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現行憲法は、憲法という名の米軍によって強制された「占領基本条約」
に過ぎない。条約は、一方的な「無効宣言」を発して、破棄すればよろしかろう。
日本民族は、戦後60年も迷妄とマインドコントロールから解き放たれる
べき時が来た。
2007年4月 救国の草莽の志士
『現行憲法無効宣言』 南出喜久治氏
昭和二十一年十一月三日に公布され、同二十二年五月三日に施行された現行憲法は、去る平成八年十一月三日で公布五十年目を迎え、さらに、平成九年五月三日で施行五十年目を迎えました。
巷では、これを奉祝する動きがありましたが、この現行憲法の制定は、東京裁判(極東国際軍事裁判)の断行と並び、日本解体を企図したGHQの占領政策における車の両輪とも云うべき二大方針として敢行され、日本国家と帝國憲法を「悪」とし、連合国とその草案にかかる現行憲法を「善」と決めつけた徹底的な洗脳と恫喝の結果であることは、今や疑う余地のない歴史的真実であります。
東京裁判については、これが国際法に違反する無効な裁判であることは国際社会や国際法学者の間においても定着した考えとなりました。
ところが、現行憲法についてはどうでしょうか。この憲法の矛盾は日増しに増幅されて、社会・政治の混乱と道義・教育の荒廃は目に余るものがあり、その元凶がこの憲法であることは周知のとおりであります。
ポツダム宣言における日本軍の無条件降伏条項(第十三項)と武装解除条項(第九項)は、それぞれ現行憲法第九条第二項後段(交戦権否認)と同項前段(戦力不保持)の各規定にそのまま承継されているため、現行憲法が有効であるとする説を前提とすれば、自衛隊は確実に「違憲」の存在であります。これは、有効説による必然的帰結であるにもかかわらず、詭弁を用いて「合憲」と主張する人々がいます。現行憲法は、「非武装・非独立」の日本において、ポツダム宣言と降伏文書を憲法的に反映しようと企図したものであり、「自衛権」そのものを「否定」したことは明らかです。連合国が非武装・非独立の国家の憲法に、「戦力」は勿論のこと、「自衛権」など認めてくれるはずがなかったのです。
しかし、国防上の要請から、自衛隊が「必要不可欠」であるとの認識は正当です。しかし、だからと言って現行憲法からすれば「合憲」ではないのです。現行憲法を有効とする限り、自衛隊はあくまでも違憲の存在です。この点は、反日主義者の論理(現行憲法の論理)が絶対に正しいのです。有効説に立つ限り、反日主義者の論理の方が道義的であり、「合憲論者」は明らかに反道義的であります。現行憲法を有効としながら自衛隊を合憲とするような厚顔無恥な詭弁こそが、日本の伝統的な道義を退廃させ教育を荒廃させてきたことは明らかです。憲法を守らない大人の言い付けを子供が守るはずがありません。
憲法第九条と自衛隊の関係、憲法第二十条と靖國神社の関係の諸問題などは、今までの誤魔化しにも似た小手先の解釈論では通用しなくなってきました。平成九年四月二日の愛媛玉串料訴訟最高裁判決は、國體的見地からは絶対に承服できないことではありますが、現行憲法的見地からは残念ながら承認せざるを得ません。神道弾圧・靖國否定の神道指令を前提として現行憲法第二十条が生まれたという沿革があるにもかかわらず、最高裁は、よく今まで憲法解釈をねじ曲げてまで國體護持のために頑張ってくれたが、遂に力尽きるときが来てしまったと、その努力を労ってやるべきでしょう。この判決を批判する人々は、憲法九条で黒い烏を白いとしたのと同様の詭弁をもって憲法第二十条についての特異な解釈論を展開し、さらに、現行憲法を無効であると主張する勇気もないのに、単に、占領憲法だとか、押しつけ憲法だとかいう批判を徒に展開します。しかし、現行憲法を有効とする限り、そんな批判は誠にもって見苦しい限りです。仲が悪く、さりとて離婚する気持ちもない夫婦が、いつも喧嘩の際に昔話の愚痴を言って罵り合うにも似た醜い姿です。