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★阿修羅♪ ポエド委員会 
『神戸小学生殺人事件』の真相(「酒鬼薔薇聖斗」完全暴露)

参考「神戸事件」警察官・検察官による違法な取調べを告発する


この文書は、「ポエド委員会」と名乗る方が、ある著名人に郵送した文書です。その文書は、著名人が発行するものに掲載されました。その画像をお送りいただき、掲示板にてテキスト化を公募し、有志によるテキスト化を経て、ここに公開しております。

ポエド委員会は以前も、 ポエド委員会「岩永天佑」告発の書 をマスコミに対して送ったことがあるようです。

 

ポエド委員会 
『神戸小学生殺人事件』の真相
(「酒鬼薔薇聖斗」完全暴露)

 「中学校校門前に男児のものと思われる生首が…」このおぞましい一報が報じられたのは1997年5月27日、日本全国に衝撃が走った。この日以降、この日本犯罪史上類例のない残虐かつ非道な事件は全ての日本人の心に深く刻みこまれることになる。事件の起こった神戸須磨ではさながらホラー映画『13日の金曜日』に登場する殺人鬼「ジェイソン」ばりの戦慄の街と化した。例のごとく各マスコミは連日この異様な猟奇事件を各自味付けして大衆向けにセンセーショナルに報道した。日本の安全神話はもはや過去のものに過ぎない…。そして事件発生から一ヶ月、須磨の住民と警察のフラストレーションがまさしく最高潮に達しようとしていたその時、『区内の中学校3年生逮捕』衝撃的な一報が飛び込んできた。「被害者と顔見知り、事件について自白した、動機詳細不明、メモ、凶器らしきもの自宅から見つかる」。かつての古典的日本の警察の捜査であればこれでハッピーエンドであっただろう。しかし残念ながら我々にいわせればこれは窮鼠猫を噛む的な警察の大暴走と言わざるを得ない。百歩譲って警察の顔を立てて猫殺しの少年Aが事件に関与していたと仮定しても雑魚も雑魚、大雑魚、単なる使い走りに過ぎない(犯行自供についてはあくまで情緒障害のある少年Aの虚言と我々は見ている)。真犯人は100%間違いなく別にいる。事件の全貌を知る大本尊とも言える黒幕は原を抱えて大笑いしていることであろう。何故そう言い切れるのか。それは我々は決して一介の日本人、しかも年端もいかぬ中学生の坊主が一人で犯行計画を立案し実行しうる犯罪ではなかったことを万人に証明できる決定的証拠のあぶり出しに成功したからである。

 それが何かは後程詳述するとして、我々は、ここで今一度見方を変えて全ての日本人に次のような問題を提起しておきたい。「これはすでに起きた単なる一猟奇事件だったのか、それとも何かこれから起こる別の一大エベントのためにはられたキャンペーンに過ぎないのか」と。正気と呼ばれるものを片鱗でも残している日本人なら最近の(特にオウム事件以降)の異常な動き(便乗を除く一部のマスコミ)に何か作為的なものを感じるのではないだろうか。そしてある種族体系特有の臭気も(我々は吐き気を催すほどの強烈な悪臭を感じるのだがみなさんはいかがであろうか)。  この臭気の大元をたどって行くとどうやらこの種族体系主導のマスコミによる一連のオカルト志向に行きつくようである。コンビニ、一般書店で売られる『死体写真集』ブームに始まり(その筋のマニア向けでないということは実に驚くべきことである)、近いところでは某魔女達演じるところの『失楽園』(原作者とその仕掛け人がオカルティストであることを一体何人の日本人が知っているのだろうか?)、発売前からベストセラーであった「神々の指紋」(バックに白人至上主義、アルビニズム臭プンプンである)、突然降って湧いた「おやじ(にんげん)狩り」(誰が、そんな名称付けたのだ?)人を見たら変態と思えの「ストーカー」キャンペーン(これは独り歩きする全人類に対する冒涜である)、海外ものでいけば一見するとマニア向け幼児ポルノまがいの『超極玉美少女殺人事件』(実は世界で最も成功したノンフィクションサスペンスドラマ、決してこれは冗談ではない、プロデューサーももちろん実在している、懸命なる諸氏は神戸の猟奇事件と対比されたい)、動くムー(オウムの上祐愛読のオカルト雑誌)こと『X-ファイル』(マードックも推薦した)、ムーを化学した『特命リサーチ200X』(日テレ18番ミスリード)、やや古くなるが、日本の家庭内にダーウィニズムを持ち込んだら一体いかなることになるかを実験した『けんかの花道』(感化された家庭内淘汰による予想以上の死者続出で実験半ばでやむなく中止)等々であるが、これらの猟奇的な一連の流れは幼年のものにも、否、にもという表現は適切でない。むしろ幼年向けの方が猟奇性はより深刻である。『木曜の怪談』(いつから木曜の必修科目が怪談になったのだ?)、虐殺ドラマ、アニメ『金田一少年…』(その目に余る残虐性は大人で言うところのポルノ解禁に等しい)、知能犯養成講座『名探偵コナン』(その内容は「偽装誘拐」の指切りデザイナー、「母子殺人」の野本、「トリカブト」の某、「ロス疑惑」の三浦一義のような極悪知能犯を毎回登場させ、その殺人動機を賛美するというもの、幼年向け殺人タブーにひたすら挑戦し続ける日テレの月曜ゴールデン枠はすさまじいという他ない)、この第2オウム世代養成のための実験アニメ『エヴァンゲリオン』(ガッチャマン、ヤマト、ガンダム等の第1世代を迎合させ、大成功を治めた)、極めつきは、一億二千万のオカルト崇拝番組『有料』NHK教育「天才テレビくん」であろう。これは一見教育ものを偽装した飛んでもないオカルト番組である。その驚くべき啓蒙的番組内容もさることながらオカルト的記号、すなわちヘキサグラム、ペンタグラム、カドケウス、オベリスク(最近放送の『妖怪すくらんぶる』には巨大な男根そのものずばり、あのマラはいったい何であろう?)等を番組随所に象徴的に散在させ、視聴している子供たちの潜在意識をある特定の志向に洗脳しようと試みるものである。昨年放映のオープニング、日本の赤ん坊=D・マッカーサー+日本人女ストリッパー屈辱の組み合わせは、今年のすさまじさに比べればまだ控えめであったと言える。番組半ばでいきなり登場する『ふりふりマン』の勃起した男根を無理やり見せつけられる純真な子供たちへの影響は無論として、オベリスク(オシリス)崇拝のためになけなしの視聴料を取られるまったく無関係の国民(我々も含む)にもどうかなって頂きたい。また、このようなオカルトメッセージを植え込まれた子供たちの10年後は一体どうなるのか、確信犯でないのならその意図するところと良心は問われてしかるべきであろう(我々以外に指摘するものがいないというのも驚くべきことである)。

