http://www.asyura2.com/18/hasan129/msg/397.html
Tweet |
私が「景気後退の衝撃に備えよ」と話すワケ
小宮一慶が読み解く経済の数字・企業の数字
消費増税は延期の可能性も十分ある
2018年11月12日(月)
小宮 一慶
安倍晋三首相は、10月15日の臨時閣議で2019年10月に予定している消費税率10%への引き上げを明言しました。しかし、私は再度延期される可能性もあるのではないかと考えています。
内閣府は、11月7日に9月の景気動向指数を発表しました。景気の現状を示す「一致指数」は114.6と2カ月ぶりに低下しましたが、それと同時に、景気の基調判断を「改善」から「足踏みを示している」に24カ月ぶりに下方修正しました。
日本国内の景気は、じわじわと後退の気配を見せています。さらに最近の株価の乱高下は、消費者心理を冷やす要因にもなりかねません。また、米中間選挙の結果により、議会のねじれでトランプ政権の内政運営が難しくなる中、対中圧力をさらに強化することが懸念されます。それが日本経済にも悪影響を与えると私は考えています。
このところ私は講演会などで、お客さまである経営者の皆さんに向けて「景気後退の衝撃に備えよ」という話をしています。景気循環という意味に加え、米中貿易戦争や消費増税という懸念材料も大きなインパクトを及ぼす可能性が高いからです。
今回は、日本国内の景気の現状を分析した上で、今後の動向について考えたいと思います。
(写真:PIXTA)
足元の景気は陰りつつある
まずは国内景気の現状から見ていきましょう。GDPの5割強を支える個人消費はどうでしょうか。総務省が発表する家計調査で「消費支出2人以上世帯」を見ますと、2018年に入ってから前年比でマイナスが目立っており、弱いと言わざるを得ません。結果が発表されている9カ月分のうち、6カ月で前年を下回っています。
もう一つ、「街角景気(景気ウォッチャー調査)」の数字も弱含んでいます。これは、全国の小売店の販売員やタクシー運転手、ホテルのフロントなど、景気の動向を直接肌で感じている職種に聞き取り調査をしているものです。50が基準で、それより上ならば景気がいい、下ならば悪いと感じている人が多いことを示しています。
最近の推移を見ますと、2018年に入ってから、ずっと50を下回る水準が続いています。7月は46.6、8月は48.7、9月は48.6となっています。
この夏は、豪雨や台風、北海道の地震など、経済的にインパクトが大きい災害が多く起こりました。11月14日に発表される7〜9月期のGDPについて、民間調査会社の予測は、マイナスとの見方が大勢です。
この先を考えると株価も不安材料でしょう。10月2日に日経平均株価はバブル崩壊後最高値を更新しましたが、その後、世界的な株安などを受け、株式相場は乱高下しています。富裕層を中心とする消費者心理にも悪影響を与える可能性があり、景気の動向は予断を許さない状況と言えるでしょう。
ちなみに最近の東証1部全銘柄のPER(株価収益率=株価÷1株当たり純利益)は、14.03倍、日経平均採用銘柄は12.60倍(いずれも11月6日時点)ですから、それほど高いわけではありません。この先、貿易摩擦問題などもあり、企業収益も不透明なところもありますが、今のところはそれほど割高感はないと思います。
以上を踏まえますと、戦後2番目の景気拡大を続けているという点、予算編成や統一地方選挙の時期などを加味しますと、景気の先行きが読みにくくなっていることから、安倍首相が10月15日に消費増税を明言したのは、タイミングとしてはベストだったのではないでしょうか。11月14日に発表予定の2018年7〜9月期のGDPがマイナスになりますと、消費増税の発表はやりにくくなりますからね。
企業業績も落ち込み始める可能性が高い
国内景気の判断材料として、大きなポイントとなるのは企業業績の動向です。
