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(回答先: ダヴィニョン子爵は、フランスの「黒い貴族」で「300人委員会」の一員としてコールマン博士の『300人委員会』に登場 投稿者 エイドリアン 日時 2004 年 6 月 17 日 22:50:43)
エンセンさんWrote:> この子爵はとんでもない大物なんですが、日本ではあまり有名ではないので、ここに簡単ですけど紹介しておきます。
先ず、"Etienne" という名前について:
キリスト教ではキリスト後初の殉教者として知られる聖ステパノの名前は、仏語のEtienne、伊語のStefano、西語のEsteban、ハンガリー語のIstvan、独語のStefan、英語のStephenに相当します。
この聖人の名を冠した旧オーストリア帝国の「聖シュテファン大聖堂」は、ハプスブルク家代々の「内臓」の安置場所であると同時に、モーツァルトの結婚式・葬式会場としても知られています。
この名前の王は、ハンガリー王Istvan(在位 997-1038)とイングランド王Stephen(在位 1135-1154)です。ハプスブルク家唯一の女帝だったマリア・テレジアの夫の名前はフランツ・シュテファンです。
名前の由来は、ギリシャ語のstephanos:花冠ないし王冠。
従って、"Etienne d'Avignon"は、「アヴィニョンの王」。
"Avignon"は、ローマ教皇庁の「アヴィニョン幽囚」の地名に由来。
日本では、アヴィニョン師範学校の給費生(アンリ・ファーブル:昆虫学者)の方が有名ですが。
次に、"Belgique" について:
手元の仏語辞典では、ベルギーの国名は"Belgium"ですが、"Belgique"は「ベルギー人」の意味から転じて「ベルギー人の国」=ベルギーのこと、とあります。
ベルギー南部のワロニア地方は仏語圏で、首都ブリュッセルが在ります。
エンセンさんWrote:> ダビニオン子爵は、ベルギー最大の企業グループであるソシエテ・ジェネラル・ド・ベルジクを自分の中心企業として、ヨーロッパ財界を代表する大物なんです。
Socit Gnrale de Belgique's Head Office - Socit Gnrale de Belgique's (Belgium's Old Lady, Laid To Rest) |
【注1】レオポルトT世(在位 1831-1865)は、ザクセン・コーブルグ公フランツ・フリードリヒ・アントンの息子レオポルト親王で、先妻は英国王ジョージ4世の娘、後妻はフランス王ルイ・フィリップの娘。ベルギー独立に関する1830年のロンドン会議において、フランスの七月王政政府の駐英大使タレイランの推挙により国王となる。
レオポルトU世(在位 1865-1909)は、父の後を継ぎ、妻はヨーゼフ大公ヨーゼフ・アントンの娘。英国人記者スタンリーのアフリカ探検(1871〜1904)を後援してコンゴ獲得に成功し、1885年、ビスマルク主宰のベルリン会議でコンゴ自由国が王の私領と認められた。
この記事に登場する「ヴェローナ協約("the secret treaty of Verona)"」の補足説明:
Extract from the 1916 Congressional Record Senate
(1) この協約は、1822年11月にヴェローナで開催された秘密会議の議事録。
(2) この会議にはローマ法王が参加し、オーストリア・フランス・ロシアと協約を結んだ。
(3) この協約は、全ての君主制に脅威となる、あらゆる独立国の政府の破壊を目論む。
(4) 法王の腹心のイエズス会員達は、世界中の政府の崩壊と殺人に責務を負っている。
次に、"International Herald Tribune"の"Barry James"によるSGBの解説記事:
Ironic Rewriting of History in Battle for Belgium's Largest Bank:
(1) オランダの支配者、オレンジ公ウィリアムT世は、1822年に、南部の王室御料地を金に換えて、オランダの国営工業を振興する会社"Societe Generale des Pays-Bas"を創立し、その本社をブリュッセルに置いた。
(2) オーストリア領だったベルギーが、1814年ウィーン会議の結果、オランダと合同してネーデルラント王国に衣替えしたことに反発した、1830年の革命後、ベルギーが独立。
この企業は"Societe Generale de Belgique"と改名して国の主管銀行となり、暫くは通貨を発行した。
(3) SGBは、フランス、特にロスチャイルドと緊密な関係を築き、資本供給や事業の管理をした。その事業には、ワロニア地方の炭田や工業の開発、メキシコ・アルゼンチン・ロシアの鉄道建設、オスマン・トルコ帝国の建設が含まれる。また、コンゴのベルギー植民地の拡張を主導する資本家となった。
(4) 1988年、"the French Suez group"【注2】が、イタリアの資本家"Carlo De Benedetti"との買収競争に勝って、SGBを支配下に置いた。
【注2】2003年10月に"the French Suez group"は、ベルギーのエネルギー・グループ"Tractebel"と合併し、"Suez-Tractebel"と改名した。その際SGBは、"Tractebel"の一部門"Tractebel EGI"となった。
ダヴィニョン子爵は、かつてはSGBの会長、1980年代のEC委員会の副委員長として、また現在は"Suez-Tractebel"の副会長として、1982年以降のビルダーバーグ会議に欠かさず出席し、2000年以降は議長を務めています。
2004年のビルダーバーグ会議では、議長がダヴィニョン子爵、名誉事務局長がゴールドマン・サックスの"Martin Taylor"でした。2001年も同じ組み合わせでした。
"Suez-Tractebel"の会長"Jean Pierre Hansen"もベルギーからこの会議に参加し、"Henry Kissinger"も参加しています。
ベルギーの独語新聞の先月の感触では、世界のパワーエリートのNo.3であるオランダの"Prince Bernhard"に対して、ダヴィニョン子爵が補佐役に位置づけられているようです。
No.1はUSAを管轄する"Rockefeller"で、"George Bush"を制御し、"Henry Kissinger"の助言を得ています。
No.2は欧州を管轄する"Rothschild"で、"Halliburton"のために"Dick Cheney"を制御しています。
"Rothschild"は、"Harriman"が育てた"Prescott Bush"との関係で"George Bush"を制御しています。
そして、「アンチ−民主主義」と「巨大企業−支持」を方針として掲げるダヴィニョン子爵は、"Henry Kissinger"の施策を援助しています。
ところで、"Societe Generale de Belgique"を含む"Societe Generale"は、日本にも進出しているフランスの銀行を中心にしたコングロマリットです。
最近、この絡みで、変なサイトを見つけました:"ORIENTALIA"
ORIENTALIA
ヒンズー教からチベット仏教まで、西欧にとってのオリエンタリズムを満足させる宗教関係で、講演会の開催や資料の販売を行っています。
東ローマ帝国由来の「東方教会」系っぽく、販売元は"Icon Group"という名前です。
ここでは、大航海時代の植民地主義が、大手を振って闊歩しています。
これが、イエズス会→"Societe Generale"へと繋がるんですね!
同じサイトの中で、企業家向けの洗脳書も販売中です:World History
World History
例えば、ダヴィニョン子爵のお膝元ベルギー支部からは、労働生産性向上用の教科書:"Labor Productivity Benchmarks and International Gap Analysis (Labor Productivity Series)"を210ドルで販売(これはAmazon.comでも売ってます)。
この本では、ダヴィニョン子爵お得意の『21世紀は、雇用を減らし、機械が人を虐げて製造業を衰退させ、民主制から君主制への移行を導く』という持論の実行を、世界中で進めるための方法論を展開しているようです。