 さて、能書きはこれぐらいにして本題に戻りたい。では一体これから我々は何を主張するのか。勘のいい方々は、我々は、神戸の猟奇事件には実は脚本家がいてプロデューサーも存在していた、と主張するつもりである、と言ってももはや驚かれないであろう。これは決して我々の妄想ではない。ただしそのためには万人が納得できるような証明が必要である。実は日本版「ゾディアック」こと神戸の殺人鬼、本物の「酒鬼薔薇聖斗」の残した犯行声明の中の意味不明のローマ字綴りには実は驚くべきメッセージが隠されているのだ。これは100%絶対に日本の一中学生の発想から生まれ得るものではない。それは一億二千万日本人への宣戦布告状とも呼べるものだからである。これこそが黒幕の真のメッセージであり、自己主張であり、プロデューサーの素性を明らかにするものなのである。「義務教育に敵意を持つスクールキラー」などは勿論、メッセージの大半は偽装であり操作撹乱のための誤誘導である。我々が解読に成功した真「酒鬼薔薇」の真のメッセージとマスコミが騒ぎ立てていた「ゾディアック」の真の伊美に関しては後ほど披露するとして、まずこの真のメッセージから導き出される事件の真相の概略について結論から述べたい。少年Aの主犯、単独犯説はまず論外として、当然犯人は一人ではない。少年Aの逮捕以前に警察の内部では同じ須磨で起きた連続少女殺傷事件とは別の犯人と考える雰囲気が広がっていったようだが、我々の考えからは逸脱していたようだ。犯行の実行者が一人であったかどうかは別にしても”少なくとも”二つの事件は間違いなく同一(我々の全信用をかけて)の意志(だからといって例の中学生が両事件に関与したなどとは間違っても思わないで頂きたい)によるものである。そして両事件とも計画的に行われたものである。通り魔的な連続少女殺傷も計画的なのかと驚かれる向きもあろう。しかし我々が犯人の真のメッセージを解読した限り、逆説的ではあるが二少女を殺傷したのも、土師淳の首を切ったのも2枚のメッセージを挟み込んだのも校門前に首を置いたのも胴体のみを竜の山に放置したのも南京錠をわざわざ付け替えたのも、また犯行日時すら寸分違わず計画どうりなのだ。それから一部メディアが被害者に知的障害があったということにかこつけて、犯人の動機が「弱者いじめ」であったとか「障害者狩り」が行なわれたのだなどと感情的に報じているが、そのような差別的な類いのものでも勿論ない。実は神戸の被害者、土師 淳という姓名が問題なのだ。これは言い換えれば、被害者がIQ300の神童であったとしても被害者になっていたということである。では全国の士師淳が問題なのかというとこれは非常に微妙である。というのは士師淳の胴体が隠されていた通称「タンク山」(「竜の山」)とも副次的に相互補完の関係をもつものであり、このどちらが欠けても今回の犯罪は成立し得なかったと言えるからである。つまり、神戸須磨以外にこの二つ(正確には三つだが)の条件を満たしている場所があれば同様な事件が当然起こり得たということである。

 さて、概略的なものはこれくらいにして、そろそろ中学生的なスクールキラーでない真「酒鬼薔薇」(以下省略して「悪鬼」と記す)の真のメッセージの解読の方に移りたい。

                  SHOOLL KILLER

 これが問題の「悪鬼」が残した意味不明の十二の綴り文字である。この謎の綴りに関しては、この後に続く「学校殺死」の文言に惑わされて(実際惑わされた捜査部は余りにお粗末と言う他ない)、スクールキルの綴り間違えだとか、犯人は英語を知らない無学だとか、果ては某ミステリー小説に登場する「スクールキル川」を意識したのではないかという迷解釈が横行しているようだうだが、すべてこの「悪鬼」の誤誘導である。最もまともだったのが暴走以前の須磨署捜査本部文言解読班が解読したといわれるアナグラム読み、LOOKHILL LS すなわち、『身よ、丘を、竜(りゅう)山(さん)』という読み方だ。ただし、LOOKHILLまでは正しいとして、どうして急に「りゅうさん」と日本語の音読みになるのか(これでは中学レベルの解釈になってしまう)、また「りゅう」の頭文字かなぜ「L」なのか説明不能である(EとRが抜けているが、本部がこの時点で本当に把握していなかったのか、あるいは意図的に抜き取ったかは現時点では不明)。被害者の胴体は竜山に埋めたという犯人のメッセージを勝手に想定しての憶測でのこじつけはいただけない。少年Aを逮捕し、いくら竜の山を眺めてみても真の捜査は一歩も前進しない。しかし、「悪鬼」が第二の挑戦状になぜわざわざ同一の文言を二度も載せたのか、深層を読み取ればこの文言に対する本物の「酒鬼薔薇」の異常なこだわりが見えてくるのだ。すなわち、二重アナグラム読みで謎の一二の綴り文字は読み解けるのである。

