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(回答先: Re: 「連合赤軍事件」について 投稿者 影の闇 日時 2008 年 5 月 24 日 19:00:32)
影の闇さん、こんにちは。
>これはもうビックリしました。 「少年事件」に関連して、村上龍が「一万人居れば一万通り理由が在る」と言ったのと何ら変わりない。 内在する論理や志向といったものを見ようとしない、正しく思考の放棄というしかない、当事者に近い立場に居て、そういう風にしか”ソーカツ”していない(出来なかった)ーそれ自体、問題が(左翼の)理論的な事柄ではない、別の視点に立たねば見えて来ないことを意味してる、としか言えません。
『自らの問題意識に導かれて試行の“状況(場)”を求めて行ったのであり、つまり「連合赤軍事件」は各々が自分なりに世界を受けとめはたらきかえしたことの顛末です。』は断じて総括のつもりではありません。個別性の核の部分を集団意識に回収することができなかった、或いは捨象せざるを得なかったことにたいする悔恨の念の表出と云った方が正確かも知れません。
影の闇さんは臨界点に対座したことがありますか。今にも焦げついてしまいそうな、熱くそして煮詰まった、そこには“内在する論理や志向”とは全くかけ離れた状況があるのを体験したことがありますか。それは連合赤軍だけに起きていたことではありません。同じような状況に遭遇した人間であれば“別の視点” に立たずとも見えて来るものではないでしょうか。
>今、年間3万人に達する自殺者のかなりの部分が彼岸楼さん達「団塊の世代」だという。そういえば、「事件」が起きた頃も同世代の自殺が多い。その頃の若者の心象風景を歌ったのが「都会では自殺する若者が増えているー」『傘が無い』(井上陽水) 「同世代の自殺」という社会的関心事より「傘が無い」という個人的ジジョウを優先して、社会に出て行ったわけです。 そうして、、、 二つの「自殺」の丁度中間にあるのが「バブル」!
当時流行しつつあった実存主義的な思潮の洗礼を受けたことも関係していると思います。同年代だけでも200万人をかるく超えていたのであり、「傘が無い」と宣う人間が相当数いたとしても何ら不思議なことではありません。現在についても思い当たることが二,三ありますが、それを基に行動心理学的に原因の特定が可能かどうか、現状私は答えを有してはおりません。
Auf Wiedersehen.