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(回答先: これでいいのか日本外交 琉球フォーラム講演会[琉球新報/天木直人氏] 【プロフィール】 投稿者 なるほど 日時 2004 年 3 月 22 日 18:26:15)
最終更新日:2004/03/22
いま過分なご紹介をいただき、また琉球フォーラムの講師陣を見まして、非常に著名で立派な方ばかりで、私はこの話をお受けした時に大変なところで話をすることになったなという気がしました。今日はこれだけの方々の前ですから私の思っていることを率直にお話して出来るだけ有意義であったと思っていただきたいと願う次第です。
私は昨年8月末に外務省を辞めて、ああいう本(『さらば外務省』)を出して、様々な人達に呼ばれて話をすることになりました。だいたい私の話というのは聞いていても楽しくない話なのです。特に、日本外交はどうあるべきか、というような真面目な話は、ますます面白くない。もちろんそういう話もさせていただきます。しかしいつも話が終わったあとで「もうちょっと生々しい裏話も聞きたかった」という声が多いので、本日はオフレコの話からさせていただきます。できるだけ私の心境、あるいは次元が少し低くなりますが当時の状況などから話させていただきます。
「イラク戦争反対」の電報
私はアメリカのイラク戦争は、あらゆる意味でまちがいであったと思っています。アメリカが自分の国益を追求して、特にブッシュ大統領や彼を取巻く連中が、自分達が正しいと思うことをやったという意味では、あの戦争は彼らにとっては正しかったと思うのです。
しかしながら第二次大戦のような悲惨な戦争を再び起こしてはならないと願って作られた国際社会の合意からみればとんでもない誤りであったのです。戦争というものはなくならないかもしれないが、差し迫った脅威を前にして真に自己防衛として戦争を行う以外の戦争は認めないという、国際社会の合意に基づいて国際連合による安全保障システムがつくられ、曲がりなりにも機能してきた。それをブッシュ大統領の米国が完全に無視したのです。そういうこともあって、私は「あの戦争(アメリカによるイラク攻撃)はまちがいであり賛成してはならない」と東京に打電をしたわけです。
私がこのような電報を打ったことに関して「なぜ電報を打ったのか。あなたはその電報を打つことでアメリカに戦争を止めさせられると本当に思ったのか。小泉首相があなたの電報を読んでその政策を変更すると思ったのか」という質問をよく聞きます。その質問に対しては、私は「そうは思わなかった」と答えます。つまり自分が打った一本の電報が、日本の政策を変え、さらにはアメリカのイラク攻撃を止めさせると思うほど私は過信していません。
では、なぜ打ったのか。私は2年半レバノンにおりまして、アメリカの中東政策をずっと見てきて、特にイスラエル−パレスチナ戦争に対するアメリカの政策がどう考えてもまちがっているという意見を持ってきました。アメリカの中東政策と日本の中東政策は、自ずと違うものがあってしかるべきだ、それをずっと言ってきたわけです。しかしながら、日本の中東政策というものは、後で申し上げますけれども、中東に限らず日本の外交は、まずアメリカの外交を見て、そしてアメリカの要求に従って外交をやっていく、ということでした。少なくとも私が外務省にいた35年間はそうでした。日本がアラブ寄りの外交をせよとは言いませんが、アメリカの中東政策はあまりにも一方的な親イスラエル政策で、アラブの国民はそれを知っています。
論議もせず対米追従
欧米諸国と違って中東に手を汚していない日本に対するアラブ人の期待は大きい。アラブの国は今日でも独裁政権が多くアメリカの支援なくしては自分達の政権は維持できない国が多いのです。エジプトにしてもヨルダンにしても、あるいはサウジアラビアにしても、ほとんどアメリカの言いなりになってしまっているわけです。しかしそれと反比例してアラブの国民はますます反米になってきています。他方でアラブの人々は例外なく親日的なのです。だからこそ日本の中東政策は米国のそれとは違った中立的なものが期待されているのです。
私はアメリカの中東政策はまちがっているということを何度も東京に伝え、その情報も送ってきました。しかし残念ながら我が同僚は、誰一人としてそういう意見を言わなかったのです。年に一回、中東大使会議というのがあり、中近東に駐在する大使が集まって会議をします。少なくとも私が参加した会議では、まともに日本として中東政策、特に中東紛争に対して日本としてどういう政策を取るべきかという議論は、一度たりとも行われませんでした。
その理由は、しょせん日本が何を言っても影響力はないし、ましてやアメリカの中東政策にどうして日本が反対できようかという諦めのような暗黙の了解がある。本来あるべき政策決定、つまり情報を丹念に集めて、それを分析して日本独自の政策を打ち出すという議論がほとんどなされないままに対米追従があるという状況だったのです。
今度のアメリカによるイラク攻撃は、もしそれが国連の合意なしに単独で行われるのであれば、戦後五十数年にわたって世界が認めてきた国連による世界の安全保障確保の努力を真っ向から否定するものとなります。それほど大きな歴史的暴挙を前に、自分の意見を一言も述べなくて何のために三十数年間も外交官をやって来たのかという思いが日増しに強まりました。
おそらくあと何十年か経ってこの戦争がひとつの歴史として語られる時に、いろいろな論評がなされると思います。その時に、自分の意見が正しいかどうか分かりませんが、少なくともあのとき自分は「これ(アメリカによるイラク攻撃)は間違っている」という意見を公式にレジスター(記録)しておきたかったのです。そういうつもりで意見を打って、同時に他の大使に転電という形で自分の意見を伝えました。他の大使からの同調する意見を期待したのです。「なぜあなた達は、こういう時に自分の意見を発しないのか。皆もこの戦争は誤りだと思っているのではないか。どうして声をあげないのか」という思いで、私は自分の書いた意見をみんなに転電したわけです。しかし反応はまったくなかった。ここに今日の外務省の劣化ぶりが象徴的に現れているのです。
http://www.ryukyushimpo.co.jp/ryukyu_forum/lecture01.html