                             R S                    LOOL HILL E                             L 
 LOOK HILL(丘を見よ)、これがこの「悪鬼」の第一の主張である。勿論丘に(周辺の丘と言えば通称竜の山しかない)は土師淳の胴体部分があったのだが、わざわざ丘に放置したのは、こんな所まで来てそれを見つけてみろ、という中学レベルの発想ではなく、すぐに遺体が発見されることを前提に(もしこの「悪鬼」が警察に謎かけをしてかくれんぼを楽しむつもりなら、胴体部分を完全に埋めたはずである)竜の山という丘の名称を暗示したかったからに他ならない。すると残りの4文字、すなわちRSELは、竜ないし山(丘)を暗示させる何かだ、と言うのがこの「悪鬼」の第二の主張となる。。そこで我々がこの4文字を使い、この「悪鬼」の第二の主張を最も満たすように配置したのが上記のアナグラムである。どうか驚かないでいただきたい。この死の4文字こそ真の「酒鬼薔薇」が一億二千万日本人に投げつけた真の挑戦状なのである。我々以外にこの日本で読み解かれた方がおられるであろうか。まずは一人でじっくり考えて見ていただきたい。これはどんなにクロスワードパズルの得意な方でも我々のヒントなしでは恐らく解けないであろう。L、のR頭文字はそれぞれ左(上)、右(下)を示し二重読みであることを暗示している。すなわちE(母音)を共有してRESとLEの二つに分けることが出来る。勿論ちゃんと分けなければならない、この「悪鬼」の主張に適合するように。そして竜と山をそれぞれ対応させるのである…。お解りであろうか、我々が総当たりで調査した結果、最も適合する組み合わせはLS=竜、RES=山と判明した。ここまでくればかなりの方はお解りであろう。それでも解らない方にはさらにヒントを与えておく。LE○○○○○○○=竜(怪獣)、RE○○○○○○○○S=山(退廃の丘)。ただし退廃の丘の方の意味は、怪獣の意味が読み解けて初めて解るように細工されている。後は辞書を引くだけで全員お解りになるはずである。この「悪鬼」の真のメッセージに到達するための第一のキーワードとは勿論、バイブルに登場するところの海の怪獣 LIVIATHAN(レビアタンないしレヴァイアサン)に他ならない。

 さて、ここまで到達できれば、後は芋づる式である。聖書の知識がある程度おありの方ならレビアタンとよばれる怪物が登場するのは旧約のヨブ記、詩篇、イザヤ書などごくわずかであることに気づかれるであろう。その中の『イザヤ書』全66章中、特に土師淳の首が発見された5月27日を暗示させる5章と27章に注目して頂きたい。驚くべき発見があるはずだ。これこそが悪鬼、真「酒鬼薔薇聖斗」が真に意図するところのメッセージなのである。

 イザヤ書27章1節

 その日、主は、鋭い大きな強い剣で、逃げ惑う蛇レビアタン、曲がりくねる蛇レビアタンを罰し、海にいる『竜』を殺される。(日本聖書刊行会訳、『』は我々が付与、以下同)

 これを素直に読むと、「主」である「酒鬼薔薇」は、海にいる『竜』、すなわち、日本の竜の山で日本人土師淳を「逃げ惑う蛇レビアタン」に見立てて屠殺した、ということになる。これは何と形容したらよいだろうか。これはどうみても日本の一中学生の発想ではない。ただしこれだけではまだ偶然という可能性も残る。では続いて2節以下を御覧頂きたい。そこにはその可能性を完全に打ち砕く、真の「酒鬼薔薇聖斗」の正体を明示する実に驚くべきキーワードが3つ隠されている。悪鬼、真「酒鬼薔薇」の底なしに悪魔的な計画が如実に示されているのだ。

 同書27章2節〜4節

 その日、『麗しいぶどう畑』、これについて歌え。わたし、主は、それを見守る者。絶えずこれに水を注ぎ、だれも、それをそこなわないように、夜も昼もそれを見守っている。わたしはもう怒らない。もしも、『いばら』とおどろが、わたしと『戦えば』、わたしはそれを踏みつぶし、それをみな焼き払う。

 この節を読まれて驚嘆されない方は一人もおられないであろう。この一連の節はまさしく「酒鬼薔薇」の怨念の呪文(歌)と言ってよい。『麗しいぶどう畑』のオリジナル読みは「泡立つぶどう酒」であり、神学的な解釈では神に祝福されしイスラエルの十二部族である。これを「酒」に見立てることに何人も異論はないだろう。「いばらとおどろ(いばらの一種)」とは同じ解釈でぶどう(イスラエル十二部族)の成長(支配)を妨害するもので、正に「鬼薔薇」(いばら)と読み替えることが出来る。第二の挑戦状で「鬼薔薇」と呼ばれた「酒鬼薔薇」が激怒したのもうなずけるであろう。「麗しいぶどう畑」を「そこなわれないように」とあるように己の「本名」は「酒」であると主張したかったのだ。第二の挑戦状の文言「今後一度でもぼくの名を読み違え…」れば「…一週間に三つの野菜を壊します」と第一の文言の「汚い野菜どもに死の制裁を」は、そのまま「もしもいばらとおどろがわたしと戦えば、わたしはそれを踏みつぶし、それをみな焼き払う」にかかってくる。これは凄まじいまでの怨念である。さらに第二の文言「透明な存在」とは、「わたし」(=「主」)であり、それは同時に「酒」でもある「酒鬼薔薇」自身の暗示に他ならない。つまり『酒鬼薔薇聖斗』とは、「わたし」=「主」であり『酒』でもある三位一体の「酒鬼薔薇」の野菜潰し、すなわちレビヤタン狩り(日本人殺し)を妨害(「いばら」=『鬼薔薇』)するものはすべて「踏みつぶし、それをみな焼き払う」(=『聖斗』)という恐るべき怨念の呪文であったと言える。つまり我々を含む一億二千万日本人根絶(宗教用語では聖絶)の呪いを秘めた宣戦布告状と言えるものだったのだ。日本の一中学生が全日本人に宣戦布告?矛盾は明々白々であろう。この「悪鬼」の悪魔的な呪いをさらに増幅させるのがイザヤ書5章である。

