投稿者 FP親衛隊国家保安本部 日時 2001 年 10 月 25 日 19:55:45:
事の発端はB紙によるトップ記事「三井住友銀行が中央三井信託銀行を傘下に」であった。米国における同時多発テロから1カ月が経とうとしていた10月5日のことだ。
さらに翌日A紙が「生命保険大手の住友生命と三井生命が将来の経営統合に向け検討入り」をトップで報じた。まさに2大紙のメンツをかけた特ダネの抜き合いだが、予想に反して三井住友銀行に強いと言われるC紙は、うんともすんとも言わない冷ややかな反応だった。2本のトップ記事がまるで幻の特ダネに終るのかのように静観している。ところが皮肉にもこれがトップバンク、国内の4大グループでも最強といわれた三井住友銀行<8318>の経営不安につながりかねないアキレス腱を露呈させる事になろうとは・・・。
●問題の先送りが招いた“現在”〜シナリオは強引な合併と資本注入
ここに1枚の旧大蔵省金融企画局信用課が作成した内部文書がある。ほんの一時、ごく一部で話題に上った事もあったが、今では覚えている人も少ないであろう。しかし、これこそが当時の金融再生委員会が問題を先送りしてきた張本人である事を裏付ける文書なのだ。内部文書の日付は1999年2月10日。日本発の金融恐慌を防ぐべく大手銀行各行に金融再生委員会が公的資金を注入しようとしていた、まさにその時期である。
「中央信託と三井信託については、平成10年9月期決算の資本勘定から当期の不良債権処理見込額及び有価証券含み損を単純に控除するとマイナスになる事から、再生委員会内部で資本増強を行うかどうかについて、再三にわたり議論が行われた」――文書にはこう記されている。
つまり、この当時すでに両行の経営が立ち行かないような危機的な状況に陥っていた事を内部文書でははっきりと認めている。しかし、金融再生委員会の決定は両行の破綻、そして国有化ではなく、両行の合併を当局主導で強引に進めて無理やり資本注入を行うというものだった。
その時の金融再生委員長は、現在の柳沢金融担当相、また公的資金を実際に差配した再生委員会の事務局長は森金融庁長官である。彼らにとって今、頭を過る最悪のシナリオは当時、公的資金を注入した大手銀行が破綻し公的資金が毀(き)損する事態だけだ。自らの代議士・官僚人生の中で、消したくても消せない汚点を残したくはないというのが本音だろう。だが、その憂いは現実のものになろうとしている。
●沈黙・・・冷ややかな三井住友銀行の対応
「そのような事実は一切ありません」中央三井信託銀行<8408>との経営統合と報じられた三井住友銀行のコメントは、まるで親子かはたまた兄弟の縁を切るといわんばかりの冷ややかなものだった。が、その直後に三井住友グループの弱点である三井生命の住友生命との統合話が持ち上がった。この話には裏もあり、誰かが意図的に情報を流しているフシがある。三井住友銀行を陥れようという勢力があるというのだ。
それはズバリ金融庁のトップその人だ。
その人物は中央三井信託銀行の最終的な処理として、三井住友グループ入りを明確にさせ、その中核信託の一つ、よしんば住友信託銀行と合併させて存続させようと判断した。そして三井住友銀行の西川頭取に打診、強く中央三井信託銀行の救済を求めたのだ。それでも答えは冷淡だった。三井住友銀行にとって、三井生命についても、しかりだ。実はこの冷ややかな答えの裏に三井住友銀行自体の脆弱さが浮上してしまう。
○URL
・三井住友銀行
http://www.smbc.co.jp/
[東山恵 2001/10/25 12:19]