現在地 HOME > 掲示板 > Ψ空耳の丘Ψ35 > 1186.html ★阿修羅♪ |
|
Tweet |
株式日記と経済展望
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu73.htm
--------------------------------------------------------------------------------
ユダヤ人たちはソ連とアメリカという2つのユダヤ国家が
力を合わせれば、全世界を支配できると考えた。
2004年6月23日 水曜日
◆元ソ連元外交官が語る「ロシアーユダヤ闘争史」の全貌
http://blackbox777.at.infoseek.co.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhb500.html
■■■第5章:スターリンとジューコフ元帥の反乱
■■ユダヤから離れて暗殺されたスターリン
スターリンはその頃からユダヤ人のやり方に反発するようになった。スターリンの妻はカガノビッチの妹であり、その前のスターリンの2番目の妻も同じくユダヤ人だった。それにもかかわらず、スターリンはユダヤ人に対抗していった。戦争の勝利で自らのイメージが上がったこともあり、ユダヤの横暴なやり方に我慢できなくなって、反ユダヤの態度をとりはじめたのであった。1949年から亡くなる1953年までの間、スターリンは実際にそうした行動をとり続けていった。
スターリンの身辺には常にベリヤがいた。ベリヤは国家保安省のリーダーであり、スターリンと同じくグルジア人だったが、ユダヤとのハーフであった。ベリヤは終始スターリンの見張りを怠らず、スターリンの行動をすべてカガノビッチに報告していた。そのため、スターリンはベリヤに隠れて密かに反ユダヤの陰謀を画策していった。
1952年、「医者事件」が起こった。「医者事件」とは、1948年、ユダヤ人の医者たちが多くのロシア人の新生児、それも男児を毒殺した事件である。そのときに殺された男児の数はかなりの数に上った。とくに大都会のレニングラード、モスクワ、キエフなどで多くの男児が殺された。
なぜユダヤ人たちはこのような暴挙をやるのか、このまま多くの男児が殺されるならば、いったいどのようなことになるのか──。
スターリンは1952年、この事件に関係した医者をすべて逮捕し、ユダヤ人自身がつくった収容所に送って、その半数を殺したのであった。
スターリンは更に大きな反ユダヤのプランをもっていた。シベリアの極東地方にビロビジャンというユダヤ人の自治州があったが、彼は大都会からすべてのユダヤ人を集めて、シベリアのビロビジャンに送ろうとしたのである。が、それが実行に移される前に、彼はベリヤによって暗殺された。1953年3月のことであった。
スターリンは自然死であるという説があるが、実際はそうではなかった。ユダヤ人による暗殺であった。ベリヤによってスターリンは殺されたのである。スターリンの息子ワシーリーは空軍の将校だったが、彼はこの事実をよく知っていた。彼は隣人にこの経緯をすべて話している。しかしワシーリーもまもなく暗殺されてしまった。
■■ソ連の全権を握ったカガノビッチ
ユダヤ人は強大な力をもっている。彼らは世界的な規模で力をもっており、ユダヤ民族が不利な状態になったときには一致して攻撃に出ることができる。スターリンは強力な独裁者といわれたが、その実は彼らに操られたロボットであり、自ら独裁者ぶりを発揮したとたんにユダヤによって暗殺されたのである。
スターリンが亡くなって後、ベリヤはカガノビッチの真の右腕になった。この2人はスターリンが暗殺されてから130日間、実質的にロシアを支配していた。この間、彼らは何をやろうとしていたのだろうか。それは、ソ連の分裂への策謀であった。ベリヤが逮捕されて後に、こうした計画のあったことが発覚している。
今から40年前の1953年、カガノビッチは当時のソ連の全権を掌握した。このとき、ロシアは本当のユダヤ国家になってしまったのである。