企業業績は2018年4〜9月期決算発表を見る限り、今のところ好調ではありますが、今後、次の2つの要因から落ち込む可能性があると私は考えています。
まず、消費者心理の冷え込みです。株価の乱高下、気候変動、あるいは、秋も深まり気温の低下などがあると、人々は今まで通りに積極的に消費をしようとしなくなることが考えられます。
もう一つは、米中摩擦の影響です。前回のコラム「『米国第一』は意外に正しかった」でも述べましたが、米中貿易戦争の勝敗は明確です。
2017年の貿易統計によると、米国のモノの貿易赤字は7962億ドルであり、そのうち対中赤字は約半分の3752億ドル。一方、中国の貿易収支は4215億ドルの黒字。中国にとっては貿易黒字の大半を米国から稼いでいるわけですから、米国側が輸入品に関税をかければ、中国は大きなダメージを受けることは避けられません。
中国の2018年7〜9月期の実質GDPは、前年同期比6.5%と成長が鈍化しつつあります。中国政府は景気後退の可能性を見越し、早くも強力な景気刺激策を講じようとしています。
中国政府は、やると決めたら徹底的に巨額の投資をして景気対策に臨むでしょうが、それでも景気は落ち込んでゆく可能性があります。これに加え、今のところはまだ影響が出ていませんが、米国への輸出に大きな影響が出るようなことがあれば、中国経済はかなり厳しい状況に追い込まれる恐れもあるでしょう。
そうなりますと、日本経済への影響も免れません。トランプ政権は、中間選挙で議会にねじれが生じ、メキシコ国境に「壁」を作るなどの予算をともなう公約を実行するのが難しくなる可能性があるので、これまで以上に対外的には「アメリカファースト」を強調するのではないかと私は懸念しています。これは日本経済にとってもちろんマイナスとなります。今後の貿易政策も含めて、注視し続ける必要があります。
日銀は打つ手なし。経営者は衝撃に備えるべき
冒頭でも触れましたが、私は最近、お客さまである経営者たちに向けて、「景気後退の衝撃に備えてください」と呼びかけています。これまでお話ししてきたように、日本国内の景気はすでにピークアウトしている可能性があるからです。
少なくとも、現在の景気の状況がいつまでも続くことはあり得ません。リーマン・ショックほどの衝撃は来ないとは思いますが、これまでの好景気の反動で、業種によっては大きなダメージを被る可能性もあります。経営者は、現在の景気を前提にした経営計画を立てるべきではありません。
本格的な景気後退が到来した場合、日銀はもう打つ手がありません。日銀が10月30〜31日に開いた金融政策決定会合では、短期の政策金利をマイナス0.1%、長期金利にあたる10年物国債利回りをゼロ%程度に誘導する金融緩和策の維持を決定しました。
この先、景気後退期がやって来てしまったら、日銀はどのような対策を講じるのでしょうか。米国は着実に金利を上げつつあります。欧州は少し出遅れてしまいましたが、今年末には量的緩和を終了すると表明しています。日本だけが、出口の目途すら立っていないのです。
このところ日銀当座預金残高が390兆円台に張り付いていることから、日銀は国債買い入れを事実上減らす「ステルステーパリング」を行っているようにみえますが、新たな景気対策として打つ手がないことに変わりはありません。
とくに景気変動の影響を受けやすい業界では、今のうちから手元流動性を高め、設備投資を従来水準より控えるといった対策を始めた方がいいでしょう。
消費増税対策、やるならシンプルな方策に
景気が減速していく中で、2019年10月の消費増税を迎えると、消費は予想以上に大きな冷え込みとなる恐れがあります。前回(2014年)の増税時はそうでした。
政府はそれを予想しているからこそ、増税のインパクトを緩和させるために、様々な対策を検討しています。
