★阿修羅♪ 現在地 HOME > 掲示板 > 議論16 > 137.html
 ★阿修羅♪
次へ 前へ
連載第7回 選択前提とは何か(MIYADAI.com)
http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/137.html
投稿者 まさちゃん 日時 2004 年 1 月 07 日 12:56:57:Sn9PPGX/.xYlo
 


────────────────────────
連載第7回 選択前提とは何か
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=12
────────────────────────

■連載の第七回です。第五回までは、社会システム概念それ自体の理解に必要な説明をし
ました。そして前回からは、社会システム理論が分析道具とする個別概念の説明をしてい
ます。まず前回は「構造とは何か」をお話ししました。簡単に復習してみます。
■パーソンズは古来の伝統を踏まえ、変わりやすい変数を「過程」、変わりにくい変数を
「構造」と呼びます。でもこのやり方は科学的に不適切です。変わりやすさ(の間に成り
立つ関係)が変わりにくい場合を、諸変数を直和分解する仕方では記述できないからです。
■そこで六〇年代から自然科学が導入され、変わりやすさの間の変わりにくい関係、すな
わち変数の間に成立する関係=関数を「構造」と呼ぶようになります。これとは別に、構
造主義の普及で、変換にもかかわらず不変の性質を「構造」と呼ぶ仕方も広く知られます。
■七〇年代以降の社会システム理論は、古来の伝統用法、パーソンズの用法、自然科学の
用法、構造主義の用法の全てを包括する「構造」概念を用いるようになります。すなわち、
選択の前提を与える論理的に先行する選択を、「構造」と呼ぶようになるのです。
■部分間に成り立つループを入れ子式に組み込む形で多段的に全体を成り立たせる社会シ
ステムでいえば、より下位のループにとって、より上位のループは、選択に論理的に先行
する選択という意味で、構造です。上位/下位は相対的ですから、構造概念は相対的です。
■別言すると、社会システムは、「選択に論理的に先行する選択」という構造の機能を、
幾重にも多段的に組み上げることで、選択能力を上昇させ、さもなければ達成できないよ
うな複雑性の縮減を──場合の数の少ない確率論的に稀な秩序を──実現するのです。

