抱いた「ヨーロピアン・ドリーム」は、大半の人に中流のライフスタイルをもたらしてくれるはずだった。だが、若者が安定した仕事を得られる見込みが薄く、福祉制度の未来が脅かされている今、懸念されるのは、将来のスペインがドイツよりもアルゼンチンに似た国になってしまうことだ。
アルゼンチン的な将来には、金融危機に対する絶え間ない恐怖が伴う。また、多くの人が先進国の暮らしを謳歌し続ける一方で増加する底辺層が繁栄から切り離されるに従い、社会階級の差が広がっていく。何にも増して、アルゼンチンの国民生活は、国の制度機構と指導者に対する大きな不信感を特徴としている。
スペインはまだ、そこまでは至っていない。だが、この国は、国民の間で高まる悲観論と不信感を打ち消す楽観的な物語を早急に必要としている。スペインはかつて、欧州プロジェクトの恩恵のシンボルだった。今度は、うまくいかなかったことすべての象徴と化してしまう恐れがある。
By Gideon Rachman
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37607
ドイツの繁栄の背後にあるサッチャリズム
2人の「鉄の女」、サッチャーとメルケルの違いとは?
2013年4月17日(水) 熊谷 徹
マーガレット・サッチャー元英首相が4月8日に87歳で死去した時、世界中の様々な政治家らが死を悼む声明を発表した。筆者にとっては、ドイツのヘルムート・コール元首相のコメントがとても興味深かった。
追悼の辞に隠された棘
コールは、1990年の東西ドイツ統一をめぐり、サッチャーと激しく対立したからだ。彼は追悼の辞の中で、オブラートに包みながらも、「鉄の女」との関係がスムーズではなかったことを明らかにしている。
「サッチャー氏と私は、特別な関係にありました。それは、感情が激しく変化する間柄でした。私たちは、いくつかの問題に関して異なる見解を持っていました。しかし、お互いを尊敬しあっていました」。
死者に敬意を払う外交的なコメントではあるが、その中に棘(とげ)が含まれていることは間違いない。
コールが「いくつかの問題について意見が食い違った」と表現したのは東西ドイツの統一をめぐる交渉である。1989年にベルリンの壁が崩壊した直後、当時首相だったコールは、千載一遇のチャンスを逃さないために、東西ドイツ統一へ向けて猪突猛進した。
しかし、当時のドイツは完全な主権国家ではなかった。東西に分断された状態を終わらせるには、国境線の変更など、戦後の欧州の秩序に大きな影響を与える様々な措置を盛り込んだ国際条約(2プラス4条約と呼ばれる)を、第二次世界大戦の戦勝国である米国、英国、フランス、ソ連との間で締結する必要があった。コールがビスマルク以来の「統一宰相」になるという夢を実現するには、これらの国々の同意を取りつけなくてはならなかった。
ドイツ統一に批判的だったサッチャー
だが米国以外の旧戦勝国は、当初「人口が8000万人を超える大国が欧州の中心に出現し、バランス・オブ・パワーが崩れる」としてドイツ統一に批判的だった。その中で最もドイツに対して強い警戒心を抱いていたのが、サッチャーだった。
2009年に英国外務省は、ドイツ統一に関する外交文書の一部を公開した。そこに含まれた議事録や公電は、サッチャーが「コールは他の国の意向に配慮することなく、独断専行している」と憤っていたことを示している。サッチャーはある時、フランスのミッテラン大統領(当時)に「ドイツの分割は、この国が戦争を起こしたことの帰結だ。コールはそのことを忘れているようだ」と批判している。
1989年11月にサッチャーの側近が書いたメモからは、ドイツ統一によって、「国粋主義に満ちた、強大なドイツの亡霊が出現する」とサッチャーがおびえていた様子がうかがえる。ベルリンの壁が崩壊した翌日に、西ドイツの連邦議会で議員たちが全員自発的に起立してドイツ国家を歌い始めたことを聞いたサッチャーは、側近たちの前で戦慄する姿を隠さなかったという。
当時英国の外交官たちの多くは、「ドイツが統一するのは時間の問題であり、誰もこの歴史の流れを押しとどめることはできない」と考えていた。しかしサッチャーはそうした現実を認めようとはしなかった。
1990年2月に、外交問題に関するサッチャーの補佐官だったチャールズ・パウエルは、コール政権の外交問題補佐官ホルスト・テルチクと話し合った後、サッチャーに対して次のように報告した。「西ドイツは、いま熱狂的な雰囲気の中にある。西ドイツは、何十年もの間、慎重で控え目な外交を続けてきた。彼らは決して表舞台には出ず、他の欧州諸国の決定に従ってきた。その彼らが、今や欧州の国際情勢の舵を握るようになった。ドイツの時代がやってきた。ドイツ人は彼らの運命を自分の手で決めるだろう。コール首相は、統一に懐疑的な英国の態度に、腹を立てている」。
この報告書の余白に、サッチャーは「(コールの態度は)激しいナショナリズムの表われだ」という走り書きを残している。
サッチャーと比較的親しい関係にあったミッテランすら、「英国首相のドイツ嫌いは度が過ぎる」と感じていた。当時ブリュッセルの北大西洋条約機構(NATO)本部に駐在していた英国のマイケル・アレクサンダー大使は、次のような報告を残している。「ミッテランはブッシュ米大統領に対して、『サッチャー首相がドイツ人について頻繁に悪口を言うのはよくないと思う』とこぼしたことがある」。
コールの放った「毒矢」
一方コールも、サッチャーを蛇蝎のごとく嫌っていた。英国外務省のある幹部は、彼の上司に対する報告の中で「コールは政府部内でサッチャー首相の名前を口にすることを避け、『この女(diese Frau)』としか呼んでいない」と語っている。コールにとって、サッチャーの名前は口に出すことすら忌々しいものだったのだろう。
彼はある時、サッチャーに面と向かって痛烈な皮肉の矢を放ったことがある。
チャーチルは1946年にチューリヒで行った演説の中で、戦争の再発を防止するために「欧州合衆国」を作るべきだと提案した。この演説は、今日の欧州連合につながる発想を含むものであり、多くの欧州人によって記憶されている。コールは、チャーチルの墓を訪れた後、サッチャーとの会談でこの演説を引き合いに出した。「マーガレット、あなたと私の違いを教えてあげましょうか。あなたは、チューリヒで演説を行う前のチャーチルです。私は、チューリヒで演説を行った後のチャーチルです」。
コールはこの比喩によって、自分がドイツそして欧州の統合を進める進歩的な政治家であるのに対し、サッチャーは時代の流れについていけない遅れた政治家であると指摘したのである。首相同士の会談で行われる発言としては不適切な、激しい侮辱である。サッチャーがコールのこの発言に対してどのように反応したか、議事録は沈黙している。
こうした生々しい発言の数々を読むと、コールが追悼の辞の中で「いくつかの問題について意見が食い違った」と述べているのは、大変控え目な表現であることがわかる。
サッチャーが恐れていたのは、ドイツの欧州内での地位が統一によって高まり、英国の影響力が相対的に低下することだった。コールはブッシュの支持を得て、ソ連のゴルバチョフを説得することに成功し、1990年に統一を達成する。
統一から23年経った今、欧州の現状はサッチャーが危惧した通りになった。英国ではEU脱退すら大っぴらに議論されるようになった。英国とユーロ圏諸国の間の不協和音は、高まる一方だ。
サッチャーの側近たちが予想した通り、怒涛のようなドイツ統一への流れを押しとどめることは、「鉄の女」にも不可能だったのである。
「鉄の女」サッチャーとメルケルの違い
アンゲラ・メルケル元首相も南欧諸国の市民やメディアから「鉄の女」と呼ばれることがあるが、2人の女性首相の間には大きな違いがある。
ドイツのマスメディアは、サッチャーがとった経済政策について今日でも批判的だ。サッチャーは、自由主義を重視する経済学者フリードリヒ・ハイエクとミルトン・フリードマンに傾倒した。具体的には「小さな政府」を実現するために、政府支出と社会保障の削減、補助金の廃止、減税、民営化と規制緩和を徹底的に推し進めた。
サッチャーは、「政府が経済活動に介入せず、需要と供給に基づく市場原理に任せることが成功の鍵だ」と考えた。彼女にとって、社会的平等をめざし、富者が貧者に手を差し伸べることを重視する社会主義は、悪の思想だった。
たとえば1970年代の英国の小学校では児童に牛乳を無料で飲ませていた。サッチャーは教育大臣だった時にこの制度を一時的に廃止した。このため、彼女は英国のメディアから「Milk snatcher(牛乳泥棒)」と呼ばれて批判された。
サッチャーにとって、政府が提供する補助金や社会保障サービスは、国民が政府に依存する心を育て、自助努力を怠らせる「悪弊」だった。彼女は「社会などというものはない。あるのは個人と家族だけだ」と言ったことがある。こうした考え方は、社会保障を重視するドイツ人には、受け入れがたいものだ。
サッチャーは上層階級の出身ではなく、食料品や雑貨を売る店の経営者の娘として生まれた。人一倍努力することによって、初の女性党首、初の女性首相の地位にのぼりつめた。首相になってからは、毎日4時間しか睡眠を取らなかった。このため、英国の特権階級やブルジョアジーにとっては「異端児」だった。
サッチャーは1987年、雑誌とのインタビューの中で、「市民は自分の心配事や問題を、自分で責任を持って解決しようとせず、政府と社会におねだりしてばかりいる」と不満をぶちまけたことがある。
ドイツの経済システムとの大きな違い
この意味でサッチャーは、現在ネオリベラリズムと呼ばれ、米国と英国で主流となっている経済システムの生みの親の1人であった。1986年の「金融ビッグバン」によって、金融業界の規制を大幅に減らしたことは、英国で銀行・保険などの金融サービスが主要産業となり、製造業の比率が相対的に低下する原因の1つとなった。
物づくりを産業の根幹とするドイツとは、対照的な政策である。ドイツの政治家や庶民の間には、英米流のネオリベラリズムに対して不信感を抱く人が多い。
英国では、サッチャー政権下で社会の所得格差が急激に広がった。その状態は今も続いており、「富裕層がどんどん富を蓄え、貧困階級がますます貧しくなる社会の基礎を築いた」としてこの女性宰相を批判する声は、後を絶たない。
これに対しドイツの「鉄の女」メルケルは、サッチャーほど戦闘的ではない。正面衝突よりも対話と合意を重視する。サッチャーのように自由市場経済に心酔する政治家ではない。英国の鉄の女とは異なり、歯に衣を着せない挑発的な発言は避ける。
第二次世界大戦後の西ドイツの経済システムは、企業の自由競争を重視しながらも政府が一定の枠を設け、社会保障制度によって困窮した市民を救済するための安全ネットを準備した。ドイツ人は「社会的市場経済(Soziale Marktwirtschaft)」と呼ばれるこの経済システムを重視しており、メルケルもこの点を変えようとはしていない。サッチャーが社会保障制度を目の敵にしたのとは、大きな違いだ。
またドイツの経営システムは、英国とは違って従業員との合意を重視する。たとえばドイツの法律は、規模の大きな企業に対し、事業所評議会(Betriebsrat)の代表を、取締役会のお目付け役である監査役会(Aufsichtsrat)に参加させることを義務づけている。事業所評議会は労働組合と同じ機能を果たす組織で、企業ごとに設置されている。同評議会の代表は、つまり従業員の代表ということになる。この制度のおかげでドイツは、労働争議のために失われる時間が、世界で最も短い国の1つとなっている。英国では考えられない制度だ。メルケルは、ドイツ国民がこうした枠組みを守りたいと考えていることを、知っている。
英国では、サッチャーが組合と全面対決し、組合の力を弱めたことを評価する声が高い。ドイツでは、組合や事業所評議会の影響力が英国に比べると大きい。
ドイツ版サッチャリズム=シュレーダー改革
もちろん、ドイツでも統一前に比べて所得格差が拡大していることは、確かだ。ドイツで、サッチャー流の改革を始めたのは、メルケルではなく、「アジェンダ2010」によって労働市場と社会保障の改革を断行したゲアハルト・シュレーダーである。シュレーダーは、社会保障コストや税金といった企業の負担を減らすことによって、企業競争力を高め、今日のドイツ経済の繁栄の基礎を作った。
もちろんシュレーダーは労働組合を重要な支持基盤とする社会民主党(SPD)に属していたので、彼の政策はサッチャーほどラディカルではない。それでもビスマルクが社会保障制度を導入して以来、シュレーダーほど大胆に社会保障制度にメスを入れ、失業保険の給付金や公的年金などを削減した政治家は、1人もいなかった。彼はSPDに籍を置く首相だったからこそ、歴代の首相ができなかった改革を実現できたのである。
シュレーダー改革は、旧東ドイツを中心に所得格差を拡大させた。このため、シュレーダーは党内の左派勢力や地方支部から批判されて、2005年に政界を去った。メルケルはシュレーダーが敷いた線路の上を走っているのだが、改革を始めた本人ではないので、彼ほど社会の批判の矢面には立っていない。
社会民主党員のシュレーダーがサッチャリズムに似た改革を実行し、今日のドイツの競争力を英国に比べて大幅に高めたのは、歴史の皮肉だ。
サッチャーは晩年重い認知症を患っていた。このため我々は、彼女が今日のドイツについてどのような考えを抱いていたかについて知ることはできない。だが仮にここ数年の彼女の判断力が正常に機能していたら、現在の英国の競争力がドイツの後塵を拝していることに、地団駄を踏んだことは間違いない。
熊谷 徹(くまがい・とおる)
在独ジャーナリスト。1959年東京都生まれ。早稲田大学政経学部経済学科卒業後、日本放送協会(NHK)に入局、神戸放送局配属。87年特報部(国際部)に配属、89年ワシントン支局に配属。90年NHK退職後、ドイツ・ミュンヘン市に移住。ドイツ統一後の変化、欧州の安全保障問題、欧州経済通貨同盟などをテーマとして取材・執筆活動を行う。主な著書に『ドイツ病に学べ』、『びっくり先進国ドイツ』『ドイツは過去とどう向き合ってきたか』『顔のない男―東ドイツ最強スパイの栄光と挫折』『観光コースでないベルリン―ヨーロッパ現代史の十字路』『あっぱれ技術大国ドイツ』『なぜメルケルは「転向」したのか――ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。ホームページはこちら。ミクシィでも実名で日記を公開中。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20130415/246635/?ST=print
侮れない「欧米版TPP」のインパクト
真の狙いは「モノ」より「ルール」の世界輸出
2013年4月17日(水) 武田 紀久子
TPP(環太平洋経済連携協定)を巡る日米の事前協議が大詰めを迎えている。一方、これも多くの読者がご存知の通り、TPPに先行する形で、大西洋を跨ぐFTA(自由貿易協定)交渉も進行中である。EU(欧州連合)と米国の包括的FTA「環大西洋貿易投資パートナーシップ(以下TTIP)」。いわば「欧米版TPP」である。
今年2月13日、EUのファンロンパイ大統領、バローゾ欧州委員長、そして、米国のオバマ大統領は「TTIP開始に必要な内部手続きを開始する」との声明を連名で発表した。オバマ大統領は、これより1日早い12日に一般教書演説の中でTTIPの交渉開始を宣言。約1カ月後の3月20日には米議会に対し、EUとの交渉入りを正式に通告している。
