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「量的・質的緩和」後の2つのシナリオ  2〜3年でデフレは終
http://www.asyura2.com/13/hasan79/msg/590.html
投稿者 eco 日時 2013 年 4 月 20 日 13:06:00: .WIEmPirTezGQ
 

(回答先: ユーロ危機:ドイツのジレンマ 中銀手探り FRBデフレ 勝者総取 アベノミクス 中国通過 投稿者 eco 日時 2013 年 4 月 19 日 01:25:20)

http://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/researchfocus/pdf/6725.pdf

2013年4月 19 日
No.2013-001
「量的・質的緩和」後の2つのシナリオ
調査部 チーフエコノミスト 山田 久


《要 点》

 「量的・質的金融緩和」は、事前の市場予想をはるかに上回るものであった。この
政策の結果、2014 年末の日銀保有の長期国債は 190 兆円と、国債残高全体の2割
強を日銀が占めることになる見通しである。この量的・質的緩和は、長期金利・資
産価格・為替相場をまずは動かし、その結果として実体経済・物価に影響を及ぼす
という経路を期待したものと理解される。
 毎月 7兆円ペースで国債を買い入れるという行動は、国債市場における中央銀行の
存在感を急激に膨張させるものであり、日銀は民間が保有する国債をネットベース
で買い上げ、民間保有分が減少していくことを意味する。これにより中長期金利は
全般的に低下し、株式や J-REIT などの国内リスク資産への投資が増えるほか、結
果的に海外資産への投資も増加していくであろう。その過程で株高や円安が進むこ
とになろう。
 「低金利・株高・円安」基調のもと、2013 年の日本経済は、2013 年の日本経済は
マクロ的に拡大するが、ミクロ的には輸出部門・高額消費部門が好調となる一方、
輸入部門・コモディティー消費部門は低迷し、「二極化状況」が生まれるであろう。
この結果、消費者物価も、輸入関連品目・高額品が先行する形で前年比プラスが定
着、向こう1年程度でゼロ%台後半まで上昇率も高まっていくことが予想される。
2014 年以降の経済については、政府の成長戦略への取り組み、その結果としての
国内産業構造転換のいかんにより、大きくシナリオが変わってくる。
 政府の成長戦略が掛け声倒れに終わる場合、国内設備投資の低迷は続く。その場合、
国内資金余剰が残って当面金利は低位で安定する。円安が一層進むことで経済二極
化状況がさらに強まり、資産価格は一段と上昇、バブルの様相を呈してくる。光熱
費や食料品のほか高額品が牽引する形で物価が上昇し、結果として消費者物価2%
が達成される可能性がある。
 しかし、経済に不均衡を生む形での目標達成であり、いずれバブルが崩壊して株価
が下落、景気は失速してしまう。産業構造転換が遅れるため経常収支黒字は縮小し、
円安傾向が定着する。この結果、物価はジリ高に向かうが金利が上昇しはじめて経
済は低迷し、スタグフレーションが進んでいくことになる。さらに、公的債務がG
DPの2倍を超えるという異常な状況が抱える財政危機リスクが顕在化し、実質所
Research Focus http://www.jri.co.jp
1 日本総研 Research Focus得の大幅低下で国民生活が困窮化する恐れがある。
 一方、成長戦略が中長期的に望ましい形で実行に移されていく場合、将来展望が開
けることで国内設備投資が戻り、金利には徐々に上昇圧力がかかってくる。2014
年春闘では賃金の持続的引き上げと産業転換・労働移動の政労使合意がなされ、賃
上げが実現、産業構造転換が着実に行われて経済成長率は徐々に高まる方向に進
む。ただし、消費者物価(除く消費税)が2%に達するかは不確実と言えよう。
 金融政策の効果を発揮するには「期待」に働きかけることが肝要であり、今回の日
銀の決定は、約二十年続くデフレ均衡から脱するための強力な起爆剤として、「2%
必達」のアナウンスメント効果を狙ったものと理解することができる。ただし、そ
れはあくまで「心理的効果」であり、「経済的効果」からすれば、量的・質的緩和
は様々な副作用を伴う「リスクの大きい賭け」である。デフレ脱却の最終的な鍵を
握るのは、成長戦略と財政再建を実行に移す政府である。日銀が巨大なリスクを負
って賭けに打って出た以上、それを望ましい結果につなげるには政府がこれらの 2
つの課題をやり遂げる以外にない。日銀も、最終的には物価2%達成に拘らないこ
とが望ましい。

2 日本総研 Research Focus

黒田新体制のもとでの最初の金融政策決定会合(4/3-4)で打ち出された「量的・質的緩和」は、
事前の市場予想をはるかに上回るものであった。消費者物価上昇率2%を2年程度で達成するため、
マネタリーベースおよび長期国債・ETFの保有額を2年で2倍に拡大し、長期国債買い入れの平
均残存期間を2倍以上に延長するもので、日銀は文字通り「量・質ともに次元の違う金融緩和」に
取り組むことになる。
この結果、現在GDP比で 30%強の日銀の資産規模は 2014 年末には約 60%と、米欧中央銀行(現
状)対比で、突出して高くなる。日銀は月々の発行の7割に相当する7兆円の長期国債を毎月買い
入れ、2014年末の日銀保有の長期国債は 190兆円と、国債残高全体の 2割強を日銀が占めることに
なる。正に「レジーム・チェンジ」と表現されるべきものである。
(図表1)日米中銀の総資産の推移 (図表2)「量的・質的金融緩和」の波及ルート
1.量的・質的緩和の波及経路
では、これによって本当に2年間で物価上昇率2%は達成できるのか。そのとき日本経済はどの
ようになっているのか。
量的・質的金融緩和がどのような経路を通じて物価引き上げに作用するかについてから検討しよ
う。この点について黒田総裁は会見で3つのルートを指摘している。@長めの金利や資産価格のプ
レミアムへの働きかけ、Aリスク資産運用や貸出を増やすいわゆる「ポートフォリオ・リバランス
効果」、B市場・経済主体の期待を抜本的に転換させる効果、である。ここでAのうち貸出が増える
かどうかについては、銀行行動によって決定されることになるが、そもそも企業部門の収益性が好
転しなければ銀行が余剰資金を持ったからといって貸し出しを積極化するのは難しい。Bについて
も市場の期待を大きく転換させているとは言えるが、家計や企業といった経済主体の期待が、中央
銀行のスタンス変化でどこまで変えることができるかは不確実と言わざるを得ない。
つまり、量的・質的金融緩和は、実体経済に対する直接的効果が不確実ななか、基本的にはマー
ケットの変化を通じて波及していくものと考えられる。ここで変化が生じるマーケットとは、黒田
総裁がふれた国債市場、株式などのリスク資産市場のほか、当然、為替相場も含まれる。つまり、
量的・質的緩和は、長期金利・資産価格・為替相場をまずは動かし、その結果として実体経済・物
価に影響を及ぼすという経路を期待したものといえよう。このため、マーケットが当面どのように
推移するかを考えてみる。

日銀による長期国債の買い取り
残高ベースでの民間保有の減少・金利低下

     ポートフォリオ・リバランス

@海外投資積極化 Aリスク資産投資増   ?
円安進行 B国内貸出増加

輸入価格 世界的な低金利・株高 株価上昇の上昇 不動産価格上昇
世界景気回復
国内設備投資
輸出増加 消費増加 の増加
物価上昇 需給ギャップ縮小

円安期待

3 日本総研 Research Focus

2.金利・株価・為替はどう動くか
量的・質的緩和の政策が事前の期待を大きく上回るものであったことから株式市場・外為市場は
大きく反応し、発表から2週間を経た現状、株価は 1,000円程度水準を切り上げ、円ドル相場は5
円程度安くなっている。一方、長期金利は、国債市場での日銀の存在感が急激に大きくなることに
対応して、新たな落ち着きどころを探す必要があることから不安定な動きにある。現状、日銀が実
際に大きく動いているわけではなく、あくまで「期待」の変化によってマーケットが動いている形
であるが、今後現実化してくる、資産を 2年間で 2倍にするという日銀の採る行動はまさに異次元
であり、需給を通じてマーケットにインパクトを与えていくことになる。
(図表3)日銀の国債保有状況
とりわけ、毎月 7兆円ペースで国債を買い入れるという行動は、国債市場における中央銀行の存
在感を急激に膨張させるものである。残高ベースでは年間約 50 兆円のペースで日銀の国債保有を
増やす計画であり、2013 年度の新規国債の発行額は 45兆円強であることからすれば、日銀は民間
が保有する国債をネットベースで買い上げ、民間保有分を減らしていくことを意味する。
我が国は依然として経常黒字国であり、民間部門に大量の余剰資金が存在する。これら余剰資金
は預金や保険料の形で金融機関に入ってくるが、これまで金融機関はその多くを国債で運用してき
た。しかし、日銀が計画通りに国債を民間から吸い上げれば、玉の減少に加え国債価格が高騰して
中長期金利は全体的に低下し、金融機関は運用先に困ることになる。株式や J‐REITなどの国内リ
スク資産への投資が増えるほか、結果的に海外資産への投資も増加していくであろう。その過程で
株高や円安が進むことになる。すなわち、当面、低金利・株高・円安が定着することが想定される。
では、具体的にどの程度の水準での「低金利・株高・円安」となるのか。もちろん正確な予測は
不可能であるが、過去の経験から推測してみよう。
まず為替相場についてみてみよう。市場では、中央銀行のバランスシート規模の大きい国の通貨
が弱くなるという見方がある。そこで、円ドル相場と日米中銀の資産比率の関係をみると、相関が
認められる局面とそうでない局面があり、安定的な関係とは言い難い。もっとも、リーマンショッ
ク以降の局面では一定の相関が認められる。そこで、この局面での関係を前提に、日銀が計画通り
に資産を買入れた場合、2013 年度末までに 1ドル=100 円台後半まで円安が進む、とのシミュレー
ション結果が得られる。
為替相場と株価の間にも一定の相関がある。上場企業には輸出企業が多いため、円安が進めば株

4 日本総研 Research Focus

高になるという関係であるが、リーマンショック以降の関係を前提にすれば、1ドル=100 円台後
半まで円安が進めば、日経平均株価は 1万 5,000円近くまで上昇する可能性がある。
一方、長期金利の水準も予測しがたいが、今回の日銀の異次元の行動からすれば、一時的に史上
最低を更新する可能性もあるだろう。
(図表4)日米中銀資産比率と円ドル相場 (図表5)日米中銀資産比率による円相場シミュレーション
(図表6)日米中銀資産比率による円相場シミュレーション
3.2013年の経済・物価
以上は過去の経験則に沿ったものであり、あくまで参考値に過ぎないが、年内は「低金利・株高・
円安」の基調が続くであろう。その場合、2013 年の経済・物価はどうなるか。まず円安の定着によ
り、輸出企業は大幅増益となる。ただし、その主因は為替差益によるものであり、海外生産シフト
が進んでいることで、輸出数量の回復は過去の局面に比べて限定的であろう。加えて、日銀短観(4
月調査)に示されたように、企業の設備投資計画は慎重スタンスが残っており、国内設備投資の回
復も緩やかにとどまるであろう。また、賃金についても増益企業では一時金を増やすが、基本給の
アップは限定的にとどまる。
株高の影響については、いわゆる資産効果により高額品消費が活発化し、景気は押し上げられる
であろう。
一方、輸入物価が上昇し、輸入割合の高い光熱費・食料品などの物価が上昇し、基本給は伸び悩
むため実質ベースのコモディティー消費は低迷する。つまり、当面“輸出部門・高額消費部門好調、
輸入部門・コモディティー消費部門低迷”の経済二極化状況が生まれる。この結果、消費者物価も、
5 日本総研 Research Focus輸入関連品目・高額品が先行する形で前年比プラスが定着、向こう1年程度でゼロ%台後半まで伸
び率も高まっていくことが予想される。
(図表7)性質別消費と賃金・株価
なお、景気が良くなってくれば長期金利には上昇圧力がかかることになる。とりわけ、2012 年度
第 2次補正で計上された公共事業が実行に移され、実質成長率が高まってくることからも金利は上
振れしやすくなる。しかし、日銀がハイペースで国債を買い入れ続けるため、多少の振れはあり得
るものの、1%未満の依然として歴史的にみれば低水準で長期金利は安定的に推移するものと予想
される。
以上が向こう1年程度の見通しである。その後は、政府の成長戦略への取り組み、その結果とし
ての国内産業構造転換のいかんにより、大きくシナリオが変わってくる。

4.2つのシナリオ
<悪いシナリオ>

政府の成長戦略が掛け声倒れに終わる場合、国内設備投資の低迷は続く。その場合、国内資金余
剰は残り、金利は低位で安定する。円安がさらに進むことで、“輸出部門・高額消費部門好調/輸入
部門・コモディティー消費部門低迷”という経済二極化状況がさらに強まり、資産価格は一段と上
昇、バブルの様相を呈してくる。
2014 年度に入り、消費増税でいったん景気は減速するが、資産価格上昇が景気を支え、日銀の更
なる国債購入とセットの公共事業追加で景気は早期に回復軌道に乗る。株価が一段と上昇して経済
はバブルの様相を強め、2015 年前半頃には光熱費・食料品のほか高額品が牽引する形で物価が上昇
し、結果として消費者物価2%が達成される可能性がある。
しかし、経済に不均衡を生む形での目標達成であり、外的ショック等で株価の上昇が一服・反転
すれば、バブルが崩壊して株価が下落、景気は失速してしまう。産業構造転換が遅れているため構
造的な経常収支黒字は縮小し、円安傾向が定着する。この結果、物価はジリ高に向かって金利も上
昇しはじめ、経済低迷と物価上昇が併存する「スタグフレーション」が進んでいくことになる。以
上は、物価2%は達成できるが、経済停滞・経済二極化という、実態面での悪化をもたらす、望ま
しくないシナリオといえる。

6 日本総研 Research Focus

(図表8)消費者物価の品目別動向
しかし、事態はこの程度に収まらない可能性がある。公的債務がGDPの2倍を超えるという異
常な状況が抱える財政危機リスクが、顕在化してくる恐れがあるからだ。金利がいったん上昇をは
じめると利払いが増え、財政赤字を増やして債務残高を増加させる。そのことがさらに利払いを増
やすという悪循環が生じる。財政赤字の拡大を止めるには、社会保障費を含む歳出を大幅に削減す
るか、急激な増税が必要になり、国民の実質生活水準の大幅引き下げは避けられない。日銀法を改
正して中央銀行による国債の直接引き受けを可能にすれば、金利上昇を抑えて財政赤字の垂れ流し
を続けることができるかもしれない。しかし、その場合はハイペースで円安が進むであろう。消費
者物価は2%どころか2桁のギャロッピング・インフレとなり、やはり実質所得が大幅に低下して
国民生活は窮乏化を強いられるであろう。

<良いシナリオ>
一方、成長戦略が中長期的に望ましい形で実行に移されていく場合、将来展望が開けることで国
内設備投資が徐々に戻り、金利には上昇圧力がかかってくる。2014 年春闘では賃金の持続的引き上
げと産業転換・労働移動の政労使合意がなされ、賃上げが実現することで消費税率引き上げの影響
を吸収する。その後、産業構造転換が着実に行われ、経済成長率は徐々に高まる方向に進む。貿易
赤字拡大が止まり、経常収支黒字の縮小にも歯止めがかかって円安進行は一定程度でとどまり、余
剰資金が実物資産にも回り始めるため資産価格の上昇もファンダメンタルズに適合する範囲となる。
これが日本経済の構造転換を無理のない形で進めていくシナリオであるが、消費者物価(除く消費
税)変動率についてはプラスが定着するものの、2%に届くかどうかは不透明である。ここ 20〜30
年来、経済が正常な時には消費者物価が1%程度であったためである。
5.心理的効果vs経済的効果
もっとも、ここでは日銀の今回の決定を敢えて好意的に解釈しておきたい。黒田総裁が言う通り、
金融政策の効果を発揮するには「期待」に働きかけることが肝要であり、今回の日銀の決定は、二
十年近く続くデフレ均衡から脱するための強力な起爆剤として、「2%必達」のアナウンスメント効
果を狙ったものと理解することができるからだ。ただし、それはあくまで「心理的効果」であり、
「経済的効果」からすれば、量的・質的緩和は様々な副作用を伴う「リスクの大きい賭け」である。
ゼロ金利制約の下で日銀にできることはマネーの供給を潤沢に行い、金融資本市場を刺激すると
7 日本総研 Research Focusころまでである。それが実体経済に影響していくかどうかの最終的な帰結は、日銀にはコントロー
ルできない要因によって左右される。なかでも、最大の鍵は成長戦略の成否である。さらに、「出口」
まで見通せば、財政再建への道筋をつけることが不可欠の課題である。成長戦略・財政再建のいず
れも政府にしかできない仕事であり、量的・質的緩和で日銀が巨大なリスクを負って賭けに打って
出た以上、悪いシナリオを避けて良いシナリオを実現させるには、政府がこれらの 2つの課題をや
り遂げること以外にない。
その意味で、日銀は、成長戦略・財政再建の面で政府に対して強く要請を行うべきであり、それ
こそが敢えて「大きな賭け」に打って出たことに対して、負うべき責務である。同時に、最終的に
は2年後2%物価上昇というコミットメントには拘泥しないことも望みたい。
以 上

http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/naga/pdf/n_1304b.pdf
「異次元の金融緩和」で変わる景気と生活 〜うまくいけば2〜3年でデフレは終わり、日本...−13-04-20


(要旨)
黒田日銀の金融政策は「異次元」と表現されるが、実はグローバルスタンダードな金融政策だ。
期待に働きかけることで、円安、株高が実現し、企業業績の回復、賃金上昇へとつながっていく。
うまくいけば、2年〜3年でデフレは終わり、日本経済は復活するだろう。
(※)本稿はダイヤモンドオンラインへの寄稿をもとに作成。詳細は「図解 90 分でわかる!日本で
一番やさしい「アベノミクス」超入門」(東洋経済新報社)を参照。

●「異次元の金融政策」とは、グローバルスタンダードな政策
「異次元」と形容される金融政策の中身をみると、既に米国や英国で行っていることと大きく変わ
らず、異次元という印象は受けない。要はグローバルスタンダードな金融緩和をするという内容だ。
具体的に見ると、まずは「マネタリーベース・コントロールの導入」。これまで、日銀が「無担保
コール翌日物」(=金利)としていた金融市場調整の操作目標をマネタリーベース(量)に変更する
というものである。
次に「長期国債買い入れの拡大と年限長期化」。買い入れ国債の平均残存期間(償還までの期間)
を9年とするFRB(米連邦準備制度)と比べると、日銀は3年弱と短かったため、長期国債買い入
れの対象を広げ、買入の平均残存期間を現状の3年弱から、国債発行残高平均並みの7年程度に延長
するというものである。
3つ目が「ETF、JREITの買い入れ拡大」。FRBはリスク資産である住宅ローン担保証券

の購入を危機回避のために、2009 年に始めたQE1(金融緩和)から導入している。FRBに比べる
と、日銀のリスク資産購入も量が足りないとし、ETFとJREITをそれぞれ年間約1兆円、300
億円ずつ買い入れることとした。
最後に、時間軸に関する表現を見直した。日銀は、物価安定の目標をCPI(消費者物価指数)前
年比2%としているため、これを安定的に持続するために質的・量的金融緩和を必要な時点まで継続
するとした。
その他、質的・量的金融緩和に伴う対応として、今後は資産買入等の基金を廃止し、長期国債買入
れを輪番オペと統合する。また、大規模なマネタリーベースの供給を円滑に行うために銀行券ルール
も一時適用停止し、市場参加者との対話を強化するとした。
●「異次元の金融緩和」で景気が良くなるメカニズム
日銀では上記のような政策を実施しようとしているが、これらによってどういう形で景気が良くな
っていくのかを見ていきたい(図表1)。
2年で2%のインフレ目標や2年で2倍の量的緩和という政策を打ち出すことで、まずインフレ期
待が生まれる。インフレ期待とは、人々が「これから物価や株価が上がりそうだ」と予想することで
ある。今回の異次元緩和の場合、期待に働きかけて景気を良くしようとしている。すると「円の価値
が下がって景気がよくなる」と考える人が増え、円が売られ、株を買う人が増えることで、実際に円
安・株高になる。今回の金融政策決定会合時も、緩和の内容が発表された瞬間から円は安くなり、株
は上がりだした。これは、日銀が打ち出した異次元の緩和が、多くの市場参加者の予想を上回ったか
らに他ならない。しかし、よく考えてみると、実際には日銀はまだ何もやっていない。にもかかわら
ず持続的に円安・株高が進んだのは、インフレ期待のなせる技である。

このように為替が円安になると、儲かる企業が増えてくる。特に輸出関連の企業は、国内で作った
モノが海外で安く売れるようになるため、多くのモノが売れるようになる。さらにこれまでは安い輸
入品に価格面で負けて、国内で売れなかった商品も、円安になることで輸入品の価格が上がるため、
相対的に価格競争力がついて国内でも売れるようになる。
こうした産業を国内代替産業と言い、国内で部品を作っている中小企業や農業などが典型例である。
また、株が上がれば企業の財務状況が改善し、資金調達を行いやすくなるため設備投資もしやすくな
る。
家計でも、実際に株を持っている人の保有資産が増えるため消費を増やすことができるだけでなく、
株を持っていない人も株が上がると財布の紐が緩くなり、消費を増やすことが、株価と消費者心理の
データの関係で明らかである。つまり、円安・株高になることで、企業も家計も需要を増やす。
このように、経済全体で需要が拡大すれば、企業が儲かり、そこで働いている人の収入が増える。
収入が増えれば、今までより多くのモノを買う。モノがたくさん売れるようになると、物価が上がる。
異次元の金融緩和では、こうしてデフレ脱却を狙っている。
●2〜3年でデフレは終わり、日本経済は復活する
仮に異次元の金融緩和が成功して景気が回復したとしても、企業ばかりが儲かって生活が少しも楽
にならないようでは何の意味もない。家計の収入が増えないかぎり、デフレから脱却することはでき
ないからである。
(1) 給料は3種類あり、それぞれ伸びる時期が異なる
給料には三つの種類がある。いわゆるサラリーマンの場合、まずは所定内給与がある。これは毎月
定額で受け取っている給料のことで、いわゆる基本給・能力給・家族手当等である。次に所定外給与、
つまり残業代である。そして最後が特別給与、つまりボーナスのことである。これらのうち、最初に
増えるのは残業代である。まず、昨年 11 月に野田前首相が解散を宣言して以降、市場では一気に円
安・株高が進んでいる(図表2)。
一方、図表3は過去の日経平均株価と企業の売上高の関係を時系列で見たものである。これを見る
と、株価と企業の売上高が密接に連動しており、株価が上がってから概ね1四半期遅れて企業の売上
高が伸びる傾向を見て取ることができる。今回の株高は昨年 11 月後半から始まっているため、過去
の実績から考えると、今年1〜3月期の決算では、業績が好転する企業が数多く現れると予測できる。
株も上がり企業の業績も良くなると、次に増えるのが残業代である。企業の売上が伸びれば、それ
まで以上に仕事が増えて忙しくなる。すると、企業で働いている人達は、それまでと比べて長い時間
働かなくてはならない。つまり、残業しなくてはならない人が増える。残業が増えれば残業代がつく
ので、まずはここが増える。
残業代に関しては、過去のデータから、企業の売上の伸びから1〜2ヵ月ほど遅れて伸びることが
確認できる(図表4)。つまり、株が上がって1四半期で売上が伸び、それから1〜2ヵ月遅れて残
業代が増える。過去のトレンドを踏襲すれば、今回の円安・株高の効果で、今年の春頃には残業代が
増えるはずである。
仕事が忙しくなって残業を増やしても、人手は限られているため、さらに仕事が増えると、それま
での人員だけでは対応できなくなる。そこで、企業は新たな働き手として非正規雇用者を増やして対
応する。過去の企業売上と雇用者数の推移を見ると、売上が増えてから、概ね1四半期後に雇用者数
が増える(図表5)。今回の場合、今年4〜6月期頃には雇用者の増加がはっきりと現れてくると考
えられる。
このように、残業代が増え、これまで職にあぶれていた人が働けるようになるのが、異次元緩和の
恩恵の第1波である。
(2) やがてボーナス、そして基本給が上がる
次に増えるのはボーナスである。ボーナスは春闘をはじめとした労使間協議を経て決まる。その際
の交渉のベースとなるのは、前年度の業績である。大手コンビニ各社や自動車メーカー等、既に企業
業績の上ブレが明らかになっている企業は、経営者側がボーナスについて満額回答を出しているた
め、早い企業では今年夏のボーナスが増えるところもある。それ以外の企業も、今年度は全体の企業
業績で大幅増益が見込まれるため、遅くても来年夏のボーナスは増額される企業が増えるのではない
か(図表6)。

最後に上がるのが所定内給与。所定内給与というのは通常固定給で1度決めてしまったらなかなか
減らすことができないため、景気回復が持続し、経営者が先行きに自信を持てないと上がらない。
図表7は、企業の売上高と所定内給与の推移を見たグラフである。2002 年からは、戦後最長の景
気回復期間(いざなみ景気)に入っているが、所定内給与が増え始めたのは 2005 年になってからで
ある。つまり、景気が回復し企業の売上が増えてから所定内給与が増えるまでには3年かかった。景
気が良くなっても企業は給料を上げない、という主張が一部にあるが、過去の実績を見ると、3年程
度経てば企業も安心し、所定内給与を上げる流れが見られる。
前回と同じパターンで給料が上がるとすれば、今回も3年ほど景気回復が持続すれば 2016 年頃か
ら所定内給与が増えてくるのではないかと予想できる。ただし、2005 年の段階では、日本はまだデフ
レから脱却できていなかった。それでもある程度の期間、持続的に業績が回復すれば所定内給与を上
げる企業が出てくることを、2005 年の例は示唆している。
今回のアベノミクスでは、デフレからの脱却を目標にしている。デフレを脱却するためには家計の
給料が増えなくてはならない。そのため、政府も財界に対して、業績の改善した企業には積極的に賃
金を上げるよう要請を強めていることからすれば、過去のケースより早い段階、すなわち 2015 年あ
たりで、所定内給与を上げる企業が増えてくるのではないかと期待している。

http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/rashinban/pdf/et13_020.pdf
ロイター短観(2013年4月) 発表日:2013年4月18日(木)
〜円安の恩恵に加え、外需にも回復の兆し〜

○製造業DI:外需にも回復の兆し
4月ロイター短観(調査期間3月 29 日〜4月 15 日)の製造業DIは▲4(3月:▲11)と前月から大幅
改善となった。製造業DIはこれで5ヶ月連続の改善となり、景況感の持ち直しが明確となっている。コメ
ントをみると、円安による収益力の改善や海外を中心とした需要の回復を指摘するコメントが目立つ。注目
すべきなのは、外需の回復を示唆するコメントが複数見受けられたことだ。前回調査までは円安による輸出
採算の改善といった恩恵を受けつつも、実需の鈍さを指摘するコメントが目立った。しかし、今回調査では
「円高是正と堅調な海外需要が寄与」(輸送用機器)というように外需の回復を指摘するコメントが見受け
られた。同日公表された3月の貿易統計でも輸出に改善の動きがみられる。低迷を続けていた輸出の回復が
示唆されたことの意義は大きい。
一方で、円安によるデメリット、つまり原材料価格の押し上げを懸念するコメントも引き続き見受けられ
た。加工型の景況感の改善が明確である一方、素材型の景況感の改善が鈍いことはこうした円安による原材
料価格の上昇が影響しているものとみられる。今後、素材型の景況感においては、原材料高の悪影響を価格
転嫁と売上の増加でどれだけ吸収できるかがカギとなろう。
3ヶ月後の見通しは+10 と4月実績(▲4)から一段の改善が見込まれている。円安や海外経済の回復に
伴う輸出の持ち直しを主因に製造業の景況感は回復傾向が続く公算が大きい。円安については、原材料高と
いったデメリットがあるものの、タイムラグを伴って@輸出数量を押し上げること、A割安な輸入品の流入
を抑え国内品の調達が増加すること、といった今後顕在化してくるであろうメリットもある。むしろ、リス
ク要因は海外経済の動向である。中国経済の回復が遅れていることに加え、米国も強制歳出削減等の影響で
景気に加速感は生じていない。仮に海外経済が減速に転じれば、せっかくの円安の恩恵に水を差しかねない。

○非製造業DI:引き続き高水準で推移
非製造業DIは+12(3月:+12)と前月から横ばいであったが、引き続き高水準での推移となった。業
種別にみると、不動産・建設が住宅ローン金利の低さや復興需要、マインドの好転等の影響で改善傾向を保
っている。小売も昨年後半は冴えない動きが続いていたが、3、4月は株高等による消費マインドの改善を
背景に高水準となった。通信・情報サービスとその他サービスが悪化したものの、引き続き2桁プラスと高
水準を維持した。
3ヶ月後の見通しは+28(3月実績:+12)と大幅な改善が見込まれている。足元の株高や経済対策への
期待感などから、すべての業種で改善が見込まれている。期待先行の面が強いことは否めないが、経済対策
による公共投資の増加、株高等による消費マインドの改善等を背景に非製造業の景況感は良好な水準が続く
可能性が高いだろう。


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01. 2013年5月06日 22:52:26 : mHY843J0vA
ユーロ圏:4月の総合景気指数46.9、縮小幅は速報より小幅

  5月6日(ブルームバーグ):ユーロ圏のサービス業と製造業を合わせた経済活動は4月、1年3カ月連続の縮小となった。3月の小売売上高 は前月比で減少し、域内経済のリセッション(景気後退)脱却の難しさを示した。
英マークイット・エコノミクスが6日発表した4月のユーロ圏総合景気指数(改定値)は46.9と、3月の46.5から上昇し先月23日公表の速報値(46.5)も上回ったものの、活動拡大・縮小の分かれ目となる50を下回った。
欧州連合(EU)統計局(ユーロスタット)の6日の発表によると、3月の小売売上高指数は前月比0.1%低下。2月の同0.2%低下に続き連月の減少となった。
欧州連合(EU)の欧州委員会は3日、ユーロ圏の今年の成長率見通しを下方修正し、マイナス0.4%と予想した。2月時点の予想はマイナス0.3%だった。欧州中央銀行(ECB)は先週、政策金利を過去最低の0.5%に引き下げた。
コメルツ銀行のチーフエコノミスト、イエルク・クレーマー氏は「金融市場は債務危機を乗り切ったようだが、景気先行指標は最近悪化している。アナリスト予想に反して景気が春に上向かないリスクは相当大きい」と話している。
マークイットによれば、4月のサービス業景気指数(改定値)は47.0と3月の46.4から上昇。速報値は46.6だった。
記事に関する記者への問い合わせ先:ブリュッセル Jones Hayden jhayden1@bloomberg.net
記事についてのエディターへの問い合わせ先:Jones Hayden jhayden1@bloomberg.net
更新日時: 2013/05/06 20:50 JST



住宅の資産効果、かつてのような威力ない−FRBに緩和圧力

  5月6日(ブルームバーグ):住宅値上がりによる資産効果は米景気浮揚の面でかつてほどの威力はなさそうだ。
住宅のオーナーは不動産をATM(現金自動預払機)として利用して支出を増やすのではなく、ローンの元本支払いや返済期間短縮に動く傾向が強まっている。 フレディマック (連邦住宅貸付抵当公社)によると、昨年10−12月(第4四半期)にはローン借り換えでより多くの資金を住宅に充てるキャッシュインが、支出を増やすキャッシュアウトを2対1の割合で上回った。
シカゴ大学ブース経営大学院のアミル・スフィ教授は資産効果について「かなり小さくなっている」と語る。同教授の試算によると、住宅資産価値の1ドル上昇は1セントの支出増にしかつながらないとみられる。エコノミストらの推計では、リセッション(景気後退)前はそれが3−5セント増だった。
原題:Diminished Housing Wealth Effect Keeps Pressure on Fed toEase(抜粋)
記事に関する記者への問い合わせ先:ワシントン Rich Miller rmiller28@bloomberg.net
記事についてのエディターへの問い合わせ先:Chris Wellisz cwellisz@bloomberg.net
更新日時: 2013/05/06 17:42 JST

FRB議長、透明性でグリーンスパン氏に勝る

  5月6日(ブルームバーグ):債券投資家の間では、米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長が1994年のような相場暴落を招くことなく未曾有の3兆3000億ドル(約330兆円)のバランスシート を巻き戻すとの見方が強まっている。グリーンスパン前議長は当時、政策金利 を1年で2倍に引き上げて市場を驚かせた。
公的債務の規模は約4倍の23兆ドルに膨らんでいるが、10年物米国債利回り は94年より500ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)低い水準だ。政策当局者の予測ではフェデラルファンド(FF)金利誘導目標は2015年まで上昇しない見通しとなっており、米国債利回りを押し下げている。
ブラックロックは利回り上昇に備えて期間が長めの米国債への投資を縮小。ゴールドマン・サックス・グループは、グリーンスパン議長(当時)が投資家の意表を突くペースで利上げを進め米国債リターンがマイナス3.35%となった1994年のような状況を警戒している。しかし、JPモルガン・アセット・マネジメントやフィデリティ・インベストメンツなどの資産運用会社は今回は当時と異なると予想する。政策変更の要因に関するバーナンキ議長の声明がより明確で頻繁に行われることなどを違いに挙げる。
JPモルガン・アセットのマネーマネジャー兼米金利責任者のエドワード・フィッツパトリック氏は4月30日の電話インタビューで「FRBは極めて透明性が高く、それが94年のような状況に陥るリスクの低減につながる」と語っている。
原題:Bond Buyers See No 1994 Rout as Bernanke Clarity TopsGreenspan(抜粋)
記事に関する記者への問い合わせ先:ニューヨーク Liz Capo McCormick emccormick7@bloomberg.net;ニューヨーク Daniel Kruger dkruger1@bloomberg.net
記事についてのエディターへの問い合わせ先:Dave Liedtka dliedtka@bloomberg.net
更新日時: 2013/05/06 15:40 JST

フランス:緊縮の時代は幕閉じる-柔軟性容認のドイツと温度差

  5月6日(ブルームバーグ):フランスのモスコビシ財務相は財政緊縮の時代が幕を閉じたと宣言した。それに先立ちドイツのショイブレ財務相は財政赤字削減について柔軟性を持たせることを提案しており、こうした解釈は新たに両国の対立を招く火種となりそうだ。
モスコビシ財務相は5日、仏ヨーロッパ1ラジオの番組で、欧州の債務危機に対処する唯一の手段としての「緊縮のドグマの終わりを目の当たりにしつつある」と発言。「われわれは成長促進策を1年にわたって弁護してきた。緊縮それ自体が成長を阻害する」と述べた。
両国は経済状況も異なる。フランスで社会党のオランド大統領が1年前にサルコジ氏から大統領職を引き継いでから、危機への対応策をめぐって論争が続いている。
メルケル独首相は9月22日の連邦議会選挙で3期目を目指しており、欧州首脳による政策決定のペースが落ちている。それに伴うリスクは彼らが競争力向上と成長てこ入れに必要な政策で手を緩めることだ。
モルガン・スタンレーのチーフエコノミスト、ヨアヒム・フェルズ氏は5日付のリポートで「政府が構造改革に注力し続ける限り」、緊縮のペースを鈍化させることに「市場は抵抗がない」と述べた。
モスコビシ財務相とショイブレ財務相は7日にベルリンで、フランス銀行(中央銀行)のノワイエ総裁とドイツ連邦銀行のバイトマン総裁とともに会談する。
ショイブレ財務相は5日付の独紙ビルト日曜版とのインタビューで、財政赤字目標の達成でスペインと同様にフランスにも「一定の柔軟性」を認めることに言及している。
原題:France Declares Austerity Over as Germany Offers WiggleRoom(抜粋)
記事に関する記者への問い合わせ先:パリ James Hertling jhertling@bloomberg.net
記事についてのエディターへの問い合わせ先:James Hertling jhertling@bloomberg.net
更新日時: 2013/05/06 13:56 JST


2013年 5月 06日 18:36 JST
米天然ガスの輸出論議で浮上してきた地政学上の利点
By KEITH JOHNSON

【ワシントン】1年余りにわたり、米国で産出される天然ガスを輸出すべきかどうかに関する議論は、輸出によって米経済と製造業がどう影響を受けるかに集中していた。

 ところが、ここにきて地政学上の意味合いが浮上してきた。天然ガスの輸出を支持する現職議員と元議員は、天然ガスの輸出が欧州とアジアの同盟諸国と米国との関係を強化し、ロシアのような主要エネルギー産出国の影響力を弱め、イランをさらに孤立させる一助になると主張している。一方、批判を唱える向きは安いエネルギーが国内産業にもたらす恩恵を犠牲にしてまで優先される戦略的優位性が輸出にあるのかと懸念している。

