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伊藤貫が薦めている教育は清の時代まで中国でやっていた四書五行の暗記教育と同じですね:
http://www.asyura2.com/24/ban12/msg/108.html
投稿者 中川隆 日時 2024 年 7 月 31 日 13:50:19: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: 伊藤貫先生が古典主義者になったのは数学・物理学・自然科学・人類学・民族学・遺伝学・深層心理学等の最新の学問を何も知らな… 投稿者 中川隆 日時 2024 年 7 月 31 日 05:51:37)

学生に古典を読ませると科挙の時代以降の中国みたいなどうしようもない国になる
伊藤貫は学校で最低三か国語の原文で古典を読める様にしないといけないと思っている様ですが、今はインターネットで翻訳ができる時代なので、自国語と英語さえできれば語学は十分です。 世界や人間について知るには、古典を読むより数学・物理学・化学の勉強をした方が遥かに役に立ちます:

伊藤貫が薦めている教育は清の時代まで中国でやっていた四書五行の暗記教育と同じですね:

科挙制度は、中国で6世紀随の時代、文帝が、世襲ではない高い能力の人材を権力に登用する目的で始めた高級官僚試験登用制度だ。清朝末期、1900年代初頭に廃止されるまで約1300年間にわたって続けられた。
科挙は、宋代までは、優秀な実務者を選ぶ機能を果たしたが、明代(1368年〜1644年)になると朱子学の影響が強くなり、出題範囲は四書五行(論語、孟子、大学、中庸、易経、詩経、書経、礼記、春秋)に限定されることにより、ひたすら暗記したものだけが合格できるようになった。

 この当時、科挙試験は、「八股文」という定型で回答しなければならなかった。
 これは「対句」と呼ばれる、出題に対して、同じ文体文節をもって解答を与える形式で、科挙試験の形式主義の愚を象徴するものだった。
 中国科挙が廃止されたのは、日清戦争に敗れて約10年後、清朝、西太后によるものだった。
 廃止を西太后に提案した康有為は、「科挙のない日本にも優秀な人は多い」と言ったとされている。日清戦争における日本軍の活躍を見せつけられて、融通のきかない硬直した科挙制度が崩壊したといっていい。

光宗による科挙制度は、現代韓国に強烈に息づいている。それは、世界最悪の凄まじい受験戦争社会を生み出した。
 それは明代に悪弊化した「記憶力優先主義」を引き継いだ八股形式であり、人間の創意工夫、想像力、イノベーションを軽視どころか蔑視し、観念的な出題を指示通りに記憶した者が合格するという、人の知力を開花させるどころか、閉塞させるような選抜試験である。
 「ああ、これが朝鮮文化なのか」と、絶望し納得させるものがある。
 だから、こんなものを「知性」と勘違いした「自称知識人」ばかりの韓国には永遠にノーベル賞受賞者もイノベーション智者も生まれないだろう。

▲△▽▼

タマタマ来ただけ〜中国教育事情と社会をお伝えします〜
中国の某地で日本語教師をしていたタマと申します。
教育という観点から見えてくる中国の生の姿をお伝えしたいと思っています。

 日本のマスコミ等で、中国について語られる時「中国のエリートは優秀だから」という論調があります。
 しかし、留学生として中国の大学生と接し、中国の企業との折衝の中で中国人とも接し、日本語教師として学生と接したりするうちに、そんなものは幻想であるということがはっきりとわかりました。
留学時にいた大学はいわゆる「エリート大学」で、エリートといわれる学生もつぶさに見てきました。
 当時「エリートと言われる割には、精神的に幼い大学生だなぁ」と思ったのが今も印象に残っています。
 当時はお互い学生同士だったのであまりいろいろ彼らの教育について聞くのは憚られました。
 しかし今は教師という立場でもあり、語学の授業であるが故にいろいろな事へ話題が及ぶこともあり、彼らの教育について随分理解が深まりました。
 そして、留学時代に感じた「幼さ」の原因がよくわかりました。
 その幼さとともに、留学当時感じていた「エリート」であるはずの彼らへ感じた違和感の原因も分かってきました。
 教科書ばかり勉強して、自分の考えが一切無い彼らへの違和感でした。

 中国のエリートは本当に優秀なのか?
 中国の学生は、「自分で考えない」「自分で調べない」「自主性が一切無」く、「応用や創造も無」く、教師から言われたことだけをこなしていく「やらされる勉強」をしているに過ぎないのです。
 また、小中高および大学では、スポーツやその他の活動(真剣な)等、勉強以外のことをほとんどする機会が無く、社会のことを一切知らずに育ちます。

中国の問題は2流3流の大学生でも小中高はエリート達と同じ教育を受けていることです。
 そのために、勉強が出来ないが為に却って勉強以外の能力を持っているという学生もほとんどいないことです。
 これは中国の社会を画一的に、無味乾燥な者にしてしまっている一つの原因でもあります。

 中国共産党の支配下にあり、民主的な選挙によって政治家が選ばれない中国においては、支配者たる官僚は基本的にエリートの中のエリートが選ばれます。
中国においては官僚=共産党員=支配者です。

 民主国家のように官僚の上に民主的に選ばれた管理者がいるわけではありません。
 それゆえ、国のトップを目指し、官僚たちはその出世争いに汲々としています。
 その出世争いに大事なことは、政敵に足を引っ張られないことが肝要です。
 少しでも付け入る隙を与えると、競争から引きずり下ろされてしまいます。
 ですから、とにかく「失点」をしないために、「保守主義」「前例主義」「事なかれ主義」が貫かれ、行政の中で改革的なことは一切なされません。

 下手に何か動いて失敗し、責任問題になればそれは人生の終わりを宣告されるからです。
 教育現場においても、政治の社会に入ってからも、こうした何ごとにも「挑戦」をしてこなかった政治家が国や地方政府のリーダーについたらどうなるのでしょうか。

中国の教育の成果-国も科学技術も前に進めない
 「成果得られなかった習氏『夢の旅』」として新しい国家主席である習近平氏の3月のロシアとアフリカ諸国歴訪の評価が書かれています。
 その最後の所に「北京駐在のある欧州の外交官は、『国際社会は習近平政権に対し、中国をより開かれた、より民主的な国にしてほしいと期待している。しかし、初外遊を見る限り、民族主義を訴え、欧米と対抗する冷戦時代の古い外交手法が目立った。逆の方向に行っているようだ』と話している」と外国からは評価されています。
 創造力のない、自身の考えよりも前例主義で国際情勢を判断してしまう、これが中国のエリートのリーダーなのです。
 こうしたエリートの率いる中国が、100年遅れの覇権主義を今さら進んでいるのも納得していただけるでしょう。

 昨日書いたように科学技術の分野では「パクる」、政治の世界では「前例主義」、これが中国の創造性を一切育てない教育で育った中国のエリート達の姿なのです。
https://ameblo.jp/xiang-xia/entry-11513039622.html  

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