ロシアのユダヤ人とアメリカのユダヤ人たちはこうした事態を大いに喜んだ。なぜならば、ロシアのユダヤ人もアメリカのユダヤ人も、いずれもアシュケナジー・ユダヤ人という同胞であり、すっきりと手を組むことができるからだった。
ユダヤ人たちはソ連とアメリカという2つのユダヤ国家が力を合わせれば、全世界を支配できると考えた。当時の誰がこのような陰謀を阻止できただろうか。
その当時、国家保安省のエージェントはあらゆるところにいた。そして、密告が制度として国民の義務となっていた。当時のロシア人は、こうしたユダヤのネットワークには、何らの抵抗するすべをもたなかった。
■■ユダヤ権力を壊滅させたジューコフ元帥
しかし奇跡が起こった。第二次世界大戦におけるファシズムとの戦争で勝利をもたらしたジューコフ元帥が、1953年にユダヤとの戦いでも勝利を収めたのである。
1953年7月27日、モスクワ郊外でジューコフ元帥は陸上演習を行なっていた。この演習の途中で、ジューコフ元帥は突然、自ら戦車部隊二個師団を率いてモスクワ市内に入り、国家保安省本部に向かって進撃を始めたのである。国家保安省はこの動きをまったく感知していなかった。そのため、ジューコフはあっという間に国家保安省本部の占拠に成功することができたのであった。
ジューコフ元帥はまずベリヤを逮捕した。そしてその次にカガノビッチらを逮捕した。これはまったく異例の事態であった。ロシア人の民族性からすると、こうした過激な反発行動に出ることはあり得ないことであった。しかしジューコフは、誰にも相談せずに、自らの判断で直ちに戦車部隊二個師団を動かし、モスクワに入って国家保安省本部を乗っ取ったのである。
そのときからロシアは新政府となり、ユダヤ人は国家保安省や軍隊の司令部を含めて、あらゆる組織から追放された。少なくとも1960年まで、ほとんどの政府機関からユダヤ人が一掃されたのである。
ようやく、ロシアをロシア人が指導するところとなった。一時的にではあったものの、明らかにロシア人の勝利であった。このとき1953年から、1985年にゴルバチョフが書記長となり、翌年にペレストロイカ(改革)が始まるまでの間、ロシア国内にハザール国家は存在することがなかったのである。ユダヤ人たちはそのままロシアに住んではいたが、もはやユダヤ人たちが国家内国家をつくるようなことはなかった。
ブレジネフの時代はロシア人にとって歴史上非常に安定した時代であったといえる。ユダヤ人たちはこの時代を「停滞」時代という。革命が起きていなかったので、彼らにとっては「停滞」と呼ぶにふさわしい時代なのである。
■■■第6章:ソ連崩壊の舞台裏 (ロシア人とユダヤ人の対立)
■■1991年8月のクーデターは「ユダヤ第二革命」だった
共産主義体制崩壊後のロシアの政治を、日本では、改革派(民主系)と保守派(旧共産党系)の対立を軸にしたものとしてとらえ、そこに中間派系、民族派系などの諸派が絡んだ政争の流れとして見ている。しかし、本当の問題は民族闘争なのである。ロシア人とユダヤ人の対決、それがロシアで起きていることの根本にあることである。
1991年8月、世界を揺るがしたソ連のクーデターはあっけない失敗に終わった。しかしその結果起きたことは、紛れもない革命だった。これはユダヤ人によるクーデターであり、「ユダヤ第二革命」と呼ぶべきものだった。過激派のユダヤ人たちは、穏健なゴルバチョフ政権を倒して自らが政権を握ろうとしたのである。クーデター失敗後、エリツィン・グループが政権を握ったが、エリツィン大統領を取り巻くロシア政府高官のほとんどがユダヤ人であった。
エリツィンはユダヤ人の妻を持つが、彼自身は純粋のロシア人である。しかし彼は頭が悪く、しかもアルコール中毒である。彼は使われているロボットにすぎない。彼の補佐官は80%がユダヤ人であり、彼の補佐官の中には20人のアメリカ人がいた。そのアメリカ人の中でも指導的な役割を果たしているのは、ジェフリー・サックスというハーバード大学の教授であり、もちろんユダヤ人である。
