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『中央公論』7月号掲載の榊原論文を評す [現状認識編] 〈「匿名希望」氏のレス期待〉 投稿者 あっしら 日時 2002 年 8 月 10 日 20:46:32:

当該論文を未読のまま、『“政府紙幣”構想を弄ぶ』( http://www.asyura.com/2002/hasan12/msg/558.html ) )という書き込みまで行ったが、本日ようやく実物を入手できたので論評を加えたい。


『中央公論』7月号のP.122〜136に「〈日本が構造的デフレを乗り切るために〉 政府紙幣の発行で過剰債務を一掃せよ」と銘打たれた論文である。


財務省のキャリア官僚である「匿名希望」氏も、「デフレは大変深刻な問題で、我々内部でもいまだに大激論が続いており、正直なところまだ最終結論に至っておりません。ただ、ようやくコンセンサスとして得られつつあるのは、今次のデフレは根の深い構造的な(もっと言うと全世界的な)ものであり、従来型の財政・金融政策は効果を持たないのではないか、という点です。中央公論の7月号に榊原慶大教授の論文が掲載されておりますが、そこに述べられている現状認識が我々内部でもほぼ固まりつつあります。問題は、デフレ時代に即応した体制整備を行うに当たり、通常型の構造改革路線で行くのか、榊原教授の主張のような非常的政策手段を用いるのか、という点です。」と書いているので、俎上に乗せる意義は高いと思われる。


[現状分析]

「第二次世界大戦後、歴史的にもっとも高い経済成長率を、緩やかなインフレーションのもとで実現してきた世界経済は、明らかに大きな曲がり角にある。そして、その大転換の先頭を走っているのが、世界最大の債権国である日本なのだろう。つまり日本は新しいタイプの恐慌のいわば実験場というわけなのである。」(P.122)


戦後世界の高い経済成長率は、米国とその他先進国のあいだに生じた強い“電位差”が国際的な通貨と財の流れを加速させたことが主要因であり、それを管理通貨制度とケインズ主義的経済政策が支えたことで達成されたものである。

榊原氏は日本が「大転換の先頭を走っている」という認識を持っているようだが、そのような認識は、世界経済及び日本経済に対する基本的な理解が欠けていると言わざるを得ない。

“遅れて到達した先進国”であり、産業資本としての活動力を維持している日本経済は、経済的基礎条件としては大転換期には至っていない。(貿易収支・経常収支とも黒字である)

西ドイツを除く欧米諸国こそが、70年代に大転換期を迎え、インフレ抑制政策と移民による“自然成長率”(人口増加による量的GDPの増加+「労働価値」上昇による若干の質的GDPの増加)でなんとかしのいできたのである。
そのなかで米国のみが、自国通貨が国際基軸通貨であることを奇貨として、政府債務の積み上げと対米投資拡大に依存した“危ない”拡大を実現することが出来た。

世界経済を牽引する3台の機関車と呼ばれたうちの日本と西ドイツは、軌を一にするかのように、90年にある種の転換期を迎えた。
日本は、85年から89年にかけて形成されたバブルが崩壊して経済的苦境に陥り、西ドイツは、東西ドイツ統合により、「労働価値」が異なる地域の国民をできるだけ同等レベルの生活水準に引き上げるという経済的重荷を背負うことになった。

日本は、「消費税導入による低中所得者増税」と「バブル反動消費不況」という経済変動に不良債権=銀行債務の増加が輪をかけることで経済的苦境を陥ったのである。
このような経済状況にあっても10兆円前後の経常収支黒字を計上し続け、5兆円前後を米国に還流させることで、貿易収支の黒字を維持してきた。

2000年に始まった米国のバブル崩壊で、従来的なかたちでの国民経済の循環が維持できない状況を迎えたことのほうが、日本経済にとってバブル崩壊以上に深刻な問題なのである。

(国内における誤った経済・金融政策と米国の不況本格化がシンクロすることで、既に「デフレ不況」に陥っている日本が、被らなくてもいいと言っていいほどの災厄にみまわれる可能性がある)

榊原氏の「日本は新しいタイプの恐慌のいわば実験場」という見方については、『日本経済は「管理されたダラダラ恐慌」状況』( http://www.asyura.com/2002/hasan9/msg/134.html )を参照して欲しい。