確かに、増税対策を講じることは必要です。しかし、期間限定でややこしい対策をするくらいなら、1年間増税を延期する方が良いのではないでしょうか。少なくとも、キャッシュレス決済へのポイント還元策と抱き合わせにするなどという方策を増税対策と同時に行うことは、企業の立場からはいかがなものかと思います。
一時的な対策では企業や店舗はそのためだけのシステム変更のために投資や手間がかかります。あまりにも企業の立場を無視しすぎています。
もちろん、増税を再延期することになれば、国債の格付け低下など、日本の財政に対して国際的な信認が失われるという見方もあるでしょう。
それを懸念するのであれば、増税はするけど1年間だけ猶予期間を設ける、あるいは増税幅を1年目は1%にするなどという形にすればいいのではないでしょうか。
ここまで話してきたように、日本の景気の動向を考えると、そもそも消費増税の実現の可能性にも懸念があると感じますが、それとともに、増税のやり方をどうするのか。増税前の駆け込み需要や、その後に控える反動減のインパクトを緩和するためにはどのような方策が適切なのか。まだまだ検討の必要性を感じます。
このコラムについて
小宮一慶が読み解く経済の数字・企業の数字
2020年東京五輪に向けて日本経済は回復するのか? 日銀の金融緩和はなぜ効果を出せないのか? トランプ米大統領が就任した後、世界経済はどこに向かうのか? 英国の離脱は欧州経済は何をもたらすのか? 中国経済の減速が日本に与える影響は?
不確定要素が多く先行きが読みにくい今、確かな手がかりとなるのは「数字」です。経済指標を継続的に見ると、日本・世界経済の動きをつかむヒントが得られる。
企業の動きも同様。決算書の数字から、安全性、収益性、将来性を推し量ることができる。
本コラムでは、経営コンサルタントの小宮一慶氏が、「経済の数字」と「会社の数字」の読み解き方をやさしく解説する。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/011000037/110900046
米国公的債務の膨張にやきもきし始める投資家
元利払いで1日14億ドル、新議会に突きつけられる大きな課題
2018.11.12(月) Financial Times
<
ロシア疑惑関連の機密報告をバズフィードに漏えい、財務省職員を逮捕 米
米首都ワシントンにある米財務省の建物(2016年3月10日撮影)。(c)Andrew CABALLERO-REYNOLDS / AFP〔AFPBB News〕
先月、米国の中間選挙が近づくなかで、有権者が見たらたじろいだに違いない試算をドイツ銀行のアナリストチームが公表した。
米国政府による公的債務の元本返済と利息支払いの合計額が現在、毎日(そう、1日当たりで)14億3000万ドルに達しており、ほかの主要7カ国(G7)諸国の10倍以上になっている、というのだ。
(この恐ろしいランキングで、1位の米国とはかなりの差がある第2位につけているのはイタリアだ)
米国経済の規模の大きさを考慮しても、これは衝撃的な額だ。しかし、それだけでは済まない。
さらに考えさせられるのは、この10億ドル規模の支払いは、歴史的な基準に照らせば金利がまだかなり低い水準にとどまっている時期に実現しているということだ。
それゆえ、米連邦議会は重要な問いを1つ突きつけられたことになる。
もし金利が今よりも通常に近い水準に上昇したら(あるいは、そうなる時に)、公的債務とその元利返済は一体どうなるのか、という問いだ。
最近までは、投資家も有権者もこの問題を特に気にしていないように見えた。なるほど、ここ数年は世界中の資産運用担当者が米国債を買いに来ている。
債務残高が15兆ドルを超える事態になっても、その傾向に変わりはない。
そのうえ、ドナルド・トランプ大統領の政権が大型減税を発表して債務をさらに積み上げた昨年には、かつて恐れられていた「債券自警団」もほとんど死んでいるように見えた。
