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危険地帯からの脱出
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投稿者 エンセン 日時 2004 年 1 月 24 日 19:10:25:ieVyGVASbNhvI
 

(回答先: 第ニ夜の訪れ 投稿者 エンセン 日時 2004 年 1 月 24 日 19:08:56)

 
危険地帯からの脱出


死線から……

手にべっとりと付いた血をハンカチでぬぐい取ると、ターニャは相手にここで待つように合図をした。夫がいま発電所で何をしているか、はたして生きているのか、一刻も早くそれを相手から聞き出したいという欲望に駆られながら、ターニャは尋ねることができなかった。
ひどく火傷を負ったニコライの様子は、いまにも息を引き取るかと思われるほど激しい息づかいで、深夜の草原を走り抜けてきた疲れが、玉の汗にまみれた顔に現われていた。この脱走者は、妻のグルーシェンカを腕に抱きしめたいという最後の夢に心を踊らせていた。ターニャに注ぐ燃えるような眼差が、「グルーシェンカはどこにいる」と叫んでいた。この男は、自分の娘が死んだことを知らないのだ。
ターニャは再び足音を忍ばせてバスにもどると、そっとグルーシェンカを揺り起こした。周囲の様子に気をゆるめず、気づかれないようにふたりは草原に出た。その一部始終を多少の不安とともに目で追っていたニコライは、妻の姿をひと目見るなり、ここまで踏んばってきた気力がいきなり別の感情に変った。
ふたりは激しく相手の体をかき抱いた。耳もとに、互いの名を何度となく呼び交わした。
もし傍らにターニャがいなければ、グルーシェンカはそのまま大声で泣き出し、歩哨の軍人を驚かせただろう。この若い女は、死を望んでいたからである。娘を失い、二度と手を触れられない世界へ連れ去られた。その悲しみを打ち明けられるただひとりの男ニコライが、発電所から脱走して帰ってきた。
だが、夫の姿は明日とも知れぬ容態に変り果て、最後の力と感情をふりしぼって自分に倒れかかっていた。窪地に隠れながら、これ以上逃げることもできないニコライの状態は、ほとんど絶望的だった。
ターニャは思い切って、ふたりのあいだに割って入った。
「ニコライ、聞いてちょうだい。グルーシェンカには、あなたに話す勇気がないの。でも、あなたのかわいいカチェリーナは」
そこまで言いかけて、ターニャはためらった。
「いえ、言ってしまいます。グルーシェンカの気持を分ってあげてほしいから。カチェリーナは、あなたが発電所に出発してすぐ、天に召されたのです」
ニコライは、にわかにその言葉を信ずることができず、妻の目が静かにうなずくのを見てから、身をかがめるように顔を地に伏せてうめいた。
「さあ、話してちょうだい。このままでは、ひとりずつ殺されるわ。発電所では何が起こっているの」
ターニャのやわらかい声が、男の背に投げかけられた。
「水をお飲みなさい。こんな時に食べたくないでしょうけど、サンドイッチをひと口、さあ、ニコライ、これはみんなの宝物。食べてちょうだい。お願い」
グルーシェンカの腕を借りながら、ニコライは水を口に含み、目を閉じた。痛みに顔をゆがめながら、その表情のなかに生気がよみがえると、水を飲みほしてから目を開いた。
