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新自由主義の時代
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/268.html
投稿者 中川隆 日時 2020 年 8 月 14 日 09:43:10: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: トランプはユダヤのエージェントでキリスト教原理主義のネオコンだった 投稿者 中川隆 日時 2020 年 5 月 28 日 02:49:20)

新自由主義の時代


2020.08.14
生活に余裕がなければ国際問題も国内問題も考えられない
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202008130000/


 日本の庶民は自分たちを貧困化させ、社会を破壊する政治家を当選させてきた。最近あった東京都知事選挙も例外ではない。日々の生活に追われ、国際問題は勿論、国内の政治や経済についても考える余裕がないからだと考えている人もいるようだが、おそらく、それは正しい。


 「革命的人民」は「人民」に生活の余裕がなければ存在できない。だからこそ権力者は庶民を貧しくし、公教育を破壊し、メディアを支配しようとするのだ。そうしておけば、庶民の不満が高まってもコントロールできる。ターゲット国の庶民を操ることもできる。


 日本では1970年代から富の集中が加速度的に進んだ。マーケットを崇拝、「民営化」という名目で私的権力を強大化して国を上回る力を彼らに与えた結果だ。それにともない、大多数の庶民は貧困化していく。世界をこうした方向へ導いた信仰は「新自由主義」と呼ばれている。


 この信仰で教祖的な役割を果たしたのがシカゴ大学の教授だったミルトン・フリードマン。その先輩とも言える学者がフリードリッヒ・フォン・ハイエクだ。ハイエクはアメリカの株式相場が暴落した後、1930年代に私的な投資を推進するべきだとして、政府の介入を主張するジョン・メイナード・ケインズと衝突した。そのハイエクの教え子にはデイビッド・ロックフェラーも含まれている。


 新自由主義が庶民を疲弊させ、国力を衰えさせることは明かだったことからリチャード・ニクソン大統領でさえアメリカへ導入することをためらった。この信仰に基づいて体制を最初に作り替えたのはチリだ。


 チリでは1973年9月11日にCIAを後ろ盾とするオーグスト・ピノチェトが軍事クーデターを成功させ、サルバドール・アジェンデ政権は倒された。その際、アジェンデ大統領は死亡している。CIAの背後にはヘンリー・キッシンジャーがいた。


 1979年から90年にかけての時期にイギリスの首相を務めたマーガレット・サッチャーもハイエクと親しかった。「先進国」と呼ばれている国の中で最初に新自由主義を導入したのはサッチャー時代のイギリスである。1970年代にイギリスはシティを中心にしてオフショア市場/タックス・ヘイブンのネットワークを作り出している。その中心は言うまでもなく金融の中心地、シティだ。


 日本へ新自由主義を導入したのは中曽根康弘であり、その政策をさらに進めたのが小泉純一郎、菅直人、野田佳彦。それを安倍晋三が引き継いだ。中曽根の民営化を象徴するのが「国鉄」だとするならば、小泉は「郵政」だ。現在、年金や健康保険の仕組みが破壊されようとしているが、それだけでなく食糧や水も私的権力へ渡されようとしている。


 郵政民営化には三井住友出身の西川善文をはじめ、竹中平蔵、ゴールドマン・サックスのCEO(最高経営責任者)を務めていたヘンリー・ポールソン、そしてCOO(最高業務執行責任者)だったジョン・セインが深く関与している。その後、竹中は人材派遣会社、パソナの会長に就任する。


 言うまでもなく、人材派遣会社は非正規社員の増大で大儲けした。そうしたことを可能にする政策に竹中も深く関与している。そうした政策が庶民を貧困化させている原因のひとつだ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202008130000/  

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コメント
1. 2020年8月14日 10:00:27 : CG1A7NUEbq : YXdVbzBEUkJTOEE=[8] 報告
ハイエク、フリードマンのマネタリズムの世界


【マネタリズムとは】フリードマンの思想から日銀の実践までわかりやすく解説 2020年3月25日
https://liberal-arts-guide.com/monetarism/


マネタリズム(monetarism)とは、経済現象における「貨幣(マネー)」の役割を重視し、貨幣の量によってその他の経済上の変数も変化すると考える、経済学上の考え方のことです。

簡単に言えば、貨幣の量を増減させることで物価や失業率にも変化を与えることができる、と考える経済学の立場のことです。

現代の日本でも、景気刺激のために、中央銀行(日銀)によって大量のお金が市中に投入される「量的緩和政策」が行われています。

この政策こそ「マネタリズム」の立場から考えられたものですが、その効果に対しては疑問が持たれています。

1章:マネタリズムとは

もう一度確認しますが、マネタリズムとは貨幣の供給量によって物価や失業率などのそのほかの経済上の値も変化すると考える、経済学上の立場のことです。

文字通り「マネー(貨幣)」の役割を重視する立場と考えると良いと思います。

マネタリズムを創出したのは、フリードリヒ・ハイエク(Friedrich August von Hayek)やミルトン・フリードマン(Milton Friedman)といった「新古典派」と呼ばれた経済学者たちです。

これから、なぜ彼らがマネタリズムを創出するに至ったのか詳しく説明します。

マネタリズムの具体的な政策について知りたい場合は、2章からお読みください。

マネタリズムが登場したのは、20世紀半ばごろから、それまで主流だったケインズ経済学が現実の経済現象を説明できなくなってきたためです。

1-1:マネタリズムとケインズ経済学

そもそも、ケインズ主義とはケインズ(John Maynard Keynes)が提唱した経済学の体系であり、非常に簡略化して言えば、
不況時は、企業が投資しないため、国家が金融政策や財政政策(大規模な工事など公共支出を増大させる)を行い、需要を作り出す
国家が需要を作ることで失業率が改善し、完全雇用に近づく

というものです。

第二次世界大戦後の多くの西側先進国は、ケインズ経済学に基づき、国家が積極的に経済活動に介入する「大きな政府」的な政策を行ったのです。

参考
「大きな政府」的な政策について、以下の記事でも説明しています。

【社会自由主義とは】定義・政治的立場から批判までわかりやすく解説
https://liberal-arts-guide.com/social-liberalism/

【福祉国家とは】3つの分類と誕生〜現代までをわかりやすく解説
https://liberal-arts-guide.com/welfare-state/


しかし、1960年代〜70年代に入ると、多くの国でケインズ主義的な政策が行き詰まりました。それが「スタグフレーション」という現象です。


スタグフレーションとは、物価は上昇するのに失業率は上がる(つまり、人々は貧しくなるのに物価が上がってモノが買えない)という現象のことです。

ケインズ経済学は、スタグフレーションを想定していませんでした。そこで、フリードマンらの経済学者たちは、ケインズ以降の経済学(マクロ経済学)を再検討しました。

1-2:マネタリズムのケインズ派批判

フリードマンらはケインズ派の理論が、スタグフレーションを説明できないとして批判し、新たに生み出したのがマネタリズム的な経済思想でした。

まず、ケインズ派のマクロ経済学における物価と失業率の関係について説明します。

ケインズ派の経済学は、「物価が上がると失業率が下がる」という「フィリップス曲線」を前提に理論を構築していました。

メモ
フィリップス曲線とは下記のように説明される曲線のことです。
失業率が上がる(労働需要が下がる)と賃金(労働サービスの価格)は下がる
逆に、失業率が下がる(労働需要が上がる)と賃金にも下落圧力がかかるが、労働者の抵抗があるため下がりにくい

賃金が上がることは物価が下がることであると言えるため、物価と失業率の関係をあらわす図として有名になった

イギリスの経済学者フィリップスによって、1861年から1957年までのイギリスのデータを用いて明らかにされたものです。ただし、後に曲線の正確性が批判されました。

しかし、繰り返しになりますが現実の経済現象として、物価が上がり失業率が下がらない「スタグフレーション」が起こったため、ケインズ派の理論の修正が求められました。

実際、マネタリズムの立場から考えると、
人々が物価上昇を期待し、その通りに物価が上がった場合は、賃金を上げることを求める→賃金が上がる

生産者は物価が上がったことで「生産物への需要が増えた!」と勘違いする(貨幣錯覚)が、しばらくたつと自分の勘違いに気づき、生産量を元に戻す

つまり、結果的に生産者は生産量を変えることはないため、労働需要は増えない(失業率は下がらない)

ということになります。

この説明だと、「物価が上昇するのに失業率が下がらない」というスタグフレーションの状況が説明可能です。

1-3:マネタリズムの金融政策への考え方

上記の考え方から、マネタリズムの立場の金融政策への考え方も導き出されます。

まず、ケインズ派の経済学は、以下の2つの経済政策を行ってきました。

財政出動:公共事業によって国家が需要を作り出し、不況時にもお金を回す1
金融政策:金利政策によって金利を下げ、企業がお金を借りやすくする2

これに対して、フリードマンらのマネタリストはどちらも不況を改善する効果はないと、下記のように批判しました。

財政出動:政府の支出は増えても、支出の財源として高い税金を支払った人の支出や、国債などの公債を購入した人の支出はその分減る(クラウディングアウト)。
金融政策:金利を下げても、「貨幣錯覚」が解消されると生産者が生産を増やすことはないため、投資も増えない。そのため、失業率も改善されない。
したがって、金融政策は貨幣の供給量を一定の割合で増加させ続ける方法を採用すべき(k%ルール)。

