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(回答先: Re: 死について 投稿者 白亜 日時 2004 年 5 月 01 日 07:19:26)
こんにちは、白亜さん。
PC使えなくなるのですね。いつでもまた、お話しましょう。
それからあえて私は、神について、若しくは私の神に対する考え方についてお話ししておりません。ただ、私を固定概念で見ないようにだけはしてほしいし、見て頂いてもかまいません。(私は宗教家でないことだけは確かですが、これも大きな意味においては違うかもしれません)
>人に限らず生物が死ぬのは、自然がそれを許さない、ということです。
>死ななかったら人口はどんどん増えていきますよね?
>地球という限られた場所で生きていく以上、人口にはどうしても許容量があるのです。
>人間の知恵が、自然に逆らいその許容量を増やしていきましたが、やはり限界はあるでしょう。
わたしの考えでは、自然がそれを許さないのではなく、自らがそれ(これ以上の人口増加)を欲していない。そして、ある時期が来ると自らが進んで死(肉体の死)を選んでいる。と考えております。
>ではなにゆえ繁殖があるのか?
>より強い種を残すため、肉食獣に弱い種を食べてもらうためです。
繁殖は生命のいとなみであり、より強い種を残すためでも、食べてもらうためでもないと思います。(原始的な社会ならそうかもしれません)
>では知恵を持ち事実上一番強い人間は?
>飢えか、争いによって淘汰されるのです。
事実上、一番強い人間はなぜ、淘汰されるのですか?今現在、一番強い人間は飢えか、争いで淘汰されていますか?
>そして核戦争などで全滅するとしたら?
>それは自然がその種全ての存続を拒否したということです。
私は、種自らがその道を選択したのであって、自然のせいではないと考えています。
>幼児虐待で幼児が死亡・・・無差別殺人・・・
>それは、そのようなキチガイ父母の種を残すことを、自然が拒否しているのです。
>そしてそのようなキチガイが生まれた背景には、すでに人口が許容量を超え、自然がそ>ういうキチガイが生まれてくるような社会を作ったのです。
自然が拒否しているのではなく、自らが作った法律が拒否しているのではないですか?
そのもの(キチガイといっておられるもの)も、自ら進んで生を選んで来たと考えております。
自らの行いを自然(神)の裁きとして、行いを正当化することが、戦争や紛争の原因を作っているのではないでしょうか。
>人間の人口が限られている以上、飢えや争いは完全には無くならないと思います。
人間の人口とは関係が無いように思われます。
>しかし絶滅の危機を回避するぐらいの知恵(理性)は、人間は持っているではありませんか?
>自然は許容量内の人間の生存を、とりあえずは認めているのですから。
その通りです。
>人は何故死を恐れるか?
>人間の生きようとする生存本能です。ライオンに教われたときと一緒です。
>恐れないというなら、それな知能という理性が本能を抑えこんでいるからです。
ここが、実は私の今考えている最大のテーマです。
私も、GWやその辺は非常にバタバタといそがしいので、すこし間をとりたいとも考えております。
有意義な話ができることを期待しております。