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伝えられないベネズエラの真実
吉原功(明治学院大学名誉教授)
<「放送レポート」278号(2019.5-6)掲載>
最近、しきりと1950年代のアメリカ西部劇を思い出す。昭和28年に開始された日本のテレビ放送は人々を魅了したが、戦後の空気がまだ漂っているなかでかつての軍国少年(=筆者)を惹きつけたのは、力道山を中心としたプロレスとともに「西部開拓時代」のフロンティア精神を謳歌する西部劇であった。そこでは強くて優しいヒーローが必ず悪者を退治し、美しい女性や善良な市民を助ける。悪者は白人のならず者である場合もあるが多くは野獣のように獰猛な「インディアン」である。少年は、これぞ民主主義の国アメリカだと思った。「強くて優しいマッカーサー」といういろはカルタもあった。
「インディアン」とは、もともとそこに住んでいた人々であり、その先住民を蹴散らし殺しながら土地を奪い「私有地」としたのがフロンティアだったということを知ったのはだいぶ後のことである。60年代、すでに始まっていた公民権運動の高揚にともない、米国西部劇のないようも変わっていった。
本年1月23日、ベネズエラのグアイドー国会議長が与党の集会で突然、暫定大統領になると宣言した。間髪を入れずトランプ米大統領が承認、ポンペイオ国務長官が同国憲法第233条に基づき「自由で公正な大統領選挙」を要請すると発表した。アルマグロ米州機構(OAS)議長、ブラジル、コロンビア、チリ、アルゼンチン、など中南米の親米右翼政権やカナダも続き、やがてEU諸国、日本もこれにならった。
この流れに沿うように、ベネズエラ・マドゥーロ政権を糾弾するキャンペーン報道が日本でも始まった(欧米では1998年のチャベス大統領当選以来続いている)。このキャンペーンが「西部劇」を想起させたのだ。
現に大統領が在職しているのに、国会議長が突然、暫定大統領を自己宣言し、多くの外国政府とメディアがこれを支持するなどということは通常はありえないことだ。内政干渉であるし国際法違反でもある。にもかかわらず、マドゥーロは間違った経済政策で国民を困窮に陥れて、人権を侵害し反対勢力を弾圧している独裁者であり、権力を持つ資格がないと非難し続けている。獰猛な「インディアン」が民衆に襲いかかっているので助けに行かねばと言わんばかりだ。
ベネズエラは石油埋蔵量世界一の国であり、レアメタルなどの地下資源も豊富な国である。長い間その利権は米国(企業)が握ってきた。国内でその恩恵にあずかるのはごくわずかな富裕層であり、国民の大多数はそこから排除され貧困にあえいできた。首都カラカスでいえば、富裕層は盆地の高い塀に囲まれた豪邸に住み、貧困層は盆地を取り囲む丘陵地帯に押し合いへし合いするバラックに住んで、昼は富裕層のために警備、清掃、家事、料理、アイロン掛けなどをして暮らしていた。
この構造に根本的なメスを入れようとしたのがチャベス大統領である。石油産業などの国有化をすすめそれによる収入を、貧困層の食料、医療、教育の改善に投入した。その結果ある程度の中間層も育ってきた。一方特権を奪われた富裕層は米国とともに怒りに燃えた。2002年のクーデタは国民の圧倒的な批判を受け頓挫したが、その後もチャベス打倒の試みは様々になされる。
米国はチャベス大統領の死亡(13年3月)を捉え、その後継であるマドゥーロ政権を打倒すべく「ベネズエラの人権及び市民社会擁護法」という制裁法を成立させた。14年12月にオバマ大統領が署名・発効したのでオバマ法ともいう。富裕層を中心とした野党の過激な運動、暴力行為(グアリンバス)はこの法律やつづく諸法・資金に支援されていることは間違いないだろう。不満を爆発させているのは富裕層であり、貧困層はじっと我慢をして米国をはじめとする経済制裁の解除を待っているというのが実情ではなかろうか。政府も食料配給カードを配ったり、インフレに見合う最低賃金を決めるなど努力している。
■暫定大統領の権限は?
