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(回答先: 日本人の『家畜化の進行』について 投稿者 書記長 日時 2003 年 6 月 21 日 18:03:25)
日本のアメリカからの独立にはいくつもの段階があります。まずは経済の自律と安全保障の
自律からです。それと並行して、自律した自生の教育・思想と文明の回復があります。その次
には、「日本国憲法」と「ポツダム宣言」の破棄ということが目標になります。一言で言えば
、「戦後」に終止符を打つことです。戦後日本は独立した自生の社会システムも持てないし、
独自の文明の自然な発露も妨げられた情けない状況に置かれているのです。
アメリカ合衆国は自分(日本)の体より大きい寄生虫だという表現もあります。戦後の日本
の歴代政権は「アメリカからの独立」とか「戦後占領体制からの離脱」とかの困難な問題を経
済発展のためと政治混乱を恐れたために先送りにしてきました。そのことは歴代権力者たちの
政治的保身のせいもあったのでしょうが、結果としてロッキード事件以降のアメリカ従属決定
化という深刻な事態を招きました。
円高、米国債大量購入とその価値の下落、プラザ合意とその結果としての好況下での超低金
利、おしつけの内需拡大、そのためのバブルの発生といったぐあいに80年代からは日本はい
つもアメリカのためにババを引かされ続けています。
石原慎太郎氏によれば、日本の金利はアメリカの「ドル還流システム」の維持のために都合
がいいように決定されている疑いが強いそうです。例えば日米の金利格差がある程度以下に小
さくなると、日本からアメリカへの資金(ドル)の移動が弱まり、逆にアメリカから日本へと
資金がもどってきてしまうので、日米間の密約で大きな金利格差を維持しつづけている疑いが
あるのです。
とにかく、政治的な独立性のなさが経済政策から自律性や国益追求性を奪っているのです。
つまり対米従属は経済的にもとっくにマイナス要因になっているのです。
ここ数年来、日本政府は巨額の財政出動をしてやっと恐慌サイクルに陥るのを防いできたの
です。すでに社会を維持するだけの消費をしなくなっている国民・企業の購買・投資行動には
、変化がないどころか小泉改革のせいもありより収縮しています。だから財政支出を前年比で
減らした分から景気悪化のサイクルが始まり、それは政府が金を出して介入してもなかなか止
まらないのです。
民間の経済的自立を助けない小泉の構造改革は、いつまでもデフレの中で借金を増やし続け
るので「財政再建」という観点から見ても逆効果なのです。
不良債権というのはバブル時代に銀行が土地を担保に企業の土地投機などに金を貸したのが
返済不能になったもののことでしょう。地価が上がっていた時代にはその取引で大もうけをし
た人もいるし、土地を担保に融資を受けることができたので大量の金が市中に流れたのです。「不良債権」の範囲は基準の置き方によって異なりますが、景気や地価の変動によっても増え
たり減ったりします。企業の含み資産も保有する株価によって増減するのです。
ここでなぜ周知の当り前のことを繰り返すのかというと次のことをはっきりとさせたいから
なのです。
つまり日本経済を立ち直らせさらに発展させていくためには、日本人が自国の力量と安定性
と未来を信じ、国内外の状況を観察しそれに適応・対応するのではなく、自ら内外の状況を作
り出そうとすることが必要なのです。アメリカ経済の動向や浮沈に左右されるだけの現状から
脱するためには、はっきりと日本経済の動向はアメリカ経済の景気とは無関係に日本人が作り
出すことを決断し、それを内外で宣言することが前提なのです。
私の個人的な感覚だと企業とは資産をはるかに超える巨額の借金をしながら活動するのが常
態です。利潤は投下資本の額に応じて発生するので手持ちのお金をはるかに超える金額を投下
するのは当たり前です。
そもそも現代産業の設備投資は巨額の支払い費用がかかるから到底個人の資産では足りず、
株式を発行するか銀行から長期信用を受けるかするのが普通です。株の場合は自己資本になっ
て、長期信用の場合は借金になるんだと思いますが、両者の取り扱いを国家が大きく差別する
理由は日本ではあるんでしょうか?
自己資本比率を企業の健全性と結びつけて考えるのは、欧米経済の実態には当てはまるのか
も知れませんが、日本の企業の健全性を計るのに欧米の基準を機械的に適用するのはどうかと
思います。
とにかくその国の実態とか伝統・慣習を無視した基準や評価を当てはめさせようとするBI
S規制などの国際社会の動きにはうんざりします。
株価の下落が本質的には失政と国民の日本社会への信頼のあり方に由来するというのが私の
意見です。しかし日本では証券取引全体のうちで外国人投資家による取引量の割合が大きいの
で、外国人によって容易に相場動向の傾向が操作されてしまうそうです。そうした外国人の日
本証券取引市場での動向は日本人の証券売買の動向を決定する主要因の一つとなっているので
はないでしょうか。特に「独自の精神的基盤」を欠いている戦後日本的発想では、国際社会の
多数派・強者の傾向に合わせて流されていくしか能がないわけですから。
少し前はアメリカで歴史的株価の大暴落が起きてアメリカ経済が崩壊の危機に陥ると、大蔵
省が行政指導で銀行・生保などにアメリカの株を買わせて米証券取引市場を支えたものでした
。ウォール街の偉い人たちや米政府高官が大蔵官僚の力に畏敬や感謝の念をそのとき抱いたこ
とはよく知られています。
その後、おそらくアメリカの指示によって検察とマスコミが慣習や法律・常識を無視した大
蔵省たたきを行い、政治家はそれに人気ほしさに同調し大蔵省を改造・弱体化してしまいまし
た。
1980年代にドルが暴落し続けているときに日本人は官民あげてやがて半額になる米国債
を大量に買いつづけました。それは下げ止まるという見込みからというよりも資本主義の土台
としてのアメリカ社会・経済に対する信頼からであり、またそれを支援するという意味でもあ
ったのです。
当時は冷戦の最終局面下であったとは言えあまりにも国家・国民として情けない行動でした
。自分の力で自分の未来を作り出そうとせず他国の力を頼んで他国のために自分を犠牲にする
という奴隷的選択を行ったのです。
プラザ合意以降(以前からか)の大蔵省・日銀の政策はアメリカのために日本を犠牲にする
ものでしたが、奴隷として振舞いつづければ相手はそのようなものとしてしか日本を認識しな
くなります。相手に合わせて卑屈になればうまくいく、というよりそうすることによってしか
生きていけないという信念は日本人の大多数が古来から抱きつづけてきたもののようです。