トランプとプーチンが実は握っている可能性
インタビュー
トランプ大統領は貿易赤字と南シナ海を取引しかねない
2017年4月10日(月)
森 永輔
クルーズミサイルを発射する米駆逐艦ポーター(提供:Mass Communication Specialist 3rd Class Ford Williams/U.S. Navy/AP/アフロ)
トランプ政権が4月6日、シリア政府軍の空軍基地をミサイル攻撃した。米国はシリア政府軍が同4日に化学兵器を使用したと非難。「アサド政権が再び化学兵器を使用するのを防ぐため」攻撃に踏み切ったとする。同基地は化学兵器攻撃の拠点とされる。
アサド政権を支援するロシアとの関係悪化を懸念する声が高まっている。しかし、米国の安全保障政策に詳しい拓殖大学の川上高司教授は、ロシアとの関係改善を進める交渉を促すため今回のミサイル攻撃に踏みきった可能性があると指摘する。
(聞き手 森 永輔)
今回のミサイル攻撃の知らせを聞いて、最初に何を考えましたか。
川上 高司(かわかみ・たかし)氏
拓殖大学教授
1955年熊本県生まれ。大阪大学博士(国際公共政策)。フレッチャースクール外交政策研究所研究員、世界平和研究所研究員、防衛庁防衛研究所主任研究官、北陸大学法学部教授などを経て現職。この間、ジョージタウン大学大学院留学。(写真:大槻純一)
川上高司(以下、川上):何と言っても驚きました。
化学兵器を使用したのがシリア政府軍かどうかはまだ明らかになっていません。アサド政権は否定しています。そうであるにもかかわらず、トランプ大統領はすぐにシリア政府の仕業と決めつけました。急ぎすぎの感があるのは否めません。
仮に本当にアサド政権が行なったものだったとして、トランプ大統領はオバマ前大統領との違いを米国民に印象づけたかったのでしょうか。オバマ氏は2013年、シリア政府軍が化学兵器を使用したことが明らかになっても、公言していた空爆を実行しませんでした。
今回のミサイル攻撃によって、アサド政権を支援しているロシアとの関係が悪化することは避けられません。オバマ氏との違いを印象づけられたとしても、とてもペイするとは思えません。
まずはガツンと一発かます
川上:では、なぜトランプ大統領はミサイル攻撃に踏み切ったのか。
私は二つの可能性があると考えています。一つは、今後のロシアとの交渉と取引(ディール)を有利にまとめるために、ロシアが最も嫌がることをやったという可能性です。
中国とのやりとりを思い出してください。トランプ大統領は就任前の16年12月、台湾の蔡英文総統と電話協議。続いて17年1月、「一つの中国の原則(中国と台湾は不可分)にこだわらない」と発言しました。これらは、これまでの米中関係の根幹を崩すもので、習近平国家主席に最も妥協できない事柄です。
相手の頭が一瞬真っ白になるような“球”を投げつけて、ひるませておいて交渉を有利に運ぶ。
川上:その通りです。同様に、今後開催されるであろう米ロ首脳会談を念頭において、プーチン大統領が最も嫌がることを実行した可能性があると考えられます。
トランプ大統領は、プーチン大統領との間でどのようなディールをまとめたいのでしょう。
川上:中東と欧州におけるパワーバランスを米ロが拮抗する状態に戻すことです。
オバマ政権の8年間で、米国は中東におけるプレゼンスを大きく落としました。いまこの地域を力を振るっているのはロシアとイランです。この傾いたバランスを元に戻したい。
加えて、過激組織「イスラム国(IS)」との戦いにおけるプレゼンスを高めることと、ロシアと情報共有などの面で共闘することをロシアに認めさせたいところでしょう。こうすることで、ロシアとのバランスを元に戻すと共に、イランの影響力を抑えることができます。
対IS戦において、米国には三つの選択肢があると思います。一つは現状維持、すなわち何もしないことです。ドローン(無人機)を使った空爆を繰り返していますが、これは何もしていないのと同じです。
シリアのアサド大統領(写真:SANA/ロイター/アフロ)
2つ目のオプションは陸上部隊を投入し、戦闘に全面的に参加すること。これは米国の国内世論が許さないでしょう。すでに厭戦気分が蔓延していますから。
最も可能性が高いのは3つ目。地上戦を戦う特殊部隊を投入し、全面参加することなく米軍のプレゼンスを高めることです。このオプションはイスラエルも強く推すでしょう。トランプ大統領の娘婿でユダヤ教徒のジャレッド・クシュナー氏がこの案をプッシュしているとみられます。
欧州でのパワーバランスはどうなりますか。
川上:欧州では、フランス大統領選でポピュリストのマリーン・ルペン氏(極右政党「国民戦線」の党首)が世論調査で高い支持率を維持しています。ほか国でもポピュリスト政党が勢いを増しており、米国にとって面白くない状況にある。このバランスを元に戻したいという意向があると思います。
トランプとプーチンが談合?