「ありがとう、セーロフさん。でも、いまは何も食べたくありません。発電所のことを話します。卑怯にも私は逃げ出してきたが、それは」
「卑怯なものですか。あなたは一番勇気がある男です」
「しかし、セーロフさん、あなたのご主人のアンドレーは、まだ発電所に残っているのです。あのおそろしい場所で……」
「アンドレーは生きているのね」
「私が発電所から逃げ出したときには、みんなに大声で指示を与えていました。最初から話しましょう。私たちは、ここを出てからまっすぐに発電所へ到着したわけじゃない。途中でザキロフとサフチェンコと、それにもうひとりの男が、反抗しはじめたのです」
「ザキロフって、あの、アナトリーのこと?」
「そう、あの普段は気の小さい奴です。しかし、凄かった。バスのなかで大演説をはじめたもんで、すぐにバスからおろされ、見せしめに、銃殺された」
「銃殺?ザキロフが、殺されたの。あのザキロフが」
「私と同じ歳でした。あいつにも、生まれたばかりの息子がいた。仲の良いサフチェンコが、気が狂ったように怒り出し、もうひとりも捨て鉢になって騒ぎ出した。実は、誰もが同じ気持でした。アンドレーは拳を握りしめて耐えていた。私も、もう少しで爆発するところでした。このグルーシェンカと、それに、ああ、娘のカチェリーナのこと……ああ、カチェリーナ、ふたりにもう一度だけ会いたくて、私は必死になって祈りました。神様、怒らせないでください。私を冷静にしてくれ、頼むって。ザキロフが銃殺される前に、木に縛りつけられたとき、あいつが自分の子供の名前を叫んだのです。それを聞いて……私はあの声を忘れません。ペトロ、ペトロって、目隠しされながら。それでも、ひどい奴らだ。殺したんだ。アンドレーがかわいがっていた奴だった。それから、サフチェンコと、もうひとりの男も、同じように簡単に片づけた。私には信じられなかった。こんなに簡単に人間が死んでしまうものかと思うと、どうあっても自分は妻と娘のところに帰ろうと、あのときに決心したのです。それからずっと、逃げる機会をねらいました。みんなは、ようやく事態のおそろしさに気づいて、黙りこくりました。体のふるえがとまらなくて、私は発電所に到着するまでこわくて死ぬ思いでした。ところが、着いてみると、そう、1キロぐらい手前から、もうもうと火を噴きあげている発電所が目に前に近づいてきたものですから、今度はそちらがおそろしくて。なにしろ走り出してくるバスとすれ違ったとき、なかに乗っていた全員がうつ伏せになって、死んだも同然の様子でした。自分もああなると思ったとき、みんな逃げ出したかった。しかし、ザキロフの見せしめが利いたのでしょう、誰ひとり逃げようとしなかった。それに、発電所のまわりは軍人だらけでしたし。バスはとうとう所内に入って、ともかくそれからは、隣の3号炉が巻きこまれないよう、精一杯走りまわった。爆発したのは4号炉です。コントロール作業には、私たち全員が必要なわけではありませんでした。普段なら、十人いればいい。それに私たちは消防隊員ではないから、実際には何もできないのと同じです。ところが、建物に近づくと、おそろしいガスが充満しているため、体がもたないのです。十人ずつ、ほんの数分ごとに交代で突入してゆき、メーターを操作しては外に飛び出してくる。また次の組が突入してゆく。これの繰り返しですから、何人でも必要になりました。マスクなんか役に立つわけがない。われわれより、消防隊員のほうがメチャクチャに働いていました。