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(回答先: Re: そうなんですよ。 投稿者 彼方 日時 2003 年 12 月 16 日 01:00:24)
彼方さん、はじめまして。…おはようございます。
bakaさんご執心の主題のようでしたので、レスがあまり無いことに心いためていたりしました。有り難うございます。
実は、哲学性の衣装をまとわせて、皆様に問うてみたい主題がひとつあるのですが、彼方さんからレスが頂けた事を契機として、ひと
つの分枝として提起させて頂きます。まさしくテレイシアスが女神ヘラの怒りを受けたその問いを巡ります。
男女双方が深き悦楽と恍惚を得たとき。ともに深いにもかかわらず、女性のほうが遥かに深く長く悦楽の海の淵に漂っておられるよう
です。男性は、ほんの数語叫びうる時の中で頂を極め、後は深い疲労の深淵に沈みます。
女性はといえば、まさに頂を得た時は我を忘れた快楽恍惚の中、その総量も質も男性からの嫉妬を受けそうなほど勝っているかに見
えます。
とすれば、仮初めの視点ではあれ、双方が深き悦楽と恍惚を得たときには、より深く大きく悦楽と恍惚を得た方が『贈与』されたと感得
するのが正しいと想われます。
これは、個体差などを越えた構造的なリアリティを持っているのではないでしょうか。
これが正しければ、男性が『贈与』するもの、と自己認識し、女性が『贈与』されるものとして自己認識して文化が形成されているのが
妥当と想われるのです。しかし、現実には女性は自らを、それ自身で『贈与』するものであると同時に、『贈与』そのものと無意識に認
識しているのが普通という印象があります。
これは、不思議な事ではないでしょうか。ヘラが何故怒ったのか解りそうです。
不思議ではあれど誤りではないとすれば、これを突き詰めてゆく果てで、人間社会は元より女性が根本にして根源であるという事が、
真実として浮かび上がるような印象があります。不思議な逆転に隠蔽された、男女ともに自覚なき彼方に…
彼方さん、皆様、いかがでしょうか。