無効を主張することもせず、負け犬の遠吠えの ように、この憲法の成立過程にケチをつけ悔し紛れに揶揄することは、法の支配や法治主義の理念からして許されるものではありません。成立過程に問題があっても、結果的に有効と判断するのであれば、現行憲法を軽んじて厳格な解釈をしないのは、却って国民の遵法心を低下させ道義を退廃させます。厳格な解釈を行えば、一般庶民の感覚からして、現行憲法を前提とする限り、自衛隊を「軍隊」でないと言い切ることはできません。また、「宗教法人靖國神社」として存在しているのに、「宗教」でないと言い切ることもできません。
では、この矛盾をどのようにすれば解決できるのでしょうか。有効説に立つ限り絶対に解決はできません。しかし、無効説に立つことによって、一挙に全てが解消します。それ以外に解決の道はありません。絶対無効論によってのみ、道義に悖らずに自衛隊を合憲(帝國憲法に適合する)とすることができ、国軍として認知できます。また、第九条だけではなく、教育、宗教その他現行憲法の多くの矛盾も悉く解決できる指針を与えてくれるのです。
現行憲法の制定過程に関する秘密資料が公開されればされるほど、この憲法の制定過程に重大な問題が含まれていることが明白となり、憲法学者の間ではこの有効性について真摯に論議されなければならない情況にあるもかかわらず、これを全くタブー視して黙秘を続けています。今まで、現行憲法の無効性と矛盾点を指摘された先覚的な学者もいましたが、時代の趨勢により、殆ど姿を消していきました。その理由は、現在の憲法学が、国法学や國體学を含まず、専ら現行憲法解釈学に陥っていますので、憲法学者が現行憲法の無効論を展開することは、今まで無効の憲法の条文解釈を学生に教えてきたことの責任に押し潰されてしまうからです。このことは、いわゆる進歩的文化人や公務員にとっても同様です。憲法を否定するような進歩的文化人はメディアから遠ざかってしまい、公務員も憲法尊重擁護義務(現行憲法第九十九条)に違反するとして失職するからです。これは、GHQ占領政策の残した、いわば「帝國憲法の踏み絵」ともいえる存在なのです。
これに対して、東京裁判については、これが過去の事実であり、現行憲法の解釈や日常生活とは直接関係がありませんから、これを無効であると主張して「踏み絵」を踏んでも、その社会的地位に何ら影響を及ぼさないからです。
しかし、本当に、東京裁判は過去のものと言い切れるでしょうか。確かに、東京裁判は、歴史的事実としては過去のものですが、それから発生した「東京裁判史観」なるものは現行憲法と同様に現在の社会を支配しているのです。東京裁判史観も現行憲法も共に「現在性」があるのです。
したがって、東京裁判を無効としながら、現行憲法だけは有効とする見解は、GHQ占領政策の評価に一貫性と統一性がなく、やはり、半分は反日的見解(半反日思想)であると言わざるをえません。このような二重基準による分裂評価の考えでは真の日本の再生はありえないのです。
このように、現行憲法については、多くの欺瞞に包まれて、その無効性についての議論がなされずに今日に至った現実をしっかりと認識せねばなりません。
ところで、現在、現行憲法の矛盾を解消するために安易な改正論で切り抜けようとする動きがあります。しかし、このような企ては、道義の退廃を隠蔽するのみならず、大きな禍根を残すことになります。「改正」を行うことは、現行憲法が「有効」であることを前提とするからです。ひとたび改正を許せば、國體が完全に破壊されます。現行憲法を破棄することこそ国家再生の王道であり刻下の急務なのです。
現に、現行憲法破棄の政治的行動は、歴史的事実として前例がありました。現行憲法が無効であるとの政治行動を行った人々は、全て市井の国士です。たとえば、その中で刮目すべきは、昭和四十四年八月一日に、現行憲法の無効を宣言し、「大日本帝國憲法復原決議」を可決した岡山県奈義町の町議会の大快挙であります。
