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(回答先: Re: はたして、体罰は許されない方が良いのだろうか? 投稿者 smac 日時 2009 年 2 月 08 日 06:31:11)
>smacさん どうもです。
>【なんだか、Kさん、皆にシカトされて寂しがってる…というか逆ギレしておられるようなんで、ここはひとつ、この私めが、ボランティア精神を発揮し、「Kさんがやりたくてウズウズしている罵倒合戦」の相手役になってさしあげましょう。】
Kは罵倒合戦を望んでいるつもりはありません、読者数は気にしていますが、基本的には自分の考えを書いているだけです。
まあ、議論好きの面はありますが、自分だけの考察には限界もありますので、他の人の意見を聞きたいという気もありますが、ブログやメルマガなどもやっていまして、そちらの方では自分の意見の一放的な提示という性質が高いわけです。
まあ、Kの意見を聞いて、自分の考察の一つの糧にしてくれれば、それで良いと思っているわけです。
>【まあKさんが、今まで「体罰問題」を真剣に考え、研究し、葛藤に悩み、それゆえ様々な意見に接してきたとは思えないし、今後も、そういう意志を持とうとは、お考えじゃないでしょうから、表記命題についてマジレスするのも野暮】
Kは以前にも書いてますが、体罰容認派で、結構体罰については真剣に考えています。
体罰問題については、周りの人や家族とも話したりもしますが、Kが知る限り、Kの周りには「純粋な否定派」はいませんね、1人だけ「口先だけの否定派」はいましたが、その人、本人が自分が暴力に走ることがあると聞いていますので、純粋な否定派とは言えないと考えています。
>【「子供を正しい道に導くために、涙を飲んで叩く」なんて言うのは、それこそ「綺麗ごと」、建前であり、本音は「てっとり早く子供を従わせる」と言うところにあります。】
この部分は確かにあるのでしょうね、しかし、長期的に見て、どちらが本人のためになるのか?は真剣に考える必要もあるでしょう。
「身につく躾けとは?」はという命題は考える必要もあるでしょう。
>【稀に、どうしても子供を「てっとり早く従わせ」なければならない…って時もあるでしょうが、ほとんどの場合、その必要性はあまり高くありません。】
ここは、比率問題と言うことなら、そうとも言えないと思います。
まあ、事情分析の仕方になりますから、酒買ってこいといった父が、ノロノロしている息子をひっぱたくなら、あきらかに不当でしょうが、「イジメ」というような他人の人権無視行為をしていたら、「人権無視の相手の痛さ」を教えるのに「言葉だけで教えられるか?」は問題でしょうし、ルール違反の罰の問題として提起しているのですよ。
>【「社会防衛のため、やむを得ず体罰を用いる」ことに対し、目くじら立てて反対を叫んだりはしません。
しかし、体罰は決して奨励される行為でも、賞賛される行為でもない…ということだけは、最低限のコンセンサスとして確立されなければならないと思っています。】
現実的には、この上記の考えで流れてきた社会は「自分の権利しか知らない人間の社会を育ててしまった」という「結果を考える必要がある。」と思います。
左派を自称するKが、このようなことを書くのもなんなのですが、ワガママを暴走させたら国家に付け込まれるのです。
ネット規制の機運が高まってきていますが、自主規制をしなければ、いずれ規制されるでしょう。
書いている意味は読み取れるでしょうか?
>【暴力は劇薬です。
即効性がある分、危険な副作用も多く、たいていの場合、利より害が上回ります。】
問題は罰を受けた側の問題なのでしょうが、「自分が悪いことをした。」と知っている上で、利より害が上回るのなら、もう、人間は駄目なのかもしれませんね。
Kもいきなり体罰を与えろとまでは言いません、しかし、言葉で注意しても分からない者に、どうやって「それは悪いこと」と教えられるのか?
それが悪いことと理屈で認識出来ないのなら、その行為には罰という痛みが伴いますよと教えるしかないのではありませんか?