2月以前は、作業部会レベルの折衝が難航しているため、欧米FTAは正式交渉に漕ぎ着けられないとの慎重な見方が大半であった。ところが、TTIPを取り巻く情勢は急展開を見ている。当局は「2014年末までの交渉妥結は可能(カーク米通商代表部=USTR代表)」「域内承認を理想的には2年以内に終えたい(デフフト通商担当欧州委員)」としており、実現すれば、規模にして人口8億人、世界のGDP(国内総生産)の約5割、世界貿易量の約3割を占める世界最大級の自由貿易圏が誕生する。
真の目的は「モノの輸出」ではなく「ルールの輸出」
米国の平均関税は3.5%、EUのそれは5.2%と、両者の関税は、既に低い水準にある。このように関税撤廃による交易上のメリットがさして大きくない、経済規模の大きい先進国間のFTAの目的はどこにあるのか。
USTRは3月21日付けの米議会宛の書簡で「米EUの関税は既に極めて低く、交渉では非関税障壁の有害なインパクトを軽減することが最大の焦点になる」としている。また、フロマン米大統領補佐官(国際経済担当)は「EUと米国は国際ルールを構築するために協力していく」とコメントしている。
つまり、以下で確認する通り、TTIPの真の目的は「モノの輸出」というよりも「ルールの輸出」にありそうだ。すなわち、EUと米国が製品規格や安全基準などを共有し、それが世界GDPの半分を占める巨大市場で使われれば、他国企業もこの「欧米ルール」で生産せざるを得なくなり、それがデファクト(事実上)の国際基準となっていく。「ルールの輸出」が新規市場の維持・開拓を可能にし、最終的には「モノの輸出」を向上させる、という目論見だ。
EUサイドから見たTTIP事情について、「黒田日銀」のひそみにならって、2つの方針転換、2つの背景、そして2つの結論と、以下「2づくし」で整理をしてみたい。
決定的となった多国間通商交渉の形骸化
EU・米のFTAは2011年11月に作業部会が立ち上がり、調整が進められてきた。その後、EUの総意として、TTIP推進が正式に確認されたのは2012年1月のEUサミットであった。この会議では、債務危機への対応として財政規律強化を目的とする新条約制定の合意がなされたが、それと同時に、危機対策のもう1つの柱である成長戦略も議論され、その一環として通商政策が見直された経緯にある。
具体的には、独仏が珍しく足並みをそろえ共同提案を提出し、これが雇用・成長戦略の声明の一部として正式採用された。独仏提案の内容は「米国とのFTAを通じて大西洋の通商関係強化に努力するという政治的意思を示すべき」とし、交渉分野として「関税撤廃とサービス、投資、政府調達、規制改革」を挙げている。
このことは、EUの通商戦略上の2つの方針転換を示している。1つは、WTO(世界貿易機関)による多角的通商交渉との決別である。EUは歴史的に、GATT/WTOの多国間交渉による貿易自由化を尊重してきた。2011年にWTOのドーハラウンドが事実上凍結されて以降、FTAへ重心を移してはいるものの、建前上は多角的通商交渉にも配慮を示してきた。
しかし、世界GDPの半分を占めるEU・米のFTA交渉締結に正式に着手したことで、多国間通商交渉の形骸化は、EUにおいても、決定的になったと考えられる。
対BRICsだけではなく、対先進国の貿易も強化
もう1つは、FTA締結の対象国の変化だ。EUが2006年10月に発表した通商戦略「グローバル・ヨーロッパ」では、ASEAN(東南アジア諸国連合)、韓国、メルコスール(南米南部共同市場)、そしてインド、ロシアなど、成長著しいBRICsやアジアをFTAの主たる対象国として設定していた。
しかし、2010年11月に発表された直近の通商戦略(「貿易、成長、そして、世界の諸問題」)では、これが若干修正され、対外通商関係の拡大・強化のためには、新興国の需要ばかりではなく、先進国など成熟した国や市場との連携によって共通の課題に取り組む必要性がある、とされている。米国と協力関係を再構築し「ルールの輸出」を図るというTTIPの真の目的は、こうしたEUの通商戦略上の方針転換の中で出てきたものである。
ユーロ危機でも5億人の“スーパーパワー”は健在
債務危機に見舞われ、枠組そのものが揺らいでいるかに見えるEUだが、実は、国際ルールの形成においては依然として、大きな影響力と実績を持つ“スーパーパワー”である。その背景は次の2つある。
1つは27カ国、5億人からなる単一市場であるというEUの規模のメリットである。しかも、EUは近隣諸国との経済連携が進んでおり、欧州経済領域(EEA)協定によりノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタインを、また、EU・スイス間協定によりスイスを、そして、関税同盟を通じてトルコをも抱合している。
こうした巨大な経済圏を盾に、国連や国際会議において共通の立場で行動し、国際条約などをより有利な形で決着させること、あるいは域内ルール形成を通じて、事実上のグローバルスタンダードを設定する可能性などを広げている。
欧米版「TPP」で欧州のルールを事実上の世界標準に
そして、もう1点は、こうした規模のメリットを生かし、既にグローバルスタンダードとなっているルールを作ってきた実績が多数ある点だ。その例としてよく挙げられるのがRoHS(ローズ指令)である。電気・電子機器での有害物質の使用制限を課すこの指令は、2006年7月にEU各国で施行された。それにならって、米国カリフォルニア州では2007年1月から同様の法規制が施行され、さらに中国版、そしてインド版へと広がっていった。
このように、EU規制の波及力は大きく、事実上のグローバルスタンダードを形成している例は少なくない。自国のルールが海外市場で適用されれば、自国企業が事業を有利に展開でき、輸出の促進、そして、海外市場の開拓につながる。TTIPの主眼の1つがこの点にあることは、ほぼ間違いないであろう。
「成長戦略」であり「新興国対策」であるTTIP
EU・米のTTIPについては、「ルールの輸出」という戦略的側面ばかりを強調したが、もちろん、それそのものによる成長と雇用への期待は大きい。冒頭既述のEU・米による共同声明の添付資料では、貿易に関わるビジネスセクターのコスト負担が10〜20%低減すること、および、2027年までにEUのGDPを0.5%、米国のそれを0.4%引き上げるとの見通しなどが示されている。
交渉妥結に向けては、環境や遺伝子組み換え、個人情報保護規制、そして、セクター別では農業や食品、自動車、保険市場など、課題を多数抱えており、平易なプロセスではないだろう。しかし、規模のメリットを生かした「ルールの輸出」を通じて市場開拓を目指す通商戦略のインパクトを侮ってはいけない。
EUは債務危機に瀕しており、輸出倍増計画を掲げるオバマ政権は2014年に中間選挙を控えている。それぞれ「内」に悩みを抱えるEUと米国にとって、「外」の活力を最大限に生かせるTTIPは、単なる「通商戦略」というよりも、困難ながらも極めて本気度の高い「成長戦略」といえそうだ。
新興国を牽制する「経済版NATO」の誕生か
その一方で、TTIPは新興国の台頭を警戒した「経済版NATO(北大西洋条約機構)」とする指摘も一部にある。確かにルール作りの点でも、輸出振興の観点でも、新興国対策の面は多分にありそうだ。
こうした見方を伝える独誌シュピーゲルによれば、EUサイドで最も熱心な旗振り役であるメルケル首相は前出の一般教書演説の前夜にオバマ大統領へ個人的に電話を入れ、エールを送ったという。また、英国のキャメロン首相も強力な推進役の1人。通常、何かと不協和音ばかりが目立つ独仏英だが、ことTTIP推進に限っては、見事にスクラムを組んでいる。
現在、FTA交渉は世界的に活発化している。金融、財政ともに政策手詰まり感が強い中で、通商戦略へ傾斜をするのはむしろ当然の流れであり、いずれの国でも雇用や成長への強い期待が反映されている。また「通貨安競争=通貨戦争」など保護主義的な動きへの警戒感も強まり、通貨政策を通じた価格面からの通商振興策は選択肢の外だ。
周知の通り、EUは日本との経済連携交渉(EPA)開始も宣言。1つのFTAが次のFTAを呼ぶFTAの連鎖、あるいは、同時多発的なFTA締結の流れは続く。日本にとって「国家百年の計(安倍首相)」のTPPだが、日本に限らず、欧米においても、2013年は通商政策上、とても重要な1年になりそうだ。
武田 紀久子(たけだ・きくこ)
三菱東京UFJ銀行 グローバルマーケットリサーチ シニアアナリスト(ロンドン駐在)
1989年慶応義塾大学法学部卒業、同年、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部シニアアナリストを経て、2007年より現職。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20130412/246554/?ST=print
韓国は、給食に国産食材を使えなくされた!?
「韓国の事例」をTPP議論の前提にするなら知ってほしいこと・給食編
2013年4月17日(水) 高安 雄一
「韓米FTAが韓国の経済・社会に悪影響をおよぼしている(だから、日本のTPP交渉参加に反対)」
農業、医療、金融、サービス、知的財産権などなど、様々な分野において日本で広まっている誤解について、これを韓国政府の反論を紹介する形で解説してきました。
担当編集のYさんに「長いです、難しいです、しかもパターンが同じです」と泣き言を言われながら、それでもすべての分野について解説し終わったと思っていたところ、最近、とあるマスコミの記者さんの取材を受けました。
「韓米FTAの発効によって、韓国では学校給食で国産の食材や、有機農法で栽培した食材を使えなくなると言われています。これは本当ですか?」
給食関係の政策には、韓米FTAの影響がある分野ではないと認識していた筆者は、インターネットで「米韓FTA、給食」のキーワードで検索したところ、多くの記事がヒットして驚きました。記事の大半は、記者さんが指摘したように、「給食で国産食材や有機農法で栽培した食材を優先的に使用することを促す政策(これらは地方自治体の条例が根拠になります)が、韓米FTA違反になり条例の変更を余儀なくされる」といった内容でした。
学校給食は国の将来を担う生徒が毎日食べるもの。食の安全を確保し、地元の食材を味わうことを、政策で促すことは重要です。これが韓米FTAによって脅かされたとすれば、「TPPによって日本でも同じことが起きるのでは?」と心配になってしまいます。しかし結論だけ先に述べると、韓米FTAは韓国の給食政策に何ら影響を与えておらず、日本が韓国の二の舞になるといった心配は無用です(これは後ほど詳しく説明します)。
FTAにまつわる誤解のパターン
「また同じパターンじゃないか?」。Yさん、そして本連載をご愛読いただいている皆さんからは、このあたりで突っ込みが入りそうです。
「条約文を読むと『なるほど、反対派が心配するのも分かるな』と思えるけれど、注釈や付属書などでちゃんと配慮済み、というオチだろう」「あるいは、別の条約ですでに義務づけられている話が、FTAのせいだと勘違いされているかだ」と。
はい、実は今回もそのパターン(後者)です。
「高安先生、そろそろ、どうしてこういった誤解が生まれるような条文になっているのか、について説明をお願いします」と、ついに担当編集者から要望が出てしまいました。次回からはFTA、TPPなどの国際条約の背景について、私の知見の限りでご説明していきたいと思っています。
普通の会社や友人同士の約束事で考えると理解しにくい“常識”が、国際条約にはいくつも存在します。それが、ワンパターンでつまらない誤解の原因になっているのです。よく目にする「TPPの交渉内容を国民に公開できないのは、後ろ暗いことがあるからだろう」というのも、そんな誤解のひとつです。
ということで、次回以降の連載では、
FTA、TPPを初めとする国際交渉は、具体的にどのようになされていくのか(+関連団体の要望はどのように反映されていくのか)
韓米FTAの交渉に当たって、国内対策担当部門はどのようなことをしたのか
韓米FTAが発効してから1年経って、韓国の経済・社会に変化が表れているのか
以上を中心に、日本のTPP交渉の参考にしやすい形で解説していきたいと考えています。
前置きが長くなりましたが、今回のテーマ「給食」について、これまでと同様、まず条文から見ていきます。「給食で国産食材や有機農法で栽培した食材を優先的に使用することを促す政策が、韓米FTA違反になる」のでしょうか。
2011年7月、当時最大野党であった韓国の民主党(※1)は、「韓米FTA再々協議案[10+2]」をまとめ、学校給食の食材を購入する時、国産品など安全な食材を優先できるように、再協議によりFTAの条項を変更すべきと主張しました。教育庁(※2)や地方自治体(以下、「地方政府」とします。)が講じる、国産食材の使用を促すための給食プログラムが、韓米FTAの政府調達にかかる義務に違反することを懸念したのです。
政府調達とは、政府機関による物品やサービスの購入です。「関税および貿易に関する一般協定(GATT:General Agreement on Tariffs and Trade:以下「GATT」とします)」は政府調達を、内国民待遇の適用除外としてきました。これは、各国政府が「安全保障、国内産業育成などの理由により、国内産品を優遇する政策を採用したい」と強く要請したからです。しかし1996年にWTO政府調達協定(GPA:Agreement on Government Procurement:以下「GPA」とします)が発効し、政府調達にかかるルールが定められました(※3)。そして韓米FTAでは、第17章で政府調達にかかるルールが定められています。
2011年に韓国の民主党は「韓米FTA再々協議案[10+2]」を取りまとめ、韓米FTAについてさらにもう一度交渉をするように主張し、10項目の再々協定案と、2項目の国内対策案を示しました。この10項目の再々協定案の一つが学校給食に関するものです。
民主党は、「韓米FTAが発効すれば、国産農産物や有機農産物といった安全な食材の使用を促す学校給食プログラムが、政府調達にかかる義務に違反してしまう」と主張しています。私に取材に来た記者さんや記事にしたメディアは、こういう主張の影響を受けているわけです。
政府の反論を見る前に、韓国の学校給食の概要と政策を紹介しましょう。
韓国の学校給食の歴史はそれほど長くありません(※4)。学校給食は1990年代の初頭まで一部でしか実施されていませんでした。全面導入が始まったのは、1992年に「学校給食拡大事業」が講じられてからです。1997年に小学校、1999年に高校、2005年に中学校で、全面的に給食が導入されました。中学より高校で学校給食が進んだ理由としては、高校生の学業負担が大きいことを挙げることができます(高校生が1日中学校で勉強している実態については、NBOの連載「知られざる韓国経済」の「親は多額の塾費用を負担、子は“超”長時間勉強で受験戦争へ」をお読みください)。そして2011年現在では、小学校から高校までの生徒の99%が給食を食べています(※5)。
地方政府の給食プログラムは条約違反か?