我々もこれに続かねばなりません。そこで、去る五月三日の現行憲法施行五十年目の節目に、東京の日本青年館中ホールにおいて、多くの有志により「現行憲法無効宣言集会」を開催して、現行憲法無効宣言を行い、「祓庭復憲」草崛起運動の狼煙をあげました。小さな第一歩ではありますが、この着実な足跡を契機として、署名運動を含む現行憲法無効宣言の国民運動を展開してまいります。
愚生も弁護士として現行憲法を根拠とし、民族の再生をめざして、平成七年六月九日に衆議院でなされた謝罪決議を違憲であるとして提訴した訴訟やこの度の違法教科書訴訟などいくつかの憲法訴訟を担当しております。現行憲法を絶対無効であるとする論者が現行憲法を手がかりに訴訟を行うことは、自己矛盾の極致と申せましょう。しかし、「毒を以て毒を制す」との分別により不退転の決意をもって邁進する覚悟であります。ご協力のほどお願い申しあげます。
〇 現行憲法が絶対無効であることの理由
一 改正限界超越による限界
当時の通説的見解によれば、現行憲法は、帝國憲法の改正法でありながら、改正によっては変更し得ない根本規範(國體、制憲権の帰属、欽定憲法性など)の領域まで、その改正権の限界を超えてなされたものであるから絶対無効であるとされていた。 変節学者の代表とも云うべき宮沢俊義の「八月革命説」が説得力を持たないことについては、現在では定説となっている。
二 「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」違反
日本及び連合国が締結していた「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」(一九〇七年ヘ−グ条約)の条約附属書「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則」第四三条(占領地の法律の尊重)によれば、「国ノ権力カ事実上占領者ノ手ニ移リタル上ハ、占領者ハ、絶対的ノ支障ナキ限、占領地ノ現行法律ヲ尊重シテ、成ルヘク公共ノ秩序及生活ヲ回復確保スル為施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ尽スヘシ。」と規定されていた。そして、ポツダム宣言は、「民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障礙を除去すべし」(第一〇項)との表現をもって、改革すべきは帝國憲法自体ではなく、その運用面における支障の除去にあったことを強く指摘していたものであり、「絶対的ノ支障」などなかったのであるから、占領下の改正は国際法に違反する。
三 軍事占領下における憲法改正の無効性
ポツダム宣言では、「全日本国軍隊の無条件降伏」(第一三項)を要求し、その目的のために「聯合国の指定すべき日本国領域内の諸地点は、吾等の茲に指示する基本的目的の達成を確保する為占領せらるべし」(第七項)としていた。これは、日本軍の武装解除などの目的のために、日本の一部の地域を占領し、その地域内における統治権を制限することを限度とする「一部軍事占領」の趣旨であり、日本の国土全部を占領し、日本の統治権自体の全部の制限、即ち、「完全軍事占領」を意味するものではなかった。ところが、降伏文書によれば、「天皇及日本国政府ノ国家統治ノ権限ハ、本降伏条項ヲ実施スル為適当ト認ムル措置ヲ執ル聯合国最高司令官ノ制限ノ下ニ置カルルモノトス」とされ、ポツダム宣言第七項に違反して「完全軍事占領」を行ったのである。ポツダム宣言受諾後に武装解除が進み、一切の抵抗ができなかった状況で、「日本軍の無条件降伏」から「日本国の無条件降伏」への大胆なすり替えである。このように、日本は、その全土が連合国の軍事占領下に置かれ、統治権を全面的に制限することを受忍してポツダム宣言を受諾したのではないので、その後の完全軍事占領は国際法上も違法である。