彼らは直接、爆発して燃えている原子炉と格闘していたのですから、見るのも辛かった。そこへですよ、空からヘリコプターで指令を与えてくるんです。アンドレーは無駄な口をきかずに、最初の突撃隊として入ってから、出てきて私たちに事情を説明してくれました。3号炉も爆発する可能性が強いが、踏みとどまってくれ、子供たちのためだ、と叫びました。その言葉で、私たちも少し落ち着きました。なにしろ配線があちこちで吹き飛んで、配管もどこが生きてるか分らない。それを確かめるのが第一の仕事で、そのあと、アンドレーの指示通りに手をつくしてからは、神に祈るだけでした。けれど、それからです。私たち全員が、体の異常に気づきはじめました。キベノクが血を吐いて倒れると、あとはバタバタとやられた。あんなところに立っているだけで、死ぬようなもんだ。兵士たちはガス・マスクをつけていたが、彼らも無理をしている様子でした。おそろしい放射能で、メーターでは測れなくなっていたのです。外でも、メーターの針がふり切れちまう。何もしなくたって、あの雲みたいな塊がただよって、自分の体を放射線が射抜いていることは分りました。あそこにいれば、死ぬのは時間の問題です。私は胸や腹が気持悪くなって、あんなことは初めてですが、足に力が入らなくなる時があって、ぞっとしました。自分に言い聞かせました。逃げられなくなるぞ、何とか持ちこたえろと、何度も暗示をかけたのです。ここまで逃げられたのは、運もよかったが、グルーシェンカとカチェリーナが導いてくれたからだ。夕方になって、いよいよ私が突撃隊としてなかに入ってゆく番が回ってきました。アンドレーは、その前の組が記録してきた数字を見て真っ青になっていました。危険がますます大きくなって、しかも本当のところ何がどのように進んでいるのか、誰ひとり分らないわけです。この姿を見てください。何もできる状態じゃなかった。私は倒れて、かろうじて外にかつぎ出され、死んだも同然でした。それで誰もが私を放ったらかして、現場に戻ってしまった。あれが最後のチャンスだったのです。逃げました。最初は地面に這いつくばって、警戒がゆるい裏手へ回ってから、必死で走って逃げた。どこをどう走ったか覚えていません。途中で、ザキロフたちの死体が木にくくりつけられたままになっているのに出会い、ヒモをはずして寝かせてあげました。ひどい奴らだ。埋葬もしてやらなかったんだ。セーロフさん、何も期待してはいけません。アンドレーは多くの人間を救おうと精魂をつくしています。自分の体のことなんか、これっぽっちも考えていない。あれほど冷たいアンドレーを見たのは初めてです。こういう言い方を許してください。分っているのです。アンドレーが何を考えているか。あの人は、全身全霊を傾けていた。だが、やっていることは、自殺と同じです。なかに3度も飛びこんで、まだ大丈夫だなんて言ってた。しかし、人間の表情をなくしてました。自分にそうしろと言い聞かせているのが、痛いほど分りました。それほどおそろしい現場なのです。ここから見て、あの炎の下です。あらゆる物を巻きこんで、空に昇ってゆきます。すみません、水をもう一杯いただけますでしょうか」
ターニャは地面に目を落とし、ニコライの言葉のなかに希望を見出そうと努めている様子だった。
「ありがとう。よく帰ってきてくれました。私には、アンドレーの気持が分ります。それを知りたかったのです。まあ、何なの、これは」