国は、学校給食法などの法令によって、給食の対象や運営方式、給食の品質や安全・衛生、給食にかかる費用支援、地方政府が給食に関して行う契約の方式などを定めていますが、実質的な給食にかかる行政政策は、地方政府を中心に個別に行われています。そして、大部分の地方自治体は、学校給食支援条例によって食材の支援対象や範囲を示し、条例を根拠として様々な学校給食プログラムを実施しています(※6)。
例えば、ソウル特別市では、生徒により安全な食品を提供するとともに、親環境農産物の消費を促進することを目的とした給食プログラムを実施しています。具体的には、親環境農産物など質の高い農産物を給食の食材として使用した場合、一般農産物との差額を補助しています。「親環境農産物」とは、韓国語をそのまま訳した言葉ですが、有機栽培、無農薬栽培、低農薬栽培などの方法で作られた農産物を意味します。
さて、話を元に戻します。この問題を考える際には、2つの側面を考える必要があります。一つ目は、「購入、促進するのが国産食材か、親環境食材か」です。二つ目の側面は、「地方政府が特定の食材を直接購入するか、あるいは費用を支援するか」です。
民主党が懸念しているように、韓米FTAによって、地方政府が行う給食プログラムが実施できなくなるのでしょうか。先に結論を示すと、韓米FTAによって給食プログラムが新たに制約されることはありません(この理由は後ほど説明します)。しかし重要な点は、韓米FTAとは関係なく、GATTおよびGPAによって、地方政府が行う給食プログラムは既に制約を受けていることです。
「親環境食材を購入する、あるいは促す」ことは、「地方政府が直接購入」しようと、「地方政府が費用を支援」しようと問題ありません。しかし「国産食材を購入する、あるいは促す」ケースについて、「地方政府が費用を支援する」場合はGATT違反、「地方政府が直接購入」する場合は政府調達協定違反になる可能性があります。
GATTはポピュラーでありさらなる説明の必要はないと思いますので、さきほどちょっと触れた「政府調達協定」について、もうすこし解説しておきます。
ウルグアイ・ラウンドでは、多角的貿易交渉と並行して政府調達にかかるルールが交渉され、1996年に政府調達協定が発効しました。ただし政府調達協定は、WTO協定の一括受諾の対象とはされておらず、別個に受諾を行ったWTO加盟国のみが協定に拘束されます(※7)。
政府調達協定によって課される義務としては、締約国の調達機関は、他の締約国の物品やその供給者に対し、自国に与えるのと同様の待遇を与えなければならない(内国民待遇)などが挙げられます。韓国は、アメリカや日本と同様、政府調達に関する協定に加盟しています。つまり韓米FTA以前に、韓国はこの協定上の義務を負います。また政府調達に関する協定が課す義務は、韓米FTAのように中央政府機関のみに限定されず、韓国については、地方自治体(広域自治体)、その他機関(韓国産業銀行、企業銀行、韓国造幣公社など)にも適用されます。
なぜ「国産食材の購入を促す」ため「地方政府が費用を支援する」場合、GATT違反となる可能性があるのでしょうか。GATT第3条では、輸入産品を国内産品より不利に取り扱ってはならないこと、すなわち内国民待遇が定められています。しかし第3条第8項では、政府調達については内国民待遇が適用されないとされています。「地方政府が直接購入する」場合、政府調達となり内国民待遇が適用されます。しかし、「地方政府が費用を支援する」場合は政府調達とされない可能性があり、その場合は内国民待遇が適用されます。
つまり、政府による直接の購入はOKでも、国内産品を購入する者を選別して支援する場合は、GATT第3条違反になることが考えられるのです。
これが民主党側の指摘ですが、実は韓国政府は、「政府が直接購入するか、給食費を支援するかにかかわらず、政府調達と見なすことができる」と反論しています(※8)。
韓国の大法院が示した判断
どちらの主張が正しいのか。この判断には、日本の最高裁に相当する韓国の大法院の判断が役立ちます。大法院は2003年に、国内産品を購入する者を選別して支援する場合については、第3条第8項の政府調達には相当せず、GATT第3条が定める内国民待遇違反になると判断しました(この大法院の判断については後ほど説明します)。つまり韓国の司法の判断は、民主党の主張を支持するものと言えます。
次に、「国産食材を購入する」ケースについて、「地方政府が直接購入する」場合、なぜ政府調達協定違反になる可能性があるのか説明します。政府調達は、GATT第3条が定める内国民待遇の適用が除外されています。しかし政府調達協定の締約国については、政府調達であっても内国民待遇などの義務が課されます。といってもすべての政府調達が対象となるわけではなく、調達する物品・サービス、調達金額、調達機関といった条件を満たした調達だけが義務を負います。また条件を満たしても例外とされる政府調達もあります。
学校給食用の食材購入は、その政策的な必要性により、例外として受け入れられています。具体的には、政府調達協定の加盟国のうち、アメリカ、EU、カナダなど31カ国で、内国民待遇などの義務が学校給食プログラムに適用されないように、自国の譲許表に学校給食例外条項を明示しています(※9)。
では韓国の譲許表でも、学校給食プログラムが例外として明示されているのでしょうか。この答えはNoです。
1994年に韓国は政府調達協定に署名しました。当時は学校給食に対する認識が不足していたため、給食にかかる政府調達は例外とせず開放しました。先述したように1990年代前半は学校給食が普及しておらず、守るべき部分ではなかったのでしょう。学校給食プログラムが例外とされていれば、「国産食材を購入する」ケースについて、「地方政府が直接購入」しても、政府調達協定の内国民待遇違反にはなりません。しかし例外として明示していないため、地方政府が学校給食のため、直接国産食材を優先購入した場合、内国民待遇違反となってしまいます。
さて、学校給食の普及が大きく進み、2003年には小中高のほぼ100%で給食が実施されました。こうなってきますと、学校給食の食材に国産農産物を使い、安全性を確保したいとの要望が、市民社会から提起されるようになりました(※10)。そこで、給食の食材として国産優秀農産物を使う者に、食材費の一部を支援することなどを定めた条例が、地方議会を通過するようになりました。
しかしこのような条例についても、2005年に大法院で、GATTに違反するなどの理由からその効力がないとの判断が示されました(※11)。
裁判では何が争われたのでしょうか。2003年11月に全羅北道議会は、「全羅北道学校給食条例案」を可決しました。全羅北道教育監(教育庁のトップ)は、この条例案がGATTに違反するとして、議会に再議を要求しましたが、議会は12月に原案のとおり条例案を再び可決したため、条例案が確定しました。
この条例案は、全羅北道で生産される優秀農水畜産物と、それを材料とする加工品を「優秀農産物」と定義し、小中高などの学校で実施する給食の食材として、優秀農産物を使うように促すことなどが目的とされています。そのために、教育監は優先的に優秀農産物を使うこと、道知事と教育監は、給食に優秀農産物を使う支援対象に食材料の一部を現物で支給する、あるいは購入費の一部を支援する、支援を受けた支援対象は、優先的に優秀農産物を使う義務がある、と定められています。
大法院は、条例案がGATT第3条第1項および第4項に違反すると判断しましたが、その理由は以下のとおりです。条例案の各条項は、全羅北道で生産される優秀農産物を使う者を選別して、食材や食材購入費の一部を支援しています。そして、支援を受けた学校に対して、支援金を必ず優秀農産物を購入するため使うことを義務づけています。つまり、国内産品の生産保護のために、輸入産品を国内産品より不利な取り扱いをしており、内国民待遇原則を規定したGATT第3条第1項および第4項に違反します。
GATT第3条第8項では、「政府用として購入する産品の政府機関による調達を規制する法令または要件には適用しない」としています。全羅北道の議会は、この例外条項の適用により、条例案はGATTに違反しないと主張しました。しかし大法院は、この条例案のように、政府が国内産品を購入する者を選別して支援する場合には、例外規定は適用されないとも判断しています。
さらに大法院は条例が政府調達協定違反であるとの判断も示しています。政府調達協定第1条〜第3条、韓国譲許表附属書2によれば、広域地方自治体の場合、内国民待遇の適用が排除される政府調達は、調達金額が20万SDR(特別引出権:SDRは約129円)(※12)未満の物品契約に限ると規定しています。条例案では、広域地方自治体である全羅北道が購入あるいは支援する食材の金額に対して、何の制限も設けていません。よって、政府が国内産品を購入する者を選別して支援する場合が政府調達であったとしても(大法院は政府調達と判断していません)、GATT違反にはなりませんが、政府調達協定第3条で定める内国民待遇に違反します。
GATT、政府調達協定に違反、ではFTAには?
以上の説明を要約しますと、
給食の食材として「地方政府が国産食材の使用を促すため費用を支援する」場合はGATT違反
「地方政府が国産食材を優先的に直接購入」する場合は政府調達協定違反
となり、相手国から紛争解決の提訴がなされる可能性があります。
しかし韓米FTAは、このような状況にまったく影響を与えていません。
これは民主党の主張に対する韓国政府の反論から見てとれます(※13)。政府によれば、韓米FTAには、学校給食用の食材を購入する際、韓国産農業の優先購入が可能なように学校給食分野を、韓国の政府調達義務の例外として明確に規定しています。具体的には附属書17-AのSection E(一般注釈)1であり、政府調達にかかる義務などを定めた第17章は、学校給食プログラムのための調達には適用されない旨が書かれています。よって内国民待遇などの義務は学校給食にかかる政府調達には適用されません。
さらに韓米FTAが課している政府調達にかかる義務は、政府調達協定のように広範ではなく、中央政府機関(※14)だけに限定されています。よって、そもそも地方政府が行う学校給食政策が、韓米FTA違反とされることはありません(※15)。
つまり韓米FTAでは、学校給食は政府調達にかかる義務の例外であるとともに、学校給食にかかる調達機関である地方政府も対象外であるので、学校給食については政府調達にかかる義務とは無関係と言えます。
ただし、だからといってGATTや政府調達協定上の義務が消えるわけではないので、「地方政府が国産食材を優先的に直接購入」することはできません。つまり韓米FTAは従来の義務を強めたわけでも、弱めたわけでもないと言えます。記者さんが懸念していた「韓米FTAで学校給食が危機に」というのは杞憂であり、FTAとは別の問題なのです。
さて「FTAのせいじゃないとしても、後味が悪い」とお感じでしょうから、おしまいに韓国の学校給食について最近の動きを紹介しましょう。
2011年12月1日、WTOの政府調達協定の改正交渉が妥結しました。この改正で韓国は、学校給食を含んだすべての給食プログラムにかかる政府調達が、協定の義務の適用除外とすることが認められました。よってこの改正案が発効すれば、学校給食の食材について、地方政府が国産農産物を優先購入したとしても、協定違反ではなくなります。
FTAは「(不平等の)見直し」を妨げない
この改正案が発効するためには、全加盟国の3分の2が協定を受諾しなければなりません(※16)。しかし、改正案が発効すれば、地方公共団体が学校給食の食材として、国産農産物を優先的に購入しても、これが政府調達協定に違反することはなくなります(※17)。
そして、韓米FTAがこれを妨げることもありません。
今回までは、韓米FTAにかかる誤解を、細かい条文に立ち入って正していくといったスタイルを続けてきましたが、次回からは装いを改め、韓米FTAを切り口に、TPP交渉や国内対策がどのように進んでいくか、読み解いていきます。
(注)
1)現在は民主統合党となっている。
2)教育庁は市・道の教育行政機関であり、その予算は、地方議会の議決により決められ、財源は国より受け取る地方教育財政交付金と地方税収である。
3)経済産業省通商政策局(2012)による。なお、政府調達に関する協定は1979年に成立している(1979年協定)。よって1996年に発効した協定は「新政府調達協定」とも呼ばれる。
4)1953年にUNICEFの支援によるパン無償給食が始まり、1967年には「学校保健法」で小学校の児童に対する給食実施が明示された。しかし実際に給食が普及した時期は1990年代以降である。なお学校給食に関する記述は、ファンユンジェ他(2012)による。
5)数値はファンユンジェ他(2012)による。
6)クゥクスンヨン(2012)による。
7)外務省ホームページ「政府調達」による。
8)外交通商部「韓米FTA今仕上げの時」(2011年11月)による。
9)注7と同じ。
10)チョンジュンホ他(2012)による。
11)「大法院2005.9.9宣告、2004チュ10判決」による。なおこの裁判の原告は、全羅北道教育監(教育庁のトップ)、被告は全羅北道議会である。この判決に関する部分は、国家判例情報センターのHPより入手した判例による。
12)大法院判決が出た時期のレートとは異なるが、外務省HP「政府調達協定及び我が国の自主的措置の定める「基準額」並びに「邦貨換算額」」によれば、政府調達協定などの定める「邦貨換算額」は、SRD当たり129円である(2012年4月1日から2014年3月31日)。
13)注8と同じ。
14)すべての政府機関が記載されているわけではない。
15)注8と同じ。
16)外交通商部報道資料(2011年12月15日)による。
17)地方政府が、国産食材の使用を促すため費用を支援した場合、依然としてGATT第3条違反(内国民待遇違反)になる可能性は残る。
【資料出典】
<日本語>
経済産業省通商政策局(2012)『不公正貿易報告書』日経印刷株式会社
<韓国語>
クゥクスンヨン(2012)「学校給食食材料考究の実態と改善方案」韓国農村経済研究院
チョンジュンホ他(2012)「学校給食の現況とWTO政府調達協商改正による示唆点」農協経済研究所
ファンユンジェ他(2012)『学校給食親環境農産物安全性管理方案』韓国農村経済研究院
高安 雄一(たかやす・ゆういち)
大東文化大学経済学部社会経済学科准教授。1990年一橋大学商学部卒、同年経済企画庁入庁、調査局、外務省、国民生活局、筑波大学システム情報工学研究科准教授などを経て現職。
著書に『TPPの正しい議論にかかせない米韓FTAの真実』(学文社)、最新刊は『隣りの国の真実 韓国・北朝鮮篇』(日経BP社)
TPPを議論するための正しい韓米FTA講座