川上:第2の可能性は、トランプ政権とプーチン政権が水面下で握っている、つまり話をつけている可能性です。国連の安全保障理事会で米ロが激しくやり合っています。ロシアがミサイル攻撃を「国際法違反」と責めれば、米国は「ロシアが見方となっているから、アサドは悪事をしても罪に問われないと考えてきた」と逆襲する。しかし、両者が“歌舞伎”を演じているかもしれない。
言葉や文字にしなくても、お互いにシグナルを送り合い、理解し合うことはできます。
トランプ政権は、トマホーク巡航ミサイルを59発も発射したにもかかわらず、23発しか命中していません。空軍基地の滑走路はまだ使える状態といいます。わざとはずしたとしか思えないような精度の低さです。さらに、ミサイル攻撃を1回にとどめるとの意向も明らかにしています。
安全保障担当の大統領補佐官を解任されたマイケル・フリン氏が依然として、トランプ政権とプーチン政権をバックチャネルでつないでいるという話が耳に入ってきます。
ロシア側も同様に「国際法違反」「侵略行為」と批判してはいますが、本気度が高いようには見えません。
トランプ大統領が就任して以降、政権幹部が選挙期間中からのロシアと接触していたことが次々に明らかになりました。フリン氏はその一人。司法のトップであるジェフ・セッションズ長官も選挙期間中に駐米ロシア大使と面会していたことも問題視されています。これらの点を議会で民主党から追及されて辛い状況にある。国民もトランプ政権に対する懸念を高めている。トランプ大統領としては、かねて主張してきたロシアとの関係強化がなかなかできない状態が続いています。
国民を納得させロシアへの接近を実現するためには、言葉で何を言っても不十分。そこで、ミサイル攻撃という行動を起こすことで疑念の払拭を図ろうとした。
このシナリオの場合、トランプ政権とロシアとどのようなディールをするのですか。
川上:米国が望むのは先ほどと同様に、パワーバランスの正常化です。一方のロシアは制裁の解除、もしくは、米国がロシア産のガスを買う大型取引などを望むでしょう。
いずれのシナリオだったにせよ、ミサイル攻撃されたシリアはなんとも哀れですね。
川上:そうですね。国際政治は残酷なものです。
北朝鮮の核開発をやめさせなければ先制攻撃も…
(写真:大槻純一)
今回のミサイル攻撃は米中首脳会談のさなかに実行されました。これはどんな意味を持つのでしょう。
川上:とても偶然とは思えません。北朝鮮を巡って、米国が中国にメッセージを送ったのでしょう。「北朝鮮が進める核開発を抑えるよう真剣に取り組め。そうでないと北朝鮮の核施設を先制攻撃することも辞さない」。米中会談は表面的には良好な関係を強調しましたが、カモフラージュである可能性が高いと思います。
先制攻撃では、約700あるとされる米国の攻撃ターゲット――北朝鮮の核施設を含むWMD(大量破壊兵器)――のすべてを破壊する必要はありません。国防長官(当時)だったロバート・マクナマラが米ソ冷戦時代に行なった試算によると、全体の7割を破壊すれば実質的に機能停止に追い込むことができるそうです。金正恩委員長を探し出して殺害しなくても、政権はがたがたになるでしょう。
そして、攻撃した後、米国はすぐに撤退して後を中国に託す。
え、北朝鮮に新たな親中政権が出来上がるのを容認するということですか。つまり、金王朝ではなく、核兵器を保有しないのであれば、親中政権でもかまわない、と。
川上:そういうことです。
ただし、このようなディールは今の習近平政権にとって好ましいことではありません。彼らが望むのは現状維持です。少なくとも、今秋に控える共産党大会が終わるまでは、余計なディールはしたくない。
仮に米国が北朝鮮の核施設を先制攻撃して、金正恩政権を倒した場合、最も大変になるのは日本です。米国が、北朝鮮が保有する核兵器の7割を破壊したとしても3割は残ります。それが日本にある米軍基地に向かって発射されることを覚悟しておく必要がある。
トランプ政権は軍人主導になった
さらに朝鮮半島の北半分に核を持たない親中政権ができるとは限りません。核を保有する親中政権が成立する可能性だって皆無ではないのです。親中か親米か、核保有か核なしか、選択肢は4通りあるわけですから。