こうしてフリードマンらマネタリストとケインズ派は、経済政策をめぐって激しく論争しました。

特に重要なのが、フリードマンが中央銀行による金融政策について、利子率を操作するのではなく貨幣の供給量を一定の割合で増加させ続けることが大事である、と主張した点です。

このマネタリズムの思想は、現代の日本の金融政策にも影響を与えているからです。

そこで2章では、マネタリズムの立場で行われている金融政策とその妥当性について、詳しく説明します。

まずはここまでをまとめます。


1章のまとめ
マネタリズムは、ケインズ経済学をベースにした経済政策がスタグフレーションに対処できないことから、フリードマンらによって生み出された経済学の立場
マネタリズムは、貨幣の供給量が他の変数に影響を与えると説明する

2章:マネタリズム的な金融政策の考え方

それではこれから、マネタリズムの立場から考え出された金融政策の具体的な内容を説明します。

端的に言えば、マネタリズムの金融政策とは、「景気を刺激し失業率を改善するために、中央銀行の働きによって貨幣の供給量を増大させよう」という考えのことです。

では、「貨幣の供給量を増やす」とはどういうことでしょうか?そもそも、中央銀行に「貨幣の供給量を増やす」ことがなぜできるのでしょうか?基本的な点から説明します。

2-1:貨幣の供給量を増やす仕組み

これから解説することについて、先に結論を述べると、
「貨幣」はマネーストックとベースマネーの2種類に分けられる
中央銀行が貨幣の供給量を増やしたところで、投資を刺激し失業率を改善することは難しい

ということになります。

しかし、これだけでは難しいかもしれませんので、まずは貨幣の2つの種類から説明していきます。

2-1-1:マネーストックとは

あなたは、「お金」と言うと何を想像しますか?

100円玉、1円玉などの硬貨や1000円札、1万円札などの紙幣を想像すると思います。その「お金」に銀行の預金口座の残高を足したものが、「貨幣」と定義されるものです。


■貨幣とは
紙幣(不換紙幣)
硬貨(補助貨幣)
預金の残高

また、紙幣や硬貨も銀行の口座に貯めたり、そこから引き出したりして使っているという意味で、「貨幣」はすべて「預金」であると言っても良いでしょう。

そして、一国における「預金」の残高の総額のことを「マネーストック」と言います。

「わざわざ難しい言い方をする必要はないのでは?」と思われるかもしれませんが、金融政策について理解する上では、マネーストックとこれから説明するベースマネーについて区別することが大事です。そのため、まずは違うものとして覚えておいてください。

2-1-2:ベースマネーとは

預金口座にある残高の総額がマネーストックですが、それに対して、市中(つまり民間の)銀行が中央銀行(日本なら日銀)に持っている口座にある残高の総額を、「ベースマネー」と言います。

順を追って説明します。

@日常的な取引は銀行のシステム上で完了する

そもそも、あなたは誰かとお金のやり取りをするときに、どのように「貨幣」を使っていますか?

少額の買い物なら紙幣や硬貨を使って取引すると思います。しかし、高い買い物や企業間の取引においては、自分の口座から相手の口座への振り込みで行うことが多いのではないでしょうか?

つまり、現代の世界においては、実際のお金のやり取りはリアルな実体のあるお金ではなく、銀行のシステム上の電子的なやりとりだけで行われることがほとんどなのです。


たとえばあなたと、あなたとお金を取引する企業(A社)がいたとして、ともに「ゆうちょ」に口座を持っていたとしましょう。

その場合、あなたとA社はゆうちょの電子システム上でお金をやりとりし、通帳に印字されるだけで「お金のやり取りを完了した」ということになります。

A銀行間の取引のために中央銀行に口座が作られる

このように、日常的なお金のやり取りのほとんどは銀行のシステム上で完結するのですが、多くのケースで上記の例とは違い、あなたと取引先の口座が別の銀行にあることの方が多いはずです。

その場合、

あなたの銀行Aと取引先の銀行Bが、それぞれ銀行Cに口座を作っておく
銀行AとBが、銀行Cの口座に一定のお金を預金しておく
そして、取引があるたびに、Cの口座からお互いに取引した金額を差し引きする

ということを行えば、複数の銀行間での取引が、同じ1つの銀行の口座間での差し引きだけで完了することができます。

このように、市中(つまり民間の)銀行が銀行間の取引のために口座を作るのが、中央銀行(日本なら日銀)なのです。

B銀行は中央銀行の口座に一定のお金を置いておかなければならない

市中の銀行はこのような目的から、中央銀行に作った取引用の口座(当座預金)に一定の預金を置いておかなければなりません。

なぜなら、一度の企業間取引で巨額の金額が動く場合もあるため、当座預金に少額しか残っていなければ、支払う側の銀行の預金が足りなくなる可能性があるからです。

そのため、中央銀行の当座預金には一定の「準備率」に従って、「準備預金」を置いておくことが定められています。

この、市中の銀行が中央銀行に持つ当座預金の残高のことを、「基礎」という意味で「ベースマネー」と言うのです。

整理すると下記のようになります。

マネーストック
市中の銀行の口座にある預金の残高で、企業や個人によって預金されており、企業や個人によって日常的に決済等に利用される

ベースマネー
銀行が銀行同士の取引のために、中央銀行に置いておく預金の残高で、金融政策によって利用される(後述)

さて、ここまでのお金(貨幣)の2つの種類を区別できれば、マネタリズムの立場による金融政策を理解することも難しくありません。

2-2:マネタリズムの金融政策

繰り返しになりますが、マネタリズムの立場から考えると、貨幣の供給量を中央銀行が操作することで金利を下げ、企業に投資を促し、景気を刺激することができるということになります。

そして、マネタリストが考える、操作できる「貨幣」とはベースマネーのことです。マネタリズム的な金融政策によって、市中の銀行が日銀に持つベースマネーの金額はものすごい金額になっています。

まずは、中央銀行がベースマネーを増やす仕組みと、ベースマネーを増やすことで金利が下がるメカニズムを説明します。

2-2-1:金利政策と量的政策

中央銀行(日銀)は、お金を供給したり銀行間取引のための口座を作っておくことだけが仕事ではありません。金融政策によって、国内の景気を刺激したり、過熱した景気を抑制したりする役割も持っています。

金融政策には、以下の2つがあります。

金利政策
市中の銀行にお金を貸す時の金利を操作すること
(金利が下がれば企業はお金を借りやすくなり、投資を増やせる、つまり景気を刺激できると考えられる)

量的政策
市中の銀行が持っている国債や手形を中央銀行が売買することで、供給するお金の量を操作すること
(たとえば日銀が市中の銀行から国債を買い上げ、市中の銀行の口座にお金を支払うことで、お金の供給量を増やし、景気を刺激できると考えられる)

特にマネタリストが重視する政策が、量的政策です。

中央銀行が市中の銀行から国債を買い上げると、中央銀行にある市中銀行の口座(当座預金)に国債代としてお金が振り込まれます。つまり市中の銀行が持つお金が増える=ベースマネーが増えるというわけです。

「それがなんで金融政策になるの?」

と疑問かもしれませんが、結論を言えばベースマネーを増減させることが金利を上げ下げすることになるからです。

市中の銀行は、毎日膨大な数のお金のやり取りを銀行間で行っています。そのため、時には当座預金の残高が足りず「短期金融市場」からお金を借りなければならない場合もあります。

メモ
短期金融市場とは、1年以内に返済する短期のお金の貸し借りを行う市場のことです。

各銀行が中央銀行に持つ口座の残高が増えれば、短期金融市場に出回るお金も増えるため金利が下がります。一方、中央銀行に持つ口座の残高が減れば、短期金融市場に出回るお金が減るため金利が上がります。

(言うまでもないことですが、お金を貸せる人が増えれば誰からでも借りられるため、金利が高い人からお金を借りようと思いませんよね。その結果、お金を貸せる人は自分から借りてもらうために金利を引き下げます。短期金融市場もこれと同じ原理です。)

このように、中央銀行は量的政策において、市中銀行が持つ国債や手形などを買い上げたり逆に売ったりすることで金利を操作し、景気に刺激を与えようとするのです。

覚える必要はありませんが、量的政策における中央銀行の仕事に以下の2つがあります。

買いオペ・・・市中の銀行から中央銀行が国債などを買い上げること(金利を下げる)

売りオペ・・・中央銀行が持つ国債などを売り、市中の銀行に買ってもらうこと(金利を上げる)

2-2-2:量的政策の欠点

ここまで説明してきたように、マネタリズムの立場では、主に量的政策を行うことでベースマネーを増やし、金利を操作することで景気に影響を与えようとします。

しかし、ベースマネーを増やす、つまり市中の銀行が中央銀行に持つ口座にお金を積み上げることで、本当に景気は刺激されるのでしょうか?

もう一度整理すると、マネタリズムの考えでは以下のようになっています。

量的政策でベースマネーを増やし、金利を下げる
金利を下げることで企業がお金を借りやすくなる
企業が投資を拡大し、雇用が増え、失業率が改善される

しかし、景気が刺激されるためには、金利が下がってお金が借りやすくなるだけでなく、企業がお金を借りたい、お金を借りて投資したいと思えなければなりません。そのため、量的政策は必ずしも景気を刺激するとは考えられないのです。

実際、現在の日本でも量的政策が積極的に行われていますが、私たちにはあまり景気が良くなった実感がないのではないでしょうか?