重罪人

ターニャは突然、懐中電灯の光を目に受けて、水筒を落とした。
「そこで何をしてるんだ」と、歩哨の兵士が3人の顔に交互に光をあてながら、荒々しい声をかけてきた。「こんなことだろうと思った。おい、名前を言え。貴様だ。どこからここへ逃げこんだんだ」
「ちょっと待ってください。この人は、きっとこの辺りに住んでる人でしょう。口もきけないほど弱っていたので介抱してあげていたところです」
グルーシェンカは、早口にこう言ってのけた。
「女は黙ってろ。その傷は、ただごとではないぞ。貴様、もしや発電所から脱走してきたのではないか。3人とも、こっちに来い」
ターニャは覚悟を決めると、歩哨に事情を包み隠さず話し、この場を見逃してくれるように哀願した。相手が何度か心を動かされた様子を示し、うなずくのを見てターニャとグルーシェンカはさらに言葉を継いだ。ニコライの傷口を見せ、もう長くない命だと言い聞かせた。
それに対して歩哨は、すべてを耳に入れたあと、毅然としてこう言い返した。
「お前は脱走者だ。こっちへ来い」
3人が上官の前へ引き出され、再び同じ説明を終えたとき、上官はコリヤキンを呼び、ひそひそと相談をはじめた。その上官は、発電所の緊迫した事情についてコリヤキンから、脱走者を認めることがこの事態ではきわめて不都合である、ほかの家族に対して申し訳が立たない、といった苦情を聞かされたのである。彼は3人のほうに向き直った。
「ターニャ・セーロフ、お前さんの夫のアンドレーは、いまでも発電所で決死の作業を続けてくれている。ところがこのニコライ・アレクサンドロフは、逃げ帰ってしまったのだ。弁解の余地はない」
その言葉を聞いて、グルーシェンカが静かに言った。
「ニコライを殺すのなら、私も一緒にお願い致します」
「グルーシェンカ、これはお前さんの夫のしたことだ。関係ない」
「では、私は生き残って、ニコライが教えてくれたことを、ここにいる人にすべて話して回ります。ザキロフとサフチェンコが、むごい殺され方をしたと言ってやります。発電所へ行った人間は、みなニコライのように殺されるのだと、きちんと教えてあげましょう」
上官はコリヤキンと目を合わせ、微笑を漏らしながら苦々しく言葉を返した。
「そうか、脱走者をかくまった家族は、同罪となっても仕方あるまい。ただし、ターニャ・セーロフは、ニコライが脱走したことなど、何も知らなかったのだ。確かにそうだな」
「いえ、私も知っております」と、ターニャがうわずった声で言い返しはじめると、コリヤキンが急いでそれを遮った。
「セーロフ夫人、それはよくない。あなたには息子さんと娘さんがおられるではないか。それにアンドレーにもよくない。あなたの命は、国家にとっても大切なのだ。もうこれ以上、あなたがここでお喋りするのは無用だ。われわれも明日には、この農場から出発する。そのあと、子供たちがどうなるか心配ではないかね。だったら、黙っていてくれることだ」
そのとき、ほとんど口もきけないほど火傷の苦痛にあえいでいたニコライが、「ううっ」と言葉にならない声をあげた。コリヤキンが見ると、小鼻をふくらませ、憤怒に燃えるような視線を投げてくるニコライの顔があった。
ターニャの手をグルーシェンカが握った。
「さようなら」
その声を背に受けながら、ターニャは歩哨の兵士の太い腕で外へ押し出され、バスまで連れもどされて行った。


