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(回答先: 病棟 投稿者 エンセン 日時 2004 年 1 月 24 日 19:47:06)
捜索
イネッサの最後の願い
全身の力を失いかけていたイネッサは、最後の気力をふりしぼって、何とか起きあがろうとした。それが思わず大きな掛け声となって、少女の口から出た。
病室にイネッサの声が響いた。
しかし、この子は、ついに体を立てることができなかった。枕に顔を埋めながら茫然となっているこの幼い患者を知りながら、監督官は容態を診ようともしなかった。
病室のなかには、イネッサと同じように生命の消えかかった子供ばかりが寝ていた。この患者たちは、まだ死にたくないと口のなかで祈り続けながら、着実に自分の身に迫りつつある危険を感じ取っていた。昼食の時間が訪れても、自分が何ひとつ食べられないことを、思い知らされたからである。
呼吸をするにも、肩で息を吸いこむほどだった。頭は絶えずグラグラと回るような不快感に襲われたまま、目がさめると、父の名前と母の名前を交互に呼び続けるだけで、これをしばらく続けると、ふたたび昏睡状態に陥った。
この子らの声は、検問所で別れた親の耳に届いていた。しかし、親たちは誰ひとり、この病院の場所を知らされず、わが子の声に応えることができなかった。
病室には、時折うめき声が流れたが、全体として不気味なほどひっそりと静まり返り、死の病室と変っていた。
イネッサは瞼を重く感じながら、軽い足音が病室のなかを動いている気配を覚えた。昨夜、この子が手紙を託した看護婦のリューダが、午後の見回りに来ていたのである。彼女はイネッサのベッドに近づくと、患者の呼吸の音を盗みとるように耳に入れた。
イネッサが苦しげに顔を上げた瞬間、ふたりの視線が合った。
「お願いです。ここへ来てください」
誰とも口をきいていないためか、イネッサの声は乾いていた。
遠く部屋のすみに坐ってにらみつけている監督官の姿を見て、リューダは少しためらった。自分がどなられるからでなく、イネッサが冷たく扱われるのをおそれたからだった。しかし看護婦は、この患者の体温を測るために近寄った。
「苦しい?」
「ええ、もう駄目みたい。もうすぐ死ぬのね。分ってる……もしイワンに会えたら、イネッサは元気だって言ってね。死んだって言わないで。約束して」
リューダは返す言葉を探したが、見つからなかった。
「なぜ口のなかに血が出てくるの」
「体が弱っているから。でも、我慢してちょうだい。病院にいる人は、みんなどこかが悪いの。誰でもそういう時があるでしょ。変なことを考えないで、ゆっくり休みなさい」
これだけの言葉を語ることしか、リューダにはできなかった。
イネッサの体が突然ふるえはじめた。
すでに骨だけのように痩せ細り、目が深く窪んだ少女は、首をねじ曲げ、アゴをこまかくふるわせていたかと見る間に、その唇のあいだからドッと血を吐き出した。
リューダが手早く血をふき取り、手を握りしめた時には、すでにイネッサは呼吸を止めていた。命の露が天に吸いこまれるように、この幼い少女はやさしく目を開いたまま、もはやこの世の人ではなくなっていた。
これまでと同じように、リューダはイネッサの遺体を抱きかかえ、ほかの子供たちに気づかれないよう用心深く病室を出た。黙って階段をおりながら、胸にこみあげる感情をどうすればおさえられるか、彼女には分らなかった。
そのときリューダは、階段の途中でふと足をとめた。
「ひどいね、これは」と、吐き捨てるように喋る医師の声が下から聞こえた。
「全部死ぬのかね」
「助からんね。しかし、われわれも災難だな。この患者が全部死ぬまで、ほかのことが何もできん状態だ」