【選択前提と自由】
■「選択の前提」を与える「論理的に先行する選択」を「構造」と呼びましたが、社会シ
ステム理論では「選択の前提」という概念自体が非常に重要な意味を持ちます。そこで今
回は「選択の前提」(選択前提ともいう)とは何かということについて説明しましょう。
■選択には前提が必要です。まず、選択領域、すなわち選択可能な選択肢群が与えられて
いなければなならない。次に、選択領域から現に選べなければならない。後者は、選択チャ
ンスがあるので選べるという水準と、選択能力があるので選べるという水準とがあります。
■以上をまとめると、選択前提には三種類があります。第一は「選択領域」。第二は「選
択チャンス」。第三は「選択能力」です。ちなみに前回紹介した「構造」概念は、選択前
提の中でも、第一の「選択領域」を与える先行的選択という機能に注目したものでした。
■三つの選択前提の違いを理解するには、人間学的な自由論の観点を導入すると良いでしょ
う。まずは、自由ではなく、不自由に注目します。選べないことを「不自由」と言います。
不自由には三つの水準があります。第一は「選択領域の欠落」です。
■例えば、未開社会には飛行機で移動するという選択肢がありません。その意味で不自由
です。でも未開社会の人たちは飛行機で移動するという選択肢をそもそも知りません。知
らないので、選択肢の不在を不自由だと感じる主観的な「不自由感」はありません。
■ところがそこに西洋文明社会から宣教師がやって来て、さまざまな文明の利器の存在を
教えるとします。西洋には飛行機もある、シャワーもある、テレビもあるという具合に。
選択肢の存在を知った未開社会の人たちは、途端に「不自由感」に苦しむかもしれません。
■すなわち、不自由の第二の水準は「選択チャンスの欠落」です。選択肢は既に主題化さ
れているのに、お金がないとか禁じられているなどで、選べないという状態です。この場
合、お金があればなあ、という反実仮想に伴って「不自由感」が自覚されます。
■ところが、「選択領域の欠落」がなく(選択肢が既に思い描かれて)、「選択チャンス
の欠落」もない(お金もあるし誰も禁じていない)としても、どれを選ぶべきか迷いが生
じて判断できないなどの理由で、うまく選べないということもあり得ます。
■これが不自由の第三の水準、すなわち「選択能力の欠落」です。具体的には、利害得失
(効用)の計算能力を欠く場合もあれば、利害得失を評価する価値観ないし選択原則を欠
く場合もあるでしょう。この不自由には、不全感という意味での「不自由感」が伴います。
■これらを逆転すると、自由であるとは一般に、選択領域と、選択チャンスと、選択能力
が与えられているという意味で、選択前提が十分に供給されているがゆえに、滞りなく選
択を行える状態のことです。これに対して、不自由とは、選択前提の供給不足の状態です。
■ちなみに、不自由の三類型はそれぞれ、近代以前、近代過渡期、近代成熟期に特徴的な
不自由に対応します。例えば、近代過渡期、すなわちモノの豊かさが国民的目標となる第
二次産業中心型の社会で問題になるのは、経済的貧しさ=「選択チャンスの欠落」です。
■モノの豊かさを達成した近代成熟期に、何でも選べるのに、何を選んでいいのか分から
ない、あるいは、ソレを選ぶことに何の意味があるんだ、という形で問題になるのは、選
択原則(選択肢を評価する物差し)の不在という意味での「選択能力の欠落」です。
■近代以前に特徴的なのが「選択領域の欠落」です。南側は、近代と接触することで貧し
さを自覚し、外貨を獲得するべく一次産品に作付けを替え、国際市場で買い叩かれて構造
的貧困に陷りますが、以前は自足していました。この自足が選択領域の欠落に相当します。
■ここには「選択領域を獲得することで、選択チャンスの欠落が問題になる」という皮肉
が見出されます。同じ事態は私たちの成熟社会にもあります。飛行機を知らなかった未開
人が飛行機を知ることで、飛行機がないのを不便に思うという「利便性のトラップ」です。
■かつて私たちはウォシュレットがあればいいと思ったことはないはずです。でも一旦そ
ういう機器があるのを知ると、ウォシュレットがないのを不便だと思ってしまう。基幹的
な需要が飽和した成熟社会では、資本主義はそうやって市場のフロンティアを開拓します。

【選択連鎖による複雑性の縮減】
■選択Aがあり、選択Aを選択前提として選択Bがあり、選択Bを選択前提として選択C
があり、という連なりを「選択連鎖」と言います。この場合、選択Cにとっては選択Bが、
選択Bにとっては選択Aが、選択に論理的に先行する選択という意味で、構造を与えます。
■例えば、旅行目的地の選択に悩んでいるとします。旅行目的地の選択は、先行的な選択
を前提にします。すなわち「旅行する」という選択です。「旅行する」という選択も、先
行的な選択を前提にします。すなわち「気晴しをする」「休日を過ごす」という選択です。
■逆に辿ると、「気晴らしをする」という選択が、「旅行する」「映画を観る」などの選
択領域を開示します。この選択領域からの「旅行する」という選択が、「海に行く」「山
に行く」などの選択領域を開示します。この選択領域からの「海に行く」という選択が…。
■この場合、「気晴らしをする」という選択が「旅行する」という選択にとっての構造を
与える。同じく、「旅行する」という選択が「海に行く」という選択にとっての構造を与
える。「海に行く」という選択が「江ノ島に行く」という選択にとっての構造を与える…。
■こうした選択連鎖には、「選択に論理的に先行する選択」という構造の機能を幾重にも
多段的に組み上げることで選択能力を上昇させるメカニズムの、一例が見出されます。こ
のメカニズムによって、さもなければ達成できないような複雑性の縮減を実現しています。
■ハーバード・A・サイモン『経営行動』は、こうした選択連鎖による複雑性の縮減に注
目した組織論を展開しました。組織人は個人としては決定能力に限りがあるが、所与の決
定前提を踏まえた決定・の連鎖で、高度に合理的な決定を出力することができるとします。
■従って組織の課題は、各組織人の決定が組織目的に適合した合理的なものとなるべく、
妥当な決定前提を踏まえて決定を行うように動機づけを与えることであり、そのために
「オーソリティ行使」「忠誠心開発」「助言」「訓練」が用いられるべきだ、とします。
■組織人の決定が、組織目的に適合した妥当な決定前提を踏まえるとき、決定前提=目的、
決定=手段、という目的手段連載が形成されます。モノ作りで儲ける→車を作る→スポー
ツカーを作る→エンジン設計する→電子燃料噴射装置を設計する…といった決定連鎖です。
■この目的手段連鎖はハイラーキーの下に向かうにつれて分岐し、ハイラーキー全体はツ
リー状を統一をなします。その全体を見渡せる組織人は、個人的能力の限界ゆえに、殆ど
いないか全くいません。それでも妥当な目的手段連鎖が構築されていれば組織は回ります。

