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(回答先: <普通>の市民たちによる「つくる会」のエスノグラフィー 【要旨・目次】 投稿者 なるほど 日時 2003 年 12 月 26 日 16:42:53)
序章
本章では本研究の問題設定がどのようなものであるのかを明確にし、本研究の意義を明らかにする。
1−1 問題意識・問題設定
自国の政治・経済・教育・歴史認識・思想などについて、国民が考え、語り、そして運動を起こす。民主主義の基本ともいうべきその姿が、国民の「生活」に見られなくなって幾久しい。多くの国民にとって日々の生活の中で、「日本という国はいかあるべきか」「今の政治は何が問題か」「義務教育があぶない」「正しい歴史認識とは」−と気炎をあげて取り組む余裕など、普通はないのである。
逆説的に言うならば、そうした政治運動をせずとも「そこそこの暮らし」をしてゆける人たちが、現在の「日本国民」なのである。不景気が10年程つづいている、とはいえ、海外旅行に行けばどの国でも日本人を見かける。ブランド品の需要も減っているわけではない。開発途上国などに比べ、まだまだ経済的に余裕がある国だからこそ、国民は国の政治体制にそれほど気を払う必要がない。新聞の投書や、政治討論などを見て、「今後この国はどうなってしまうのだろう」と漠然とした不安をもつくらいで、実際に自分が「国」のために何か行動を起こそう、などと考える人はごくわずかである。
そうした雰囲気の中で、2001年はある意味、記念すべき年であった。日本の「国」のかたちについて、2つの論題が与えられ、各所で喧々囂々の議論が繰り広げられた。
(ここでも、もちろん大多数の国民は傍観者的な立場ではあったが)
その論題とは、@歴史教科書採択の問題 A首相による靖国神社公式参拝の問題である。
「もっと自分の国に誇りのもてる教科書を」をスローガンに、西尾幹二氏ひきいる「新しい歴史教科書をつくる会」が96年12月に発足し、2001年の中学校教科書採択戦にむけて運動を続けてきた。以下は、「新しい歴史教科書をつくる会」の趣意書の一部である。
戦後の歴史教育は、日本人が受けつぐべき文化と伝統を忘れ、日本人の誇りを失わせるものでした。特に近現代史において、日本人は子々孫々まで謝罪し続けることを運命づけられた罪人の如くに扱われています。冷戦終結後は、この自虐的傾向がさらに強まり、現行の歴史教科書は旧敵国のプロパガンダをそのまま事実として記述するまでになっています。(中略)
私たちのつくる教科書は、世界史的視野の中で日本国と日本人の自画像を、品格とバランスをもって活写します。私たちの祖先の活躍に心躍らせ、失敗の歴史にも目を向け、その苦楽を追体験できる、日本人の物語です。教室で使われるだけでなく、親子で読んで歴史を語り合える教科書です。子供たちが、日本人としての自信と責任感を持ち、世界の平和と繁栄に献身できるようになる教科書です。(傍線 引用者)
今の日本人は、「日本人」としての「自信」に欠けている、また、戦後行われてきた教育は、自国の歴史(とくに近現代史)をすべて「悪」と決め付けた手法であった、としている。「つくる会」の歴史教科書は、「自虐」と「謝罪」の記述一辺倒ではなく、現代の日本人が過去の日本人のあゆみを、より肯定的にとらえる素地をつくるべき、との観点から勇気の出る「日本人の物語」を目指した。
検定通過後、2001年6月10日、全国の書店に「つくる会」教科書が並んだ。市販本、と銘打たれたその冊子は、驚くべき売り上げを記録し、年間ベストセラー(日販調べ、2000年12月1日〜2001年11月30日)でも16位につけるなど、内容は教科書でありながら凄まじい売れ行きを記録した。
「つくる会」発足、教科書の市販本作成、販売、各種マスコミによるセンセーショナルな取り上げ方も原因としては考えられるだろうが、なぜこれほどまでに盛り上がったのだろうか。大衆に多少なりとも関心を持たせる「何」が「つくる会」の主張には存在していたのだろうか。
本研究では、「つくる会」の提唱する歴史観の是非ではなく、「つくる会」の運動に共感・賛同し実際に支援運動を行っているひとびとのメンタリティーを調査・分析することを主眼に置きたい。「つくる会」運動の参加者・当事者の意識を追うことにより、草の根レベルでの保守活動の実態をリアルにつかむことができるであろう。自称<普通>の市民が織り成す「日本人としての自信回復運動」とはいかなるものか?―私が本研究で取り組みたい点はそこである。
1−2 本研究の意義
本研究の意義は、「草の根レベルでの保守活動」をフィールド調査することで、「つくる会」の内部の動きをリアルにとらえられることである。
「つくる会」教科書採択に関するマスコミの動きなどは、記録を追うことでフォローできる。しかし、「つくる会」を支援する人々と直接コンタクトを取り、彼らのリアリティを探る研究は、管見の範囲ではまだ存在しない。また、時期的な問題を考えても、教科書採択戦真っ最中の2001年を調査期間にあてたことは、研究の主題からいっても非常にタイムリーかつ有益であったといえよう。
「つくる会」の前身である「自由主義史観研究会」を取り上げ、会員である教師にインタビューを行ったものとして、『自由主義史観研究会の教師たち』(村井:1997)がある。彼らにインタビューを試みる、という発想、そしてその手法が非常にユニークなものであり、本研究と重なる部分も多い。
だが、村井(1997)には「<普通>の市民(生活者)の保守運動」を分析する、という視点は含まれていない。教育現場で子供たちに自国の歴史をどう教えるか、を探るために「自由主義史観研究会」所属の教師たちにインタビューを行っているのである。そこで見られる問題意識とは、「政治活動」としての「つくる会」ではなく、「教育運動」としての「自由主義史観研究会」を分析する、というものだ。私の問題意識は明らかに前者、すなわち「政治運動」のほうである。
自称<普通の>市民が、いったいどのようなキッカケで「つくる会」を支持するようになり、具体的に運動を起こすまでに至ったのか、運動団体の内部ではどのようなルール(暗黙の了解)が存在しているのか。
本研究の意義としては、草の根レベルでの保守運動の「世界」をエスノグラフィーの手法を用いて明らかにしていくことにある。肩書きのない学生だからこそできるフィールド調査として、十分に意義をもちうるものであると思う。
http://web.sfc.keio.ac.jp/~oguma/report/thesis/2001/ueno.htm