しかし、市場は神経質になってきている。中間選挙が行われた週に何があったかを振り返ってみるといい。
開票作業が行われた6日夜には、共和党候補の優勢が伝えられるたびに債券利回りが跳ね上がっていた。
ところが民主党議員の当選を示す青色が米国の地図上で多くなり、民主党の下院奪還が決まると、利回りは元に戻った。
楽観的な人ならば、そんな変動は、共和党は民主党よりも経済成長志向が強いという認識「だけに」よるものだと言うかもしれない。
実際、ホワイトハウスで経済政策のアドバイザーを務めるラリー・クドロー氏は先日、本紙フィナンシャル・タイムズに対し、米国の長期金利が今年に入ってじりじり上昇している最大の理由は――米連邦準備理事会(FRB)の利上げを除けば――共和党の減税によって実現した景気拡大を投資家が好感しているからだと述べた。
また、金利の上昇が財政に脅威をもたらしつつあるとの見方を一蹴し、米国なら債務を「経済成長によって克服」できると主張した。
しかし、この週の金利の変動については違う解釈もできる。
一部の投資家が現政権の財政スタンスに不安を募らせた揚げ句、民主党が下院を支配してくれればトランプ氏にタガをはめてくれると期待した、という解釈だ。
また、投資家たちがなぜそのような心配を始めたのかについては、簡単に理解できる。
前述した1日当たりの元利返済額に話を戻そう。
米議会予算局(CBO)によれば、米国が2018年に支払う借入利息は、差し引きで約3180億ドルになる。今のところは、米国全体の予算に比べれば手に負える数字に見える。
しかしCBOの計算によれば、現在の政策軌道が維持され、かつ金利水準が長期平均――10年物国債利回りで3.7%、3か月物財務省短期証券利回りで2.8%――に向けて上昇すると想定するなら、1年間の元利返済額は2028年までに3倍に膨らみ、金額で言えば1兆ドル近くに達するという。
(ちなみに、現在の利回りは10年物が3.2%、3カ月物が2.34%で、上記の想定はこれらを少し上回るだけだ)
もしそうであるなら、利息の支払いは遠からず米国政府で3番目に大きな歳出項目になり、防衛費すら上回ることになる。
しかし、CBOの想定よりも金利が早く上昇したら、状況はもっと悪いものになるだろう。なぜなら、米国の債務にはもう1つ、平均償還年限がわずか6年だという衝撃的な側面があるからだ。
この年限はほとんどの欧州諸国よりも短いうえに、トランプ政権下で――嘆かわしいことに――短くなっている。
例えば、米財務省は中間選挙の前に、財政赤字が史上初めて1兆ドルを突破するとの見通しをこっそり明らかにした。
この赤字を埋めるために、スティーブン・ムニューシン財務長官は830億ドルの国債の売り出しを計画している。こちらも史上最大で、世界金融危機直後の国債発行が小さく見えるほどの規模だ。
衝撃的なことに、ムニューシン氏はこの半分近い約370億ドル分が発行の3年後に償還されるとの見通しを明らかにしている。
そのような短い償還期間では、ロールオーバーリスク(注1=満期時に思うように借り換えができないリスク)に直面しやすくなってしまう。
では、ホワイトハウスが方針転換し、こうしたリスクに取り組み始める可能性はあるだろうか。
期待はできない。民主党が過半数を握った下院ならおそらく、これ以上の減税は防ぐことができるだろうが、政策面での大規模な巻き返しまではできそうにない。
しかし、もしトランプ氏が7日に語ったように本当に民主党と「協力」したいのであれば、何らかの債務削減戦略を超党派で策定する道を探ることは良い出発点になるだろう。
いっそ、前政権下で分別のあるアイデアを出したシンプソン・ボウルズ委員会(財政責任改革委員会)の新バージョンを立ち上げてみてはどうだろうか。
わくわくするニュースには必ずしもならないだろうが、これこそが米国の有権者と投資家が心の底から望んでいることだ。
