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太陽電池:商品としては“人々の恵み”で、利用においては“自然の恵み”
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投稿者 あっしら 日時 2004 年 7 月 11 日 01:34:46:Mo7ApAlflbQ6s
 

(回答先: ”人々の恵み”は、過去の労働が現在・将来と継続的に寄与するっていうこと? 投稿者 ほうれんそう 日時 2004 年 7 月 10 日 15:56:09)


ほうれんそうさん、初めまして。


【ほうれんそうさん】
「ちょっと疑問なんですが、最初の部分で「産業生産物がより多く手に入るということは、誰が担うかは別として、人がより多く労働する以外にない。」と言っておきながら「「生産性の上昇」は、詰まるところ、同じ財の同じ量の生産がより少ない労働で達成されるようになることである」とは一見矛盾しているように見えるのですが、ここで言う「労働」とは後で触れている現在と過去の労働の両方を含むものなのでしょうか?更に「過去の労働の寄与」は「現在の労働」とは違い複数回に渡って影響するものと理解していますが(つまり”人々の恵み”のもと=労働手段=道具・機械は継続的に利益(労働力)を与え続ける)、これが一見矛盾しているように見える原因でしょうか?」


最初の部分は、同じ生産(労働)条件である限り、という前提をつけなければならなかったですね。
「生産性の上昇」は、生産(労働)条件を変えたことによって生じるものです。

「「労働」とは後で触れている現在と過去の労働の両方を含むものなのでしょうか?」という疑義は重要な視点だと思います。

猿と人間を区別する活動は労働手段をつくることですから、人の労働は「過去の労働」と結合したものと言うことができます。
そして、現在の労働に占める「過去の労働」が大きければ大きいほど生産性が高くなります。さらに、「過去の労働」の成果物が耐久性が強いほど高い生産性の持続性が高まります。
「過去の労働」の成果物である機械装置は、それ単独として“人々の恵み”になるのではなく、現在の労働と結びつくことによって初めて“人々の恵み”になります。

【ほうれんそうさん】
「上に書いた点がだいたいあっているとして(うわ)、もう一つ気付いた点ですが、”人々の恵み”が労働手段、つまり道具・機械であるということは理解しましたが、これは必ずしも同じ人による過去の労働とは限りません(その場合のほうが少ないと思います)。ということは、この機械なども経済取引を通して利用者に行き渡るはずで、この時に機械の生産目的は通常はその製造者にとって最大の利益をもたらすことであり、必ずしも利用者にとって最大限の「過去の労働の寄与」をすることではないとも言えます。
例えば同じような機械を作って利用者に売っている製造者がいるとして、他に代替品はないとします。その場合製造者にとっては機械の寿命が短いほうが利用者が買い換えなくてはならないので得になるが、利用者にとっては寿命が長いほうが”人々の恵み”をより多く受けられる。

このように”人々の恵み”を最大化することは、むしろ機械の製造者にとっては利益にならないということがありえます。(ただ単に1企業の利益追従≠(黒字貿易の恩恵を受ける)国としての総生産量の最適化と言っているだけかもしれませんが)
この点についてはどうお考えでしょうか。」

そのようなことは機械(生産手段)に限らず、消費財においてもよくあることです。
普及期が終わった商品は買い替えをしてもらわなければなかなか売れないわけですから、見栄えは良くても保証期間を過ぎたら壊れてしまうくらいの品質がいいと思うメーカーも少なくありません。

機械を製造している企業も似たような発想をするところはあるはずですが、自己の利益を最優先する機械の製造者も、「過去の労働」が寄与するメリットを理解する機械を製造しない限り誰も買ってくれないことを知っています。
それに、相手が不特定多数の消費者ではないので、品質のチェックも厳しいものがあります。

独占メーカーはあこぎな商売をするかもしれませんが、競争環境にあり、相手が顔見知りである機械(生産財・資本財)製造企業は、抑制的な商売をしなければ泡沫で終わってしまいます。
(独占メーカーであっても、その機械を使って購入者が経済メリットを得られることは販売の必須条件です)

【ほうれんそうさん】
「もう一つ:太陽電池は自然の恵み?人々の恵み?」

いちばん興味深い質問でした(笑)

商品と有用物という経済の根底にもかかわる問題です。

産業的商品は、有用物であると同時に労働成果物でなければなりません。(商品という物がもつ価値と利用価値という二重性です)

太陽電池という商品そのものは過去の労働と結合した労働の生産物ということで“人々の恵み”であり、購入した人が太陽電池を利用する有用性は“自然の恵み”が享受できることにあるというものです。

太陽電池が“自然の恵み”を受けているときは、既に生産→交換という経済活動を終了しているので、「近代経済システム」の外の出来事です。


【ほうれんそうさん】
「最後に、こういった分析では「質」的な豊かさというものはどう計れるのでしょうか。例えばりんごを作るとして生産量と労働が全く同じだとします。価格など全ての条件が同じとして、あるりんごはおいしかったりビタミンが多かったりというようなものです。生産されたものの「質」が将来の労働に影響するならばそれを将来の労働時間の短縮として計算することもできると思いますが、そうでない場合はどうなんでしょうか。別に質問したほうがよかったかな...」


同種の財の質的差異は、結局のところ価格(需要動向)によって推測するしかありません。

購買者が求める質にどのような違いがあり、どのような質に多数の人が惹かれるのか、そして、質の違いにどれだけの量のお金を負担する気があるのかは、ある特性をもつリンゴと別の特性をもつリンゴの価格差ないし需要動向から推し量るしかありません。

おいしいは傾向的味覚があるとしてもきわめて“主観的”(TVや雑誌がおいしいと言っているからおいしいと思い込むことも含めて)ですから、糖度など計測可能なものに還元すれば、価格差や需要動向を基に、質的差異がどのように評価されているかを推測することはできます。
(味もさることながら、食べてしまえば消えてなくなる形や大きさなど見栄えが価格差に大きな影響を与えているのが現実だと思います)

「近代」においては、勤労者の健康状態は従事している仕事ができるのならそれを超えてはとやかく言わないというものです。
将来も、健康にいいからというより、素直においしいものという判断が優先すると思っています。
よほど特殊な職業でないかぎり、食べ物が労働時間の短縮に与える影響は、気分や体調ほどもないと考えています。

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