 イザヤ書5章1節〜7節( )内は我々の註

 「さあ、我が愛するもの(「酒鬼薔薇」)のためにわたし(主)は歌おう。そのぶどう畑についてのわが愛の歌(死の呪文)を。わが愛する者(「酒鬼薔薇」)は、よく肥えた山腹(造成前の神戸竜の山)に、ぶどう畑(「酒」)を持っていた。彼はそこを掘り起こし石を取り除きそこに良いぶどうを植え其の中にやぐらを立て酒ぶねまでも掘って『甘いぶどう』(「酒」)のなるのを待ち望んでいた。ところが、酸いぶどうができてしまった(「鬼薔薇」によって)。そこで今、エルサレムの住人とユダの人(神の選民、つまり「酒」)よ、さあ、わたし(主)とわがぶどう畑(「酒」と「鬼薔薇」と)の間を『さばけ』(「聖斗」)。わがぶどう畑になすべきことで、なお、なにかわたし(主)がしなかったことがあるのか。なぜ、甘いぶどう(「酒」)のなるのを待ち望んだのに、酸いぶどう(「汚い野菜」=レビヤタン)ができたのか。さあ、今度はわたし(主)が、あなたがた(「酒」)に知らせよう。わたし(主)がわがぶどう畑(「汚い野菜」と化した)に対してすることを。その垣を除いて、踏みつけるままにする(「聖斗」)。わたしは、これを滅びるままにしておく(「聖斗」)。枝はおろされず、『いばら』とおどろ(「鬼薔薇」)が生い茂る。わたしは雲に命じて、この上に雨を降らせない(「聖斗」)。まことに万軍の主のぶどう畑(「酒」)はイスラエルの家。ユダの人は(「酒」)、主が喜んで植えつけたもの。主は公正を待ち望まれたのに、見よ、流血(「汚い野菜に」)。

 この一連の死の呪文はそっくりそのまま27章2〜4節の呪文に対応しているのでそれに関する我々の解説を再読願うとして(ちなみに『竜』、『酒』、『鬼薔薇』、『聖斗』の4つのキーワードが同時に揃うのは新、旧約全66書中『イザヤ書27章』のみであり、『竜』以外の3つのキーワードが揃うのは同書5章のみである、これらの記述を寸分違わず擬えた事件が、しかもそれらを記している章のナンバーの日付どうりに意図せずキッカリ起こるなどということが果たして有り得るだろうか?真「酒鬼薔薇」がこのイザヤ書5、27章を間違いなく意識して事件を起こしたことはもはや疑い得ないであろう)、このような悪魔的なメッセージを解き放つことの出来る真の「酒鬼薔薇」なる悪鬼の背景に関して少々指摘しておきたい。逮捕された中学生を筆頭に、シンナー少年、ロックバンドの兄ちゃん、殺人ビデオマニア、そこら辺をうろついている変質者、精神不具者等も疑われていたようだがこれは的を得ていたとは極めて言い難い。単なる追う警察と逃げる犯人とい図式ではないし、またそのような次元の問題でもない。まして一介の少年を逮捕して全て終りという類いの話でも勿論ない。背景には日本人的発想(精神的にかなり退廃していたとしても)では決して産み出し得ないものがある。そこには、善悪二元論に裏打ちされた選民的色彩の極めて濃い信仰、ないし思想があると言ってよいだろう。これは万物に神霊が宿る産土に守られてきた伝統的日本人の思考とは決して相容れないものだ。情欲ないし利害に絡む堕落的なものは別としても、曲がりなりにも日本人であるなら、おのれの自己主張を正当化するために(他から見れば甚だ迷惑なものであるにせよ)罪なき同じ日本人、しかも無抵抗の子供を家畜を屠殺するがごとく惨殺し、その首を大衆の前に曝し、さあ、ゲームの始まりだ、などとほざいて平然としていられるものなどただの一人も存在しない。このような悪魔的な所業は万世一系を自認してきた神国日本の歴史上この「酒鬼薔薇」の一件を除いてただの一例もない。確かに過去将門、信長等、多くの人民を虐殺し、魔王に例えられる人物はいたが、己を異教の神と宣言し天皇陛下を含む全日本人根絶宣言をしたのは「酒鬼薔薇」なる死の呪文を吐きかけた霊統を除いては他に一例もない。

 この霊統とは一体何なのか。我々は92年以前にある暗号書の解読に成功し、それ以降に起こるであろう『災い』について一部マスメディアに試金石としてかなり長文のパンフレット状の警告文を配布した(92年7月初頭頃、謀略による日本(官僚)解体、「酒鬼薔薇」の出現、O−157、プリオン渦、阪神大震災等を比喩的に警告したもの)。その真の意味を理解された真の日本人と呼べるごく一部の方々は我々の理論を凌ぐ彼らなりの独自の対策と対抗理論を構築されたようだ。この『災い』に関しては宮沢以降の歴代首相周辺始め、単発的メッセージで暫時警告してきたが、95年3月以降に突如勃発した一億二千万人のオカルト洗脳儀式、すなわちローカルな一ヨガ道場主から一本釣りした「麻原」なる一介の肉体的精神的不具者(少なくとも日本人であった彼にこう言っては失礼か)を全国に直轄地を持つ「上九一色仏教大学首長」の地位と上九一色中学『3年Ω組麻原尊師』なる肩書きを兼任させ後にユダヤ、ゾロアスター教色の極めて濃い「救世主」もどきに祭り上げた挙げ句、中学レベルの稚拙なハルマゲドンを自作自演させ(これは『麻原尊師』の本意ではなかったろう)、生贄の子羊としてその自滅の過程を楽しむという一見オカルト(オウム)糾弾風を装ったノンフィクションの親オカルト洗脳TV講座が某種族体系主導の民放各局を筆頭に大々的に(これ以前に民放各局が足を揃えて午後のワイドショーを二時間枠に引き延ばしたのは偶然ではあるまい。特に日テレ系の人気アニメに麻原のサブリミナルメッセージを仕込ませるなどはその布石の存在証明である)上演されている時(その極め付けは、『村井刺殺不審男の全行動』なるノンフィクションの殺害実演生撮ビデオがほとんど確信犯的に撮影され放映されたことであろう。これを撮影した報道カメラマンの方は良心というものがもし一片でもあるのなら、『誰に教えてもらったのか』、事のいきさつをぜひ語っていただきたいものである、この殺害生放映によって日本の純真な子供たちの深層意識に計り知れない恐怖を植えつけた、またこの一連の過程で非検閲型の古き良き日本的民放組織体系が謀略的にあぶり出され断罪された)、我々はそのアンチテーゼとしてささやかな抵抗の意味も込めて「日ユ同祖」を下地に、「千年王国」肯定、「えせカルト古神道」礼賛の一見親オカルト(オウム)風に偽装した反オカルトの17枚の告発書をこれも日本の良心と言えるごくごく一部の人達(コピー版でわずか八部)に覚醒の意味を込めて配付しておいた(奇縁にもそれを読まれた方はその中の『退廃の山報告書』を今一度参照されたい。これこそ「酒鬼薔薇」系の霊統が繰る悪鬼の日本人殲滅の痕跡の一端なのである)。いまここでこの『報告書』こそ霊的次元における我々の真の告発書であっ たことを明言して、再び本題に戻りたい。