「しかし、うちには末期症状の子供しか送られてこbなかったから、いまの様子じゃ、あと2ヶ月もすれば、間違いなく全部終るだろう。出血がひどすぎる」
「ほかは、もっと大変かね」
「よくは分らんが、2年から3年もてばいいほうだろう。しかし、病院にとってみれば、3年は長いね。うちは幸運かもしれんよ。2ヶ月で終ってくれればな。院長は、例の兄貴が主局とつながってるから断れなかったんだろうが、重症者を集めて早く処分しようという魂胆だよ。おそるべきだね」
「この遺体をどこで処分してるのかね」
「それは知らんほうがいい。忘れたよ。ある筋から聞いたがね」
「覚えてれば、プラビック、あんたの遺体を俺が始末しなきゃならんかね」
「冗談にもそんあことを言うな。分ったか」
「怒るな。分ってるさ。お前こそ、当直のときの寝言に気をつけろよ」
リューダは足音を立てずに階段を上へのぼり、そこでひとつ大きな咳払いをしてから、今度は足音が下まで響くように階段をおりはじめた。
腕のなかのイネッサが、いまにも目ざめて言葉を喋り出しそうなほど、体はまだ温かく、深い目の色に感情が生き残っていた。もしこの子が今の会話を聞くことができれば、何と言っただろう。
リューダはその顔を凝視したまま階段をおりてゆき、ふたりの医師の顔を見ようともせず、その傍らを通って遺体の処置室に入り、扉をしめた。その態度には明らかに、この病院の医師たちの価値を認めないという侮辱の言葉が現われていた。
遺族が訪れない患者の死体を前にして、リューダはこれまでよりずっと念入りに、イネッサの死化粧をした。もはやここでは、ひとりの子供が死亡したぐらいでは、医師が臨終の宣言をする必要もない。それほど数多くの子供たちが、今日の午後に入ってから死亡していた。
イネッサの横の寝台には、小さな5つの遺骸が横たえられ、冷たいむくろとなって顔隠しの布をかけられていた。
そこへ別の看護婦が、物も言わずに入ってきた。この女はリューダの前にぬっと両腕をつき出し、イネッサの体を早くどけてくれと言わんばかりの仕草を示した。その腕には、イネッサよりまだ小さい、6つか7つになったばかりの幼い男の子が抱かれていた。頭髪はまばらに残っているだけで、顔全体に浮き出している濃い紫色の斑紋が、痛々しい最期の瞬間を物語っていた。
最期にはかなり苦しんだのだろう。首筋から、はだけた胸にかけて、自分の手で体をかきむしった爪の痕が無数に残っていた。この子の親がいまの姿を見れば、言葉もないだろう。
イネッサの遺体は、リューダの手で、死体の列の6番目に並べられた。
ここは臨終の間≠ニ呼ばれ、患者が最後の時間をすごすための病室だった。治療器具が並べられ、さまざまの救急用具が壁にかかっていた。ここに幼い遺体がいくつも横たわり、口もきけずに置かれていた。もうこの子らは、喋ってはいけないのだ。身動きすることもできない。人生のはじまりに、すでに夜が訪れてしまった。この夜は、永遠に朝を迎えない。
外に通じるこの部屋の扉が突然開かれ、勢いよく明るい光が差しこんだ。
リューダがふり返ると、ひとりの若い軍人が立っていた。その背後に、エンジンをかけた軍用トラックが見えた。この男は、物も言わずに子供の遺体をトラックへ運びはじめ、手慣れた動作で6体目のイネッサを抱きあげると、小鼻ひとつ動かさずにトラックのなかに並べた。
戻ってきた軍人は、まだ死化粧が終っていない7体目の男の子を、がっしりした手で処置台のうえから無造作にかかえあげ、これもトラックに運んだ。トラックの荷台には幌がかけられ、7人の子供の体は、じかに荷台のうえに寝かされた。男はこのうえにカーキ色の毛布を一枚かけると、幌をおろした。
リューダともうひとりの看護婦の顔を見ようともせず、完全に黙って作業を終えると、軍人は扉をしめた。
