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プリンストン(米ニュージャージー州) 5月14日(ブルームバーグ):デフレ経済は持続可能なのか。可能でないとすれば、どのような選択肢があるのか−−。「デフレと生きる」20回目は、クルーグマン米プリンストン大学教授が「日本経済を回復させる最も精緻な提言を行っている」(ニューヨーク・タイムズ・マガジン昨年9月30日号)と絶賛する同大学のラース・スベンソン教授。
その提言は、1)物価水準目標パスを設定する、2)一時的な円の「固定」為替相場(ペッグ)−−恐らく1ドル=150−160円程度−−を導入する、3)経済が回復し、物価が物価水準目標パスに達するまで為替ペッグを続けることを宣言する、4)物価が物価水準目標パスに達した後は、為替ペッグを放棄して変動相場制に戻し、1−2%のインフレターゲットに移行する−−が柱だ。
「過去数年のデフレによって、望ましい物価水準と現実の物価のギャップは大きく開いている。まずはそれを埋めるため、現在の物価水準を10−15%上回る水準に目標に置き、それから年率1−2%の物価水準目標パスを設定する。そして為替ペッグを導入し、景気を刺激する。物価水準目標パスは、制御できないインフレに対する歯止めを提供することにもなる」−−。
クルーグマン提言よりも秀逸
「日本経済を急起動させる確実な方法」という同氏の提言を理解するうえで、カギになるのは“実質”の概念だ。たとえば、実質金利は名目金利から期待インフレ率を引いたもので、期待インフレ率が上昇すれば、名目金利が不変でも実質金利は低下し、消費や設備投資など需要を刺激する。実質為替相場は名目為替相場を国内物価で調整したものだ。国内物価に粘着性があるため、名目為替相場が下落することで実質為替相場が下落し、輸出を促し景気を刺激する。
もう1つのカギが“長期均衡水準”だ。実質為替相場には購買力平価などによって測定される長期均衡水準があり、それから大きくかい離すれば、実質為替相場は長期均衡水準に戻ろうとする力が働く。「名目の円相場を、長期均衡水準を下回る同160円にペッグすれば、実質為替相場はいずれ長期均衡水準に向かって上昇する。為替がペッグされているため、その唯一の方法は国内物価の上昇しかなくなる。人々がそう予想すれば、インフレ期待が発生する」−−。
スベンソン氏は「ゼロ金利下で流動性の罠に陥っているとき、名目金利は下げたくても下げられない。クルーグマン教授は、インフレターゲットを宣言することで、人々がインフレが起きると信じれば、インフレ期待の発生によって実質金利が低下し、景気を刺激すると主張している。しかし、問題は、人々が信じなければどうなるか、という点だ。わたしの提言は、為替ペッグという非常に劇的な政策を伴うため、人々の信認を得やすいのが利点だ」と言う。
ゼロ金利からも脱出
問題は、為替相場のペッグが可能かどうかだ。「たとえば、日銀は今日から同160円にすると宣言し、その水準で無制限に円を売買すると約束する。弱い通貨をペッグしようと思えば、中央銀行は限られた外貨準備で自国通貨を買い支えなければならないが、強い通貨が上昇するのを防ぎ、ペッグを維持しようと思えば、中央銀行は通貨をもっと多く発行するだけで良い。これはしばしばインフレに結び付くが、日本にとって必要なのは、まさにインフレだ」−−。
スベンソン氏は「数日経てば、市場はペッグが機能することを理解するだろう。さらにおもしろいのは、人々がペッグを信じれば、もはやゼロ金利は必要なくなるということだ。だれもがペッグされた水準で日銀からドルを買えるので、日本の金利が低過ぎると、人々はより金利の高いドルで資金を持っておきたいと思うだろう。そこで日本から資金流出が起こる。これを防ぐためにも、日銀は国内金利を引き上げなければならなくなる」と指摘する。
金利が上昇すれば、経済に悪影響を与えないか。「ペッグ政策が機能すれば、日本の国内金利は米国金利と同じ水準まで上昇することになる。しかし、これは金融政策の引き締めを意味しない。円の実質為替相場が上昇すると人々が信じれば、先ほど述べたように期待インフレが発生するはずなので、実質金利は低下する。円相場の引き下げによる輸出などへの直接的な影響と、実質金利の低下による効果の双方によって、経済は刺激される」−−。
IMFもお墨付き
どうやって実質為替相場の長期均衡水準をみつけるのか。「現在の1ドル=125円−130円からそれほど離れていないと思うが、わたしにも正確な数字は分からない。算出の仕方によっても変わってくるだろう。しかし、重要なのは、合理的に考えて長期均衡水準と思われる水準より、円を切り下げることだ。長期均衡水準が1ドル=120円−135円だと思えば、150円−160円まで円を切り下げる必要がある」とスベンソン氏は言う。
国際政治上、一時的とはいえ、円の切り下げが容認されるのか。国際通貨基金(IMF)第4条に違反するという指摘もある。「IMFも日本経済の回復を望んでいるし、日本経済の回復は間違いなく世界のためにもなる。IMFが反対するとすれば、むしろ驚きだ。仮に近隣諸国が反対したとしても、景気回復によって日本の輸入が増えれば、近隣諸国にもプラスに働く。日本が景気停滞から脱出し、回復軌道に戻ることを、世界のだれもが望んでいるはずだ」−−。
為替ペッグは強い強制力を伴うだけに、放棄した後、円がオーバーシュートする恐れはないか。「物価水準目標パスに達し、ペッグを放棄した後、円相場が上昇するのか下落するのか、事前に予想するのは難しい。しかし、ペッグした当初、過小評価された水準から始まった円の実質為替相場は、物価水準目標が達成されたあかつきには、長期均衡水準に近づいているはずなので、ペッグ放棄後も、為替相場に大きな動きはないはずだ」とスベンソン氏は予想する。
財政政策より金融政策
さらに「金利がプラスになっていれば、将来、何らかの問題が生じたとしても、金利ゼロ%のときより、はるかに問題に対処しやすい」とスベンソン氏。日銀が現在行っている量的緩和については「害はないし、何もしないよりマシだが、効果は不透明だ」と手厳しい。長期国債の大量購入論についても「目的は長期金利を押し下げ、イールドカーブをフラット化させることだと思うが、これまでの経験では、そのような試みはうまくいかなかった」と指摘する。
金融政策より財政政策の方が効果的、との声もある。しかし、スベンソン氏は「日本は既にそれをやってきたではないか。日本は国中をコンクリートで塗り固め、その挙句に膨大な財政赤字を抱え込んでしまった。経済が危機的な状況にあるなかで、政府が大規模な公共投資や減税をして、財政赤字をさらに膨らませると、人々はいずれ増税されると予想し、貯蓄を始める。1990年代初めのスウェーデンもそうだった」と反論する。
日本の置かれた状況では、財政政策よりも金融政策の方が効果的だ、とスベンソン氏は強調する。「日本は金融システムなど数々の構造問題に直面している。わたしの提言によって、これらの構造問題を解決することはできないが、経済が成長している方が、構造問題の解決は容易になる。日銀は、政府が構造改革を行うのを待つのではなく、金融政策による景気刺激を先行すべきだ」−−。
連載「デフレと生きる」は毎週火曜日に送信します。バックナンバーは「日銀関係の日本語企画記事」 {TNI KIKAKU JBOJ JBN}でご覧になれます。