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西欧文明の本質は論理体系にあり戦略理論を建てやすいのに反し、東洋文明は直感が主体で論理体系を構築する興味そのものが無かったのです。しかし、論理体系があれば直感は必要ない、というのは全くの間違いで、論理体系は直感を合理化し矛盾を取り除く為に作られたものですから、全ての思想の始まりは直感です。
現在、東洋思想が西欧思想に押されているのは東洋人が論理体系を建てる訓練を受けて居らず、西欧思想に対抗できるだけの理論を構築できる学者が居なかっただけで、東洋思想そのものが西欧思想に劣っている訳ではありません。所詮、思想とは特定環境にある特定人物の頭で考えた価値観に過ぎず、優劣を付けたり、宇宙に通用する様な絶対的な物ではないのです。
西欧思想を構築した人達がその文明にサタニズムを持ち込んだのは勿論彼らの環境の賜であって、もし彼らが度重なる異民族の侵略で酷い目に遭わされた経験が無ければ、サタニズムの無い、もしかしたら日本の和に似た価値観を構築したかも知れません。言い換えれば、日本の和の価値観を基に論理体系を建て、西欧思想と同格又はそれ以上の日本思想を構築する事が可能です。
これこそが私が阿修羅の論議版に書きました「日本の取るべき戦略」(全5回)に述べてある事なのです。私が理論体系の基礎に据えた摂理(第15章)は理論が特定環境の特定個人の価値観に偏らず、宇宙不変の原理として使える様にしただけであって、ここから派生する形として、日本特有の価値観を導入する事により日本文明の論理体系が作れるのです。第4章と第5章には日本固有の哲学を形成する方法が書いてあります。ただ日本の古典に帰っただけでは絶対に西欧思想より優れた日本思想に到達できません。東洋には論理体系の伝統が無かったからです。
日本のアニメは日本固有の思想や哲学を海外に紹介する有力なメディアになり得ます。しかし今のところそれが出来る人は宮崎駿氏だけではないでしょうか。やはり、日本に哲学を大流行させ、厚い哲学者の層が出来なければ外国は注目しないでしょう。それには日本哲学賞を設置して国家が毎年1億円の賞金を出す様にしなくてはなりません。将来の日本文明を構築するために極めて安い投資です。日本人は先ず論理的な思考訓練が必要で日本哲学賞は良い励みになるでしょう。
次に申し上げたい事は、本物のサタニストは絶対に自分で手を下しませんし命令も出しません。全ての悪行は手先を使って手先人が自発的にやる様にし向けるのです。日本にも明治維新以前からサタニストの手先は何人も送り込まれています。なにも1980年代からではありません。ただ、プラザ合意以来急速に手先の数が増えただけです。竹下氏は赤子の様に御しやすい手先だったに過ぎません。日本人が本物のサタニスト自身になる可能性は先ずあり得ません。そうなるべき経験も理由も緻密な計画力も無いからです。
ではサタニストの手先を日本の政治から排除する方法があるのでしょうか。これは第24章に書いてある国民による政府の監督機構を導入すれば可能になります。問題は国民がそういう監督機構を導入せよと政府に要求し、政府が折れるまで連日全国でデモ行進をやるだけの熱意があるかどうかに懸かっています。これが本当の民主主義というものです。政治家や官僚は自分達の権力を国民に制限されるので必至になって抵抗するでしょう。欧米の民主主義はサタニストに都合の良いように(つまり国民を騙すために)構築されているから国民による監視機構が付いていません。だから、口先で自由平等とか民主主義を唱えながら悪行を堂々とやれるのです。