FRBがまだ利上げを続けるつもりでいることを考えると、なおさらだ。
1日当たり14億3000万ドルという目の玉が飛び出るような請求書を誰かが大統領に突きつけ、対策を講じるように促してくれることを祈ろう。
By Gillian Tett
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54639
米選挙が示す「トランプ的なるもの」の新常態化
インタビュー
民主党は左バネで下院を制す
2018年11月12日(月)
森 永輔
米国の中間選挙が終わった。米国政治に詳しい、上智大学の前嶋和弘教授は「結果は引き分け」とみる。上院の過半数を維持した共和党は「トランプ党」に変貌。下院の過半数を奪還した民主党は、「左バネ」を効かせて得票を伸ばした。
(聞き手 森 永輔)
ミネソタ州の下院選に勝利したイルハン・オマル氏。同氏は元ソマリア難民。8歳の時に米国に移り、苦労した末、今回の当選に至った(写真:AFP/アフロ)
米国の中間選挙が複雑な結果に終わりました。まだ全議席が確定していませんが、上院は与党・共和党が過半数を維持。下院は野党・民主党が過半数を奪還しました。2010年の中間選挙で共和党に多数派を奪還されて以来のことです。共和党と民主党、果たしてどちらが勝利したのでしょうか。
前嶋:私は「引き分け」とみています。共和党が勝ったとも、民主党が勝ったとも、見えますよね。
前嶋和弘(まえしま・かずひろ)
上智大学総合グローバル学部教授。専門は米国の現代政治。中でも選挙、議会、メディアを主な研究対象にし、国内政治と外交の政策形成上の影響を検証している(写真:加藤 康)
共和党にとって上院での勝利は想定の範囲内でした。改選議席35のうち26議席が民主党。民主党が過半数を得るためには35議席中28議席を取らなければなりません。これは無理な話です。
一方、共和党が下院で敗北するのも想定の範囲内だったでしょう。約40人の現職議員が出馬を取りやめ引退しました。民主党の引退議員は約20人。この差である20議席を、共和党は戦う前から失ったようなものでしたから。現職が出馬しない選挙区では、反対党の候補に一挙に風が吹きます。米議会の選挙では現職の再選率が90%程度なので、この20議席が勝敗を決しました。
これらの理由から、予想通りの選挙結果になったといえます。
共和党は、下院においてぼろ負けすることはありませんでした。トランプ大統領が「完全勝利」というのも、まるっきりの間違いとは言えません。
「トランプ的なもの」が認められた
前嶋:「引き分け」にはもう一つ別の意味もあります。今回の選挙結果が「トランプ的なもの」が認められたことを示す−−と解すことができるからです。
2016年の大統領選でトランプ氏が勝利したとき、「トランプ的なもの」は、ちょっとおかしな人たちが信奉するものと考えられていました。しかし、それがかなり浸透したことが明らかになった。共和党については、トランプ大統領が乗っ取ったといっても過言ではないでしょう。トランプ氏をよすがに勝利した人がたくさんいます。
テキサス州上院選で勝ったテッド・クルーズ氏ですね。2016年の大統領選でトランプ氏と激しく対立しましたが、今回は接戦の中、トランプ氏の応援をあおぎました。
前嶋:そうですね。ほかにも、フロリダ州知事選を制したロン・デサンティス氏がいます。子供と積み木をしながら「壁を築け」と語るキャンペーン映像が印象的でした。
ジョージア州知事選を戦ったブライアン・ケンプ氏も「トランプ的」です。「移民を追い出す」と明言していました。皮肉にも激戦の相手は、初のアフリカ系女性知事になるかもしれないステイシー・エイブラムス氏です。この選挙は11月11日時点でまだ決着がついていませんが、トランプ氏の支持がなければケンプ氏の優位は大きく揺らいでいました。
こうした「トランプ的」な人が増える一方で、穏健派の議員らは引退していきました。穏健派の引退も共和党のトランプ化をうながしたといえるでしょう。