「日本が今、一九三〇年代アメリカの債務デフレ(debt deflation)にきわめて近い資産デフレに陥っていることは間違いないし、この意味での両者の類似点、日本が恐慌に陥る可能性が低くないことも、十分、共通に認識できることであった。問題は、資産デフレ、あるいは、悪性のデフレ・スパイラルは、経済政策で是正できるとしても、いくつかの構造的背景をもったデフレーション一般を、財政・金融政策で継続的インフレーションに変えることができるのかどうかである。もし、デフレが「構造的」でないとすれば、問題は、財政・金融政策の運営にあり、クルーグマンのように「なぜ政策を間違えつづけるのか」という主張が正しいということになる。しかし、デフレが「構造的」であれば、つまり、ウィクセルの言うように技術革新やグローバリゼーションの結果としての継続的生産性の向上がデフレの主たる原因であるとしたら、たんに通貨供給量を増大するだけでは問題は解決しない。継続的金融緩和をインフレ・ターゲットなどとの関連で約束することでインフレ期待を惹起するという議論も、デフレが「構造的」であるという認識が一般化していれば期待を変えることは大変難しい。」(P.123)


榊原氏が、債務デフレとは異次元の「構造的デフレ」という認識をもっているのは慧眼である。

しかし、89年の消費税導入から始まる90年代の国家政策の誤りをきちんと認識していないことや「構造的デフレ」を「技術革新やグローバリゼーションの結果としての継続的生産性の向上がデフレの主たる原因」としていることには同意できない。

技術革新(「労働価値」の上昇)やグローバリゼーションがデフレ方向に誘引することは認めるが、それが現実のデフレとなるのは、技術革新が従事者の給与アップにつながらないからであり、資本=供給を減少させたかたちでのグローバリゼーション(国際競争財の低価格輸入)を行うからである。

技術革新ペースと給与上昇ペース(非就業者に対する社会政策を含む)がイーブンであり、供給破壊ではなく供給不足を補うグローバリゼーションであれば、デフレにはならない。
そうであってもデフレになるとしたら、消費にも投資にも向かわない“余剰通貨”が増加しているからである。

資本化されない“余剰通貨”の厖大な存在が、「構造的デフレ」の主要因である。


※ 国家政策の誤り:資産価格反騰への根拠のない期待意識・資産デフレに対する国策による下支え・赤字国債発行急増による公共投資拡大・98年の消費税アップや公的負担の増大・銀行の機能不全放置


※ 消費税:所得課税の減税に見合った消費への課税を否定するものではない。


なお、米国の「大恐慌」も日本の「バブル」も、貸し出しを巻き込んだかたちで余剰通貨が“国内”での金融的取引(通貨で通貨を稼ぐ経済取引)に向けられることの恐ろしさを如実に示したものである。
そして、二つの違いも明確にしておく必要がある。
1929年から始まった「大恐慌」は、世界最大の経済規模を誇る米国が「大恐慌」を引き起こすことの国際的波及性のすさまじさを示した。
一方、日本の「バブル崩壊」は、最大の経済規模を誇る米国が虚構であれ活動的な経済状況を維持しているなかでの第2位かつ最大債権国家のバブル崩壊であれば、世界がなんとかしのいでいけるいう現実を示した。(日本が米国に資金環流を続ければという条件付きで...)

[歴史的アナロジー]

榊原氏は、P.124からの内容で、1870〜1913年の“パックス・ブリタニカ”の時期に急速な技術進歩とグローバリゼーションが進んだなかでの、英国の消費者物価指数が傾向として下落していたことと現在の経済状況を類推的に捉えている。


※ 技術進歩は、それ以前から続いていた輸送・流通革命と電信・電話という第一次情報通信革命を指している。

※ グローバリゼーションは、鉄道建設を軸とする海外投資と対外資産の増加を上げている。1914年時点の対外資産対GDP比が、英国150%、フランス115%、ドイツ40%であることを掲載し、グローバリゼーションが、貿易から資本や労働力(中国人やインド人の移動)にまで拡大したことを取り上げている。

※ 1870〜1913年の世界レベルでの一人当たり実質GDPの成長率は1.3%で、1959〜73年の3.9%より低いが、1973〜92年の1.2%を上回っている。

※ デフレについては、1873〜95年の農産物価格の下落を取り上げている。
  1913年価格を100として、小麦は、1873年:174→1894年:63と変動し、コーヒーは73年:162→1899年:58と変動し、工業製品価格は、1872年:142→1895年に83と変動している。


現在を1870〜1913年の時代で照らすのは、情報通信革命やバイオ・ナノテクなどの科学技術革命と1990年代から金融・資本の自由化が本格化したという現実認識に基づくものである。
加えて、中国・インド・東欧・ロシアなどが長い停滞から目覚め、グローバル経済に関わるようになったことを取り上げている。