そのような完全軍事占領下で、連合国が憲法改正作業に関与すること自体が違法である。また、主権国家の憲法解釈として、明文がなくとも、外国軍隊の占領中の憲法改正は当然に禁止されるものである。
『フランス一九四六年憲法』第九四条には、「本土の全部もしくは一部が外国軍隊によって占領されている場合は、いかなる改正手続も、着手され、または遂行されることはできない。」と規定されており、これは我が国にも妥当する普遍の法理と考えられる。
四 帝國憲法第七十五条違反
さらに、「憲法及皇室典範ハ摂政ヲ置クノ間之ヲ変更スルコトヲ得ス」(帝国憲法第七五条)との趣旨は、摂政を置く期間を国家の「変局時」と認識していることにある。従って、「通常の変局時」である摂政設置時ですら憲法改正をなしえないのであるから、帝国憲法の予想を遥かに越えた「異常な変局時」である連合軍占領統治時代に憲法改正ができないのは、同条の類推解釈からして当然である。
五 憲法改正義務の不存在
ポツダム宣言には、帝国憲法の改正を義務づける条項が全く存在しなかったのである。また、ポツダム宣言は、日本軍の無条件降伏・武装解除と民主主義的傾向の復活強化等を促進させることを要求していたのであり、降伏文書をも含めて総合的に判断しても、決して憲法改正までを要求していなかったのである。
六 法的連続性の保障声明違反
内容的に比較すると、現行憲法は、前述のとおり帝国憲法の制憲権の限界を超えた改正であって、全く法的連続性がなく絶対的に無効であることは前記一のとおりである。昭和二一年六月二三日の「帝國憲法との完全な法的連続性を保障すること」とするマッカーサー声明と比較しても、「完全な法的連続性」を保障した結果にはなっておらず、改正の限界を保障した同声明の趣旨に自ら違反している。
七 根本規範堅持の宣明
ポツダム宣言受諾日の昭和二〇年八月一四日の『詔書』によれば、「非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾」せんがためにポツダム宣言を「受諾」したものであり、敗戦後も「國體ヲ護持」すること、即ち、帝国憲法の根本規範を堅持することを宣明していた。
八 憲法改正発議権の侵害
現行憲法の起草が連合軍によってなされたことは、帝国憲法第七三条で定める憲法改正発議権を侵害するもので無効である。
帝国憲法発布の『勅語』及び帝国憲法第七三条第一項により、憲法改正の発議権は天皇に専属し、帝国議会及び内閣などの機関、ましてや、外国勢力の介在や関与を許容するものではないからである。これは帝国憲法第七三条の解釈の定説である。
九 「帝國憲法発布勅語」違反
帝国憲法は欽定憲法であるから告文も憲法典と同様に憲法規範を構成することになる。そして、その勅語には「不磨ノ大典」とあり、さらに「将来若此ノ憲法ノ或ル条章ヲ改定スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至ラハ朕及朕カ継統ノ子孫ハ発議ノ権ヲ執リ之ヲ議会ニ付シ議会ハ此ノ憲法ニ定メタル要件ニ依リ之ヲ議決スルノ外朕カ子孫及臣民ハ敢テ之カ紛更ヲ試ミルコトヲ得サルヘシ」とあることから、これは、帝国憲法改正に関する形式的要件である第七三条とは別個に、改正のための実質的要件を定めたものと解釈しうる。即ち、その実質的要件は「紛更ヲ試ミルコト」を禁止したことであるから、現行憲法の制定による改正は「紛更」そのものに該当するので無効である。
「天皇といえども國體の下にある」ことから、紛更が明かな現行憲法は、天皇による公布がなされたといえども絶対無効であることに変わりはない。当今の一天皇に國體を変更できる権限はない。従って、昭和天皇の公布がなされたことをもって有効説に与するのは、反國體的見解である。
十 政治的意志形成の瑕疵
その改正過程において、日本プレスコード指令による完全な言論統制と検閲がなされていたことは、厳然たる歴史的事実である。これは、国民の政治的意志形成に瑕疵があり、表現の自由等を保障した帝国憲法第二九条等に違反する。