トラックが走り去ってゆく音が聞こえると、リューダはその扉を開き、荒々しく走るトラックの姿を目で追った。
さきほどの看護婦の姿の影は、病室から消えていた。ポケットから紙片を取り出したリューダは、昨夜、イネッサが書いたばかりの文字に目を落とした。
──ドミトリーは死んでしまったのね。お願いがあります。私のお兄さんを捜してください。どこの病院に入っているか教えてください。お兄さんは、いま失明しています。名前はイワン・セーロフです。誰かが助けてあげないと、お兄さんは生きてゆかれません。お願いです。──
イワンの独り言
イワンは用心深く手を伸ばすと、ベッドのうえから、傍らのテーブルの端に指先が触れるのを確かめた。その手が、水の入ったコップをつかんだ。その感触を味わいながら、イワンはほっとしたように肩で息をつき、しばらくの間そのままの状態でコップを握りしめていた。
──イネッサ、分るか。俺は大変なんだぜ。お前と別れてから、毎日これだ。コップひとつ探すのにも、こうやって手さぐりだ──
腹のなかでこう喋ってから、イワンは水を呑みほした。
──畜生、イネッサ、お前はどこにいるんだ。お前の体が大丈夫かどうか、毎晩、心配で眠れないんだ。本当だ。自分がどこにいるか、それも分らん状態で、イネッサを捜しにゆけないんだよ。分ってくれ。母さんの体も心配だ。俺もイネッサもいなくなって、おそらく俺たちがどこにいるか誰も教えてくれないだろうから、毎日、泣きながら生きてるだろうな。母さんは俺たちを愛してくれてたな。もっと母さんを幸せにしてやれたのにな。何もしないうちに、苦労ばかりさせて。父さんが死んで、いや違う。父さんは殺されたんだ。俺は目が見えない。イネッサ、お前は体が弱いって、最後にあのバスで別れた時はひどい状態だったな。このままだと、母さんは気が狂っちまうぞ。おい、イネッサ、どうしよう。どうしたらお前に会えるかな。もちろん、この病院の医者には言ってみたさ。どこにいるか教えてくれって。そうしたら、元気でいるから心配するな≠チてとぼけるだけだ。畜生め。絶対に口を割らないんだ。居所さえ分れば安心できるのに。この病院じゃ、俺は完全な孤独だよ。誰も何も教えてくれない。この部屋がどれぐらいの広さか調べるのに、俺はどうしたと思う。夜中に起きて、床を這いつくばって測ったんだぜ。もう何もこわくないさ。見つかって殺されても大丈夫。しかし、何もしらずに生きてるのには耐えられないからな。いつか、必ずここを逃げ出してお前を捜し出してやるからな。それまで、元気で待ってろよ。いいか、何があってもあきらめるんじゃないぞ。もう一度母さんに俺たちの顔を見せて、喜ばせてやらなくちゃな。母さんと別れてから、昨日で一週間だぜ。早いもんだ。ところが、この病院で何が起こってるか、残念ながら俺にはさっぱり分らないんだ。まともな医者はマルチューク先生だけだ。あとは秘密の好きな奴ばっかりで、あの事故のことを話そうとしても、まともに聞こうとしないんだぜ。あいつら、何かをこわがってるみたいだ。これは俺の直感で分るんだ。聞いてはまずい話なんだな。看護婦だってその話になるとピタリと口をとじるからな。お蔭で、目の見えない俺が、相手の心を読めるようになってきたぜ。大体の呼吸でな。でも、マルチューク先生だけは別だ。もちろん、この部屋に誰もいない時にしか話さないよう用心してるけど、あの人は、俺の体のことを本当に心配してくれてる。イネッサのことも頼んでみたけれど、捜すのはおそらく無理だろうって本心を言ってたぜ。だって、ここに登録されてる俺の名前だって、イワン・セーロフじゃないんだ。ミコラ・ネドバイロらしいんだ。表向きの帳簿には、ぜんぜん違う名前が書かれてることを、マルチューク先生は3日前に発見したそうだ。