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(回答先: 小6女児、首切られ死亡 学校内、同級生に カッターナイフで 長崎・佐世保市(西日本新聞) 投稿者 シジミ 日時 2004 年 6 月 01 日 18:40:32)
サカキバラ事件とも通じる、一種の情緒障害と思うけれど、少女の個人的な闇の世界の出来事なのか(こちらから見たら闇だけれど彼女から見たら真昼の世界の出来事なんだろうけれど)、もう少し一般的な出来事なのか。
最近、統計上少年犯罪が激減しているという記事を読んで、逆にある種の危機的状況を感じていたのだけれど、今回の事件もそうした統計と関連しているのだろうか。
フィクションとして、こうした事件がたくさん描かれていたけれど、それらはどれも興味本位のこけおどかしの代物ばかりだ。
社会学者や心理学者は、オタクの心理分析とかやっている場合じゃないって。
僕らの心の闇の掘り下げと、もう少し一般的な心の闇の掘り下げとについて、もっと真剣に取り組んでほしいと思うよ、まったく。
こうした時代になると、大江健三郎の描く無垢と暴力の怪人の跋扈する世界が、ずいぶん先を行っていたのだとつくづく思う。
ドメスティックな暴力にせよ社会的暴力にせよ、性と暴力の極限を描く作家は掃いて捨てるほどいるけれど、徹底的な絶望の果ての無垢と救済(ドストエフスキー的だね)の意味を真摯に問う作家は、大江のほかは村上春樹くらいだろうか。高村薫もそうかな。ドストエフスキーを読み返してみよう。
それでも、人文系学問は(哲学を除いて)全然ダメな中で、文学(一部だけど)は捨てたものじゃないという気がしてきた。