 米下院エネルギー・商業委員会のエネルギー・電力小委員会は7日、天然ガスブームによる「直接的な政治上の意味合い」について検討する。

 リチャード・ルーガー元上院議員(共和、インディアナ州)は「親密な同盟国と天然ガスの取引を行うことは、明らかに米国の安全保障上の利益にかなう」と指摘する。ルーガー氏は2012年の選挙後に上院を去る前、北大西洋条約機構(NATO)に加盟する同盟国に天然ガスを輸出する案を擁護した。

 米国のエネルギー資源をどれだけ有効に利用するかをめぐるこの議論は、大きな変化を物語っている。1970年代以降、米国は外国の資源供給国に依存してきたことによって、外交政策は制約されてきた。今日、戦略的輸出の擁護者は外交上米国を優位にするためにエネルギーを使えると確信している。

 数年前から米国は世界最大の天然ガス産出国になっている。水圧破砕法といった最新技術が広く使われるようになったためだ。このため米国は天然ガスの輸入国から輸出しようと思えば輸出できる国になった。

 米国のガスブームは、まだ米国がまとまった量の天然ガスを輸出する前でさえも、世界のエネルギーをめぐる各国の関係に影響を及ぼしてきた。中東から、かつては米国向けに輸出されていた液化天然ガスは、今は欧州へ向けられている。このため、欧州はロシアとの天然ガスをめぐるやっかいな契約交渉をしなくて済むようになった。

 米国の同盟国からも天然ガスの輸出を求める声が高まっている。欧州の天然ガス価格は最大で米国の3倍で、アジアでは最大で5倍にもなるからだ。海外へ輸出するためにガスを液化するコストをかけても米国産天然ガスは今のところ魅力的だ。

 日本の茂木敏充経済産業相はワシントンで3日に行った講演で、米国からアジアへの液化天然ガスの新たな供給はアジアの経済と地政学上の安定同様、エネルギーの安定供給に貢献する重要な転機となると述べた。

 茂木経産相は、次期エネルギー長官の指名を受け上院の承認を待っているアーネスト・モニス氏の最初の仕事が日本への天然ガス輸出の許可になることを期待すると述べた。  

 インドの駐米大使は、よりクリーンなエネルギーへ転換する一環として米国の天然ガスに対する期待を公に表明している。英国、スペイン、韓国、インドの企業は、米国政府の承認待ちで米国からの天然ガスを輸入する契約を結んでいる。これまでロシアのガスに依存していたドイツも米国のガスへの関心を示している。

 エネルギー省の承認を待っているプロジェクトは20前後に上る。同省が、米国と自由貿易協定(FTA)を締結していない国とのプロジェクトを承認する権限を持っているためだ。同省はいつ決定するかを明らかにしていないが、同省幹部は4月下旬に議会で数週間以内に決定すると述べている。



米雇用統計、予想を上回りリスク選好の動き
2013/05/06 (月) 13:06


金曜日の海外時間には、発表された米雇用統計が予想よりも良い結果だったことから、NYダウが史上初めて15000ドルの大台に乗せるなどリスク選好の動きが強まって円売りが強まりました。

欧州時間序盤、債務懸念国国債利回りが低下したことや、発表された英経済指標が予想よりも良い結果だったことなどからややリスク選好の動きが強まって、ユーロドルは1.3130台まで、ユーロ円は128.90円台まで、ドル円は98.20円台まで上昇しました。その後は米雇用統計発表前ということもあって動意のない中イタリア国債などの利回りが反発したこともあってユーロドルは1.3090台まで、ユーロ円は128.30円台まで、ドル円は97.90円台まで反落しました。

NY時間にはいって、米雇用統計発表直前に思惑的な売り買いが錯綜し上下しました。発表された米雇用統計は、失業率(7.5%。予想7.6%)、非農業部門雇用者数(16.5万人増、予想14万人増)ともに予想より良かっただけでなく、前月発表分の非農業部門雇用者数が5万人上昇修正されたこともあって急激にドル買いが強まって、ドル円は99.10円まで急騰し、ユーロドルは1.3030台まで急落しました。その後各国株価と米長期金利のの上昇が続き、ドル円は99.20円台まで上昇幅を拡大する一方、ユーロドルは1.3120付近まで上昇し、ユーロ円は130.10円台まで上昇しました。

続いて発表された米・4月ISM非製造業景況指数は、予想を下回る結果となって、ドル円は利食い売りが優勢となって98.80円台まで、ユーロ円は129.70円台まで反落し、ユーロドルは一旦1.3160付近まで上昇したあと1.3100付近まで反落しました。

今日の海外時間にはユーロ圏・4月サービス業PMI、ユーロ圏・3月小売売上高の発表があるほか、ドラギ・ECB総裁の講演が予定されています。


5月10日 ラジオ日経「夜トレ!」公開放送、参加者募集中
詳細 お申込みは ⇒ https://ssl.radionikkei.jp/event/yorutore130510.html



小笠原誠治 |日本の子どもたちは幸せなのか?
2013/05/05 (日) 11:19
 5月5日はこどもの日。青空にたなびく鯉のぼりはいいものですね。
 ところで、本日は、松井選手と長嶋監督がお出ましの特別番組が企画されているみたいですが‥考えたら、55番は松井選手の背番号であり、そのことも意識されていたのでしょうか?
 いずれにしても、日本の子どもたちの数がどーんと減っているという統計が総務省から発表されています。
 
 私、常々思っているのですが、この人口統計を無視するというか軽視するリフレ派の何と多いこと。
 リフレ派は言います。人口がどんなに減っていても、物価下落の要因には必ずしもならない、と。
 お札をじゃんじゃん刷ればインフレになる筈ではないかと言いたいのでしょう。
 本日は、それについて議論はしません。ですが、インフレになるかどうか、つまりお金の価値が下がるかどうかは別としても、これだけ子どもや若者の人口が減っている訳ですから、その分需要がどーんと落ち込むのは理解できると思うのですが、如何でしょう?
 その分、年寄りが増えている?
 確かにそれはそうです。高齢者が増えているせいで、いろいろな産業が生み出されているのも事実。しかし、そうは言っても、お年寄りはそんなに食べないし、そんなに飲まないし‥でしょう?
 最大の人口のこぶになっている団塊世代も、もう60歳台の半ばに差し掛かっているので、飲むビールの量は限られるのです。
 消費が落ち込むのは当然ではないですか?
 それにも拘わらず、国民に消費を強いる。それがリフレ派です。何でも無理強い。嫌ですね、そういう考え方って。お金の価値をなくせば、お金の価値が落ちないうちに消費者はお金を使うだろうだなんて考え方‥国民を軽く見ているとしか思えません。
 ところで、こうして子どもの数が減り、若者の数が減るなかで、何故若者世代が高齢者を助けるための負担を強いられる必要があるのかという不満を聞くことが、最近多くなった気がするのですが‥如何です?
 では、数の少なくなった子どもや若者は不幸せなのか?
 政府がもう何十年も前から使用している、若者が老人を背負うポンチ絵をみれば、背負う若者の数が少なくなっているために、肩に掛かる重みがぐっと増していることが分かるのですが‥

 
 やっぱり、経済的にみれば、今の子どもや若者は気の毒なのでしょうか?
 念のために言っておきますが‥今の子どもたちが、昔と比べて物質的に恵まれているという話は別にしておきますよ。
 確かに年金の制度を支えるために肩にかかる重みは増えている。それはそのとおり。
 しかし、親から引き継ぐ遺産はどうなるのか?
 子供が5人いれば5人で分ける遺産が、3人だったら分け前が増え、子どもが1人だったら、全部自分のものになるではないですか!
 でしょう?
 だから、年金の負担が‥なんてケチなことを言わなくてもいいと思うのですが。
 でも、それ以上に、私は、兄弟がいない子どもたちは可哀そうだと思います。だって、兄弟がいて、喧嘩をするような環境で育てば、社会に対する順応性も割とスムーズに備わるからです。
 それが、一人っ子として育てられると‥しかも、親に甘やかされて育つと‥話ベタな人間ばかりになってしまうような気がするのです。
 街の歩道を猛スピードで走り去る自転車が問題視されるようになって、随分経過したと思うのですが‥どうして若者たちは、自分のことしか考えないのでしょうか? チリリンとベルを鳴らすこともなく、疾風の如く走り去る。
 高齢者は恐怖感を感じているのです。
 ベルが壊れていたら、、口でチリリンと言ってもらえば、歩行者だって自転車が近づいていることが分かるのです。或いは、「通ります」と口に出して言えばいい。
 まあ、そのような若者を大量に生産したのも大人のせい。そして、異常気象を引き起こす温暖化問題に手を拱き、問題を先送りしているのも大人のせい。
 大人たちは、子どもたちに謝る必要があるかもしれません。
以上


米国がゼロ金利政策を止める時期
2013/05/06 (月) 12:48
 NYダウが15000ドルを付けたのはご存じだと思うのですが‥
 どうして株価が上がっているのかと言えば、米国の4月の雇用統計(雇用者の増加数)が思ったよりも良かったからなのだ、と。プラス、2月と3月の雇用者増加数も大幅に上方修正されたことが、市場心理を改善した、と。
 
 そして、そうして米国の景気回復のペースが速まると、ゼロ金利解除の時期もそれに合わせて速まることが見込まれる訳で‥そうなればドル高円安に振れやすくなる、と。
 では、いつ米国はゼロ金利政策を転換することが予想されるのか?
 米国でゼロ金利政策を採用したのは、リーマンショックから3か月ほど経過した2008年の12月。
 早いですね。もう4年半近くも経っているのですから。

 で、ゼロ金利政策の解除時期について、FRBはどのように考えているかと言えば‥ご存知ですよね。
 そうなのです。失業率が6.5%を上回るうちは、ゼロ金利政策を続けることが適当であろうと言っているので、逆に言えば、失業率が6.5%を割りそうになった時に、ゼロ金利政策が解除されることになるでしょう。
 では、その時期は何時ごろになりそうなのか?
 もし、これまでのペースで失業率が低下していくならば、来年の4月位がその時期なのかと予想されるのですが‥そしてまた、今年の10月頃には失業率が7%を切って6%台に突入することが予想されるので、その頃になると、ゼロ金利政策の解除時期に今まで以上に関心が集まるようになるでしょう。
 いずれにしても、今後米国ではゼロ金利政策の解除時期に関心が集まるようになるでしょうから、そうなれば、益々ドル高円安の圧力がかかり‥
 そこの貴方は、1ドル=100円台を超す円安の時代が訪れるなんて、今想像しませんでしたか?
 確かに、理屈から言えば、そうなることが当然予想されるのですが‥
 でも、そもそも今理屈として変なことが起きているのです。
 日本の昨年までの円高が余りに行き過ぎたものであって、今の円安は本当の円安にあらず、と仮に考えるにしても、こうしてアベノミクスの効果がもてはやされ、景気がよくなっていると多くの人が思い始め、それに、最近の株高は外国人が買い越しに転じているからだ、なんて言われているのであればなおさら、そろそろ円高の圧力がかかり始めても当たり前なのではないか、と。
 だって、日本の景気が良くなると予想する向きが増えるのであれば、円が強くなっても当然でしょう?
 そして、そのような発想をする人々が増えると、そう一本調子で円安に振れるという確率もそれほど大きくないのではないか‥なんて思ってみたりもするのです。
 でも、その一方で、日本銀行としては2%のインフレ率が実現するまでは異次元の金融政策を継続するので、その意味では円安圧力がかかりやすい状態が続くという理屈も分かるのですが‥ 


http://www.gci-klug.jp/ogasawara/2013/05/05/018959.php


02. 2013年5月07日 06:49:11 : RfoJKVEpbs
JBpress>海外>Financial Times [Financial Times]
デフレ社会でインフレ期待を高める難しさ
2013年05月07日(Tue) Financial Times
(2013年5月4日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

 ヨシオカ・トヨコさんは40年間にわたり、食料品店から帰ってくるたびに同じ作業を繰り返してきた。まず、生鮮食品を1つずつ計量する。それも、家族が実際に食べるものだけを計るよう、食べられない茎や葉っぱを野菜から取り除いたうえで量りにかける。

 次に、計測した数字を購入した品目すべての価格と併せて自分の「家計簿」に記録する。家計簿は、日本でも特に几帳面な消費者が家事のバイブルとして使う帳簿だ。

 現在82歳のヨシオカさんは「全国友の会」の会員だ。1930年に創設されたこの女性の会は、料理、子育て、家政学をテーマとした組織で、かなり古風な感じがするにもかかわらず、2万人の会員数を誇る。

家計管理はまだ「収入に見合う支出」が肝


安倍晋三首相の「アベノミクス」は株高・円安に大きく貢献してきた。難しいのはこれから〔AFPBB News〕

 ヨシオカさんは、安倍晋三首相が消費支出ブームに再び火をつけようとしており、実際そうなれば、友の会の会員たちが自分の家計簿に以前より大きな数字を書き込むことになることを知っている。

 だが、安倍首相はまだ、ヨシオカさんや多くのプロのエコノミストが抱く先行きの予想や期待を変えられずにいる。

 「(経済政策では)いろんなことが起きていますけど、家計管理はまだ、支出が収入に見合うようにすることが一番です」とヨシオカさん。「若い人たちの雇用状況が改善することを願うばかりですよ」

 5月第1週には、3月の家計調査の統計で消費支出の伸びが9年ぶりの高さを示し、政府支出の拡大と超緩和型の金融政策という安倍政権の取り組みがより多くの日本人に買い物を促している兆候が見られた。

 だが、概して低迷する経済成長と賃金下落が続いた20年間を経た後に、持続的な支出増加を生み出すのは難しい。

 多くのエコノミストは、最近の消費拡大は「資産効果」のおかげだと考えている。つまり、株式市場の上昇に起因する景況感の改善だ。「アベノミクス」は昨年暮れ以降、円相場を20%押し下げる一方、日経平均株価を5割押し上げてきた。

資産効果の限界


株式投資の習慣が根付いていない日本では、株高の「資産効果」には限界がある〔AFPBB News〕

 だが、資産効果には限界がある。個人金融資産のうち株式が占める割合が7%に過ぎない日本では特にそうだ(これに対し、米国では株式の比率が25%を超えている)。

 日本証券業協会によると、日本の家計の8割が1度も株式を保有したことがなく、88%が1度も投資信託を買ったことがないという。

 「肝心なのは賃金だ」。日銀の元副総裁で、シンクタンク、日本経済研究センターの理事長を務める岩田一政氏はこう言う。同氏は、前回、2000年代半ばに企業収益が伸びた時期には賃金の停滞が続いたと指摘する。

 当時も円は安かったが、原材料費の上昇――それ自体、円の購買力の減退が一因だった――と、好況は続かないとの不安から、企業は賃上げに踏み切らなかった。

 安倍首相が成功するためには、今回、力学を変えることが肝要だ。首相は2月、企業経営者らに賃上げを要請し、コンビニチェーン大手のローソンを含め、大手企業数社が要請を受け入れた。

 だが、経済界全般の反応は薄かった。3月の現金給与総額は0.6%減少し、残業代は3年以上なかった大きな落ち込みを記録した。

前代未聞の「テスト」

 安倍首相は1つには、ヨシオカさんのような日本人の先行き見通しを変えるという難しい仕事を通じて、歴史が繰り返すの防ぎたいと考えている。日銀新総裁の黒田東彦氏が発表した金融拡張は、悲観論を払いのけようとする取り組みの柱だ。

 長期にわたる消費者物価の下落傾向を反転させ、2015年ごろまでに2%のインフレ目標を達成するために、安倍・黒田チームが大きな期待を寄せているのが、国民の期待を変えることだ。エコノミストらはこれを、中央銀行を試す前代未聞のテストと見なしている。

 早稲田大学の野口悠紀雄教授は「期待値の管理は、インフレが存在する国ではインフレ率を低く抑える助けになったが、デフレからの脱却はまるで別の話だ」と言う。

 現在のインフレの見込みは、近々、消費者が将来手が届かなくなることを恐れてモノを買いに走ったり、労働者が賃上げを押し通す力を手にするほど強くはないと同教授は考えている。

年金生活者を説得するという難題


一般の年金生活者は、急激なインフレでない限り、生活に大きな影響はない〔AFPBB News〕

 アベノミクスは、年金生活者を説得するというもっと難しい課題にも直面している。

 ヨシオカさんは株式投資家ではなく、彼女のささやかな公的年金は、ご主人や何百万人の年金生活者のそれと同様、物価変動に連動している。このため、彼らが物価変動の影響を受けるのは、年金額の調整のペースを上回る手に負えないインフレの場合に限られる。

 そのようなインフレは見込まれていない。友の会の雑誌「婦人之友」はまだ、インフレに陥りやすい世界に対処する方法について読者にアドバイスする必要性を見いだしていない。同誌の編集者たちは、もしかしたら来年の「家計簿」を掲載する時にそのテーマで手引きを書くかもしれないと話している。

By Jonathan Soble

 


 
第7回】 2013年5月7日 伊藤元重 [東京大学大学院経済学研究科教授、総合研究開発機構(NIRA)理事長]
3兆円か? それとも10兆円なのか?
TPPによるGDP増の試算に差がある本当の理由
輸出市場の大きさだけで
利益を議論すべきではない

 民主党政権時代、TPP(環太平洋経済連携協定)への交渉参加に反対する議員の方との新聞紙上などでの討論に、しばしば引っ張り出された。

 そのときよく聞いたTPP交渉への反対論は、「これから日本の輸出先として重要性を増すのは中国である。米国中心のTPPに参加しても日本には経済的利益は小さいだろう」というものであった。

 中国の経済成長に陰りが見え、尖閣諸島問題でこじれた日中経済関係を考えると、今となってはこの議論は色あせて見える。

 ただ、当時はまだ尖閣諸島問題が表面化しておらず、輸出市場の大きさを考えればTPPよりも日中韓のほうが魅力的であるという議論はそれなりの説得性があった。そう考えたから、TPP反対派はこの議論をしばしば出していたのだろう。

 もっとも、輸出市場の大きさだけを見て、経済連携協定の利益の大きさを測るというのは、まったく間違いとは言えないものの、相当に怪しい見方ではある。経済連携協定を結ぶ利益は、相手の市場に輸出しやすくなるという面だけにとどまらないからだ。

 日本にとって貴重な資源やエネルギーの輸入確保を実現する、海外への投資の環境を整備する、国内の制度を開放型にすることによって経済活動を刺激する、などさまざまな利益が考えられる。

手法の違いによる
TPP参加の利益評価の差

 日本がTPPをはじめとする諸々の経済連携協定に積極的に取り組む目的が、「グローバル経済の活力を日本に取り込むため」というのであれば、その利益は単に輸出市場の大きさだけに限定するわけにはいかない。

 TPP参加交渉を決断するのに先立ち、政府は、日本がTPPに参加することでどの程度の経済利益が期待できるのか、数値モデルを用いた算出結果を発表している。

 それによれば、おおよそGDPで3兆円強の押し上げ効果が得られるということである。産業によってはプラスマイナスの影響が出ており、農業などは大きな生産縮小が算出されている。そうした生産縮小を他産業の輸出拡大やそれに伴う生産拡大で打ち消したとして、ネットで3兆円強のGDP増ということのようだ。

 ただし、政府関係者も認めているように、これは非常に保守的に見た計算結果である。たとえば農業については、TPP参加に伴いさまざまな競争力強化策を導入するだろうから、現実にはこの試算結果で見られるほどには、生産縮小は起こらないだろう。

 政府が行った試算は、古典的な便益計算の手法だ。貿易自由化によって輸出入が変化し、それで消費者利得や生産者利得(産業によっては損失もある)が全体でどれだけあるのかを計算するというものである。

 経済学的に確立した手法なので、政府が行う試算としてはそれなりに説得性のある結果である。しかし、残念ながら古くから定着している手法であるため、その計算結果があまりにも保守的だという批判が多くなされてきた。

 経済学研究の最先端分野では、経済連携協定の経済的利益の大きさを評価する手法を改良するためのアイディアがいろいろな形で議論されている。

 そのような新しいアイディアを積極的に採り入れて経済連携協定への参加のメリットを計算すると、相当に違った数値が出てくる。

踏み込んだ試算では
毎年10兆円のGDP押し上げになる

 いろいろなところで引用されることの多い、ブランダイス大学のピーター・ペトリ教授の試算によれば、日本がTPPに参加すれば、2025年の段階で、GDP比で2.2%程度の押し上げ効果が見られるという。

 TPPに参加した時点からGDPはその影響を受けて少しずつ上昇を始めるが、それが2025年時点ではGDP比でおおよそ2.2%、現在の物価水準で見ればおおよそ10兆円のGDP押し上げ効果をもたらすというのだ。

 この利益は一過性のものではないので、仮にこの効果を2025年から2035年まで集計すれば、少なくとも100兆円程度の効果ということになる。大変な金額である。TPPへの交渉参加を決めたことで、日本は成長戦略の大きなステップを踏み出した――、そういっても過言ではないほど、TPPへの参加は重要なのだ。

 もっとも、これは経済的な理由だけに限定した評価である。アジア太平洋地域の外交関係、日米関係の強化、米国のアジア太平洋への関与拡大などの持つこの地域の安全保障への意義、なども同様に重要だと思われるが、ここではそうした点は考慮に入れていない。

 なぜ、ペトリ教授の試算と日本政府の試算でこれほど大きな数値差が出るのだろうか。それはペトリ教授の試算では、表面的な輸出入の変化だけでなく、産業構造の変化や投資利益など、さまざまな影響を考慮に入れているからだ。

 TPPのような経済連携協定が経済に及ぼす影響は、多岐にわたる深いものである。そうした効果をきちっと把握しようとすれば、ペトリ教授が行ったような計算手法が必要となる。

 とはいえ、保守的な計算手法を用いた政府の姿勢は仕方ないものかもしれない。学問的に先端であるということは、別の言い方をすればまだ開発途上ということでもある。政府としては、少し古くさい手法でも、きちっと確立した手法で試算するのが好ましい選択ということだろう。

「ハーバーガーの三角形」を超えて

 ここで取り上げた問題は、経済学ではより広く「ハーバーガーの三角形」の問題として知られるものだ。シカゴ大学のアーノルド・ハーバーガー教授は、経済政策の利益やコストの評価法の研究で著名な研究者である。独占の問題や関税の効果などの経済的影響を分析すると、需要供給曲線上に三角形の図形ができることから、この経済評価を三角形と呼ぶことがある。

 ハーバーガーの三角形と呼ばれる手法は、非常にオーソドックスな手法として確立したものだが、多くのケースでその便益やコストの金額が非常に小さな数値になることが知られている。これは、前述した日本政府のTPP評価の金額が小さめに出るのと基本的には同様の問題なのである。

 ハーバーガー的手法では小さな金額しか出てこない計算方法を、どのようにして見直すべきか、経済学ではさまざまな考え方が導入されてきた。

 独占の問題を考えるときには、表面的な需要やコストを見るだけでなく、独占であるがゆえに起きている技術革新や生産革新への意欲の喪失を問題視する。

 ハーヴァード大学教授であった故ハーヴェイ・ライベンシュタインの「X非効率」の考え方はその典型である。また、保護貿易政策のために費やされる膨大なロビーイングなどのレント獲得行動に目を向けた、世界銀行副総裁やIMF筆頭副専務理事を務めたアン・クルーガー教授の研究も、その後の政策分析に大きな影響を及ぼした。

日本国内の制度の開放が
潜在的な経済効果を開花させる

 市場の大きさ、需要や供給の現状など、表面的な数字の背景には、実に巨大な潜在的利益やコストが隠されている。経済連携協定締結による貿易自由化や制度改革では、そうした隠された部分にこそ、利益の大きな可能性があるのだ。

 ペトリ教授のシミュレーション結果が、そうした潜在的な可能性のすべてを把握したとは言えないにせよ、保守的な日本政府の試算よりはかなり踏み込んだ試算になっている。

 試算の内容という経済学的な議論を離れて、より一般的なTPPの評価ということでも、こうした視点は重要である。

 TPPのような経済連携協定に積極的に参加していくということは、グローバル化のルールづくりに日本も参加することを意味する。それは日本経済そのものをグローバル化にマッチした形に変えていくということでもある。

 グローバル経済の活力を日本が取り込むためには、そうした日本の制度の開放化、つまり内なる国際化が必要なのである。

 TPPへの参加を単なる貿易交渉ではなく、グローバル社会のなかで日本の産業構造や国内制度をどのように調整していくべきかという視点で見ることが今こそ求められている。
http://diamond.jp/articles/print/35262

 

 
【13/05/11号】 2013年5月7日 週刊ダイヤモンド編集部
80歳総勤労時代へ
「仕事争奪戦」の幕開け
 3月某日、大手電機メーカーの開発部門に勤務する竹山浩さん(仮名・40代)のところに、人事部から1本の内線電話が入った。用件は、人材サービス会社が主催する「キャリアチェンジセミナー」研修への参加要請だった。

 軽い気持ちで研修会場へ行ってみると、部署は違うが、同じ会社の社員が集められていた。その中には、社内でも“穀つぶし”として知られている人や、心身の調子を崩し、仕事に支障が出ている人も含まれていた。

 研修内容は、「第二のキャリア設計への手引き」。過去の仕事を振り返り、自身のスキルを分析する。

 要は、キャリアチェンジ研修とは名ばかりで、体のいい退職勧奨プログラムだった。研修が終わるころには、「このまま会社に残っても、自分の居場所はない」と、気持ちの整理がついていた。

 退職の意思を伝えると、手続きは面白いほど簡単に済んだ。

 竹山さんが勤めてきた大手電機メーカーの場合、法人契約を結んでいる再就職支援会社3社のうちの1社を選べば、再就職の手伝いをしてくれるシステムになっている。竹山さんの転職活動は始まったばかりだ。

リストラ対象が“本丸”へ
ついに始まった人余り

 企業が“本気”のリストラに乗り出した。2000年代前半にも雇用調整局面はあったが、そのときの調整対象は、あくまで製造業の生産要員、海外要員が中心だった。だが、今回の調整対象は、“本丸”のホワイトカラー。予期せぬ退職勧奨に、候補者当人も「まさか自分が対象となるなんて……」とうなだれるケースも少なくない。

 今、ミドル世代(一般的には、30代後半〜54歳)の再就職市場が活性化している。無論、ミドル世代の転職は一筋縄ではいかないことも多い。年収、業種・職種、勤務地のうち、いずれかを妥協しなければ決まりにくい。転職活動が長期化すればするほど、自身の市場価値が下がり就職が決まりにくくなってしまう。

 雇用問題の核心が、若年層の就職難からミドル世代の“人余り”へ移りつつある。

 厚生労働省は、年金の支給開始年齢を65歳から70歳へ引き上げる方向で検討しており、それが実現したとしても社会保障費の財源不足が解消される見込みはない。健康な人は生涯現役で働くつもりでいたほうがいい。

 大久保幸夫・リクルート ワークス研究所長は、「早晩、80歳総勤労時代が到来する」と指摘する。仮に80歳まで働くとすれば、50歳という年齢は、社会人生活で まだ“折り返し地点”にすぎない。向こう30年のキャリア設計を構築しなければならないのだ。

 30年という時間はあまりに長い。もはや、会社にしがみつき、惰性で過ごせる「逃げ切り世代」など存在しないのである。ミドルの“人余り”は深刻化するばかりだ。

 ――今、「仕事争奪戦」の幕が開いた。

政府も行政も企業も守ってくれない
「仕事消失時代」に生き残れるか?


 4月にスタートした高年齢者雇用安定法は、企業に65歳までの雇用延長を“実質的に”強いる法律です。その一方で、先般まで政府の産業競争力会議では、従業員を解雇しやすくする「解雇ルールの緩和」について真剣に議論されていました。

 それぞれの議論の賛否はともかくとして――、「65歳定年」と「解雇緩和」という、相反する法制・ルールが同時に実現しようとしていたことに違和感を覚えませんか。

「65歳定年」は社会保障費の財源不足から、「解雇緩和」が企業の人件費抑制から始まった議論。2つの議論の起点は異なっていて、別々の場で、別々の人たちが、別々の思惑を持って話し合われた結果、こういうことが起きているのです。結果として、政府は、企業の雇用保障を強めたいのか、あるいは弱めたいのか、わけのわからないことになっています。

 これまでも、雇用でひとたび問題が発生すると、「臭い物に蓋をする」とばかりに個別問題の対症療法に終始し、労働市場全体からみると悪い結果を招いた、という失敗例は多々あります。たとえば、労働者派遣法による規制強化が、却って派遣労働者の仕事の現場を奪ってしまったことは、よく知られています。

 雇用問題は、様々な要素が密接につながっていて、根深く、複雑です。だからこそ、労働市場全体を包括的に捉えて、全体最適を目ざす必要があるのですが、その全体像を理解し、あるべき労働法制、雇用ルール策定を主張しているのは、ほんの一握りの識者、労働関係者のみです。

 もはや、政府も行政も企業もあなたを守ってはくれません!!

『週刊ダイヤモンド』5月11日号の特集「仕事消失時代に生き残るビジネスマン」では、5つの雇用激変(日本的雇用慣行、スキルの陳腐化、産業構造の変化、機械との競争、外国人との競争)によってミドル世代の「仕事」が奪われていく現場を取材しました。

 近い将来、ミドル世代の“人余り”が社会問題化することになりそうです。80歳総勤労時代がやってくるとすると、あなたは、あと何年働き続けることになりますか?

 是非、本誌をご一読いただいて、向こう○○年のキャリアプランを考えていただきたいと思います。

(『週刊ダイヤモンド』編集部 浅島亮子)


 


 

 


http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20130430/247392/?ST=print
経済偏重が生んだEU分裂の危機

ユーロ危機が浮き彫りにする欧州アイデンティティーの欠如

2013年5月7日(火)  熊谷 徹

 ユーロ危機は、単に経済的な危機ではなく、欧州文明の理想を揺るがすものだ。今回はいつもの報告と趣向を変えて、ユーロ危機の現象面を追うのではなく、23年前から欧州で働いている者の視点で、この危機が欧州精神にもたらす変化にメスを入れてみたい。

欧州の連帯を揺るがすユーロ危機

 このコラムを読んでくださる方の大半は、金融機関などにお勤めのビジネスパーソンだと推察する。このため「ユーロ危機をめぐる最新の動きが知りたいのだから、文明論は勘弁してほしい」と思われるかもしれない。

 しかし、今年2月のコラムでお伝えしたようにユーロ危機は長期化する兆候を見せている。さらに、英国が欧州連合(EU)から脱退について賛否を問う国民投票を実施する意向を示すなど、分裂の可能性すら浮上している。つまり債務危機、競争力危機は、通貨の安定性にとどまらず欧州諸国の団結をも揺るがす事態に発展している。その背景を理解するには、「欧州とは何か」という本質論に踏み込むことが不可欠だ。

 さらにこのテーマは、新聞やテレビなどの在来型メディアが日々伝えるニュースの中では、めったに取り上げられない。欧州中央銀行の記者会見では、ドラギ総裁の政策金利に関する声明を聞くことはできるが、欧州の精神、文化の危機について知ることはできない。定時のニュースや新聞記事よりも長期的なテーマを扱うのに適した「NHKスペシャル」のようなドキュメンタリーでも、このテーマを番組化するのは至難の技だろう(なんといっても、ユーロ危機は映像になりにくい)。

 ユーロ危機の文明論的な側面を理解するには、特派員として数年間、欧州で働くだけでは不十分だ。いわんや日本からでは、この側面が最も見えにくいのではないか。

 私がユーロ危機にこだわるのは、この「事件」が「欧州は戦後史の中でどのような局面にあるのか?」を知り、「欧州はどこへ進もうとしているのか?」を占う上で、我々に重要な素材を提供しているからだ。欧州という複雑な地域を理解するための、またとない機会なのである。

国境を越えると言語も習慣もがらりと変わる

 欧州は第二次世界大戦後、アジアとは比べ物にならないほど、国家の枠を超えた地域統合を進めてきた。今日のEUの母体である欧州石炭鉄鋼共同体が発足したのは、1951年。ドイツ、イタリア、フランスとベネルクス3国が結成した共同体は、今では27カ国が加盟する大組織になった。創立から62年経ったEUは、地域統合のための国際組織としては、世界で最も成功した例の1つと言える。

 しかしその欧州すら、最も重要な「欧州人」としてのアイデンティティーを生むことには成功していない。このことが、ユーロ危機の根本的な解決を遅らせる最大の原因となっている。


EUのアキレス腱の1つは、欧州人のアイデンティティーが育っていないことだ。従って議会の権限をEUに譲渡することに強い抵抗を感じる(撮影:熊谷徹)
 私は日常生活の中で、ドイツ人だけではなく、欧州の様々な国々の市民と仕事をする。この23年間に、ドイツを足場としてフランス、イタリア、オーストリア、スペイン、ポルトガル、英国、ベルギー、ルクセンブルク、ギリシャ、マルタ、ポーランド、チェコ、スロバキア、ロシア、ウクライナ、ベラルーシなどを訪れた。

 欧州の各国を訪れると、地域的な独自性の強さを痛感する。欧州の国々は、自分の地域の方言、伝統、風習に非常に強い誇りを持っている。これは、欧州の大きな特徴だ。

 私が住むミュンヘンから車で南の方角へ3時間も走れば、イタリアの国境に着いてしまう。イタリアの最北端の南チロル地方は、一時オーストリアの領土になっていたこともあり、イタリア語だけでなくドイツ語も使われている。しかしさらに南の方角へ走るにつれて、オーストリア色は薄れて、ドイツ語は通じなくなり、純粋にイタリア的な風土になっていく。

 ミュンヘンからウィーンを経て東の方向に5時間も走れば、スロバキアに着く。ベルリンから車で東に真っ直ぐ走り、オーデル川を越えれば、そこはポーランド。スラブ系の言語圏だ。国境を越えると、言語も慣習もがらりと変わるのは、島国日本から来ている私には、今なお新鮮な体験だ。

 国民のアイデンティティーも、北と南とでは大きく異なる。法律や規則、秩序、効率性をまるで神様のようにあがめるドイツ人。法律や規則に縛られることが嫌いで、人間関係を何よりも重視するイタリア人やギリシャ人。あるイタリア人は「ドイツに来ると、あまりにもすべてがきちんと秩序立っているので、息がつまる」と語った。

 一挙手一投足を税務署に厳しく監視され、自営業者も含めて、機械のように正確に税金を納めなくてはならないドイツ人(この国では近年、徴税体制が強化される一方だ。この話題については、項を改めて詳しくお伝えしたい)。2009年以前は、税務署が納税者の監視を怠り、多くの市民(特に自営業者)が脱税を当たり前と思っていたギリシャ。これほど価値観が異なる人々を、「欧州人」という概念でひと括りにするのは、至難の技だというのが、欧州に23年住んでいる私の実感である(こうした違いを知っていたにもかかわらず、通貨だけを統合して財政・経済政策の協調を怠った欧州委員会の「不作為の罪」は重い)。

 この文化的多様性は、同じ国の中でもしぶとく生き続けている。さらに、スペインのバスク地方、カタロニア地方、英国のスコットランド、ベルギーのワルーン語地域では、分離・独立を求める動きがある。かつて1つの国だったチェコスロバキアやユーゴスラビアは、ソ連崩壊後分裂してしまった。

「バイエルン州民」であっても「バイエルン人」ではない

 私が住んでいるバイエルン州も土着意識が非常に強く、他の州との境界には、「Freistaat Bayern(自由国家バイエルン)」という標識を誇らし気に立てている。

 しかもドイツには行政上の州の他に、伝統的な「地域」が存在するので、よけいにややこしい。例えば私が住んでいるバイエルン州は、かつてバイエルン王国だった地域だけでなく、西部のアウグスブルクに代表されるシュヴァーベン地方、北部のニュルンベルクに代表されるフランケン地方をも含んでいる。シュヴァーベン人やフランケン人をバイエルン人と混同すると、真剣に怒るほどである。自分のアイデンティティーを傷つけられた気がするのだろう。

 これらの伝統的な地域は、ドイツ統一前に群雄割拠していた小王国にほぼ対応する。シュトゥットガルトを州都とするバーデン・ヴュルテンベルク州も、2つの王国が合併してできたものだ。方言やキリスト教の宗派(カトリックもしくはプロテスタント)、さらにアイデンティティーが微妙に異なる。バイエルン州に住む市民でも、ひとたび口を開けば、どの地域の出身かすぐにわかる。いわんや、バイエルン州の市民が、かつてプロイセンだったベルリン周辺の地域やザクセン州に対して抱く対抗意識は、かなり強い。19世紀までこれらの地域は「外国」だったのだから、無理もない。