下院議長を務めたポール・ライアン氏の引退が大きな話題になりました。
前嶋:加えて、トランプ大統領と激しく対立したボブ・コーカー上院議員も引退しました。トランプ大統領が北朝鮮を挑発するのを懸念し、「トランプ大統領は『第3次世界大戦への道』に巻き込みかねない」と警告していました。
共和党は「トランプ」と「田舎」「宗教保守」の党に変貌したのです。あとは、ビジネスパーソンですね。減税政策を好感している人たち。
民主党の支持層拡大阻止と司法の「永続保守革命」
「トランプ的なもの」は浸透したのでしょうか、それとも、もともと存在していたものが、トランプ氏の登場を契機に顔を出したのか。
前嶋:両方の面があると思います。白人の生活が以前より苦しくなる中で「浸透」していった。同時に、トランプ大統領が選挙運動をする中で「掘り起こし」てきた。
「トランプ」「田舎」「宗教保守」の中心をなすのは白人層ですね。黒人やヒスパニックが増える米国の人口動態を考えると、共和党は先細りしませんか。
前嶋:はい、90年代半ばからそうした指摘がなされています。
『The Emerging Democratic Majority』(John B. Judisと Ruy Teixeiraの共著、2004年)という書籍が、ヒスパニックを取り込むことで民主党が多数派になることを予言していました。実際に、その方向にあります。
ただし、共和党も手をこまぬいてはいません。G.W.ブッシュ大統領は2000年の大統領選挙では演説にスペイン語を取り入れるなどして、ヒスパニックの取り込みに努力しました。2004年の再選でも同じようにヒスパニック系の動員を進めました。これが、フロリダ州でマルコ・ルビオ上院議員が登場するなどの布石になっています。同氏はキューバ系アメリカ人です。
ただし、トランプ大統領は今、取り込みとは逆の動きに出ています。これ以上、非白人が増えないよう移民の流入をとどめる対策を進めている。移民への厳しい対応は共和党の延命を図る選挙対策でもあるのです。
実はトランプ大統領は共和党に対する大きな置き土産をすでに残しています。一つは今ふれた、移民対策を通じて民主党支持層の拡大を阻止すること。もう一つは、保守派の判事の任命です。代表は、ブレット・カバノー氏を最高裁判事に任命した。最高裁判事は終身制ですから、司法の世界において、保守層の意向が末永く反映されることになる。今後30年を見据えた「永続保守革命」を実現したのです。
あまり報道されていませんが、高裁や地裁のレベルでも、保守派の判事を続々と任命しています。トランプ政権は人事が遅い−−と言われますが、司法の人事に関してこの批判は当てはまりません。
「オバマ連合」に再生の兆し
民主党も変わりました。
前嶋:はい。大きく言えば、「都会」と「カントリークラブ」(郊外に住む高学歴・高所得層が通う会員制ゴルフクラブ)層)の党になりました。あとはエリートですね。このため、貧しい人々の支持をすくい切れていない面があると思います。
今回の中間選挙では左バネが強く効いた印象があります。
前嶋:そうですね。2008年の大統領選で風を起こした「オバマ連合」が再生の兆しをみせました。若者、女性、マイノリティーです。今回の中間選挙で投票率が上がった一因は彼らが積極的に参加したことにあると思います。
民主党は下院選で、435選挙区に183人の女性候補を立てました。知事選でも、35州のうち15州を女性候補で戦いました。
バラク・オバマ前大統領が、民主党候補を応援すべく各地を回りました。前例のないことですね。
前嶋:おっしゃる通りです。米国政治における対立の構図が変化していることの表れだと思います。米国政治のもともとの姿はホワイトハウスと議会が相互にチェックする構図です。2002年の中間選挙で、G.W.ブッシュ大統領が共和党候補を応援して全米を行脚したときには、これを批判する世論が盛り上がりました。