「原則体罰は不可」ではなく「順位を決めた上で、一定の手順後には体罰を原則として可」とした方が妥当な気がしますね。
犯罪の現場では、場合によっては射殺も選択されます。
現場での射殺は「Kは仕方ないと思っています。」
だから、死刑にも反対しませんし、体罰にも反対しないのですよ。
>【その教師に対する「感想」を述べているだけで、「批判」にはなってませんね。】
この教師については、以前にも書いたことがあるのですが、「注意はしない代わりに、通信簿にはメチャメチャに書かれました。」
まあ、書かれていることは事実なのですが、親にチクルくらいなら、その前に注意しろよと子供心に思ったわけです。
自分の受け持ち生徒が悪い事していたら「体罰」までとは言わないですが、注意をして更生させるのが仕事だろうという考えを抱いたわけです。
あと、悪ガキどものひがみかもしれませんが「あきらかに贔屓」があるとKの友人達の見解は一致していました。
「良い子」と「悪い子」の扱い方が違うと感じさせられたのですね。
>【もしこれが「批判」であるとすれば、それは「体罰をしないから性根が腐っている」と言う論旨になります。そして、それが全くの言いがかりであり、非論理的であることくらい、いくらKさんでも理解できるんじゃありませんか?】
Kが記憶している限り、「怒鳴られた」的な怒りをぶつけられた教師は、この教師以外はほぼ全員ではないかな?と思っています。
まあ、他の先生は「感情をむき出しにして接してくれた」と思っています。
もちろん、全ての先生が体罰までしたわけではありませんが、不思議に殴られた先生の方が好きになっています。
Kは「Kの経験則」を元に「体罰は、ある程度容認すべき」と考えていたわけです。
ただし、この投稿をする前まではですね。
一応、書いておきますが、「この文を読んだsmacさんが、非倫理的と思うのは仕方ない」と思いますから、別に批判しているわけでもありません。
真剣に読み分析されて下さったことには感謝していますよ。
Kは反論されただけでヒステリックになっているつもりはありませんし、罵倒合戦に持ち込もうと意図もしてはいないつもりです。
相手に「こちらを説得する意図があれば、文意は読み取ろうとしますし、自分に非があれば、それは認めようとも思っています。」
多分ですが、Kは阿修羅の中で一番、負けを認め、謝ってもいる常連でしょう。
気づいた時にはアッサリと負けを認める方です。
しかし、相手が何も「説明せずに、同じような意見を言い続けるだけ」なら、時間の無駄になり、阿修羅に無駄なレスを重ねるだけで非生産的なので、対話を打ち切ることもします。
罵倒合戦をしても仕方ないからです。
まあ、Kの判断が正しいとも言い切れませんが、相手が「Kの言い分」を聞き流し、自分の言い分の強弁を繰り返すだけなら、見切りを付けるしかないでしょう。
議論は「それまでの双方の言い分の上に積み重ねていく」のでなければ、単なる対立から感情の悪化を招くだけです。
それが、2〜3回も会話をしたら、その前の会話は忘れてしまう人を相手にしても「時間の無駄」になると考えています。
後は「感情論か感覚論のみを書き散らかすような人」とは対話しても仕方がないと思っています。
「感情論・感覚論」が悪いと決め付けているわけでもありませんが、個人の主観というロジックは「他人には分からない」のですから、Kに理解できると決め付ける方がおかしいわけです。
言語変換能力と説明能力を高めた上で「頭を冷やして、良く考えて」くれなければ、対話が成立しないと思われます。
それに対し、Kの接し方が適切かどうかは分かりませんが、Kは憎しみを抱いているわけでもありませんよ。
その上で、ブログ炎上とか、いじめ問題とか、モンスターペアレントとか様々な場所で「自分のワガママ」を考えに人が増加しているとしか思えない出来事が起きています。
多分ですが、これ「人権と自由」の勘違いであり、中には「ルールの中に罰の規定されていないことは悪ではなく、罰が明記されていない範囲では、全ては自由だ」と信じている人もいるでしょう。
【-----引用開始-----】
内容を読む気にもなれませんが、これを、どう受け止めるか?
相手の「希望を踏みにじる事でも、それを駄目だとするルールがないのなら、許される」と「自分の自由は考えながら、相手の人権とか希望は考慮しない」という人が、綺麗事を主張しているのが実態であり、それでも、まだ、この人達は「日本の平均からすると、かり善良な部類の人に分類される」のだろうと考えられます。
もっとも、Kの考えが妥当か否かも断定もできません。
Kにも主観による歪みはあるでしょうし、思い違い、勘違いはあるでしょう。
smacさんには、K自身が思い込みに陥っている可能性を指摘された「親切」に感謝したいと思っています。
Kの独り言に無理に時間を割いて、お付き合いされる必要もありませんが、とりあえず、感謝しておきます。m(__)m