 マスコミが大騒ぎしていた「ゾディアック」、意味は黄道十二宮である。この名称だけで我々は海外における初期の試験的作品であったと理解できるのだ。我々の主張する真意が掴めない方、今度は旧約『土師記』を参照されたい。これは悪いジョークではない。土師淳が行方不明になった日付けの章、すなわち『土師記』5章24節から首が校門前で発見された27節までを開いてみていただきたい。

 土師記5章24節〜27節

 女の中で最も祝福されたのはヤエル(酒)、ケニ人ヘベルの妻、天幕に住む女の中で最も祝福されている(24節)。シセラが水を求めると、ヤエル(酒)は乳を与え、高価な鉢で擬乳を勧めた(25節)。ヤエル(酒)は鉄のくいを手にし、右手に職人の槌をかざし、シセラを打って、その『頭に打ち込み』、こめかみを砕いて刺し通した(26節)。ヤエル(酒)の足下に彼はひざをつき、倒れて、横たわった。その足もとにひざをつき、倒れた。ひざを突いた所で、打ち殺された(27節)。

 これは解説を加えるのにはあまりに残虐すぎる描写である。ここに登場する「シセラ」とは旧約『土師記』の説明によると、紀元以前の土師時代に神の選民イスラエル人を迫害したカナン王ヤピン配下の将軍のことで、「ヤエル」とは「女の中で最も祝福され」(酒)とあるようにイスラエルと内通していた非イスラエル人の女スパイ(刺客)的存在である。「酒」にとって「悪魔的」存在であった「シセラ」に暗示されるのが、『イザヤ書』の屠殺された「レビヤタン」に見立てられた日本人土師淳であることは疑い得ない。さらにこの一通の節には「ヤエル」的役割を演じた「酒鬼薔薇」の土師淳殺害と遺体損壊の日時、頚を切り、またそれが2回(三角状に)移動した理由等を説明する描写が犯行計画書の時間表のように寸分違わず明示されている。この時間表によれば、犯人が土師淳の遺体に頚切断を含む損壊を加えたのは5月26日中のある時刻ということになる。これは我々の推測だが(例の中学生の供述は全く考慮しない)、殺害後の土師淳の完全な遺体は、24日の内に竜の山ケーブルテレビアンテナ施設下ないしその周辺の秘密の場所に完全に埋められて(土が付着しないよう遺体を何かで覆って)いたのではないか(25日に捜索しても発見できないわけである)。そして犯人は時間表に従って26日午前(この可能性は低い)、あるいは26日深夜から翌早朝までの間(首が発見された27日午前5時以前)に竜の山に再び登って土師淳の遺体を掘り起こし、その場で頚切断を含む何らかの儀式的損壊を加え、再び元の場所に胴体のみを発見されやすいように移動させておいて、切り取った首には前日までに用意しておいたメッセージを挟み込んでそのまま友が丘中学校門前に直行し、計画表の27節を成就すべく首を三角移動させたうえでその場を立ち去ったものと思われるのだ。(報じられているように、犯人は首発見までの過程をうかがっていたわけではないだろう)。ではなぜ校門の前なのかという理由は次の計画表に明示されている。

 同書5章28節

 シセラの母は窓越しに、『格子』窓越しに外を見おろして嘆いた。なぜ、あれの『車』の来るのが遅いのか。なぜ、あれの車の歩みが遅れているのか。

 これをさらに補足するのが5章24〜27節の具体的描写がある

 同書4章21節

だが、ヘベルの妻ヤエルは天幕の鉄のくいを取ると、手に槌を持ってそっと彼のところへ近づき、彼の『こめかみに鉄のくいを打ち込んで地に刺し』通した。

 同書4章22節

〜中略 彼がヤエルのところに来ると、そこに、シセラ(土師 淳)は倒れて死んでおり、その『こめかみには鉄のくいが刺さって』いた。

 「地に刺し通された鉄のくい」、「車」、「格子」とくれば門、それもかなり広めの門(校門等の)が連想される。その門の前に異様な損壊を加えた首を置くと一体どうなるか。5章26節、4章21節、同22節、「こめかみを貫通して地に刺さる鉄のくい」という陰惨な描写が成就されることになる。さらに首に挟み込まれていた2枚のメッセージに関しては

 同書5章30節

 彼らは分捕り物を見つけだし、それを分けているのではありませんか。めいめいひとりの勇士にひとりかふたりの娘を、シセラ(土師 淳)には『染めた織物』の分捕り物を。染めた織物の分捕り物、『色とりどり』に刺繍した織物。分捕り物として、『首には二枚の刺繍した織物』を。