【選択連鎖と、アノミー・組織】
■さて、以上のように目的手段連鎖は、選択連鎖の一例です。目的選択が手段選択の選択
前提をなし、手段選択がその手段選択を目的とする下位的手段選択の選択前提をなし…、
という具合に連鎖します。この目的手段連鎖の概念に、有名なアノミー概念が直結します。
■デュルケムは『自殺論』で、金持ちが急に貧乏人に転落して自殺する場合と、貧乏人が
急に金持ちに成り上がって自殺する場合があることを発見します。共通して、従来までの
前提が当てにできなくなるがゆえの混乱に由来すると見倣し、それをアノミーと呼びます。
■従来用いてきた手段(金銭)の不足も、従来抱いてきた目的(金持ちになる)の不足も、
確かに混乱を招き寄せます。後にマートンが前者を「機会のアノミー」、後者を「目標の
アノミー」と命名しました。今では「手段のアノミー」「目的のアノミー」とも言います。
■選択連鎖の概念を持ち込めば、選択連鎖の一部を構成する、選択前提と選択の特定の組
み合わせにおいて、選択前提に関わるリソース不足が目的のアノミー、選択に関わるリソー
ス不足が手段のアノミーです。手段は下位手段にとっての目的なので、相対的な概念です。
■選択前提を与える先行的選択を「構造」と呼び、構造を選択前提とする選択を「過程」
と呼ぶので、選択前提に関わるリソース不足(目的のアノミー)を「構造のアノミー」、
選択に関わるリソース不足(手段のアノミー)を「過程のアノミー」とも呼べます。
■最後に言うと、私たちのコミュニケーションを浸す暗黙の非自然的な前提の総体が社会
であり、それを探求するのが社会学です。実際、社会学の思考伝統は、前提を遡る思考に
特徴があります。デュルケムは、契約の前契約的前提を遡及するのが社会学だと言います。
■再び選択連鎖の概念を持ち込むと、サイモンは「組織」の本質を、選択連鎖のツリー状
の展開に求めましたが、それに倣えば「社会」とは、部分的にはツリー(=組織)を含み
つつも、全体はループやジャンプを含んだ、選択連鎖のリゾーム状の展開だと見倣せます。
■社会は組織ではありません。旧東側の歴史が象徴するように、社会を組織となそうとす
る試みは失敗します。その理由を皮肉にも、組織による複雑性縮減を明らかにしたサイモ
ンは、組織の複雑性縮減能力の限界に求め、限界を補完するメカニズムが市場だとします。
■なお、選択連鎖の概念には、連載第五回で述べたコミュニケーション(選択接続)の概
念が直結します。野球の「打撃」にとって「投球」は選択前提です。「回答」にとって「質
問」は選択前提です。その意味で、コミュニケーションは複数主体間を跨ぐ選択連鎖です。

 次へ  前へ

議論16掲示板へ



フォローアップ:


 

 

 

  拍手はせず、拍手一覧を見る


★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
投稿コメント全ログ  コメント即時配信  スレ建て依頼  削除コメント確認方法
★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/  since 1995
 題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
掲示板,MLを含むこのサイトすべての
一切の引用、転載、リンクを許可いたします。確認メールは不要です。
引用元リンクを表示してください。