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(回答先: 「家庭内のブス妻」と「家庭外の美人“偽”妻」を使い分けるエリートサラリーマン 投稿者 あっしら 日時 2004 年 6 月 21 日 02:43:17)
あっしらさん、いつも話題のご提供ありがとうございます。その都度楽しく見ております。(感謝感謝)
さて「援助交際」で乗り遅れましたので、こちらに回答させて頂きます。
私なりにこの事例に登場する男性の立場となって分析いたします。
【人間の本質としての善悪として見た場合】
他人に偽りの自分の姿を見せている。つまり他人に対しても自分に対しても正直な行動ではない・・・・悪
【社会的経済としての善悪として見た場合】
代理妻という新たなジャンルの商売であり、その需要を考えてあげると・・・・・・善
但し、偽りの商売が成立してしまうと、社会全体の信用不安となり、新たな調査的コストが必要となる・・・・・悪?
【家計的経済としての善悪として見た場合】
コストは必要ではあるが全体的に黒字ではあるので・・・・・・善
但し、他人に発覚した場合のマイナスを考慮すると・・・・・・悪?
【妻としての善悪として見た場合】
家計は助かるが、自分を否定された気分であり、屈辱的である・・・・・悪
さて、ただ漠然とさっと頭に思い浮かんだことを書いただけですが、細かく検証すると、益々広がりを見せて行く事と思われます。
結局、私がこの男性であったとして判断するとするならば、私の考える「人間の本質」というものを重視して、その行動は「悪」と判断し、違う形で稼ぐ手段を考えるでしょう。「人間の本質」つまり「人間の在りかた」を重要視することが、すべての人間にとって実は有意義なものであると私の視点から判断したからです。
(ただし、これも援助交際と同じく社会的制裁・罰を加えることには反対です。(自由優先))
「男はなぜ彼女に男友達を持つことを許さないのか」についても分析してみるつもりです。
但し、直感的に男友達を持つことを許さないという行為は「悪」と判断しますが、これも現代社会における自由と拘束のバランスであり、難しい問題だと思います。