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Re: はたして、体罰は許されない方が良いのだろうか?
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投稿者 smac 日時 2009 年 2 月 08 日 06:31:11: dVqzW59EefGnc
 

(回答先: はたして、体罰は許されない方が良いのだろうか? 投稿者 考察者K 日時 2009 年 2 月 06 日 22:12:04)

 なんだか、Kさん、皆にシカトされて寂しがってる…というか逆ギレしておられるようなんで、ここはひとつ、この私めが、ボランティア精神を発揮し、「Kさんがやりたくてウズウズしている罵倒合戦」の相手役になってさしあげましょう。
 (仕事があるのでペースは1レス/2日くらいになると思いますが…)

 まあKさんが、今まで「体罰問題」を真剣に考え、研究し、葛藤に悩み、それゆえ様々な意見に接してきたとは思えないし、今後も、そういう意志を持とうとは、お考えじゃないでしょうから、表記命題についてマジレスするのも野暮ですが、一応、議論(雑談)の体を成すため、私の意見を述べておきます。

(1)体罰は原則「禁止」であるべきだ。
(2)ただし、ケース・バイ・ケースで、事情によっては「容認」とまで行かなくとも、「温情」によって処罰を免れることまで否定するものではない。

 人は多かれ少なかれ、その内側に「独善性」を秘めています。
 常に自分が正しく、相手が間違っていると思いたい傾向があるのですね。
 これは、金持ちと貧乏人、大人と子供、高学歴者と低学歴者、日本人と外国人などの属性差に関わらず、全ての人に当てはまることでしょう。

 したがって、様々な属性が混在する人間社会では、必然的に摩擦が生じ、闘争が発生します。
 利害得失を発生源とする闘争は根が深く、時として暴力的でない解決策が困難な場合も有りますが、「独善性」を発生源とする闘争を暴力的に戦えば、その勝利で得られる成果と、成果を得るために被る損害が釣り合わないでしょう。

 「体罰」は「教育」じゃありません。大人と子供との間で発生する「闘争」における、一種の暴力的解決策なのです。
 「子供を正しい道に導くために、涙を飲んで叩く」なんて言うのは、それこそ「綺麗ごと」、建前であり、本音は「てっとり早く子供を従わせる」と言うところにあります。

 稀に、どうしても子供を「てっとり早く従わせ」なければならない…って時もあるでしょうが、ほとんどの場合、その必要性はあまり高くありません。

 あるいは、限定的な体罰をルールの中に組み込んで、脅しの効果により悪戯などを抑止する…という手法もあります。これは確かに有効でしょうが、教育の見地からは単なる「手抜き」でしかありません。
 上は、大人の側に、監視、監督、指導、説得の能力が著しく欠如していて、速やかな改善が困難な時、社会防衛のために、やむを得ず抑止を優先する…というだけのことであり、根本的な解決策にはなり得ないのです。

 以上のような理由から、私は体罰について「絶対に許さない」という強い禁止ではなく「原則禁止」という、緩やかな反対の立場をとります。

 大人と言えども人間ですから、時にはカッとなって、ついつい手が出てしまうこともあるでしょう。
 また、きめ細かな監視、監督、指導、説得の能力を、全ての大人が有しているわけじゃありませんから、「社会防衛のため、やむを得ず体罰を用いる」ことに対し、目くじら立てて反対を叫んだりはしません。
 しかし、体罰は決して奨励される行為でも、賞賛される行為でもない…ということだけは、最低限のコンセンサスとして確立されなければならないと思っています。

 暴力は劇薬です。
 即効性がある分、危険な副作用も多く、たいていの場合、利より害が上回ります。
 体罰の害は、教育における「手抜き」を助長し、人の「独善性」を肥大させることです。それでいて、根本的な問題は何も解決されず、時には憎悪や対立を深化させる場合すらあるのです。

 まあ、以上は私の意見ですが、Kさんにとっては、さぞや退屈だったことでしょう。
 おそらく「綺麗事の屁理屈」だと、頭ごなしに否定し、論理的に反論されることはおろか、真剣に論旨を読み取る努力をされることもないだろうと察します。
 しかし、それでは議論(雑談)が終了してしまいますので、ここからはKさんお待ちかねの「罵倒合戦」に突入しましょう。

>「こいつは表面的にだけ綺麗事を整え、体罰もしなかったが、性根が腐っている」と幼いKには感じた。

 その教師に対する「感想」を述べているだけで、「批判」にはなってませんね。
 もしこれが「批判」であるとすれば、それは「体罰をしないから性根が腐っている」と言う論旨になります。そして、それが全くの言いがかりであり、非論理的であることくらい、いくらKさんでも理解できるんじゃありませんか?

>「暴力は悪だ」との憑き物に憑かれているいるだけで

 「自分と意見を異にする者は愚かである」と強弁しているに過ぎませんね。
 「暴力は悪だ」が「憑き物」と言うなら、論理的に「暴力は善だ」と主張してみてはいかがでしょう?

 Kさんの論調はいつも決まって「主観や感想を隠れ蓑にして、他人を貶す」だけなんですよね。

>あふれかえったバカどもは「自分が悪いことをした」ということにも気が付かず、
>暴力を振るわれたという気持ちしか持たない者も「比率として高い」のではないか?