表現の自由(知る権利)は、民主社会を維持し育成する上で極めて重要な機能を有し、実質的には政治参加の機能を持っている。いわば、参政権行使の前提となる権利であって、この行使が妨げられることは実質的に参政権の行使が妨げられたと同視されるから、言論統制下での改正行為自体が違憲無効なのである。
日本政府と連合国側のポツダム宣言受諾に関する応答において、昭和二〇年八月一二日の連合国側(バーンズ米国務長官)の回答によれば、日本の最終的政治形態は「日本国民の自由意志」に委ねるとしていたのであった。このことは、憲法改正を義務づけず、連合国の占領統治下においても『陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約』を遵守し、国内手続においても憲法改正発議権を侵害せずに、かつ、日本国民の自由意志によるとの意味である。しかし、連合国は、これらを悉く踏みにじったのである。
十一 改正条項の不明確性
改正条項の対応性においても著しい問題がある。即ち、帝国憲法第七三条第一項によれば、「此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキ」とあり、各条項毎の改正を予定していたのである。ところが、現行憲法は、帝国憲法の各条項を改正するという手続をとらず、差換え的な全面改正を行ったものと思われる。しかし、帝国憲法と現行憲法とは条文の各条項毎に一対一に対応しておらず、現行憲法の各条項が帝国憲法のいずれの条項を改廃したのかが不明確である。また、帝国憲法の各条項に対応する現行憲法の類似条項についても、それが交換的改正なのか追加的改正なのかは、現行憲法の補則(第一一章)によっても明らかとされていない。従って、帝国憲法の各条項がどのように改正されたかについて不明確なものは、形式的連続性をも欠いており、帝国憲法の改正と認めることができない。
十二 帝國議会審議手続の重大な瑕疵
最後に、憲法改正案の帝国議会における審議は、極めて不十分であって、審議不十分の重大な瑕疵があるため、その議決手続は違法であり、かつ、GHQが、帝国憲法第四〇条で保障する両議院の建議権(一種の国政調査権)の行使を実質的に妨げ、かつ、その不行使を強要した事情が存在するので、手続自体が違憲無効である。
その事情及び理由は次のとおりである。
ポツダム宣言受諾後、憲法改正案を審議した第九〇回帝国議会(昭和二一年六月二〇日開会)までに開会された帝国議会は、敗戦直後の第八八回(同二〇年九月四日開会)と第八九回(同年一一月二七日開会)の二回のみである。そのいずれの帝国議会においても、国家統治の基本方針についての実質的な討議は全くされなかった。
その間に、昭和二〇年九月二〇日、連合軍の強要的指示によって帝国憲法第八条第一項による『ポツダム緊急勅令』(昭和二〇年勅令第五四二号『ポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件』)が公布され、これに基づく命令(勅令、閣令、省令)、即ち、『ポツダム命令』が発令されることになる。この『ポツダム命令』が占領中に約五二〇件も発令されたことからしても、『ポツダム緊急勅令』の公布及び『ポツダム命令』は、占領政策の要諦であったことが頷ける。
この緊急勅令は、「法律ニ代ルヘキ勅令」であり、帝国憲法第八条第二項により「此ノ勅令ハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出」しなければならないものであったため、次の第八九回帝国議会で提出され、承諾議決がなされているものの、全くの形式的審議に終始したのである。
しかし、法律事項を規定した命令は、たとえ帝国憲法第八条の「法律ニ代ルヘキ勅令」である『ポツダム緊急勅令』に基づくものといえども、この緊急勅令は命令に対して法律事項の白紙委任を定めているため、帝国憲法下の解釈においても「絶対無効」である。ところが、帝国議会では、このような議論すらされなかった。