それにしても不思議なのは、北朝鮮の核問題が突然、脚光を浴び始めたことです。オバマ政権の時代には、戦略的忍耐という政策の下で、北朝鮮を無視してきました。
川上:それはトランプ政権が軍人が主導する政権になったからです。オバマ政権が北朝鮮に対して何もしないことに軍は非常に怒っていました。
4月5日に、トランプ大統領はスティーブン・バノン首席戦略官・上級顧問を米国家安全保障会議(NSC)のメンバーから外しました。それと関係があるのでしょうか。
川上:まさにそれです。バノン氏が抜け、国家安全保障担当の大統領補佐官であるハーバート・マクマスター氏とジェームズ・マティス国防長官という二人の軍人が仕切る体制に変わりました。
バノン氏が抜けたことで、軍人コンビに加えて、クシュナー氏の力が増しています。クシュナーを軍が取り込んだという情報もあります。先ほど、中東におけるイランの力を排除する可能性を指摘した背景には、同氏の存在があります。
習近平政権は、このクシュナー氏にだいぶ接近しているようですね。同氏をして、北朝鮮に集中しそうな米軍のパワーを中東に振り向けさせることに成功したという見方もあります。
貿易赤字を解消するなら南シナ海から退く…
米国が北朝鮮に先制攻撃を仕掛ける可能性はどれくらいあるでしょう。
川上:私はかなり高いとみています。
このまま放置すれば、米本土を射程に収める大陸間弾道弾(ICBM)を北朝鮮が完成させるのは時間の問題です。そうなってからでは遅い。今なら、その目的を挫くことができると考えているのです。
そうすると、シリアと北朝鮮と同時に対峙することになりますね。
川上:トランプ大統領ならあり得るでしょう。
それどころか、「米軍はこれを機に中国海軍まで叩きたいと考えている」と指摘する米国の専門家もいます。
中国と戦うのですか。
川上:そうです。北朝鮮の核と同様に、中国も航空母艦をはじめとする海軍力をどんどん強めています。こちらも取り返しのつかない規模に成長する前に、今のうちに叩きたいと考えているのです。
私は米中のディールは北朝鮮の核にとどまらないと見ています。トランプ大統領は対中貿易赤字の解消と、南シナ海や東シナ海における安全保障との取引が進行中だと見ています。
安全保障と貿易を取引材料にするのですか?
2月に行なわれた日米首脳会談について、いくつかのメディアは、「安全保障と経済をバーターにしない。つまり、米国が日本を守る代わりに、日本は対米貿易赤字を解消する、といったディールを行なわない」との言質をトランプ大統領から取ったので会談は成功と評価していました。
川上:私は異なる見方をしています。トランプ大統領が重視するのは、一にも二にも貿易赤字の解消です。そのおよそ半分を中国が占める。中国がトランプ政権の要求を受け入れて赤字解消に動くならば、米国が南シナ海への介入をやめることもあり得るでしょう。南シナ海の入り口を扼す台湾への肩入れもやめる。ステルス性能を持つ第5世代戦闘機F-35を台湾に売ることもないでしょう
東シナ海も例外ではありません。米国は、尖閣諸島の防衛に関与しない。中国公船が今以上に多く、高頻度で押しかけるようになりかねません。
貿易赤字の解消と、南シナ海や東シナ海における安全保障の取引は、日本人の目から見ると、天秤が中国有利に大きく傾いているように見えます。
川上:そうかもしれません。しかし、トランプ大統領には釣り合っているように見えると思います。
南シナ海や東シナ海が中国の勢力圏に入れば、米国のシーレーンの安全を脅かすことにもなりませんか。
川上:米軍はそう見ていると思います。なので、トランプ大統領がこのようなディールをまとめる前に、中国海軍と一戦交えようと主張する勢力があります。
え、戦争によって事態の解決を図ろうというのですか。
川上:先ほどお話しした北朝鮮に対する先制攻撃と同じ考え方です。勝利する確率が高い今のうちに中国海軍の力を削いでおく。
どっちに転んでも日本には大きな影響がありそうです。
川上:はい。日本は米国が提供する拡大抑止への依存度を減らす道を考える時期に来ているのかもしれません。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/230078/040700082
トランプ大統領の「大芝居」に習主席は動じず
ニュースを斬る
安全保障の不一致、経済協力で穴埋めどこまで?