このような認識を基に、榊原氏は、「急激な技術革新、金融・資本分野での規制の緩和、そして強力な新しいプレイヤーたちの世界経済への参加は二十一世紀を新しい成長とデフレの時代にしてきているのではないだろうか。それは、おそらく一〇〇年に一度の構造変化であり、二十一世紀を、二十世紀、特に二十世紀後半とは全く異なった時代にしていく可能性がある。二十一世紀は歴史上、どちらかというと、一八七〇〜一九一三年のパックス・ブリタニカの時代と類似した、「構造的」デフレの時代ではないかというのが筆者の仮説である。もし、この仮説が正しいとすれば、緩やかなインフレの時代に確立してきた企業のビジネス・モデルも、政府の政策レジームも抜本的に変えられていかなくてはならない。」(P.126)とまとめている。


19世紀末と現在のアナロジーは、現状に対する理解を促進するという意味では貢献するが、世界経済の構造が大きく変わっていることを押さえなければ、“甘い”認識で終わってしまう。
先進国の経済価値観と経済政策が今後も続いていけば、榊原氏の想像を超えたデフレ状況が生じ、その後にハイパーインフレが起きる可能性が高い。

19世末を取り上げるなら、現在の世界との違いこそを明確にしなければならない。

19世紀末の世界は、

● 「近代経済システム」が確立していたのは英国とフランスだけと言ってもいい状況で、ドイツを含めて大陸欧州諸国は近代化の過程にあった。(日本は近代化の黎明期でしかない)


● 当時の米国は、直前に南北戦争が行われたように新興近代国家であり、通貨=資本不足に喘いでいた。(南北戦争は奴隷解放戦争のように言われているが、農産物の輸出に利益を求める南部の“自由主義貿易”と産業資本的拡大をめざす北部の“保護貿易主義”の対決が根底にある。その背後には、対米投資を拡大したい国際金融経済主体の思惑があった)


● 「労働価値」的対価が生存費説的に考えられていた時代で、経済主体が獲得した余剰通貨は、北米大陸やアジア・アフリカの植民地向け投資に活用されていた。
(「労働価値」の上昇を労働者に還元しないまま経済主体が丸取りして、それを対外投資に活用するというかたちが可能だった)

● 技術進歩に伴う過剰労働力人口は、北米大陸を中心とした新興地域に脱出することができた。(これにより、国家の社会政策負担が軽減されるとともに米国の経済的発展が進んだ)


● 欧州諸国は、植民地的権益を軍事力で相争う状況にあった。(恒常的に軍備増強が進められていた)


端的に言えば、19世紀末は、余剰通貨を保有している国民経済は英国とフランスくらいであり、自国国民経済を犠牲にしても余剰通貨を活かす術が国外にあったのである。
供給=需要に関しても、家電製品や自動車といった耐久消費財は20世紀以降に出現したものであり、拡大基調にあった。

要するに、19世紀末の「近代経済システム」は興隆期といっても過言ではなく、農産物を中心とした物価下落も、南北アメリカの生産拡大や植民地の輸出作物化政策に負うものである。

生存費的賃金水準・南北アメリカからの農産物輸出増加による必需財の価格低下(経済的困窮者の脱出先でもある)・広大な非近代化地域の世界的存在が、この時期の経済主体の“国際的経済活動”を支えていたのである。

これから本格化すると予測している「世界同時デフレ不況」は、このような19世紀末的世界経済構造とは異質な条件で起きるのである。


● 供給=需要という基本的な経済発展条件である新製品はあるのか?

● 「労働価値」の上昇を活かして経済を成長させる条件である輸出の増加は出来るのか?

● 余剰通貨を投資して“安全”にリターンを得られるところはあるのか?


パソコンと携帯電話が成熟市場になったなかで、それらに代わって経済活動をリードしていく製品を示すことはできない。(対内埋め込みチップは冗談だとして、従来のものに置き換わるという代替品ではなくリードしていく製品が見あたらない)

アジア諸国以外は貿易収支の赤字に苦しんでおり、民主制を採っている先進国が経済的苦境に陥れば、輸入は制限強化の方向に進むことはあっても、拡大する方向には進まない。

アフリカの長期停滞という現状や繰り替えされる中南米諸国の債務危機を考えれば、余剰通貨を投資できる対象は、アジア諸国やロシア・東欧に限られていると言ってもいいだろう。それらの地域にしても、対外投資による資本化で生産される財を受け入れ続けるという条件で、リターンが得られるものである。


貴重な提言をした榊原氏や財務省のキャリア官僚には、日本及び世界(先進諸国)が向かっている歴史段階が、過去のアナロジーでは語れないものであることを認識してもらいたい。

行き場を失って資本化されないままの余剰通貨が溢れることで、「世界同時デフレ不況」に陥るのである。

処方箋は、国家の政策で余剰通貨を資本化すること以外にないのである。

※ 後日、「政策編」をアップする予定です。

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