 バイエルン人は、「この野郎!」とののしる時に「ザクセン・ディー」という方言を使うことがある。バイエルン王国とザクセン王国の仲が悪かった頃の名残りだ。

 ドイツの国会の上院に当たる連邦参議院は、州政府の代表で構成している。このユニークな制度は、ドイツが地方分権を重視していることの表れだ。連邦参議院は、中央政府の暴走を防ぐチェック機構でもある。中央政府は、州政府の同意なしには、法律を施行することができない。ドイツ人は、ナチス時代の中央集権制が大惨事につながったことを反省して、戦後は州政府に強大な権限を与えることにしたのだ。

 またイタリアが統一されたのも、欧州の長い歴史の中で見れば比較的最近のことである。ミラノやトリノに代表される北イタリアと、シチリアに代表される南イタリアでは、食事やワイン、気候だけではなく、勤勉さやアイデンティティーが大きく異なる。北イタリアの人々の中には、「ローマよりも南にはライオンが住んでいる」と言って、南イタリアに足を踏み入れない人がいるほどだ。南イタリアは今も経済的に自立することができず、北イタリアからの資金援助に依存している。イタリア各地を10回以上訪れて、初めてこうした違いを理解できた。

求心力と遠心力が共存

 つまり欧州の特徴は、EUに象徴される「求心力」と、各国の伝統に固執して、EUに権限を譲渡することに反対する「遠心力」が共存することなのだ。この2つの力関係を知ることが、欧州の現代の政治を理解する上で不可欠である。日本のメディアによるEUに関する報道は、求心力については詳しく報告するが、遠心力については十分に伝えていない。

 EUが遠心力に配慮していることは、subsidiarity(補完性)の原則を採用していることに表われている。これは、「EUが担当するのは、そのことによって最高の効率が得られる分野に限られる。各国政府が担当した方が効率が良い分野は、各国政府に任せる」というものだ。

 例えば、教科書の内容や社会保障のような分野は、EUが中央集権的に担当するのではなく、各国政府に任せた方が効率的である。逆に、国境を超えたビジネスが当然になっている今日では、銀行に対する規制やカルテルの取り締まりは、EUが主導権を握って行った方が効率が良い。

 補完性の原則は、元々、ドイツの連邦政府と州政府の間で採用されていた物だ。例えばドイツでは、個々の原子炉に関する許認可権は、連邦政府ではなく、原発がある州の政府の中の原子力規制官庁に委ねられている。連邦政府が担当するのは、原子力に関する法律の改正案など、すべての州に関係する事柄だけだ。

 欧州議会などで、EU全体に関する議題を討議する時にも、「各国の地方政府の特殊事情に考慮してほしい」という意見が頻繁に出される。欧州統合は、こうした中央と地方の永続的なせめぎあいの中で、進められてきたのだ。

庶民には縁遠い欧州統合

 さて地域の伝統をひときわ重視するこの地域で、「欧州人」としてのアイデンティティーを持っている人は、いるのだろうか。かろうじて欧州人としての「共通意識」に近い物を抱いているのは、EU、欧州委員会、欧州議会やグローバル企業で働く人々、外交官、経営団体の幹部、国際問題を担当する議員やジャーナリストくらいだ。つまり大学で高等教育を修了し、社会の上層部に属することによって比較的裕福な生活を送っている人々である。彼らは仕事の性格上、欧州の様々な国へ出張することが多い。さらに、他のEU加盟国の人々と一緒に働くことも多い。彼らにとって、国家間の垣根はどんどん低くなっている。

 つまり欧州統合は、エリートのプロジェクトなのである。各国で日々の生活に追われ、外国で仕事をする機会も少ない庶民の間では、「自分は欧州人だ」という意識は薄い。

 アイデンティティーを共有する上で、言語が果たす役割は重要だ。欧州の知識階層やビジネスパーソンの間では、英語だけでなくフランス語やイタリア語を流暢に話す人は珍しくない。 だが庶民で外国語を自由に操る人は、エリート層に比べて少ない。

 唯一の例外は英語だ。例えば30年前には、フランスの小さなホテルの従業員や、独仏間を走る鉄道のフランス人の車掌は、フランス語以外の言葉をほとんど話さなかった。だが最近のパリのホテルでは、片言ではあるものの英語を話せる従業員に出会えるようになった。就職上有利だという実用的な理由から、英語を学ぶ人が増えているのだ。

 これに対し、英語以外の近隣諸国の言語への関心は、庶民の間で低くなりつつある。言語の習得は、根気と労力を要する作業だからだ。

 ちなみに欧州のエリートの子弟の間ですら、周辺諸国の言語、さらには、人文学に対する若者の関心が急速に低くなっている。人文学よりも、経営学や経済学、数学、工学などを学んだ方が、就職できる確率が高いからだ。欧州は、人文学の揺籃の地である。それだけに欧州のエリートたちの間では、人文学への関心の低下を嘆く声が聞かれる。

 フランスの歴史学者ピエール・ノラは次のように慨嘆する。「ラテン語、ギリシャ語、歴史学、哲学、言語学など人文学の伝統は、終末を迎えている。これらの学問はかつて欧州のエリートを結びつけていたが、今や消滅の危機にさらされている。大半の欧州人を結びつける価値共同体がないのだから、欧州の単一の世論というものが成立するわけがない」。言語への関心の低下が、欧州人としてのアイデンティティーの形成を妨げる。

 欧州ではエリートと庶民の間で、「欧州」に関する意識のギャップが拡大しつつあるのだ。この傾向は、2009年末にギリシャの債務危機が表面化する前から既に見られたが、ユーロ危機によってさらに拍車がかかった。

欧州憲法の制定で挫折したシラク

 多くの市民がEUの官僚機構の肥大を冷ややかな目で見つめる中、各国のエリートたちだけは欧州の「連邦化」を無理やり進めようとしてきた。時には、市民たちが「空騒ぎはやめて、欧州の現実について目を覚ませ」とエリート層に冷水を浴びせかけたこともある。

 その典型的な例が、2005年にフランス政府が実施したEU憲法に関する国民投票である。当時大統領だったシラク氏は、EUの政治統合を促進するために従来のような国家間条約ではなく、すべての加盟国に通用する憲法を導入することを提案した。欧州を事実上の連邦とするための試みである。しかし、国民の約55%がEU憲法に反対し、シラク氏の面目は丸つぶれとなった。

 フランス政府は、同国のすべての家庭に憲法草案のコピーを配布したが、その具体的な内容を積極的に市民に伝える努力を怠った。彼らは当時、欧州統合にフィーバーしていたのがエリートや知識階層だけであり、日々の暮らしに追われる大半の庶民たちは蚊帳の外でしらけていたことに気づかなかった。フランス市民の中には、欧州統合の深化を「グローバル化」の同義語としてとらえている人がいる。彼らにとって、グローバル化は国内産業を空洞化させ、自分の雇用を脅かす脅威である。これも彼らがEU憲法に「ノン」と言った理由の1つである。

 シラクは、庶民にとってEUが遠い存在であること、そして、国民の間に「自分はフランス人であるだけでなく、欧州人でもある」という意識が育っていないことを見逃していたのだ。シラクがもし国民の意識について正確な情報を持っていたら、EU憲法に関する国民投票を実施することはなかっただろう。欧州エリートのおごり、市民の意識からの乖離を浮き彫りにするエピソードである。

EUは経済を偏重してきた

 欧州人が共有する価値、そして欧州人としてのアイデンティティーの欠如。これは、EUが抱える最大の悩みだ。共通の価値がない場合、統合の道具として最も手っ取り早いのが経済である。生活水準を高めたい、もっとお金を稼ぎたいという欲望は、欧州のどの国民も抱いているからである。

 このためロベール・シューマン、コンラート・アデナウアーらは、欧州統合を経済分野からスタートせざるを得なかった。その第一歩が冒頭でご紹介した欧州石炭鉄鋼共同体である。当時石炭・鉄鋼業は産業の要であり、戦後の復興に重要な役割を果たした。シューマンらは、これらの産業について加盟国間の関税を撤廃するとともに、「加盟国は石炭・鉄鋼生産に関する権限を国際機関に譲渡し、この機関の指令に従う」という枠組みを作った。

 もちろん、この国際組織の結成には、20世紀に2回も戦争を起こし、欧州を荒廃させたドイツの独り歩きを防ぐという政治的な狙いもあった。共同体にドイツを加盟させることによって、軍需生産に欠かせない石炭と鉄鋼の生産量をガラス張りにすれば、フランスはドイツの再軍備への動きを早期にキャッチできる。

 フランス人たちは、ドイツの手足を縛るという意図をむき出しにはせず、「各国政府の権限を部分的に国際組織に譲渡することで経済活動を促進する」という大義名分を前面に打ち出した。こうすれば、敗戦国ドイツも国際機関に参加しやすくなるからである。政治的意図を「経済」というオブラートに包んだことが、成功につながった。

 マーガレット・サッチャーは「経済は、人々の魂を変えるための道具である」と言ったことがある。欧州石炭鉄鋼共同体については、この言葉があてはまる。当時のフランス人たちは、経済という枠組みを使って、ドイツ人に欧州征服の野望を永遠に放棄させ、「良き欧州人として共同体に身を埋めることが、唯一の生きる道だ」と考える国民に変えようとしたのである。その試みは、成功したと言える。経済という道具が、ドイツ人の魂を変えたのだ。

 EUの経済志向は、さらに強まる。1957年に欧州経済共同体(EEC)を創設する時には、関税の垣根をなくし自由貿易を進めることが、さらに前面に押し出された。1990年代に入って、金融サービス市場や電力・ガス市場の自由化、資本と人の移動の自由などが促進され、EUの経済統合は深化の一途をたどった。

文化から始めたかったモネ

 ただし欧州統合のビジョンを描いた人々の間には、欧州共通のアイデンティティーが育たず、経済の統合だけが先行したことについての懸念もあった。

 そのことを最も端的に表わしているのが、欧州石炭鉄鋼共同体の創設に尽力した企業家で、欧州統合の父の1人と呼ばれるジャン・モネの「Si c’était à refaire, je commencerais par la culture.(もう一度欧州統合を行うとしたら、次は文化から始めるだろう)」という言葉である。彼は、欧州統合の第一歩を、人々が最も理解しやすく、受け入れやすい経済から始めざるを得なかった。だが彼の本音は、「経済の統合だけでは不十分であり、政治や文化など人文的な側面での統合が不可欠だ」というものだった。

 一部のフランス人の間には文化や教養を重んじ、蓄財や経済的な成功だけを重視する人間を軽蔑する傾向がある。モネもその1人だ。したがってモネの言葉には、欧州統合を経済から始めざるを得なかったことへの、悔しさが感じられる。彼は、経済統合だけでは不十分であることを知っていた。欧州統合を全体として成功させるには、共通のアイデンティティーの確立が不可欠だと考えていたのだ。

 EUが経済統合を重視してきたもう1つの理由は、戦争の記憶が風化したことだ。戦中派であるドイツのコール首相(当時)とフランスのミッテラン大統領(同)が欧州統合に特に力を注いだのは、戦争の再発を防ぎ、血を流し合った国民の宥和を図るためである。ドイツでは、「Nie wieder Krieg(戦争は二度とごめんだ)」という意識が、欧州統合を進める上での重要な理由付けとされてきた。それは、西ドイツに戦後生まれた一種のイデオロギーだったと言っても過言ではない。

 しかし終戦から60年以上経ち、若い世代にとって平和は空気のように当たり前のものになった。特に冷戦が終わってから、欧州は過去2000年間で最も平和な状態にある。旧ユーゴの内戦以降は、領土紛争もない。

 つまり今日の若者にとって、「戦争防止」だけでは、EUの存在を正当化する大義名分にはなり得ない。。

経済だけでは不十分

 このためEUは、統合の力点を「経済的恩恵」に移さざるを得なかった。特に80年代以降は、通貨統合、金融サービスや電力市場の単一化、資本と労働力の移動の自由、消費者保護の強化、金融機関の自己資本の強化など、市民に経済的な恩恵を与える改革を次々と打ち出した。欧州の指導者たちは、「経済」をEUの存在を正当化するための新たな大義名分にしようとしたのだ。

 EUがユーロ圏加盟国の財政・経済政策を調和させないまま、通貨だけを統合する過ちを犯したのも、このためである。ユーロ導入は、経済を偏重するEUの統合戦略の典型的な例である。

 ベルリンの壁が崩壊した直後の政治力学も、ユーロ導入に追い風となった。フランスは、80年代の西欧で、マルクが欧州の事実上の基軸通貨となり、フランがその後塵を拝していたことに強い屈辱を感じていた。このため、ミッテランはドイツ統一を是認することと引き換えに、マルクの廃止とユーロの導入を要求した。

 このことは、統一によって大きくなったドイツをEUの中により深く埋没させ、独り歩きすることを防ぐことにもつながる。ドイツも、統一に対するフランスの不信感を払拭し、「強国ドイツの復活」という疑念を否定するために、統一通貨プロジェクトを積極的に推し進めた。特にコール氏は、「戦争中にドイツは欧州の国民に大きな被害を与えた」という強い罪悪感から、欧州の運命共同体にドイツを埋没させることが自国の利益につながると確信していた。

 通貨は、欧州市民が毎日使う身近な道具である。他国に旅行する時も両替することなく、自国で使っているのと同じお金で支払いができるのは、とても便利である。このため政治家たちは「まず通貨を統一すれば、諸国民の一体感は強まり、政治同盟は自然と強化されるだろう」という希望的観測を抱いていた。各国議会が抵抗するのを恐れて、予算権の欧州委員会の譲渡など、加盟国に痛みをもたらす改革は、積極的に推進しなかった。

 だが政治同盟と通貨同盟は、車の両輪である。政治同盟という車輪を欠いたまま走り出したユーロ・プロジェクトは、発足から10年経って脱線寸前の瀬戸際に追い詰められた。統一通貨が便利であることは間違いないが、それだけでは、欧州人としての共通のアイデンティティーは育たなかった。欧州のエリート層が犯した、重大な思い違いの1つである。

ユーロが欧州の連帯を弱めた?

 欧州の団結を強化するはずだったユーロが今、逆に欧州諸国間の連帯を揺るがしている。競争力不足で債務危機に陥ったギリシャやイタリアでは、多くの市民が緊縮策に反発し「ドイツが欧州を支配しようとしている」と非難している。南欧諸国の庶民が緊縮策に抗議するデモでは、ナチスの制服を着たメルケル首相の写真が頻繁に登場する。第二次大戦中によく見られた「強いドイツ」への怒りが再び噴出しているのだ。

 一方、欧州北部の国々では、「いつまで南欧諸国を支援しなくてはならないのか」という不満が高まっている。彼らは過去10年間に、競争力を強化したり財政赤字を減らしたりするために、社会保障の削減など血のにじむような努力を続けてきたからだ。

 欧州共通のアイデンティティーを育てる作業は、ユーロ危機のために大幅に後退してしまった。

 EUは債務危機の再発を防ぐために、今後政治統合を強化せざるを得ない。しかしユーロ圏に属していない英国は銀行規制の強化など、これ以上の政治統合を拒否している。今年初めには、キャメロン首相が「EUに残留するかどうかを2017年に国民投票で決める」と宣言。EU第3の経済大国が、独仏などの統合強化派と真っ向から対立し、EUから脱退する可能性が浮上してきた。これを、「欧州漂流」と呼ばずして何と呼ぶべきだろうか。

 キャメロン氏は、「我々英国人が関心を持つのは、共通市場だけ。それ以外の領域では、EUの過剰な干渉を拒否する」と断言している。

 キャメロンの発言には、戦後派世代の本音――「EUの唯一の存在意義は、市民に経済的恩恵を与えることだ」――が浮き彫りになっている。冷戦が終わってイデオロギーの重要性が低下した今日、「この政権は自分にどれだけ経済的な恩恵を与えることができるか」が、各国の浮動票の行方を決するからだ。

岐路に立つ欧州

 「子は鎹(かすがい)」という諺がある。「戦争防止」という鎹を失ったEUは、東西冷戦が終わって経済重視の第2期に入るや否や、暗礁に乗り上げた。ユーロ危機は、「経済的便益」だけでは欧州諸国をつなぎとめる鎹になり得ないことを示唆しているのかもしれない。「次は文化から始めたい」としたモネの言葉が、一段と重みを持ってよみがえってくる。

 今欧州は、大きな岐路に立っている。1つの道は、「求心力」が「遠心力」を上回り、欧州がユーロ危機を跳躍台にして政治統合を強化する方向。ユーロ諸国は、この機会を逃したら政治統合の強化を達成することは永遠にできないだろう。

 もう1つは、遠心力が求心力よりも強くなって分裂が始まる可能性だ。英国の脱退はその第一歩を記すものになるかもしれない。最近の英国にはEUに反旗を翻す姿勢が目立つ。私には英国脱退の可能性が、日一日と強まっているような気がする。

 EUの連帯を再建するための欧州共通の価値は、なにか。欧州が重大な岐路に立っている今、この問いは重みを増している。私は欧州人たちが債務危機をめぐる日々の「消火作業」に追われるだけではなく、この問いに対する答えを見つけるための議論にも力を注いでほしいと望んでいる。

 

 

中国マネーの流れは正常ではない

バランスシート・ショックは来るか

2013年5月7日(火)  倉都 康行

 中国から飛んできたのは、黄砂やPM2.5だけではなかったようだ。4月中旬、「1-3月期の同国経済成長率が7.7%にとどまった」とのニュースは、円安一服感でやや調整気味となっていた東京市場への逆風となり、さらに金や銀などの商品市況の急落を誘った結果、欧米市場にもリスク回避の波が打ち寄せられることになった。

 この結果、米国市場ではS&P500が年初来最大の下げを記録し、ドル円も一瞬95円台まで下落するなど、金融緩和への安堵感にすっかり浸っていた世界の市場を揺さぶったことは、その後の相場が落ち着きを取り戻したとは言うものの、記憶するに値しよう。筆者は、2007年に上海株の大幅な調整が欧米の株価を押し下げ、その後米国を主戦場とする金融危機へと向かっていった過去の映像をふと思い出してしまった。

 もっとも、2007年と2013年とを単純比較してはなるまい。今から6年前は「ゴルディロックス」と呼ばれたように、世界経済や金融市場は「熱過ぎもせず冷た過ぎもしない」という呑気な状況に置かれていたが、その水面下では欧米諸国に「異様なまでのレバレッジ」という金融事象が蔓延し、危機の出現がカウントダウンされていたのである。

 それと比べれば、現時点では株式市場や一部の信用市場にバブルの兆候が見られるものの、銀行や企業、あるいは家計などに警戒すべき「過剰なレバレッジ」は見当たらない。さすがに世界経済を恐怖のどん底に陥れた狂気の再現の可能性は小さそうに見える。

「中国のGDPは信用できない」と言った中国新首相

 ただしそれは「先進国においては」との註釈付きである。中国には、これまで欧米市場で蓄積されてきた常識的な解釈は通用しない。市場や企業が困惑しているのは、中国リスクをどう捉えてよいか、はっきりしないことである。中国の経済実態や金融市場には分からないことが多過ぎる。経済統計一つをとっても、信用できるかどうか、世界の誰一人として確答が出来ない。

 先月市場を揺さぶった7.7%成長という水準は、それほど悲観するような数字でもないように思えるが、市場は「恐らく実態はもっと悪いのではないか」という懸念を抱いたに違いない。ウィキリークスに拠れば、今般中国の新首相に就任した李克強氏ですら、2007年に「中国のGDPは信用できない。自分がデータとして活用しているのは電力消費量と鉄道貨物輸送量そして銀行融資の三つだけだ」と述べていたという。何をか言わんや、である。

 だが、他に参考資料がない中では、公表数字を信じるほかない。市場は、中国は8%台の成長が続く、あるいは7%台へ落ち込む、といった予想が乱れ飛ぶ中で、一喜一憂する日々がこれからも続くのだろう。

 だが、金融市場の視座からすれば、警戒すべきはあまり当てにならない成長率の動向よりも、地方財政と金融機関そしてノンバンクのバランスシート問題である。これは新しい問題ではない。既に、中国の地方自治体が過剰な借り入れを通じて日本の比ではないほどの「ハコモノ行政」を展開し、至る所に「ゴースト・タウン」を建設しながら潜在的な不良債権を山のように積み上げているという話は、数年前から市場では周知の事実となっている。

 公的債務残高は、日本をはじめとする先進国が抱える構造問題として注目されているが、中国も決して例外ではない。公式な数字として中国は、政府債務はGDP比16%程度と発表しているが、そこには地方政府の債務は加算されていない。その正確な把握は困難であるが、ここ数年、さまざまなリサーチ機関が推計を行っている。

 例えば、バークレーズは地方債務や資産管理会社が引き取った銀行の不良債権などを含めれば、公的債務はGDP比60%以上になる、と見ている。格付け会社のフィッチは、政府債務はGDP比74%との試算に基づいて、先月同国の格付けをAAマイナスからAプラスに引き下げた。ムーディーズも、同国のAa3格付け見通しをポジティブから安定的へと引き下げた理由の一つに、地方政府債務の不透明性を挙げている。

 政府債務がGDP比230%という日本の飛び抜けた数字を見れば、60-70%といった債務水準は問題無さそうに見えるかもしれないが、問題は絶対値ではなくその返済可能性である。日本の国債元本返済力も怪しいものだが、まだ市場には幻想を含めた信頼感が残っている。目先の話ではあるが、日本国債には日銀という強力な受け皿もある。それに対して、中国の地方政府が現在の負債を完済できるかどうかは定かではない。デフォルトの可能性は、日本国債よりはるかに高いだろう。

 先日、中国公認会計士協会の張克(Zhang Ke)副会長は「地方政府の財務は管理不能だ」と語り、いずれ米国の金融危機よりも大規模な危機を引き起こすことになるかもしれない、と述べて市場を驚かせた。同氏は幾つかの地方自治体の財務監査を行った結果、とても債券を発行できるような状況ではないことに気付いたと言い、自身が運営する会計事務所は債券発行に関わる監査の依頼を断ることにした、と発言している。市場で囁かれていた時限爆弾の存在を、同国の著名な公認会計士自身が公式に認めたものである。

増える「シャドウ・バンキング」による調達

 ではなぜ中国の地方財政はこうした状況に陥ったのだろうか。そもそも、厳密に言えば中国では地方政府が銀行借り入れしたり債券を発行したりすることは出来ない。1990年代以降の高度成長の中で、都市開発に伴う財源を確保する必要に迫られた地方政府は、資金調達のための投資会社を設立し始めた。権力闘争にも連なる不動産開発競争において、その借入額は増加の一方となる。ガバナンスなどほとんど効かない中で、地方の債務残高は雪だるま式に膨れ上がっていったのだ。

 地方政府が実質的に借金する方法としては、銀行借り入れや債券発行が主流であったが、ここ数年はそれに加えて「シャドウ・バンキング(影の金融)」と言われる領域での調達が増えている。これは、銀行融資や債券市場のように中央政府の規制・監視が十分に効かない場での金融取引のことを指している。

 思い出すのは、米国の金融危機が発生した際にもこの「シャドウ・バンキング」が一役買っていたことだ。もう5年以上も前の話ではあるが、あの「サブプライム・ローン問題」を引き起こした主体は、投資銀行やSIV(証券化商品で運用するためのペーパー・カンパニー)といった、規制の緩い金融部門であった。

 金融危機を引き起こすのは、得てしてこうした規制の眼の届かない場所で起きる過剰な借入(レバレッジ)である。そしていま市場に燻っているのは、米国で数年前に起きたような事象が中国で起きているのではないか、という疑念なのである。今度はそれを借り手ではなく貸し手の方から観察してみよう。

 中国における規制対象外の「シャドウ・バンキング」の規模は正確には分からないが、フィナンシャル・タイムズは「その額は2008年以降4倍に増え、現在では20兆元(約290兆円)とGDP比ほぼ40%にまで膨張している」と報じている。中でも急増しているのが銀行などを通じて販売される「ウェルス・マネジメント・プロダクツ(WMP)」と呼ばれる高利運用商品だ。

 これは、いったん銀行が貸出機関として地方政府に帰属する投資会社に融資しながら、銀行がその債権を投資家に譲渡するものである。いわゆる、銀行の「オフ・バランスシート」取引だ。中国の銀行も、健全運営を求められるようになって、バランスシートの質の向上に努めている。怪しげな貸出は投資家に売ろう、という力学が働いていても不思議ではない。10%近い利回りが提示される商品もあり、1%程度の銀行預金など比較にならない。

 人為的に抑制された低金利のもとで、銀行預金に不満を抱く投資家にとって「銀行が紹介してくれる運用案件」は絶好の投資対象に見える。だがその実態は、財務諸表の存在も怪しい中小企業への融資であったり、誰も住まない高級マンション建設への貸付資金であったりする。

不動産関連「トラスト」のデフォルト増加は必至

 この商品は「トラスト」と呼ばれたりしているが、日本の「信託」の堅実性や確実性とはほど遠い代物である。1970年代に開発されたこの商品は、4200万社あると言われる同国中小企業の約90%が資金調達に利用している、という。だが、実際の資金用途などが正確に投資家に伝達されているという保証は全くないのが実情だ。どこか「サブプライム・ローン」の証券化と共通した匂いを感じてしまう。

 実際にデフォルトなどのトラブルも発生中だ。「トラスト」を通じて資金調達した大型建設プロジェクトが行き詰まったり、「トラスト」販売後にその銀行が元利金の保証はしないと投資家に通告したりするケースも散見されている。もっともこれらは例外と言うよりも、氷山の一角なのかもしれない。

 この「トラスト」は当局の監督下にあるので、厳密に言えば「シャドウ・バンキング」とは言いにくい。だが、規制が十分に行き渡っているかといえば、その限りではない。そしてその規模は急速に拡大中であり、不動産開発関連の「トラスト」のデフォルトが今後も増加傾向をたどることは間違いないだろう。

 以前、イラク問題の際に「大量破壊兵器(WMD)」という言葉が流行したが、それを真似てこの商品は「大量ポンツイ兵器(WMP)」とも呼ばれている。ポンツイとは、金融危機の際によく引用された「元祖ねずみ講」の詐欺師の名前である。この商品が「シャドウ・バンキング」に占めるシェアは、既に40%にまで達したという試算もある。3年前にはほぼゼロであったこのWMPの規模は、今や無視できないまでに拡大している。

 不動産開発に利用される場合、この運用商品の調達側は長期プロジェクト、運用側は投機的な投資家という危険な「長短ミスマッチ」が生まれる。原資産の信用チェックも極めて怪しい。中には新たな流入資金を配当に回す文字通りの「ポンツイ・スキーム」も散見されている。

 これまで中国政府は、経済成長には不可欠な要素としてこうした「シャドウ・バンキング」の拡大に寛容な姿勢を見せてきた感もある。昨年末に中国人民銀行の周総裁は「先進国と違って中国のシャドウ・バンキングは規模が小さい上に、よく管理されている」と述べていたが、数件の運用事故が露呈するにつれ、さすがにムードは変化してきたように思われる。

正しく理解しておくべき中国の金融インフラの実情

 中国が過剰投資経済であることは、既に世界に知れ渡っている。だが投資を止めれば成長率に危険信号が灯る。エコノミストがよく語る「内需型経済へのソフトランディング」とは、言うは易しだが、実際の舵取りは高度成長の運営よりはるかに難しい綱渡り的な作業になるだろう。

 中国国務院発展研究センターですら、その10年後の中国経済を占う分析の中で、工業化が未熟なまま「ミドル・インカム・トラップ」、即ち経済発展が中途半端な段階で停滞して中所得国に止まってしまう可能性について言及している。

 それを回避するには継続的な投資が必要だが、上述の「シャドウ・バンキング」を通じた地方政府主導の投資が不良債権として表面化し、中国経済が投資激減という深刻なリスクに直面する可能性は、想定しておくべきである。問題は、それがいつ起きるのか全く予想がつかないことなのである。

 中国金融システムの現状を一言で要約すれば「中国マネーの流れは正常ではない」ということに尽きる。国営銀行と地方政府、そしてその資金調達機関が「シャドウ・バンキング」を使って自在に資金を動かしている。そこに金利機能やクレジット分析機能はほとんど全く働いていない。それが世界第二位の経済大国を支える金融インフラであることを、日本も正しく理解しておく必要がある。

 いま日本の株式市場は、黒田日銀による驚愕の金融緩和などに支えられて、米国並みの流動性相場の様相を呈している。「政府公認の資産バブル」といった声も聞こえるようになった。だが今後は、中国のバランスシートが引き起こす冷風や津波によって、その基盤の強さを何度もテストされることになるだろう。


倉都康行の世界金融時評

日本、そして世界の金融を読み解くコラム。筆者はいわゆる金融商品の先駆けであるデリバティブズの日本導入と、世界での市場作りにいどんだ最初の世代の日本人。2008年7月に出版した『投資銀行バブルの終焉 サブプライム問題のメカニズム』で、サブプライムローン問題を予言した。理屈だけでない、現場を見た筆者ならではの金融時評。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130422/246989/?ST=print

 

【第803回】 2013年5月7日 週刊ダイヤモンド編集部
景気減速は改革優先の表れか
中国「李コノミクス」の本気度

李克強首相(右)は、温家宝前首相(左)が果たせなかった構造改革を進められるのか
Photo:Getty Images
 中国では今、「李克強経済学」という言葉がはやっているという。日本のはやりに倣っていえば、「李コノミクス」である。

 中国の1〜3月期実質成長率は予想を下回る7.7%となった。4月のHSBC製造業PMI(購買担当者景気指数)も、前月比1.1ポイント減の50.5とさえない。

 昨年、中国政府は景気対策として公共投資プロジェクトの認可を加速したが、民間への波及が弱く、その効果は“最悪期は脱した”程度にとどまっている。期待された新たな刺激策も出てこない。

 これらの状況に、世界の投資家は失望をあらわにした。習近平・李克強政権は、発足後に追加景気刺激策を打ち、8%成長は維持するとみられていただけに、「思惑がはずれた」(鈴木貴元・丸紅経済研究所シニアエコノミスト)格好だ。

 一方で、この結果は「8%との決別を示すものであり、冷静に受け止めるべき」(肖敏捷・ニーズ主席エコノミスト)との見方も少なくない。

 中国経済の構造転換は、まさに待ったなしだ。景気減速には、不動産投資の抑制策や綱紀粛正による一部消費の落ち込みも影響しているが、根本の要因は潜在成長力そのものの低下にある。安価な労働力に頼った輸出と、投資を原動力にした成長モデルは既に限界に達している。肖主席エコノミストは、「追加景気対策の気配もないのは、改革を指揮する李首相の“本気”の表れ」と指摘する。

 政府の役割を減らし、市場の機能を使って、産業構造の転換と成長力の強化を図る、というのが「李コノミクス」の基本だ。具体的には金利や為替の市場化、各種の規制緩和、国営企業の民営化、税制の改革を通じた所得分配と民間企業の成長促進などである。景気減速を甘受してでも、これらの構造改革を進めるのが新政権の方針であることは間違いない。

 ただし、その実現は容易ではない。中国のGDPに占める投資の比率は約5割に達しており、投資を削減し過ぎると経済自体が耐えられない恐れがある。政府は、微妙な加減でブレーキを踏まねばならない。既得権益層の抵抗も必至であり、「新政権の基盤が固まるまでは“安全運転”にならざるを得ない」(鈴木シニアエコノミスト)ため、改革の実効性には依然、疑問符も付く。

 いずれにせよ、もはや中国に8%台の成長を期待することはできない。今年度は7%台後半、というのが基本シナリオとなりつつある。景気刺激策が打たれて成長率が上ブレしたときこそ、むしろ危険だ。経済構造の転換が遅れ、数年後の“ハードランディング”が避けられなくなるからだ。

 政府のもくろみ通り構造転換が進めば、新たな投資チャンスやビジネスチャンスも生まれてこよう。今は、その行く末を冷静に観察するときだ。

 (「週刊ダイヤモンド」編集部 河野拓郎)

 

中国の未来:習近平とチャイニーズドリーム
2013年05月07日(Tue) The Economist
(英エコノミスト誌 2013年5月4日号)

中国の新国家主席のビジョンは、ナショナリズム国家にではなく、国民に利するものであるべきだ。


習近平国家主席のスタイルは、代々の前任者とは違う〔AFPBB News〕

 1793年、英国の全権大使ジョージ・マカートニー卿が、中国に大使館を開設しようと、時の皇帝の宮廷を訪れた。マカートニー卿は、産業化が始まったばかりの母国から選りすぐりの贈り物を持参していた。

 しかし当時、中国の国内総生産(GDP)は全世界のGDPのおよそ3分の1を占めており、乾隆帝はマカートニー卿の申し出を一蹴し、英国王ジョージ3世に次のような書簡を送った。「貴殿の心からの謙虚さと忠誠心は十分に理解できるが、我々には貴国の製造品は全く必要ない」。

 英国は1830年代に軍艦とともに中国を再訪し、力づくで貿易の扉を開いた。中国国内の改革の試みは屈辱のうちに崩壊を迎え、ついには毛沢東思想へと至ることになる。

 中国が再び偉大な国に戻る旅路は、これまでのところ目覚ましいものだ。数億の国民が貧困から抜け出し、さらに数億人が新たな中流階級に加わった。中国はまさに、自らが「世界での本来あるべき地位」と考える立場を取り戻そうとしている。世界での中国の影響力は拡大しつつあり、中国経済は10年以内に米国経済を追い越すと見込まれる。

 中国を統治する共産党の新指導者、習近平国家主席は、権力の座についてから最初の数週間で、新しいスローガンを掲げてその進歩を表現した。マルクス主義信仰が崩れた今、習主席はそのスローガンを使って、多様化が進む国を1つにまとめようとしている。習主席はその新たな教義を、アメリカンドリームを意識して、「チャイニーズドリーム(中国夢)」と呼んでいる。

 中国では、そうしたスローガンが極めて大きな意味をもつ。ニュース番組は習主席の夢であふれかえる。学校では、チャイニーズドリームをテーマにした弁論大会が催され、「中国夢之声」というタレント発掘番組も始まった。

 国は人と同じく、夢を見るべきだ。だが、習主席のビジョンとは、正確にはどのようなものなのか? そこには、米国風の野心もいくぶん含まれているように見える。それは歓迎すべきものだ。だがそれと並んで、ナショナリズムと、装いを新たにした権威主義という不穏な気配も漂う。

イデオロギーの終焉

 19世紀の屈辱以降、中国の目標は富と強さだった。毛沢東はマルクス主義を通じてそれを手に入れようとした。ケ小平とその後継者たちのイデオロギーは、(共産党支配が絶対的だったとはいえ)それよりも柔軟だった。

 江沢民の「3つの代表」思想では、共産党は変化した社会を体現するものでなくてはならないとされ、民間のビジネスマンの入党が許された。胡錦濤前国家主席は、「科学的発展観」と「和諧社会」を推し進め、拡大する貧富の格差が生む不協和音の解消に取り組んだ。

 しかし今、新たなスタイルと写真映えする人気の妻を持つ新たな指導者が登場した。習主席は改革を口にし、公費の浪費を撲滅する取り組みを始めている。習主席の夢は、具体性には欠けるものの、以前の中国指導者が抱いたどんな夢とも異なっている。前任者たちの格式ばったイデオロギーと比べると、露骨なほど感情に訴えるものだ。

 毛沢東政権下の共産党は、古いものを片っぱしから攻撃し、帝国時代の過去を抹消したが、習主席による国家の偉大さの強調は、共産党の指導者たちを傲慢な18世紀の君主の後継者に変貌させている。当時、乾隆帝は西洋の使節に頭を地面に付ける礼を要求したのだ(マカートニー卿はこれを拒んだ)。


これまで中国共産党の正当性は経済成長にあった〔AFPBB News〕

 だが、明らかに現実的な政略も動いている。経済成長が減速している今、習主席の愛国的なスローガンは、主に共産党の正当性を裏づける新たな根拠とするために作られたようにも思える。

 習主席が最初に「中華民族の偉大なる復興」という夢に言及したのが、昨年11月に天安門広場の国家博物館で行われた演説だったことは、偶然の一致ではない。

 その時、国家博物館では「復興之路」と銘打った展覧会が開催され、宗主国支配下の中国の苦難や共産党による救済の歴史が展示されていた。

党よりも国民のための夢を

 習主席の最優先事項が経済成長の維持――中国の指導者たちは、貧しい自国がずっと豊かな米国に追いつくには、まだ何十年もかかると口にしている――にあり、それが中国を一層開かれた国にするであろうことは、誰も疑わない。だが、習主席の夢には、明らかな危険が2つある。

 1つは、ナショナリズムという危険だ。歴史的に被害を受けてきたという積年の意識を考えると、国家の復興というレトリックは、あまりにも容易に好ましからざるものに変質する恐れがある。近隣海域で小競り合いや挑発行為が増加している中で、愛国的なマイクロブロガーたちは、とりたてて鼓舞するまでもなく、日本に屈辱を味あわせろと訴えている。

 習主席は既に、軍部受けを狙った行動を取っている。昨年12月に中国南部に展開する海軍を視察した際には、「強い軍隊の夢」に言及した。軍部はそうした発言を喜んでいる。タカ派に迎合する習主席の主目的が、彼らを味方につけておくことだけにあるとしても、それが東アジアにおける中国のより好戦的な姿勢につながる懸念がある。

 自信あふれる中国が穏やかに構えているのなら、誰も気にする必要はない。だが、かつて植民地支配の犠牲になった国が、日本に仕返しをしたいあまりに威張り散らす暴れん坊国家に変容すれば、地域全体に、そして中国自身に、甚大な悪影響が及ぶことになるだろう。

 もう1つの危険は、チャイニーズドリームの結果、国民よりも中国共産党に大きな権力が集まることだ。習主席は昨年11月、アメリカンドリームをそのまま語り、「幸福な暮らしを求める(中国国民の)欲求に応えることが我々の使命」だと宣言した。中国の一般国民は、家の所有、子供の大学教育、あるいは娯楽に対する野心では、米国民に引けを取らない。

 だが、習主席の主眼は、共産党の絶対的な権力を強化することに向けられているように見える。習主席は海軍を前にして、「強い軍隊の精神」は共産党の命令に断固として服従することにある、と語った。

 「チャイニーズドリーム」が共産主義のレトリックを避けたとしても、習主席はソビエト連邦崩壊の原因について、ソビエト共産党がイデオロギー的な正統性と厳格な規律から外れたせいだと信じていると明言した。「チャイニーズドリームは1つの理想だ。共産党員はさらに高い理想を抱かなければならない。それが共産主義だ」と習主席は語っている。

「法の支配」が試金石に

 習主席が抱くビジョンの根本的な試金石となるのは、法の支配に対する姿勢だろう。習主席の夢の良い面を実現するためには、法の支配が必要だ。経済、国民の幸福、そして中国の真の強さは、専制的な権力を縮小できるか否かにかかっている。だが、腐敗と役人の浪費は、党の力よりも憲法の力が大きくならなければ抑制できない。

 ある改革派の新聞が、「憲政の夢」と題した新年の社説でそのことを説いた。その社説は、中国は「自由で強い国」になるために法の支配を用いるべきだと主張していた。だが、新聞の発行直前に、検閲により内容が差し替えられ、標題も変えられてしまった。このやり方が習主席の夢を真に体現するものなら、中国が目的地にたどり着くのはまだまだ先になるだろう。

アジアにおける金融の未来はどうなる?
エコノミスト誌のアジア エコノミクス エディター、サイモン・コックス(Simon Cox)氏が、アジア地域の金融に関するあなたの質問にツイッター上でお答えします。
実施日時:5月8日(水)12時(日本時間) 
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37724

 


 
給料が伸びないのは「技術革新」のせい?