2017年4月10日(月)
鈴木 貴元
4月6、7日の米中首脳会談では、開催前からトランプ米大統領は貿易赤字問題や北朝鮮問題などを通じて、習近平主席に対して様々な「大芝居」を打ってきた。だが、習主席は大きな土産を持参することはなかった。その背景を、丸紅中国・経済調査チーム総監の鈴木貴元氏が解説する。
(「トランプウオッチ」でトランプ政権関連の情報を随時更新中)
トランプ政権は、習近平主席に対して様々な「大芝居」を打ってきたが、習主席は動じなかった (写真:AP/アフロ)
米国東部時間4月6日午後8時半頃、フロリダのパーム・スプリングス「マール・ア・ラーゴ」でトランプ大統領主催のディナーが終わったとき、トランプ大統領は中国の習近平主席に、米国のトマホーク第一弾がシリアに着弾したことを告げた。
発射命令がエアフォース・ワンで下されたのは、着弾から遡ること4時間半前の午後4時。機中、記者団には、米中首脳会談では北朝鮮情勢と巨額の対中貿易赤字への対応を迫ると述べていたが、その時、実はトランプ大統領はサプライズを抱えていたのだ。
そして、1時間後の午後5時、トランプ大統領は笑顔と握手で、そして娘イバンカ氏の娘・息子による中国の民謡「茉莉花」の歌唱と「三字经(唐詩)」の朗読で習主席夫妻を迎えた。ディナー中に、「中国から全く何も得ていない」と不満を述べつつも、習主席とは「意気投合し、良好な友好関係を築いた」と語っていた。
習近平主席には「お土産」を持参するメリットなかった
このような経過を経て、シリア攻撃の話を繰り出したわけであるから、トランプ大統領はかなりの芝居を打っていたように思える。4月2日のフィナンシャル・タイムズのインタビューで「中国が解決しなければ、我々がする」と、北朝鮮情勢について中国に圧力をかけていたこともあり、習近平主席としては、米国の武力行使への本気度とともに、ある種の戸惑いや不信感を感じたかもしれない。
一方、トランプ政権は上層部もスタッフもまだ指名が終わっておらず、外交・通商政策の方針が依然として固まっていない、また、関税政策や為替操作国などの対中対抗策をはじめ、トランプ大統領が選挙時に掲げていた保護主義的・孤立主義的な政策は実現する可能性が低下しているため、習近平主席はそもそも大きなお土産を持ってくる必要も、中国の従来のスタンスを変更して米国にすり寄る態度をみせる必要もないと考えられていた。
米中関係に関する中国内の論調は、以下のようなものだった。
(1)米国と中国の経済は補完関係にあり、対立は互い利益がない。米国の輸出において、大豆の56%、ボーイング機の26%、自動車の16%、半導体の15%が中国向けであり、北米自由貿易協定(NAFTA)以外の地域で最も拡大が速い国である。直接投資においても、両国で年間170億ドルもの投資が実施されている。よって、協力こそが米中関係の在り方である
(2)中国は、自由貿易体制を支持しており、米国こそが現在の体制を否定している。中国は改革開放路線を変えていない(米国からはサービス部門の開放と、知的財産侵害・サイバーセキュリティー問題の改善が求められているが)
(3)中国は一帯一路や二国間・多国間の自由貿易協定FTAを進めており、トランプ大統領に対する世界的な懸念に対して、中国は現在の自由貿易体制を支えている(実際、3月には環太平洋経済連携協定(TPP)参加国のオーストラリアやニュージーランドを李克強総理が訪問。ノーベル賞の問題で2014年以来、関係が悪化していたノルウェーとも関係を正常化している)
「米中対立」回避は大きな成果だが…
中国外交部と米国ホワイトハウスによると、今回の会談の成果は目立ったものはない。しかし、(1)米中関係を改善させることや、パートナーとしての協力を進めること、(2)トランプ大統領が年内に中国を訪問することや、密接な関係を保持すること、(3)「外交安全対話、経済対話、法執行とサイバーセキュリティーの対話、社会と人文対話」の4つの対話を新しく設立すること、(4)投資協力協定(BIT)に向けた交渉を進めることや、両国間の貿易・投資を進めること、インフラ建設やエネルギー領域での協力を進めることなどで、方向性の一致を確認している。