日本のTPP(環太平洋経済連携協定)参加がいよいよ現実味を帯びてきた。日本の交渉参加を巡る議論に影響を与え、また、参考になるのが2012年3月15日に発効した「韓米FTA」だ。TPPの正しい理解に必要な論点を、先行事例から学ぼう。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130415/246681/?ST=print
【第19回】 2013年4月17日 田中 均 [日本総合研究所国際戦略研究所理事長]
TPP問題の3つの本質
日米事前協議の合意を機に本質を理解しよう
TPPの日米事前協議合意を機に
問題の本質を理解することが重要
?TPPを巡る日米の事前協議が終了し、日米合意が発表された。ようやく1つのステップが進んだが、今後のプロセスも多難である。
?今回の合意についても、日米の経済交渉ではよくあることではあるが、同一の合意文書についての日本側と米側の説明ではニュアンスが大きく異なっていたことからも、将来の困難さは容易に推測できる。
?日米の合意の基本は(1)米政府として日本のTPP交渉参加を支持すること、(2)日本は包括的で高い水準の協定達成に取り組むこと、(3)自動車については米国の関税はTPPの最も長い関税撤廃期間(10年)によること、(4)自動車貿易及び非関税障壁についてTPPと並行した二国間協議を行うこと、(5)かんぽ生命の新規業務を日本政府は当面認可しないこと、(6)日本の一定の農産品、米国の一定の工業製品といったセンシティビティを認識すること、であると考えられる。
?日本の説明では、農産品のセンシティビティが認識されていることに焦点があてられているが、米側の説明ではこのような点については触れず、むしろ、日本は高い水準のTPP達成にコミットしたという点がハイライトされている。そして、自動車、保険、非関税障壁の分野で大きな進展があったという説明がされている。
?もちろん、日本が遅れてTPPへの参入を要請しているわけであり、一定の譲歩はやむを得ないことであろう。また、米側は議会との関係が残っており、議会対策を意識した説明となっている。
?TPP交渉は、日本に関してはまだ出発点に立ったばかりであり、今回の合意そのもの、あるいはその説明ぶりをとらえて議論する意味はあまりない。それよりも、TPP問題の本質を理解することが何より重要であると思う。
?第一に、TPPの戦略的重要性である。米国にとっては、ホワイトハウスのフローマン大統領補佐官(国家安全保障担当副補佐官)が今回の合意を説明する際に冒頭述べたように、TPPは経済面での米国のアジアへの回帰(PIVOT)ないしリバランシングというオバマ大統領のアジア重視政策を体現する戦略的重要性を持っている。
?日本が加わることにより、世界の40%のGDP、世界の貿易の3分の1を占める自由貿易圏となる。さらに「ハイスタンダードな協定」は、中国などのいわゆる「国家資本主義」に対し、自由市場経済のルールを確立する意味合いがある。
?米国にとっては、同盟国であり世界第三の経済大国である日本が加入することが、戦略的に見れば必須なわけである。日本にとっても、そのような戦略的重要性がほぼあてはまる。
?さらに日本にとっては、東アジアで日・中・韓やASEAN+6の経済連携協定を通じて経済統合を進めていくうえでも、TPPによる米国との結びつきは必須である。日本がTPPに加入することにより、中国は地域経済連携に積極的にならざるを得ないし、日本は米国抜きの東アジア経済連携という米国の批判も回避することができる。
?日本や米国にとって、今後の東アジアが安定した秩序で日米双方の政治的経済的価値が保全されていくことが、死活的に重要である。その中でも最もプライオリティが高いのは、大きく台頭しつつ国内に深刻な課題を持った中国と建設的に向き合っていくことである。
?このためには、もはや米国や日本が単独で中国との関係を考えていくということが可能な時代ではない。多くの国々の協力により、包括的な施策を講じていくことが中国と建設的に向き合う唯一の方策であるし、安全保障、信頼醸成、経済、エネルギー、環境といった多くの分野で、重層的な地域の協力関係を築き上げていくことが必要となっている。
?そのような包括的戦略の一環として、日本も入ったTPPの早期成立は大変重要な意味がある。
TPPの戦略的重要性は明確だが
国内保護主義勢力の強い抵抗も
?第二に、TPPの戦略的重要性は明確である一方で、日米双方とも国内の保護主義勢力の強い抵抗がある現実から目を背けるわけにはいかないことも、事実である。
?米国についてはいくつかの保護主義勢力の論点があるが、その中で最も中心的なものは、日本は表面的な関税などの障壁を取り払っても目に見えない非関税障壁があり、日本市場に進出するのは極めて困難であるという議論である。
?これは日米経済摩擦がピークに達した1980年代からの議論であり、日本市場に進出したいということよりも、日本を米国市場から締め出したいという、自動車業界を中心とする労働組合や議会の保護主義勢力の議論である。
?このような議論を踏まえて、今回の合意で自動車及び非関税障壁全般についてTPPと並行して二国間協議を行うということとなったのであろう。
?米国政府にしてみれば、TPPは今年中に交渉を終結させるという目標を達成するうえでも、この日米間の非関税障壁協議を結実させ議会の了解を得ることに、強力に取り組むのであろう。
?他方、米国内でも日本の交渉参加により、今年中のTPP妥結は事実上なくなったと予想する向きが強い。これからは実質上、日米自由貿易協定の交渉とならざるを得ないし、80年代、90年代をはじめとして、これまで集中的に行われてきた日米交渉で残っている課題は、極めて困難な課題ばかりである。
?日本では、とりわけ農業分野での抵抗は強い。今回の合意でも、米国自動車関税については10年の期間での撤廃が事実上合意されており、米国は日本の農産品関連の関税についても、どんなに譲歩したところで、米国にとっての自動車関税と同様、「10年の期間での撤廃」を迫ってくることは目に見えている。
経済の活性化のためにどう活用するか
GATTウルグアイラウンドに学ぶ教訓
?第三に、日本の抵抗勢力を説得していくうえでも、TPPを日本経済の再活性化の観点からどのように活用していくことができるか、という点が日本にとっての最も重要な本質的課題である。
?1994年のガット(GATT:関税及び貿易に関する一般協定)ウルグアイラウンドの決着に際して、コメの一部開放の経緯から学ぶことは多い。ガット及びその後のWTOの自由化交渉から、日本のみならず世界が裨益したことは大きい。
?貿易が飛躍的に拡大し、市場を拡大させ、世界経済に大きく貢献した。その意味で、ウルグアイラウンドを決着させたことは日本にとっても大きな国益であったと思うが、コメを巡っては、実は日本のコメを守るための多大な財政支援を伴う保護主義的措置に他ならなかった。
?政府はコメの関税化には応じたが、数百%の禁止的関税を負荷し、コメ輸出国の合意を得るため「ミニマムアクセス」制度を発足させた。しかし実際にミニマムアクセスで入ってきたコメは、多くが煎餅の材料や第三国への援助米に使用され、日本の消費市場に入ったのはごく一部であった。
?さらに6兆円を超える膨大な補助金は、農業道路や温泉を掘る資金に消え、コメの一部開放を契機として農業効率化が進められたとは到底考えられない。このような政治的要請のみで行動したとしか思われないことを、繰りかえしてはならない。
?TPP交渉への参加によって、日本は日本経済を再活性化させるという目的を達成しなければ意味がない。このためには無用な規制を撤廃し、農業の効率化に向けて農地の流動化を含む抜本的な施策を講じなければならない。
?よく「日本はタフな交渉をするべき」と言われるが、日本の市場を保護するために、国内の既得権益を守るためにタフな交渉をするべきである、という意味なのであろうか。
?もちろん、国内改革を進めたうえで農業や他の国内利益をきっちりと守るための交渉をする必要はある。しかしながら、規制緩和や農業効率化などの国内改革を強力に推し進めることなく、交渉によっての現状を守るということであれば、間違いなく日本はTPP交渉の足かせとなるのみならず、日本経済の再活性化という本質的な課題を達成することもないのだろう。
リスクが大きいが得るものも大きい
TPPを将来への「投資」と捉えよ
?国際社会では、日本にとってTPPは「アベノミクスの第三の矢」ではないかと論評されることが多い。TPPは日本にとり、日米同盟にとり、そして東アジア・アジア太平洋地域の将来にとり、リスクが大きいが同時に結果として得るものも大きい「ハイリスク、ハイリターン」の投資であると思う。
?このような投資が結実するかどうかによって、日本の将来は決まるような気がする。もし日本がTPPの早期成立に貢献し、同時に日本経済の再活性化に成功するならば、日本が東アジアで再び指導的役割を担っていくことにも繋がっていくのだろう。それを願いたいと思う。
http://diamond.jp/articles/print/34767
【第272回】 2013年4月17日 加藤 出 [東短リサーチ代表取締役社長]
日銀が事実上の資産バブル宣言
次元が異なる金融緩和策の本質
?バブルを起こすと中央銀行が事実上宣言したという点で、日銀が4月4日に決定した金融政策は正に「次元が異なる」ものとなった。
?フィリップス曲線がフラットな日本においては、オーソドックスに需給ギャップを縮小させてもインフレ率は2年以内に2%には行かないと日銀は認識している。それ故、国債バブル、円安バブル、株式バブル、不動産バブルを発生させて、国民や企業のマインドを変化させるという壮大な実験に日銀は打って出た。
?具体的な手法として、まず、日銀は長期国債購入額を強烈に増額した。従来の月間4兆円弱から7.5兆円へ増える。それは日本政府が毎月発行する長期国債の4分の3に相当する(FRBがQE3で市場から購入している国債は、額面で発行額の25%、市場価格で28%)。これほど大きな財政赤字なのに、日銀の買い占めによって市場では国債が足りなくなる。
?銀行や保険会社等は、資金の一部を国債から外貨建て資産かリスク性資産へシフトさせる必要が生じる。金融庁はデフレ脱却を目指す政府の意向を受けて、金融機関に融資拡大を促すと報じられている(「ニッキン」4月5日号)。一部のマネーは外貨建ての債券や貸し出しに向かい、円安が加速され、一方で国内の不動産に向かうマネーもあるだろう。今は日本経済の将来に対するユーフォリア(酔狂)はないので、1990年前後のような大きなバブルは起きにくい。しかし局地的なバブルは多数発生するだろう。日銀はETF(上場投資信託)やREIT(不動産投信)の購入も増額した。
?資産価格が上がっている間は、多くの人が黒田東彦総裁を称賛するだろう。だがこれは「ホテルカリフォルニア」的政策かもしれない。イーグルスの歌のように、出ようと思っても出られなくなるリスクがある。資産価格押し上げ策をやめたらバブルは縮む。その際の政治家や世論の反発を乗り越えるには、かなりの胆力が必要だ。
?今年度から日銀は2年続けて国債保有額を50兆〜51兆円増額する。それは年間の財政赤字を大きく上回る。中央銀行による財政ファイナンスが「ニューノーマル」となる感覚麻痺が世の中で生じたら危険である。また、日銀の大規模購入策は国債市場の機能を深刻に低下させており、長期化したら元に戻すのは容易ではなくなる。
?BIS(国際決済銀行)幹部だったW・ホワイトが強い口調で先進国に警告しているように、大胆な金融緩和策はモラルハザードなどの弊害を招き、決して「フリーランチ」(ただ飯)にはならないことを意識する必要がある。
(東短リサーチ代表取締役社長?加藤 出)
http://diamond.jp/articles/print/34773
【第50回】 2013年4月17日 田中泰輔(ドイツ証券グローバルマクロリサーチオフィサー)
日銀の異次元緩和が裏付ける
1ドル=120円の可能性
?ドル円は2015年に115円との当欄の円安見通しは、日本銀行の今回の「異次元」緩和によってより強く裏付けられた。黒田東彦新総裁初の金融政策決定会合は、2%のインフレ目標を2年間で達成すべく、14年末にマネタリーベース(=日銀当座預金+流通現金、以下MB)を現在の2倍、270兆円へ拡大させると決めた。そのために日銀は政府発行の国債の70%相当を毎月買い入れる。
?市場に流通する国債が払底しかねない決定を受け、国債利回りは急低下した。生保や年金は、国債では目標利回りを確保できず、外国証券や株式の購入に向かわざるを得なくなる。日銀は脱デフレへ、「期待」より先に、異次元緩和の腕力によって金融機関や投資家を行動へ駆り立てる。そのことが円安と株高を持続させ、デフレ心理の解消を促すだろう。
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?日銀の明快なMB目標の設定は、市場参加者の円安観を一段と強化した。日米のMBの名目量の相対比はドル円相場との相関が強い。マネーの量が多い国ほど、インフレ環境下では物価上昇率が高まる分だけ通貨安になり、インフレ環境でなければダブついたマネーで金利が低下し、やはり通貨安になりやすい。国内で使われないマネーが海外に流出し、通貨安になるという説明も可能だろう。右のグラフを見ると、MBと為替の方向性は折々に連動している。
?しかし、01年からの日銀単独の量的緩和期、08年のリーマンショック後のFRB(米連邦準備制度理事会)の突出した果敢な量的緩和期には、MBとドル円相場は逆に振れたり、乖離が生じた。いずれの時期も金融機能がまひする危機的事態に直面して、量的緩和という非伝統的政策が講じられた。金融がまひする状況では、前段で見た為替相場への作用も正常に働かないのである。
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?逆に言えば、危急の時期を除くと、MBと為替の相関は強い。近年でもリーマンショックが落ち着いた09年以降は強い相関関係を回復している(右のグラフ参照)。この延長線上で「黒田日銀のMB目標」対「FRBのQE3(量的緩和第3弾)」の行く末を評価すると、どうやら日銀の異次元緩和が勝って100円を超える円安基調が見えてくる。
?ドル円相場は本稿執筆時点ですでに100円に肉薄している。このMBの展望から、ドル円が110円、120円へとさらに円安に向かう可能性は容易にイメージできる。過去において日米MB比率が持続的に一方に傾斜する局面では、ドル円相場は大きく変動する傾向がある。
?日米のMBの対GDP比の相対比は、過去数年をさかのぼると為替変動への説明力が低いため、当欄一押しの尺度には採用しなかった。しかし、現下の規模での量的緩和競争を勘案すれば、MBの対GDP比の相対比の示唆は無視し得ない。この尺度だと日銀のMB目標の対GDP比は米国を大きく凌駕し、ドル円は14年にも120円に到達することが示唆される。
