http://www.asyura2.com/09/eg02/msg/1647.html
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(回答先: 全球凍結(続9) 投稿者 taked4700 日時 2015 年 12 月 12 日 04:48:46)
http://blogs.yahoo.co.jp/taked4700/13593110.html
全球凍結(10)
我々は核によって何をやってきたのか?
パワーバランス。ウソだ。我々はソ連との軍拡競争に勝つことを目指した。そして、それに成功した。その後やってきたことは、我々が地球全体の支配者として君臨するための準備だった。我々こそが神に選ばれた民であり、我々のみが世界の支配者になり得るのだと。
資本主義国と共産主義国、この対立を維持したほうが良かったのだろうか?共産主義は美しい。美しすぎるのだ。生身の人間に、その美しさは耐えきれない。
そもそも、共産主義は個人の努力を認めない。個人が努力をしてその成果を得る。我々は基本的に個人なのだ。個自身主義に基づいた民主主義、それが資本主義だ。競争を通じて、強者が富を得ていく。それは努力の結果であり、それが人類全体の進歩を支えている。
弱者のための民主主義が共産主義だ。確かに、他者のために努力することは素晴らしい。しかし、それが結果的に社会全体の弱体化・劣化につながる。人類愛、博愛主義、確かに美しい。しかし、生身の人間は互いに相争うものだ。そして、互いに競争することによって、互いに戦うことによって、より強いものが生き残っていく。これが社会の進歩だ。
メリッサは言う。インターネットを使った情報収集は不法だと。サブリミナル効果を使ったマインドコントロールは軍部の腐敗だと。
しかし、戦略は進化している。互いに血を流す血みどろの正義から、自らが傷つくことのない遠隔操縦の武器使用へ進化してきた。その究極がサブリミナル効果を使ったマインドコントロールなのだ。相手が気が付かないまま相手を滅ぼすことができる。これこそが、戦いの究極的な形だ。薄汚くはない。無色透明の正義。そこには誰は本来どうあるべきかという我々の判断があるだけなのだ。戦いはない。抵抗はない。我々が本来の正しい姿を決定し、そうプログラムをするだけだ。
人類社会は狩猟から農耕へ、養殖へと進歩してきた。戦争も同じであり、人間同士が互いに面と向かって殺しあう戦闘から、銃の使用へ、そして、ミサイルへと進歩してきたのだ。自らは攻撃対象に姿を見せず、離れたところから敵を殲滅する。1990年代から、殲滅の概念が変化した。武器が変化したという意味でもある。肉体的な破壊、殺傷を目的とはせず、的社会そのものが内部分裂することで、滅んでいくこと、それが殲滅と言う意味に付け加わったのだ。1960年代からそう言ったことは一部地域で行われてきた。中国での文化大革命、ポルポトによるカンボジアのクメールリュージュ、これらはテレビ放送開始を利用してサブリミナル効果を使った大規模なマインドコントロールだった。若者は見事にこの誘導通りに動いた。1990年代以降は、それが世界的に可能になった。2001年のアメリカ同時テロは近代化された国家においてその作戦が実行された最初の例だった。殲滅の対象は世界中に存在するイスラム教徒であり、アメリカ国内のイスラム教徒だ。
2015年12月12日14時55分 武田信弘
- 全球凍結(11) taked4700 2015/12/12 18:57:32 (6)
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