仕事がラクになるのはいいことばかりじゃない

2013年5月7日(火)  木暮 太一

 前回解説しましたように、給料に労働者個人の業績・成果が反映されているのはわずか数%です。もちろん、会社の業績が上がればボーナスが増えます。ですが、それは個人でどうこうできるものではありません。

 4月25日に「平成24年賃金事情調査」の確報が公開されましたが、基本給に占める「業績・成果」の比率が5.3%に下がりました(平成23年度の同調査では7.1%)。世間的には、「これから業績・成果が占める割合が増えていくだろう」と考えられていたと思いますが、まだまだそうはならず、マルクスがいう「労働力の価値」を中心に決まっているということでしょう。

 全体としてみると、日本人の給料はここ10年以上、減少傾向にあります。再度、マルクスの理論に重ねて、なぜ給料が下がってきたのかを考えてみます。どこに「給料の低下圧力があるか?」です。

 結論から言うと、給料の低下圧力があるのは、「技術革新」と「社会構造の変化」です。そこで今回は「技術革新」について解説します。技術革新の「せい」で、“いざなぎ超え”と呼ばれたかつての好景気の時期にも給料が下がり続けた、というのが私の1つの結論です。

その仕事をする知識・スキルを身につけるための労力

 労働力の価値とは、「労働の再生産コスト」です。これは簡単に言うと、その労働者が明日も同じ仕事をするために必要なものの合計です。人が働くには、その仕事をする体力と知力(知識・経験)が必要です。労働者に知力と体力がなければ働いてもらうことができません。

 例えば、フルマラソンを走り終えてエネルギーがゼロになってしまった人を、すぐに働かせることはできません。労働者として働いてもらうためには、食事をして、睡眠(休息)をとって、再びエネルギーを満タンにしてもわらなければいけませんよね。この時にかかるコスト(食費、睡眠のための住居費など)は、労働力をつくるのに必要な「生産コスト」です。これは前回説明した通りです。

 一方で、小さい子どもを会社に連れてきて、「じゃ、あとよろしく」と、みなさんと同じように働いてもらおうとしても無理です。仕事に必要な知識や経験がないからです。会社に有益な労働者となるには、これらの知識・経験を身につけてもらわなければいけません。この時にかかるコストや労力(学費・研修費、勉強時間など)も、労働力をつくるのに必要な「生産コスト」です。

 そして、これらの「労働力の生産コスト」を積み上げたものが、そのまま労働力の価値になり、その労働力の価値が基準となって、みなさんの給料が決まっていくのです。

 この知識、経験、技能面での再生産コストが、あなたの給料に加味されていることに注目すべきです。つまり「同じ労働をするために、ゼロから知識を身につけたら、どれくらいコストがかかるか?」という視点です。

 弁護士の時給がなぜ高いのか?

 それは難しい仕事をしているから、ではない。難しい仕事なら世の中にいくらでもあります。

 医者の時給はなぜ高いのか?

 人の命を扱っているから、ではない。「人の命を扱う」という意味では、看護師や介護士も同じはずです。それなのに、看護師や介護士の時給よりも、医者の時給の方が圧倒的に高いのは、みなさんも容易に想像がつくでしょう。

 弁護士、医者の時給が高いのは、その仕事をするために必要な知識・スキルが膨大で、それらを身につけるのに多くの労力とコストがかかるからです。その分が「労働力の価値」として社会的に認められているので、その分時給が高くなるのです。

 つまり、この必要経費方式で給料が決まっている日本的企業においては、労働者が過去から積み上げきたものが評価され、給料に反映されていく構造なのです。

技術革新によって、「積み上げ」がなくなる

 しかし、いったん積み上げれば、その後も安泰ということではありません。マルクスは、労働力の価値が「分業」や「機械化」によって引き下げられていくと説きました。

 どういうことか?

 分業をすれば、1人の労働者が担当する業務の幅が小さくなり、業務が簡素化されます。そのため、その仕事をこなすために必要な経験やスキル、知識が少なくて済みます。これまでは1人の職人がすべての工程を担当していたかもしれません。ですが、その工程を分業した場合、労働者はそれぞれの作業部分だけをマスターすればいいことになります。

 となると当然、仕事に必要な知識や経験、スキルは減り、「労働力の価値」は下がります。これが給料を引き下げていくのです。

 さらに、人間がやっていた仕事を機械がこなすようになると、従業員にとって事態はより“深刻”になります。機械が導入されると、労働力の価値が圧倒的に引き下げられることになるからです。

 機械化によって連想されるのは、「機械による失業」です。機械が人間の仕事を奪い、人間が失業するということです。かつてイギリスで起こったラッダイト運動は、機械のせいで職を失った労働者たちの暴動でした。現代でも製造業を中心に機械化により職を失っている人がたくさんいます。また、『機械との競争』(エリク・ブリニョルフソン、アンドリュー・マカフィー著、日経BP社)では、技術の進歩によって人間の仕事が失われていることが鋭く指摘されています。

 今のところ仕事を奪われていない人は「明日は我が身」という気持ちでいるかもしれません。しかし「明日は我が身」ではなく、「既に降りかかっている」かもしれません。機械化が労働力の価値を低下させて、既に労働者の給料を引き下げている可能性があります。

 現場に機械が導入されれば、人間が身体を動かす必要はなく、経験に裏打ちされた技術を使うこともありません。職人だった労働者は、単なる機械オペレーターになります。一人前の「職人」になるためには、膨大な時間と経験を積むための修業が必要です。しかし、機械を操作するだけであれば、数日のトレーニングで身につけられるかもしれません。

 そこで労働力の価値(その労働に必要な能力を身につけるコスト)が低下してしまうのです。

 オフィスワークについても同じことが言えます。例えば、かつては大変な労力がかかった「消費者の分析」も、今ではインターネットと、表計算ソフトのエクセルやデータベース管理ソフトのアクセスといった手軽なツールでできてしまうものもあります。かつては勘と経験が必要だったものでも、今ではテクノロジーが解決してしまうケースもあるのです。

 その結果、「その類の仕事だったら、それほど準備もスキルもいらないし、大変ではない」と思われるようになり、労働力の価値が低下していきます。そして、給料が下げられてしまうのです。

「仕事が楽になった」と喜べない

 よく日本の企業には「イノベーション」が不足していると言われます。一般的には「イノベーション」は歓迎すべきものと捉えられています。それを起こすことができれば、企業にはプラスの影響をもたらすでしょう。しかし、労働者にとっては、必ずしもいいことばかりではありません。

 みなさんが携わっている業界で「イノベーション」が起き、最新技術が発明されたとしても、喜んでばかりはいられません。確かに業務は効率化し、生産性は格段に向上します。それによってみなさんがやらなければいけないことは減るかもしれません。でも、「仕事が楽になった!」と喜んでいる場合ではないのです。

 例えば、私が身を置いている出版業界で考えるとこのような話があります。

 昔は(といってもほんの20〜30年前までは)、作家は原稿用紙に手書きで原稿を書きました。それを編集者があずかり、印刷用の版下を作成するため写植(写真植字)屋というプロの文字入力会社に依頼して、手動写植の場合などはひと文字ひと文字打ち込んでもらい、データ化していたのです。それが今では、作家自身がワープロソフトのワードなどで入力したテキストファイルを、編集者にメールで送っています。その後の工程も、写植屋に頼むことなく、そのままレイアウトソフトで割り付け、ページを作成し、印刷用のデータが完成します。

 作家自身も、かつては「間違えたら、書きなおし」でした。単なる書き間違いだけでなく、原稿を読み直して推敲していく過程で、どんどん修正したくなります。それが今では単純に上書きすればいいだけです。文章の順番を変更したい場合でも、コピー&ペーストで簡単に入れ替えができます。私自身、本を書く時には平均で大きく3回は書き直します。

 そんな作業を、いままではすべて一から手作業で行っていたのかと考えると、気が遠くなります。考えただけで冷や汗が出るような作業です。現在、この「一から手書きでやり直し」がなくなっているだけで、格段に執筆作業が楽になっています。そしてその分、1年間に執筆できる本の数が格段に増えました。

 ワードは出版業界のためのソフトではありませんが、出版や文章で生計を営んでいる“文字業界”に技術革新が起こったために、革命的に仕事が“効率化”しました。それにより、1冊の本を書く労力も減りました。これまでは1年かけなければ完成させられなかった原稿も、3か月で仕上げることも可能です。

 しかしその結果、作家がもらえる「1冊あたりの報酬」の相場が下がりました。「かつては1年必死に頑張らないといけなかったけど、今は3カ月で済むから、報酬もそれくらいでいいよね?」ということです。

 誰かがこう言っているということではありません。業界の雰囲気として、また相場としてそのように変化してきたのです。

 もう少し詳しく説明すると、作家がもらえる報酬(印税)は、一般的に「書籍定価の10%×印刷した部数」です。この計算式自体はいまも昔も変わりありません。

 ところが、最初に印刷する部数が驚くほど減っています。20年前は初版部数(最初に印刷する冊数)は、3万部が平均でした。売れるか売れないかわからないけど、それでもそれくらい印刷するのが通常だったのです。なぜか? そのくらいじゃないと作家が生活できず、結果的に原稿が書けないからです。

 でも今は、初版の平均部数は4000部程度です。この20年で、8分の1以下に減ったわけです。当然、作家がもらえる印税も減ります。

 一般的には、「本が売れなくなった、初版部数が減っている」と思われています。確かに出版市場はじり貧ですし、もっと世の中で本が売れたら、もっと印刷する部数を増やすでしょう。出版社側としては初期のリスクを減らして、初版の売れ行きを見て増刷するという考え方もあります。しかしベースの部分には、昔に比べて初版部数を減らしても作家が生きていけるから(1冊あたりの部数が減っても、原稿を書く労力が減り、書く本の数自体を増やせるので生活できるから)という理由もあると思います。

 実は作家だけでなく、出版社の編集者も営業もその他の管理部門の社員も同じです。1冊1冊があまり売れなくても、業務の効率化によって多くの本を出版できるようになったから、生きていけるくらいの生活が成り立っているわけです。

 もしかつての技術のまま、部数だけが減っていったらどうなるでしょう。その場合、作家、出版社の従業員など創り手が生活できなくなり、この業界自体が消滅していたと思います。もしくは全体の出版点数を削減し、「これまでのように3万部刷っても大丈夫な本(それくらい売れる本)」だけに絞って出すことになっていたはずです。

 技術革新により業務が“効率化”したために、生き残りやすくなったわけですが、同時に効率化によって労働力の価値が下がったのです。「出版業界は特殊だから」と考えるべきではありません。一般的に技術革新は労働力の価値を低下させ、そしてその分給料を引き下げる「効果」があります。

生産性の効率化は労働力の価値を間接的に下げる

 ここでもう1つ思い出していただきたいことがあります。それは、前回解説した商品の値段の決まり方です。

 「需要と供給のバランスがとれている場合、商品の値段は、『価値』通りに決まる」――これが『資本論』で説かれている理論です。つまり、その商品を生産するのにかかる労力やコストを基準に、値段が決まっているということです。

 労力・コストが大きいものは、値段が高くなり、反対に小さいものは安くなります。ということは、技術革新によって生産性が圧倒的に高まった商品は、値段が下がることになります。パソコンや家電製品の値下がり具合を見れば、理解しやすいでしょう。

 ですが、話はこれで終わりません。技術革新によって商品の価値が下がり、値段が下がるということは、それを使って生活している労働者は「より低コストで生きられる」ということになります。つまり間接的に、労働力の価値は下がってしまうわけです。このように技術革新は、直接的にも、間接的にも、労働力の価値を低下させていくのです。

 マルクスは、「企業は生産効率を追求するもの」と考えていました。生産性を上げるために、分業などにより生産体制を工夫し、機械を導入します。これによって圧倒的に生産量を増やすことができますが、同時に労働者の貢献度は下がり、労働力の価値は引き下げられるのです。

 現代で生産性を追求し、売り上げをどんどん伸ばしている企業でも、必ずしも従業員の給料は上がっていません。それは生産性向上とセットで、労働力の価値が引き下げられているからです。

 これが、技術革新の「せい」で、好景気においても給料が下がり続けたカラクリなのです。

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今までで一番やさしい経済ニュースの読み方

「がんばれば、なんとかなる」という時代ではありません。「なんとなくで、なんとかなる」という時代は、とっくの昔になくなりました。現在の資本主義で生きていくためには、“資本主義経済のルール”を知り、それに沿った努力をしなければいけません。この連載では、経済学理論や経済古典を背景に、この社会がどういうルールで動いているかを解き明かし、その視点から経済のニュースを解説していきます。知らず知らずのうちに見えなくなっていた暗黙のルールが見えてくるでしょう。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130430/247420/?ST=print


03. 2013年5月09日 01:45:24 : RfoJKVEpbs
2015年以降も、日銀は国債買取を急にはやめられない

金融政策の出口戦略を考える(2)

2013年5月9日(木)  小黒 一正

 日本銀行は2013年4月4日の政策委員会・金融政策決定会合において、「「量的・質的金融緩和」の導入について」(以下「政策文書」と呼ぶ)という政策方針を公表し、マネタリーベースを2013 年末に200兆円(うち長期国債140兆円)、2014 年末に270兆円(うち長期国債190兆円)にすることを決定した――マネタリーベースの2012 年末実績は138兆円(うち長期国債89兆円)。この政策文書の「1.(1) A長期国債買入れの拡大と年限長期化」は、以下の方針を示している。

 「イールドカーブ全体の金利低下を促す観点から、長期国債の保有残高が年間約50兆円に相当するペースで増加するよう買入れを行う。また、長期国債の買入れ対象を40年債を含む全ゾーンの国債としたうえで、買入れの平均残存期間を、現状の3年弱から国債発行残高の平均並みの7年程度に延長する」
 この「マネタリーベースを2014年末に270兆円(うち長期国債190兆円)」とし、「買入れの平均残存期間を7年程度に延長する」という方針は、まさに「異次元の緩和」と言える。この点に異論はない。だが、金融政策の出口戦略(=マネタリーベースの縮小)を極めて困難にする可能性が高い。この点について、前回のコラムでも指摘したが、今回はもう少し詳しく考察してみよう。

 まず、2014末にマネタリーベースを270兆円に拡大するため、以下の図表1のとおり、日銀は大量の長期国債を市場から買い入れる方針である。

 2012 年末に日銀が抱える長期国債は89兆円。これをネットで毎年50兆円ずつ拡大し、2013 年末に140兆円、2014 年末に190兆円とする。その際、日銀は市場からグロスで毎年約80兆円の国債を買い入れる必要がある。

 というのは、日銀が抱える現在の長期国債(89兆円)の平均残存期間(デュレーション)は約3年であり、毎年約30兆円(=89兆円÷3年)が償還となるからである。厳密には、この償還分がすぐに現金償還されることはなく、いったん、財務省が発行する1年物の割引短期国債に乗り換える。だが、この割引短期国債も1年後に現金償還されるのが通例であることから、最終的に現金償還されるのは変わらない。

 このため、長期国債をネットで50兆円拡大するには、日銀はグロスで約80兆円(=50兆円+30兆円)を買い入れる必要がある。上記の政策文書で、日銀が「毎月の長期国債のグロスの買入れ額は7兆円強」(年間で84兆円)と記載しているのは、これが理由である(注:これまで日銀は毎月の長期国債のグロスの買入額を4兆円程度としていた)。

図表1:マネタリーベースと長期国債の推移(単位:兆円)

(出所)日本銀行
 この日銀のグロスで84兆円の買い入れが国債市場に及ぼす影響は大きい。財務省が2013年1月29日に公表した国債発行計画によると、長期国債の市中発行額は約127兆円(=国債の市中発行額156.6兆円から短期国債30兆円を除いた値)。日銀は市中発行額の約70%(=84兆円÷127兆円)も買い入れることになる。

 この状況を指して、「『池の中の鯨』となった日銀」という表現が一時メディアを駆け巡った。当初は長期金利の乱高下を招いたことから、国債市場でサーキット・ブレーカー(価格が大幅な変動を起こした時、相場を安定させるために発動する措置をいう。値幅制限や取引中断の措置が取られるケースが多い)が数回発動された。

日銀は国債買取額を急に減らすことはできない

 しかし、問題の本質はこの部分ではない。2014年末に、日銀が抱える長期国債の残高190兆円、平均残存期間が約7年になったとしよう。この時に、日銀が抱える長期国債の拡大スピードや、それに必要となる長期国債の買い入れボリュームをどう変化させていくかが真の問題となる。

 想定される方向性の1つは、2015年以降、日銀が抱える長期国債のボリューム(190兆円)や平均残存期間(7年)を維持するものだ。この場合、毎年、約27兆円(=190兆円÷7年)の長期国債が償還されるので、長期国債のボリューム(190兆円)を維持するには、日銀は市場から約27兆円の買い入れ(グロス)を行えば十分である。しかし、2013〜2014年に、日銀が約84兆円もの長期国債を市場から買い入れ(グロス)ていた状況を一転させ、突然、買入額(グロス)を27兆円に縮小すると、長期金利の上昇を含め、国債市場に大きな影響を及ぼす可能性がある。

2006年の量的緩和解除が与える教訓

 この点で参考になるのは、2006年における量的緩和の解除である。ITバブル崩壊に端を発した景気後退からの回復を支援する観点から、日銀は2001年3月から量的緩和を導入していた。2006年3月に、それを解除したのである。この時、当然、日銀は長期国債の買入れボリュームを徐々に減少させた。その際、以下の図表2のように、長期金利(10年国債利回り)が一時的に上昇した。この上昇分のすべてが、量的緩和解除の影響とは断定できないが、長期金利に一定の影響を与えた可能性は否定できない。

図表2:長期金利(10年国債利回り)の推移

(出所)日本相互証券
 では、2006年の量的緩和解除で、日銀は長期国債の買い入れ(グロス)をどのくらい減少させたのであろうか。それは、以下の図表3から読み取ることができる。日銀が解除前(2006年2月)に抱えていた長期国債が約65兆円。解除後、リーマンショック前の2008年8月が約45兆円。従って、この約2年半における長期国債の減少幅(ネット)は約20兆円である。すなわち、1年間当たりで見た長期国債のネット減少額は約8兆円(=20兆円÷2.5年)となる。

 この当時の長期国債の平均残存期間は約3年で、毎年の償還は約22兆円(=65兆円÷3年)であるはずなので、解除後の買い入れ(グロス)は毎年約14兆円(=22兆円−8兆円)と概算できる。

 他方、2003〜2005年の3年間で、日銀が抱えていた長期国債は約65兆円で概ね一定であったから、解除前の買い入れ(グロス)は毎年約22兆円であったはずである。これは、2006年の量的緩和の解除で、日銀は長期国債の買い入れ(グロス)を約8兆円減少させていく方針をとったことを意味する(注:日銀は保有する長期国債を売却することも可能だが、国債市場に及ぼす影響を配慮し、その売却はせず、買入額を減少させることと償還により、保有する長期国債を圧縮した)。

図表3:2006年の量的緩和解除と日銀が抱える長期国債の残高推移

(出所)日本銀行
 このため、2014年末に190兆円の長期国債を抱えた日銀が取り得る現実的な方向性として想定されるのは、日銀が買い入れる長期国債のボリューム(グロス)を、例えば毎年、10兆円ずつ減少させていくというものである。この場合、日銀の買入額(グロス)は、2015年に約74兆円、2016年に64兆円といった具合に減少していく。

 この時、2015年において日銀が抱える平均残存期間(デュレーション)が7年であると、償還分は27兆円に過ぎないから、日銀が抱える長期国債はネットで47兆円(=74兆円−27兆円)増加し、237兆円(=190兆円+47兆円)になる。このような膨張は、2016年以降も続き、日銀が抱える長期国債の平均残存期間(デュレーション)が7年で変わらない場合、そのイメージを試算すると、以下の図表4の上段のようになる。この場合、ピーク時の2018年に保有する長期国債は286兆円にも達する可能性がある。

 また、図表4の下段は、日銀が買い入れ(グロス)を行う長期国債のボリュームを、毎年5兆円ずつ減少させていく場合のイメージである。この場合、日銀のバランスシートは急速に膨張していき、ピーク時の2020年に保有する長期国債は347兆円に達する可能性がある。

 このような状況で、金利が正常化し、貨幣数量説が復活する場合(前回コラム「アベノミクスの出口戦略を考える」を参照)、日銀はインフレ圧力を抑制するため、バランスシートに抱える長期国債のボリュームを減少させ、異次元緩和で膨張させたマネタリーベースを縮小させていく必要がある。しかし、日銀が国債市場に大きな影響を与えないよう配慮し、国債の買入額を大幅に減少させることができなければ、日銀はインフレを制御できない状況に追い込まれる可能性が高くなる。金融政策の出口戦略は容易でないことが理解できるはずである。

図表4:日銀が抱える長期国債の予測(簡易試算)


(出所)筆者作成

子供たちにツケを残さないために、いまの僕たちにできること
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20130507/247614/?ST=print


JBpress>日本再生>日本経済の幻想と真実 [日本経済の幻想と真実]
「黒田バズーカ」の砲弾はどこへ飛んでゆくのか 270兆円ものカネをばらまく「異次元緩和」は危険だ
2013年05月09日(Thu) 池田 信夫
 黒田東彦氏が日銀総裁に就任し、4月4日に「2年間でマネタリーベース(通貨供給)を2倍にして2%のインフレを実現する」とぶち上げて1カ月がたった。当時はマーケットも「黒田バズーカ」に驚き、株価が大幅高になったが、1カ月経ってその効果はどうだろうか。
 4月26日に総務省が発表した消費者物価指数(生鮮食品を除く)いわゆるコアCPIは、前年同月比−0.5%で、先行指数と言われる東京都区部の4月中旬のコアCPIも−0.7%。安倍首相が「輪転機をぐるぐる回してお札を印刷する」と言い始めて半年経っても、デフレはいっこうに止まらない。
史上空前の大規模な「異次元緩和」
 ところが同じ26日に発表された日銀の展望リポートによると、消費税率の影響を除く物価上昇率は、2014年度(2015年3月まで)には1.4%、2015年度には1.9%になる見通しだという。
 これは審議委員の推定の「中央値」ということになっているが、これはここ数年のCPIのトレンドから、2%ポイント以上も飛び離れた値である。どういう理由でこのような急激な変化が起こるのかについては、展望リポートは次のように説明している。
 1.資産買入れにより、イールドカーブ全体の金利低下を促し、資産価格のプレミアムに働きかける効果がある。
 2.金融機関や機関投資家の投資行動が変化し、貸出やリスク性の資産にシフトすること(いわゆるポートフォリオ・リバランス)が考えられる。
 3.「物価安定の目標」の早期実現を明確に約束し、これを裏打ちする大規模な資産の買入れを継続することで、市場や経済主体の期待を抜本的に転換させる。
 いずれも白川総裁の行なった「包括緩和」のときにも想定されていた波及経路であり、新しい話はない。唯一の新しい材料は、政策目標を短期金利ではなくマネタリーベースに変更し、2年間で270兆円まで増やすという目標を掲げたことだ。
 これは現在の名目GDPの半分を超える量で、世界のどこの中央銀行もやったことのない「異次元緩和」だが、ゼロ金利ではマネタリーベースをいくら増やしても緩和効果はない。
不発に終わった黒田バズーカ
 では、第1の「イールドカーブ」(短期と長期の金利の差)を下げて金融緩和するという効果はどうだろうか。
10年物国債の金利(出所:Bloomberg)
拡大画像表示
 右の図のように黒田総裁が「異次元緩和」を宣言した4月4日に、10年物国債の金利は瞬間的に0.3%台まで急落したが、そのあと0.6%台に急上昇し、サーキット・ブレーカーが働いて、債券市場は大混乱になった。
 結果的には、その後も長期金利は0.6%前後で推移しており、白川総裁の時代より上がった。おかげで住宅ローン金利も引き上げられ、黒田総裁の狙った緩和効果どころか、引き締めになってしまった。
 第2のポートフォリオ・リバランス効果は、皮肉な形であらわれた。日銀が長期国債を買い占めたため、その主な買い手だった生命保険会社が締め出され、外債やETF(上場投資信託)やREIT(不動産投資信託)などに逃げたのだ。
 これは結果的には、日銀がETFやREITを買うのと同じことだが、日銀が直接買った方が効果は大きいだろう。270兆円もあれば、東証一部の株式の半分以上が買えるが、これはもちろん金融政策とは言えない。「異次元緩和」は財政政策の一種なのだ。
 第3の「期待を転換させる」という効果はどうだろうか。上の図の長期金利(名目金利)は実質金利+予想インフレ率だから、実質金利を一定とすると、予想インフレ率はほぼ同じ(わずかに上がった)と推定される。
 物価連動国債のブレークイーブン・インフレ率(予想インフレ率の代理変数として使われる)で見ても、消費税率の影響(2%前後)も下回っている。要するに本来の狙いだった物価への影響に関する限り、黒田バズーカは不発に終わったと言わざるをえない。
出口戦略なき異次元緩和が市場を混乱させる
 もちろん、まだ1カ月しかたっていないので、その成否を問うのは早すぎるが、黒田総裁は「戦力の逐次投入はしない」と宣言しているので、量的緩和に関する限りこれがすべてだろう。
 結局、起こったのは、日銀の買い占めで国債市場から締め出された機関投資家が株や不動産に走った資産インフレだけだ。これ自体は人々の気分を明るくして悪いことではないが、業績見通しが伴わなければバブルに終わってしまう。
 円安は輸出産業にとってはいいことだが、中小企業の多い国内産業には厳しい。円安の増益効果は1兆円以上と言われるが、エネルギー価格などの高騰によるコスト増は2兆円程度と予想され、経済全体にとってはマイナスの効果の方が大きいだろう。
 さらに問題なのは、金利が上がり始めたとき資産を売却して撤退する出口戦略だ。アメリカでは、株高を受けてFRB(連邦準備制度理事会)のバーナンキ議長に対して、量的緩和をやめろという圧力が議会から強まっている。
 日銀が100兆円を超える国債を保有できるのは、デフレによる異常な低金利のおかげだ。今の日本の長期金利は、1619年にイタリアのジェノヴァでつけられた1.125%を破る世界記録で、いつまでも続くとは考えられない。
 FRBの緩和中止などで長期金利が上がり始めると、日銀の保有する国債は値下がりし、数十兆円規模の評価損をこうむる。損失を避けるために日銀が国債を売ると、それが市場の売りをさらに招いて相場が崩壊するおそれがある。
 今はゼロ金利で金融市場が機能していないから、余った資金は銀行の日銀当座預金に「ブタ積み」になっているだけだが、金利が上がってこの資金が市場に出ると、名目GDPの半分以上のカネが市中にあふれ、数十%のインフレになるおそれもある。
 しかし黒田総裁は、国会で「出口戦略の議論は時期尚早だ」と答えた。出口を決めないで迷路に迷い込み、出てこられなくなったらどうするのだろうか。乱発されるバズーカ砲が市場を混乱させ、国民生活を破壊するリスクは小さくない。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37748


 

JBpress>海外>The Economist [The Economist]
欧州の信用収縮:マネーマシンを修理せよ 恐慌に陥りかねないイタリア、スペイン経済
2013年05月09日(Thu) The Economist
(英エコノミスト誌 2013年5月4日号)
イタリアとスペインの中小企業の苦悩は、ユーロの長い物語における次の予想外の展開となる恐れがある。
 ジョン・スチュワート・ミルは、お金は機械にすぎないと言った。それがなければもっと時間がかかる、物の交換のようなことを行うための道具だ。ミルトン・フリードマンはもう少し基準を引き上げた。「お金は非常に広範囲に行き渡っているため、故障すると、その他すべての機械の運転を混乱させる」と言った。
 欧州では状況はもっと悪い。マネーマシンがひどく壊れているために、イタリアとスペインの経済を恐慌に陥れてしまうかもしれないのだ。
経済の屋台骨である中小企業の苦悩
 問題の大きさを理解するために、まずは、ユーロ圏における中小企業の重要性について考えてみよう。米国では雇用の半分を中小企業が担っている。欧州では中小企業がはるかに大きな役割を果たしている。フランスでは中小企業が労働者の60%を雇用しており、スペインではその割合が67%、そしてイタリアでは80%に上っている。
 中小企業は公開市場で社債を発行したり、株式を売り出したりしないため、借り入れを銀行に頼っている。そして、中小企業は非常に重要な存在であることから、ユーロ圏の経済の健全性に関しては、欧州中央銀行(ECB)が設定した金利が企業が支払う金利にどれだけすんなりと送り込まれるかが重要な尺度になる。

 この尺度で見ると、単一通貨の最初の8年間は順調だった。ECBの金利が2%だったとすると、企業が支払う金利は4%だった。
 この2つの金利の差は小さく、安定していた。おかげで政策の決定は容易だった。ECBは、経済が過熱していると思えば、企業が支払う金利も同じだけ上昇するという確信を持って、金利を引き上げることができた。
 だが、そのシステムは壊れてしまった。ECBの政策金利と企業の借り入れコストとの間の安定したくさびは、国によって異なる不安定な金利差に取って代わられた。ドイツとフランスでは、状況はまだこうした良い時代のものに近い。ECBの金利は0.75%で推移し、企業が支払う借り入れ金利は約3.5%で推移した。
 しかし、イタリアとスペインでは、地元銀行の借り入れコストが高いこともあって、このくさびの大きさがほぼ3倍になっている。直近ではキプロスでの混乱を受けて生じたように、不安が高まると、銀行の資金調達コストが跳ね上がり、それが企業に転嫁される。
 このためスペインとイタリアでは、中小企業がお金を借りるのに6%を超える利息を支払わなくてはならない。ECBの金利が大幅に下がっているにもかかわらず、両国では信用が2005年当時よりも逼迫しているのだ。
 新しいアイデアを持つ企業にとって、投資は高くつくようになる。だが、既存の債務を返済するつもりの企業でさえ打撃を受ける。イタリアでは、企業の借入金が約8550億ユーロ(1兆3000億ドル)に上っている。6%を超える金利では、年間に500億ユーロを超える利子を払うことになる。
 イタリアの金利がフランスの金利と同じであれば、企業はローンの借り換えが可能になり、利払いは220億ユーロ減少するだろう。借り入れコストが低下すれば、利益が増え、それを投資や従業員の給料を増やすために使える。
 イタリアとスペインの経済はどちらも後退局面にある。公的部門が債務に喘いでいるため、財政政策の効果はよくても中立だ。政府がこの先何年も財政を均衡させようとするため、財政政策は成長の足かせとして働く可能性の方が大きい。
 こうした状況では、経済は金融面の大きな後押しを必要とする。ところが、イタリアとスペインでは金融面でも大きな足かせに見舞われている。2013年の最初の数カ月間は、信用供給が再び逼迫した。金利の上昇に直面して、イタリアの企業は過去1年間で借入金を10%返済した。
 スペインでは状況はもっと悪い。金利はイタリアよりもさらに高く、貸出金の総額が15%減少している。これらは恐慌を物語る統計だ。それも、ユーロ圏全体をはるかに深刻な危機に陥れるだけの大きさを持つ経済国におけるデータである。
 スペイン経済は、ギリシャとアイルランド、ポルトガル、キプロスを合わせた規模のほぼ2倍だ。イタリア経済はスペイン経済より65%大きい。
必要なことはすべてやる

ECBが今やらねばならないことは〔AFPBB News〕
 ECBは既に、中小企業の借り入れコスト引き下げに動くのに時間をかけ過ぎている(本誌=英エコノミスト=が印刷に回された5月2日、ECBは理事会でもう1度チャンスがあった)。
 マリオ・ドラギ総裁は、ユーロを救うために「必要なことは何でもする」と述べた。今必要なのは、企業向け融資に対する新たな支援策である。
 新たなプログラムは、3つのテストに合格しなければならない。まず支援策はターゲットを絞らねばならず、ユーロ圏の銀行が直面している高くて変動の激しい資金調達コストに直接狙いを定めなければならない。
 次に、支援策は中小企業向け融資に関係した条件付きであるべきだ。例えば、英国の中央銀行は、中小企業に新たな融資を1ポンド行うごとに、銀行に10ポンド(16ドル)の資金調達支援を提供している。
 そして、支援策は大規模でなければならない。イタリアとスペインでマネーマシンを再びきちんと機能させるだけの規模が必要だ。
 1つの選択肢は、ECBが小口の中小企業向け融資を担保として受け入れることによって、銀行がECBの既存の低利融資枠にアクセスしやすくすることだ。だが、これだけでは十分でないかもしれない。
 もっと大胆な手立ては、銀行とノンバンクの両方から直接、中小企業向け融資を買い取ることだろう。そしてその買い取りを、信用供給が最も逼迫しているように見えるところに焦点を当てて行うことだ。
経済大国の恐慌よりはまし
 ECBは、特定の国が他国より有利になる政策には慎重だ。そして、この方法で資産を買い取ったり交換したりすることは、リスクを引き受けることを意味し、そうした仕組みを支える、ドイツの納税者を含むすべての納税者からの間接的な移転を作り出すことになる。
 こうした対策は打ち切るのも難しい。だが、それに代わるもの、つまり回避可能なイタリアとスペインの恐慌の方がはるかに始末が悪い。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37730

 


ドイツモデルは輸出できない
2013年05月09日(Thu) Financial Times
(2013年5月8日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

 ドイツは自国のイメージに合わせて欧州経済を作り変えている。欧州最大の経済大国、支配的な債権国としての立場を利用し、ユーロ圏諸国を自国の小さなレプリカに変え、ユーロ圏全体を大きなレプリカに変えようとしている。この戦略は失敗する。

 「ベルリンコンセンサス」は安定志向の政策を支持している。金融政策は中期的な物価の安定を目指すべきであり、財政政策は均衡予算と低い公的債務水準を目指すべきである。ケインズ的なマクロ経済安定化政策を思わせるものは一切容認してはならない――。これは破滅への道だ。

2000年代にドイツが歩んだ調整への道


ドイツは自国のイメージに合わせ、欧州経済を作り変えようとしているが・・・〔AFPBB News〕

 このアプローチをうまく機能させるために、ドイツは対外収支の変化を利用して経済を安定させた。内需が弱い時には対外黒字を拡大させ、強い時には反対にするわけだ。

 ドイツ経済は、小規模で開かれた経済国に特徴的なメカニズムに依存するには大きすぎるように見えるが、輸出志向の卓越した製造業と実質賃金を抑える力を頼りにそれをやってのけた。

 この組み合わせのおかげで、ドイツは2000年代に、1990年代の統一後の好況期に失われた経常黒字を蘇らせることができた。そして経常黒字が助けになり、弱い内需にもかかわらず、緩やかな成長がもたらされた。

 安定化に向けたこのアプローチがうまく機能するためには、輸出志向の経済大国は活気のある外部市場も必要とする。2000年代の金融バブルは、これを生み出す一助となった。2000年から2007年にかけて、ドイツの経常収支は国内総生産(GDP)比1.7%の赤字から同7.5%の黒字に転換した。

 一方、ドイツの経常黒字に対応する赤字が他のユーロ圏諸国で生じた。2007年には、ギリシャの経常赤字がGDP比15%に達し、ポルトガルとスペインでは10%、アイルランドでは5%に上った。

金融危機を機に財政赤字が急増

 これらの国が出していた巨額の対外赤字に対応する各国の内需は、主に借り入れを原動力とした個人消費だった。そこへ世界金融危機が勃発した。資本流入が止まり、個人消費が激減すると、巨額の財政赤字が生まれた。ハーバード大学のカーメン・ラインハート、ケネス・ロゴフ両氏は、これが予測可能だったことを立証した。

 2007年から2009年にかけて、各国の財政収支は大きく変化し、スペインではGDP比1.9%の黒字から11.2%の赤字へ、アイルランドではGDP比0.1%の黒字から13.9%の赤字へ転換。ポルトガルではGDP比3.2%の赤字が10.2%の赤字へ、ギリシャでは6.8%の赤字が15.6%の赤字へと拡大した。

 これは財政危機だという間違ったコンセンサスがすぐに生まれた。特にベルリンでは、その傾向が著しかった。

 だが、ギリシャの場合を除くと、この見方は症状と原因を混同していた。それなのに、危機に見舞われた国々は債券市場へのアクセスを断たれたか、それに近い窮状に陥り、国内の深刻な景気後退にもかかわらず、財政を引き締めなければならなかった。

財政引き締めが招いた深刻な不況

 各国は実際、財政を大きく引き締めた。国際通貨基金(IMF)によると、2009年から2012年にかけて、ギリシャの構造的な財政赤字は潜在GDP比で15.4%変動した。ポルトガルでは5.1%、アイルランドでは4.4%、スペインでは3.8%、そしてイタリアでは2.8%シフトしたという。

 金融危機と財政引き締めというこの組み合わせは、深刻な不況を招いた。2008年第1四半期から2012年第4四半期にかけて、ポルトガルではGDPが8.2%減少、イタリアでは8.1%、スペインでは6.5%、アイルランドでは6.2%減少した。ここまでは悲惨な話だ。

 残念なことに、ユーロ圏の比較的健全な国々も安定という信念を厳格に守った。このため、これらの国も財政を引き締めた。IMFの予想では、ユーロ圏の景気循環調整後の財政赤字は2009年から2013年にかけて潜在GDP比で3.2%縮小し、GDP比たった1.1%になる見込みだ。

 欧州中央銀行(ECB)も引き続き、需要の喚起にほとんど関心を示していない。当然ながら、ユーロ圏経済は動きが止まっており、2012年第4四半期のGDPは2010年第3四半期と同水準となっている。

 一方、消費者物価の上昇率はECBのインフレ目標である2%を下回っている。先週行われた政策金利の0.25%引き下げは、ほとんど違いを生まない。大きな負のショックは、低いインフレ率をデフレに変えてしまう恐れがある。そうなると、危機国にかかる重圧が増す。

 たとえデフレを避けられたとしても、現在のマクロ経済的な背景では、ユーロ圏の需要と域内の不均衡是正を通じ、各国が成長して難局から抜け出すという望みは幻想だ。

ユーロ圏が対外的な調整を進めると・・・

 となると、残るは対外的な調整だ。IMFによると、フランスは今年経常赤字を出すユーロ圏唯一の大国になる。2018年には、フィンランドを除き、現在のユーロ導入国すべてが資本の純輸出国になるという。

 ユーロ圏全体では、GDP比2.5%の経常黒字になると予想されている。外需を通じたバランス調整へのこのような依存は、まさにゲルマン的なユーロ圏に期待されることだろう。

 この愚かな考えがどれほどひどいか理解したければ、マクロ経済の不均衡に関する欧州委員会の研究を検証しなければならない。その主要点は多くを物語る。この研究は、GDP比4%の経常赤字を不均衡のサインと見なしている。ところが、経常黒字については、基準が6%だ。GDP比6%という数字がドイツの経常黒字であるのは偶然だろうか? 