だから、イネッサが俺に会いたかったら、ミコラ・ネドバイロを捜さなくちゃ駄目だぜ。何て汚い奴らなんだ。それにしても、俺はこうして日中ずっと、じっとしてなきゃならない。ベッドのうえでだ。まずいものを食って、ほとんど誰とも話ができないんだ。何しろ、きのう数えてみたら、この部屋にはベッドが十個あるけど、みんな寝たきりだ。重症らしいな。俺だけが元気だけど、この体だ。昼寝にはあきあきだ。おや、あの足音は誰かな。おい、しめたぞ。あれだよ。あの用心深い足の運びがマルチューク先生なんだ。回診だよ──
闇のなかの光
小柄でやや小肥りの医師が、病室に入ってきた。このミハイロビッチ・マルチュークは、眼鏡越しに室内を眺め渡してから、ひとりずつ患者をていねいに診察しはじめた。
3人の子供を診たところで、彼は不思議そうに首をかしげた。それは、いかにも治療効果が思わしくないといった様子で、腕組みをして数秒間考えたあと、ようやく気を取り直して次の患者に移った。
イネッサの病院ほどではなかったが、ここでも子供たちは一週間後から容態が悪くなり、イワンの室内の全員が貧血症に襲われていた。赤血球が減りはじめ、顔色が真っ青になっていたのである。
マルチュークにはほとんど経験のない治療だけに、医学書の知識を生身の患者に当てはめたものの、実際にはどれほどの成果が得られるか、ほとんど予測がつかなかった。むしろ、医師としての自信を失わせるような事態が、それぞれの寝台のうえに迫っていることは歴然としていた。
かなりの輸血をおこないながら、子供たちの体力はみるみる衰えていたのである。
彼はイワンのところへ来ると、軽く微笑を浮かべた。
「どうかね、イワン先生。わたしだよ、分るかね」
「ずっと前から分ってました。僕は平気です。何ともありません」
「君が陽気なので、少しほっとするよ。大した男だ」
イワンはこの言葉を聞いて、腹を立てた。
「陽気なもんですか。僕だって涙を流してるんです。体は頑丈にできてるけれど、この目じゃ、どこにも行けやしません。まるで牢屋みたいな病院にとじこめられてるんです」
「もう少し、声を小さくしてくれないかね。今日は、ゆっくり君の話を聞きたいと思って来たのだ。どうかね、それがお互いのためだ。いまのところは」
「すみません。誰とも話をしてなかったので、つい興奮して」
「いや、分ってる。きのう君は、その、原子炉が爆発するのを見たと言ったね」
「ええ、この目で。本当に、あの時まではこの目が見えていたんです」
「どうだったかね。もの凄い爆発だったようだが」
「夢を見てるようでした。爆発すると分ってれば、一生懸命に観察したかも知れませんが、いきなり、それも偶然に見ていたんですから、しばらく意味が分らない状態でした。僕の部屋から見ると、発電所は小さなものなんです」
イワンはあの運命の夜に起こった出来事について、マルチュークにくわしく語った。そのあと、ここへ収容されるまでの悲劇の逃避行について話しはじめたが、父母との別れ、妹との別れを思い浮かべた時に、その言葉は胸がつまって声にならなかった。
ようやく少年が語り終えたとき、この医師の表情は一変していた。
「どうやら私は、この事故についてタカをくくっていたらしい。まるで知らされていなかったから仕方がないが、おそろしいことだ。おそろしいと言うのは、君のお父さんが亡くなったことだ。そして、これから起こる出来事だよ。この国は一体どうなるのか。ウクライナでこれから実際に起こることが、少し分ってきたようだ。君の失明が、直接その影響だとすれば、大変なことだ。この病室の意味が、ようやく理解できた。話してくれて、心から感謝する。どうやら、君はもうそれ以上、人に話さない方がいいようだ。何ごとも、まず私に相談してくれ。誰もいない時に」
