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何となくだが、最近煮詰まりかけていた疑問が
>【Re: 現場を見てください。 彼岸楼】
http://www.asyura2.com/08/idletalk32/msg/388.html
読んだら、氷解したような気がします。
で
>【天皇制や君が代が無い日本を実現したいです。 ワヤクチャ】
http://www.asyura2.com/08/idletalk32/msg/393.html
における、反戦平和主義の「切り札とも言える呪文」の
>【ファシズムが多数決民主主義の中から出てきたという歴史に学んでいただきたい。ナチスの台頭課程を参照されたし。】
にも、即座に解答が浮かび上がってくる。
確かにヒットラーが行ったのは「人類に唾をする等しい許されない行為」であり、結果的に「ドイツを亡国に追い込んだ愚かしい行為」である。
でも、これは、結果論である。
仮に、ヒットラーが戦争を行わなかったとして、「ドイツ国民が納得できたか?」は永遠の謎である。
戦争に突入しなかったドイツは「今の現在とは違う現在に至っている。」
多分であるが、今の現在よりは「裕福な現在に至っている」だろうとは想像できる。
しかし、それが即、良い現在とは言い切れない。
多くの場合には「行動しなかった結果としての後悔」は「行動した結果としての後悔」に優るからである。
行動して、出来るだけの努力をして、駄目だったのは「納得」ができる。
行動せずに見送った先には、永遠の後悔しか残らない。
結果論ではあるが、選択されなかった未来に「楽園を想像しても意味はない。」のではないだろうか?
そこまで考えると、憲法は少し変えた方が良いかもしれないとも思えて来る。
「国益」を求めた「侵略戦争」の永久放棄を宣言する。
全世界の軍備放棄への努力を宣言する。
その上で、
倫理的な悪の行為には「あらゆる手段を持って対処する。」という宣言もする。
また
日本国、日本国民に対する不当な不利益行為には「敢然と戦っていく」と宣言もする。
基本的に目指すは「日本国の軍備放棄」および「非武装中立」であるが、今は、その過程であり、準備段階であり、それまでは「悪とは対決していく」という姿勢を示すべきなのかもしれない。