ロシア国内のユダヤ人たちは、8月クーデターでロシア政府内の実権を握ったことを幸いに、次に海外のユダヤ人と相呼応して、ロシア経済を支配下に置こうとした。そのため、欧米の、中でもアメリカのユダヤ資本が怒涛のようにロシアになだれ込むことになったのである。
エリツィンと取り巻きのユダヤ人たちは、8月クーデター以後、急進的な市場開放路線を議会で承認させると、ガイダル政権を発足させた。そして年末の連邦崩壊・CISの形成を経るや、一気に市場開放、価格自由化というショック療法を実行に移したのである。その結果ロシアでは、国際派ユダヤ人による猛烈な「ゴールド・ラッシュ」が起きた。1991年8月クーデター以後しばらくの間、ニューヨークからモスクワ行きの飛行機は、ほとんどユダヤ人たちに占められていた。
■■やがてロシア人の解放運動が巻き起こるだろう
8月クーデターで、彼らユダヤ人たちは再びロシアの権力を握ったと思っているだろう。しかし、70年余年前の10月革命のときとは、その事態には根本的な違いがあることに彼らは気付いていない。
ユダヤ人たちは1917年10月革命当時には大きな力をもっていた。しかし今日のロシアのユダヤ人たちには力がない。彼らは二度目の革命を起こしたが、今日のロシア人は75年前のロシア人とは異なっている。当時のロシアは農業国家であった。多くの農民たちは読み書きができなかった。しかし今は違う。共産主義時代に受けた教育レベルは非常に高いものである。ロシア人の年輩者もそして若い人たちも、ますますユダヤ問題がわかってきている。そして愛国心の高まりとともに、ユダヤ人に反発する行動をとるようになり始めているのである。
ユダヤ人はモスクワやサンクト・ペテルブルグ、キエフなどの大都会では力があるが、農民や労働者の中にはユダヤ人は一人もいない。これは喜ばしいことである。さらに、ユダヤ人たちの影響はまだ地方にまでは及んでいない。ロシアの地方には本当のロシアが残っている。
ロシア人たちの反発は、ロシア人によるユダヤからの解放運動として、すでに地方に広がりはじめている。ロシア人たちは必ず自分たちのロシア人のリーダーを選ぶだろう。
以前ゴルバチョフはペレストロイカは地方からの革命ではなく「上からの革命」であると言った。しかしこれは「革命」というよりは反ロシア的な陰謀であった。決して下からの解放運動、革命ではなかった。
私たちロシア人はすでに革命の歴史をもっている。最初の10月革命、これは明らかにユダヤ革命だった。そしてまた、2年前の1991年8月にあった革命も、ユダヤ革命であった。ロシア人たちはユダヤ革命はもう十分だと思っている。我らはもうこれに我慢できない。ロシアのユダヤ人たちは、ロシアにおいて悪質なことをやってきたし、今もやっている。しかし彼らはすでにやりすぎている。
今後、ロシア人とユダヤ人との闘いは、もっと激しくなっていくにちがいない。やがてロシア人の解放運動が巻き起こるだろう。私(イワノフ)は固く信じている。(後略)
◆ロシア石油王の裁判開始、敗訴が濃厚か
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040617-00000112-reu-int
[モスクワ 16日 ロイター] 脱税と詐欺容疑で起訴されていたロシアの石油王、ホドルコフスキー氏の裁判が16日始まった。ロシア政府が主導したとの見方が強い裁判で、同氏の弁護士でさえ同氏が敗訴する、と予想している。 元ソ連外交官が書いたものだからいい加減な論文ではないと思いますが、日本の歴史地理教育やテレビ新聞などの大手メディアでは決して語られない内容だ。まずハザール人はビザンチン帝国のキリスト教とペルシャ帝国のイスラム教に挟まれて、やむを得ず王から奴隷に到るまでユダヤ教に改宗することでユダヤ国家を建設した。 だから聖書に出てくるユダヤ人と現在の東欧系ユダヤ人とはまったく関係がない。イスラエルにいるユダヤ人の多くは東欧系ユダヤ人でシャロンからネタニエフなど名前からして東欧系ユダヤ人でユダヤ教徒には違いないが偽ユダヤ人だ。 ロシア人はスラブ民族と言われるようにユダヤ人によって奴隷として扱われてきた。