「でも、誰もいないかどうかを知るのに、僕の耳だけではまだ不確かです。その時は、僕の手を握って教えてください」
マルチュークはひとり頷きながら、イワンの左手を握りしめた。
その感触を心地よく感じたイワンは、右手をそっと伸ばしてゆき、マルチュークの顔にゆっくりと指先を触れた。
「眼鏡をかけているんですね。ね、先生、髪の毛は何色ですか」
「白髪だよ。もうすっかり白くなった」
「そうですか。考えてもみなかった。声が若いから、まだそんな歳だとは思いませんでした」
こう言いながら、イワンは驚いたように手を引っこめた。その指先に、水のしずくが落ちるのを感じたからである。
イワンはその指先をどこへやっていいか迷ったが、自分の頬にそっと置いてから、医師の手を離した。
「では、また来よう。怪しまれるとまずいからな」
マルチュークはほかの子供を診察してから、帰って行った。
──看護婦を連れてこなかったのは、俺の話を聞くためだったんだ。なあイネッサ、見ただろう。あの先生は本物だぜ。さっき顔にさわった時、俺にはあの人の顔が見えたぜ。失明してから、他人の顔をはっきりと感じたのは今日が初めてだ。思い浮かべるのは、お前と、それに父さんと母さんの顔だけだったからな──
イワンの表情には、この病室に神の使いを得たかのように、息を止まらせるほどの歓喜の波が押しよせ、笑顔さえ浮かんでいた。
訪問者
毎日、少しずつではあったが、マルチュークはイワンと言葉を交した。2週目に入ると、病室の子供たちは一喜一憂の容態をくり返したが、16日目を迎えて、ついにイワンの病室で初めての死者をだした。
その緊張した病院の玄関に、中年の女性が訪れていた。それは、イネッサの死を看取ったリューダ・ソコロフであった。
彼女はさまざまな噂を耳にし、この病院にもチェルノブイリの少年たちが収容されているらしいことを仲間から聞かされ、思い切って一日の休暇を利用してやって来たのだった。
幸運にも、ふたつの病院はそれほど遠い距離になかった。イワンとイネッサは、車でほんの一時間の場所に収容されていたのだ。
看護婦のリューダは、自分がこの病院を訪ねても、なにか喜ばしい成果をあげられるとは考えていなかった。もはやこの世を去った一患者の言葉に耳を傾けるなど、まったく、どこから見ても、意味のないことだ。イワン・セーロフという少年を見つけ出しても、リューダに一体どのような救済手段があるだろう。むしろイネッサが死亡した悲報を伝え、その少年を絶望させるかも知れない。
それでも彼女は、まずイワン少年の顔を見ることを望んだ。イネッサの面影を宿している子供に会えば、自分の気持が少しは晴れるだろう。何よりも、そうすることがイネッサとの約束なのだ。何をするにつけても、天から幼い少女がリューダをみつめているような気がして、こうして出かけてきたのだった。
彼女はイワン・セーロフの親戚を名乗り、こちらの病院にその子が居ないかと尋ねた。
受付では、この女がなぜプリピアーチの住民について知っているのかと不審の目を向けてきた。
「キエフのさる知人から連絡を受けたのです。名前を出せば、みなさんご存知の高名な方です。ただ、ここではその人の名前を申しあげられません。最近の緊急入院患者の名簿を見せていただきたいのです。秘密は守ります」
リューダは口から出まかせに、よどみなくこう説明してみせた。病院側では一応その言葉を信用した様子を示し、要求された通りに患者リストを手渡した。
「残念ながら、こちらの病院には、イワン・セーロフという少年はおりません。入院患者の名簿を、どうぞご覧ください」
リューダは食い入るように名簿を調べた。しかし、イワンの名はなかった。失明した15歳の少年もいないという。
彼女は願いを絶たれ、病院を出た。