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(回答先: 続きです。 投稿者 ワヤクチャ 日時 2005 年 3 月 06 日 20:52:28)
俺は「構築してきたルールを根底から覆す事」を「破壊」と言っている。
改革とは構築してきたものを改める事だろ。
-----自分の中では無く、外に問題があるのですよ-----
外の環境に適合出来ない者がとやかく言うなよ。
適合出来ない自分に問題があるんだ。
現状のルールではほとんどの場合「餓死」は起こらない。
弱者にも生を維持出来るだけのルールが存在している。
身の丈に合わない借金をし、「死」で清算するやつが悪い。
プレッシャーに耐えかねて「死」に進むやつが悪い。
生きていても何の目的も無くなって死ぬやつが悪い。
自分の現状を打破しようと自己の仕事や目的意識を高める事が「闘争」であるべきだ。
確かに一部の特権を持つやつらが利を得ているかもしれないが、この現状においても、国民の大多数はこの国に住み続けたいと思っているはずだ。
その大多数の認知を共有できずに文句を言った所で、その言葉は軽いんだ。まるで酔っ払った上での戯言のレベルよ
俺にとってじゃねえよ。圧倒多数の人間にとって「戯言」を超えないのよ。
ここで俺は「死ぬ奴が悪い」と言ったが「死ぬ事に明確な意思」を持った場合、その行動には「善悪がない」と思っている。
ボートと伝染病の話で触れたが、実際に身近にあった事を書く。
事故で下半身不随になった男がいた。
親はすでに死別していて、彼女がその男を介護していた。(2人とも20代)
そんな状況が半年ほど続き、リハビリも無駄だとわかってきた頃、肺炎になった。
咳が続き、その影響かどうかはともかく右腕にも痺れが出始め動かなくなっていった。
数日後、「ありがとう。いあわせに」とかかれたメモを握りその男は胸にナイフを刺していた。
彼女の将来の足枷になりたくないと言っていたその男は死を選んだ。
彼女は悲しんだが、いまでは表現のしようの無い「ありがとう」と感じているといった。
たとえその様にしか割り切れないのだとしても、その死は意味があったんだ。
国家に利用されていると語るあほ共へ。
利用されていない人間はいない。
国(社会、世の中)を「人との関わりと営み」と定義するなら、利用されたくない人はどこかに行くべきだ。
不満はあっても完全が無い以上、妥協し、皆で満足度の底上げを図るべきだ。
改めて言う。
自分の経済苦が国家のせいだとはあほの戯言だ。
「ニートは社会の責任だ。就労意欲がおきない社会が悪い。」
きみの論旨は上記のようなレベルだ。
ニートは働こうとしない個人の問題。
----死んでまで求める目的とは何ですか?
特攻隊は私は犬死だと思います。
国なるものの為に死んだと言いますが
国って何ですか?
結局、国家権力に利用されただけですよ。----
ま、よく俺の意見を聞きなさい。
----自分のあり方とは生活をしている姿そのものであって生活が苦しいから闘争するのです。
生活を少しでもマシなものする為に。----
あほぅ。なら真剣に働け。それでもキツけりゃ国から助成金でも貰え。
国民である以上、あほぅでも色々と方法はあるさ。
で、そんなに嫌なら国から出て行け。
もっと日本が良くなるわ。