 この節は28節と同様、シセラ(土師 淳)の凱旋を待ちわびる母の想い(すでに殺されているとは知らない)に対する「酒」の痛烈な皮肉が詩的に描写されたものである。ヤエルこと悪鬼「酒鬼薔薇」がなぜ短冊のような厚紙を用いたのか、また第一の文言を赤と黒で書き分けたこと、また2種類の用紙に書き分けていた謎等はこの詩的計画表を見れば全て氷解する。確かに幅広の短冊状の厚紙は織物のように見えるし、第2の布告状のように短冊で覆って赤文字で「酒鬼薔薇」と大書きすれば「染めた織物」にもなる。何より日本人にとって本来和歌、俳句のために使われる短冊しかも血染め短冊を、切り取った子供の首の口の中にねじり込むというおぞましい行為に込められた真の意味とは何だったか。「シセラ」こと日本人土師淳の戦利品は「酒鬼薔薇」の血塗られた2枚のメッセージだけであった。これは何も土師淳の母に向けられたものではない。裏返してみれば、それはすなわち「酒鬼薔薇」のいずれ滅亡することになるすべての日本人への究極の、と言っていい嘲笑、とあざけりであり、これはそのまま「愚鈍な警察諸君」という文言にすべて言い表されていると言えるだろう。ここで余談になるが「めいめいひとりの勇士にひとりか『ふたり』の娘をという記述に関しては、ある行方不明事件を連想された方もおられると思う。この件に関しては我々も調査中だが(いかんせん情報が少なすぎる)もしそうであるのなら(断定はしないが)彼女達はもはやこの世にはいないということを申し添えておかなければならない(過去の例から判断して、土師淳への供えものとして、前後して屠殺された可能性は非常に高い)。

 以上、土師淳という少年が狙われた理由についての大要だが(まだまだ述べたい事実は山ほどある)、ここで一言付しておくと『イザヤ書』5章、27章と『土師記』5章24〜27節はかなり難解なカバラ的(ユダヤ密教)な読みで精妙に対応しており、この両書の対応を間違いなく意識していた真の「酒鬼薔薇」にはかなり高度な、しかも本家本元のオカルト知識があったことをうかがい知ることが出来るのである。もし仮に猫殺しの14才の日本の少年Aが、ぼくはそれを独自に理解したうえで計画を立案しそれを寸分違わず実行し全日本人殲滅の布告をしたのです、と万人の前で自供するならば我々も少年Aこそ「酒鬼薔薇」であったことをもはや疑わない。ただしその場合、小田晋教授が主張しておられたように「カルト的な黒魔術を行った」などという生易しいものではなく、オカルト風にいうところの「サタン」が日本国籍を持った生身の体に受肉したことになる。世界史上初めて生身の本物の「悪魔」が日本という島国において捕獲されたことになる訳だ。警察に任意同行を求められた上でハイハイと自首するというこんな間抜けな「悪魔」が果たして存在し得るだろうか。それからもう一言、土師という姓は『土師記』のメインテーマである「十二人のさばきつかさ」(かなり初期の試験作品であった「黄道十二宮」のリメイク)の最後の一人「サムソン」(「サムの息子」にも対応している。このサムソンなる人物は、目玉をくりぬかれて尚目的を完遂するというすさまじく犠牲的なユダヤの英雄だが、神話、伝説に詳しい方ならこのサムソン伝説がギリシャ神話に登場する「メデューサの首」説話をモチーフにしていることは御存じであろう。詳しくは述べないが「酒鬼薔薇」が土師淳の首をメデューサの首に見立てて『死と復活のキリスト的(勿論ユダヤの)密儀』も併せて行なっていた痕跡が間違いなくあるということをここでは指摘しておきたい。

 それから「十二人のさばきつかさ」というノンフィクションの作品は今現在、五人目のさばきつかさである「ギデオン」まで進行中である(「ヤエル」を使い土師淳を呪殺した「デボラ」は四番目)。そして大変恐ろしいことだが『このままでは』1997年7月25日前後に「酒鬼薔薇」系の悪鬼「ギデオン」の手により確実に二人の日本人が死ぬことになると言わねばならない。何故そう言えるのか今度は通り魔的な二少女殺傷の起きた日

付、すなわち土師記3章6節を御覧頂きたい。

 エフデは長さ一キュビトの、一振りの『もろ刃の剣』を作り、それを着物の下の右ももの上の帯にはさんだ。

 この「エフデ」とは「十二人のさばきつかさ」の第二番目。すなわち同章の15節において「イスラエル人」の要請を受け「王」が召還したもので、同章21節に

 このとき、エフデは左手を伸ばして、右ももから『剣』を取り出し、王(イスラエルと交戦状態にあったモアブの王様)の腹を刺した。

 とあるように、竜が台(レビヤタン)の路上で刃物で襲撃された少女の一人、竜が台小(レビアタン)の堀川ひとみに対応している。ここで「エフデ」は一応役を終え、その後継者が登場(第三のさばきつかさ)する同章31節には、

 エフデの後にアテネの子シャムガル(第三番目)が起こり、牛の『突き棒』でベリシテ人(イスラエルに反逆していた)六百人を打った。彼もまたイスラエルを救った。

 とあり、竜が台団地内(レビヤタン)での山下彩花(同)の撲殺理由が明示されている。いずれも竜が台小、つまりレビヤタン出身という理由だけでターゲットにされた訳である。両事件とも襲撃日時、順序等がややずれるがいずれも3章、つまり3月中(ちなみに3章に登場するさばきつかさ達の関与する殺戮はこの二件のみである)であり、15節の悪鬼「エフデ」召喚から16節(16日)の殺害決意、「剣」と「突き棒」という具合に凶器を使い分けた理由等に加えて、31節のペリシテ人600人殺害を意識した通り魔的な日本人無差別殺戮(つまり二少女以外にも人知れず{あるいはすでに報じられて}殺られた日本人は確実にいるということである、我々は現在その特定を急いでいる)という悪魔的な課題すらほぼ成就していると言えるのである。この一連の殺戮事件と土師淳殺害との同一的連続性を証明するのが同章23節の