「ゲリラ宣伝・戦闘員は、われわれの運動が全ニカラグア人および世界の人々から見て偉大であり正しいものであるということを民衆に示すという使命を帯びる。民衆と一体になればわれわれの運動に対する賛同の度は高まる。これにより、政権の座にある体制に対する賛同は減り、住民は自由の奇襲部隊を最大限に支持することになろう」
これは80年代中頃のCIA(米中央情報局)によるニカラグア・サンディニスタ政権打倒のための手引書の一節である。ベネズエラでもこの手引書と類似した方法が実施されているように思える。
しかしそれは失敗したようだ。野党諸党は民主団結会議MUDとして活動し2016年には一時50%の支持率を記録したが、過激な街頭行動、大統領選挙参加を巡っての分裂で19年1月には穏健野党を含め16%に急落しているからである。ちなみにグアイドーの大衆意志党は6%であった(政府系だが選挙予測などで結果ともっとも近い予測をしているインテルラセス世論調査社の調査)。
米国などマドゥーロ追放を目指す諸政府は、18年の大統領選挙に正当性がないと主張し、メディアもそれを無批判に繰り返し報道している。この選挙を巡っては政府とMUDが対話を重ね合意に達していた。ところが署名する段になって米国ペンス副大統領からMUD代表に電話が入りMUDが署名できなかったという経緯がある。有力候補者を排除したというのも真実ではない。過激な街頭行動や破壊活動の中心人物として服役中のレオポルト・ロペス以外の野党指導者たちはいずれも自由に政治活動を展開している。
ベネズエラでは政党がどの候補者を支持するかを表明し、有権者は政党に投票することによって大統領が決まる。その際、前回の全国選挙に参加しなかった政党は一定の手続きをしなければならない決まりだが、その手続きが遅れたり拒否したりした政党は18年大統領選に参加できなかった。しかしこれも合法である。米国などは当初からこの大統領選を認めないでマドゥーロ攻撃をする戦術だったと考える他はない。
14年のオバマ法は経済制裁の法でもあった。これによりEU諸国もベネズエラ制裁に加わった。トランプはそれをさらに強化した。金融制裁のみならず食料、医薬品、医療サービスまで制裁を強化した。そのもっとも大きな被害者が貧困層であることは目に見えている。
2月8日付のニューヨーク・タイムスはそのことを指摘したが、日本のメディアはこの点を無視し「人道危機」と煽っている。米国はコロンビア国境とブラジル国境から人道物資を運ぶとして強行突破を試みたが、日本のメディアは一様に、人道物資の中身も問わずにこの米国の行為を支持した。国境の背後に米軍が待機していたことも無視した。赤十字の人道支援の原則−一部に利益を与えない・独立・中立−に反していることにも触れていない。
人道支援といえば、ユニセフが1月29日、紛争や自然災害により食料や水などの援助が必要な子どもは、世界五九ヵ国・地域で推計四一〇〇万人に上ると発表、各国に三九億ドルの緊急拠出を要請した。イエメンの六六〇万人、シリアの五五〇万人、アフガンの三八〇万人などであるが、これらを熱心に取材報道するという姿勢は見当たらない。米国要人は何回も軍事介入の可能性を発言してベネズエラを脅迫しているが、それに対する異議申し立てもない。
3月19日、カラカスの本部がある南米の国際放送テレスールが興味深い映像を送信してきた。トランプ大統領がベネズエラ特任大使に任命したエリオット・アブラムスのホワイトハウスでの記者会見の模様である。グアイドー暫定大統領の期限は三〇日だから2月23日に期限が切れているのでは、との記者の問いに、「マドゥーロがまだいるからね。暫定大統領の期限は彼が去ってから始まるんだ」と答えたのである。これによるとグアイドーはまだ暫定大統領ではなく、何の権限もない人物ということになる。米政権の法解釈がいかにいい加減なものかを示す事例であろう。
■ネオリベラリズムの暴風