ところがロシア人の反乱やモンゴル帝国の侵略でハザール王国は滅んでユダヤ教徒のハザール人は流浪の民となった。この点では正統派ユダヤ人(スファラディ)と運命は共通する。多くのユダヤ人たちはロシアやポーランドに逃れた。 この時点からロシア人と彼らによって滅ぼされたハザール=ユダヤ人の対立が続き現代に到っている。ロシアの共産革命はその対立の一環であり、革命によってソ連というユダヤ人国家が成立した。スターリンという独裁者が数千万人ともいわれる大虐殺はソ連というユダヤ国家が行ったもので、スケールからするとヒトラーのユダヤ人大虐殺はかすんでしまう。 ナチスドイツがユダヤ人虐殺を行ったのもユダヤ国家ソ連と戦争をしていたからであり、敵性民族としてユダヤ人を収容所に送り込んだと見れば納得できる。またアメリカが共産主義国家のソ連を助けたのも、アメリカも実はユダヤ国家であり、アメリカとソ連というユダヤ国家がナチスを滅ぼしたのだ。 スターリンはグルジア人でユダヤ人ではありませんが、ユダヤ人の傀儡だった。ユダヤ人たちのロシア人への殺戮は大規模なものでこれがスターリンの粛清だ。ロシア人の知識階級は殺されるか亡命してソ連の知識階級はユダヤ人が独占した。ロシア革命でニコライ二世一家を全員暗殺したのもユダヤ人による革命だったからで、ロシア人による革命だったらニコライ二世は殺される理由はなかった。 これほどロシアのユダヤ人が力を持つに到ったのは世界に広がるネットワークがあるからで、日露戦争で日本が勝ったのもユダヤマネーのおかげであり、ロシア革命の資金もアメリカやイギリスからのマネーによるものだ。だからアメリカとソ連とは兄弟国家といわれる理由もそこにある。 しかしスターリンとジューコフの裏切りによりソ連のユダヤ人は逆粛清にあい、多くのユダヤ人が殺された。ユダヤ運動には二つの流れがあり、一つは共産主義運動でもう一つはシオニズムだ。共産主義運動はソ連の崩壊で滅びましたが、シオニズム運動はアメリカで盛んでありアメリカのイラク侵攻はこのシオニズム運動の一環だ。この点からもアメリカはユダヤ国家であることが言える。 現在のロシアもロシア人とユダヤ人の熾烈な争いは続いており、ユダヤ人によるソ連崩壊で海外からのユダヤマネーがロシアの経済界を乗っ取ってしまった。ユコスなどの新興財閥は皆ユダヤ人によるものですが、プーチンを始めとするロシア人の反撃でユダヤ人石油王が脱税で逮捕されている。 これでユダヤ国家のロシアはなくなりましたが、もう一つのユダヤ国家のアメリカは残っている。しかしアメリカも将来、スターリンやジューコフのような裏切り者が出てユダヤ人が弾圧されたり追放されるような事態が予想される。ユダヤ人と大虐殺は深い関係があり異教徒に対する弾圧は虐殺という手段がとられることが多い。だからアメリカはイスラム諸国民を平気で殺害できる。アメリカはアフガニスタンやイラクでどれだけのイスラム教徒を殺害してきたのだろうか。
国内石油大手のユコス
この裁判は1991年のソ連崩壊後、もっとも重要な裁判のひとつになる、とみられているが、ソ連時代の見せしめ裁判とあまり変わらないと批判する向きもいる。
40歳の同氏は裁判所で、「私は、うぶな人間ではない。私に対する容疑には、本当の根拠がない。検察の意見であり、事実を含んでいない」と語った。
アナリストらによると、この裁判は、1990年代の民営化で大きな富を築いた新興財閥に国の規則を順守せよというメッセージを送るために強硬派らが押し進めた。
プーチン大統領は、脱税は許されないとし、他の新興財閥も起訴される可能性がある、との見方を示している。
同氏は、リベラルな複数の政党に資金を提供しており、ロシアの現政権に反対している、とみられている。(ロイター)
[6月17日11時43分更新]
(私のコメント)
ソ連の歴史を見ると多くの出来事に謎が付きまとっている。ソ連の歴史を解説した本などはたくさんあるが、このサイトほどソ連のユダヤ人の実体を解説したものはなかった。これらの解説がどれだけ真実であるかはわからない。しかし読んでいると、いままで理解できなかった謎の多くがわかったように思う。