 廊下へ出て行き、王(刺殺された)のいる屋上の部屋の戸を閉じ、『かんぬき』で締めた。

 という一節であり、同じく同章25節に

 それで、しもべたちはいつまでも待っていたが、王が屋上の部屋の戸をいっこうにあけないので、『かぎ』を取ってあけると、なんと彼らの主人は床の上に倒れて死んでいた。

 とあるように、刃物で襲撃した堀川ひとみ=「王」を竜の山で首を締めて止めを刺した土師淳にも見立てており(これはシセラの死を暗示させる記述がある土師記4章9節、すなわち4月9日に惨殺された大阪浪速の小学生、下野新世にも対応している、包丁を首に貫通させるというその殺害方法から、土師淳屠殺に絡む儀式の一環であったことは疑い得ない、またこの三人の殺傷のされかたは、土師淳の首の三角移動同様、一つの儀式に絡む生贄を三回でほふるユダヤの儀式に極めて酷似している)、「屋上の部屋」、「かんぬき」、「かぎ」等のキーワードを「竜の山頂上」のケーブルテレビ施設内の『南京錠』に象徴させて、一連の事件が実は「酒鬼薔薇」主演の連作の一こまであったという事実を誇示したい影の殺戮「プロデューサー」の底なしに邪悪な自己顕示欲(まさに悪魔の)を垣間見ることが出来るのだ。この究極の殺戮偏執狂ともいえる影の「プロデューサー」が想定している次回の虐殺プログラムが

 同書7章25節

 また彼ら(第五の悪鬼「ギデオン」とイスラエル十二部族の一支族エフライム等)はミデアン人(当時イスラエルと戦争状態にあった部族)のふたりの首長オレブとゼエブを捕らえ、オレブをオレブの岩でゼエブをゼエブの酒ぶねで殺し、こうしてミデヤン人を追撃した。彼らはヨルダン川の向こう側にいたギデオンのところに、『オレブとゼエブの首』を持っていった。

 これは「愚鈍な警察諸君、ぼくを止めてみたまえ」という悪鬼、真「酒鬼薔薇」の悪魔的な高笑いが聞こえてきそうな戦慄の殺戮予告状である。これは警察が阻止云々という次元の問題を超越している。既に日本はオウムどころではない極悪の権化といえる超巨大オカルト集団との交戦状態にある(一方的な殺戮に対して混乱のみだが)事に気付くべきである。一億二千万日本人はこの殺戮偏執狂の解き放つ虐殺マシンの悪魔的所業を阻止できるであろうか。手掛かりは「オレブの岩」と「ゼエブの酒ぶね」である。手元に兵庫県地図があれば広げてみて頂きたい。我々は、兵庫に限ってだが、最も危ないのが『高砂市中心部、双子の竜山近辺』と見ている。『このままでは』竜山の住民は無論、竜山中生徒を筆頭に、高砂児童、あすなろ学園、阿弥陀、中筋、米田、米田西、伊保、伊保南、曽根各小学校、近辺のすべての学校、保育園、幼稚園の中から二人の犠牲者が出る可能性が極めて高いと言わざるを得ない。勿論成人も含めて高砂市の全住民は要注意である。この他神戸では宝塚北部の竜王山、龍野市の土師、龍子近辺、香寺町土師辺りが危ないと言えるが、これはそのまま全国の土師、竜(王)山が危ないということである。今度の「酒鬼薔薇」が、前回の土師淳のようにあからさまな殺害ではなく、自殺、事故死(特に水死)を装う可能性も考慮しておかなければならない。そのためには近辺の沼地、河川を全て封鎖するなどの対策が必要だ。7月中旬以降(特に夏休みに入ってからの)の子供だけでの外出は控えるべきである。悪鬼ギデオンの阻止に成功しても後7人の悪魔の殺戮が控えている。7人目、つまり「十二番目のさばきつかさ」はそのまま土師淳に戻ることになる。つまりは「酒鬼薔薇」による日本人虐殺はエンドレスであるということだ。偽「酒鬼薔薇」も使っていたと言われる風車マーク(ナチス協会風の)、第二の文言の謎の9(榊原)、RE○○○○○○○○S(退廃の丘)の真の意味等謎はまだまだ残るが、虐殺「プロデューサー」の素性と正体と併せて次の機会に必ず解明、暴露することをお約束して、ここでは虐殺マシン「ギデオン」の粉砕を祈願しながらひとまず筆を置くことにしたい。