2-3:日本で行われているマネタリズム

日本では、第二次安倍政権で行われている一連の経済政策が、「アベノミクス」と言われています。

アベノミクスには当初3本の柱があると言われていました。

大胆な金融政策1
機動的な財政政策2
民間投資を喚起する成長戦略3

現在の首相官邸HPを見るとBの成長戦略しか目立ちません(※)が、もともとはこの3本柱の経済政策が主張されていました。

※首相官邸「アベノミクス」2020年1月3日時点

アベノミクスの3本の矢

そして、@の大胆な金融政策として行われたのが、日銀による「買いオペ」です。

安倍政権下では黒田日銀総裁によって、巨額の量的政策が実践され、日銀当座預金の残高は下記のように急速に増大しています。

日銀当座預金の残高の推移
https://liberal-arts-guide.com/monetarism/


2019年11月の月末時点で404兆6556億円のお金が、日銀当座預金に積み上げられていることになります(ベースマネーはこれに流通している日銀券残高を加えた額になります)。

(データ引用元:日本銀行時系列統計データ検索サイト)
https://www.stat-search.boj.or.jp/index.html

マネタリストの立場から考えると、これだけの当座預金が積み上げられているということは、その分、市中の銀行から企業への貸し出しも増えているはずです。

第二次安倍政権が発足したのが2012年末ですが、その頃の当座預金残高は「47兆2438億円」で、2019年11月の当座預金残高は「404兆6556億円」ですので、当座預金の残高は約8.5倍になったことになります。

それに対して、実際に銀行が行った「貸出」や市中の銀行における「預金量」がどのくらい増えたか見てみましょう。

2012年末の「貸出」は「463兆1183億円」、「預金」は「574兆1542億円」です。

それに対して2019年11月の「貸出」は「540兆3187億円」、「預金」は「733兆6569億円」です。

つまり、第二次安倍政権下においては、

量的政策によって、日銀当座預金の残高が約8.5倍になった
銀行から企業等への貸出は約1.17倍、預金は約1.28倍になった

ということが言えます。

(データ引用元:日本銀行時系列統計データ検索サイト)
https://www.stat-search.boj.or.jp/index.html


ベースマネーが急増したのに対して、実際の銀行からの貸出が増えておらず、結果として企業や個人の持つ銀行口座の預金も大して増えていないことが分かると思います。つまり、量的政策には限界があると言えるのではないでしょうか。

参考
マネタリズムと新自由主義は親和的です。新自由主義について、詳しくは以下の記事を参考にしてみてください。

【新自由主義とは】定義・問題点・生まれた背景をわかりやすく解説
https://liberal-arts-guide.com/neoliberalism/

【サッチャリズムとは】具体的な政策や社会への影響をわかりやすく解説
https://liberal-arts-guide.com/thatcherism/

マネタリズムはリカードの「貨幣数量説」への回帰でもあります。リカードについて詳しくは以下の記事で説明しています。

【リカードの思想とは】『経済学および課税の原理』から徹底解説
https://liberal-arts-guide.com/david-ricardo/

2章のまとめ

ベースマネーとは銀行間取引のために、日銀の口座に置かれる預金の残高のことで、金融政策の対象となるもの

マネーストックとは、企業や個人が持つ銀行の預金の総額のこと
マネタリズム的な金融政策では、貨幣の供給量を操作する量的政策が行われる


最後に今回の内容をまとめます。


この記事のまとめ

マネタリズムとは、貨幣の供給量の役割を重視し、貨幣供給量を増やすことで景気が刺激されると考える立場

日本のマネタリズムは、量的緩和政策として実施されたものの、それほど効果を上げていないと考えられる

https://liberal-arts-guide.com/monetarism/
 

2. 2020年9月12日 12:34:20 : yfVFU2YMo2 : eFFQYXluUmtGaXM=[11] 報告
2020.09.12
2001年と1973年の9月11日に世界はファシズム体制へ向かって加速した

 9月11日には歴史の節目になる出来事が引き起こさている。


 例えば、2001年にはニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎が攻撃された。そのショックを利用してアメリカ支配層の好戦派は国外での侵略戦争と国内での収容所化を加速させている。ステージをひとつ進めたとも言えるだろう。


 もうひとつは1973年にチリであった軍事クーデター。サルバドール・アジェンデ政権を倒したクーデターはオーグスト・ピノチェトに率いられたのだが、その後ろ盾はCIAの秘密工作部門、その背後には国家安全保障補佐官だったヘンリー・キッシンジャーがいた。


 ピノチェト体制はクーデター後、アメリカを拠点とする巨大資本のカネ儲けにとって邪魔な人々を殺害していく。邪魔者がいなくなった段階で導入したのが新自由主義だ。このシステムは強者総取りが基本で、大企業は税金と賃金を払わず、国民の資産を盗むことを認めている。労働者の権利は剥奪され、経済活動の仕組みは破壊されいくということでもある。


 フランクリン・ルーズベルトは1938年、強大な私的権力が政府を所有している状態をファシズムと定義した。私的権力が民主的国家そのものより強大になることを人びとが許すなら民主主義は危機に陥ると警鐘を鳴らしたのだ。こうした状態を目指しているのが新自由主義にほかならない。


 新自由主義はマーケットを絶対視、その正当性は議論しない。その理屈は循環論法で、理論とは言いがたい代物。信仰と言うべきだろう。


 この信仰で教祖的な役割を果たしたのがシカゴ大学の教授だったミルトン・フリードマンであり、その先輩にあたる学者がフリードリッヒ・フォン・ハイエクだ。ハイエクの教え子にはデイビッド・ロックフェラーも含まれている。


 新自由主義が庶民を疲弊させ、国力を衰えさせることは明かで、ニクソン大統領でさえ自国へ導入することをためらった。この信仰に基づく体制を最初に導入した国がチリだ。


 欧米で初めて新自由主義を政策として取り入れたのはイギリスのマーガレット・サッチャー政権。サッチャーはハイエクと親しかった。日本へ新自由主義を導入したのは中曽根康弘であり、その政策をさらに進めたのが小泉純一郎、菅直人、野田佳彦。それを安倍晋三が引き継いだ。


 ピノチェトと親交があったひとりにステファノ・デレ・キアイエなるイタリア人がいる。アメリカとイギリスの情報機関は第2次世界大戦の後、西ヨーロッパに秘密工作を実行するための部隊を編成した。その部隊をイタリアではグラディオと呼ぶ。このグラディオにデレ・キアイエも参加していたのだ。


 グラディオなどは後にNATOの秘密部隊と呼ばれるようになるが、実際の命令はイギリスやアメリカの情報機関、つまりMI6やCIAから出ていた。ニューオリンズの地方検事だったジム・ギャリソンは1967年にクレイ・ショーなる人物をジョン・F・ケネディ暗殺に絡んで逮捕するが、このショーが理事を務めていたパーミンデックスも、そのネットワークの一部。


 グラディオは1969年12月にミラノのフォンタナ広場にある国立農業銀行で極左を装った爆弾テロを実行している。その1年後にはバレリオ・ボルゲーゼを中心とするクーデターが試みられて失敗するが、それらにもデレ・キアイエは参加していた。


 デレ・キアイエはクーデターに失敗した後、スペインへ逃げ込むのだが、その後もイタリアとスペインとの間を自由に行き来している。そして1973年、クーデター直後のチリを彼は訪問したのだ。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202009110000/

3. 中川隆[-11060] koaQ7Jey 2020年10月02日 09:26:55 : EF1PnyRTuQ : OHNEQ3VoSXdGWG8=[11] 報告
自己責任論 2020年10月01日
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1265.html
 「自己責任論」を日本で吹聴しているのは、竹中平蔵・菅義偉ら新自由主義者である。
 どこの、どんな記事を見ても、日本における元祖「自己責任論者」こそ竹中平蔵であると指摘している。

 https://www.tokyo-np.co.jp/article/55521

 https://note.com/pond_kop/n/n1210704fbfe4

 https://twitter.com/search?q=%E8%87%AA%E5%B7%B1%E8%B2%AC%E4%BB%BB%E8%AB%96&src=typed_query

 https://biz-journal.jp/2020/09/post_181364.html

 そもそも、「自己責任論」の大元は、竹中の師匠であり、新自由主義思想の創設者、ミルトン・フリードマンである。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%9E%E3%83%B3

 フリードマンは、「自己責任」のことを「自由」と言い換えている。
 人間には自由がある。それは政府の規制を受けないで、社会原理で淘汰されるのがもっとも合理的であるという主張なのだが、よく読んでみると、フリードマンの自由とは「金儲けの自由」であり、それは自己責任において、何をやっても許される。
 それを政府や国際協議が規制してはならない。ただ「市場原理に任せておけば、自然に淘汰洗練されてゆく」という主張である。

 要するに、「自己責任で金儲けをやるのだから、周囲は、それを規制するな」というわけで、その金儲けのプロセスが、人々を苦しめているとしても、放置しておけば市場原理によって勝手に収束するというわけだ。