 文章が変ですが、まあ主旨は伝わるので「揚げ足とり」はやめておきます。
 本題に反論するとすれば、

「暴力を振るわれただけで、自分が悪いことをしたと気付く天才なんていない」

 となりますね。
 「言って分からない奴」が「殴って分かる」と思いますか?
 「殴ってでも制止する」とか「(指導能力不足を補うために)体罰の脅しで悪事を抑止する」って言うのなら、まだ分かりますよ。
 でも「殴って分からない奴はバカどもだ」じゃあ、あまりにも独りよがりです。なのに、

>すでに体罰できる状況ではないくらい「くず」が増えているような気がする。

 とは…、ここまでくれば、もう「病気」ですよ。
 体罰反対論者に悪態をつきたい…というだけの目的で、不特定多数の極々常識的な人々(=殴られただけじゃ理解できないと言う人々)を「くず」呼ばわりですか? そんな人が、

>基本的に人に対して嫌いという感情を持たない方であるが、

 と自己評価するのは、まったくの「お笑い草」です。
 掲示板で反論を受けただけで、「レスを付けるな!」と、ヒステリックに罵倒を返すような人が「ひっぱたいてくれた親にも教師にも感謝」なんて、良く言えますね。
 Kさんは、言葉で言われたら反発するけど、殴られたら納得するってことですか?
 それは「納得」じゃなくて「屈服」でしょう。

 おそらくKさんは、「体罰は副作用のない万能薬だから、どんどん奨励すべきだ」なんて思っておられないんでしょうが、今回の投稿は、まさしく、「体罰の無条件容認、奨励」という乱暴な主旨になってしまっていますよ。

 「子供が悪い事をしたら…」と言うときに、その具体的な行為を示さず、また「悪い事」と判断する基準にも言及しないのは、常に自分の判断や考えが正しいという思い上がりの顕われでしょう。
 「体罰を与える」について考えるときも、その種類や程度を区別、制限せず考察するのは、常に自分の行為が妥当だという、これまた思い上がりの顕われです。

 体罰問題は、一般論や原則論で語れるほど単純なものじゃないんですよ。
 これは「刑罰」や「死刑制度」についても同じなんですが、簡単に「是か非か」で割り切れるものじゃありません。

 体罰問題を考えるシンポジウムに何度も出席していれば、いわゆる「体罰反対論者」が「綺麗事」で体罰に反対しているのではない事くらい、容易に理解できます。
 そこには様々な葛藤があり、様々な研究があり、様々なケーススタディや統計資料を元にした議論があるのです。

 Kさんは、そうした必要なプロセスのほとんど全てを割愛して、感覚的に「体罰容認論者」の陣営を支持し、「体罰反対論者」をひとくくりにして貶そうとしておられます。
 そうした言動は、まじめに考えておられる「体罰容認論者」にとっても迷惑であり、不愉快なものと言えるでしょう。

 容認論者と反対論者は対立関係にあるのではなく、現実的なシステムや基準の策定を目的とした「協力関係」にあります。
 そして両者が共に敵視するのは「推奨論者」や「美化論者」達です。
 それは、方向性として容認派も「体罰が好ましくないこと」という認識を反対派と共有し、推奨美化派の認識と対立しているからです。

 Kさんの今回の投稿内容は、論旨として「体罰推奨、賛美、美化論」に読み取れますが、これはおそらくKさんの真意ではないでしょう。
 なぜそう思うかと言えば、論旨ではない文脈として、あるいはテーマ言及の度合いとして「体罰の利」を説くのではなく「体罰反対の愚」を説く方に、著しく比重が偏っているからです。

 要するに、自分が何らかの「言説」に対して、それを支持するのではなく「その説に反対している者を批判する」っていう姿勢な訳ですね。
 しかし「批判」ならまだ良いのですが、そのほとんどは「貶し」「いちゃもん付け」レベルだから始末に悪いのです。
 で、なぜそんなレベルに止まってしまうのか?…と言えば、それは論者が「言説」のテーマそのものを重視せず、「反対者への憎悪」だけで論じているからではないでしょうか?
 つまり、明確に支持を表明できるほど「言説」自体を把握していない…ということです。

 もちろん一概に「反対者への反対は賛成である」とは決めつけられませんが、元の言説に賛成でないなら、反対者を愚弄するような論調は用いるべきじゃありません。
 にも関わらずKさんは、反対者への揶揄を繰り返しながら、元のテーマに関する真剣な討議を忌避しています。
 やたら「多分」「思う」が多用されるのは、突っ込んだ議論の提案に対し「これは単なる感想だから…」で逃げるための布石なんじゃありませんか?
 (お察しのとおり、これは「挑発」です。Kさんの性格なら、いかに無謀であっても、この挑発に乗って、体罰問題の議論に参加してくれるだろうと計算しています)

 さんざん揶揄しておきながら、いざ議論となれば「この人には言葉が通じない」とか「議論相手としてふさわしい人物だとは思えない」とか「Kを納得させる能力があるとは思えない」なんて言い出して、大威張りで遁走するのは、Kさんの常套手段であり、この議論も結局そこに行き着くことは火を見るより明かでしょう。
 しかし「体罰問題」は私自身が永く取り組んできたテーマでもあり、これを切欠にKさんが関心を抱き、問題意識(対抗意識でもよい)を持って、僅かでも勉強を始めてくれるなら、論争の結末はどうあれ、少しは意義のあるものになるだろうと考えます。

 所詮は、Kさんの虚栄心と闘争欲を満足させる動機のみの「罵倒合戦」です。
 多くの人は、それを知っているからKさんをシカトしているんでしょうが、私は「罵倒合戦」であっても、その中に多少の意義を見つけることさえ出来るなら、いくばくかの時間を捧げることは厭いません。

 ではでは、お返事お待ちしております。  

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