★阿修羅♪ > 議論24 > 480.html ★阿修羅♪ |
Tweet |
ローマ帝国の人カサエルは「人は見たいと思うものだけを真実と考える」と言ったそうである。(月刊少年マガジン 9月号 CMB 加藤元浩氏)
おそらくであるが「全ての人が、この言葉の意味を真剣に考え、受け止めていくのなら、この世の不幸は大きく減る」ような気がしている。
「罪を憎んで人を憎まず」は有名であるが、現在の流れは「罪を無くすには人を憎もう」という流れである。
多くの人が「自分だけに見える真実だけに囚われている」
オームの事件を思い起こしてもらえば理解しやすいかもしれないが「自分達が信じるものを守るためには、殺人すらも肯定されてしまう」
個人における「真実」の基準は「主観」である。
音楽においては「絶対音感」なるものが存在し、一部の人は「正しい基準」を持っているそうであるが、「真実」については、今のところ「絶対基準」なるものは示されているとは言い難い。個人個人の「主観」によって「真実」は勝手に決められているのである。
全ての人が、他人との争いや他人への批判行動をする前に、自分の「真実」は間違っているのでは?という検証を行う事をするのなら、無意味な争いは着実に減少するのだろうと思う。
「お前が偉そうに語れるのかよ?」と思う人はいるだろうとも思う。