 これは、フリードマンが守ろうとしたユダヤ系国際金融資本にとって、もっとも都合の良い屁理屈である。
 世界中の金という金を洗いざらい独占しようとする国際金融資本にとって、もっとも邪魔になるのが、貿易障壁であり、国家権力による規制なのだ。
 だから、国の枠組みを超えた「グローバルスタンダード」を国際社会に強要することにより、自分たちの国際的な利権を極限まで追求しようとした。

 そのために、1970年代にフリードマンの新自由主義思想が誕生し、80年代になって、レーガンや中曽根義弘、サッチャーによって世界的に拡散された。
 日本に持ち込まれた新自由主義を具現化して、資本家、国際金融資本の利権を極限にまで高めようとしたのが、小泉純一郎・竹中平蔵コンビである。
 そして今、竹中のダミーといわれる菅義偉が政権をとり、再び、「自己責任論」=自助努力を強調して、民衆からあらゆる資産を奪い取って、国際金融資本に貢ごうとしている。

 以下が、菅義偉の「自己責任論」イメージ図だ。
  
jikosekininn01.jpg


 これが何を意味しているかというと、日本国民は、何事もすべて政府や公的機関に頼らず、自分で自分を守れ、政府は最低のセーフティネットしか与えない。
 竹中は、その生活保護や年金、健康保険も廃止し、月7万円で生活しろといってる。これがセーフティネットなのだと……。
 https://www.mag2.com/p/money/968355

 普通に稼いでいる国民は、その7万円を返却しろとも言う。いったい、今現在、日本のどこで7万円で生活できる人がいる?
 公園で寝泊まりするホームレスくらいだろう。家を借りれば、7万円など瞬時に飛び去ってしまう。ちなみに竹中自身の年収は、パソナ会長や数十の団体利権で、30億円は下らないといわれている。

 おまけに、年金も健康保険も廃止というのだから、とてもじゃないが正常な精神性ではない。安倍晋三が、パート労働者の月収は25万円と決めつけて話題になったが、竹中は、国民が家賃1万円の家に住んで、月に3万円もあれば食費が出ると思い込んでいるにちがいない。病気になれば、アメリカと同じで、死ぬまで我慢させる。医療サービスは大金持ちに限定するというわけだ。

 この竹中平蔵を忠実にコピーした政策を行おうとしているのが菅義偉政権なのだ。
 菅は、首相就任後、最初に竹中と会談し、政策の最高ブレーンに任命するらしい。
 結局、国民から年金給付を強奪し、日本国民が数十年にわたって爪に火を点すようにコツコツと貯めて支払ってきた年金基金は、全部、国際バクチに注ぎ込む。

 実際に、すでに年金は安倍政権によって、それ以前まで危険性から絶対に排除されてきた高リスク金融(詐欺)商品(例えば、サブプライムローンのような)に全額投入されてきたせいで、現在、残高は隠されていてはっきりわからないが半分は欠損してしまっていると噂されている。

 GPIFの、この報告には、都合の良い数字ばかりが出ていて、全投資額と全損失の具体的な数字がないので、信用できない。
 https://www.gpif.go.jp/operation/the-latest-results.html

 政府は、国民の年金基金を投機性の極めて強いバクチ運用に、ほぼ全額を放りこんだので、巨大な損失を被り、都合の良い数字だけを出して、全体像を見せようとしない。
 https://kumitateru.jp/media/topic/public_pension/15-trillion-yen-loss

 つまり、政府が国民の預金を勝手に使い込んで大穴を開けてしまったので、これ以上、年金を支払い続ける原資が不足し、これ以上年金を支払わない、健保にもカネを出さない、代わりに、毎月7万円で、何もかも自己責任でやってゆけと言っている。
 これが自己責任の正体だ。

 そもそも、我々人間は、誰一人、自己責任だけで生きている者などいない。
 人類は助け合わねば生きてゆけないようにプログラムされている。
 生まれて、少なくとも10才くらいに達するまでは、自己責任も糞もない。誰かが助けてあげなければ死んでしまうのだ。また70才以降も同じだ。
 本当に、自己責任で生きて行けるのは、せいぜい20才〜50才くらいまでの30年程度だろう。

 「自己責任」という概念が通用するのは、極めて限られた強い立場の人間だけであり、その人ですら、他人の助けなしに、強い立場を作り出すことも、維持することもできないのだ。
 自己責任論は、まさに新自由主義を利用して利己的ボロ儲けを狙う者たちの詭弁である。それは、人間社会を破綻させる屁理屈なのだ。

 我々は、自助ではなく、共助でなければ生きられない。消費税に10%もの罰金をかけたこの国のなかでは、公助がなければ悲惨な事態になる。
 人々が、医療を利用するには、公助がなければ不可能なのだ。そのために、もの凄い罰金としての消費税を国民に強要しているではないか!

 何が「公助に頼るな」だ、ふざけるな! ならば、税金を取るのをやめよ!

 我々は「助け合い社会」によって生かされている。このことを忘れてはならない。

http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1265.html

4. 中川隆[-11059] koaQ7Jey 2020年10月02日 09:27:39 : EF1PnyRTuQ : OHNEQ3VoSXdGWG8=[12] 報告
竹中平蔵氏のドケチベーシックインカム月7万、コレじゃない感の危険な正体=今市太郎
2020年9月29日
https://www.mag2.com/p/money/968355
菅新内閣の強力なアドバイザーとして機能しはじめている経済学者の竹中平蔵氏は、テレビ番組で驚きのベーシックインカム案を提唱。物議を醸す状況となっています。自助努力を促す貧民政策の柱なのでしょうか。(『今市太郎の戦略的FX投資』今市太郎)

「月7万円で暮らせ」という乱暴な提案
菅新内閣が誕生してから、おぼろげながらも具体的な政策方針が見えはじめています。

この内閣の強力なアドバイザーとして機能しはじめている経済学者の竹中平蔵氏は、TBSのBSテレビ番組に登場して驚きの「ベーシックインカム案」を提唱したことから、市場では大変な物議を醸す状況となっています。

ベーシックインカムの議論のたたき台と考えるならば、それほど厳しく追及すべきものではないのかもしれません。しかし、竹中氏の提案内容は、医療・年金・介護・生活保護などの社会保障給付費をすべてぶった切り、捻出した120兆円あまりを原資として、1人当たり7万円を支給すれば101兆円弱で収まるので、それ以外の保証はすべて廃止するというもの。あとは個人の自助努力で勝手にやってくれ、というかなり大雑把で乱暴な提案となっています。

とくに公的医療保険の領域でのサポートがまったくなくなった場合、高齢者は本当に生きていけるのかという大問題が浮上することになります。そもそも、シビルミニマムといっても金額が小さすぎて、リアルな生活では暮らしていかれないという絶望的な気分にさせられます。

ドイツではすでに同国の経済研究所がユニバーサル・ベーシックインカム研究の一環として、向こう3年間に渡って120人のドイツ人に月間1200ユーロ(日本円にして15万円)を支給する実験をはじめています。この実験の月額金額でも、竹中氏の口走る提案内容の2倍強の金額ですから、7万円というのがいかに安くて、多くの国民を棄民に追いやる超低レベルの水準なのかは、実施しなくてもよくわかる状況です。

貧困ベーシックインカムは実現するのか?
今のところ、竹中平蔵氏が勝手にメディアで話した提案内容なのだから、騒ぐ必要はないと言う方も多いようです。

しかし、菅官房長官は、竹中平蔵氏が小泉政権時に民間から総務大臣として登用された時の副大臣であり、両者は極めて近しい関係にあります。しかも総理就任後の直近、9月18日には、さっそく竹中氏と都内のホテルで朝食をとりながら懇談をしており、実際にはかなりシンクロナイズされている可能性も高まります。

まずは竹中発言で観測気球を上げてみて、世間やメディアの反応を見始めている可能性は十分にあります。

ひょっとすると、これまでも自助・共助・公助がどうのと散々言い触れていたものの、究極の目標はこれだったのかという気もしてくるわけで、なんとも気分の悪くなるのは私だけでしょうか。

世界的に先進国は社会主義化し、ベーシックインカムを検討する傾向が強い
世界的に見ますと、MMT(現代貨幣理論)などが流行っていることもあり、米国や欧州圏でこのベーシックインカムについて真剣に導入を口にする政治家が非常に増えているのは厳然たる事実です。

米国民主党でこの手の話を積極導入しようとするアレクサンドリア・オカシオ=コルテス氏などは、実証実験は行っていないものの、日本がどれだけ財政投資を行っても30年もデフレが続き、何の問題も起こらなかったことをベンチマークの基礎にするなど、かなりお粗末な検証しかされていないのもまた事実。

今のところベーシックインカムの実証化で、ベストプラクティスとなっているものはないのが実情です。

ミルトン・フリードマンがベーシックインカムを提唱してからすでに半世紀以上
ベーシックインカムというと、とにもかくにもまず思い出されるのが、1976年にノーベル経済学賞を受賞した競争的市場を信奉するいわゆるシカゴ学派のミルトン・フリードマンの存在です。

同氏は1962年にすでにベーシックインカムを含む発想を書籍として出版していますし、その前から欧州圏ではこの手の発想がしたためられてきていますので、決して歴史の浅い富の分配案ではないことがわかります。