 何にも増して、この研究は不均衡に対する寄与度を評価するうえで、国の規模を考慮していない。こうしてドイツの役割が排除されることになる。しかし、金利がゼロに近い時には、ドイツの黒字の貯蓄は多大な問題を生む。この点が省略されているために、「不均衡」に関するこの分析はほとんど擁護不能だ。

 ドイツが2000年代に取った調整への道を真似るようユーロ圏に強いる試みが持つ意味は大きい。ユーロ圏にとっては、特に危機に襲われた国々で景気低迷が長引く可能性が極めて高いことを意味する。さらに、もしこの取り組みが奏功し始めたら、ユーロは恐らく上昇し、デフレのリスクが高まることになる。

 そして特に世界経済にとっては、ユーロ圏の黒字転換は景気縮小を招くショックだ。ユーロ圏の黒字を相殺する力と意志を持つ国があるだろうか?

欧州は大きなドイツになれない

 ユーロ圏は小さくて開かれた経済ではなく、世界第2位の経済圏だ。経常収支の大転換を経済調整と成長のための実行可能な危機後の戦略にするには、ユーロ圏は規模が大きすぎるし、弱い加盟国の対外競争力が低すぎる。

 ユーロ圏は、ドイツが好景気の2000年代にやったように、この戦略に基づいて確かな回復を築くことはできない。この事実が理解されれば、アプローチの変更を求める域内の政治的圧力は間違いなく抗し難くなるだろう。

 欧州は大きなドイツにならない。なれると考えるのは馬鹿げている。ユーロ圏はよりバランスの取れた方法で問題を解決するか、バラバラになるか、どちらかだ。結末はどちらになるだろうか? これが依然、答えの出ていない大問題だ。

By Martin Wolf
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37742


 
• 2013年 5月 08日 17:50 JST
ドイツに群がる求職者たち─南欧からの移民が急増
By JAMES ANGELOS
3月にドイツ・プフリンゲンにある新居近くでギリシャの独立記念日を祝うカロウスタスさん一家
 【プフリンゲン(ドイツ)】クリストス・カロウスタスさん(46)と妻のバーバラさん(43)は、ギリシャ北部の自分たちの住む村を離れることになるとは思ってもいなかった。ましてや国を離れることなど想像もしていなかった。
 しかし、ギリシャ経済の崩壊でクリストスさんが会計士としての職を失い、10代の3人の子供たちの養育費がままならなくなった時、一家は仕事のあるところに行く決心をした。それはドイツだった。
 クリストスさんはシュトゥットガルトの南約40キロに位置するプフリンゲンの質素な新居のアパートで「新たな生活を目指してここに来た」と話した。
 欧州債務危機の解決策として、痛みを伴う財政緊縮策を強要するドイツに対してはしばしば敵意が向けられているが、リセッションに苦しむ自国を離れる数万人の人々にとって、ドイツは新たな機会を与えてくれる土地となっている。
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The debt crisis in the southern euro-zone has driven immigration into Germany to a 17-year high. The influx of young professionals from Greece, Spain, Portugal and even Italy is seen as a benefit to the German economy. Photo: AP
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 ドイツの統計庁が7日公表した統計では、移民数は昨年、17年ぶりの高水準に達したことが示された。欧州危機に見舞われた諸国からの移民の増加が「特に明白」だった。
 仕事を求めて人々が州から州に容易に移り住む米国と異なり、欧州では言語や文化の違いを一因に、出身地の近くにとどまることを好む傾向が伝統的に強い。しかし、欧州大陸全体の労働市場が著しい違いのために変化が起きている。
 欧州連合(EU)の統計によると、ユーロ圏の失業率は12%を上回っている─中でもギリシャとスペインの場合は27%付近─が、ドイツの場合は3月の失業率は5.4%だった。
 2011年にはEU加盟国出身の移民の一番の行き先は英国からドイツに変わった。ドイツの暫定統計によると、昨年は同国への移民数は 過去最大の69万0937人となった。ギリシャとポルトガル、スペイン、イタリア、アイルランドからの移民数は13万4151人だった。これはユーロ危機が始まる前の水準の2倍以上に相当する。
 移民全体の数は108万人に達し、2011年と比べると13%増加。そして1995年以降では最高水準に達した。EU圏以外では、米国とトルコ、セルビア、中国、ロシアからの移民が最も多かった。
 それまでの数年間は近隣国ポーランドからの移民が最も多く、18万4325人だった。2番目はルーマニアからの移民で11万6964人、そして、ブルガリアからの移民が5万8862人とこれに続いた。
 しかし、現在は南欧からの移民の割合が最も上昇している。特にギリシャからの移民数は大幅に増加し、昨年は3万5811人となった。これは2007年水準の4倍以上に相当する。
 こうした移民たちは1960年代の前の世代と同じ軌跡をたどっている。当時は地中海沿岸地方からのいわゆる外国人労働者が、西ドイツの拡大する戦後経済の促進のために招かれた。
 そうした一昔前の移民のなかにはバーバラさんの両親も含まれた。バーバラさんはフランクフルトで生まれ育った。フランクフルトで彼女の父親は屋根職人などとして働き、母親は清掃作業員として働いていた。バーバラさんが18歳で、両親が退職の年齢に達したときに一家はギリシャに引っ越した。
 バーバラさんはドイツに戻る日が来るとは思ってもみなかったと話した。さらに「ギリシャの状況がこれほどまでに混乱するとは予想していなかった」と付け加えた。
 夫のクリストスさんは2010年後半に家電の輸入業者としての職を失った後、自分たちが住む村の近くの複数の都市で仕事を一生懸命に探した。100以上の履歴書を提出したが、インタビューまでこぎつけたのは2件だけで、そのどちらも就職には結びつかなかった。
http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887323605404578470352137707838.html?mod=wsj_nview_latest

 


JBpress>海外>中国 [中国]
上海で実感、ゆっくり沈んでいく中国経済
観光客も外資も寄り付かなくなった?
2013年05月09日(Thu) 姫田 小夏
 中国の2013年1〜3月期の国内総生産(GDP)は、前年同期比7.7%増(物価変動の影響を除いた実質)で、前期の7.9%増から減速した。上海でも景気はよくない。誰に聞いても「不好(よくない)」と言う。

 筆者は4月中旬、上海市北部の閔行区に住む友人李さん(仮名)宅を訪ねた。私の顔を見るなり「もう食べられる物がない」と不満をぶちまけた。

 鳥インフルエンザが蔓延する上海では、市民の台所から鶏肉が消えた。元凶と見なされる「生きた鶏」は殺処分された。


家禽売り場が雀荘に
 「ほら、この店も倒産しちゃった」

 彼女と歩いた航北路では、「生きた鶏」の専売店が、設備・備品はそのままの状態で夜逃げ同然で閉店していた。鶏の処分を命令された家禽の生産業者と販売業者は、政府からたった一度、500元の手当を受け取っただけだと聞く。今、どこでどんな生活をしているのか。

 豚肉はどうかと言えば、黄浦江に漂流した1万頭超の「死豚」の一件で、消費者からすっかり敬遠されている。3月上旬、豚の死骸が大量に川に投げ込まれたのは、「死んだ豚を再流通させていた仲介業者が捕まり、養豚農家からの引き取り手がいなくなってしまったからだ」と李さんは言う。最近の報道ではこれが最も有力な説となっている。死んだ豚も立派な商品だったのだ。

 牛肉はどうなの? と聞くと「これも勘弁だ」と言う。「数日前に買ってきた牛肉を焼いたら、10分の1ほどの大きさに縮んでしまった」というのだ。「全部水分だった」と李さんは呆れる。

 「タマゴも誰も買わなくなった」と言う。近所のカルフールでは、毎日、安売りのタマゴに早朝から老人が列を作っていたものだが、今では誰も買わない。人気だった安売りタマゴは夕方になっても山積みのまま残っている。

 鶏肉も豚肉も牛肉も、そしてタマゴもダメ。残るは魚と野菜だが、「重金属たっぷりの近海の魚」は、やはり敬遠される。一方で、野菜は急速に値上がりしている。ブロッコリーはこれまで500グラム3元(約48円)だったが、今は6元(約96円)に高騰している。「100元札は10元札程度の価値しかなくなった」と愚痴っていた彼女にとって、これはさらなる打撃だ。

 最近は飲用水の老舗ブランド「農夫山泉」が敬遠されている。なんでも取水場がゴミ処理上付近にあるかららしい。ここ上海では、もはや安心して口に入れられる食品はないと言ってよい。

金融機関からひっきりなしにかかってくる営業電話

 もともと、中国流の商売は著しく商業道徳を欠くと言われていたが、景気の悪化でさらに悪徳商売が横行することになるだろうと思うと、気が重い。

 いま、上海の街を歩くとあちこちで目を引くのが、「清倉」の2文字の張り紙や看板だ。「あそこも、ほらあそこも」と李さんは言う。洋品店や靴やバッグなどの専門店にも張られている。そう、清倉とは「閉店セール」の意味である。どこも景気が悪いのだ。

 上海では住民1人当たりのGDPは1万ドルを超え、市場としては今後ますます中間層の成長が期待されている。だが、街中では「明るい未来」を肌で感じることができない。

 「世の中みんな、損した人ばかりだ」と李さんは言う。彼女も株で大損した。彼女の友人も財テク投資に失敗し、100万円の大穴を開けたという。

 そこにこんな追い打ちが入る。大損して意気消沈している消費者に、金融機関から悪質な営業コールがかかってくるのだ。

 「失ったお金を3年で取り戻しませんか?」

 実は筆者のところにも、1日に何本も同様の電話が入る。「ハーイ、ヒメダ小姐、ワタシ、マイクデス」といった英国系金融機関からの怪しげな電話もあれば、中国の花旗銀行(シティバンク)からの次のようなお誘いもある。

 「保本保息(元本、利子保証)で5%以上の利子を毎月確保します。リスクなしの安定した商品ですよ」

 日本人からすると恐ろしく魅力的な高金利だ。興味本位で担当者に会ってみたところ、契約書面には2.5%と書かれており、どこにも5%の表記はない。「銀監会(中国銀行業監督管理委員会)から指導が入るため、書けないんです」と営業担当。「シティバンク」と言えば世界的に名を知られる銀行だが(各国で経営は別)、そんな金融機関でも「契約書に書けない内容」があるらしい。

 財テク経験の長い鄭さん(仮名)は「いまどきの中国の金融商品はどれも信用できない。下手に手を出さない方がいい」と強調する。中国では信託法もろくに整備されておらず、トラブルが続出している。信用に足る金融商品は定期預金ぐらいしかないようだ。

「発票(領収書)族」が作り出していた一大消費市場

 個人消費者の懐の寒さは、当然内需動向に反映される。中国の2013年1〜3月期の内需は、3月の個人消費が前年同月比12.6%増にとどまった。昨年後半は15%増程度だった。

 鈍化の理由の1つが「公費支出の取り締まり」だろう。腐敗撲滅に「本腰を入れろ!」と国民に突き上げられた政府が、とりあえず着手したのがこれだった。

 内需の鈍化が、もしこの取り締まり強化によるものであるならば、この国の消費の多くは「発票(領収書)族」によるものであったことが浮き彫りになる。中央でも地方でも、官僚たちは連日のように接待を受け、贈収賄を繰り返してきた。2012年6月、財務部が明らかにした公費による外遊、クルマの購入、飲食の接待の合計は93億元を超えるという。中国の「一大消費市場」の正体はこれだったのか?

 そもそも一般市民は地元での「買い物」に消極的だ。うっかり購入すれば、それは粗悪品かニセモノか、あるいは桁違いの高級品だからだ。

 筆者も上海では基本的に何も買わないようにしている。買うと、必ずと言っていいほど「面倒なことが起こる」からだ。電子機器の充電のために買ったUSBコネクタは不良品ばかり掴まされ、3度も交換した。電子辞書に使う単三電池は2週間で切れた。ピアスを買ったら、右と左で全く異なるデザインのものが対になって箱に入れられていた。そのたびに取り替えに行き、交渉をする。本当に「神経がすり減る」のだ。

 サービスにもまったく期待しなくなった。店員の質がここ数年で格段に落ちたからだ。外資系企業が集まる場所にあるそれなりに高級なレストランでさえ、食事はたちまち不愉快になる。

 つい先日も、人数分の皿とフォークを揃えるのに15分も待たされた。「あんた、人数も数えられないの?」と、友人の徐さん(仮名)は若いウエイターに向かって声を荒げた。サービスのなんたるかを知らない80后・90后(80年代、90年代生まれの若者)との疲れるやり取りを想像すると、レストランに行くのもためらいがちになってしまう。

ニセモノ市場から姿を消した日本人観光客

 こんなこともあった。

 筆者は最近、ビザ更新のためにビザセンターを訪れた。大病院の待合所なみの混雑を覚悟し、「想定処理時間2時間」を心に準備した。ところが、予想に反して外国人専用フロアはガランとしており、ほぼ「待ち時間なし」で更新が済んだ。これは一体どういうことなのか? かつてこのフロアは、各国から集まるビザ申請の外国人であれほど賑わっていたのに。

 上海人の孫さん(仮名)はこう言う。「人件費や物価がこれだけ上がってしまっては、外資にとって上海の魅力はもうないということだ」。なるほど、2008〜2012年の対中投資国・地域別トップ5を見ると、日本を除く4つの国・地域は横ばいか下落傾向を示していることが分かる。


中国商務部の公表データより筆者作成
 地下鉄2号線の「科技館駅」は、このビザセンターの最寄り駅だが、そこに巨大ニセモノ市場が広がっている。ここは上海の屈指の観光スポットでもあったが、すっかり往時の勢いを失っていた。外国人観光客の影がほとんど見えず、閑古鳥が鳴いている。商売人たちもおとなしくなり、今は買い手の言い値がまかり通る。


日本人観光客の姿が減ったニセモノ市場
 この巨大ニセモノ市場に大挙して押し寄せ、ニセブランド商品を嬉々として買い求めていた多くが、日本人観光客でもあった。中国を訪れる日本人観光客の数は、反日デモ以来落ち込んだままだ。同時にニセモノ市場の商売人たちも「商売あがったり」となってしまった。

 数年前まで上海は間違いなく「成功者の舞台」だったが、すっかり色褪せてしまったようだ。日本人も足を遠ざけるようになり、今や経済の「負の連鎖」が顕在化しつつある。


中国国家旅行局の公表データより筆者作成
 ある日系大手メーカーの幹部は「2000年代のような市場の成長が最近は望めなくなった」とコメントする。「それが、反日デモの後遺症という一時的な要素なのか、それともこれが中国市場の限界なのか、判断はとても難しい」(同)

 すべてが悪循環にはまった上海経済。生活に困窮した商売人が、さらに生活に困窮した消費者を狙う──、そんなすさんだ社会になっていくようで、正直、恐ろしさを感じる。

 

JBpress>海外>The Economist [The Economist]
中国不動産市場:イタチごっこ
2013年05月09日(Thu) The Economist
(英エコノミスト誌 2013年5月4日号)

住宅価格の上昇が中国の指導者に政治的問題を与え続けている。

 中国の庶民を相手に自分の「チャイニーズドリーム」は何かと尋ねたら、マイホームを持つという回答が上位に来るだろう。しかし長年にわたり不動産が値上がりし続けたせいで、その夢は多くの市民の手に届かないものとなった。


 景気減速により、多少熱が冷めたように見えた。ところが今、住宅用不動産市場が再び高騰している(図参照)。

 5月2日に発表されたデベロッパーと不動産会社を対象とした最新調査では、4月の平均住宅価格が前年同月比で5%値上がりしていた。

 長期的に見れば、不動産価格の上昇は正当化できるように思える。

 中国は人類史上最大の都市化の波を経験しており、新たに誕生するすべての都市住民のために住宅を建設する必要がある。既存の住宅はお粗末なため、買い手は余裕ができるや否やモダンな住宅にレベルアップする。

 地方政府はデベロッパーへの土地売却から多額の利益を得ており、投資家は不動産以外に資金を預けておく先がほとんどない。こうした事情は皆、不動産価格の上昇圧力が消えないことを示唆している。

ファンダメンタルズから乖離する市場

 だが、コンサルティング会社IHSのアリステア・ソーントン氏いわく、たとえこうした長期的な前提と認めたとしても、市場は現在、ますますファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)から乖離しつつあるように見えるという。というのも、投資先を探している投機筋が、住まいを求めている住宅購入者を圧倒しているからだ。

 大勢の見込み客が手頃な住宅を必死に探しているにもかかわらず、空室のままのマンションがたくさんある。調査会社キャピタル・エコノミクスは、住宅用不動産への投資は2012年の中国の国内総生産(GDP)の8.8%を占めたと試算している。


人類史上最大の都市化が進む中国だが、デベロッパーさえもが不動産価格の高騰に警鐘を鳴らしている〔AFPBB News〕

 思いも寄らぬ場所で警鐘が鳴らされている。

 中国最大のデベロッパー、万科のカリスマ経営者である王石氏は、不動産価格がさらに上昇すれば大半の人より得るものが大きいように見えるが、同氏もまた迫り来る「惨事」について警告している。

 王氏は米国のテレビ番組「60ミニッツ」で、このバブルが弾けて不動産価格が急落すれば、最近のアラブの民衆蜂起と同規模の大衆抗議運動が起きるかもしれないと断言した。

 中国の新指導部は、そのような懸念に痛く共鳴しており、危機を回避しようと躍起になっている。

対策に動く中央政府だが・・・

 国を支配する国務院と中国中央銀行はここ数週間で、市場を冷まし、投機を規制することを目的とした対策を数々打ち出した。2軒目の住宅を購入する者に対し、頭金の割合とローン金利を引き上げたほか、地方政府には、2軒目の住宅売却に20%のキャピタルゲイン税を課すことを改めて通達した。

 しかし、中央政府の通達の多くが無視されている。例えば、不動産の転売にかかるキャピタルゲイン税は、これまでごく稀にしか課税されていない。不動産大手の華遠の任志強董事長は先日、国の政策を非難した。任氏いわく、中央政府が地方政府に送っているメッセージは次のように表現できるという。

 「我々は不動産が値上がりし続けることがないよう願っている。君たちが問題を解決せよ。そうしなければ、我々が君たちを罰する」

 大方の地方官僚は、そうした抑制策を厳然と実施する気はない。それどころか、不動産ブームを後押しした方が、大いに必要な税収の流れを保つことができ、自身の昇進のチャンスがかかっている地域経済の成長率を膨らませられるのだ。

 このインセンティブの狂いが、「地方政府と中央政府が常にイタチごっこをしている」理由を説明するとソーントン氏は述べている。

 この混乱を収拾することは難しいが、不可能ではない。まずは住宅の市場価値を基準とし、年に1度課せられる固定資産税を導入することから始めるといいだろう。

 固定資産税の導入により、投機を減らすことができ、住宅所有者に空き部屋を保有する気を失わせ、資金繰りに苦しむ地方政府に新たな資金源を提供することができる。そうすれば、共産党上層部へ出世する道筋が管轄区を(そして場合によっては自分自身も)豊かにする能力と結び付けられている地方官僚を安心させられるはずだ。

 共産党が固持する歪んだインセンティブと投機的売買を抑制する政策の欠如は、多くの場合、マイホームの入手を願う夢を打ち砕く結果となっている。この問題の解決は恐らく、中央政府が地方官僚にも夢があるということを理解するところから始まるのだろう。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37731 

http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37747
JBpress>海外>ロシア [ロシア]
ロシア、プーチン大統領のエネルギー政策
安倍首相訪問、ロシア発展のベクトルは東方に向かう
2013年05月09日(Thu) 杉浦 敏広
 安倍晋三総理が4月末訪露しました。まず、直近のロシア・エネルギー事情を整理しておきたく思います。

 ロシアでは現在、ウラジーミル・プーチン大統領と大統領側近によるエネルギー業界の地殻変動が深く静かに進行中です。一方、大統領府と内閣府との確執も徐々に表面化してきましたので、近々、ロシアでは内閣改造があるかもしれません。

プーチン大統領のエネルギー政策/地殻変動が進行中


ロシアのウラジーミル・プーチン大統領〔AFPBB News〕

 本稿では今、ロシアのエネルギー業界で何が起こっているのか一つひとつの事実を検証しながら、ロシアのエネルギー産業は今後どう変貌するのか、予測していきたいと思います。

 筆者の前号にて、プーチン大統領が昨年12月の大統領年次教書にて、「21世紀には、ロシア発展のベクトルは東方に向かう」と演説し、東シベリア・極東開発公社設立構想を温めていること。

 および、プーチン大統領は今年2月13日、モスクワ郊外の大統領別荘にて『ロシア燃料・エネルギー分野発展戦略・環境保護大統領諮問委員会』(通称、『エネルギー大統領委員会』)の定例会を主催。その席上、政府に対し、LNG(液化天然ガス)輸出に関する段階的自由化の検討を指示したこと等をご報告しました。

 従来、ロシアでは国策ガス会社たるガスプロムに天然ガス輸出の独占権が付与されていました。ゆえに、LNG輸出の自由化検討はガスプロムによる天然ガス輸出独占の一角が崩れ、ロシアの他社がLNG市場に進出可能となることを意味します。

 では、ロシアの他社とは、具体的にどのような会社を指すのでしょうか?

 それは、プーチン大統領最側近の1人、イーゴリ・セーチン氏が社長を務める国営石油会社ロスネフチと、同じく最側近の1人、ゲンナージー・チムチェンコ氏が共同オーナーを務める、独立系ガス会社としてはロシア最大手のノバテック社です。

 ロシアのガス産業においては、ガスプロムの凋落とロシア第2の天然ガス会社ノバテックの躍進、および石油産業では、ロシア国営石油会社ロスネフチがガス産業に進出しようとしているのです

ロシア極東LNG構想/競争激化

 日本を中心をとするアジア市場を視野に入れたロシアの極東LNG工場新設プロジェクトは現在、下記3構想が競合しています。

(1)極東LNG構想 (ロスネフチ構想/今年2月13日発表)
(1')サハリンLNG構想 (ロスネフチ構想/今年4月11日発表)
(2)ヤマールLNG構想 (ノバテック構想/北極圏ヤマール半島)
(3)ウラジオストク(浦塩)LNG構想(ガスプロム構想)

 上記のうち、(1)と(1’)は実質同じ構想です。要は、LNG工場建設場所をロシア極東大陸側(デ・カストリ)にするか、サハリン島にするかの違いです。

 ロスネフチと米エクソン・モービルは2月13日、極東にLNG工場を建設する構想を発表しました。その後、ロスネフチのセーチン社長は4月11日、サハリン州の州都ユージノ・サハリンスク(旧豊原)を訪問。

 ホロシャビン州知事とサハリン島にLNG工場を建設することで基本合意に達し、極東のウラン・ウデに滞在中のプーチン大統領とTV会談にてこの旨を報告しました。セーチン社長まさに東奔西走、随分とスピード感のある進展具合ですね。

 珍事は、その時起こりました。プーチン大統領はテレビ会談の席上、セーチン社長に対し、次のように発言したのです。

 「貴社は実質、サハリン島のみならず極東全域において独占態勢にある。この状況を乱用しないようお願いしたい。連邦法の反独占禁止条項を遵守して、反独占禁止庁の指導の下、活動してほしい」


安部晋三首相と会談したプーチン大統領〔AFPBB News〕

 ところが、翌12日付けのコメルサント紙は、プーチン大統領がセーチン社長を厳しく叱責したと報じました。しかし、公開された大統領府議事録全文には、そのような記載はありません。

 一体、何が起こったのでしょうか?

 セーチン氏はプーチン大統領の最側近の1人ゆえ、プーチン大統領がセーチンを本気で叱責することはないと思います。もし本気で叱責すれば、それが公表されるはずありません。プーチン大統領の真意を忖度すれば、「やりすぎるなよ」という程度の親心だったのではないでしょうか。

 その証拠に直後の4月17日、ガスプロムのミーレル社長が訪日して、経産相やエネ庁長官と会談して浦塩LNGを協議したまさにその日、日本の商社幹部がモスクワでセーチン社長と会談して、デ・カストリLNG工場建設構想協力で合意、協力覚書を調印しました。

 もしプーチン大統領がセーチン社長を本気で叱責し、ロスネフチの極東LNG構想を批判したとすれば、セーチン社長はこのような行動を取れなかったはずです。

 さらに、プーチン最側近の1人、チムチェンコ氏率いるノバテック社も北極圏ヤマール半島におけるヤマールLNG構想を推進中です。ノバテック社には2人の共同オーナーがいます。

 1人が上記のチムチェンコ氏、もう1人が同社のミヘルソン社長です。2人ともフォーブス誌2013年度版ロシア長者番付トップテンに入っています。このヤマールLNGの販売に奔走しているのがノーバク・エネルギー相です。

 上記2月13日のエネルギー大統領会議を受け、LNG構想を推進中のノバテック社ミヘルソン社長とノーバク・エネルギー相は3月13日、日帰り日程で訪日しました。表面上、ノーバク大臣にミヘルソン社長が同行した形になっていますが、実態は社長に大臣が同行したのです。

 ノバテックはこれから具体的な事業化検討に入り、今年中に最終投資決定の予定です。天然ガス供給源はヤマール半島の南タンベイ鉱区、LNG販売先は半分欧州、半分アジア市場を目指します。

 上記のようなロスネフチやノバテックの動きに慌てたのが、ガスプロムです。同社はロシア国内でも、欧州ガス市場でも地盤沈下しています。ミーレル社長は2月21日、浦塩LNG工場建設決定を急遽発表しました。

 LNG工場は極東のペレボズナヤ湾ロマノソフ半島に建設予定にて、年産500万トンのLNG生産トレーンを3基建設します。2018年には最初の生産トレーンが完工予定にて、天然ガス供給源は当初サハリン島沖のサハリン−3鉱区を想定。

 将来は、極東のヤクーチャ(チャヤンダ・ガス田)や東シベリア・イルクーツク州(コビィクタ・ガス田)などを想定しています。

 一方、ガスプロムは、天然ガスP/Lによる東シベリア・極東から対中向け天然ガス輸出も検討しています。

 東シベリア・極東の天然ガスを供給源とする東ルートP/Lによる天然ガス供給に関しては、ロシアのドボルコビッチ副首相と中国王岐山副首相による今年2月25日の会談にて基本合意に達し、ガスプロムは2月27日、東ルートP/Lによる年間380億立方メートルの対中向け天然ガス供給を前向き検討することで、中国CNPC側と基本合意に達しました。

 この点で注目されたのが、中国習近平新国家主席のロシア訪問です。同主席は国家主席就任後、初の外遊先として3月22日に訪露、プーチン大統領と会談しました。

 訪露した習国家主席はマスコミのインタビューに対し、「中露は最も重要な戦略的パートナー」と述べ、両国間の関係強化を重視する姿勢を強調しました。首脳会談にてはロシアから中国向け東ルートによる天然ガス価格が合意に達するかどうか注目されましたが、両首脳は価格合意に至らず、年内合意を目指して継続協議となりました。

 上記のごとく、ロシアでは現在、アジア市場を視野に入れて、極東LNG・浦塩LNG・ヤマールLNGの3新規LNG建設構想が三つ巴の戦いを展開中です。さらに、既存サハリン-2プロジェクトにおける新規第3トレーン建設構想(ガスプロム構想)も存在します。

 しかし、アジア市場のガス需要を勘案すれば、各種LNG構想が平和共存することは有り得ませんので、今後、競争はさらに激化すること必至です。

なぜ、ロシア発展のベクトルは東方に向かうのか?

 ここで、冒頭のテーゼに戻りたいと思います。ロシアではなぜ「ロシア発展のベクトルは東方に向かう」のでしょうか? 