独白

夜が明けると、キエフから到着した食糧が配給され、人びとはひと息ついた。
そこへコリヤキンの声が響いた。
「昨夜、発電所から脱走した者がここへ逃げ帰ってきた」
いきなりはじまったスピーカーの演説に、みなが緊張した。
「ニコライ・アレクサンドロフである。この男は、同志諸君が危険な作業に命を賭けているとき、不届きにもただひとり持ち場を離れたのだ。その妻も、ニコライをかくまい、われわれに抵抗しようとした。両名を厳罰に処することに決定した。諸君は、その恥ずべき名前と行為を胸に刻んでおかれるように。また、現在の厳しい事態について、深く理解されることを願っている。本日は日曜日であるが、すでにバスが当地へ向かって出発している。午後には、ここから全員がさらに遠くの地へ避難する予定である。プリアピーチの自宅に帰ることが、いまのところ難しくなってきたと判断されるためである。不幸な事態ではあるが、国家が諸君に援助の手をさしのべてくれる。今後については不安を抱かず、冷静に移動してくれるよう重ねてお願いする」
バスのなかでターニャは、コリヤキンの声を聞いた。やがてまわりの者たちが、ニコライの脱走に対して、軽蔑と怒りの言葉を喋りはじめた。彼らは聞くに耐えない嘲弄の言葉を口にしたのである。昨日の決死隊出発のときに見た別離の悲劇を思い出し、ニコライに同情を寄せるどころか、あべこべにその悲劇の家族たちの憎悪がニコライに向かった。
ターニャは、いまにも立ちあがっていっさいをぶちまけようかと思いながら、ぶるぶると肩をふるわせて涙を流すだけだった。説明しても、誰も耳を貸さないだろう。
イワンがターニャの手を握り、低い声で話しかけてきた。
「お母さん、アレクサンドロフさんは、銃殺されるの」
ターニャは身じろぎもせず、前を見たまま、ゆっくりと頷いた。
「覚えておきなさい。彼は一番の勇敢な男です」
イワンは分ったというしるしに、こっくりした。
正午までの時間が、セーロフ一家の3人にとって、ひどく長く感じられた。むっとするバスのなかから外へ出て、胸一杯に新鮮な空気を吸いこみたいが、いまは外のほうがおそろしい。イネッサまでが黙りこくって、考えこんだままでいた。
苦痛の数時間が経過するうちに、バスが続々と到着しはじめ、この大量の人間のあいだに久し振りに歓声があがった。はたして自分たちがどこへ連れてゆかれるか、それを知る者はなかった。それでもさきほどよりは、ずっと楽に坐れるようになり、多少とも苦痛が軽くなったことは確かだった。ターニャは、その些細な喜びに浸っている人たちと、ニコライが話してくれた発電所のおそろしい様子を比べようとして、どうしてもそれが現実であることを信じられなかった。
バスが農場を離れ、新しい安全地帯≠ヨ移動をはじめたのは、午後の2時を回ってからであった。
2万数千におよぶ人間を運ぶバスの車列は、それだけで壮観なものである。先頭のバスが出発したのは2時すぎだったが、新しいバスの到着とともに、軍用トラックから人びとが乗り移り、後続部隊が次から次へと農場を離れていった。
実に2時間以上を要したが、このあいだに、新しい事件が起こりはじめた。それは朝のうちはあまり気づかない出来事だったが、これだけ大量の人間が外へ出て歩きはじめるにつれて、かなり目につくようになった。幼い子供が、そちこちでわけもなく転ぶのである。
ターニャは、イネッサが転んだとき、それに気づいた。ちょうど目の前で、ほかの子が転がるのを見た。同じような子供が何人もいるのが、遠くに見えた。
気の強いイネッサが、イワンの手を払いのけて立ちあがろうとしたが、膝に力が入らない様子で、また転んだのである。ターニャは手を貸そうとしたが、思うところがあって、少し様子をうかがった。
どうやら娘はひとりで歩くことが無理だと分ったとき、ターニャはイネッサを抱きあげ、頬と頬をすり寄せた。
「バスのなかでつ疲れたのね。こんなことは初めてだから」
子供を抱きあげた母親同士の目が合った。互いに何も口をきかなかったが、その視線はしばらく離れなかった。誰もはっきりと口には出せなかったが、これは事件であろう。
走るバスのなかで、イワンはものごとを整理して考えようとした。それがこの少年の普段の流儀で、彼はいつもそうして結論を求める癖があった。
──ひどい事が起こった。母さんは何も言わないが、これからもっとひどい事になる。父さんが消えた。イネッサも危ない。いいか、こういうことが俺の目の前にあるんだ。よく考えろ。俺も死ぬかも知れない。アレクサンドロフさんは銃殺されるんだ。ここにいる人は忘れてしまったらしいが、こういうことすべて、あの爆発からはじまったんだ。何が俺の人生をメチャクチャにしてしまったか。じつは簡単なことだ。少なくとも俺は、そのことを忘れないぞ。あんなことのために、こうやって殺されるんだ。大人のすることはバカげてる。
これからきっと、子供を始末するんだ。俺たちが、コリヤキンにとって厄介な荷物になる。そうなれば、奴はどうするか。親と別れさせてから、そうだ、母さんたちと別れさせてから打つ手を考えるだろう。一体どこへ連れてゆこうとしているのか、そいつが分らない。畜生。これが最後になるかも知れないのに、俺には何も分らない。しかし、まだチャンスはあるだろう。しっかり観察していれば、かならず奴らもボロを出す。ようし、見てろ。簡単に殺されてたまるものか!──
イワンの独白は、バスの車窓に流れる風景のように、切れ目なく続いた。

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