しかし、ベーシックインカムは、その利点として「貧困の一掃」「将来不安の緩和」「長期的な需要創出と経済拡大」「セーフティネットで何度でも挑戦できる社会の実現」「ブラック企業など経済理由の犯罪の減少」などが語られる一方、デメリットについても多くの指摘があります。

デメリットの代表例は、「国民全般の労働意欲の低下」「財政負担の増加で、インフレ時に借金が拡大した場合の持続可能性の低下」「金銭だけで解決しない社会保障サービスの喪失」などで、今のところ最適なプランというものはどの国でも実現できていないのが現実です。

また計画経済と社会保障の実現を掲げていた社会主義国は90年代までにほぼ消滅し、こうした枠組みでうまく機能している国は世界中見渡してもどこにもないという、かなり大きな現実が存在するのもまた事実です。この手の政策、本当に経済学者だけで枠組みを決めていいのか?という問題も浮上することになります。

そういう意味で思い浮かぶのが、1998年のロングターム・キャピタル・マネジメントの破綻問題です。当時、ノーベル賞学者による完璧な予測と投資を売り物にしていたにもかかわらず、レバレッジをかけすぎた取引で、ロシア危機で完全に破綻に追いやられるほど危機的な状況に陥ったことは記憶に新しいところです。

つまり、学術的な枠組みを設定して運用を開始しても、実態経済の中ではうまく機能しなくなることは十分にあるもので、学者任せにするのは相当危険であることを感じさせられます。

中間所得層が絶滅すれば資本主義はおしまい
今のところ竹中案がそのまま実行に移されるとは思いませんが、これをまともに実施した場合、1億総国民貧民化となるのはほぼ間違いない状況です。

ベーシックインカムの実施にあたっては、より多角的な分析と計画を進めることが必須の状況と思われます。

ただ、この段階で1つだけはっきりしていることは、あまりに低金額レベルのベーシックインカムを実施してしまうと、資本主義を継続するために必要な中間所得層という存在が完全に消滅しかねないことで、1億総貧民化が進めばもはや取り返しのつかないところに追い込まれてしまうということです。

これは日本に限ったことではありませんが、過去20年あまりでこの国から中間層というものは確実に消滅しつつあり、多くの国民が自らをまだ中間層であると錯覚していることが、なんとか社会を支えているというのが現実です。

60代後半の学者や政治家が安易に決定する政策は、せいぜい先行き20年を超えれば本人にとってはまったく関係のない世界の話となりますから、現状のように老人ばかりで構成されているような政権に安易に決めさせてはけっしてならないものであり、広範な国民的議論が湧き上がることを期待したいものです。

日本経済のこれからに期待するのは難しい
これで超没落社会が現実のものになれば、内需で発展を遂げなくてはならない企業で構成される日経平均株価などがここから大きく上昇するなどという期待はまったくの夢になりかねない状況です。

海外投資家はまったく買わなくなり、日経平均がここから4万だなんだと荒唐無稽なことを口走っていた向きは完全に撤退を余儀なくされそうです。

竹中氏はこの政権では中枢的な役割を果たしてかなり活躍しそうな嫌な予感しかしませんが、その同氏がこのタイミングでベーシックインカムについて語るというのは、単なる偶然ではないのではないでしょうか。

またしても新自由主義の出来損ないがこの政権で跋扈(ばっこ)することになるのかと思うと、お先真っ暗な気分です。

5. 中川隆[-10600] koaQ7Jey 2020年10月26日 00:51:32 : maeqeulk3U : ai5wQnR4S0NjYVU=[32] 報告
イギリスやアメリカの支配者はシティやウォール街を拠点にして新自由主義を世界に広めてきた。

この信仰で教祖的な役割を果たしたのがシカゴ大学の教授だったミルトン・フリードマンであり、その先輩とも言える学者がフリードリッヒ・フォン・ハイエク。このハイエクの教え子にはデイビッド・ロックフェラーも含まれている。

彼らは社会や民主主義を否定、強大な私的権力が支配する市場と支配者が定める道徳を「新しい生活様式」の柱にしようとしている。そうした「リセット」を実現する上でCOVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)は重要な役割を果たしている。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202010250001/

6. 中川隆[-10265] koaQ7Jey 2020年11月03日 11:35:55 : TuqvwFp9Ek : UFloSzJYUlNNUjY=[7] 報告

2020.11.03
言論や学問の自由は支配者による買収と恫喝を乗り越えて実現しなければならない
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202011030000/

 日本学術会議の新会員任命を巡り、会議側と菅義偉首相の対立が続いているようだが、本ブログでも書いたように、学問や言論の自由を侵害する動きに学者達が抵抗らしい抵抗をしてこなかったひとつの結果にすぎない。

 記者や編集者と同じように、学者は支配システムの中で萎縮、迎合してきた。現在の日本は天皇制官僚システムに支配されているわけだが、そうした枠組みの中で経済的、あるいは社会的に成功しようと願えば、その枠組みから外へ踏み出すことはできない。その枠の中にも右や左というタグのつけた人もいるが、「右翼キャラ」と「左翼キャラ」だと言うべきだろう。

 現在、西側の支配システムは新自由主義や新保守主義(ネオコン)というイデオロギーが軸になっていると言える。「自由」と「保守」という表現になっているが、これはタグにすぎず、この表現を深く考えても意味はない。

 このイデオロギーは社会や民主主義を否定し、市場と道徳を「新しい生活様式」の柱にしようとし、富の集中を当然だと考える。その信者たちによると、貧富の差を拡大させる政策に反対する意見は「ねたみ」にすぎない。平等や公正といったことを彼らは考えないのだ。不平等や不公正を当然のことだと彼らは考える。

 マックス・ウェーバーによると、プロテスタンティズムの禁欲は「心理的効果として財の獲得を伝統主義的倫理の障害から解き放」ち、「利潤の追求を合法化したばかりでなく、それをまさしく神の意志に添うものと考えて、そうした伝統主義の桎梏を破砕してしまった」。(マックス・ウェーバー著、大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』岩波書店、1989年)

 そうした考え方を広めたジャン・カルバンらによると、「神は人類のうち永遠の生命に予定された人びと」を選んだが、「これはすべて神の自由な恩恵と愛によるものであって、決して信仰あるいは善き行為」などのためではない(ウェストミンスター信仰告白)。つまり、人間にとって善行は無意味であり、自分が「選ばれた人間」だと信じる人びとは何をしても許されるということになる。侵略、破壊、殺戮、略奪も神が書いた予定表に載っていると彼らは考えるわけだ。

 キリスト教の聖典である新約聖書のマタイによる福音書やマルコによる福音書では「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」と書かれているのだが、これも否定されている。金持ちになったのは神に選ばれたからだというわけだろう。この考え方から新自由主義や新保守主義と呼ばれているイデオロギーが生じたようにも思える。

 こうしたイデオロギーの信奉者は1970年代から自分たちへ富が集中する仕組みを築いてきた。サッチャーイズムやレーガノミクスとも呼ばれている。政府や議会への支配力を強め、学者の世界やメディアも従属させることに成功したと言えるだろう。

 支配の仕組みを作り上げる手口は飴と鞭、あるいは買収と恫喝。どうしても屈服しない相手の場合、「消す」ということもあるだろう。かつては射殺することが少なくなかったが、暗殺が明らかになると、消した相手を英雄にしかねない。そこで事故や自殺を装ったり、病死のように見せかけて毒殺したり、有力メディアを使ってスキャンダルで葬り去るようになったと言われている。暗殺が露見しかけると、西側の有力メディアはある呪文と繰り返す。「陰謀論」だ。事実を封印するために彼らのすることが「ファクト・チェック」だ。

 犯罪組織の場合、買収の効果を高めるために相手を経済的に追い込むという話を聞く。弱った相手の前に「救世主」として現れ、コントロールするというわけだ。スキャンダルを作り、脅し、助けるという仕組みは日本にもあると言われている。その仕組みの中には女性や麻薬も組み込まれているようだ。

 本ブログではワシントン・ポスト紙の社主だったフィリップ・グラハムがCIAの中枢で活動するアレン・ダレス、フランク・ウィズナー、リチャード・ヘルムズと情報操作プロジェクト、モッキンバードを実行したことは書いてきた。ダレス、ウィズナー、ヘルムズ、そしてグラハムの妻はウォール街の住人だ。

 また、ワシントンポスト紙の記者としてウォーターゲート事件を取材したカール・バーンスタインはニクソン大統領が辞任した3年後の1977年にワシントン・ポスト紙を辞め、「CIAとメディア」という記事をローリング・ストーン誌に書き、いかにメディアがCIAから大きな影響を受けているかを書いた。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977)

 アメリカでも日本でも支配者は学者、記者、編集者などを支配システムに組み込むこともしてきた。例えば、メディアへの支配力を強めたかったロナルド・レーガン米大統領は1983年にメディア界に大きな影響力を持つルパート・マードックとジェームズ・ゴールドスミスと会談、軍事や治安問題で一緒に仕事のできる「後継世代」について話し合っている。それがBAP(英米後継世代プロジェクト、後に米英プロジェクトへ改名)だが、そこには編集者や記者も参加していた。

 こうした支配者の工作結果をジャーナリストのむのたけじは1991年に開かれた「新聞・放送・出版・写真・広告の分野で働く800人の団体」主催の講演会で冒頭に語っている。「ジャーナリズムはとうにくたばった」。(むのたけじ著『希望は絶望のど真ん中に』岩波新書、2011年)くたばったのは学会も同じである。