そもそも、昭和二〇年八月一四日詔勅及びこの緊急勅令は、この敗戦が日本国の経験した未曽有の国家非常事態であったことから、帝国憲法第九条の命令大権、同第一〇条の官制・任免大権、同第一四条の戒厳宣告及び同第三一条の非常大権などに基づく措置を同時に発動しなければならない程度に重大な政治的・法律的意義を有するものであった。
従って、帝国議会において、この緊急勅令の審議はもとより、国家再建の基本方針が十二分に審議されるべきであって、これが憲法改正案の審議の前提条件であり、先決事項でなければならない。特に、敗戦に至るまでの原因に関して、憲法的要因や運用上の問題などを徹底究明すべき必要があったはずである。そして、さらに、これらの議論をふまえて、帝国憲法改正の必要性の有無及び程度並びに各条項的な個別的検討などについて充分討議する必要があり、これらの討議を経たうえでなければ、具体的な改正案の審議ができないはずである。敗戦後の占領下で、帝国憲法の「全面改正」に初めて着手することは、帝国憲法の「制定」に勝るとも劣らない国家の根幹を定める大事業であったにもかかわらず、そのことの認識が全く欠如していたのである。
帝国憲法が一〇年以上の歳月を経て制定されたのに対し、わずか一〇日足らずの日数で、しかも、日本政府の手によらずして連合軍で起草されたGHQ草案に基づき、これと内容同趣旨の『政府原案』(現行憲法原案)が作成され、これについて、衆議院では僅か四日間の本会議における審議がなされたにすぎず、それも、法律専門家等の見解の聴取もせずに直ちに委員付託となって秘密裡のうちに検討されることとなり、その間にも多数の委員が更迭されたため、充分に検討審議の余裕もないまま、間もなく可決成立したような憲法改正行為は、たとえ占領下でなかったとしても、審議不十分として無効であると言わざるをえない。
このように、性急な「お手盛り審議」により憲法改正案を全会一致に近い圧倒的多数で可決させたのは、占領軍の強い意志に基づくものであって、日本政府に対する直接の強要的指示があったからである。そして、その前月の五月三日から極東国際軍事裁判を開廷させるとともに、この事実を帝国議会審議より重大事件であるかのような前記報道統制による報道をさせることによって、臣民(国民)及び帝国議会議員に対しても、帝国議会の審議において憲法改正案に反対することは、如何なる不利益を蒙るか計り知れないとの心理的圧力による間接的な恫喝をなし、その萎縮効果を狙ったものであり、極めて卑劣かつ巧妙な作戦と演出が実行されたのである。そして、憲法改正案についての帝国議会の審議過程の詳細は全く報道されず、国民はこれについて全く知らなかったのである。
このような経緯の評価に対して、現行憲法は「占領軍の『圧力』の下で、議会も『混声合唱』をしたにすぎぬとみる見方もあるが、『改正』審議のために選挙をおこなって構成された議会において議論をつくしたうえでの、全会一致にちかい『圧倒的多数』の賛成を、無意志の人形の協同動作だとするのは、あまりにも偏った極言だといわねばならない。「議員の賛否の意志の表明も、自由な決定だったはずだからである。」とする見解があるが、これは前述のような審議過程やその背景事情を全く考慮していないものであり、それこそ「あまりにも偏った極言」である。
従って、このような諸事情からすれば、帝国議会の改正案審議自体に実質上も手続上も著しく重大な瑕疵があったことになる。
以上により、占領下の憲法制定ないし改正としての現行憲法は、帝国憲法の改正として、かつ、実質的意味の憲法としては絶対的に無効である。
なお、その詳細は、拙著『日本国家構造論ー自立再生への道ー』(政界出版社)、拙稿「詔承必謹と現行憲法無効論」などを参照されたい。
この論文は南出喜久治先生より特別に投稿いただきました。みなさんも共に闘い
「現行憲法無効確認決議」
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