?(ドイツ証券グローバルマクロリサーチオフィサー?田中泰輔)
http://diamond.jp/articles/print/34772
【第2回】 2013年4月17日
金融政策の効果と課題
歴史的な視点に立って評価する
――日本総合研究所主任研究員 河村小百合
安倍晋三政権は、わが国のこれまでの財政・金融政策運営を、いわば「レジーム転換」させた。連載「検証!アベノミクス」河村担当のパートでは、「アベノミクス」のなかの財政・金融政策運営の部分に焦点を絞り、@こうした「レジーム転換」をどのようにみればよいのか、また、Aそれに伴い、先行きにどのようなリスクがもたらされるのか、を中心に考えたい。今回は、「黒田新総裁の金融政策運営をどうみるか」を考える。
かわむら・さゆり
1988年京都大学法学部卒。日本銀行勤務を経て、現職。専門は金融、財政、公共政策。これまでの執筆論文・レポート等はリンク先参照。公職は財務省国税審議会委員、厚生労働省社会保障審議会委員、総務省政策評価・独立行政法人評価委員会委員ほか。
?4月4日、黒田新総裁のもと、日銀が打ち出した「量的・質的金融緩和」の規模は、市場の予想を遥かに上回るものであった。日銀もすでに長年にわたり、政策金利を限りなくゼロ%に近い水準にまで引き下げ、伝統的な「政策金利の上げ下げ」以外の、いわゆる「非伝統的手段」によって、様々な資産を市場から買い入れ、多額のマネーを市中に供給する、という政策運営を行ってきた。
今回の「黒田緩和」は、こうした「非伝統的手段」による資金供給を、日銀新体制の発足とともに、空前の規模に急拡大させ、企業や家計のインフレ期待を高めてデフレ脱却を図ろうとするものである。
?こうした政策運営をよりよく理解するために、@わが国のみならず、他の主要先進国を含めて、過去30年の間、経済や物価情勢がどのように推移してきたのか、Aそれに応じる形で、日銀をはじめとする各国の中央銀行はどのような政策運営を行ってきたのか、B近年の各中銀による「非伝統的手段」による政策運営の効果は、国内外でどのように考えられているのか、といった点について、順を追ってみていこう。
主要国経済は過去30年間
どのように推移してきたのか
?まず、わが国および欧米主要国の景気や物価情勢が、これまでどのように推移してきたのかを、やや長期的な視野で確認してみよう。
?今からさかのぼること約30年前の1980年代前半は、主要先進国といえども、二桁のインフレ率に悩まされている国が少なくなかった。81年の消費者物価の前年比上昇率は、わが国で4.9%、旧西ドイツでも6.3%であったほか、アメリカでは10.4%、イギリス12.2%、イタリアに至っては19.5%に達していた。
?その後は85年の「プラザ合意」による為替レート調整や、90年前後のわが国をはじめとするバブル崩壊を経て、各国の経済成長率やインフレ率の振幅は徐々に収斂した。そして、2008年9月のリーマン・ショックを契機とする世界経済・金融危機を受けて、09年には各国とも経済成長率が大きく落ち込み、多くの国でデフレ・リスクが懸念される事態となった。
?なお、90年代末以降今日に至るまでの間の各国の物価情勢をみると、リーマン・ショック直後の09年こそ、各国とも消費者物価の前年比上昇率は大きく低下したものの、日米を除き、軒並み前年比小幅のプラスを維持した。アメリカも、消費者物価前年比が小幅のマイナスになったのは09年のみで、その後は前年比プラスを回復している。
?このように、わが国を除く各国とも、09年を除けば、一般的な物価情勢は、総じて低位で安定的に推移している。そうしたなか、唯一わが国のみが99年以降足許に至るまでの間の大半の年について、消費者物価上昇率の前年比マイナス状態が継続している。要するに、主要国のなかでわが国においてのみ、「デフレ状態」が長期にわたり継続しているのである。
日銀のこれまでの金融政策運営
ゼロ金利政策から量的緩和、そして包括緩和へ
?この間の日銀の金融政策運営を、やや詳しく振り返ってみよう(図表1)。1980年代末のバブル崩壊後、日銀は政策金利である無担コールO/N(オーバーナイト)レートを、91年初をピークとして段階的に引き下げた。しかしながら、90年代後半には国内の金融危機が深刻化の一途をたどり、つれて実体経済も大きく落ち込むに至ったことから、無担コールO/Nレートを内外に例のないゼロ%に引き下げる「ゼロ金利政策」を99年2月に実施した。
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?これは、2000年夏にいったん解除され、同レートを小幅のプラスに引き上げる方向で誘導する金融政策運営が行われたものの、その後、景気の再度の落ち込みを受け、01年3月からは同レートを再びゼロ%に引き下げたうえ、日銀によるベース・マネーの供給量(政策上の誘導目標は、その一部をなす「日銀当座預金額」)を順次拡大していく「量的緩和政策」が実施され、その後06年3月までの約5年間にわたり継続された。
?2000年代半ば以降のわが国経済は、小泉政権による構造改革の奏効などもあって、緩やかながらようやく回復の兆しがみえ始めてきていたが、08年9月にはリーマン・ショックによる世界経済・金融危機に見舞われた。
?欧米主要国では、システミック・リスクが差し迫り、これに対処するため、欧米主要国の中央銀行も、政策金利の引き下げにとどまらず、軒並み「危機対応としての流動性供給」を当初の目的として、非伝統的手段による金融緩和の実施に踏み切った。日銀が国内の金融危機に際して同様の緩和を導入してから遅れること約10年、欧米各国の主要中央銀行も、同様の金融政策運営を迫られることとなったわけである。
?わが国の場合、リーマン・ショックによる金融システムへの影響は、欧米主要国に比較すれば軽微ながら、実体経済の落ち込みの度合いは主要国のなかでもっとも厳しかった。その後、日銀は、国内のデフレ状態の長期化や、主要諸外国で「非伝統的手段」による金融緩和が進められていることに呼応する形で、10年10月、非伝統的手段による政策運営を一段と強化する「包括緩和」政策の実施に踏み切った。
?そして、安倍政権誕生後の13年1月、白川前総裁のもとで「2%の物価目標」を導入した後、黒田新総裁就任後の4月、「質的・量的金融緩和」を発表し、空前の規模での資金供給を開始したのである。
中央銀行の政策運営の
世界的な潮流
?各中央銀行は、各国・地域経済のこうした推移をにらみつつ、それぞれ独自に政策運営を行ってきたわけであるが、そこには一定程度、それぞれに共通した動き、いわば「潮流」が存在する。日銀もその例外ではない。こうしたトレンドの変化を振り返ってみよう。
@1990年代
?80年代に、各国がまだ高インフレ率に悩まされていた反省から、90年代には、中央銀行の独立性を強化する動きが拡がった。わが国では97年に日銀法が改正され、98年に施行された。欧州でも、ユーロを導入する国は中央銀行の独立性を確保することを義務付けられ、かつては政府(財務省)が金融政策の決定権限を握っていたフランス等の国々も、ドイツ型の制度をとり入れた。イギリスはユーロには参加しない道を選んだが、99年に金融政策運営の決定権を、財務省から中央銀行であるイングランド銀行に移管した(注1)。
?独立性が強化された中央銀行は、次のステップとして、金融政策運営の説明責任を国民に対して果たすことが求められるようになった。そこで、多くの国々に採用されたのが、「インフレ・ターゲティング(物価上昇率目標)」である。これは、各国の一般国民にとってもわかりやすく、有効なツールとして評価され、実際にその採用後に高いインフレ率が望ましい水準にまで抑制される、という実績の面でも効果がみられた。
A2000年代前半
?主要国の中央銀行は、概ね「一般物価(消費者物価)の安定」を達成した。これは、90年代において、各国中央銀行の独立性が強化され、多くの国々で「インフレ・ターゲティング」が導入されたことが大きかったほか、新興国経済がグローバル経済に参入してきた要因も作用した。
(注1)なお、イギリスの場合、金融政策の決定権限を政府(財務省)が有していた92年から、すでに「インフレ・ターゲティング」が導入されていた。99年に金融政策の決定権限がイングランド銀行に移管された際にも、インフレ目標の決定権限は財務大臣にそのまま残される形となった。
B2000年代後半
?もっとも、2000年代には、一般物価の安定が達成された一方で、それ以外の側面では不都合が生じていた。具体的には金融資産市場における経済的な不均衡の発生である。これらはすなわち、経済の実力や実態とはかけ離れた水準で、資産価格が形成されていたものであり、いわゆる「バブル」に相当する。
?そして、これらの不均衡は、2000年代後半以降、次々と崩壊し、各国の経済や国際金融市場に、大きな悪影響を及ぼすこととなった。07年夏のアメリカのサブ・プライム危機然り(「アメリカの住宅価格」の不均衡)、08年9月のリーマン・ショック然り(「証券化商品価格」の不均衡)、09年秋以降の欧州ソブリン危機然り(「ユーロ圏の一部の国々の国債価格」や、「アイルランド・スペイン等における不動産価格」の不均衡)、である。
?このように、危機が立て続けに発生したことを受け、欧米の中央銀行は、その収束に向けて、政策金利の誘導以外の非伝統的な手段による金融政策運営(「信用緩和」、「量的緩和」等)の導入を余儀なくされることとなった。当初、その目的は「危機対応のための流動性供給」であったが、その後、政策目的の説明については、後述するように、各中銀で徐々に変質している。
?なお、この期間中、わが国においては、「長期化するデフレをいかに克服するか」が常に課題となっていた。
危機後の欧米主要中銀の金融緩和は
日銀とどう違うのか
?金融危機(日本:90年代末の国内の金融危機、欧米:2008年のリーマン・ショック)以降、主要国の中央銀行は、金利操作の下限(名目金利で1%以下)に直面した(図表2)。
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?そこで、危機収束に向けた対応の必要性も加わり、各国中銀は軒並み「非伝統的な手段」による多額の資金供給に踏み切ることとなった。これは、各中銀の資産規模の推移からも確認できる(図表3)。日銀は、国内の金融危機が深刻化した90年代末以降、相対的な資産規模を大きく拡大させ、05年末には、名目GDP比が約30%に達した。欧米主要国の中央銀行も、08年のリーマン・ショック以降、日銀の後を追う形で、それぞれ資産規模を拡大した。
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?ただし、実際のオペレーション、および政策運営に関する説明をするうえでの力点の置き方は、各中銀によって様々である。Fed(米中央準備制度)やECB(欧州中央銀行)は、中央銀行の資産の観点を軸に、従来の範囲を超えてリスク資産を買い入れることに主眼を置き、「信用緩和(credit easing)」という表現をしている。
?これに対し、BOE(イングランド銀行)は、当初、中央銀行の負債の観点を軸に、経済における通貨供給量の増加につなげるべく、ベース・マネーの供給量を増やすことを重視し、「量的緩和(quantitative easing)」という表現を用いている。ただしBOEの説明振りは、その後微妙に変化し、「信用緩和」的な側面もあることを認めている。また日銀は、中央銀行の資産・負債の両側面に軸足を置く、という意味で、2010年10月以降の政策を「包括緩和」と称した。黒田日銀が今般、打ち出した「質的・量的金融緩和」も、規模は従前とは桁違いながら、資産・負債の両面という白川前総裁時代と同様の考え方に基づいているものとみられる。
?なお、各中央銀行がこれまで「非伝統的な金融政策運営」によって買い入れた資産は、図表4の通りである。
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?各中銀とも、自国の国債を買い入れている点は共通しているが、それ以外の資産としては、MBS(注2)(Fed)、CP・社債(BOE、日銀)、カバード・ボンド(注3)(ECB)、ETFs・J-REITs(日銀)など多岐にわたる。規模の側面からみると、ドル建て換算の金額ベースではFedが約3.1兆ドルと最大であるが、名目GDP比でみると、日銀が約37%相当と、白川前総裁時代の時点において、すでに主要国のなかで最大となっている。ただし、各中銀の金融緩和の度合いは、単にその資産規模の大小のみから計れるものではない、という見方があることにも注意する必要がある。
非伝統的手段による金融政策の効果
その副作用はどう考えられているか
?このような非伝統的手段による金融政策運営は、わが国では90年代末から採用され、すでに10年以上の時間が経過しているが、欧米主要国ではまだ数年程度の経験に過ぎない。こうした政策運営にどのような効果が確認できるのか、また期待できるのか、その副作用としてはどのような点があり得るか、等について国内外では現状どのように考えられているのかを整理してみよう。
@効果
?まず、効果の側面であるが、金融危機を収束させるうえで有効である、ということは、わが国における90年代末以降の経験、欧米主要国におけるリーマン・ショック以降の経験、の両方を踏まえ確認されており、国内外で見解は一致している。国際金融市場にシステミック・リスクが差し迫る場合、中央銀行が非伝統的手段によって資産を買い入れ、その対価として市場に流動性を供給することは、各国銀行システムの危機を収束させるうえで実際に有効に機能した。
?しかしながら、リーマン・ショック以降、当初は危機対応として、非伝統的手段による金融政策運営に踏み切った欧米各国の中央銀行も、その後、時間の経過につれ、その目的は様々に変化しているのが実情である。「インフレ目標の達成」、「実体経済の刺激」、「欧州ソブリン危機の封じ込め」等である。
(注2)モーゲージ(不動産ローン)担保証券。
(注3)欧州で長い歴史を有する、@不動産ローン、もしくはA地方公共団体向けローン担保付き証券。
?では、非伝統的手段による政策運営が、実体経済にもたらすリフレ的な効果は確認できるのだろうか。この点について、わが国ではすでに10年以上の時間が経過しているが、実証分析を踏まえた研究等では、これまでのところ否定的な結論が多い模様である。実証分析を待つまでもなく、90年代末以降にわが国経済が実際にたどってきた軌跡からすれば、国民の実感としても、リフレ的な効果は感じられていないというのが事実であろう。