しかし、いまは共和党と民主党が対立し、大統領および大統領候補・経験者がそれぞれの頂点に立っている。
日本の議院内閣制みたいですね。
前嶋:そうなのです。
民主党に話を戻すと、タレント不足が気になります。タレントとして名前が挙がるのは高齢者ばかりです。
前嶋:過半数を取り戻した下院は、ナンシー・ペロシ氏が再び議長に就く可能性が高いですね。同氏は87年に初当選して以降、30年以上、議員を続けている大ベテラン。もう78歳です。リベラル系の雑誌である「アトランティック」でさえ、「民主党はペロシではまとまらない」という批判的な特集を掲載していました。
下院民主党でナンバーツーのステニー・ホイヤー院内幹事は79歳、上院トップのチャック・シューマー院内総務は68歳。しかも、どちらも民主党全体は束ねるタイプではありません。
テキサス州の上院選でクルーズ氏と激戦を演じた民主党・新人のベト・オルーク氏は38歳と若く、期待されましたが、当選することができませんでした。
対立が続き、政策は進まない
中間選挙が「引き分け」に終わったことで、今後の政局はどうなるでしょう。
前嶋:やはり、滞ると思います。2010年の中間選挙以降のオバマ政権と同じ苦境に陥る可能性がある。議会内で共和・民主両党が対立し法案が通らず、政策が前に進まない。
政策ごとに対立状況を伺います。メキシコ国境の壁については……
前嶋:対立するでしょう。民主党は「絶対にノー」です。
ペロシ氏が「超党派で進められる分野」としてインフラ投資を挙げていますが……。
前嶋:ペロシ氏の発言は「壁はやめろ」というメッセージなのだと思います。
トランプ大統領が選挙の直前に提案した中間層向けの新たな減税についてはいかがですか。
前嶋:共和党が想定する「中間層」と民主党が想定する「中間層」が異なっている可能性があります。共和党がいう「中間層」の方が所得が高い。
それでも、協力ができないわけではない。ですが、ここで協力すると、財政赤字の問題が浮上します。
もともと財政の均衡を重視していた共和党が財政赤字を拡大させ、もともと大きな政府を容認してきた民主党が財政均衡を強く要求している。逆転現象が起きています。
前嶋:おっしゃるとおりです。なので、小さな政府を信奉するリバタリアンの考えを持つ人々が共和党から離れていく傾向も現地で調査して感じました。
財政の関連でいうと、債務上限の引き上げ問題が年明けに浮上しますね。
前嶋:対立するのか協力するのか、ここは予想がつきません。これまでは共和党が「引き上げ」に反対してきました。今回は、共和党と民主党が立場を逆にして対立するのか。
民主党が、条件次第で「引き上げ」を受け入れるかもしれないですね。例えば、共和党がオバマケア廃止を取り下げるとか……。
いや、オバマケアで両党が妥協するのは考えづらいですね。トランプ大統領が仮に2期務めたとして、その後も対立が続く可能性が大です。
北米自由貿易協定(NAFTA)の新協定「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」はどうでしょう。
前嶋:これは、民主党が大反対することはないかもしれません。労働組合の支援を受ける議員は保護主義的な考えを持っています。
とはいっても、一筋縄ではいかないことも考えられます。米韓FTA(自由貿易協定)の時は2007年の署名から2010年の批准まで3年を要しました。署名したのはG.W.ブッシュ政権、批准したのはオバマ政権。それも2010年の中間選挙で民主党が敗れ、同党が下院で過半数を失った後でした。
どの産業に補助金を出し、救うのか、という各論で共和・民主両党が対立することもあるでしょう。
米国にミサイルが飛んでこなければ、それで十分
外交はどうなるでしょう。
前嶋:内政が停滞するならば、トランプ大統領は、比較的自由の利く外交でポイントを稼がなければなりません。