具体的な成果と言えないかもしれないが、オバマ政権からトランプ政権に代わるにあたって最も懸念されることであった、両国間の対話の枠組みの維持とその在り方が4つの対話の設立ということで確認された。さらに、その延長線として、トランプ大統領の年内中国訪問が今後の取り組みに上ったことは、北朝鮮の問題でも大きな懸念材料となり得た「米中対立」を避けることができたという意味で大きな成果であった。
一方、現在の重大な国際問題(シリアへの攻撃)や地域の問題(北朝鮮、南シナ海と考えられる)では一致をみることができなかった。習近平主席は「敏感な問題は適切に処理されるべき」と述べている。
米国のシリア攻撃については、中国は化学兵器の使用についてはっきりと反対の立場を表明しているが、ロシアのパートナーとなっていることが影響しているとみられる。また北朝鮮については、中国も石炭輸入停止など厳しい措置をとっているが、中国自身の安全保障に影響を及ぼす軍事行動による解決を受け入れることはないようだ。
安全保障における不一致の大きさが拡大している中、経済協力がその穴をいつまで埋め合わせられるのか。現状、両国間の難しさは強まる方向にある。
日経ビジネスはトランプ政権の動きを日々追いながら、関連記事を特集サイト「トランプ ウオッチ(Trump Watch)」に集約していきます。トランプ大統領の注目発言や政策などに、各分野の専門家がタイムリーにコメントするほか、日経ビジネスの関連記事を紹介します。米国、日本、そして世界の歴史的転換点を、あらゆる角度から記録していきます。
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米中貿易戦争の激化は秋以降、日本も巻き添えか
ニュースを斬る
トランプ大統領と習主席、共に具体策先送りの「必然」
2017年4月10日(月)
細川 昌彦
米中首脳会談では共同声明も出されず、双方の発表内容にも違いがあった。トランプ大統領は国内政策での失点挽回、習主席は国内権力基盤の強化を狙い、具体策の先送りは「必然」。元経産省米州課長の細川昌彦氏(中部大学特任教授)は今秋以降、米中貿易戦争は激化し、日本も巻き込まれるリスクがあると分析する。
(「トランプウオッチ」でトランプ政権関連の情報を随時更新中)
トランプ米大統領の別荘で開催された米中首脳会談(写真:新華社/アフロ)
共同声明も出されず、米中双方の発表内容の違いが今回の首脳会談の特徴を物語っている。
中国側発表を見れば、今回は米中の協調を演出して、大国として米国と対等であることを誇示するのが目的であったことが露骨に表れている。今秋予定の5年に一度の共産党大会で、自らの権力基盤を強固なものとしたい習近平主席が、わざわざこのタイミングで訪米を仕掛けた意図はそこにある。
成果は新しい対話の枠組みを合意したことぐらいで、具体的取引は先送りにして、米国の圧力をかわそうとしている。これは常套手段で、2月の日米首脳会談での経済対話の合意も影響しているようだ。
また、米国に「相互尊重」を認めさせたことは、この概念が核心的利益の尊重を含みうるだけに、東シナ海、南シナ海問題での米国の圧力に弱腰ではなかったことを国内向けにアピールできるポイントだろう。
他方、米国はどうであろうか。
トランプ政権にとってオバマケアの見直しなど国内政策の失点を外交で挽回して稼ぐ、いいチャンスであった。協調が最優先目標の中国相手に、米国は決裂させても強硬姿勢が国内的には支持されるというのは、明らかに交渉ポジションが強い。
問題は政権内部だ。幹部人事が進んでいない結果、体制が整わず、対中スタンスも定まらない。強硬派と穏健派の綱引きもあって、政権内の力学も流動的だ。結果的に具体策にまで詰められず、立ち入れない。
具体策に立ち入らない中国、他方で立ち入れない米国。
結果は具体的合意がなく、具体策は先送りになって当然だった。
貿易不均衡是正、中国は秋まで米国とは事を構えない