さて、米国はなぜ、このように強引にチャベス政権・マドゥーロ政権を潰そうとするのか。
オバマ法ではベネズエラを米国の安全および外交にとって「極めて異常で危険な脅威」と規定している。軍事的にも経済的にも弱小国であるベネズエラをなぜこのように規定したのだろうか。無論、獰猛な「インディアン」としてではない。西部開拓時代、世界は初期資本主義の発達期であり、近代文明の発祥期であった。「西部劇」はそれがいかに多くの略奪と人間の犠牲を基に発展してきたかを物語っている。
現在、その近代文明は政治経済社会そして人間そのものを危機的瀬戸際まで追い詰めている。ネオリベラリズムによるグローバル化がそれを象徴している。顧みれば中南米は初期ネオリベ経済の実験場であった。ベネズエラもその例外ではない。そしてチャベスはそのアンチテーゼとして登場したのであった。それは米国の利害と決定的に対立する。チャベスの試みが成功してはならないのだ。
収監されているレオポルト・ロペスはネオリベの実験場として運用された石油産業のファミリーの一員であり、その学問的総本山シカゴ大学経済学部に学んだシカゴ・ボーイであった。その薫陶を受けていると思われるグアイドーは、パイロットと教師を両親とする中産階級の出とされるが、東欧革命の街頭行動を学ぶ学校で訓練を受けたという。中南米の青年将校を訓練するために第二次世界大戦直後に米軍内に設置された「米軍アメリカ学校」と同系列の学校と思われる。
この二人がベネズエラ社会の権力を握ることになればアジェンデ政権がクーデタで倒された後のチリ社会のように人権・人命を無視した、ネオリベ経済の吹き荒れる社会となることが懸念される。
メディアには歴史と世界構造を認識したうえでの現象把握を求めたい。
(追記)グアイドーの暫定大統領宣言とその後の経過に危機感を持った有志が集い、筆者も参加して、2月21日、緊急声明を発表した。その末尾に四つの提言をしている。国際規範に則った対応、対話による問題解決、経済封鎖・制裁の解除、メディアは大国の語りを検証しつつ事実に基づいた報道を−の四点である。次のサイトで生命その他を読めるので是非ご覧頂きたい。
http://for-venezuela-2019-jp.strikingly.com/
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投稿者より補足(1)
上の(追記)にある「緊急声明」を紹介した下記スレッドも併せて参照ください。
http://www.asyura2.com/19/senkyo257/msg/890.html
投稿者より補足(2)
本稿が収められた「放送レポート」(メディア総合研究所・編、大月書店・発行)は全国の書店で購入できます。最新278号(2019年5月)の目次は以下の通り。
●官邸「質問妨害」 ここが問題だ/ 南 彰
●質問妨害は記者へのハラスメントだ/ 吉永磨美
●官邸vs東京新聞/ 臺 宏士
▼データルーム 官邸前抗議行動アピール
「知る権利」を奪う首相官邸の記者弾圧に抗議する
●フクシマをどう伝えるか(下)〜分断・対立を超えて〜/ 小田桐誠
●韓国放送人たちのたたかい・その後 〜その2 Me Too運動で変化する性平等の取り組み〜 /岡本有佳
●伝えられないベネズエラの真実/ 吉原 功
●連載11 沖縄で何が起きているのか/ 古木杜恵
●拝啓 沖縄より〜全国のメディア関係歳の皆様へ〜 22/ 沖縄問題取材班
●制作者の素顔56 琉球放送 大盛伸二さん/ 古木杜恵
●スポーツとマスコミ169/ 谷口源太郎
●ドキュメンタリー台本 『葬られた危機〜イラク日報問題の原点〜/メ〜テレ
http://mediasoken.org/broadcast_report/index.php
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