 繰り返しますが、西シベリアでは、ソ連邦時代に探鉱・開発された原油・天然ガス鉱区の生産量が減少しています。西シベリアを生産拠点とする石油会社やガスプロムは生産量が減少、且つガスプロムは欧州ガス市場にてシェア低下傾向にあります。

 ここに東シベリア・極東開発の必要性と、新規市場としての日本を含む環アジア太平洋諸国市場の重要性が増しているのです。

 もう1つの要素は中国です。ロシア側は中国のロシア極東進出を警戒しています。プーチン大統領は大統領就任直後に発表した文書(2012年5月7日付け『外交方針に関する大統領令』)にて、「中国・インド・ベトナムが露の戦略的パートナーである」と指摘しました。

 ここでの注目点は、中国とベトナムを並立して挙げた点です。両国は南シナ海の領有権を巡り対立していますが、その両対立国をロシアにとり戦略的パートナーとして大統領令に記載したことは、中国に対する牽制の意味合いが含まれていると考えて間違いないでしょう。

 一見、蜜月関係を標榜する露・中両国ですが、プーチン大統領の東シベリア・極東開発構想の真意・背景は「隣国警戒感」にほかならないと言えましょう。

安倍首相訪露/成果と課題

 安倍総理は4月28日、日本の首相としては10年ぶりにロシを公式訪問しました。翌29日にはプーチン大統領と約2時間にわたり会談しましたが、会談内容は日系各紙にて大きく報道されていますのでここでは各論には触れず、要旨のみご報告致します。

 成果としては、下記3つとなりましょうか。

(1)「日露パートナーシップの発展に関する共同声明」採択。
(2)外務・防衛閣僚による「2+2」会合設置合意。
(3)平和条約交渉を加速化することで日露双方合意。

 (1)の枠組みの中では、「文化センター」を設置することや、「日露投資プラットフォーム」を設立することで合意しました。

 (2)の枠組みでは、国際テロや国際犯罪に関する両国間関係組織の協力関係拡大で合意。

 (3)では、日露両首脳が各々の外務省に対し、交渉加速化を指示することで合意しました。

 北方領土問題に関しては、プーチン大統領がノルウェーと中国の例を引き合いに出し、両国とは面積折半で領土・領海を画定したことを説明。これを受け、日本に対しても面積折半論を提示したかのごとき報道が一部散見されましたが、日本に対して面積折半論を出したわけではありません。否、面積折半論は、一部日本側識者からの対露提案です。

 経済実務面では、農業分野における北海道銀行とアムール州行政府間の協力関係覚書調印や、極東ナホトカにおける石油化学コンビナート発展に関する協力関係などが謳われました。

 しかし今回、原子力協力関係は日露間の協議議題に入っていませんでした。安倍首相は訪露後、サウジアラビア、UAE(アラブ首長国連邦)、トルコを訪問していますが、原子力協力関係が大きな話題になりましたので、日露間の原子力協力関係は後退した印象を与えます。

 天然ガス関係では、ロシア極東におけるLNG協力関係は特段言及されませんでしたが、日本側は安い価格なら購入するという姿勢でした。上述通り、LNG構想に関しては日系各社がロシア側パートナーと既に具体的な交渉を進めており、実務的段階に入っていますので、今後も粛々と交渉を継続することになりましょう。

 最後に、プーチン大統領の東シベリア・極東発展構想と安倍首相訪露の総括に入りたいと思います。

 ロシア国家にとり国内競争原理が働くことは良いことです。プーチン大統領はガスプロムによる天然ガス生産と輸出独占に競争原理を導入し、ガス輸出市場の多様化を視野に入れています。

 東シベリア・極東を新規探鉱・開発し、原油・天然ガス増産やインフラ整備により東シベリア・極東の殖産興業を図る。LNG輸出は段階的に自由化して、国内の石油・天然ガス産業を活性化する。これが、プーチン大統領の意図となります。

 ロシアは天然資源輸出市場多様化の一環として、日本を含むアジア市場を必要としていますので、ロシア発展のベクトル、それは将に東方に向かわざるを得ないのです。

 一方、今回の安倍総理訪露では日露間の方向性は示されましたが、すべては今後の日露間の具体的交渉いかんとなりました。まさに安倍政権の鼎の軽重が問われていると言えましょう。


コラム:近くて遠いドル100円、突破力不足のからくり=上野泰也氏
2013年 05月 8日 23:16 JST  

トップニュース
今週末のG7、共同声明発表しない見通し=カナダ財務省当局者
ユーロが対ドル・円で上昇、好調な独指標で目先の利下げ観測後退
東芝今期営業益は+33%の2600億円へ、円安やNAND堅調
3月独鉱工業生産指数が予想外に上昇、製造業回復加速の可能性

上野泰也 みずほ証券 チーフマーケットエコノミスト(2013年5月8日)

日本の大型連休中に為替相場が大きく動くことが過去に何度かあったが、今年は総じて平穏だった。4月4日に日銀が「量的・質的金融緩和」を導入したことをエネルギー源にして、ドル円相場は11日に一時99.95円までつけた。しかし、100円ラインを抜いていくどころか、到達することさえできず、その後は5月上旬にかけて96―99円台で推移している。

ドル円が100円に届かない理由は何か。オプション取引に絡む防戦の円買いが100円の手前で持ち込まれやすいという需給要因を重視する見方が、4月はよく聞かれた。だが、そうした声は最近では減少しているようだ。より本質的な問題を考える必要がある。

<封印された「円のトークダウン」>

筆者はこのところ、主に以下の4点を重視しながらドル円相場をウォッチしている。

まず、米国を中心とするG7によって「円のトークダウン」が引き続き封印されていることだ。昨年12月26日の安倍晋三内閣発足直後に何度か見られた、日本の政府当局者による事実上の円安容認発言が円売りを進める手がかりを提供するような場面は、今後も出てきそうにない。

第2に、黒田東彦日銀総裁が戦力の逐次投入はしないと言明しつつ、4月に「全部出し」的な金融緩和に踏み切ったため、追加緩和観測がしばらく出てきにくいことだ。

材料の消化が速い為替市場にとって、日銀が打ち出した「異次元緩和」は、基本的にはすでに織り込み済みの話である。そして、甘利明経済再生・経済財政担当相は7日に行われた経済財政諮問会議後の記者会見で、「政府側も(日銀に)常に注文をつけるというよりも、出された意思表示を検証していくというスタンスに若干変わった 」と発言した。

同会議で行われた金融政策と物価に関する集中審議では、黒田日銀総裁が量的・質的金融緩和や4月の展望レポートについて説明。甘利大臣を含む出席者はこれを高く評価した。白川方明総裁時代のような、政府側が日銀に追加緩和を要求する場面は、当面見られそうにない。

なお、10月の次回展望レポート発表の前後に追加緩和圧力が高まるのではないかという見方が市場の一部にあるが、筆者は否定的である。生鮮食品を除いた消費者物価指数(コアCPI)は6月頃から前年同月比プラスに転じる見通しで、秋の段階では物価上昇に向けた流れはおおむね順調という評価が、政府と日銀の双方によって下されるだろう。

<日本の家計はやはり「草食系」>

第3に、日銀の大胆な金融緩和を受けて欧米の市場参加者が抱くことになった、日本のマネー流出への期待が過大であることだ。

長期・超長期の国債利回りが低下したことで、国内生保が今年度の運用計画で為替リスクをとった外国債券への投資を増やす方向になっているのは事実である。だが、絶対額はそう大きなものではない。米国や欧州の国債利回りは足元でかなり低くなっており、日本のそれとの差は小さい。それでもあえて今すぐ買い出動するメリットは乏しいだろう。

また、リテールのお金についても、大規模なマネー流出へのハードルは高そうである。日本の家計金融資産1547兆円のうち55.2%が「現金・預金」となっている(昨年12月末時点)。この数字だけを見ると、リスク性資産にシフトする余地が大きいように見える。しかし、金融広報中央委員会が昨年6―7月に実施した「家計の金融行動に関する世論調査」(二人以上世帯調査)によると、金融資産の保有目的として回答が突出して多かったのは(3つまでの複数回答)、「病気や不時の災害への備え」(67.2%)と「老後の生活資金」(64.7%)だった。

そして、金融資産の選択の際にもっとも重視していることについて「安全性」「流動性」「収益性」の3基準で回答を分けた場合、最も多かったのは「安全性」で46.7%。次が「流動性」(24.7%)、最後が「収益性」(16.9%)である。この順番は長年同じであり、日本の家計マネーが米国などと異なり「草食系」である状況が一朝一夕に変わるとは思えない。

さらに、元本割れを起こす可能性があるが収益性が高いと見込まれる金融商品の保有については、「そうした商品を保有しようとは全く思わない」が84.5%という結果だった。ちなみに、この数字は「リーマンショック」前の2007年の調査では78.3%だったが、そこからほぼ毎年増加してきている。

<ここまでの円安加速はスピード違反か>

最後の4点目は、最近の米経済指標が「まだら模様」であり、資産買い入れペースの縮小観測が後退していることだ。

4月に発表された米景気指標は、市場予想比で下振れするものが多かった。例年同様、米景気指標「中だるみ」の季節が今年も到来したというムードが強まり、対円でドルを買い進みにくくさせた。その後、5月3日に発表された4月の米雇用統計は逆に予想比上振れとなり、米国の主要株価指数は史上最高値を更新したが、ドル買い円売りに持続力はなく、99円台半ばで失速した。これは、米国の物価上昇率の鈍化が新たな焦点に浮上しており、量的緩和第3弾(QE3)の資産買い入れペース(現在は月間850億ドル)の縮小観測が足元で後退しているからである。

筆者は米国の失業率が7%台の低いレベルまで年内に低下していくだろうという予想の下、今年の秋から年末には資産買い入れペースが縮小され得ると引き続き見ているが、3月分で前年同月比1.1%プラスとなったコアPCE(個人消費支出)デフレーターの上昇率鈍化に明確に歯止めがかかるという条件付きである。

以上の4点から、100円トライに必要な「決め手」となる材料が出てきにくい状況となっていることが理解されるだろう。最初の点は今後も変わりそうになく、2点目もしばらくは不変だろう。

もっとも、時間の経過とともに経済情勢は変化していく。注視すべきは最後のポイントだ。米経済指標が「まだら模様」ないし「中だるみ」を脱して秋から年末に加速すれば、米金融政策についての市場の見方が変わり、ドル買い円売りに弾みがつきやすくなる。

また、3点目の関連では、財務省が毎週発表している「対外及び対内証券売買契約等の状況」に注意する必要がある。日本からのマネー流出は今後も限られるという筆者の見解はすでに述べた通りだが、週次データでは何らかの理由でイレギュラーに大きな資金流出の数字が出てくる可能性もある。その場合、海外勢が円売りを進めるきっかけが提供されることになる。

グローバルな市場の流れは昨年、「リスクオフ」から「リスクオン」に転換したと筆者は認識している。したがって、07年から5年程度続いた逃避的な円への資金流入が巻き戻されていく中で、向こう1―2年内に08年のドル高値である111.92円前後まで円安ドル高が進むだろう。

ただし、昨年11月から今年4月にかけての「アベノミクス期待」や「黒田ショック」を足場にした円安加速は「スピード違反」のような動きであり、今回のように円安の流れが足踏みする時間帯が出てくることは避けられない。

*上野泰也氏は、みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から現職。

*第2段落2行目の「ドル買い」を「円買い」に訂正します。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here)
 
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ECBがABS購入討議、中小向け融資促進で−アスムセン理事 
  5月8日(ブルームバーグ):欧州中央銀行(ECB)のアスムセン理事は、中小企業向け融資を支えるための資産担保証券(ABS)購入をECBが話し合ったことを認めた。
ABS購入をECBが検討しているとの8日付ドイツ紙ウェルトの報道に言及し、アスムセン理事は「中小企業向け融資促進でわれわれに何ができるかを見極める作業の一部だ」と述べた。
同理事はブリュッセルで議員らを前に、ECB当局者らは「責務の範囲内で実行可能なあらゆる措置を検討するのに予断を持っておらず、これは特に中小企業向けローンを裏付けとするABS市場を欧州でいかによみがえらせるかに関係している」と説明した。
ECBは先週、政策金利を過去最低の0.5%に引き下げた。ドラギ総裁はその後の会見で、中小企業向けの与信が「引き続き厳しい」状況にあるとの認識を示していたが、ABS市場復活のための選択肢検討で「結論に至るには、まだ程遠い」とも語っていた。
BNPパリバの欧州担当チーフエコノミスト、ケン・ワトレット氏はアスムセン理事の発言について、「話し合いがまだ早い段階にあることを示唆している」とし、欧州投資銀行が「この過程を先導する」との見方を示した。
匿名の中銀当局者を引用して伝えたウェルト紙によれば、ドラギ総裁を含め、ECB政策委員の過半数がABS購入に前向き。アスムセン理事のほか、ドイツ連邦銀行のバイトマン総裁やメルシュECB理事が反対だという。
原題:Asmussen Says ECB Discussed ABS Purchases to Spur SMELending(抜粋) 
更新日時: 2013/05/08 21:26 JST
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-MMHA0M6KLVRB01.html

 


 


2013年 5月 08日 20:25 JST
話さないでくれて、ありがとう

By ELIZABETH BERNSTEIN

 バサービ・クマールさん(30)はある日曜日、夫と口論した後、あまりにも腹が立っていたので、両親と姉妹の1人、3人の親友に電話をかけた。その1人1人に、「もうおしまい」と話し、「決して私のことを理解してくれることはない。離婚する」と伝えた。

 その翌日、何が起きたか想像してほしい。クマールさんは夫と仲直りした。お互いにすまないと思っていると語り、抱擁し、口論については忘れるということで折り合いがついた。しかし、米カンザス州在住のライフ・コーチでソーシャルワーカーのクマールさんの謝罪はそれで終わりではなかった。他の6人にも謝る必要があった。「みんなに爆弾発言をしたが、今はもう大丈夫。気分は上々だった」とクマールさん。「後片付けをしなければならなかった」と。

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Ben Sanders /他人が自分についてどう考えるかに関する不安を克服しようとする時に人はしゃべり過ぎる傾向がある
 情報を共有しすぎることはないだろうか。しかも、酔ってさえいないのに。私はこれをBYB(Blabbing Your Business=自分の問題についてベラベラしゃべる)と呼んでいる。テレビのリアリティ番組やソーシャル・ネットワーク・サイト(SNS)のおかげで最近はこうしたことが多く起こっている。リアリティ番組やSNSでは、どれほど平凡で個人的なことであっても人生の全詳細を他人と共有することが全く日常となっている。米国の文化では、一部の事柄は人に伝えずにおくべきだということを忘れがちだ。

 すべてがフェイスブックのせいではない。無意識のうちに不安をコントロールしようとしているときにしばしば情報の共有のし過ぎが起こると専門家らは説明する。こうした努力は「自己規制」として知られており、どういう仕組みになっているかは以下の通りだ。会話をしている時、われわれは相手の自分に対する印象を管理しようと多くの精神的なエネルギーを使い果たす場合がある。賢くてユーモアがあり、面白いと見せようとするが、これに必要な努力のために、何を誰に話すかを選別する脳の力が弱まることになる。

 上司や初デートの相手、将来の義理の親戚など、まさに最も良い印象を与えたいと思う人々に、なぜ恥ずかしいことを話してしまうことが多々あるのかはこれで説明が付くだろう。例えばこのシナリオを考えてみてほしい。上司が通りかかって目線を合わせない。あなたは不安になり、上司と話し合う必要のあることを考える。心理学者で、ペンシルベニア州のウィディーンアー大学インスティテュート・フォー・グラジュエート・クリニカル・サイコロジーの准教授であるハル・ショーリー氏は、「あなたは不安を感じ、拒絶の合図を感じていることを認識する。そこで関係の再構築を試みる」と話す。

 これはもちろん、うまくいかない。われわれは情報共有をしばしば後悔し、間抜けに感じ、その上、聞いた人がどう感じるかについてさらに懸念することになる。状況を修復しなければいけないかのように感じるかもしれず、さらなるしゃべり過ぎにつながる。これは悪循環だ。

 余計なことまで共有し過ぎるのは私だけでないことは分かっている。1週間に3人が「配偶者にもセラピストにも親友にも、誰にも言ったことがないことをお話したい」という恐るべき言葉を発したのを聞いて、このコラムのアイデアを思い付いた。

 しかし、一部の人々は他の人と比べて生まれつきもっとおしゃべりだ。心理学者が1900年代半ばごろ開発した愛着理論によると、こうした人々は「没頭した」愛着スタイルを持っている傾向がある。ショーリー博士によると、われわれの愛着システムは人間が生き残るために発達させたプロセスの進化の副産物だ。愛着スタイルは一部には遺伝子に関するものだが、また、部分的にはわれわれが幼い子供の頃の両親による関わり方によっても決まってくる。

 基本的には3つの愛着タイプが存在する。安心したタイプと不安なタイプ、そして回避的なタイプだ。安心したタイプ(人口の約55%)は、常に面倒見がよく、敏感に反応する両親に育てられた。こうした人々はたいてい愛情深く、親密さを心地よく感じている。他の45%はこれよりも問題をはらんだ愛着スタイルを有している。つまり、不安や回避的、あるいはその組み合わせだ。

 人口の約15%に相当する回避的タイプは親密さを極力避けようとする。こうした人々の両親は通常、控え気味だったり無反応だったはずだ。こうした人々はベラベラしゃべるタイプではない。実際、個性のタイプを判断するためのインタビューでは、セラピストは短く簡潔な回答を回避的な愛着スタイルのしるしだとみなす。

 長くて退屈なほどの回答は通常、不安なタイプを示唆している。不安なタイプ(人口の約15%)の両親は通常、子育てが一貫していなかったことが多い。こうした人々は社会的な合図に過剰に敏感で、人とのつながりを過剰に管理する傾向がある。(他の15%は混合タイプになる)

 ニューヨーク州の夫婦・家族向けセラピスト、シャロン・ギルチレスト・オニール氏によると、もちろん、われわれは誰にも、抑えきれなくなる時がある。感情的なストレスのために自分を抑制できなくなる時だという。同氏は「こうした時、人々は『しゃべるのは気持ちがいい』と考える」と話す。その上で、「しかし、こういう時、人々は明らかに相手のことは考えておらず、このために関係が損なわれかねない」と続ける。

 実際、自分が共有すべきではない情報を共有する時に、まさに問題が生じる。オニール氏は自身のセラピーでは、実際に起こる前に、自分の夫婦間の問題や離婚や別居について誰かに話す人々がよくいると語る。またもう1つのよくあるシナリオは、娘について母親が情報を共有するというものだ。オニール氏は、こうした場合、「通常、後で問題になる」と語る。

 では、どうすれば、しゃべり過ぎを抑えることができるのか。母親に教わったことをやりなさい。つまり、口を開く前に立ち止まって考えるのだ。

 また、ショーリー博士は、以下のような特定の質問を自問すべきだと述べる。「私の話の聞き手は今、時間があるか。また、聞き手は話を聞く感情的な余裕があるのか」、「ベラベラしゃべることで不安は軽減されるのか。それとも悪化するか」、「言い換えれば、ちょっと考えてみれば、あなたの上司はあなたが話し過ぎるのは馬鹿げていると考えるのではないかと心配することがおそらく予想できるだろう」

 話し過ぎたと感じる場合には、どうすればいいか。大半の人々は戻って謝るのがいいと考える。しかし、多くの場合、そうではない。オニール氏は「自分のオフィスでは結果がどうなるかを考え抜くよう手助けすることに努める」と話す。

 聞き手があなたに対する見方を基本的に変えたと考える場合には謝ったほうがいい。短く控えめに。オニール氏は、「『大ごとにはしたくないが、恥ずかしいと思っていて、いつもはこうじゃない』と言うべきだ」と助言する。さらに、「それだけにすべきだ」と。

 クマールさんは、自分は常にしゃべり過ぎるほうだったと思いだす。彼女の子供のころのニックネームは「おしゃべり」だった。彼女は「主に、人々とつながりを持ち、好かれるための方法としてしゃべっていた」と語る。

 父親に電話して、離婚すると話したのは早まり過ぎたと謝罪すると、父親は泣き出した。「父親には『もうこんな思いはしたくない。あまりにも年をとり過ぎている。血圧の薬を飲んでいる。電話にお前の名前が表示されるたびに、神経が参る』と言われた」とクマールさん。

 クマールさんは最近、しゃべる前に自問するようにしている。「なぜこのことについてこの人に伝えようとしているのか。何が目的か」

 「そうでもしなければ、自分のことを話して、この瓦礫を人々の人生にまき散らすようなものだ。そして今度は自分が作り出したゴミを掃除しなければならない」


 


http://diamond.jp/articles/print/35638
【第1回】 2013年5月9日 
「給料は上がる」15%「変わらない・下がる」85%
アベノミクスでぼくらの給料は上がるのか?
DOL独自アンケート調査(4月11日〜17日)
 安倍晋三政権の掲げた経済対策「アベノミクス」により、上向き始めたと言われる日本経済。政府による異例の賃上げ要求に呼応した大手コンビニや大手自動車メーカーの動きが、春先から世間を賑わせている。安倍首相も「給料が上がる時代を取り戻す」と力強く宣言するが、果たして世の中は本当に賃上げムードにあるのだろうか。そして、これから私たちの給料が増える見込みはあるのか。

 ダイヤモンド・オンラインでは、20代〜60代の読者を対象に「ぼくらの給料実態アンケート」をサイト上で実施。すると、「これから年収がアップする・しそう」というビジネスパーソンは14.6%に留まり、57.9%は「変わらない」、23.9%は「下がる」と回答。

 また、夏季一時金についても「アップする」と答えたのは16.2%で、「前年とほぼ同じ」「下がる」と答えた人が合わせて59.6%という結果となった。また、夏季一時金の支給がない人も約20%に上った。実施期間は、2013年4月11日〜17日。有効回答数は573だった。


「景気は良くなるが、年収は上がらない」
そう考える人が最も多い結果に

 アンケートでは、年収が「変わらない」「下がる」と答えた人が8割以上となったため、アベノミクスによる景気浮揚効果に多くの人が懐疑的かと思いきや、決してそういうわけではないようだ。

「アベノミクスによって本当に景気が良くなると思いますか?」という質問をしたところ、「かなり良くなる」「やや良くなる」と回答した人が合わせて55.3%、「変わらない」24.9%、「やや悪くなる」「かなり悪くなる」が合わせて19.8%で、景気浮揚を期待する人が過半数を占めている。

 そこで、アンケートの「これから年収はアップするか」と「アベノミクスで景気は良くなるか」の2つの問いに注目し、クロス集計をしたところ、「景気は良くなるが、自分の年収は変わらない・下がる」と考えている人は、全体の43%に上ることがわかった。これは「景気が良くなり、自分の年収も上がる」と回答している割合の10%を大きく上回っている。

 この結果から、多くの人が「アベノミクスによって景気は良くなるが、自分の年収には波及しないだろう」と考えていることが読み取れる。

現状に「不満」は約6割
多くが「能力比例型」の賃金を望むが…

 では、今後の行方を考える前に、現状の自分の給料について、多くの人はどう感じているのだろうか。「今の給料に満足していますか?」と質問したところ、「かなり満足」「やや満足」は合わせて43.0%、「やや不満」「かなり不満」は57.1%という結果になった。

「不満」の理由(3つまで選択可)としては、「求める生活水準に対して足りない額だから」が47.7%で最も多く、その次に多かったのが「自分の能力や経験が評価されていないから」(39.9%)という答えだ。

 このような能力が評価されていないという“不満”は、次の質問に対する答えからもうかがい知ることができる。

「年功序列型か能力比例型、どちらの給与体系が望ましいと思いますか?」という質問を行ったところ、「年功序列型」23.0%、「能力比例型」61.6%という結果に。そのほか年功序列と能力比例のミックス型などを「その他」として挙げる人が15.4%いたが、能力比例型を希望するビジネスパーソンが圧倒的に多いことがわかった。しかし、「能力比例型といっても、(会社のなかに)能力評価できる人も仕組みもない」(30代・女性)という意見もあるように、その実現には大きなハードルがありそうだ。


この15年でGDPプラス9.4%
それでも賃金は12.8%ダウン

 さて、賃金は景気の「遅行指数」であるとよく言われるが、果たしてこの先、私たちの給料が増えていく可能性はあるのだろうか。みずほ総合研究所の杉浦哲郎・副理事長はこう語る。

「1980年代までは経済成長に応じて、雇用・賃金はともに増加してきました。しかし、90年代以降は、実質GDPと雇用・賃金に連動性はありません。今では賃金は景気の“遅行指数”としては機能していないと言えるでしょう。したがって、アベノミクスによる景気浮揚の恩恵を受けるのは、一部の人や一時期的なものになるのではないでしょうか」

 2013年春闘回答を見ると、自動車メーカー各社は、トヨタ自動車が一時金5.0ヵ月+30万円、日産自動車が5.5ヵ月、ホンダが5.9ヵ月と軒並み5ヵ月以上となっている一方で、定期昇給については、「維持」あるいは「定昇制度なし」。自動車メーカーが“ひとり勝ち”となったのは、円安による為替差益の恩恵を受けたに過ぎず、一時的なボーナスでしかその効果を得られない可能性がある。

 小売業では、大手コンビニ3社のほかに、ニトリが定昇・ベースアップで平均2.31%の賃上げとなった。これは、まるで「政府の要求を受けて」というように見えるかもしれないが、実際のところニトリは、昨年も定昇・ベースアップで2.01%アップさせており、今回に限ったことではない。つまり、ニトリに限らず企業の賃上げの多くは、アベノミクスの恩恵を受けてのものではなさそうだ。

 実際、名目賃金がピークとなった1997年から2012年の間に、GDPはプラス9.4%となったが、その一方で名目賃金はこの15年で12.7%も減少した(厚生労働省「毎月勤労統計」)。この背景にあるのが、「非正規社員の増加」と「正社員の給与減少」だろう。

 まず、この15年間で正規社員が472万人減少する一方で、非正規社員は661万人も増加。 被雇用者の3分の1超を占めるまでになった。そして、グローバル化が進み、企業が世界の低価格競争に晒されるなか、生産性(実質GDP/就業者数)は14.4%もアップしている一方で、実質賃金は9.1%もマイナスになっている。つまり、日本企業が「労働力は抑制すべきコスト」として認識しているなかで、正社員たちも賃下げを甘受せざるをえなかったようだ。

 また、転職現場に目を向けても、まだ賃上げに関する明るい話は入ってこない。転職支援サービス大手の『DODA』木下学編集長は、「今年3月の転職登録者数は過去4年で最多、求人数も過去4年で2番目の高さとなっている一方で、採用を行う企業ではまだ賃上げの動きは顕著に見られない」と語る。

 株高・円安が続く今、アベノミクスの効果を“バブル”だともてはやす人も少なくない。しかし、「アベノミクス」が実体経済に与える効果が期待の域を出ず、“普通の人”がその恩恵を実感できない今は、躍らされずに堅実・賢明に働き、生活をすることが必要だろう。

 ぼくらの給料は本当に上がるのか――。次回以降、世の中の給与データの分析や専門家のインタビューなどを通じて、詳しく検証していきたい。

(ダイヤモンド・オンライン 林恭子)

 

【第3回】 2013年5月9日 野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問]
古い産業を保護して成長はありえない
――成長戦略を評価する視点
 政府は、経済政策の「3本の矢」の最後である成長戦略を6月中旬に閣議決定する予定だ。以下では、「成長戦略で何が必要か?どのように評価するか?」という問題を考えよう。

成長戦略こそが本命

 安倍晋三内閣の経済政策の第1本目の矢である金融政策には、本連載の第2回で述べた問題がある。第2の矢である財政拡大は、続けて行なえば金利高騰の問題を引き起こす。だから、第3の矢である成長戦略こそが重要だ。

 もともと、金融政策と財政政策は一時的なものと位置付けられている。経済再生を実現し、持続的な経済成長を実現するには、成長戦略が本来の政策だ。安倍内閣の経済政策が本当に内容のあるものか、それとも見かけ倒しのこけおどしのものかという判断は、成長戦略によってなされることになる。

 成長戦略は、歴代の政権が作成してきた。民主党政権だけに限っても、「新成長戦略」(2010年6月)、「日本再生の基本戦略」(2011年12月)、「日本再生戦略」(2012年7月)が作成された。

 安倍内閣の成長戦略について、甘利明経済財政・再生相は、「少子高齢化、公共インフラの老朽化、エネルギー・環境制約など世界に先駆けた課題に取り組み、成果を企業が海外に展開して収益を得る」ことが目的であると述べている。

 現時点で報道されているところによれば、成長戦略の主要な内容は、医療などの新産業を育成し、女性が力を発揮できる環境を整備し、また、都市圏を中心に規制緩和や税制優遇を行なう「国家戦略特区」を設定することなどだ。具体的には、つぎのとおりだ。

(1)日本版NIH
 医療分野の開発の司令塔となる「日本版NIH」の創設(NIH:National Institutes of Healthとは、アメリカ連邦政府の保健社会福祉省公衆衛生局の下にある医学研究の拠点機関)。これまで日本の医学関係の研究体制は、基礎研究は文部科学省、臨床研究は厚生労働省、そして産業育成は経済産業省と、バラバラであった。それを、内閣官房に設けるNIHに一本化し、基礎研究で先行したiPS細胞の実用化を急ぐ。

(2)女性の活躍
 全上場企業が役員に1人以上の女性を登用するよう求める。女性の雇用を促すため、保育の受け皿を確保し、待機児童ゼロを目指す。育児休業を3歳まで取得できるよう、企業に助成金を支給する。

(3)国家戦略特区
 東京都など三大都市圏を「世界で最もビジネスのしやすい街」に仕立て上げ、海外企業の誘致を狙う。

(4)規制緩和
 一般医薬品のうち副作用のリスクが高い薬剤も、インターネット販売を認める。また、企業が自由に農地を買える「所有の自由化」も議論されている。

政府がなすべきは、規制緩和と教育

 まず最初に、「成長戦略において政府が果たすべき役割は何か?」をはっきりさせる必要がある。

 多くの人は、「今後成長が期待される分野を政府がピックアップし、それに補助を与えて育成することが成長戦略だ」と考えている。実際、民間企業の経営者が「成長戦略が必要」という場合、それは、「政府の補助が必要」というのと、ほぼ同義である。また、各省庁にとっては、「成長戦略」とは、予算獲得のための手段だ。

 今回の成長戦略も、多分にこうした傾向を持っている。

 しかし、こうした方向の成長戦略には、大きな問題がある。なぜなら、どの分野が本当に成長できるかは、事後的にしか分からない場合が多いからだ。

 例えば、1990年代にアメリカでIT産業が成長し、これがアメリカ経済の形を大きく変えた。しかし、IT産業は、政府の戦略と保護によって成長したのではない。市場の競争過程を通じて生き残った企業が、結果的に新しい産業を作ったのだ。

 実際、1980年代の末に、アップルはシリコンバレーのベンチャー企業としてすでに存在していたが、80年代末に刊行された『メイド・イン・アメリカ』(アメリカMIT産業生産性調査委員会のレポート)は、「フェアチャイルドやモトローラなどの企業から優秀なエンジニアを引き抜いてしまうので、アメリカ製造業を弱体化させる」と批判していた。二十数年後にアップルが時価総額世界一の企業になるとは、その当時は誰も想像できなかったのだ。

 また、ターゲットの補助(特定の企業や産業に限定される補助)ならだめ。そうしたことを行なえば、エルピーダメモリのようなことが繰り返されるだろう。

 経済成長は、基本的には民間企業と市場によって実現される。政府の役割は、そのプロセスが邪魔されないように環境を整えることだ。具体的には、規制緩和であり、エコカー補助や雇用調整助成金など従来型保護政策からの脱却だ。

 したがって、重要なのは、企業のビジネスモデルの改革と、人材戦略だ。今回の成長戦略が教育について何ら言及していないのは、大きな問題だと考えざるをえない。安倍内閣が「教育再生実行会議」を通じて行なおうとしている教育改革は、いじめ問題や教育委員会改革など初等教育に関するものが中心だ。高等教育に関して、大学の在り方、グローバル化への対応、大学入試の在り方などが議論されているのは事実だが、成長戦略としては不十分なものだ。

経済全体の方向性を示す必要がある

 成長戦略に必要な第2点は、注目を集める個別政策をいくつか揃えるのではなく、全体の方向性を整合的に明らかにすることだ。方向付けは、抽象的な表現によってではなく、できれば定量的に示す必要がある。

 また、方向付けを示す前提として、日本がなぜ長期的停滞に陥ったかの分析が必要だ。それなしに政策を打ち出しても、場当たり的な思いつきの寄せ集めになってしまう。

 例えば、規制緩和によって経済活動を活発化させる必要があるという点では、多くの人が賛成するだろう。しかし、個別のテーマになると、賛成と反対が対立する。そうなるのは、全体的な方向付けがはっきりしないからだ。

「全体的方向付け」の観点から言えば、現在の日本における成長戦略の目的は、雇用の確保と所得の引き上げに置かれるべきだ。

 この問題を考えるにあたって、製造業の位置付けとエネルギー戦略は、必須の検討課題だ。この2点についての方向付けを明らかにせずに成長戦略を論じるのは、そもそも不可能なはずだ。

 なぜなら、1990年代以降の日本経済の停滞は、基本的には、90年代以降の新興国、とくに中国の工業化によって、製造業をとりまく条件が基本的に変化したことにあるからである。それによって工業製品の価格低下と、賃金水準の新興国へのさや寄せ現象が生じた。これが一般に「デフレ」と言われている現象だ。

 この事実を認め、製造業の縮小を不可欠のものと考え、製造業に変わる新しい中心産業を求めるのか、それとも、製造業の国内生産に固執するのか、これこそが成長戦略の基本的論点である。この問題をどう考えるかが、示されなければならない。

 原発再稼働を認めるか否かは、電力コストに多大の影響を与える。そして、これは、国民生活と産業活動の基本的条件を定める。

 これらの問題の検討は、最低限必要なものだ。しかし、成長戦略を見ると、このいずれについても、定量的な姿がはっきりと分からない。

 今回の成長戦略は、こうした基本的問題に目をつぶって、目玉となる政策にこだわりすぎているように見える。「バーゲンセールで目玉商品は何か」と考えあぐねているような印象を受ける。日本が直面している問題に、正面から真摯に取り組んでいるとは見えないのである。

 なお、全体としての方向付けを明確化する必要性は、成長戦略に限ったものではない。金融緩和、財政政策についてもいえることだ。金融政策について、「物価上昇率2%目標」への道筋がはっきりしないことは、この連載でもすでに指摘した。

賃金の引き上げが不可欠

 消費者物価上昇率の引き上げが目的とされているが、物価が上がるだけでは、国民が貧しくなることは明らかだ。したがって、賃金の上昇を目指すことは不可欠である。

 これまでの日本で、賃金が低下してきたのは、つぎのような事情による。

 まず、製造業において、就業者が大きく減少した。2002年から11年の間に、製造業の就業者は181万人減少した。他方で、サービス産業での就業者が増加した。医療・福祉では、200万人増加した。

 ところで、就業者が製造業からサービス産業にシフトすると、経済全体の所得は低下する。なぜなら、日本のサービス産業の生産性は低いため、賃金が製造業より低いからである。

 賃金として、「きまって支給する現金給与額」をとると、10年において、医療・福祉分野の賃金は、製造業の賃金に比べて9%ほど低い。したがって、製造業の比率が低下してその分だけ医療・介護が増加すると、経済全体の所得は、低下するわけである。このパタンが続く限り、日本の所得は低下してゆく。

 貧困化のトラップから脱却するには、この問題が解決されなければならない。そして、生産性の高い新しい成長産業がつくりだされなければならない。

 成長戦略にいう医療は、確かに新しい成長産業の候補になりうるものだろう。しかし、そのためには大掛かりな制度改革が必要だ。iPS細胞は重要な発見だが、すぐには産業化できるものではない。

 医療・介護分野の賃金が低いのは、介護分野での賃金が介護保険の枠内で抑えられているからである。したがって、医療保険制度、介護保険制度をも含む制度改革が必要だ。

 また、原理的には、農業も新しい成長産業になりうる。ただし、生産性の高い産業になるためには新規事業者の参入が必要であり、そのためには、農地法、輸入関税を含む制度改革が必要だ。

 金融はアメリカやイギリスを活性化させた。しかし、日本では、専門的人材の不足が基本的な制約となる。この問題を解決するには、ビジネススクールなど、高等教育の改革が不可欠だ。

 こうしたところまで進まなければ、成長は、「絵に描いた餅」に終わってしまう。

 なお、改革にあたって、「古いものを残してはならない」というのも、重要な点だ。既得権を保護してはならない。時代に合わなくなった仕組みを壊す覚悟が必要だ。こうした新陳代謝を促すことが目的とされなければならない。

 農業は成長産業の候補だが、古い農業は、政治的に最も強い分野だ。TPP(環太平洋経済連携協定)交渉において、すでに農業分野は聖域化されてしまっていることを見ると、すでに改革は頓挫していると考えざるをえない。

財政再建目標の重要性が増した

 財政運営については、経済財政諮問会議が経済財政運営の基本方針「骨太の方針」を6月中旬に閣議決定する見通しだ。これと成長戦略との整合性を検証する必要がある。

 政府は2010年、国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス:PB)の赤字の名目国内総生産(GDP)に対する比率を、15年度までの5年間で半減する目標を決めた。安倍政権も今年1月の閣議決定で目標を引き継いでいる。なお、PBのGDP比は、13年度見通しでは6.9%の赤字である。

 今回は、「15年度のPB赤字半減、20年度のPB黒字化、その後の債務残高GDP比の安定的な引き下げを目指し、持続的成長と財政健全化の実現に取り組む」と明記する予定だ。

 そのうえで、「財政措置が必要とされる場合には、15年度のPB赤字半減目標の達成時期がずれ込む可能性がある」と言及し、「そうした事態を招かないように最大限の政策努力を払う」と述べる予定と報道されている。

 物価上昇率目標は、金融緩和だけでは達成が難しい。このため、財政拡大政策が取られる可能性がある。そして、日銀の新しい国債購入計画で、それをファイナンスするための手段も整えられた。したがって、財政赤字の際限ない拡大は、現実の危険として拡大しつつあると考えるべきだ。

 このような条件変化を考えれば、財政再建目標を堅持する重要性は、従来より増したと考えることができる。

●野口教授が監修された経済データリンク集です。ぜひご活用ください!●
http://diamond.jp/articles/print/35635

 


「新興国にタイムマシン経営」はもう古い?