その中で米国がこの強い交渉ポジションを活かして唯一、明確に得点したのが、貿易不均衡是正の100日計画の策定だ。中国側の発表には一切これが出てこないので、米国が中国にねじ込んだのは明らかだ。
内容は、短期間に貿易不均衡を是正する具体的措置を求めるというものだ。中国としてみれば、今秋までは米国と事を構えず、なだめる作戦だろう。なだめる手法は1980年代の日本を参考にしている。当時米国から貿易不均衡是正の圧力を受けて日本が繰り出したのが、輸出自主規制、輸入拡大、現地生産の拡大の3点セットだった。
米国としても今秋までの交渉ポジションの強いうちに、取れるものは取っておこうという算段だ。
中国は経済のパイが大きいこと、そして国有企業もあって、経済活動を国家がコントロールすることはお手の物であることを考えると、当時の日本と比較にならないくらい、やりやすいだろう。ただし、国内的に、米国に譲歩したとみられない工夫も必要になってくる。
米中貿易戦争の激化に日本も巻き込まれかねない
むしろ問題なのは、日本への影響だ。
近々予定されている日米経済対話で、日本にも貿易不均衡是正の対策を要求してくる可能性が出てきた。かつて指摘したように、米国が「均衡のとれた経済関係」という、いわば結果主義を標榜していること自体が問題だが、中国はあっさりこれを認めてしまったことになる。
日本の場合、対米貿易黒字はかつてのような規模ではないものの、中国のように国家が経済活動を直接的にコントロールできる国ではない。そして効果がないことは過去の経験が実証している。日本は難しい対応を迫られそうだ。
また今秋の党大会を終えて以降、米中の貿易戦争が激化することが予想される。中国が対外的に強硬路線を採りやすく、米国は来年の中間選挙に向けてアピールできるものが欲しくて強硬に出る。しかし、米国は80年代のような一方的措置をちらつかせているものの、当時の日本が相手の時とはまるで事情が違うことは要注意だ。
中国は安全保障で米国に依存しているわけでもなく、巨大な中国市場というレバレッジを持っている。米国への報復措置も航空機など様々有効な手立てを繰り出すことができる。
あり得るシナリオとして、米国はアンチダンピングを頻繁に活用する事態になるのではないだろうか。
いずれにしても、日本が中国の対米経済問題に巻き込まれるリスクが大きいだけに注意が必要だ。
米国から見れば、中国と日本を同列に並べて攻めていく構図ではない。そのため、日本としては、米国と連携して中国が抱える問題に対処していく構図に持ち込めるかどうかが、来るべき日米経済対話での戦略のポイントとなる。
米中で食い違う北朝鮮問題の「時間軸」
協調の演出と引き換えに中国が重い宿題を負わされた、もう一つの問題が北朝鮮問題だ。
北朝鮮問題については、まず米中の間で時間軸が違うことがポイントだ。
米国にとっては、北朝鮮による米国本土を射程に入れる大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発が迫る中、これを阻止するのが当面の差し迫った最大目標だ。事態は緊迫しており、時間との勝負である。
他方、中国にとっての北朝鮮問題は、できれば触りたくない問題で、今秋の共産党大会までは国内からの批判を恐れてなかなか思い切った手を打てない。この時期、人民解放軍、とりわけ東北部の陸軍に不満を持たせないことは、権力基盤の安定化の上で大事だ。
来月予定の韓国大統領選も大きく影響する。反米、対北融和の大統領が選出される可能性もあるからだ。
中国としては米国を揺さぶるうえでも、そういう事態をじっくり待ちたい。逆に米国はそうならないうちに中国を具体的行動に追い込んでいきたい。また、反米、対北融和の韓国大統領が誕生すれば、米国は北朝鮮への軍事行動の前提になる諜報活動を韓国に大きく依存していることから、影響が出てくる恐れもある。そういう綱引きが米中間で行われている。
今回の米国によるシリア空爆および米国の単独行動も辞さずの姿勢は、中国に対する強烈な圧力になっているようだ。さらに米国は中国に対して波状攻撃で圧力をかけてこよう。
日本は「平和ボケ」の状況から一刻も早く抜け出すべき
こうした米中の駆け引きの中で、日本はどうするべきか。
