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(回答先: 孫文の大アジア主義(1925.12.28) ― 日本は、 西洋覇道の鷹犬となるのか東洋王道の干城となるのか ― 投稿者 あっしら 日時 2003 年 10 月 06 日 19:02:31)
岡倉天心、孫文の文章を読んで思ったこと
岡倉天心の文章は名文ですね。
男の子らしくて良い。
孫文の文章は、政治家らしく、「お客さん」を良く見ているなと感じました。
私が彼らのような偉人の文章についてあれこれ言うのは無意味な感じもしますが、一応雑感ということで。
(西洋の暴虐について)
事実です。
(アジア人種について)
人種的一体性はないですね。
だいたい「人種」って何でしょう?
遺伝子のことであれば、日本人も結構複雑な複合体でしょうし、漢民族と日本人の多数ともかなり違うはずです。
ましてインド、アラブまで包摂する人種的一体性など問題外でしょうね。
(民族について)
この方がまだしも現実的な概念です。
「言葉」、つまり意思疎通の有無や容易さで集団が分かれるというのは説明がつき易いです。
実際には日本でも藩ごとに言葉はかなり違っていましたから、言語的統一は明治期以降の創作という面もあるでしょう。
「中国」ではもともと言語の分岐分裂は激しく、現代以上に意思疎通は困難だったでしょうね。
(アジア概念について)
私には「ホテルニュージャパン仮説」(岸田秀命名)が説得的に思えます。
「アジア」というのは、西洋による侵略を受けて損害を被った人々国々の「被害者同盟」みたいなものであるという指摘です。
ホテルニュージャパンの被害者たちは、もともと面識も縁故も何も無かったのですが、火災に遭遇したという一点で出会ったという考え方です。
もともと関係ないし、言語もあまり通じないわけですから、「共闘」は困難な面があったと思います。
(日本と西洋との共通性について)
彼らは見落としているようですが、実際にはこの側面はかなり大きいと思います。
戦前はあまりこういう認識は一般的ではなかったのでしょうか?
○ 歴史学の立場− 封建制度−貨幣経済の発達−近代という歴史の流れに、日本と西洋との間で共時性があるというのはかなり有力な説だと思います。
○ 経済人類学の立場− 上と似た結論が出されているようです。
○ 人口動態− 江戸時代初期の人口急増が人類史の奇跡であり、同様の人口急増が西欧において見られたという学説があります(慶大の速見教授)。
○ 梅棹学説− 「文明の生態史観」によれば、文明はオリエントからユーラシア両端に向かって拡散移動するという考え方になっています。
この考え方では日本と英国との間に共通性を見いだします。
○ 少し怪しくなるかもしれませんが、私のお好みの馬野周二説
オリエントからユーラシア両端島嶼へと向かって文明が拡散進化するという考え方です。
この考え方は、新大陸(アメリカ大陸)での文明が接ぎ木であり、廃滅に至るというのがポイントです。
(東西を対置する考え方)
村山節説は興味深いです。
東西の間で文明遷移が順番に行われるという説です。
歴史編年に基づく客観性があります。
ただし「東西」という地理的概念で総括するよりも、文明が地理的に遷移するという見方で良いような気がします。
東洋と西洋との文明原理の相違について説得的な説明を欠いているようです。
アレクサンダー大王による征服−ヘレニズムの洗礼の有無を重視する考え方もあります。
ざっとこんなところでしょうか?
(王道と覇道について)
正直言って良く判らないです。
中国歴史って王道なんでしょうか?
物凄い仁義なき覇権争いみたいに見えるんですけど。
(日本が革命家達に与えた影響について)
以上の疑念にもかかわらず、日本留学生から多数の革命家が輩出されましたね。
だから簡単に否定することはできません。
私の好きな中村屋のカレー: 日本で最初に作ったのはチャンドラ・ボース。
中村屋の娘さんと結婚したそうです。
良いですね。
(文明の位相について)
やはり朝鮮半島、中国では嫌われたようです。
戦争に負けたからなのかもしれませんが。
特にユーラシア大陸のハートランドに深く入るのにつれて、日本とは異質な面が大きくなってくるのではないかなあ。
戦前の日本人は、この相違を甘く見たような気がしてならないです。
(アジア島嶼について)
以上、ざっと見てきたところでは、ユーラシア大陸のごく沿岸とか太平洋島嶼との相性は良いような気がします。
もともと島嶼だからね。
何が違うんでしょう。
ここを突き詰めると良いような気がします。
要するに、そんなに簡単な話ではないんじゃないかという気がしてなりませんです。