 言論の自由を守れ、学問の自由を守れ、民主主義を守れといったスローガンを何度叫んでもむなしいだけ。そのようなものは奪われてしまった、あるいは放棄してしまった。今できることは守ることでなく、実現することである。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202011030000/

7. 中川隆[-10206] koaQ7Jey 2020年11月04日 20:26:04 : AJ5Znu7Ezo : RUhuckZmTnhWWDI=[60] 報告
内田樹「学術会議について菅首相はこれからも支離滅裂なことを言い続けるだろう」
https://dot.asahi.com/aera/2020110200046.html
2020.11.4 07:02 内田樹 AERA 2020年11月9日号

 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

*  *  *
 日本学術会議の新会員任命拒否をめぐって首相の発言が迷走している。任命拒否という違法行為を正当化するために、法解釈が変わったと言ってみたり、リストを見ていないと言ってみたり、会員の多様性に配慮したと言ってみたり、言えば言うほど政権に批判的な学者を排除したという「それを言ったらおしまい」の真相が際立ってくる。

 任命拒否された6人は全員が何らかの形で安倍政権時代に政府批判を行っていた。政府に批判的な態度をとった者は、どれほどその専門分野で卓越していても、公的支援を期待できないという強面のメッセージを新政権の発足にあたってまず発信して、文化人、知識人を震え上がらせてやりましょうと首相の耳元にささやいた「忠臣」の計画は主観的には合理的なものだったと思う。「安全保障関連法に反対する学者の会」のメンバーでありながら任命された学者もいたというあたりの芸が細かい。

 一罰百戒の要諦は同じことをしても、ある者は罰され、ある者は罰されないという一貫性のなさにある。処罰の基準が一貫していると、権力者もまた自分が論理的な人間であると思われたがっているということを暴露してしまう。そうであれば論理的に権力者を説得したり、屈服させたりすることが可能になる。それは権力者を制御する手立てを(原理的には)国民全員が持っているということである。

 国民全員にいつでも為政者の権力の恣意的行使を制御できる権利が保障されている場合、その為政者はあまり「権力的」とは見なされない。それゆえ、為政者が畏怖され、その内心を忖度することが「臣民たち」にとって優先的な責務になる支配者でありたいと願うなら、論理的であることにこだわらないというのは必須の条件なのである。

 だから、これからも首相はこの論件について支離滅裂なことを言い続けると思う。

 権力は論理に勝るという官邸からのメッセージがじわじわと国民に浸透するか、それとも「国民に論理的な人だと思われる気がない為政者が政策の選択に際してだけは例外的に論理的に思量する」ということはあり得ないということに国民が気づくのと、どちらが先だろう。

8. 中川隆[-10108] koaQ7Jey 2020年11月07日 08:32:30 : rBzhPMJiBc : eXgyN1czclhOai4=[9] 報告
金貸し、つまり金融資本はすでに行き詰まっている。リチャード・ニクソン大統領が1971年8月にドルと金との交換停止を発表、ドル体制を支えるためにドルの回収システムを作り上げ、経済のカジノ化が進むのだが、その教義が新自由主義にほかならない。

 金融カルトだとも言えるだろうが、政治学者のデイビッド・ハーベイによると、このカルトを広めるためにアメリカの大企業は年間9億ドルを政治家、学者、研究所、メディアなどへ撒いたという。カルトの伝道師がフリードリッヒ・ハイエクやミルトン・フリードマンなどで、彼らの政策は金融マジックにすぎない。

 このマジックによって投機市場は肥大化、金融資産が膨らむが、この金融資産は絵に描いた餅にすぎない。何らかの事情で市場が縮小しはじめると一気に資産は消えていく。その予兆にも見えることが2008年9月に起こった。アメリカの大手投資会社リーマン・ブラザーズ・ホールディングズが連邦倒産法の適用を申請したのだ。

 もっとも、これは破綻寸前の金融資本を救済するために仕掛けられたショックだとも考えられている。そのショックを利用し、アメリカ政府は「大きすぎた潰せない」という口実で金融機関を救済、「大きすぎて罪に問えない」ということでその責任者を不問に付した。

 そうした政策で支配システムの腐敗はさらに進み、システムの維持は困難になりつつある。WEF(世界経済フォーラム)の創設者であるクラウス・シュワブは今年6月、「パンデミック」を利用して資本主義を大々的に「リセット」すると語っている。経済を麻痺させ、魅力ある企業を倒産させて乗っ取るということだろう。ボリス・エリツィン時代のロシアでシティやウォール街が行ったことだ。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202011070000/

9. 2020年11月23日 08:53:21 : kRUBXkulcE : N0ZLaXVybHNtS28=[9] 報告
民主主義や社会システムを破壊する政策は1970年代から推進されてきました。そうした動きの中心にいたのが新自由主義者で、強大な私的権力が支配する市場とその私的権力にとって都合の良い道徳を「新しい生活様式」の柱にしようとしています。

 ベニト・ムッソリーニは巨大資本が支配するシステムを「企業主義」と呼び、資本主義や社会主義を上回るものだと主張しました。これが彼の考えたファシズムです。

 フランクリン・ルーズベルトはファシズムについて次のように定義しました:「もし、私的権力が自分たちの民主的国家より強くなるまで強大化することを人びとが許すなら民主主義の権利は危うくなる。個人、あるいは私的権力をコントロールするグループ、あるいはそれに類する何らかの存在による政府の所有こそがファシズムである。」

 今、西側では強大な私的権力が国を従え、世界を支配する体制を築こうとしています。つまりファシズム体制を樹立させようとしています。その私的権力からの攻撃で私たちは厳しい状況に陥っていますが、負けられません。ファシズムを受け入れるわけにはいかないのです。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202011230000/

10. 2021年1月02日 08:52:28 : WlRsmkTSXA : dXRtcGJHMUpmMVk=[3] 報告
80年代に新自由主義政策の先鞭をつけたイギリスのサッチャーは「社会などというものはない」といってのけました。それは戦後のイギリスにおける福祉国家体制を解体していくにあたって、また鉄道や水道、電話、航空、石炭といった社会インフラを担ってきた国営企業を民営化して市場原理にゆだね、照応して労働法制の規制緩和、社会保障制度の縮小を進めるにあたって、徹底的な個人の自己責任を強調する新自由主義の哲学を象徴する言葉でした。露骨に翻訳すると、「社会にすがりつくのではなく、自己責任で生きていけ!」というものです。

 第二次大戦後の資本主義の相対的安定期が行き詰まりを迎えるなかで、80年代以後にレーガン、サッチャー、中曽根らが実行し、今日に至るも引き継がれてきた新自由主義――。それは人、モノ、カネの国境に縛られぬ往来や、多国籍金融資本による各国の規制にとらわれない金融活動を推進し、グローバリゼーションの要となってきました。各国で、公営だったものが民営へと切り替わり、公共性のともなう社会的機能がみなビジネスの具にされ、巨大な資本が暴利を貪る市場へと開放されてきました。水や食料(種子等)など、人々の生命に関わる分野も例外ではありませんでした。

 さらに、そうしたビジネスを展開しやすくするために、8時間労働の実現をはじめ、資本主義の登場以来、労働者が長年の闘いによって勝ち得てきた諸々の権利も規制緩和が進みました。米ソ二極構造が崩壊し、社会主義陣営も変異・変質して「資本主義の勝利」が叫ばれるなかで、対抗する政治勢力や労働者の拠るべき組織が弱体化したり崩壊していくこととセットで、巨大資本による遠慮を知らぬ社会の私物化が始まりました。

 日本国内を見てもいまや派遣労働という現代の奴隷制が横行し、そのもとで少子高齢化を迎えて労働力人口が縮小すると、今度はより安価な外国人労働者を引っ張ってくる始末です。社会全体の未来や展望、人間そのものの再生産、国家としての計画的な運営などお構いなしに、みな株主や資本の都合に社会を従え、その最上段に金融資本が君臨して主人公を気取っています。その結果、必然的に貧富の格差は増大してきました。

◇      ◇

 今回の新型コロナウイルスの感染拡大は、こうした新自由主義のもとでは人々は生きていけないことを鮮明に映し出しました。経済活動が窒息し、世界中が混乱を極めて人、モノ、カネの往来が停滞することによって、各国では恐慌突入ともいえる局面があらわれました。失業や倒産、廃業の危機が連鎖するなかでしわ寄せは末端に押しつけられ、暮らしがままならないなかで自殺者の増大も深刻なものとなっています。すべての対応を自己責任にゆだねたからです。例えコロナに感染しなくとも、自粛によって誰しもが何らかの影響を被り、社会の構成員一人一人の困窮が回り回って社会全体に波及していく様を、この一年わたしたちは目の当たりにしてきました。

 そこで問われているのは、それこそ「社会」とは誰のために存在し、国家は誰のために機能しなければならないのかです。主人公をはき違えた社会運営を是正しないことには、世の中の圧倒的多数を占める人々の暮らしが成り立たないことは歴然としています。コロナ禍において自己責任にゆだねて人間の暮らしを脅かせば、最終的には社会の存立基盤そのものが揺らぐのも現実なのです。

