投稿者 1/6 読売 日時 2001 年 1 月 07 日 10:35:21:
天安門事件をめぐる未公開文書を米誌が公開
【ニューヨーク5日=河野博子】米外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ」
は最新号(一〜二月号)で、一九八九年六月四日に中国・北京で起きた
天安門事件に関し、当時の共産党指導部の議事録や電話の通話内容な
どを記録した「内部資料」を掲載した。中国内「改革派の代理人」が持ち出
した文書とされ、趙紫陽総書記失脚から学生デモ武力鎮圧に至る指導部
内での生々しいやりとりの一端を初めて明らかにしている。同誌によれ
ば、学生らによる民主化要求運動は全国五十以上の都市で一億人以上
が参加するまでに拡大。最高実力者、トウ小平氏は、事件が「内戦」につ
ながる恐れすら抱いていた。
「天安門文書」と題された同誌記事によると、武力鎮圧前の五月十七
日、トウ小平氏(当時・中央軍事委主席、九七年二月死去)は、自宅で開
かれた党政治局常務委員会で、状況が「全面的内戦」の危機をはらんで
いるとして、「人民解放軍を導入し、北京市内に戒厳令を布告するとの結
論に達した」と言明。軍投入は、トウ氏の決断によるものだった。トウ氏は
また、軍投入に批判的だった趙紫陽氏(総書記)と激しく応酬、「(抗議
が)続けば、我々が自宅軟禁に置かれてしまう」とけん制した。
トウ氏は、北京に戒厳令が布告された翌日の同二十一日の会議で「趙
紫陽は動乱を支持し、党を分裂させた」と強く非難。「胡啓立(政治局常務
委員)も同様」と批判し、両氏失脚が事実上決定。この会議では、長老の
陳雲(党中央顧問委員会主任)、李先念(全国政協主席)の両氏が趙氏
の後継者に江沢民氏(上海市党委書記)を推すなど、江氏抜てきに長老
の意向が働いたことも明らかになった。
分析に当たった中国専門家のアンドリュー・ネーサン米コロンビア大教
授らは、「信ぴょう性が高い文書」と評価している。
(1月6日21:30)