?ただし、この点に関しては、「非伝統的手段による金融政策運営に、そもそも実体経済へのリフレ効果は期待できない」とする考え方と、「日銀によるこれまでの非伝統的手段による金融緩和、資金供給の度合いが不十分であったために、目下のところリフレ効果が確認できていないのであり、日銀が緩和の度合いを強めれば効果も期待できる」とする考え方との両論が、存在しているように見受けられる。
?欧米各国における効果においては、非伝統的手段の採用後、まださほど時間が経過していないため、実証分析を行うにはデータが揃わず時期尚早の段階にある。また、非伝統的手段の採用の初期においては、政策金利の引き下げも同時に実施されていたため(図表2)、効果があるとしても、それが政策金利引き下げとベース・マネーの供給拡大のどちらに起因するのかの判別が困難、という事情も存在する。
?欧米各国では、非伝統的手段による金融政策運営を扱った論文は、まだあまり多くは発表されていない段階にあり、今後、当事者である各国中銀を含め、国際的に議論が深められていくものと推察される。ちなみに、最近発表された数少ない論文の一つである、アメリカのセントルイス連銀のエコノミストによる論文(Fawley and Neely[2013] )(注4)においては、「幅広いリサーチの結果、QE(量的緩和)の効果としては、資産価格に働きかける望ましい効果が一般的に示唆されているものの、幅広い経済への効果は確認し難い」(p81、訳は筆者)と述べられている。
A副作用
?他方、非伝統的手段による政策運営のあり得る副作用としては、主に次のような3点が考えられよう。(イ)一般的な物価が、適切な範囲を超えて大幅に上昇することはないか、(ロ)資産価格が大幅に上昇し、持続不可能な「不均衡」が発生することはないか、(ハ)金融市況の変化(市場金利の上昇)により、非伝統的手段による金融政策の運営主体である中央銀行が多額の損失を被ることはないか、といった点である。
(注4)Brett W. Fawley and Christopher J. Neely. “Four Stories of Quantitative Easing”, Review, Federal Reserve Bank of St. Louis, January / February 2013, Volume 95, Number 1
?これに加え、わが国の場合は、別のリスクも存在する。すなわち、安倍政権誕生後の2013年入り後の金融政策運営は、「物価目標2%の達成」を目標としているが、わが国の場合、財政の基礎的条件が諸外国に比べて極端に悪いため、「出口」局面における市場金利上昇には、国の財政そのものの安定的な運営を困難にする側面がある、といえよう。
?こうしたなか、黒田新総裁のもとで日銀は4月4日、これまでとは異次元の金融緩和ともいえる「量的・質的金融緩和」の導入を発表した。ここまでみてきたように、こうした政策運営に対して、現段階では、その効果に賛否両論が存在し、様々な副作用も懸念されている状況にある。そのようななかで安倍政権、黒田新日銀はこうした政策運営に踏み出した。これは、まさに「リスクを負っての政策運営のレジーム転換」であるとみることができよう。
?次回以降では、こうした政策運営が、わが国経済に今後、いかなる影響を及ぼす可能性があるのか、について考えていく。
http://diamond.jp/articles/-/34792
【第109回】 2013年4月17日 週刊ダイヤモンド編集部
日銀超弩級緩和の衝撃【前編】
〜翻弄されるマーケット
対応迫られる日本企業
「戦力の逐次投入はしない」。黒田東彦・日本銀行総裁の下で決まった「超弩級」の金融緩和策は、株式や為替、国債の市場に激しい熱気をもたらし、同時に大きな動揺を与え始めた。デフレ脱却に邁進する日銀に対し、金融機関や企業、個人はどう反応し、その先に何を見据えているのか。緩和策が発表された4日以降の動きを追った。(「週刊ダイヤモンド」編集部?池田光史、河野拓郎、中村正毅、宮原啓彰)
Photo:JIJI、Ryosuke Shimizu
「え、小出しでくるんじゃなかったのか」
「おい、正気かよ」
?4月4日、午後1時40分過ぎ。日本銀行による世界でも類のない、大規模な金融緩和策の概要が伝わると、大手銀行のディーリングフロアはざわめきに包まれた。
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?市中への資金供給量(マネタリーベース)を2年で2倍、買い入れる国債の平均残存期間(デュレーション)を7年程度に延長し、保有額の年間増加幅を2倍以上に、歯止めをかける「銀行券ルール」は一時適用を停止──。
?行員たちが、通信社の速報や日銀の公表資料を食い入るように見つめ、その衝撃をまだ消化し切れないうちに、株式や外国為替のディーラーの席では電話が次々に鳴り、フロアが騒然とし始めた。
?大手証券会社では、買い入れ対象に40年債も加えると速報で伝わると、ヘッジファンドからドル買いの電話がいっせいに入った。
?銀行のフロアでも、「ロング(買い)」という叫び声があちこちで響き渡る中で、フロアに設置されたモニター画面には、狂ったように上昇し始める株価と、政府の為替介入と見紛うような勢いで、円安方向に猛進するドル円のレートが表示されていた。
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?ロスカット寸前の円買いポジションを持ち、目が血走り始めた為替ディーラーを横目に、高みの見物を決め込んでいた国債ディーラーたちの目つきが、急に険しくなったのが同日の午後3時半。2003年6月11日につけた、10年物国債の過去最低金利0.43%をいとも簡単に下回った時だ。その後の「春の嵐」を予感させた瞬間だった。
?ある国内証券の調査部門では、市場が落ち着いた夕方に、緊急のミーティングを開き、債券や為替などの今後の市場の動向について話し合ったが、自分たちの読み筋が全く通用しない日銀と市場の動きを見て、「黒田さんは市場を牛耳る気なんですかね」「これじゃあ、俺たちの仕事がなくなるな」と、ぼやき声が漏れた。
方向感を見失い
動揺し始めた国債市場
?翌5日も市場の興奮は全く収まらず、異様な熱気に包まれた。
?取引開始直後から日経平均株価は1万3000円を突破。債券には買いが集中し、長期金利は0.315%という未踏の領域まで一気に踏み込んだ。
?国内大手証券では、全国の支店や外国人投資家から、売買の注文や金融緩和の影響に関する問い合わせが殺到。「2、3台の受話器を取って対応するトレーダーもいた」という、最近では見られないほどの活況だった。
?嵐が荒れ狂い始めたのは、5日午後からだ。
?長期金利が0.4%台後半までじりじりと戻し始める中、午後1時過ぎ、債券先物(中心限月の6月物)が前日比1円下げたことで、東京証券取引所は取引を一時中断する「サーキットブレーカー」を発動した。リーマンショック直後の08年10月14日以来の出来事だった。
?急激な価格変動で、投資家たちの不安心理が増幅し、利益確定の動きも重なって債券先物が売り優勢になった午後1時40分前後、今度は長期金利が0.62%まで跳ね上がり、さらに先物で2回目のサーキットブレーカーを発動するという「事件」が起こる。市場参加者が、均衡点を完全に見失ったことを意味していた。
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「誰が(国債を)売ったんだ」
「なんでこのレートになるんだ」
?証券や銀行でそうした怒号が飛び交い、「犯人捜し」が始まる中で次第に浮かび上がったのは、数十兆円の国債を保有するメガバンクの一角だった。
?03年の金利急騰のきっかけをつくったとされるこのメガバンクが、また国債売却による益出しをしてきたという噂が広まると、「『ほんとリーズナブルな人たちですね』と皮肉る声もあった」と、証券の関係者は話す。
金融緩和策によって市場が翻弄される状況は一体いつまで続くのか
Photo:Bloomberg via Getty Images
?売り買いが激しく交錯し、直近半年間に相当する金利の変動が、たった1日の中で現れる状況に顔が青ざめたのは、地方銀行、第二地銀など地域金融機関だ。
「ちょっと状況を報告してもらえるかな」。首都圏のある地銀では5日、担当者が次々に役員室に呼ばれ、国債の運用状況の説明に奔走していたという。
?地域金融機関が、金利の動きにここまで神経質になるのには理由がある。
?一つは、金利の変動リスクが業績に与える影響が大きいためだ。地域銀行が保有する国債など債券のデュレーションは約4年。大手銀行の2年前後に比べ長く、それだけ金利上昇(価格低下)時に損失を被るリスクが大きい。
?1日に0.3%以上も長期金利が動くような荒っぽい相場に対し、当然ながら耐久性は低く、「国債のポジション量(保有量)を縮めてリスクを減らさないと、とてもついていけない」(関東の第二地銀首脳)というのが実情だ。
?10日に長期金利が一時0.635%まで上昇したのも、地銀などのポジション調整がじわりと影響した可能性がある。
?その一方で、預金増加であり余った資金を、国債以外に振り向ける運用先がなかなか見当たらないという現実もある。一部の地銀では国債の代替先として、不動産投資信託(J-REIT)を購入する動きも出ているが、リスク性商品に国債の大部分を置き換えられるはずもない。
?日銀は大規模な金融緩和を通じて、銀行に対し企業への貸し出し圧力を強めるが、地銀から聞こえてくるのは「設備投資といった資金需要が盛り上がっている企業があるなら、具体的に教えてくれ」という恨み節だ。
?日銀が集計している貸出・資金吸収動向によると、地銀、第二地銀の3月の貸出金残高は前年同月比2.5%増となったものの、その多くは個人向けの住宅ローンで、主戦場となる中小企業向け融資が好調に伸びているわけではない。
「(協調融資の)シ団に何とかもぐり込んで、(貸出)残高を減らさないようにしている状況」(西日本の地銀)で、金利低下で融資の利ざやが縮小し、国債の運用益(キャリー収益)も見込みにくい環境は「中長期的に、地域金融機関としての収益構造が成り立たなくなる」(同)という声が上がる。
「君たちは日本にいなくていいよと、日銀が言っているようにも聞こえる」と、苦笑する地銀関係者もいた。
?向こう半年の長期金利について「0.20〜0.60%」(BNPパリバ証券の伊藤篤チーフ円債ストラテジスト)との見通しもある中で、メガバンクも安穏とはしていられない。
?メガの首脳は「地銀ほどではないが、それでも国債のデュレーションが短い分、キャリー収益が見込みにくい。売却で益出しするのも手かもしれないが損益分岐点が下がるリスクもあり、簡単にできるものではない」と指摘。さらに「われわれはアベノミクスに一緒になって踊るわけにはいかない。不動産向け融資を積極化する動きも一部であるが、インフレ懸念がくすぶる中で、冷静に対処しないと一時のようなバブルを引き起こす可能性だってある。主な目線はあくまで海外だ」と話す。
「逆ざや」を危惧する
生保の台所事情
?銀行以上に危機感を強めているのが、株高では恩恵を受けている生命保険会社だ。
?20年や30年という超長期国債の金利が一時1%を割り込むような動きを見せたことで、主な運用先としていた生保に、契約者の予定利率を運用の利回りが下回ってしまう、「逆ざや」の懸念が出始めているのだ。
?生保各社は4月中に、13年度の運用計画を出すが、均衡点が見えづらい足元の金利の状態から、見直しには一様に頭を悩ましている。
?銀行の窓口を通じて販売している「一時払い終身保険」などの貯蓄性商品は、さらに環境が厳しくなることも悩みの種だ。
?ただでさえ、国が保険料を左右する標準利率を引き下げたことで4月以降は値上げとなったが、さらなる値上げが必要になる生保も出てくる可能性がある。
?金融機関にとって、不安定で居心地の悪い市場は当面続きそうだが、株式を扱う証券会社だけは別。
「まさに黒田さまさま」と話すのは、国内証券の営業部門。5日のコールセンター入電数は、4日の2倍に上り、機関投資家向け営業担当者の間では、顧客と「こうなったら会社の中身もよく見ずにとにかく株を買うしかないですね」という会話を交わしているというから驚きだ。
?別の証券会社でも株の売買を受け付けるフリーダイヤルへの入電数が5日以降増え、午前中は自動音声にもつながらないほど電話がいちどきにかかった。
「これまでの1万2000円台後半がピークと思っていた休眠株主が、黒田緩和で一気に取引を再開し始めた」という動きもある。
?株価が数十円の「ボロ株」さえ株高の波に乗り、息を吹き返す場面も見られ、インターネットの掲示板で「ぼろ儲け」を競うように自慢するなど投資家の浮かれっぷりも目に付く。
?超弩級の金融緩和がもたらした未曾有の株高、円安、金利変動。デフレ脱却の大義名分があるとはいえ、日銀が処方箋を誤れば強烈な劇薬となって日本経済を死に追いやる可能性があることを今回の大騒動が物語っている。
第4回】 2013年4月17日 藤沢 侑
ありえないような値引きマンションは存在します。そのわけは?
中古マンションでもアウトレットマンションでもない新築マンションで3割引以上のバーゲンセールのマンションというのがあるのです。ネットを見てもチラシを見ても表面上ではそれはわかりません。しかし、ある法則と広告の見方を知れば、バーゲンマンションに出会える確率は格段に高まります。
「いくらでもいいから売れ!」と指示が出ることがある
?企業というのは常に市場から成長を求められています。その年度に好決算でも翌年度の決算の見込みが悪いと株価は急落したりすることもあります。マンション事業においては、竣工在庫の数字も決算発表時にするので、その数も気にします。利益は収益力、竣工在庫の数は営業力の現れとして評価されるからです。
?では「いくらでもいいから売れ!」という指示が出るのはどういう条件が揃ったときでしょうか?
条件1?その年の決算の見込みが計画よりもいいこと。
条件2?赤字の竣工在庫であること
条件3?その物件の残戸数が数戸であること
?条件1のような好決算の年度は、会社としては「利益が出過ぎる」状態なので赤玉=赤字物件を売って引き渡して数字を調整するのです。翌年の赤字要因を消しておくという狙いもそこにはあります。
?このような状態になったときに、条件2の赤字の竣工在庫を翌年度の決算への負担を無くすために「少しでも高く売る」よりも「安くていいからその年度に売ってしまえ!」となります。その時に、「いくらでもいいから売れ!」という指示が会社から営業現場にくるのです。
?また、営業マンの人数にも限りがあることから、販売現場の数も重要です。そもそも竣工在庫は管理も始まっているので管理費を毎月払わなければなりません。あと数戸でも在庫があって、そこに机やら、パソコンやら、電話やら、コピー機やらおいて営業マンを一人常駐させておくだけで、毎月数百万円が飛んで行きます。条件3の物件は優先的に「いくらでもいいから売りたい物件」となるのです。現場を減らせられますから。
「いくらでもいいから売れ!」と言われるのはいつか?