 「社会」とは、人間が集まって生活を営む集団であり、その構成員たちが相互に連関しあいながら、それぞれの役割や専門的要職を果たすことで誰かを支え、また支えられて成り立っていることをコロナ禍は教えました。医師や看護師がいなければ医療をまともに受けられず、学校が機能しなければ子どもたちは学ぶこともできません。物流を担う運送・輸送労働者がいなければ食料や物資は社会の隅々に行き渡らず、コロナだからといって電気、ガス、水道といったライフラインが滞れば暮らしは成り立ちません。農業、漁業といっても生産者がいなければ人々は食事にもありつけません。街の飲食店がなければ食文化もつなぐことができず、居酒屋がなければほんの少しの憂さ晴らしや付き合い、親睦を深めることも叶いません。スーパーがなければ食料の買い出しもできません。まだまだあります。そのように、みんなの仕事がみんなのために機能し、社会生活が成り立っているのです。

 自粛という我慢に耐えるなかで、日頃から社会を縁の下で支えているエッセンシャルワーカーに光が当たりましたが、こうした一人一人の労働こそが、人間が集まって生活を営む集団、すなわち社会を支えていること、その力なしにはいかなる人間の集まりも存続しえないことを教えました。それぞれに存在価値があり、社会的有用性に応えることで一つのパーツとして機能していること、人と人とのつながりによって世の中は動き、協同の力が支えていることについて、改めて考えさせられるものがあります。社会の主人公は人間そのものであり、その人間の暮らしが疫病によって脅かされているならば、国家が当たり前の営みとしてしっかり補償や手当をすることが、回り回って社会を守ることにつながるはずです。

◇      ◇

 実社会は恐慌さながらでありながら、株価は異様なる高騰を続け、相変わらず金融界だけは雲の上でバブルに踊っています。リーマン・ショックを上回る景気後退に直面するや、各国の中央銀行が当時よりもさらに異次元の金融緩和を実施し、市場にマネーを注ぎ続けたからに他なりません。こうして実体経済との乖離は極限まで進み、金融資本主義のプレイヤーたちは国家や社会に思いっきり寄生しています。国家からドーピング注射を受けたマネーを独り占めして、握りしめて離さないのです。そのカネを社会全体の利益のために吐き出させるというのは、特に乱暴な話ではないはずです。

 新自由主義を代表する哲学を単純化すると「今だけ、カネだけ、自分だけ」という言葉に尽きますが、そうではなく、社会にとっての必要性、人々が暮らしていくために必要なことが第一に優先される社会にすること、国家がそのために機能するという当たり前の営みをとり戻すことが、コロナ後の社会の在り方に違いありません。
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/19656

11. 2021年2月05日 09:29:46 : rbwCQpuSgs : eEc0YkNkUVZqY0E=[2] 報告
「資本主義の危機」を見抜いた宇沢弘文の慧眼
資本主義の転機 日本と世界は変えられる
佐々木 実 (ジャーナリスト)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/21998

【宇沢弘文(Hirofumi Uzawa)】
1928年鳥取県生まれ。経済学者。東京大学理学部数学科卒。スタンフォード大学、シカゴ大学、東京大学などで教鞭をとる。「日本人で最もノーベル経済学賞に近い」と呼ばれた。97年に文化勲章受章。2014年に他界。 (TOYOKEIZAI/AFLO)
 新型コロナウイルス感染症はあたりまえの日常を揺るがし、時代思潮を変えつつある。欧州知識人を代表するジャック・アタリはいち早く警鐘を鳴らした。

 「危機が示したのは、命を守る分野の経済価値の高さだ。健康、食品、衛生、デジタル、物流、クリーンエネルギー、教育、文化、研究などが該当する。これらを合計すると、各国の国内総生産(GDP)の5〜6割を占めるが、危機を機に割合を高めるべきだ」(『日本経済新聞』2020年4月9日付)

 ダボス会議の生みの親で世界経済フォーラム会長のクラウス・シュワブも「グレート・リセット」の必要を説いている。

 「コロナ危機をきっかけに、世界をより持続可能で強靭、包摂的にする『グレート・リセット』が必要です。株主だけでなく社会に配慮した経済を再定義しなければ」(『朝日新聞』20年10月10日付)

 ふたりの論者に共通するのは、コロナ危機を「資本主義の危機」と捉える視点である。

 新型コロナはグローバル経済を象徴する災厄ともいえる。国境を跨ぐ人の往来は感染を拡大させ、野生動物由来の感染症は自然を侵蝕し続ける経済活動への警鐘とも受け取れる。だが一方で、新型コロナの発生前から、資本主義のあり方を見直す機運が高まっていたことも確かである。

 米国の経営者団体ビジネス・ラウンドテーブルは19年に株主資本主義からの転換を宣言、翌年1月にはダボス会議で「ステークホルダー資本主義(株主だけでなく、従業員や顧客、地域などの利害関係者に配慮した経済)」が論じられもした。

 市場経済システムを万能とみなす市場原理主義的な思想と行動は、世界金融危機を招いたリーマン・ショック(08年)、深刻さを増す地球温暖化や格差問題に直面して、根本的見直しを迫られていた。そんなとき世界を新型コロナが襲い、時代思潮の転換は決定的となったのである。

 資本主義の見直しという方向性は、国連が15年から掲げている「SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)」に集約されるだろう。社会に持続可能性や安定性をもたらす経済システムへの変革が急がれている。

 私が伝えたいのは、国連がSDGsを唱えるより50年近くも前に「社会的共通資本(Social Common Capital)」の概念を着想し、持続的な経済発展を可能にする制度の究明に生涯を捧げた日本人が存在した事実だ。1928年(昭和3年)に鳥取県米子市に生まれ、14年(平成26年)に86歳で世を去った、経済学者の宇沢弘文である。

経済学界の中枢から突如として離脱する

 東京大学の数学科を最優秀の成績で卒業して大学院に進学した宇沢は、敗戦直後の混乱の中でマルクス経済学と出会い、経済学者への転身を決意した。マルクス主義にはなじめなかったものの、新古典派経済学の数理経済学に触れるとたちまち才能を開花させる。20世紀を代表する理論経済学者であるケネス・アローに論文を送ったところ、スタンフォード大学に招かれたのである。

 28歳で渡米してアローのもとで研究を始めると、ロバート・ソローやポール・サミュエルソン、ジェームズ・トービンなどから高く評価された。名を挙げた経済学者がすべてノーベル経済学賞受賞者であることからもわかるとおり、経済学界の中枢メンバーに迎え入れられたのだった。

 「数理経済学の最先端で活躍して、あそこまで尊敬された経済学者は日本人では後にも先にも宇沢さん以外にはいない」

 スタンフォード大学教授などを務めた青木昌彦は米国での評価をそう語っていたが、実際、スタンフォード大学准教授をへて弱冠35歳でシカゴ大学教授に就任した宇沢は、若手理論家の中で1、2を争う存在だった。

 ところが、名声が高まっていた1968年(昭和43年)、不惑を迎える年に宇沢は米国を去る。東京大学への突然の移籍は米国の経済学者たちを驚かせた。謎めいた帰国だったが、あえていえば、「アメリカ社会」「アメリカ経済学」との決別だった。

 ケネディ政権が始めたベトナム戦争は、ジョンソン政権で泥沼化した。17歳で敗戦を体験した宇沢は覇権国・米国がベトナムに政治介入することに早くから批判的で、シカゴ大学では反戦運動に熱心に参加した。

 学問面では、シカゴ大学の同僚ミルトン・フリードマンとしばしば議論を闘わせた。シカゴ学派の頭領にして市場原理主義の教祖的存在だ。もっとも、宇沢はサミュエルソンらアメリカ・ケインジアンにも重大な理論的欠陥があるとみなしていた(当時はケインジアンが優勢だった)。もはや戦時下の米国に留まる理由を見出せなかったのである。

 帰国してからの宇沢は、まるで別人だった。高度経済成長の歪みとして現れた水俣病に代表される公害問題、地域開発にともなう環境破壊を研究対象に据え、現場に足しげく通うようになった。

 画期となる『自動車の社会的費用』(74年、岩波新書)刊行後、現場主義はより徹底していく。90年代に入ると、成田空港建設をめぐって農民が政府と激しく衝突した三里塚闘争の和解を仲裁するなかで、農業を社会的共通資本と捉えたコモンズ論を「三里塚農社の構想」にまとめあげ、同じころ、つまり30年前に地球温暖化の研究も始めている。

 現実との格闘から、社会的共通資本の経済学は生まれた。米国時代の「世界的名声を博した数理経済学者」が〈前期宇沢〉なら、〈後期宇沢〉は「社会的共通資本の提唱者」である。コロナ危機のいま、注目すべきはむしろ〈後期宇沢〉だ。

〈社会的共通資本は、一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能とするような社会的装置を意味する〉(『社会的共通資本』00年、岩波新書)

 宇沢は社会的共通資本の構成要素として@自然環境(大気、森林、河川、土壌など)A社会的インフラストラクチャー(道路、交通機関、上下水道、電力・ガスなど)B制度資本(教育、医療、金融、司法など)を挙げている。

主流派(新古典派)経済学はあたかも「社会=市場」であるかのように仮定し、もっぱら市場均衡のメカニズムを分析する。対照的に、宇沢は市場経済を支える「土台」に光を当てた。市場システムが「ゆたかな社会」を実現するためには社会的共通資本という非市場領域の安定が不可欠である(「社会=市場+非市場」)ことを理論として提示したのである。