日本としては短期的には、米国の言う「あらゆるオプション」への備えに怠りないようにすべきだろう。ミサイル防衛の強化に一刻の猶予も許されない。北朝鮮が日本射程の弾道ミサイルを100発近く保有しているという現実を直視して、平和ボケから脱するべきだ。
中長期的には、朝鮮半島の将来像をどう描くかという、本質的な問題に米中は向き合うことになるだろう。仮に反米的な韓国大統領が誕生した場合、米中それぞれ扱いにくい子供を抱えて、朝鮮半島を統一して非核化、中立化する考えが出てきてもおかしくない。その時もっとも深刻な影響を受けるのが日本である。米中のグランドデザインが共有されたとき、想定外ということにならないようにしたいものだ。
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トランプ大統領が16分で112回使った裏ワザ
パフォーマンス心理学者、佐藤綾子の絶対聞かせるリーダーの話し方
トップらしい「語りのスタイル」が熱狂を生む
2017年4月10日(月)
佐藤 綾子
2017年1月20日、ドナルド・トランプ大統領が行った就任演説には、聴衆を引きつけるアクションがいくつも盛り込まれていた。演説中、112回繰り返したある動作にはどんな効果があったのか。分析するのは、パフォーマンス心理学者の佐藤綾子氏。首相経験者を含む政財界のリーダーのスピーチコンサルタントを務めてきた。自己表現の専門家が語る、トランプ大統領に学ぶべき表現技法とは。
2017年1月20日、3つのテレビ局から依頼を受けて、ドナルド・トランプ大統領の就任演説を分析した私は思わずうめきました。内容はさておき、聴衆を引きつけるのに効果的なアクションがいくつも盛り込まれていたからです。「これだけのテクニックを駆使されたら、見ているほうも聞き入ってしまうに違いない」と納得するほどです。
成功するビジネスパーソンは、言葉の内容を強化する表現技術を備えています。
「表現されない実力は存在しないも同じ」と語る佐藤綾子氏
私は38年間、パフォーマンス心理学者として、相手に伝わる自己表現の手段を研究してきました。首相経験者を含む53人の国会議員のほか、累計約4万人のビジネスリーダーやエグゼクティブのスピーチコンサルタントを務めてきました。
どんなに素晴らしい実力を持っているビジネスパーソンだとしても、「表現されない実力は無いも同じ」です。特にトップリーダーには、自らのビジョンを分かりやすく語る「語りのスタイル」が欠かせません。
この連載では、トランプ大統領や小池百合子都知事ら、今注目を集めるトップリーダーの語りのスタイルを分析し、一般のビジネスパーソンが明日から使えるノウハウを引き出したいと思います。
1〜2秒の勝負に勝つ
パフォーマンス心理学には、「グリンプスバイト」という専門用語があります。グリンプスは「一瞥(いちべつ)」、バイトは「噛みつく」こと。つまり一瞬で相手の心をわしづかみにする身振りや手振りのことを指します。
人は2秒で相手の表情を読み取り、集中すればわずか1秒で約1万1000個の視覚情報を読み取ることができます。その間、瞬時に相手が敵なのか味方なのか、またどんな人柄なのかを判断してしまいます。相手の言葉を論理的に理解するのはその後。ですから、話し手は、相手の視覚に効果的に働きかけ、好印象を残すことが大切です。
では、トランプ大統領は、どんなグリンプスバイトを使っているか。就任演説の登場シーンから振り返りましょう。
最初に目に付く特徴は歩き方。注目すべきは手足の動きです。ステージに登壇するまで、大股で歩き、両腕も大きく振っています。
歩幅の大きさは、自信やエネルギーの強さを印象付けます。大股で歩くほど、堂々として頼りがいがある人に見えます。脚を大きく前に出すトランプ大統領の歩き方は、元気なイメージと若さをアピールし、70歳という年齢を感じさせません。
登壇後の腕の動きも非常に大切です。顔の表情筋の動きと異なり、動きそのものが大きいので、30m先からでもよく見えるからです。
