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(回答先: “寄生”の方行 投稿者 彼岸楼 日時 2009 年 1 月 06 日 17:01:01)
彼岸桜さん、レスありがとうございます。
>Creativeな投企に向かうためには我々自身の存在様態に潜む真実を受け容れることが前提条件になると考えています。
【我々自身の存在様態に潜む真実を受け容れること】の中身がよく判明しません。
日なりの解釈で答えれば、「それは連帯の前に存在する様態。故に真の自立の範疇に連帯は含まれない。」としか答えられません。
よく彼岸桜さんは、何々する為には、何々が条件と仰られるのですが、そこが日には分らないのです。
その条件を充たそうとしても力及ばずに今日があります。それを求められてもそこが日の力量の精一杯の限界を現すものです。
非公開の部分がある理由も精一杯皆さんにはお伝えして来ました。それは此処に集う方ならば充分にご理解いただける事由であるはず。
日が今求めている人材。それは核となるべき人材です。それですらも実際にお会いするまではやはり未知の方になります。
人を判断する時、日は減点法です。その人の外見や地位や背景で判断する色眼鏡を外し、最初は満点の人物として迎え、建前であろうと偽りであろうと、言った事、その行動を密かに言質します。そして訣別に値する破綻となるまでは密かに減点するのみです。
そうでないと連帯は誰とも出来ないのではないでしょうか。
加点法で人を見れば、その人の未知の最大長所を発見する前に、己の一定の基準に満たぬ者として、最初から篩い落とすしかありませんから。
確かに日は最初に礼と熱意を「最低条件」としたハードルを設けました。これは誤解される前に言うと、上記の「その人の外見や地位や背景」ではありません。