?その年度の決算の数字が見えてくるのは3月決算であれば、だいたい1月下旬から2月上旬です。そのタイミングで、数字をどう調整するかの検討になるので、対象赤字物件が決まって、指示が出るのが2月中旬です。
?「いくらでもいいから売れ!」の指示がその現場に来ると、積極的に商談でサービスの話を始めます。この時に思うのが「2週間前にきたお客さんは損しちゃったなぁ」ということです。
?平常時、基本的に竣工在庫には「販売促進費」という値引きの枠があります。その枠は定価に対して多くても10%ほどです。これはその物件の収支と営業が「このくらいでなら売れるだろう」という価格をもとに設定しているのです。しかし、その枠を取っ払ってくれるのが、「いくらでもいいから売れ!」の指示なのです。
?ちなみに、2週間前にきたお客様に再度アプローチしてもなかなか動いてはくれません。「買ってもいいかも」と思ったお客様でも、いったん気持ちが萎えてしまうと同じ物件に行く気にはならないようです。気持ちがキレるとそれを戻すのは難しいのです。結局、サービスする枠は増えてもすぐ売れることはなく、集客からしなくてはいけないのです。
?つまり、値引きの枠が増えても完売するのはそう簡単なことではないのです。
広告でわかる値引きのサイン
?いざ集客するといってもいきなり「いくらでもいいから買って下さい」とは書けません。書いてはいなくても広告を見れば値引き可能物件かどうかは結構分かるものなのです。
1. 物件概要
?苦しい物件は「物件概要」にヒントがあります。「物件概要」とは何かを知っておきましょう。広告物というのは目立つところにそのマンションのアピールしたいことを派手に書きます。しかし、デベロッパーが伝えたいことを伝えるだけではなく、お客様にあまりよくない情報も伝えなければなりません。その役目が「物件概要」なのです。だから「物件概要」には、お客様に伝えなければならないことを、つまり伝えたいことも伝えたくないことも淡々と文字で表現しています。そしてあまり伝えたくないことも必ずあるのでチラシなどでは目立たないところに小さい文字でごちゃごちゃ書かれているのです。とすれば、冷静に物件を評価するには「物件概要」をしっかり見るのはとても重要なことなのです。広告の打合せをしていても「物件概要」のチェックは慎重を期します。アピールすべき部分の打合せはアクティブに行うのに対して、「物件概要」のところは非常にディフェンシブになるのです。ただし、「物件概要」の全てを同じテンションで見る必要はありません。特に値引きがありそうかどうかを見る上においては。
【1】竣工年月日
?完成して時間が経てばたつほど経費はかかり、しかも市場での鮮度は落ちていきます。現時点に対して竣工日がどのくらい前かは重要な要素です。通常青田売りから始めて販売のヤマ場は何回かあるのですが、竣工したてが最後のヤマ場なのです。それを過ぎた物件は苦戦しているとみていいでしょう。定価で買う必要はないし、竣工して半年以上経過していれば大幅値引きの可能性もあると見ます。
【2】販売戸数
?販売戸数は、ありのままを表記していることはあまりありません。あまりに在庫が多いと不人気物件だと思われるので本当の在庫の3分の1から2分の1程度しか出しません。販売戸数3戸と書いてあれば6戸?9戸まだあると思っていいでしょう。ただし、1戸だと実数を出します。もちろん3戸あっても1戸と表記する場合もあるので難しいところなのですが。販売戸数1戸であれば売れれば現場を閉められるので、販促費の「貯金」があればお得な買い物が出来るかもしれません。もちろん、立地、間取りが納得いくということが大前提です。
2. 値引きの広告キーワード
?値引きしてでも売りたい場合、マンションの広告では「見切り処分、30%オフ」のような表記はしません。今ではなくなりましたが、バブル崩壊直後などは、値下げに対してそれまでに買った購入者が訴訟を起こすというようなことすらありました。
?そのような背景があるので、あからさまな値引き表記はしませんが、「なんとか来てもらえばいい話がありますよ。」ということを広告で伝えようとします。
【1】家具つきモデルルーム販売
?オーソドックスな告知です。「モデルルームとして使用した住戸は不特定多数が出入りしたので他の住戸と同じ価格では悪いので家具をつけます。」というのがデベロッパーの言い分です。しかし実際には、これは集客するための手段であり、来場すると「他の住戸でも同じようなサービスをするのでいかがですか?」と言って営業するべく待ち構えているのです。
【2】○○キャンペーン
?極端な実例では「1000万円相当オプションプレゼントキャンペーン」というのがありましたが、売り方は、「オプション1000万円つけるのも物件価格を値引きするのも同じです。買っていただけるならお好きな方をお選び下さい。」という形でその気にさせる作戦です。マンションの広告で「キャンペーン」の文字が見えたら「値引きします」と読み替えていいでしょう。しかし、先ほどの極端な例ぐらい苦しんでいる物件はそもそもの価格自体が高すぎた可能性が高く、周辺の他の物件や中古の相場などもチェックしないとお得な買い物のつもりが、単なるババ抜きのババを引かされるだけになるので要注意です。そう簡単にうまい話はありません。
【3】新価格発表
?「新価格発表」は完全に「値引き」の言い換えです。ここまでくると新価格のほうが相場であるとマーケットは認識します。二重価格は禁止されていますが、旧価格と新価格を並べるのは私には合法的二重価格に見えます。新価格物件を検討する場合は新価格からさらにサービスがあるかどうか打診してみる必要があります。
大幅値引きを引き出すための商談テクニック
「いくらでもいいから売れ!」と言われている物件かどうかは行って商談してみないと分かりません。大幅値引きの話を切り出しにくいお客様と言いやすいお客様にわかれます。
?言いやすいお客様というのは「金額次第では買う」ということを感じられるお客様です。金額に関係なく買わない予感のするお客様には値引きの話はしないからです。そんなことをしても他の物件を回りながら言いふらされるだけだと考えるからです。
?だから、竣工在庫で気に入った物件があれば、価格表の数字なんか無視して「〇〇〇〇万円なら買う」とストレートにぶつけるのが一番なのです。
購入申込は2月最終日曜日にすべし
?大幅な値引きを勝ち取るのに一年で一番いい時期があります。それが2月の最終日曜日と3月の第一日曜日です。ローン手続きを考えるとこの時期が3月末に引渡しができるギリギリのタイミングなのです。先ほどのケースもまさに3月の最初の日曜日でした。
?申込から引渡しまでの流れは売買契約とローンの契約を同時並行的にすすめることになります。
?下記のような流れになります。
拡大画像表示
?これだけのことを上段と下段を同時並行ですすめながら3週間でやるのはお客様の協力も必要ですし、営業マンもピント外れではできないのです。だからこのぎりぎりのスケジュールでの大きな値引きは信用できるお客様でないと取引を進める気になれないのです。
?これは営業現場の偽らざる心境なのです。
?お得にマンションを購入したい方は、広告で目星をつけて、実際現地へ行き、2月の最終日曜日に申し込んで下さい。ちなみにタイミングについては3月決算のデベロッパーを想定しております。興味ある物件の売主が何月決算かを調べてみてはいかがでしょうか。それだけであなたはもうワンランク上のマンション購入検討者です。
ISBN:978-4-478-02404-1
『現役・三井不動産グループ社員が書いた!
やっぱり「ダメマンション」を買ってはいけない』?藤沢 侑・著
不動産業界大手の三井不動産グループの現役社員である著者が歯に衣着せず、新築マンション選びを売る側からすべて本音でさらけ出して、話題になった本の新版。消費税の値上げも近づき、またダメマンションが増えそうな状況になってきました。ダメマンションをつかまないために、契約前に是非この本でチェックを!
http://diamond.jp/articles/print/34544
2015年の相続増税はここに気をつけろ
相続専門税理士が徹底解説
2013年4月17日(水) 篠原 匡
東日本大震災で実施が先送りにされてきたが、2015年1月以降の相続増税が確実な情勢だ。基礎控除額の引き下げも税制大綱にうたわれており、富裕層だけでなく、首都圏や大都市に不動産を持つ一般家庭へのインパクトも大きい。来るべき相続増税を前に何を考えるべきか。資産税を専門に扱うタクトコンサルティングの田中陽・代表社員に話を聞いた
(聞き手は篠原 匡)
2015年1月の税制改正で相続税はどう変わるのでしょうか。
田中:影響が一番大きいと思われるのは基礎控除額の縮小でしょう。基礎控除額とは、相続財産から差し引くことができる非課税枠のことで、現状は「5000万円+1000万円×法定相続人の数」です。それが、2015年1月以降は「3000万円+600万円×法定相続人の数」になります。
今回の相続増税は富裕層より庶民のダメージ大
田中陽(たなか・あきら)税理士法人タクトコンサルティング代表社員
1973年京都府生まれ。青山学院大学経営学部卒業後、太田昭和監査法人(現新日本監査法人)を経て2003年にタクトコンサルティングに入社。税理士、公認会計士。(撮影、村田和聡)
田中:標準世帯と言われている配偶者と子供2人のパターンでいくと、非課税枠は現状の8000万円から4800万円に減る。相続財産が8000万円の場合、これまでは税金がかかりませんでしたが、法改正後は差し引き3200万円に対して相続税がかかるので、400万円近い税金が発生します。
今回の税制改正大綱では、基礎控除額の引き下げに合わせて相続税の最高税率が「3億円以上で50%」から「6億円以上で55%」に引き上げられました。この点を心配される方もいますが、最高税率の引き上げによる影響よりも基礎控除額の引き下げの方が“ダメージ”は大きいと思います。
というのも、相続税は法定相続割合に応じた金額にかかります。相続財産8000万円の標準世帯であれば、配偶者4000万円、子供が2000万円ずつ。つまり、相続財産全体で10億円、20億円という財産規模でなければそれぞれが6億円を超えることはなかなかありません。
それに対して、基礎控除額の引き下げは相続に関わるすべての人に影響するうえに、基礎控除額の恩恵を受けている人も多く、そのインパクトはかなりのものがある。今回の相続増税は富裕層向けの課税強化と言われますが、どちらかというと庶民を直撃するものと言えるでしょう。
その一方で、相続税の減税の1つである「小規模宅地等の特例」は適用要件が緩和されました。
田中:小規模宅地等の特例は、親と同居していることを条件に、自宅宅地の評価額を最大で8割減らせる相続税の減税制度です。実は、3年前の2010年改正で以下の点が厳格化されました。
田中:2010年1月以前は、別居だろうが、持ち家を持っていようが、おしなべて減税の対象になりましたが、2010年改正によって、親から子への「2次相続」でかつ、相続人が持ち家を持っている別居家族の場合は評価額の減額が一切認められなくなりました。現実的に親と同居できない人も多いので、この影響は無視できません。
外階段でつながっていれば「二世帯同居」と認定
田中:それと同時に、この議論の延長で二世帯住宅も「内部でつながっていなければ同居と認められない」という判断になりました。二世帯住宅の中には門も玄関も別のものもありますが、これが同居と言えるのかという疑問が以前からありましたので・・・。このように2010年改正で厳しくなったのは、「同居」に関する要件でした。
ところが、2015年改正で二世帯住宅の適用要件が緩和されて、外階段でつながっていれば、内部でつながっていなくても同居と認められることになりました。さらに、老人ホームに入居した場合の適用要件も緩和されました。特に、老人ホームの要件緩和は今後、関わる人が増えると予想されますので、影響が大きいと思います。
田中税理士も登場している「相続金持ちVS相続貧乏」はこちら! 税制改正の徹底解説や「相続税対象エリア早わかりマップ」付
例えば、旦那さんを亡くして老人ホームに入居した奥さんがいたとしましょう。蓄えがあったので、この方は自宅を売らずに老人ホームに入居することができました。ただ、その後、この方がお亡くなりになった場合に、残された自宅に小規模宅地等の特例が使えるのか、という問題が実際に浮上しました。つまり居住ではなく、空き家であり、別荘のようなものではないか、と。事実、2010年改正で「終身利用権を購入するような老人ホームはダメ」という判断が下されました。
ちなみに、その根拠の1つに、「老人ホームに本拠を移している以上、自宅ではない」という判断がありましたので、顧客の中には「住民票を残しておけばいい」と考える人も出ましたが、実際に国税が調査に入ればそのあたりの事情はすべて判明します。よって、この件に関しては「やめておいた方がいいですよ」とアドバイスしています。
大相続時代で税理士業界も大賑わい
かなり厳しい適用要件ですね。
田中:そういった意見もありましたので、2015年改正ではだいぶ緩和されました。今は大きく言って2つの要件だけになっています。まず、介護が必要かどうか。これは、多くの人が要件を満たすことができると思います。次に、老人ホームに入居した後に、その自宅を貸し付けのように供していないこと。この要件に関しては、現時点では曖昧なところがあり、解釈に注意を要します。
貸し付けには入居者からお金を取る賃貸借もありますが、親族などに無料で貸す使用貸借もあります。それでは、タダで長男に住まわせている場合はどうなるのか。このあたりに関する国税の見解はまだ出ていません。もうじき出るという話もありますが、足元では中途半端に貸さずにそのままにしておくよう、顧客に伝えています。
大相続時代を迎えたことで、税理士業界も活況を呈しているようですね。
田中:以前から証券会社や住宅メーカーが主催するセミナーに呼ばれて話すことも多いのですが、最近は特に件数が増えました。いつも大盛況で100人、200人の定員がすぐに埋まってしまいます。相続税を含めた資産税を扱う税理士事務所も飛躍的に増えました。
弊社の本郷(尚・代表社員)が40年近く前に資産税専門のタクトコンサルティングを立ち上げた時、「とんでもない。絶対に安定収入にならないのでやめておけ」と周りに止められたそうです。私が入社した10年前も資産税をうたっている税理士事務所は首都圏で10社あるかないかでした。資産をお持ちの高齢者が増えたことで、ビジネスチャンスと踏んでいるのでしょう。
ただ、資産税は税理士事務所の経験によって結果が大きく変わります。
どういうことでしょうか。
税務調査を通せるかどうかがプロの腕
田中:実際のところ、相続税の申告自体は税理士であれば誰でもできてしまうのですが、相続税の申告は税務調査でそのまま通るかどうかが重要なんです。
相続税の申告書を出す割合は亡くなった方100人中4人と言われています。その4人のうち、100円以上の税金を支払っている人はわずか1人で、その1人の中で調査に来る人は20%か30%でしかいません。つまり1000人中2〜3人しか税務調査を受けないわけです。
当然、相続税の税務調査を経験する機会は限られます。税務申告の数と税理士の人数を頭割りすると、税理士が相続税の税務申告を出すのは生涯で4件くらいになります。相続税の税務調査に直面する機会に至っては一生で1件に過ぎません。
その中で、タクトコンサルティングは年間200〜300件は税務申告をやっています。しかも、そのうちの半分は税務調査を受けている。それを40年近くやり続けているので、ノウハウも相当溜まっています。
例えば、小規模宅地等の特例を受けるために、住民票だけ実家に移して同居しているように見せかけようとする人は少なくありませんが、税務署は郵便物や公共料金まで調べますので、住民票がどこにあろうが実態のない同居は通用しません。このような税務調査の怖さを本当に実感している税理士はそれほど多くないと思います。
おかしな策を弄すると、逆に目をつけられてしまう。
税務調査を想定して逆算で組み立てる
田中:そうです。我々も何度も痛い思いをしてきました。その経験の中で、どこまでであれば認められるのか、というところがある程度は分かっています。
田中税理士は出ていませんが、人生を逆算で考えて成功したネスレ日本の高岡浩三社長の新刊はこちら。「42歳で死ぬ」と覚悟して、人生を逆算で組み立てました。締め切りがある人間は強い。
過去にも、普通にやれば相続財産が40億円になるところを、34億円なら自信を持って通すことができる案件がありました。しかも、31億円でもいける可能性を感じていた。さすがに税務調査で指摘を受けるかもしれないので、31億円で行くかどうかを顧客と詰めたんです。この時は税務署と議論になりましたが、31億円で通すことができました。
ですから、我々が対策を立てる時、申告書の書き方もさることながら、調査の時のことを予測して逆算、逆算で考えています。こういった経験が少ない税理士の場合、とりあえず「えいや」でやっちゃって、後で火を噴いているケースもよくあります。
「税務調査は入られた時点で終わり」というイメージがあります。
お盆前の案件は国税にとっての「ドラフト1位」
田中:かつて国税のOBに聞いた話ですが、税務調査に来る時期によって力の入れ具合が違うようです。例えば、お盆前に電話がかかってくる案件はドラフト1位というような感じです。
国税庁や地方国税局は7月1日が異動なので、国税庁や国税局の担当者は異動後、所轄の税務署を回って税金徴収の可能性が高い案件を探します。国税庁や国税局にしてみれば、あまり小さい案件を手がけても手間ばかりかかりますから、なるべく規模が大きく、取りやすそうな案件を狙う。そうした案件はたいがいお盆前に電話がかかってくるということです。
11月頃にかかってくる電話は、その第一陣が終わった後の案件です。多くの場合、年をまたぐ前に税務調査を解決させたいというケースが多いので年内に終わることが多いです。2月、3月の確定申告の繁忙期に来るケースも、担当者にもよりますが、総じてお盆前の調査ほどの厳しさはないように感じます。4月や5月に来るのは異動前のためなのか、同じくお盆前ほどではありません。
今後、相続税の適用範囲が拡大しますが、庶民が気をつけるポイントはどこでしょう。
田中:税務調査の際に最も指摘されるポイントは名義預金です。息子や娘の結婚のために、お父さんとお母さんが陰で預金を積み立てるということはよくあると思いますが、これが相続税の税務調査で問題になる。
どういうことかというと、預金の名義は子供になっているので、親が亡くなった時の相続財産とならないと考えているケースが多いわけです。隠しているわけではなく、自分のものなのでそもそも我々にも伝える必要がなく、相続税の対象にならないと思われているんですね。ただ、「名義預金は名義が換わっているだけで、お父さんのものでしょう」と指摘される場合が少なくない。
子供のものではないんですか?