ジャカルタで会ったある青年の話

2013年5月9日(木)  池田 信太朗

 午前中の柔らかな日差しというものは、ここにはない。朝起きて空を見上げれば、どこまでも底がないような青空に吸い込まれそうになる。まだ午前9時過ぎというのに銀色に輝く太陽は容赦を知らないようだ。肌をじりじりと焼き、地面にくっきりと黒々としたヒト形の影を描く。

 インドネシアの首都ジャカルタに滞在して数日間経ったある日、私はいつものように取材に出た。その日、1人のインドネシア人の青年と会う約束をしていた。あるジャカルタ在住の日本人に、「若いインドネシア人に会って話を聞きたい」と伝えたところ、青年の名を教えてくれた。起業家だと言う。正直に言えば、若い人たちのライフスタイルや考え方が知れればいいという程度の思いで申し込んだ取材だった。だがその出会いは、私のインドネシア観を大きく変えることになる。もしその青年と話を交わした数時間がなければ、私が「日経ビジネス」4月8日号に執筆した特集「インドネシア 覚醒する『未完の大国』」はまるで別のものになっていたはずだ。

 本題に入る前に、記者の職業余話を少々。記者にとって取材中に「気持ちのいい」瞬間はいくつかある。誰も知らない、でも多くの人が知りたがっている事実を誰よりも早く知った時。心を閉ざしていた取材先からようやく信頼を勝ち得て、その本心に触れた時。もちろんこれらの瞬間は気持ちがいいが、そうした瞬間を味わえることはそうあるものではない。

 一方で、どんな取材でも感じられる気持ちよさというものもある。例えば、取材前に予め立てた「仮説」に、取材先の言葉ががっちりと噛み合った時。「この取材先にこうぶつければ、こう返ってくるのではないか」という読みが当たると、話を聞きながら頭の中で考えがまとまっていく。その、頭の中でガシガシと原稿の構造が組み上がっていく感覚は快感としか言いようがない。そうした取材では、脳内に組み上がった構成にどんなパーツが不足するかを考え、そのエピソードを得るための質問を取材先にぶつける。取材を終えた時には、極端に言えば、もう頭のなかの原稿を書き写せばよいという状態になっている。

 だがそれを超える快感を感じるのが、取材先に「裏切られる」瞬間だ。いささか便利すぎて安易に使われすぎている言葉なので使うことにややためらいを感じるが、「いい意味で」裏切られる、と書いた方が正確だろうか。私ごときが取材前に思い至った浅はかな「仮説」を覆し、先入観をひっくり返すような、ものの見方の根本を覆すようなことを取材先が話し出した時、いつも心臓がえぐられるような思いがする。仮説の精度は、「経験」の多寡に、比例はしないまでも強い相関を持つ。仮説が破れるということは、記者としてそれまで培ってきた知見や見識が覆されることを意味する。それは当然ながら苦しい。だが同時に、腹の奥底からじわりと湧き上がるのを感じるのだ。「だから記者はやめられない」と。悔しさと苦さの奥に隠れるその甘美は、やはり快感と言っていいものだろう。

 前置きが長くなったが、ジャカルタで出会った青年はそうした思いを私に抱かせてくれた。この青年によるインドネシア取材序盤の先制ジャブがなければ、私はインドネシアに対する先入観だけで形作られた「仮説」を覆すのにもっと多くの時間を要したはずだ。

ジャワ島の田舎町に生まれた30台前半の青年

 私がインドネシアに対して抱いていたイメージとは、多くの日本人が「新興国」――いや古い言葉であえて「発展途上国」と書いた方が実態に合っているかもしれない――に抱くものと大きくは変わらなかった。つまり、貧困。衛生事情の悪さ。乳児死亡率の高さ。食品など生活必需品を買うのでやっとの生活。ここで日本企業がモノを売ろうとすれば、いわゆるBOP(ピラミッドの底辺)ビジネスの常道で、小分けにした低価格の生活必需品を売るしかない。2010年に、殺虫剤メーカーの取材でジャカルタやその近郊の農村部などを取材して回って実生活を見たので、よりその印象が強かった。私は、そのイメージを基に特集の取材を進めようとしていた。

 約束の時間にやや遅れて現れた青年は、屈託のない笑顔で握手を求めてきた。贅肉のない手指がひんやりと冷たかったことを覚えている。名はMohamad Bijaksana Junerosano。ジュネロサノの末尾を取って、仲間からは「サノ」と呼ばれている。敬称を省く形にはなるが、本稿でも彼の印象を最もよく伝えるこの愛称で書き示すこととしたい。


美しい自然に囲まれて育ったサノは、ジャカルタのゴミを取り除いて美しい町に戻すことこそが自分の生きる道だと思ったと話す
 サノが生まれたのはジャワ島内の田舎町だ。残念ながら私はその地名を知らなかったが、美しい自然を残した町なのだという。メガシティ・ジャカルタの喧騒とはまるで別世界のような鄙びたその地で、サノは1981年に生まれた。と言うことは、いま32歳前後のはずだ。

 少年の人生を方向づけたのはあるテレビ番組だった。サノ少年はある日、ブラウン管に映るジャカルタの町を見た。その訪れたこともない大都市はゴミで溢れかえっていた。溢れかえる、という表現はあながち誇張とは言えない。ジャカルタ市は経済成長に伴って人口が増え続け、ゴミの量も増え続けているが、それを処理する施設の容量がまるで間に合っていないのだ。数日前に出されたゴミがそのまま道に残されていて、ようやく運ばれていく頃にはさらにゴミが積み上がっている。結局住民が耐えかねて空き地に捨てたり、川に捨てたりしている有様だ。

 美しい自然に囲まれて育ったサノは衝撃を受けた。彼の言葉をそのまま借りるなら、その時この青年の「魂」は啓示のようなものを神から受けたという。これこそが、このゴミを人々の暮らしから取り除いて美しい町に戻すことこそが、僕の生きる道なのだと。神から与えられた宿命なのだと。

 サノの顔を私は眺めた。私の中の意地悪な記者根性が、その言葉に潜む欺瞞を暴こうと青年の目の奥を探っている。自らを大きく見せようとして「宿命」を騙る人たちをこれまで何人も見てきたからだ。青年の目に揺らぎはない。だが、揺らぎがないことは嘘を付いていないことの証拠にはならない。天才的な詐欺師に最も多いのが、自らに陶酔して嘘を嘘と自分でも気づかずに喋るような男だ。そうした男が何かを騙る時、その目には揺らぎなどなく、むしろ自信に満ちあふれている。しかし、サノの目にはその自信や強い意志も感じなかった。淡々と、自らの身に起きたことを飾りなく語っているだけとでも言うように。特定の宗教を篤く信仰したことがない私には永遠に分からない感覚なのかも知れないが、どうやらサノは、「今朝サンドイッチを食べた」というのと同じくらい「あり得る」経験として、神の啓示めいたものを受けたということのようだ。

サノはエコバッグがなぜ使われないかを考えた

 インドネシアにおける理系大学の名門、バンドン工科大学に進み、専攻は当然のように「環境」を選んだ。同級生たちが企業への就職を決めていったが、サノはサラリーマンになる気が毛頭なかった。自分の使命はゴミ問題を解決することにある。どの企業に入ることも、どの機関の職員になることも、その道には迂遠なものに思えたからだ。

 サノが着目したのは、レジ袋だった。「ビニール袋」と呼ばれることも多いが、今日、塩化ビニールはほぼ使われていない。その主原料はポリエチレンやポリプロピレンだ。炭素と水素からなるこれらは実は有毒ガスを発生させることなく燃やすこともできる。ただし、ジャカルタでは話は別だ。そもそも焼却施設の稼働容量がニーズをまるでまかなえていないので、これらの袋も燃やされずに埋め立てられるか町中に放置されることになる。ポリエチレンは、残念ながら細菌や微生物の活動によって自然に分解されるということはない。

 「消費」を摂食に例えるなら、「ゴミ」は排泄に当たる。豊かになりつつあるインドネシアにおいて食品や日用品の商品パッケージなどのゴミが増えることはやむを得ない。物的な豊かさを犠牲にしてまで環境問題を真剣に考えられるほどにはこの国はまだ豊かではないだろう。だが、店から自宅に持ち帰るだけに使われるレジ袋は、そうした必然の産物ではないはずだ。

 解決は簡単だ。使い捨てでないショッピングバッグ――いわゆるエコバッグを使えばいい。だが実際にはエコバッグはほとんど使われていない。なぜ使われないのか。サノは同じバンドン工科大学に通うIT(情報技術)や統計学に精通した仲間を集めて調査に乗り出した。

 インドネシアには、携帯電話で簡易なメッセージをやり取りするSMS(ショート・メッセージング・サービス)やSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)であるフェースブックを活用している若者が多い。暇さえあれば携帯電話でメッセージのやり取りをしている。通信会社が自社端末間のSMS送受信を無料にしたり、インターネットに接続できない端末でもSMSを通じて安価にフェースブックを利用できるサービスを提供していることが拍車を掛けているようだ。私が見るところ、彼らの「繋がり」好きの度合いは日本の若者以上に思える。サノらは調査会社のように多数のモニターを抱えてはいない。だがこの携帯電話を通じた人と人との繋がりの網(ネットワーク)に、調査を「放流」すれば、人が人に伝えるかたちで伝播して多数の人のところに届く。集められた情報は、統計学を専攻する仲間が処理してその傾向を分析する。

 結果はこうだ。レジ袋という存在が「よくないもの」と認識している人の割合は、調査対象の94%に上った。「減らす必要がある」と考えている人は64%。より主体的に「何とかしなければならない」と考えている人も半数近い48%いた。ではエコバッグをもっと配ればいいのか。そうではない。73%の人がエコバッグを持っていると回答し、63%の人は「持っているが、買い物には持って行かない」と回答した。つまり、エコバッグの利用が広まらないのは、エコバッグが行き渡っていないからではなく、エコバッグを持っていくのが「面倒だから」なのだ。ゴミ問題を知りつつも、それを解決しようという心理は、わざわざ買い物にバッグを持参する手間を超えるものではない、ということだろう。

 ノートパソコンを開いて画面にグラフを示しながら淡々と語るサノを、私は次第に信頼し始めていた。サノは、私には残念ながら理解しがたい、ある種の宗教的な「使命」に突き動かされながら、その手法は決して啓示的な「べき論」ではなかった。彼が学んだバンドン工科大学は起源をオランダ統治時代に遡るインドネシア理数系大学の最高峰として知られている。サノは、彼の「使命」を、ITと統計とソーシャル・ネットワークの言葉によって語り、実現しようとしていた。

 エコバッグが普及しない理由は、エコバッグの保有率が低いからではない。みなエコバッグを持っているが、使わずにいるだけだ。サノが突き止めたこの事実にもかかわらず、現実はどうだろう。CSR(企業の社会的責任)の一環として、企業は相変わらず自社ブランドのロゴマークが入ったエコバッグを配り続けている。本来の目的で使われないエコバッグを配り続けることは、むしろ環境負荷を高めているだけとすら言えるかもしれない。

 いま必要なのは、エコバッグの保有率を増やすことより、使用率を高めることではないか。そう考えたサノは、「使われやすいエコバッグ」について考えた。エコバッグはそう重いものではない。重量は知れている。折り畳めば小さくもなる。かさばるものではない。にもかかわらずエコバッグを持ち歩くのを「面倒」と感じるのは、それを持ち歩くこと自体の苦労ではなく、「わざわざ買い物のために準備する」という心理的な障壁ゆえではないか。サノは考えた。であれば、その「わざわざ」のプロセスを取り除いてやればいい。

4万円の融資からすべてが始まった

 試行錯誤した結果、サノが試作したのが、小型に折りたたんで、鍵にキーホルダーのように取り付けられるようにしたエコバッグだった。誰もが家を出る時には鍵を持ち歩く。その必要性ゆえに、「鍵をわざわざ持ち歩く」ことに対して人はコストを感じない。その「必ず持ち歩く鍵」にエコバッグを相乗りさせることで、利用者に「わざわざ」のコストを感じさせないようにしたわけだ。素材にも留意した。プラスチックを使わず、土中で分解可能な自然の素材を用いつつ、ポリエステルなどと同等の耐久度を持たせるためにコーティングを施した。


エコバッグには「バッグ」と「持続する」という意味を表す「gose」を合成して「bagose」と名付け、気楽に携帯してもらうため、必ず外出時には持ち歩く鍵に小型に折りたたんでキーホルダーのように取り付けられるようにした
 このエコバッグを普及させればレジ袋は確実に減らせる。そう確信していたが、バッグを量産するにも資金がない。そこでサノは、試作したカバンを持って大手銀行のマンデリ銀行の門戸を叩いた。知り合いが銀行内にいたわけでも、仲介者を頼んだわけでもない。だが、担当者は時間を取ってくれた。サノの熱意が伝わったのか、400万ルピアの資金を貸してくれることになった。

 単位を間違っているわけではない。日本円でわずか4万円ほどのこの金額が、サノの熱意と使命をかたちにするのに最低限必要なそれだった。サノは、その4万円を借りなければ用意できないほどに、使命と、それを実現する理性とアイデアのほか何も持たなかった。だが、何の担保も持たないサノに、マンデリ銀行が4万円というきっかけを与えたことですべての歯車が動き始めることになる。ちなみに、サノが毎月13万1000ルピア(1310円)ずつ返済し、年6%の利子をのせて完済したことで、この融資を決めたマンデリ銀行担当者の眼力が正しかったことがのちに証明されることになった。

 400万ルピアで作れたエコバッグは80枚だった。大中小と3つのサイズを用意した。サノは、自らの思想を具現化したこの新しいエコバッグに「bagose」という名を付けた。「バッグ」と「持続する」という意味を表す「gose」を合成した言葉だ。

 この80枚の見本を携えて企業などを回って売ると、反響が大きかった。どの企業も、環境配慮の姿勢を示すためにエコバッグを作ったものの、ほとんど利用されず、かえって環境負荷を高めているというジレンマを感じていたのだ。各社から、企業のロゴマークが入った製品を作れないかという話が舞い込んだ。サノの知り合いだけでなく、サノの理念に共感した個人にフェースブックで売ることもした。

 売り上げが立つと、すぐにそれを元手にバッグを作った。初めは自転車操業だったが、やがて企業からまとまった注文が入るようになって資金の回転に余裕が出た。

 今ではサノらが仲間内で出資して設立した「Greeneration Indonesia」では毎月1万5000枚のエコバッグを販売している。累計で25万枚のバッグを売った。価格は2万〜6万ルピアなど。人気が出るに従って、インドネシア地場の伝統的な染物であるバティック染めを用いたバッグや、リュックサックタイプのものなどバリエーションも増やした。わずか400万ルピアの資金から立ち上がったサノらの事業は、2011年に11億ルピア(約1100万円)、2012年に18億ルピア(約1800万円)を売り上げるまでに成長した。

 バッグの製造も、工場に委託するのではなく自分たちで仕組みを築き上げた。貧しい農村部の青年や女性たちに縫製の技術を伝え、「縫い子」として育てる。経験を積んだ縫い子は、縫い子たちで組織するチームのリーダーに就いてもらう。サノらはこのチームに縫製の仕事を発注する。収入のなかった彼ら彼女らが、この「仕事」を通じて自立していくのを支援する狙いもある。エコバッグの売価の7%を、環境問題に関する啓発活動など非営利の社会事業に当ててもいる。

世界は「同時」に成熟しつつある

 私はこの辺りの話を、もはや唖然として聞いていた。利益を生み、成長できる事業を通じて社会的な問題解決を成し遂げていく。サノの姿は、いわゆる「社会起業家」そのものだった。物質的な豊かさを経験し、その豊かさの代償に気づいたのでも、「持てる者」の立場から富の偏在を問題視し、貧者に手を差し伸べるのでもない。革新的な階層意識に芽生えたのでも、大学で学んだインテリゲンチャが左翼活動に覚醒したのでもない。サノは自分の信じることをなすために、「事業」という持続可能なモデルを選択した。そして、わずか4万円という元手からITやソーシャルの力を駆使して、その事業を育て上げることに成功した。

 この話を、社会起業の先進地域である欧米圏でなく、むしろ「社会起業どころかまずは経済成長」と見られていた(いや、私が勝手にそう見ていただけだが)インドネシアで聞けたことに私は驚いた。

 インドネシアは、大きなポテンシャルを抱え、かつ継続的に成長を続けているとはいえ、まだまだ貧しい国だ。今もなお、貧困率(貧困線以下で生活する人の割合)、人間開発指数(教育や医療などの水準を加味した開発水準を示す指標)、1人当たりGDP(国内総生産)、いずれを見ても、生活に窮している人たちがたくさんいる。こうした市場でビジネスを、と考える時、よく用いられる言葉が「タイムマシン経営」という言葉だ。インドネシアの発展は遅れている。「進んでいる」私たち日本が10年前に経験したことをこれから経験するだろう。だから、私たちの10年前の経営や技術を持ち込めばそのまま受け入れられるはずだ、と。かつて日本市場で日本企業が、米国の10年遅れの経営や技術を導入して成功した体験がそう言わせるのかもしれない。

 だが、インドネシアにはすでにサノのような社会起業家が出てきている。日本においてもカネにしにくい「環境」をテーマに、ITやソーシャルの力を借りて事業を組み立てるような経営者が出てきている。しかも、その動きに共感して商品を買って活動を支える企業や、若者のチャレンジに融資を引き受ける金融機関もある。それは、成熟した社会でなければ見ることができない光景だ。確かに生活水準では日本に及ばないが、インドネシアの社会とそこに生きる人たちの意識は、私たちが想像するよりずっと成熟していて、豊かで、鮮やかな先進性を持っている。そのことを突き付けられて、私はインドネシアに対して抱いていた先入観を恥じ、特集のコンセプトを練り直すことにした。

 思うに、かつて日本で米国に対するタイムマシン経営が成り立ち、いまインドネシアなどの新興国で日本に対するそれが成り立たないのは、言い古されたことだが、世界がフラット化していることの証左の1つだろう。物理的な移動の制約を受けない「情報」は、ほぼ時間差なく瞬く間に世界に伝播する。私は、人間の本来の能力に民族間の大きな差異はないと信じている。とすれば、サノのような青年は世界各国で生まれ得るだろうし、おそらく現に生まれているはずだ。

 1日1ドル以下での生活を余儀なくされている人もいれば、ITやソーシャルを駆使して起業する若者もいる。消費社会と情報化社会が一度に押し寄せ、テレビもない家庭で家族全員が携帯電話を操作している。先進国がたどった「段階」を経ずに、経済成長に伴う様々な事象が「同時」に押し寄せているのだろう。フラット化していく世界において、新興国を舞台に起きているこの「同時性」は、混沌と同時に、先進国の周回遅れでない新興国独自の活力や魅力を生み出していくように思える。

 サノは今、また新たな事業に取り組もうと準備を進めているという。それは何かと問うと、まだ言えない、と笑った。別の「裏切り」を与えてもらうために、私はまたこの青年に面会を乞うことになりそうだ。そう思いながら私は取材を終えた。

 残念ながら紙幅の関係で特集にはサノの話を1ページも書くことができなかったので、このコラムを借りて書き残すことにした。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130502/247539/?ST=print


 

 

なぜ、日本女性の社会進出はこんなにも遅れたのか

いっそ、クオータ制を40年の時限立法で導入しよう

2013年5月9日(木)  慎 泰俊

 今年の4月に、オックスフォードで開催された「スコール・ワールド・フォーラム」に参加した。eBayの創業者であるジェフリー・スコールが設立した財団がバックアップしているこのカンファレンスは、「社会起業家のダボス会議」とも呼ばれる。

 欧米の社会起業の歴史と層の厚さにも驚かされたが、それ以上に驚かされたのは、参加者の男女構成。このカンファレンスでは、参加者、スピーカーともに女性が半数を占めていた。スピーカーの質を見ていても、特にジェンダーギャップに配慮した結果とも思えない。

 日本における女性の社会進出はだいぶ遅れている。こういった現状を変えるために、様々な職位における女性の比率を強制的に一定以上にするクオータ制(英語ではquotaで、4分の1を指すquarterとは違う)の是非について盛んに議論がされているが、その是非について考えてみたい。

日本企業における女性の社会進出度の低さ

 まずは事実確認から始めよう。

 世界経済フォーラムが毎年発表している「グローバル・ジェンダー・ギャップ・レポート」での、女性の社会進出度の評価における日本のランキングの低さが世間をにぎわせている。同レポートにおける日本の総合ランキングは135カ国中101位で、これは先進国中では非常に低い水準といえる。

 もちろん、この評価の方法について様々な議論があり、特に各項目のウェイトづけの仕方についてはその恣意性も指摘されるところだ。日本の場合、総合101位の内訳は、女性の社会進出で102位、教育/学歴で81位、健康で34位、政治参加で110位となっているが、単純平均しても101位という順位にはならない。以前、このレポートを書いた人と話したときに、そのウェイトのつけ方の根拠について聞いてみたが、これについてはまだ試行錯誤をしているということだった。

 評価項目における恣意性が排除できないようなランキングについては、時系列で見ることで分かることがある。これまでの日本のランキングはどのように推移してきたのだろう。それは次の通りとなっている。

2006年:80位
2007年:91位
2008年:98位
2009年:101位
2010年:94位
2011年:98位
2012年:101位
 このように、日本のランキングはどちらかというと、少しずつ下がっている、もしくは少なくとも相対的に改善していないということは分かる。

 もう一つ数字を見てみよう。3年前の記事だが、ニューヨーク・タイムズが会社の取締役における女性の数の比較をしている。その時の数字は次の通りだ。日本の取締役の数は1.4%であり、先進諸国(というより欧米)に比べて非常に低い。


 また、大和総研の伊藤正晴氏のリポート「女性取締役でみた女性の活躍状況の国際比較」(2012年)によれば、数百社を対象にした女性の取締役の比率は、ノルウェー37.9%、米国13.9%、フランス13.4%、ドイツ10.7%、中国10.3%、英国10.1%、韓国1.8%、日本0.7%だという。

 こういったデータだけで何らかの結論を下すのは早計かもしれないが、少なくとも日本企業における女性の社会進出の程度は相対的に低いといえるのだろう。

なぜいまだに男女格差が生じるのか

 男女の優秀さに先天的な差はないのだから、男性ばかりが企業経営に関わっている現状は、社会にとっての大きな損失だと個人的には考える。しかし、なぜこのような格差が生じるのだろうか。いくつかの説明を紹介してみよう。

 1つの説明は、男女間で受けている教育の格差が男女間の能力差につながっているのではないか、というものだ。一般企業の会社員が取締役になるのは早くても40代、通常では50代からだから、その年齢にある人々の大学卒業時期である1980年代のデータを見る必要がある(下図参照)。


 確かに1980年代までは男女の大学進学率には格差が目に見えて存在しているし、トップ大学における女性比率は今も低い(例えば、現在においても東大や京大の女子学生比率は2割程度と、全体平均の4割の半分)という現実もあるが、それは取締役1.4%の現実を説明できるに十分な水準ではないだろう。

「女がしゃしゃり出るな」

 もう1つの説明は、現在の取締役(その人々が新しい取締役を選ぶ)が男性中心主義で、女性を選出しようとそもそも考えていない、というものだ。確かに、(いまだに時々そういう人々を目にしてびっくりするのだが)、「女がしゃしゃり出るな」とか「中国の歴史を見ろ、女が政治に出てくるとだいたい変なことになる」といったことをいまだに本気で考えて、酒を飲むと口にするオジサンたちが日本にはいる。ある大企業は、こういった考え方から全く抜けだしていないにもかかわらず、「会社の宣伝になるから」という理由で女性の執行役員を選任したりする始末だ。しかしながら、さすがにこういった考えの人々は減ってきているし、これだけが女性の取締役が少ない理由とは考えにくい。

 3つめの説明は、より微妙な人間関係が理由となり女性の取締役が選出されにくくなっている、というものだ。自分で起業する場合はさておき、会社(特に大企業)において出世するためには社内政治に強くならないといけない。日本企業において、この社内政治の強さは、「飲みニケーション」に代表されるような仕事以外の場面での付き合いの濃さに影響される。

 この飲みニケーションの二次会もしくは三次会では、キャバクラやガールズバーのような女性が行きにくいお店に行くことも多く、結果として女性がこういったつながりから排除されることになる(ところで筆者もこういうお店が苦手で、こんなとこに来るのなら女の子を自分で誘って飲みに行けばいいのに、と思う)。しかしながら、飲みニケーションだけで人が出世するわけではないし、この説明も百点満点とはいえないだろう。

 ほかにも様々な説明があるが、どれも完璧な説明にはなっていない。それには理由がある。社会課題は、複数の問題が複雑に絡まり合って出来上がっているものであり、単純な答えはなかなかないのだ。

 フェイスブックのCOO(最高執行責任者)であるシェリル・サンドバーグのようなロールモデルとなる女性経営者が登場すること、そのための大学教育のあり方を変えること、産休や育休などがキャリアに悪影響を与えないようにすること、男性中心で作られている会社の諸制度を入れ替えることなど、やるべきことは様々で、それら各項目は関連し合っている。

取締役40%ルールの妥当性

 こういったシステム的な問題を解決するためには、かなりしっかりとした変革のための設計図と実行のための時間を要する。とはいえ、大きな飛躍を成し遂げるための方法はある。それは、政治がリーダーシップをとり、ルールを上から押し付けて変えてしまうことだ。具体的には、ノルウェーのように、取締役40%ルール(クオータ制)を導入することだ。

 1978年に制定されたノルウェーの男女平等法には、こう明記されている。

 「公的機関が4名以上の構成員を置く委員会、執行委員会、審議会、評議員会などを任命または選任するときは、それぞれの性が構成員の40%以上選出されなければならない。4人以下の構成員を置く委員会においては、両性が選出されなければならない」

根強い反対乗り越えクオータ制を導入したノルウェー

 また、ノルウェー企業において「取締役の40%以上を女性にしなければいけない」という法律は2002年に成立している。同じような法律はヨーロッパの多くの国で制定されている。

 クオータ制は、かなりの荒療治なので、副作用も少なくない。例えば、女性取締役のクオータ制を導入すると、短期的に企業の業績が悪化することが知られている。その一因は、取締役になるのに十分な訓練や経験を積んでいない女性従業員が、「数合わせ」のために管理職に就くことが多くの企業で生じることにある。

 そのために、クオータ制を政治主導で導入しようとすると、企業から大きな反発に遭うことは必至だ。実際に、比較的に女性の社会進出が進んでいるヨーロッパにおいても、クオータ制は根強い反対を乗り越えて可決されてきた。

 また、クオータ制は、ある意味で逆差別であるという批判に遭うこともある。これまで出世のために頑張ってきて、クオータ制がなかったら取締役になれたかもしれない男性社員への差別ではないか、というわけだ。マイノリティーなどのための特別な大学入学枠などを設けたアファーマティブ・アクション(格差是正措置)に対する批判と類似した批判といえよう。

副作用はあっても、現状維持を上回るメリットがある

 こういった問題があることは承知のうえで、なおクオータ制は十分に検討に値すると筆者は考える。女性の社会進出がシステムとして抑制されているような状況においては、現状の変化を企業の自発的行動に任せていては、変化がやってくるには数十年がかかるだろう。現状が継続されることによる損失や不正義の程度は、クオータ制導入に伴う企業の短期的な業績悪化や逆差別によって人々が受ける不正義よりも大きいはずだ。

 例えばだが、40年の時限立法としてクオータ制を導入したらどうか。40年があればエコシステムは育つからだ。この40年のうちに、女の子たちも将来に社長になることを明確なキャリアビジョンとして描いて人生を歩いていけるようになる。企業も女性の登用と育成をより真剣に考えるようになる。そうして、法律そのものがなくなっても、もはやクオータ制は必要でなくなるはずだ。

エコシステムは40年あれば育つ

 スコール・ワールド・フォーラムでは、ノルウェーの女性初首相であるグロ・ハーレム・ブルントラントさんと話をする機会があった。彼女は、ノルウェーの女性進出において多大な貢献を果たした一人だ。ノルウェーでの一連の立法について彼女が語っていたことは、印象深く残っている。遠く先を見つめる政治のリーダーシップのあり方について、深く考えさせられた。

 「ノルウェーがもともと女性に対して開かれていた国かというと、それは大きな間違いです。1970年代にはノルウェーは男性中心社会でしたし、2000年頃においても、女性の取締役の比率は7%程度にしか過ぎませんでした。取締役40%ルールは党内でも大きな反対にありました。でも、私は自分の考えが正しいと信じていました。自分の考えが正しいと信じるところに長期的な失敗はありません。やがて女性のリーダーが育ち、最初のうちはあった反対派も、時間が経つうちにいなくなっていきました」


越境人が見た半歩先の世界とニッポン
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130507/247627/?ST=print


04. 2013年5月13日 00:49:20 : RfoJKVEpbs
 ビジネス知識源(本マガジンは


G7、中銀に一段の成長刺激策は求めず=ドラギECB総裁
2013年 05月 12日 08:30 JST
[アイルズベリ(英国) 11日 ロイター] 欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁は11日、主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議後の会見で、G7では、世界経済押し上げのため主要中銀に一段の行動を求める要請はなかったことを明らかにした。

オズボーン英財務相はG7会議前、G7は「回復支援のため、金融活動がさらに何をできるかを検討する」と述べていた。

しかしドラギ総裁は、一段の措置を講じるよう求める圧力にはさらされなかったとし、「一段の行動の要請はなかった」と述べた。

「すべての中銀が、各々の責務の範囲内で多くのことを行ってきたのは極めて明確だ。従って(G7会議では)そのことに留意しただけだった。われわれすべてが実際に積極的に行動してきた」と指摘した。

ドラギ総裁はまた、資産担保証券(ABS)を活用してユーロ圏の中小企業への貸し出しを促進することができないかどうか、ECBが検討していることも明らかにしたが、ECB自体が主要な役割を果たすのではなく、他の欧州の機関を支援する方が良いとの考えを示した。

総裁は「ECBの役割は何だろうか。ECBは、欧州投資銀行(EIB)および(欧州)委員会と協力するため、主として触媒役であると思う。ECBよりむしろ、そうした機関の行動如何だと思う」と述べた。

G7は銀行セクターの改革推進で一致、日銀の緩和策を容認する姿勢
2013年 05月 12日 08:14 JST
[アイルズベリ(英国) 11日 ロイター] 主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議は11日閉幕し、破綻行の対応措置を推進することで合意した。景気刺激に向けた日本の取り組みについては、容認する姿勢が示された。

議長国である英国のオズボーン財務相は閉幕後の記者会見で、完了していない銀行セクターの改革に関するものが討議の中心だったと明らかにした。

財務相は「『大き過ぎてつぶせない』銀行がないように、取り組みを迅速に完了することが重要」とし、破綻行の対応と納税者の保護を、世界的に一貫したかたちで行えるような体制を築くべきと述べた。

対キプロス支援は、銀行セクターの抜本改革の必要性を認識させるものとなった。

ユーロ圏の銀行同盟実現を一層支援するよう、ドイツには圧力がかかっている。単一通貨圏を強化するものとなるが、ドイツは将来の銀行支援で自国が巨額を負担するようになることを懸念している。

米財務省の高官によると、より良い銀行監督の仕組みだけでなく、バランスシートを改善し、貸し出しの状況を正常化できるようにする必要性にも焦点が当たった。「ユーロ圏関係者の間では切迫したような感じがあった」という。

ショイブレ独財務相はこれに対し、ユーロ圏危機がもはや世界経済にとっての主要リスクではないとの見解を示した。

前回の20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議と同じく、日本は円の急落につながった大胆な緩和強化策に関する批判を免れた。

オズボーン財務相によると、G7は財政・金融政策は為替操作ではなく、国内問題を目的とすることを確認した。

同財務相は「われわれは為替レートを目標としない」とし、「今年のG7声明は成功だった。順守されている」と述べた。

G7会合前には、一部新興国の政策担当者などから、日本が近隣窮乏策で輸出主導の景気回復を図っており、円安が他地域の成長を阻害する可能性があるとの懸念の声も出ていた。ただ、日本に長年景気浮揚策を求めてきた手前、他の主要国も日本に強く出られない事情もある。さらに、米連邦準備理事会(FRB)やイングランド銀行(英中央銀行)が日銀と同様の金融緩和に踏み切っているという事実もある。

麻生太郎財務相は日銀の金融政策について「批判的な意見はなかった」とした。一方、ショイブレ独財務相は「集中した討議」を行ったとし、状況は注視されるべきと述べた。

ルー米財務長官は前日10日、G7開幕を前にCNBCの番組で、日本は「成長面の問題」があるものの、通貨切り下げ競争を回避するため、景気を刺激する方策は為替の国際合意の範囲内にとどまる必要があると述べ、日本が円安方向に為替を操作している兆候がないかどうか注視する姿勢を示していた。

ルー長官は「日本は長い間、成長面の問題があり、われわれも日本に対処するように働き掛けてきた。それゆえ、日本が国際合意の範囲内にとどまるのであれば成長は大事な優先課題だと私は考える」と述べた。その上で「私はただ基本原則に立ち戻っているだけで、それについては我々は注視していることを明らかにしている」と説明した。

一方、麻生財務相は同日、G7会議の1日目の討議で「長引いたデフレマインドの払しょくのために財政政策と金融政策を同時に大胆に発動するということで、政府と日銀が一体となって財政・金融政策の連携を格段に強化したことを説明した」と述べ、「各国が自国経済のために(金融緩和などを)やることに対する理解は深まりつつある」との見方を示した。

為替については「話すことはない」とし、「そういう話はしないことが世界のルール」と述べるにとどめた。

日銀の黒田東彦総裁は、日銀の政策は為替をターゲットにしているわけではないとし、為替レートは基本的に市場で決まるとの考えを示した。

また財務省高官は金融政策について、国内目的に焦点を合わせ、為替を操作すべきでないとした合意を日本は順守しているため、他国が政策を注視しても気にしないと話した。

10日のG7会合で円安に関する討議は行われなかったとも述べていた。

円の対ドル相場は10日、4年半ぶりの安値に下落。対ユーロでも一時3年ぶりの安値をつけた。

こうした円安の流れは、日本の投資家が外債へとシフトしていることも反映している。

レーン欧州副委員長(経済・通貨問題担当)は10日、記者団に「20カ国・地域(G20)、国際通貨基金(IMF)のこれまでの決定に沿って、通貨戦争に関する討議は行わないことが重要だ」と述べ、各国間の経済政策を調整する、より優れた方策について議論されると語っていた。

ショイブレ独財務相も同日、G7会合開始にあたり記者団に対し、G20が為替相場の操作によって競争力を向上させることはしないと確約したことを念頭に置いておくことが重要と指摘。日本は為替問題に対し慎重なアプローチをとることを確約していると述べていた。

<成長が焦点>

今回のG7会合では、緊縮策を緩和する必要性についても議論が集中した。ドイツや英国、カナダはこうした動きを誤ったものとみなしているが、米国やフランス、イタリアが推進している。

オズボーン財務相は債務削減と成長促進策のどちらかに焦点を当てるべきかについて、広く予想されているより意見に食い違いはなかったと述べた。

同相は「信頼できる中期的な財政健全化策の必要性」をG7全体が認識しているとした上で、「柔軟性が必要ということでも合意した」と述べた。

オズボーン英財務相はG7会議前、景気支援のため金融政策がさらに何ができるかを検討すべきと提案していたが、この呼び掛けには耳を傾けられなかったようだ。

欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁は11日、記者団に対し、「一段の行動の要請はなかった」と述べた。

「すべての中銀が、各々の責務の範囲内で多くのことを行ってきたのは極めて明確だ。従って(G7会議では)そのことに留意しただけだった。われわれすべてが実際に積極的に行動してきた」と指摘した。

関係者の間では、国際通貨基金(IMF)会合から間を置かずに英国が会議の開催を呼び掛けたことを疑問視する声も挙がった。

だがイングランド銀行(英中央銀行)のキング総裁は「公式声明で合意するという負担から解放され、会議の参加者の歯車が前よりかみ合っており、その結果、G7が直面する問題や課題の一部を推進するための実質的な進展があった」と述べた。

G7会合が公式な共同声明を出さず、率直な意見交換を行う場に復帰したことについては、参加者から歓迎する声が聞かれた。

IMFのラガルド専務理事は「非公式の設定では、タブーとなる議題はない」と話した。


G7でドル100円突破の議論なかった、円安批判もなし=麻生財務相
2013年 05月 12日 08:20 JST
[アイルズベリ(英国) 11日 ロイター] 麻生太郎財務相は11日午後、主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議終了後の記者会見で、4年半ぶりの円安水準をつけたドル/円相場について、会議で「100円突破がどうのこうの(との議論は)一切なかった」と述べた。日銀の金融緩和や円安についても「批判的な意見はなかった」という。

10日の外国為替市場では、海外時間の取引でドルが一時101.98円まで上昇した。財務相は今回のG7で「為替や金融政策については、2月のG7声明が極めて有意義だった、非常に成功だったというのが共通の認識」とのみ話し、円相場の水準について「為替に関してコメントすることはない」と言及を避けた。

<G7は財政と成長、金融規制など議論>

G7は今回も会議で、財政再建と成長の両立をめぐって議論。財務相によると「財政(出動の)余力のある国は足元の景気により配慮すべきとの意見、財政健全化が景気回復に不可欠といった意見があったが、中期的に財政健全化を着実に進めることが重要との認識が共有された」という。日本側からは財務相が、年央に財政健全化計画を策定する方針を重ねて説明した。

議長を務めた英国が、主要議題のひとつとして取り上げた金融規制については、問題を抱える金融機関の処理対応や店頭デリバティブ市場改革など、各国間で異なる規制を整合的にするための意見交換が行われた。財務相は「預金保険制度(など)破綻処理制度が金融危機の収束に重要な役割を果たしたことを紹介し、国際的な議論をさらに進めることの重要性を指摘した」という。

<黒田日銀総裁が金融緩和の狙い説明、各国の理解「さらに深まった」>

日銀の黒田東彦総裁は、会議の席上で金融緩和策の狙いや波及効果などについて各国に説明。大規模緩和の導入で、1)長めの金利や資産価格のプレミアムに働きかける効果、2)民間金融機関の貸し出し増加を促す効果、3)市場や経済主体の期待を抜本的に転換させる効果──が期待できると主張し「15年続くデフレを脱却するとの国内目的に資するもの」と解説した。

出席者の反応を記者団から問われた総裁は「インフォーマルな意見交換ができた。緩和の背景、狙いや波及チャネル、今の日本の金融資本市場の反応についても十分説明ができた。理解がさらに深まった」と述べた。

