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「私物化」意識とはどのようなものかという説明
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投稿者 ゆらぎ 日時 2004 年 7 月 03 日 12:46:03:GhYcW4/mLfc6s
 

(回答先: 「私物化」意識とはどのようなものかご提示ください。 投稿者 あっしら 日時 2004 年 7 月 03 日 02:03:06)

あっしらさんこんにちは。


▼あっしらさん
【消滅させる方法まで考えているのなら、「私物化」(所有化)意識がどのようなものかは当然わかっているはずですから、それを具体的に列挙でもいいですから説明してください。】

「私物化」(所有化)意識というものをなるべく具体的に説明する前に、それが現在の社会にすぐに適応できるという段階のものではなく、あくまでも幼児虐待の原因の基となる概念だということを、充分に認識して下さい。(また同じ繰り返しにしたくない為)

また「私物化」(所有化)意識という概念は、何度も同じように説明しているつもりですが、まだ理解に至らないとのことなので、どのあたりが理解に至らないのかをご説明ください。
前にあなたからその面において疑問をされていた、他の殺人も私物化なのか?というようなニュアンスの質問を受けていましたが、再度それについてもお話しするつもりです。

人を私物化(所有化)するというのは、「自分の子と思う意識」とは違います。
家族における関係性は、親であり子であり兄弟であり家族です。その事実性を変えろということではありません。
親が子を虐待死させるというケースは、親がその関係性において子供を自分の所有物(物)として見るという勘違いした意識にあります。
例えば、自分の車は所有物です。自分のものですから大事に扱いますが、故障やデザイン等が気にいらなくなったとして廃棄処分することはできます。(車には意思がなく「やめて壊さないで」等とは言いません。)
子供においても、自分が心底気に入らないからと言って子供の意に反して殺してしまうことは、自己の所有物としている意識にあるのではないでしょうか。それ以外の概念は考えられません。
つまり「自分の思い通りにしたい」→「自分の思い通りになるはず」→「物」→「所有」→「自分の思い通りにならない」→「廃棄処分、殺人」となる考え方です。
それを私物化(所有化)と定義しております。
これは相手(人間)に意思があるから所有という概念があてはまらないのではと考えがちですが、相手の意思を無視して自分の思い通りにさせることができると考えてそれを実行し押し付けた時点で自己所有化となると考えております。
そしてこの概念は幼児虐待のみならず、すべての殺人や戦争による殺戮にもあてはめることができるものと考えます。
それは相手を知らない無差別殺人でも同じことです。相手の意思を無視して自分の思い通りに殺人をしていくことはすべて自己所有の概念です。(距離の遠い近いも関係ありません)。もしなんでしたら所有的概念以外の殺人があれば、定義してみて下さい。

また自己の所有物という意識をなくした社会において、親が子供を愛し、大切にし、養育することは可能でありそれは尊重されるべきです。
そして子供が自己の所有物ではないという意識にあるのであれば、子供の意思、自主性、生きる権利は守られるべきであり、誰もそれを剥奪することはできないはずです。
もし自分が子供を心底気に入らなければ、それが自己の所有物ではないため、その子供を快く見てくれる適任者に見てもらえばいいではないですか。
公的な機関が介入するとするならば、それらをサポートすることではないでしょうか。人は誰の所有物でもなく、個人の意思、自主性、自由性、生きる権利が守られるような社会が運営されていくことを人々が最も望むことではないですか?
自分の「生きる権利を守る」ために、他人の「生きる権利を守る」ということです。
「生きる権利を守る」とは、子供であれば、社会に順応するため適応するために教育したりすることや、生存するために必要なことをしてあげることです。
何を教育するか等の具体論については、また非常に長くなりますので省略致しますが、その教育をまともにすることができない人は、親としての適任者ではないと思っております。
ただし、適任者ではないからといって社会(その家族以外のもの)が親から子供をとりあげるということではないです。
親がその子供の面倒を見たいと言えば(子と親がそう考えているなら)、そうすればいい。しかし、私物化(所有化)の概念のない社会では、子を愛するがうえに自らが適任ではないと正直に自分を認め、判断することができ、その場合は子を他の適任者にあずけることも可能です。(自ら自主的に他へ預けることでしょう)
自分が適任していると正直に思う分野だけ、その子供と接すればいい。教育はできないが、養うことができるなら養うことをのみをすればいいと考えます。教育はできるが、養うことができない人もいるでしょう。あなたの言う社会では、養うことができないなど心底邪魔なら子供を殺して責任をとるというのが健全と言われましたが、この社会ではそうはなりません。子供を放棄するのが健全です。
誰しもが「生きる権利」「生きたいと思う権利」を保障される社会だからです。
さらに、この私物化(所有化)の概念のない社会にあなたの「過酷な生活条件をなくす」という概念を足せば、子供を養うことができない家庭は存在しないということになり、誰しもが平和で、快適で、自由で、生きる権利が守られるという意味においては理想的な社会になるのではないでしょうか。
また再度繰り返しますが、私物化(所有化)しないということは誰の所有でもないということです。つまり公有化でもありません。

まだまだ書き足りない部分もありますが、もしわからない部分があれば仰ってください。
また念を押しておきますが、今の社会にすぐに適応できるかどうかという問題ではありません。
あくまでも幼児虐待死(他の殺人含む)の原因は私物化(所有化)にあるとしたもので、原因の共有化を計るものです。

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