田中:贈与というのは、「あげますよ」と「もらいますよ」の2つがなければ成立しません。名義預金の場合、子供の方に「もらいますよ」という意識がなく、贈与が成立していないケースが多い。実際、税務調査で調査官はそこをついてきます。
「名義預金」はこうして見つかる!
田中:税務調査は一日がかりですが、午前中の調査の時に、「生前はお父さんからけっこう贈与を受けていたんじゃないですか」と言われると、普通の人は「いやいや、親父はけちで全然もらっていないんですよ」と答えるものです。すると、「あれ、全然もらっていないんですか」と言って一度帰るんですよ。
その後、午後にまた来て「ちょっと××銀行を調べたんですが、××銀行に500万円ありますね。これ、同時期にお父さんの口座から出ているのですが、これはお父さんのですよね」と。そこで、「いやいや、ぼくのですよ」と言おうものなら、「だってあなた、午前中にもらっていないと言ったでしょう」と返されます。
このように、調査官は警察並みの調査能力がありますので、なるべく多くの相続税申告を経験している税理士に相談した方がいいと思います。また、遺産分割の場面でも経験が多い税理士の方が修羅場を潜り抜けていますので、有効な策を提案できることも多いです。
篠原 匡(しのはら・ただし)
昭和50年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、日経BP社に入社。以後、主に「日経ビジネス」の記者として活動している。趣味は競艇と出張、庭いじり。著書に『腹八分の資本主義』(新潮社)、『おまんのモノサシ持ちや』(日本経済新聞出版社)がある。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20130408/246300/?ST=print
実は知らない「給料」が決まるホントのルール
「そんなの聞いてない!」は通用しない
2013年4月17日(水) 木暮 太一
【はじめに】
「がんばれば、なんとかなる」という時代ではありません。
「なんとなくで、なんとかなる」という時代は、とっくの昔になくなりました。現在の資本主義で生きていくためには、“資本主義経済のルール”を知り、それに沿った努力をしなければいけません。
日々、みなさんの目の前には膨大な情報が転がり込んできます。それらをうまく使いこなさないと足元をすくわれることにもなりかねません。ただし、足元ばかり観るようになると、大局を見失い、「木を見て森を見ず」の状態に陥ります。
そうならないために、“資本主義のルール”を知ることが必要なのです。この連載では、経済学理論や経済古典を背景に、この社会がどういうルールで動いているかを解き明かし、その視点から経済のニュースを解説していきます。知らず知らずのうちに見えなくなっていた暗黙のルールが見えてくるでしょう。みなさんの「視界」をクリアにするヒントがご提示できれば幸いです。
アベノミクスで給料が上がるのか?
最近、アベノミクスの影響で株価が持ち直しているというニュースを目にしたり、一部の会社が賃上げを発表しているのを見ると、「このまま景気がよくなりそうだ」と感じるかもしれません。
しかし私は、これは一時的な「お祭り騒ぎ」にすぎないと考えています。景気は「気分」の問題でもありますので、みんなが「景気がよくなりそう!」と考えれば、お金を使うようになるでしょう。その結果、本当に景気がよくなることもあります。
実際、日経新聞の調査によると、61%の人が、安倍内閣の経済政策で景気回復が「期待できる」と回答したようです。
ただし、同じ調査で、世帯の所得増は「期待できない」が69%に上りました。労働者は「気づいている」のかもしれません。
とはいえ、なぜ「期待できない」のか、なぜ「給料が上がらない」と思うのか、それを論理的に説明できる人はほとんどいません。「暗に」感じているのです。
その、みなさんが暗に「気づいている」ものとは一体何なのでしょうか?
これから15年間給料が下がり続けたら……
「あなたの給料はこれから15年、ずっと下がり続けます」
そう言われたら、どう思いますか? ただでさえ生活が厳しいのに、これ以上収入が減ったら生きていかれない! そう感じる人もいるでしょう。しかも、15年間も下がり続けるということは、15年後の自分の方が今よりも少ない収入でやりくりしなければいけないということになります。
「もし、そんなことが起きたら、大変だ」
残念ながら「もし、そんなことが起きたら」ではありません。これは過去15年間に起きた現実なのです。
このグラフを見てください。
(出典:国税庁 平成23年 民間給与実態統計調査結果)
これは日本のサラリーマンの平均年収の推移を表しています。ピークだった平成9年(1997年)の467万円から下がり続け15年で約60万円減りました。月収に換算すると5万円減です。
ご自身の給料を想像してみてください。いまの給料から毎月5万円減るのです。いかがでしょうか? しかも、自分は15歳も年齢が増えています。25歳の人は40歳に、35歳の人は50歳になっています。でも、今の月収よりも5万円下がってしまうのです。
各所得ゾーン別に見ると、全体的に所得が減っていることがわかります。一部の人の年収が下がった結果、平均が下がったわけではなく、全体的に減っているのです。
世帯所得の相対度数分布
(出典:厚生労働省 国民生活基礎調査)(http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa11/dl/03.pdf)(http://www1.mhlw.go.jp/houdou/0906/h0628-9g.html)
なぜこんなことになったのでしょうか?
この15年間、日本のサラリーマンが仕事をさぼってきたから?
そうではありません。この15年間も変わらず日本のビジネスパーソンは、がんばってきました。
この15年、ずっと不景気だから? 景気がよくなれば給料は上がる?
残念ながら、これも違います。確かに、給料が下がってきたのは「不景気だったから」でもあります。しかし、「景気がよくなれば、再び給料が上がる」と期待するのは、楽観的すぎます。
給料がなぜ下がってきたか? これから自分の給料はどうなっていくのか? を知るためには、そもそも給料がどんな理屈で決まっているかまで遡って考えなければいけません。
給料とは何か? その真実をお伝えしましょう。
「成果を上げた=給料が上がる」ではない
こんなにがんばっているのに、しかもちゃんと成果も出しているのに、なぜ給料がこれしか上がらないんだ!?
「これだけ成果を上げたんだから、もっと給料を上げるべきだ」
そう憤る人は多いですし、その気持ちもわかります。しかし率直に申し上げて、「成果を出したから給料を上げてほしい」という要求は、筋違いです。
なぜか?
給料はそういう“ルール”で決まっているわけではないからです。
「がんばっても報われない時代」と揶揄されることがあります。それは、「がんばっても、正当に評価されない」という意味で語られていることがほとんどです。
「うちの会社は、ブラック企業なんだよ」
「結局、資本主義では人間は幸せになれないんだよ」
グチまじりにそう言われています。
ただ、私がお伝えしたいのは、そういうことではありません。
世の中には、確かに「ブラック企業」と呼ばれる企業があります。また、資本主義の中で、人間らしい生活ができなくなっている人がいることも事実で、それは許されることではないと思います。
ですが、それと「がんばったら給料が上がるべき」ということは別問題です。
「がんばって成果を上げれば給料が上がる」というのは幻想です。「成果を上げても、どうせ」ということではなく、「成果を上げた=給料が上がる」ではないのです。
それが日本企業における「給料のルール」なのです。
厚生労働省が行った調査にそれが表れています。
厚生労働省が資本金5億円以上、労働者1000人以上の企業を対象に行った「平成22年賃金事情等総合調査(賃金事情調査)」の結果では、日本企業では、給料金額を決める要素の中で、「個々の従業員が出した成果」はわずか4.1%しかありませんでした。
単純計算で、社内で最も成果を上げている人が「+4.1%」、最も成果を上げてない人が「−4.1%」と考えると、一番できる人と一番できない人では、8.2%しか給料が変わらないことになります。
仮にその会社の平均月収を40万円とするならば、一番仕事をしている人が41万6400円、一番仕事をしていない人が38万3600円です。この金額、感覚的にも合っているのではないでしょうか?
これが給料のルールなのです。
ルールを知らないことほど怖いことはありません。ルールを知らなければ、当然「勝ち方」もわかりません。ルールを知らなければ、いつのまにか負けてしまいます。
自分が柔道のつもりで取り組んでいるものが、実は相撲だったとしたら、どうでしょう? いつのまにか「押し出し」で負けてしまうでしょう。相手の投げ技をかわそうと、ためらいもなく手をついてしまうかもしれません。
「自分は柔道のつもりでやっていただけだから」「そんなルール聞いてない!」と騒いでも意味がありません。ルールを知らないのが悪いのです。
あなたは「給料のルール」を知らない
自分の給料がなぜその金額なのか、論理的に話せる人はほとんどいません。「給料が安い!」と嘆く人はいますが、ではいくらが妥当な金額なのか、自信を持って語れる人はいません。
なぜか? それは給料のルールを知らないからです。
考えてみると、私たちはこの給料のルールがどんなものか聞いていません。学校ではもちろん、会社に入ってからも教えてもらっていません。上司や先輩たちから話を聞いてわかった気になることもありますが、実際は「なんとなく」でしかわかっていません。
そしてそのなんとなくの知識に基づいて、自分の給料を増やそうとしているのです。
なんとなくの知識では、スポーツもできません。
なんとなくの知識でダイエットをしてもおそらく成功しません。
なんとなくの知識で株式投資をしたら、絶対に損をします。
望む結果を得たいのであれば、その場のルールを知った上で戦わなければいけません。ルールを知らずに臨んでも、勝つ可能性はほとんどないでしょう。
いまの時代、一生懸命がんばらなければ生き残れません。しかし、一生懸命がんばっても、ルールを知らなければ、勝つことはできません。いつの間にか負けてしまいます。
「なんでがんばっているのに、成果を出しているのに給料が上がらないんだ?」
もしあなたがそう感じているのなら、何よりも先に「給料が何に対して支払われているか?」という“給料のルール”を知るべきです。「神様、仏様、アベノミクス様!」と祈るのではなく、現実に起こっているルールをしっかりと把握すべきなのです。
次回から、その“給料のルール”を解き明かしていきます。
木暮 太一(こぐれ・たいち)
経済ジャーナリスト/社団法人教育コミュニケーション協会代表理事。慶應義塾大学 経済学部を卒業後、富士フイルム、サイバーエージェント、リクルートを経て独立。学生時代から難しいことを簡単に説明することに定評があり、大学在学中に自作した経済学の解説本が学内で爆発的にヒット。現在も経済学部の必読書としてロングセラーに。相手の目線に立った話し方・伝え方が、「実務経験者ならでは」と各方面から高評を博し、現在では、企業・大学・団体向けに多くの講演活動を行っている。
今までで一番やさしい経済ニュースの読み方
「がんばれば、なんとかなる」という時代ではありません。「なんとなくで、なんとかなる」という時代は、とっくの昔になくなりました。現在の資本主義で生きていくためには、“資本主義経済のルール”を知り、それに沿った努力をしなければいけません。この連載では、経済学理論や経済古典を背景に、この社会がどういうルールで動いているかを解き明かし、その視点から経済のニュースを解説していきます。知らず知らずのうちに見えなくなっていた暗黙のルールが見えてくるでしょう。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130403/246108/?ST=print
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