同時に総裁は、国債市場の変動幅が大きくなっていることについて、国債から他の資産や貸出への資金移動が「すでに起こっている」としながら、日銀が「今後年間50兆円のペースで国債の保有残高を増やす」方針をあらためて強調。大きな価格変動にも「オペのやり方を若干調整し、ボラティリティ(変動率)は低下してきている。長期金利が跳ねることは予想していないし、そうならない」との考えを示した。今後も「物価が2%に向けて上昇する中で、名目金利が上がる可能性はあるが、それはある意味自然なかたち。当面は量的緩和で長期金利が跳ねることはない」と話した。

(ロイターニュース 木原麗花;記事作成 基太村真司;編集 田中志保)




G7、為替相場の動向で日本と集中討議行った=独財務相
2013年 05月 12日 08:26 JST
[アイルズベリ(英国) 11日 ロイター] ドイツのショイブレ財務相は11日、主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議で為替相場の動向に関し、日本と集中した討議を行ったと明らかにした。

ショイブレ財務相は、既に明確化しているコンセンサスがあることを日本側に伝えたと述べた。G7会合前には、政策担当者から、日本が輸出主導型の回復を促しており、円安が他地域の成長を阻害する可能性があるとの懸念の声が出ていた。

財務相はさらに、ユーロ圏危機がもはや世界経済にとっての主要リスクではないとの見解を示した。また、「比較的高水準の流動性」が問題を引き起こす可能性があると付け加えた。

一方、バイトマン独連銀総裁は金融政策で構造的な問題を解決することはできないと繰り返した。低金利の時期が長引くほど、安定性へのリスクが増大するとしている。


05. 2013年5月15日 02:34:29 : niiL5nr8dQ
【第112回】 2013年5月15日 週刊ダイヤモンド編集部
政官財と日銀が張り始めた
地方銀行再編の包囲網
自民党の「日本経済再生本部」が、政府に銀行再編の促進を提言する構えを見せ、地方銀行がざわつき始めている。企業の資金需要の低迷で、利益が伸び悩む地銀は包囲網をどう突破するのか。

 ふくおかフィナンシャルグループ(FG)のように広域(福岡・熊本・長崎)をカバーする銀行グループのさらなる誕生を促進すべき。地方銀行再編により、地域企業を指導・育成するための専門性を持った平成版長期信用銀行を設立──。

 4月中旬。与党・自民党で成長戦略などの立案を担う「日本経済再生本部」は、政府への中間提言の素案に、地域の再生と円滑な資金供給に向けて県境を越えた銀行再編の必要性を説く、異例の文言を盛り込んだ。

 元官房長官で政策通の塩崎恭久衆院議員を中心にまとめたとされるこの提言案に、当事者の地銀、第二地銀関係者は強烈に反応した。

「あんたたちはまたそうやって先生方の振り付けをするのか」

 素案を見た東日本の地銀幹部は、怒りが収まらなかった。銀行を監督する金融庁が政治家に根回しをし、間接的に再編の圧力をかけてきたと感じたからだ。素案を片手に受話器を取ると、金融庁に電話をかけ、怒りをぶちまけたという。

「なぜ与党が再編に言及し始めたのか」。地銀の間で動揺が広がる中、濡れ衣を着せられた格好になった金融庁は、幹部も動員し事態の収拾に動く。

「再編の事例として、特定の金融機関の名前を挙げるのはいかがなものか」「長信銀の設立というのは筋があまりよくないのでは」

 議員会館を回り、与党議員の説得をする中で、素案の具体的な文言の調整に乗り出したのは、4月下旬に入ってからだった。

 大型連休直前まで続いた調整の結果、党の再生本部が近く発表する最終案には、「ふくおかFG」や「長期信用銀行の設立」といった文言は削除され、「地域金融機関の広域での提携・再編等を通じた企業・産業サポート力向上」という表現に書き換えられた。

 霞が関の官僚たちは日々、文書のやりとりにおいて、自分たちの不利益になるような表現にならないよう、「てにをは」一つにも執拗にこだわる。今回も独特の「霞が関文学」の下、再編という文脈の中に「提携」と「等」という単語をねじ込み、再編促進に向けた制度設計を迫る政治の圧力を、かろうじてかわしたようにも見える。

 ただ、政治もそれほど甘くない。党金融調査会に所属する、ある議員は、「『地域金融機関の再編促進』というタイトルは提言に残した。言葉尻を捉えて金融庁が何もしませんというなら、徹底的にやり合いますよ」と語気を強める。

 ではなぜ、党の再生本部が票につながりにくい、地銀の再編にここまでこだわるのか。それは「銀行への過保護行政で金融機関は債券運用などやすきに流れ、企業融資や再生への腰が重いことで、企業の新陳代謝を削いできた」(前出の議員)との思いが強いからだ。

 日本銀行の金融緩和によって低金利の状態が長く続き、特に地方の銀行は本業の融資で利ざやが縮小。徐々に体力を低下させている(下図参照)。そうした厳しい経営環境下でも、リーマンショックや東日本大震災を大義名分に銀行を過剰に保護するような政策が取られ、それに甘えてきた銀行や企業は確かに少なくない。


日本経済再生本部の政府への中間提言の素案に「再編」の文字が登場し、地銀、第二地銀に動揺が広がる
Photo by Mieko Arai
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政官に加えて
日銀も尻をたたく
新規融資の実行

 現在の「ぬるま湯」ともいえる環境を改め、銀行が企業再生や新規融資に積極的に取り組む土壌づくりが、経済再生には不可欠だ、というのが彼らの考えだ。

 与党議員の言動には警戒を強める金融庁も、実はそうした思いを一部共有している。それをひもとくキーワードが、金融庁が異例ともいえる期の途中で改正に踏み切った、監督方針の中に見て取れる。

「新規融資の積極的な取り組みを促していく」「新規融資の審査基準について……」──。わずか2ページ強の文書の中に、これまでなかった新規融資という単語が都合、14回も登場、同時に銀行が企業に対して経営改善や事業再生に努めるよう強力に促している。

 これが意味するところは何か。表向きは政府のデフレ脱却に向けた政策に歩調を合わせるための方針改正だが、裏では地域経済が疲弊する中で銀行が新方針についてゆく体力があるかないかを試す「リトマス試験紙」の役割も狙っているのではないかとみられている。

 金融庁が危惧するのは過激な政策によって金融行政の一貫性や連続性が崩れることであり、銀行が再編によって経営基盤を強化すること自体は、むしろ「大いに歓迎だし、じり貧になる自分たちの将来を真剣に考えてほしい」(当局幹部)という立場だ。アプローチの仕方こそ違うものの、政官の目線は大きく違わない。

 それに加えて、中央銀行の日銀でさえも、「次元の違う」金融緩和というバズーカ砲を放ち、殿様気分が抜けない地銀の屋台骨を揺るがし始めた。

 企業の資金需要が低迷する状況で、地銀はだぶついた預金を国債などの運用に回し、金利と売却益で何とか食いつないできた側面がある。その国債を日銀が発行額の7割も買い上げることになり、資金の行き場を失いつつあるのだ。

 必然的に、新規の融資先開拓に動かざるを得なくなる。地銀からは「ハッパをかけられて増えるようなら、とっくに増えている」との恨み節も聞こえるが、周囲には地銀は取り組みに消極的としか映らないのが現状だ。

「地域金融機関にも新たなビジネスモデルが問われている」。経済同友会が3月にまとめた提言には、再編という言葉は使われなかったものの経営の構造転換に向けて一歩踏み出すことを促す文言がちりばめられた。この提言を中心になってまとめたのは地銀の関係者であり、自民党の再生本部がまとめた提言の下地になったとされる。

 身内からも再編の圧力がかかる中で、地銀の取り得る選択肢は徐々に狭まっている。もはや、与党の提言が政策にどう反映されるかに気をもむ暇はなくなりつつある。いよいよ、再編へ向けた最終コーナーが近づいてきている。

 (「週刊ダイヤモンド」編集部 新井美江子、中村正毅)
http://diamond.jp/articles/print/35916

【第279回】 2013年5月15日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]
失敗せずに上手に活用しよう!
NISA(日本版ISA)のポイントQ&A
 金融業界に特化した情報誌である『週刊金融財政事情』の4.29-5.6号の特集タイトルは「日本版ISA争奪戦はじまる」だった。通称「NISA」、日本版ISAは、英国のISA(Individual Savings Account)にちなんでスタートする投資優遇税制で、始まるのは来年からだが、その専用口座の獲得を巡る戦いが、金融機関の間ではすでにかなりの熱気を帯びている。

 しかし、個人が日本版ISAでどのようにお金を運用したらいいのかについては、誤解であったり、あまりにも商業的なバイアスを帯びていたりする情報が、すでに流れ始めているようだ。

 本稿では、ダイヤモンド・オンラインの読者のために、日本版ISAを失敗せずに上手に活用する、注意事項とコツをお知らせしたい(明らかな損はしてほしくないので!)。

 以下、Q&A形式でお伝えする。

Q1.
NISAとは要するに
どんな制度なのか?

 運用益に対する非課税優遇制度だ。1人が1つ専用の口座を開設し、1年に100万円まで上場株式や投資信託に投資でき、この運用益(配当・分配金、譲渡益の両方)に対する課税が5年間非課税になる。

 この制度は、現段階では2014年、つまり来年に始まって、2023年の投資分までが対象になる時限措置だ。5年間経過後は、今のところ一度だけ翌年の非課税枠内で同じ資産をそのまま保有する、ロールオーバーと言われる措置をとることもできる。

 5年目からは、1人最大で500万円が非課税で運用できる計算だ。

 今のところ、この制度は10年間の期限付きだが、今後、恒久化される可能性がある(残念ながら確実にではないが)。

 要注意なのは、一度買い付けた運用対象を非課税優遇期間の途中で売却した場合、その代金を非課税口座に再投資して優遇を受け続けることができない点だ。

 使い方を考える上でポイントとなる特色は以下の通りだ。

 @運用益への最長5年間の課税免除

 A途中売却すると非課税対象から外れる

 B1人、1年間、100万円まで

 C1年に1口座(=1金融機関)

 D投資可能期間2014年〜2023年(延長され恒久化の可能性あり)

Q2. 
NISAは投資家に
とって得な制度なのか?

 非課税自体が是非利用すべき「得」であることは間違いない。使わないのは、一言でいうと「もったいない!」。

 ただし、NISAのスタートと同時に、これまで株式や株式投資信託に適用されていた税制上の優遇措置(本来20%の税率が10%で済んだ)がなくなるので、大きな金額を運用しているお金持ちにとっては、「以前よりも損になった」ということになる可能性がある。

 とはいえ、なくなった優遇措置を惜しんでいても仕方がない。利用できる制度を最大限に利用することを考えるのが合理的だ。お金持ちには、損得に敏感でケチな人が多いから、大丈夫だろう。

Q3.  
NISAの口座は
どこに開くといいのか?

 投資したいと思う運用商品があることが、何と言っても第一条件だ。次に、同じ投資商品なら手数料の安い金融機関であることが大事だ。同じ投資信託でも、金融機関によって購入時の手数料が異なることがある。

 また、たとえば運用内容がほぼ同じ投資信託でも、信託報酬(運用・管理に対して継続的にかかる手数料)が高い商品しか扱っていない金融機関は不適当だ。

 NISAについては、証券会社ばかりでなく、メガバンク、地方銀行、信用金庫にゆうちょ銀行まで含む金融機関で、顧客の争奪戦がすでに始まっている。

 しかし、たとえば、銀行の多くについては、対象となる投資商品の取り扱いが少ないことと、取り扱う投資信託の手数料が高すぎることとの2点から、NISAには不適当だと断言できる。

 銀行の方々にとっては不本意かもしれないが、現在の投資信託の銀行窓口販売の商品ラインナップと商品の手数料を見ると、こう言わざるを得ない。文句を言うより先に、もっと顧客志向の良心的な商品を揃えるべきだろう。前向きに考えるとすると、NISA導入をきっかけに、心を入れ替えて、商品ラインナップを見直してはどうか。

 証券会社について、手数料面ではネット証券が安い。対面営業の証券会社は手数料が高い傾向があるが、少々の手数料を払ってもこちらの方が安心だという方もいるだろう。

 筆者は、ノーロード(購入時手数料ゼロ)や信託報酬の安い投資信託の扱いが多いことと、内外のETFなど取り扱い商品が十分幅広いことからネット証券をお勧めしたいが、筆者はネット証券の社員でもあるので(楽天証券に勤務している)、信用するかどうかは、読者が決めてほしい。

 本稿では、正しいと思うことを客観的に書いているつもりだが、筆者が利害関係者であることはお知らせしておくのがフェアだろう。

 いずれにせよ、NISAに向けて、個々の金融機関がどのような商品ラインナップを用意してくるかに一番注目したい。

 現在は、金融機関が税務署に提出する口座開設の申請書の「送付予約」の獲得を競っている段階で、申請書は5月末くらいに顧客に送付が開始される見込みだ。1人1口座でもあり、金融機関は早期に顧客を囲い込むべく競争に前のめりになっているが、申請書の提出時期は今年の10月とまだ先なので、しばらく様子を見て広い範囲で比較検討することをお勧めしたい。まだ急ぐ必要はない。

Q4. 
高分配の投資信託は
NISAに向いた運用商品なのか?

 毎月分配型、あるいはこれに加えて通貨選択型など、分配金の大きな設計の商品が、現在の投資信託の売れ筋だ。しかし、高分配の商品はNISAには向かない。

 同じ運用利回りが可能なら、収益を分配せずにファンド内で再投資してくれる方が、より大きな運用額に対して税制優遇が得られるので、分配金が大きいことは明らかに損だ。

 もっとはっきり言ってしまうと、こうした商品のほぼ全てが、お金を効率よく増やすことに向いていない(仕組みとして損だし、手数料も高すぎて、「話にならない」)。NISAだけでなく通常の運用でも、こうした商品は早く卒業すべきだ。

Q5.
NISAの口座では
どんな資産に投資したらいいのか?

 非課税のメリットを最大限に活かすためには、自分が運用している全資産の中で、期待する投資収益率が高い資産をNISAに割り当てるのが賢い。

 投資信託で言うと、通常は株式の比率が高いファンドの方が、リスクはあっても期待収益率が高い。バランス・ファンド(株式と債券の両方を含むファンド)よりも、株式100%のファンドを選ぶ方がいい。

Q6. 
NISAは自社株や
個別の株式の投資に向くか?

 上場株式への投資もNISAの対象になる。しかし、100万円では多数の銘柄に分散投資することが難しいし、個別の株式の場合、業績見通しの下方修正などで、5年間に途中売却したくなる機会が訪れる可能性が小さくない。

 はっきり言って、ファンドマネージャーでも企業の5年先はわからない。かなり大きな金額を株式で運用している人が、ポートフォリオの一部で、「5年間は売らないぞ!」と強く思う株をNISAで保有するといったケースはいいかも知れないが、株式での運用額がせいぜい数千万円程度の一般投資家には、NISA口座での個別株投資はお勧めしない。

 NISAには、幅広く分散投資されたインデックス・ファンドのような資産を置いて、長期保有し、個別株はNISA以外の口座で投資するといった組み合わせがいいと思う。

 同じ理由で、特定の投資テーマに特化した投資信託なども、NISAでの投資には向かない。

Q7. 
積み立て投資は
NISAに向いているのか?

 向いていない。投資できる資金を持っていない場合は、毎月こつこつと積み立てて資金をつくっていくことは悪くないやり方だが、ゆっくり投資額を増やすことになるので、税制優遇される期間と金額をフルに使えないことになる。

 また、買い付け時期の分散(たとえば「ドルコスト平均法」)には、投資理論的には、気休め以上の意味はない。

 資金が用意できれば、自分が投資するのが最適だと思う額を早めに投資するのが合理的だ。

Q8. 
NISA口座以外での運用と
NISAの運用はどう関係するか?

 両者は深く関係する。個人にとって問題なのは、「自分の運用額全体」の増減であり、それぞれの時点で運用資産が最適な状態にあるか否かだ。

 NISAには、運用計画全体の中で、@期待収益率が高くて、A固定的に長期保有しやすい、運用部分を割り当てるのがいい。

Q9.
NISAでの典型的な
運用プランはどんなものか?

 内外の株式のインデックス・ファンドを組み合わせて買うのが、多くの場合いいだろうと筆者は考えている。近年、内外の株価の連動性が高まっているが、それでも、分散投資によるリスク低減効果が全くなくなったわけではない。

 一例として、初年度は「国内株式(TOPIX)」に50万円、「先進国株式(MSCI-KOKUSAI)」に25万円、「新興国株式(MSCI-EM)」に25万円といった投資がいいと思う。2年目以降も同じでいいが、全体として50%、25%、25%の比率になるように投資金額を増減するといい。

 国内株式のインデックス・ファンドへの投資には、ETF(上場型投資信託)を使うと信託報酬が安く、明らかに得だ。ETFは、証券会社でなければ扱っていないので注意したい。

 先進国株式と新興国株式への投資は、海外市場に上場されているETFを使うか、公募の投資信託で、ノーロード(販売手数料ゼロ)で、かつ信託報酬が安いファンド(信託銀行系の運用会社が設定しネット証券で売っている商品に手数料の安いものが多い)を選ぶかが、微妙なところだ。

 別法として、全世界の株式に広く投資して手数料が安いバンガード社の「バンガード・トータル・ワールドストックETF」(海外上場のETFだ。ティッカーコードは「VT」)に70万円、TOPIXに30万円(こちらは国内ETFで投資)といった組み合わせでもいい。海外ETFへの投資に抵抗感のない人には、この組み合わせが手数料的に得で、かつシンプルかも知れない。

 なお、ファンドマネジャーが市場平均よりも高いパフォーマンスを目指して運用するアクティブ・ファンドと呼ばれるタイプの投資信託は、現時点では、手数料が高すぎるので避けるほうがいい。どんなに高くても年間1%以内、できれば0.5%以内の手数料コストの商品が望ましい。

Q10.
「山っ気」がある投資家は
NISAをどう使ったらいいいか?

 1年間に100万円までの投資枠なので、「山っ気」と言ってもたかが知れており、「プチ山っ気」くらいのものだが、NISAの優遇枠をできるだけ大きく使うという観点から利用方法を考えると、通常の投資の2倍、あるいは3倍のリスクで株価指数に連動する「ブル型」の投資信託が得になる可能性が、排除できないことに気がついた。

 下げ相場に当たると元本がゼロになることもあり得るハイリスクな商品であり、5年間の途中で売りたくなる可能性もあるが、株価が上昇したときに得られる税制上のメリットは大きなものになる。

 かなり大きな資金を持っていて、リスクの扱いに慣れた上級投資家向けだが、理屈上は一考の余地があると申し上げておく。よくよく検討した上で投資していただきたい。


【第5回】 2013年5月15日 
社会保障制度改革国民会議で
何が行われているのか
――日本総合研究所上席主任研究員 西沢和彦
安倍晋三政権では社会保障制度改革が話題に上ることはほとんどない。あまり注目されることのない社会保障制度改革国民会議では、一体、何が行われているのだろうか。国民会議は、昨年6月の民主、自民、公明の3党合意に基づき、社会保障制度改革推進法を根拠に、衆議院解散後の同年11月末に設置され、今年の8月21日が設置期限となっている。

国民会議は、現在まで11回開催されている。確かに、今年4月4日の第8回まで、事務局をつとめる社会保障改革担当室の意図は、医療とりわけ提供体制に力点を置いているという以外は、見えにくかった。昨年の第1回はキックオフ、第2回は衆議院選挙期間中でもあり委員間のディスカッション、安倍政権誕生後初となる第3回は仕切り直し、その後、第4回から第7回までの4回は医療を中心に各団体からの意見聴取が続いた。

しかし、4月19日の金曜日と22日の月曜日に土日を挟んで間髪を入れず開催された第9回と第10回の国民会議によって、事務局の意図の一端が垣間見えたといえる。国民会議では、何も行われていないのではない。その2つのポイントについて検討してみよう。

医療・介護施設の効率的な配置を
促すための基金の創設

 1つは、医療・介護施設の効率的な配置を促すという目的で、2014年4月と15年10月の2回に分け、10%まで引き上げられる消費税収の一部を使って新たに基金を設け、医療法人などに補助金を支給するということである。第9回の国民会議は、医療・介護に関する各委員からのプレゼンテーションであったが、1人の委員のプレゼンテーションを受け、翌20日に次のような報道が出た。

「厚生労働省は、医療、介護施設の効率的な配置を促すため、医療法を改正し、地域の複数病院をホールディングカンパニー(持ち株会社)型化した地域独占の医療法人(非営利)の設置を認める方向で検討に入った。「地域医療・包括ケア創生基金」(仮称)を新設し、新型法人などに補助金を支給する(中略)同基金には毎年、消費税の一部を投入することを想定している」(毎日新聞朝刊)

 医療、介護施設の効率的な配置とは何か。例えば、わが国は、国民1人あたりのMRIやCTの台数が極めて高い国として知られている。それぞれの病院が、それぞれ導入しているためだ。財源に限りがある以上、これは無駄だ。仮に、地域の複数の病院が連携し、医療機器を共同購入し共同利用すれば、効率的である。病院ごと診療科など得意分野をすみ分けるということでも同様のことがいえる。

 あるいは、病院は緊急性の高い患者の受け入れや手術に特化し、そうではない慢性的な患者は診療所や訪問看護などとすみ分けることで、限られた医療資源を効率的に使用することもできる。そのためには、病院、診療所、訪問看護ステーション間の連携が必要だ。こうした連携は、もちろん自発的にもなされうるが、それにとどまらず、政府が政策で後押しするというのが、ここでのアイディアであろう。

 民主党野田佳彦前政権のもと進められた社会保障・税一体改革では、消費税率引き上げ分のうち1%相当(2.7兆円)については、社会保障の充実に充てるという全体像となっていた。2.7兆円のうち年金0.6兆円、子育て支援0.7兆円については既に関連法が成立しているが、医療・介護の1.2兆円(給付増・負担減2.4兆円と重点化・効率化1.2兆円の差額)については、目的こそおおまかに示されていても、どのような手段をもってそれを実現するのか明らかではない部分があった(「税と社会保障抜本改革」入門第7回を参照)。

 例えば、社会保障・税一体改革では、病院・病床機能の分化・強化と連携、在宅医療の充実という目的と0.87兆円という所要額は掲げられていても、それが具体的にどのように進められるかは検討課題として残されていたのである。今回、基金という事務局の意図が見えてきたことで、社会保障・税一体改革において欠けていたパーツが揃ってきたといえる。

 具体的にどのようなスキームとなるのか。議論はこれからとなろうが、2009年の自公政権時に作られた地域医療再生基金が、それを類推する手がかりになる(図表)。これは、各地域が抱える医療における課題の解決、例えば、医師等の人材確保や救急医療・周産期医療提供体制の確保などを図るため、各都道府県が計画を策定、厚生労働省に認められれば、都道府県に設けられた基金に交付金が交付され、そこから医療機関に補助金が配られるというものである。2013年度までの5年間を計画期間とし、09年度第1次補正予算では3100億円の予算がつけられた(注)。


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 今回、厚生労働省が検討に入ったと報じられる基金は、法的な枠組みを補正予算などではなく医療の提供体制に関する法律である「医療法」改正によって確保し、財源には引き上げられる消費税を充て、そのうえで規模・期間の拡大を目指したものと推測することができるだろう。

(注)もっとも、民主党政権になり、11月には750億円の執行停止が閣議決定された。本誌「バラマキかクリーンヒットか 地域医療再生基金が抱える火種」2009年11月30日も参照。

総報酬割導入によって
浮いた財源の国保への充当

 もう1つは、サラリーマンの負担によって、市町村の運営する国民健康保険(国保)の赤字を穴埋めするということである。専門用語をそのまま使えば、「総報酬割の導入によって浮いた財源の国保への充当」となる。そもそも「総報酬割」とは何か。「税と社会保障抜本改革」入門第10回で詳しく解説しているが、簡単にいえば次のようなことである。サラリーマンの加入する健康保険組合(健保)と共済組合および国保は、原則75歳以上が加入する後期高齢者医療制度に対し財政支援を行っている。それを後期高齢者支援金という。

 現在、加入者の給与水準の高い健保もそうでない健保も、原則、加入者1人あたり同額の財政支援を行うルールになっている。これは「加入者割」と呼ばれる。それに対し、給与水準の高低によって傾斜負担を求めるのが「総報酬割」と呼ばれるルールである。総報酬割のもとでは、給与水準の高い健保は負担が重くなり、給付水準の低い健保は負担が軽くなる。

 仮に、総報酬割が導入されれば、給与水準の低い健保は助かる。給与水準の低い健保のうち、国が中小企業向けに運営している協会けんぽには、国庫負担(補助)が投じられているが、では、総報酬割導入で後期高齢者支援金の負担が減るのであれば、その分、国庫負担は要らないでしょう、それを国に返してもらい、それを、国保の赤字解消に充てましょう――これが「総報酬割の導入によって浮いた財源の国保への充当」の意味である。結局、協会けんぽは、後期高齢者支援金負担は減るものの、国庫負担が減ることでそれは相殺され、実態は何も変わらない。健保全体ではサラリーマンの負担増となる。

 この提案は、第9回の会議で1人の委員からなされた。それに対し、第10回の会議では、複数の委員から慎重意見が示された。赤字解消に向けた市町村の努力が検証されないまま、サラリーマンからお金を持ってくるのは拙速であることや、これまで厚労省の審議会でもそうした案はなく唐突感があることなど理由は多々挙げられた。それでも、国保充当は、前面に出され対外的に紹介されている。例えば、4月26日の財政制度審議会財政制度分科会に提出された資料4−2がそうだ。

「総報酬割によって浮いた財源をどうするかということについても、やはり基本的にはラストリゾートとしての国保の持続可能性を高めるために投入する方向性があるのではないかということでございますが、ただし、その際にも、他の選択肢も含めて、その方向でこれから検討していく際に、さらにコストベネフィト、メリット・デメリットを検討していく必要がある。そういう条件のもとで総報酬割によって浮いた財源を国保の持続可能性を高めるために投入する方向で検討してはどうかととりまとめさせていただきました」(社会保障制度改革国民会議(第10回)清家会長記者会見(未定稿)(抄)、下線は同資料で引かれたもの)

 第10回の国民会議では、慎重意見が相次いだにもかかわらず、国保充当が前面に出されて紹介されているということは、事務局の意図がここにあるという証左であろう。なお、国保の赤字解消は、国保の保険者(運営者)を市町村から都道府県に切り換える際のキーポイントである。なぜなら、都道府県は、赤字財政の国保を抱えることを嫌い、これまで国保の保険者となることを避けてきたとされているためだ。

現時点医療に傾斜
他の重要課題の議論は手薄

 このように、国民会議では、何も行われていない訳ではない。むしろ一部前のめりなくらいである。地域ごと医療・介護施設の効率的配置を促す。その手段として基金を設けそこから医療機関などに補助金を付ける。国保の保険者を市町村から都道府県に切り替える。そのためのネックとなる国保の赤字解消の道筋を付ける。何れも重要な論点だ。もっとも、国民会議が、こうした議論とりわけ政策手段にまで立ち入った議論の場として適切かどうか改めて検証の余地があり、かつ、他にもある重要な課題を議論するには、残された時間は少ない。

 まず、議論の場としての適切さだ。例えば、地域ごと医療・介護施設の効率的配置を促すとしても、その手段として、補助金に比重を置くべきか、あるいは、診療報酬改定など既存の手段を活用すべきかなどは、学術的にも実務的にも専門的であり、かつ、論争的なテーマのはずだ。また、国民の負担増によって財源を賄うのであり、新しい基金創設の前に、基金の先例である地域医療再生基金の5年間の成果などについても充分に検証が加えられるべきであろう。

 例えば、キヤノングローバル戦略研究所の松山幸弘氏は、次のように指摘している。「実は、地域医療再生基金の議論というのは、最初に自民党政権時代の内閣府で起きたわけです。(中略)あの時は実は全国で3〜4カ所、センタラヘルスケアのようなモデル事業体を創るための資金にしようという議論だったのです。しかし、選挙が近づくにつれて全都道府県に均等配分というふうにいつの間にか変わってしまい、ばらまきになってしまったのです」(CIGSシンポジウム「セーフティネット医療福祉事業体の成長戦略」2011年12月14日)

 社会保障制度改革国民会議は、2008年に設けられた社会保障国民会議では分野ごとに3つの分科会が設けられたのとは異なり、親会議1つ、15名の委員しかない。委員の専門もそれぞれ異なる。今回の国民会議も、地域ごと医療・介護施設の効率的配置を促すための政策手段を議論するのであれば、そのための分科会を設けることで、より中味が深まることが期待できる。

 次に、その他の重要な政策課題だ。社会保障制度改革の重要課題は、医療だけではない。例えば、前回述べたように、年金も様々な課題を抱えているが、年金は5月17日の第12回にようやく議題として設定される。あるいは、極めて深刻な財政状況下、財政健全化との関連から、一般会計の最大の歳出項目である社会保障関係費の抑制や一段の負担増も避けて通れない課題のはずだ。

 もっとも、国民会議の設置期限は8月21日に迫っており、しかも、7月には参議院選挙が控え、お盆期間中は日程調整が難しくなることなどを考えると、実質的に残された時間はさらに少ない。国民会議から最大限の成果を引き出すことは、来年4月から始まる消費税率引き上げに国民の納得感を得るためにも必須のはずだ。国民会議と同時並行で、自民、公明、民主3党による実務者協議が定期的に開催されている。安倍政権はもちろん、公明、民主の実務者も、国民会議に対し、必要な修正を加えることが求められているだろう。




ドイツの連邦制の特徴は?
小回りは利くが、州間の格差も問題
2013年05月15日(Wed) ドイツニュースダイジェスト
ドイツニュースダイジェスト 15 Marz 2013 Nr.950

 「連邦制」という言葉から、まず何を思い浮かべるだろうか?

  米国のテレビドラマで、事件現場に現れた地方警察とFBIが管轄について言い争うシーンを思い出される方も多いかもしれない。米国では、銃の所持が合法化されている州とそうでない州があるということを聞いたこともあるだろう。ドイツも連邦制を採用しているが、この国の連邦制にはどんな特徴があるのだろうか?

連邦制とは?


州名と州都、いくつ言えますか?拡大画像表示
 連邦制とは、2つ以上の州が1つの主権の下に集まり、形成される国家のことである。中央政府と州政府の権限が明確に分けられ、国民国家を形成している。

 地方政府の権限が中央政府から委任された事項に限られる単一国家に対し、連邦制では、国家を構成する州の主権が尊重され、共通の利害に関わる外交政策などを中央政府が担当する。

 ドイツの連邦制は、米国のそれに比べると連邦と州の間の連携が強く、穏やかな連邦制と言えるだろう。

州ごとの違い

 実際にドイツに住んでみると、その違いが見えてくる。例えば、州ごとに設定されている祝日が異なるため、祝日だと思って隣の州の友達の家に遊びに行ってみたら、そこでは祝日ではなかったということもあり得る(ただし、州の祝日に会社は休みでないことも)。

 これは、ドイツの政治において、文化政策は各州の権限に属するとされているためだ。

連邦の権限・州の権限

 具体的にどのような権限が、連邦と州に与えられているのだろうか。連邦と州にはそれぞれ、立法、行政、司法の権限が与えられている。連邦共和国基本法では、連邦に付与されている以外の立法権を州に与える一方で、州法に対する連邦法の優位性を規定している。

 連邦の有する立法権は、外交、防衛、通貨、関税、航空、郵便・電気電信、警察に関する連邦と州の協力などがある。また、連邦全域にわたり同等な生活水準を確立するために、経済法、労働法、社会法、交通法、民法、刑法なども連邦の管轄となっている。連邦内全体の経済的均衡の観点から、財政法も連邦の管轄である。

 一方、州の立法権としては、教育制度、文化政策、地方自治制度、警察制度などがある。

 州の立法権は非常に限定されているが、連邦が立法を行わない一部の領域では、州が立法することも可能である。立法の分野における連邦と州のパワーバランスは、連邦の方に傾いているのに対し、行政の分野においては、逆に州の方に重点を置いた権力配分になっている。

連邦制のメリット&デメリット

 連邦制のメリットは、行政区分が小さいために、小回りの利く政治を実施できることだろう。一方のデメリットとしては、州間の格差が発生することが挙げられる。

 実際に現在、経済的に豊かな州が貧しい州の財政を支える「州間財政調整制度」が問題になっている。豊かな州であるバイエルン州とヘッセン州はこの制度が違憲であるとして、先月、連邦憲法裁判所に提訴することを決定した。

 また、教育の格差についても問題視されている。ドイツのギムナジウム(日本の小学5年生から大学1年生の学年に相当)の生徒は、卒業試験として大学入学資格取得試験アビトゥア(Abitur)=下記に関連コラム=を受験するが、全国統一試験であるにもかかわらず州間で難易度が異なり、一般に南部で難しいとされている。

 一生を左右し得るテストの判定基準が全国で統一されていないというのでは、生徒たちはたまらない。そのため、2017年よりドイツ語、フランス語、英語、数学において、全国統一基準が採用されることになった。

 今回はドイツの連邦制について触れてみた。日本在住の方や、ドイツで暮らし始めたばかりの方には、いまいちピンとこなかったかもしれないが、各州がそれぞれ個性を持って発展していることがドイツの魅力の1つならば、その千差万別な地方の魅力の源にあるのが連邦制とも考えられるだろう。

アビトゥアの重要性と学歴社会

 ドイツのインターネットで買い物をしたことがある方なら、すでにお気付きかもしれない。配送フォームの氏名欄に男性を表すHerr、女性を表すFrauのほかに、ドクターのタイトルを表すDr.、大学教授を表すProf.、両方のタイトルを表すProf.Dr.などが並んでいることに。

 このことが表すのは、ドイツが学術分野を修めた人に敬意を払う、日本以上の学歴社会であるということ。大学卒業者は、ドイツではエリートである。

 日本の大学進学率は50%を優に超えるが、ドイツでは40%前後。その上、大学卒業率は30%程度である。大学の卒業資格であるディプロム(Diplom)または修士(Master)を取得し、さらに博士課程を修了するとなると、その道はさらに険しい。Dr.というタイトルは、その険しい道を踏破したエリート中のエリートに与えられるタイトルなのである。

 先月、そのDr.というタイトルの権威を傷付けるスキャンダルが発覚した。博士論文に盗用があったとされ、デュッセルドルフ大学から博士号をはく奪されたシャヴァン教育相が、2月9日に大臣職を辞任したのだ。

 メルケル政権において、博士論文の盗用疑惑により職を辞した大臣は2人目である。2011年には、同じく博士論文の盗用疑惑によりバイロイト大学から博士号をはく奪されたグッテンベルク国防相が辞任した。

 博士論文の盗用が近年次々と発覚しているのは、インターネットなどの情報インフラが発達したためだろう。盗用という手段を用いてまで博士号を取得する理由はどこにあるのだろうか。そこには、ドイツの学歴社会の厳しさと、大学側の審査の甘さを垣間見ることができる。

※ドイツの大学の修学期間は、学部によるが5〜6年が一般的である。大学を卒業すると、ドイツの大学固有の資格であるディプロムか修士を取得することになる。学士(Bachelor)はまだそれほど普及していない。

州間財政調整制度(Landerfinanzausgleich)

 財政力の強い州が、弱い州に対して支援金を支給することを定めた制度。拠出する州(ヘッセン州、バーデン=ヴュルテンベルク州、バイエルン州)と受給する州(ベルリン、ブレーメン)がほぼ固定化していることが問題になり、財政調整支援を受ける受給州は経済状態の改善努力をすべきという意見が出されている。現行の州間財政調整は2019年まで実施予定。

(藤田さおり)

<参考文献とURL>

■ wikipedia.org "Bundesstaat" "in den Vereinigten Staaten""Abitur"
■ welt.de "Abitur soll vergleichbar werden" (20.10.2012)
■ OECD "Education at Glance" (2012)
■ 財団法人自治体国際化協会「ドイツの地方政治」(10.2011)
■ ドイツニュースダイジェスト948号「州間の財政調整制度は『違憲』として憲法栽に提訴へ」 (15.02.2013)
■ kotobank.jp "連邦制"

藤田さおり(ふじた・さおり) 法政大学経営学部経営学科卒業。ニュルンベルク在住。スイスの日本人向け会報誌にて、PCコラムを執筆中。日本とドイツの文化の橋渡し役を夢見て邁進中ですが、目下の目標は、ドイツの乳製品でお腹を壊さないようになること。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37770


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