 宇沢経済学は、一人ひとりが市民の基本的権利を享受できることが市場経済の大前提であることを強調して止まない。社会的共通資本を市場原理に委ねてならないのはそのためだ。もう一つの特質は、人間と自然の関係をも射程に入れていることだ。〈後期宇沢〉は必然的に、かつて自らも貢献した主流派経済学を激しく批判せざるをえなくなった。

なぜ現在の危機を見透かした
経済学を構築できたのか
 ノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツは宇沢の教え子で、宇沢をとても尊敬している。彼にインタビューした際、興味深い証言をした。フリードマンらが台頭し、経済学界を市場原理主義が席巻するようになった70年代半ばからリーマン・ショックまでを「Bad Period(悪い時代)」と呼んだうえで、スティグリッツは宇沢についてこんな解説をした。

 「この時期、経済学界ではヒロ(宇沢の愛称)が常に強い関心を寄せていた不平等≠竍不均衡≠竍市場の外部性≠フ問題はあまり注目されることがありませんでした。経済学の主流派はみんな市場万能論≠ノ染まってましたから。ヒロが成し遂げた功績にふさわしい注目を集めなかった理由は、意外に単純です。つまり、『危機など決して起こるはずがない』と信じ込んでいる楽観的な経済学者たちの輪の中に、ヒロが決して入ろうとしなかったからなのですよ」

 なぜ予言者のごとく、現在の危機を見透かしたかのような経済学を構築しえたのか。スティグリッツはその謎を解くヒントを与えている。

 社会に深く市場原理が浸透したことで噴き出した問題がことごとく宇沢経済学のターゲットとなっているのは偶然ではない。自由放任を旨とする市場原理主義が招いた格差社会、「大気」を社会的共通資本として扱わないがゆえに深刻化した地球温暖化、「医療」を社会的共通資本として扱ってこなかったがゆえにコロナ危機は医療危機に直結してしまっている。

 新型コロナの危機に見舞われて初めて、われわれは「前期」でも「後期」でもない、宇沢弘文の全貌をとらえることができるようになった。社会的共通資本の経済学は危機の時代にこそ、光を放つ。私にはその光が、歩むべき道を照らしているように見える(文中敬称略)。

12. 2021年10月07日 18:23:35 : eAnA8vXCag : a3JobkR2NS41a00=[26] 報告
2021年10月7日
【藤井聡】岸田新総理には是非、『財務主導の財政健全化が日本の新自由主義を産み出した』という真実を理解頂きたいと思います。
From 藤井聡@京都大学大学院教授
https://38news.jp/economy/19626

岸田文雄内閣がこの度、「新自由主義との決別」を高らかにうたいあげつつ、誕生しました。

新自由主義とは、一言で言うと「これまで民間企業がビジネスできなかった領域(例えば行政や社会)において、民間企業に自由にビジネスしてもらう」という、新しいタイプの自由主義です。

だから、小泉純一郎氏や竹中平蔵氏、さらには菅義偉氏や「維新」の政治家らの「新自由主義者」達は皆、水道や空港や郵政や高速道路や地下鉄など、あらゆる政府の事業の「民営化」を進めようとします。

これが日本経済、日本社会に大きな打撃を与えてきたのですが、こうした新自由主義を転換すると言っているのですから、当方はその点において、岸田内閣を強く支持しています。

しかし、今のままでは、岸田内閣は、新自由主義の決別に「失敗」するであろうと強く懸念しています。なぜなら、岸田内閣は「緊縮」財政を継続する疑義が濃密にあるからです。

そもそも、日本における新自由主義は、企業主導で進んだというよりもむしろ、財務主導で進んだからです。

先に触れた様に、新自由主義の本質は、様々な事業を

「官から民へ」

譲り渡していくというもの。

この流れは、アメリカ等の諸外国では主として、民間企業側からの働きかけによって、作り出されました。つまり、ビジネスでカネ儲けしたい民間企業が政府から仕事を「引っ張る」という動きによって、「官から民へ」の流れができあがりました。

つまり諸外国では、民による「プル(PULL)」の力学で「官から民へ」の流れが作られたのです。

しかし、日本ではそれとは逆に、「政府の支出を抑えたい」という大蔵省・財務省の意図の下、政府の仕事を外部に「押し出す」ことを通して経費節減を図ろうとした事が、「官から民へ」の流れを作りだしたのです。

つまり、日本の場合は、官による「プッシュ(PUSH)」の力学で「官から民へ」の流れが作られたのです。

もちろん、一旦その流れができれば、民間企業がその流れに群がってくるのは洋の東西を問わず同じなのですが、その官から民への流れを作りだす最初のきっかけが、日本の場合は民間では無く、緊縮政府=大蔵・財務省だったのです。

当方は、岸田総理は、この根本的なメカニズムを理解されていないのではないかと、大変に危惧しています。

なぜなら岸田総理は、入閣直後から次の様な「緊縮」思想丸出しのご発言を公的に繰り返す鈴木俊一氏を、財務大臣=デフレ脱却担当大臣に任命したからです。

まず驚いたのは、年内に編成する経済対策について問われて、

「財政健全化は堅持していかなければいけない」 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA050Z90V01C21A0000000/ と発言されたこと。岸田総理が、年内のコロナ禍という国難に対する経済対策については財政規律を度外視すると既に発言しているのですが(https://twitter.com/SF_SatoshiFujii/status/1445273735464845313)、この発言はその岸田発言をいきなり覆す驚くべき発言です。

また、政府と日本銀行が掲げる2%物価目標について問われた時には、

「日銀が物価安定の目標の実現に向けて努力されることを期待する」https://shikiho.jp/news/0/460460

と、デフレ脱却は日銀の仕事であって、財務省の仕事ではないと言い放ってもいます。

なお、この時に鈴木大臣が財政政策について唯一語った発言として報道されているのが、

「現在のゼロ金利環境を最大限に生かし、財政投融資を積極的に活用する。」 https://shikiho.jp/news/0/460460

というもの。当方はこれを見たとき目眩がしそうな程落胆しました。そもそも、財政投融資というのは、政府による「貸し付け」の事であって、広い意味における「金融政策」であって、本当の意味での「財政政策」とは言えないものなのです。

このように、鈴木氏の発言は、一貫して「緊縮」主義に貫かれており、彼の差配の下では、十分な政府支出が行われないリスクが極めて高いのです。

本当にそんな緊縮財政が進められるのなら、様々な政府事業の「官から民へ」の流れは止まらないどころか、むしろ加速していくことは必至です。

果たして岸田新総理は、こんな発言をする鈴木氏を財務大臣=デフレ脱却担当大臣に任命しておいて、ホントに、新自由主義の転換にあたって絶対に必要な「緊縮財政から積極財政への転換」を果たすことができるのでしょうか?

岸田氏は、「新自由主義からの転換」という素晴らしいビジョンを掲げられた、日本最初の総理大臣です……ですから、当方としては岸田総理に是非、その初志を貫徹いただきたいと心から願っています。


ついては、当方個人としては、こうした財政と新自由主義との関係についての「真実」をしっかりと岸田新総理にもご理解いただけるよう、できるだけの事を致して参りたいと思います。

岸田新総理の知性と胆力、そして「人の話を聞く力」を、心からご期待申し上げたいと思います。

追伸:岸田内閣について現状入手できる情報に基づいて、岸田氏は一体どんな経済財政政策を展開するのか、そして日本経済はどうなるのかについて、改めて約1万字にわたってじっくり、分かり易く、論じました。下記是非、ご一読下さい。

「岸田内閣で、日本経済はこうなる!」

https://foomii.com/00178/2021100410412185669


https://38news.jp/economy/19626

13. 2021年10月13日 09:35:47 : HNQh6kvMDI : aE12RU5RYUJ5ZmM=[33] 報告
【東京ホンマもん教室】岸田ビジョンって何だ? “所得倍増”ホンマもんの話 ゲスト:柴山桂太(対談テーマ:断末魔の叫びをあげる新自由主義 前編)
2021/10/09


14. 中川隆[-15961] koaQ7Jey 2021年10月19日 09:37:49 : NSadpLBCCE : REV6MjFxMWtja2s=[9] 報告
平井宏治 M&Aファンドが儲ける仕組み

【討論】米中欧と日本の危機[桜R3/10/18]




◆米中欧と日本の危機

パネリスト:
 川口マーン恵美(作家) ※スカイプ出演
 古森義久(産経新聞ワシントン駐在客員特派員・麗澤大学特別教授)
 島田洋一(福井県立大学教授) ※スカイプ出演
 石平(評論家) ※スカイプ出演
 平井宏治(株式会社アシスト代表取締役)
 室伏謙一(室伏政策研究室代表・政策コンサルタント)
 山岡鉄秀(情報戦略アナリスト・令和専攻塾塾頭)
司会:水島総
15. 中川隆[-15935] koaQ7Jey 2021年10月20日 15:06:23 : OX4jKTRbWY : Z0pnZmFPeUdaL0E=[11] 報告
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16. 2021年10月26日 00:26:09 : TB9yu1cbVQ : TGVnMUt0dC5KQXc=[48] 報告
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