          現在の日本は屠殺される寸前のレヴァイアサンである。

 このエンドレスの大虐殺は、日本人という個としての生物レベルの枠組みをはるかに越えて遂行される。かつて「酒鬼薔薇」系の霊統の洗礼を受けたホッブズ主張するところの「レヴァイアサン」(「酒」の支配を妨 害する体制)の屠殺、すなわち一億二千万国民の精神的肉体的根絶に加え、日本という国家体制そのものの廃絶及び天皇陛下の7山での逆さ吊り儀式(これがいままで陛下が暗殺されない理由である、『このままでは』陛下の末路は確実に中川藍=『ヨシュア記8章』となるであろうことを明言しておく)を完遂するまでは決して止むことはない。体制周辺に目を向けて頂きたい。JM党の中枢に爆弾を仕掛けて脱党した小沢(F・M所属)を筆頭に「薬害エイズ」なる「鬼薔薇」殺戮(厚生省殲滅)兵器を利用(これこそが薬害エイズ事件の真相である、全血友病患者の方は、あの時期になってどうしていきなり脚光を浴びフランス革命ばりの英雄闘争を展開することができたのか、また薬害エイズの真の黒幕は一体誰であったか、今一度冷静に考えて頂きたい)して結党した「正義」と「友愛」(勿論「鬼薔薇」日本農民にではなく「酒」にとって利用価値のあるムツゴロウという珍種に対して)のH&K(両者共純生のF・M結社員、これはJM党の某達にもそのまま当てはまる)、どうしても郵政事業というレヴァイアサン(国営銀行の肥太ったえ巨額な金)を屠殺(根こそぎ強奪)したい同じくエイズ賛美のJM党の攪乱分子小泉等(勿論F・M)、「酒鬼薔薇」系の霊統の呪縛を受けた魑魅魍魎どもが今こそ悪魔に認められんと跋扈している。この悪魔に魂を売り渡した紳士面の怪物どもは、土師淳等を屠殺した「酒鬼薔薇」の指令どうりに国家を屠殺すべく暗躍しているのである。この英雄気取りの大偽善者どもの最終目標とは、詰まるところ日銀を含む全政府系機関(レヴァイアサン)の解体(屠殺)、民営化(家畜化)である(日銀法改正はその布石)。つまりこの自称「正義」と「友愛」の屠殺人どもは、戦後五十二年間、一億二千万国民の血と汗と涙の税金で築いてきた全財産を根こそぎ強奪し日本国政府ではなく「主」である「酒鬼薔薇」にすべて献上したいということなのだ(「主」である「酒鬼薔薇完全独裁世界政府」に)。全ての日本国民はこの偽りの「正義」と「友愛」で覆われた底なしに邪悪かつ恐るべき沈黙のクーデターが進行しつつあることを一刻も早く認識すべきであろう。かつて国有鉄道であったJRの退廃ぶりに目を向けて頂きたい。もはや駅構内にプライバシーはない。日本人としての尊厳を片鱗でも残している方ならば構内のいかなる場所にいても逃れることの出来ない 視線(監視カメラ、「酒鬼薔薇」のシンボル)に強い憤りを感じるに違いない。もはや公共の福祉機関ではなく、国民(利用者)管理機関(つまり広義的に全日本人利用者を盗賊と見なす「酒鬼薔薇」系の一営利団体の所有物)に成り下がってしまったことに気付くからである(特に定期券利用者の全行動は、既に全て把握されディスク化されていると見るべき)。郵便民営化の暁には地方の赤字局は全て廃止され、とりあえずは民間の、恐らく「酒鬼薔薇」資本のコンビニあたりにすべて統合されることになる。主要な局のポストにはすべて監視カメラ(つまり「酒鬼薔薇」のエージェントにポストを強奪させまくるのである、すると防犯という名目を簡単にもらえる)が設置されいつどこで誰が何を投函したかがすべて把握され広い意味での通信の秘密はもはやなくなる。しかも何人もこれに対しては抗議できない。民営化とは個人所有(「酒鬼薔薇」の強奪)を認めることであり、その個人の財産保全の権利(例え悪魔のものであっても)は何人も奪えなくなる(逆に今度は「酒鬼薔薇」の完全な監視によって)からである。この流れは郵便のみならず、いずれ解体、民営化されるすべての政府系機関を覆い尽くすことになる。沈黙のクーデターは静かにしかも確実に公共の財産を強奪し国民の尊厳を蹂躙する。そしてこれら「酒鬼薔薇」の私物と化したかつての政府系機関は究極的には根こそぎ絡み取られ、「酒鬼薔薇」牛耳るところのインターネットなる超国家政府組織体系の一ホームページにパック詰めされよう。この一連の工程は、政府系のみならずいずれ全ての民間に浸透することになる。90年代初頭に日本官僚株式会社はその頭上で核以上の威力のある「酒鬼薔薇弾」なる経済爆弾を破裂させられ瀕死の重傷を負わされたが、破裂させたのは鬼薔薇=官僚であるという悪魔的レトリックにより、『行革』、『規制緩和』なる鬼子(「酒鬼薔薇」の「精子」)を産み出し(を植えつけられ)た。この鬼子は自家受精、自己脱皮を繰り返した挙げ句、今や最終目標である日本の金融機構の中枢で暴発しさらなる脱皮を遂げんとしている。この進化増殖する鬼子は、いずれ日本の株式市場を完全に乗っ取ることになる。それは同時に日本官僚株式会社の滅亡の時でもある。この時になって初めて日本国民は「電子マネー」なるものの真の意味を知ることになるであろう。現在までに「酒鬼薔薇」の「精子」が仕掛けた商法、証取法、暴対 法改正等で(これらの法改正は「鬼薔薇」ではなく全て「酒」のためのもの)、官財と共生関係にあったかつての良質な土壌とそこに住まう古き良き日本的寄生生物体型は、炙られ掘り返されほぼ殲滅した。銀行、証券、ゼネコン等かつての日本官僚株式会社の象徴は、「酒鬼薔薇爆弾」と散布されたそのどろどろの「精液」の直撃によってほぼ死に体に等しい。しかし「酒鬼薔薇」に言わせるなら、「善」である「主」自身の分身の増殖と肥大化のための新たな「精液」散布とその拡散は、「鬼薔薇」と「レヴァイアサン」という「主」の増殖を妨害しようとする「悪」を淘汰するための自然な進化の流れの一つに過ぎないのだ。「酒鬼薔薇」こそ宇宙で唯一の「神」であり絶対的な「善」であるのだから。日本人であるなら今一度熟慮しなければならない。岡光、小池、酒巻、藤田等を害虫指定し駆除した後に一体何がくるのかを・・・。

           祝 西岡医師『アウシュウィッツの真実』出版(日新報道)

 

この文書は、「ポエド委員会」と名乗る方が、ある著名人に郵送した文書です。その文書は、著名人が発行するものに掲載されました。その画像をお送りいただき、掲示板にてテキスト化を公募し、有志によるテキスト化を経て、ここに公開しております。

ポエド委員会は以前も、 ポエド委員会「岩永天佑」告発の書 をマスコミに対して送ったことがあるようです。

資料34:まるうつし「『神戸小学生殺害事件』の真相(「酒鬼薔薇聖斗」完全暴露)」 ポエド委員会作

「神戸事件」警察官・検察官による違法な取調べを告発する

→神戸事件(1)(2)

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