この就任演説に限らず、トランプ大統領の腕の動きは特徴的です。専用機から降りるときにはよく、片手を大きく上げ、満面の笑みを浮かべます。このときもステージに上がるやいなや右手を高く上げて「こんにちは皆さん」と挨拶しました。その手の動きに、つい聞き手は視線を吸い寄せられるのです。
大きな腕の動きは、実は、ヒトラーの登壇技術とそっくりです。
「じらしのテクニック」を持つと言われるヒトラーは、登壇してもなかなか言葉を発しませんでした。代わりに会場に万遍なく視線を送りながら、手を挙げ続けました。そして、ひとたび話を始めると、オーケストラの指揮者のように両腕を相手のほうに差し伸べて、次に自分の側に巻き込んで引き取る形をとります。
トランプ大統領も同じ。就任演説の映像を繰り返し見て私は驚きました。この腕の動作につられて彼に視線を向け、その言葉を聞くうちに、みるみるうちに聴衆が一体化するのが分かったからです。
大きな歩幅と、独特の腕の動き。この2つに加え、指先の使い方にもグリンプスバイトがありました。
就任演説の16分30秒の間で、トランプ大統領は、指であるサインを112回出しました。覚えている人もいるでしょう。右手の人差し指と親指で輪を作り、手のひらを広げるOKサインです。
言葉が頭に入っていくサインがある
彼の場合、OKサインを出す回数は非常に多く、その数は1分間に10回近くにもなります。言葉を強調したいときに気分が高揚し、このお決まりのポーズが出ているようです。
“We will bring back our jobs.”(私たちは仕事を取り戻す)など、“We will……”で始まるフレーズが多いのも特徴で、文頭の言葉に合わせながら、幾度も同じジェスチャーを続けました。
また、「麻薬と犯罪がない国にするのだ」などと言うときには、「drug(麻薬)」「crime(犯罪)」と重要な単語を並べるたびにこのOKサインを出しました。手でリズムを取っているかのように出すサインには、その動きと同時に言葉が聞き手の頭に入っていく効果があります。
OKサインという肯定的な意味を伝える動きを繰り返されると、聞く側は、つい相手のペースに巻き込まれ、その意見に対して知らず知らずのうちに肯定的になってしまうことが予想されます。
トランプ大統領は、就任演説の際、16分30秒の間に112回のOKサインを出した。佐藤氏が顔面動作符号化システムを使い、0.5秒単位で表情とリアクションを分析した(写真:Abaca USA/アフロ)
この表現方法は、例えば、皆さんが、部下に大事なことを伝えるときにも応用できます。
OKサインでなくても結構です。手のひらを相手に向け、人差し指を立てたサインでもいいでしょう。ポイントとなる言葉をリズムよく語りながら、そのテンポに合わせて自分なりの決めポーズを繰り返してください。聞く側の視線があなたに集まり、注意を払う様子が見てとれるでしょう。
持ち物も印象に残すツール
身振り手振りだけではなく、服装や持ち物も相手の心をつかむ大切なツールです。パフォーマンス心理学では、モノも気持ちを表現するツールとして「オブジェクティクス」と言います。
オバマ前大統領に比べ、政治理念が深みに欠けると誰もが何となく感じていたトランプ大統領。
そこで彼は、自分の話が正統で、伝統的で、重みのあるものだと強調するため、宣誓式にあるモノをこれまでの大統領よりも多めに持参しました。何でしょうか。
聖書です。登壇してすぐに聖書を2冊、スピーチテーブルに置き、その上に手を重ねました。2冊のうち、上の1冊は黒い聖書。リンカーン以来、歴代の大統領に引き継がれているものです。トランプ大統領はその下にさらに赤い聖書を重ねました。これはトランプ家で受け継がれてきた聖書でした。
過激な発言が目立っていたトランプ大統領が、2冊も聖書を持って登壇することで、その信仰深さを念入りにアピールしたのです。
さて、では日本人のリーダーは、どんな「オブジェクティクス」を使えば、自分の正当性が伝わりやすいでしょうか。皆さん、考えてみてください。
(構成:福島哉香、編集:日経トップリーダー)
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