外交において強硬さを増すとの見方があります。基本はそうでしょうが、必ずしもそうとばかりはいえないと考えます。トランプ大統領の頭の中にあるのは2020年の再選です。すべてを、再選に寄与するか否かを基準に判断する。
なので、11月末に開かれる米中首脳会談で、妥協に転じる可能性もあります。中国は「中国製造2025」のトーンを弱める政策パッケージを、実質的なナンバーツーである王岐山氏が検討しているといわれています。中国が首脳会談でこれを提示し、トランプ大統領が再選への「加点」になると評価すれば妥協するでしょう。
マイク・ペンス副大統領が10月4日、中国に対して強硬な発言をしました。なのに「もう妥協するのか」という見方もあるでしょう。しかし、米国も自国経済を傷ませることはしたくないのだと思います。コペルニクス的展開は十分にあり得るのです。
経済と安全保障の問題を分けて交渉を進める可能性もあります。「中国は安全保障上の脅威である」との認識が、米国内でここ1年程の間に非常に強くなりました。これは大きな変化です。
日本に対してはTAG(物品貿易協定)交渉で強く出てくるかもしれません。トランプ大統領は「シンゾーはいいやつだけど、日本は米国をだまし続けてきた」という趣旨の発言をしています。日本が米国に輸出する車への関税を米国が見送る代わりに、日本が米国製の武器を購入する、という経済と安全保障のディールがあり得ます。もう進行しているように見えますね。
北朝鮮に対しては、日本が思う以上に早く妥協する可能性もあることを注意しなければなりません。段階的に、朝鮮戦争の終結宣言、在韓米軍の撤退、経済支援と進む。
トランプ大統領にとってこの問題は、6月12日の米朝首脳会談の成果で十分だったのかもしれません。北朝鮮に非核化を約束させ、米国民に「ミサイルはもう飛んでこない」と訴えることができる状況を作れればよかった。中間選挙対策としてはこれで十分だったのです。共和党支持者が考える中間選挙の争点として、北朝鮮の核問題は4月から5月までは上位にありましたが、このウエイトが下がっていきました。
トランプ大統領は、実際の非核化を急ぐ必要はないのです。ただし、2020年の再選に向けてポイントを稼ぐべく、北朝鮮に査察を認めさせるなどの手は順次打っていくでしょう。
日本にとっては最悪ですね。
前嶋:そこは、どうでしょう。トランプ大統領と安倍晋三首相は緊密に連絡を取って、対北政策を進めていると思います。現実的にみると、非核化のペースは必ずしも遅くない気がします。
第2のオバマが生まれるなら左派から
次なる興味は2020年の大統領選に移りますね。先ほどうかがったように、民主党はタレント不足です。
前嶋:そうですね。名前が挙がるのは、前回の大統領予備選に出たバーニー・サンダース氏、オバマ政権で副大統領を務めたジョー・バイデン氏、そして有力上院議員のエリザベス・ウォーレン氏。しかし、いずれも高齢です。順番に77歳、75歳、69歳。
40歳代で注目されるのは、カリフォルニア州上院選を制したカマラ・ハリス氏。「女性版オバマ」の異名をとる人物です。他方、「第2のオバマ」「ニュージャージー州のオバマ」と呼ばれているのは、アフリカ系のコリー・ブッカー上院議員。どちらも上院司法委員会に属しており、カバノー氏の最高裁判事承認をめぐる審議で、追及の中心となりました。
あまりに激しくやりすぎて、共和党支持者を目覚めさせたとみられていますね。
前嶋:おっしゃるとおりです。
これまで挙げた人々はいずれも、トランプ大統領と伍すことができる人物ではありません。2020年大統領選挙をテーマに世論調査で「トランプ大統領 対 民主党候補ミスター(もしくはミズ)X」を問うと、ほぼ同点となります。ところが、このX」の部分に実際の人物名を入れると、トランプ大統領に勝つことができない。ウォーレン氏しかり、バイデン氏しかり、ブッカー氏しかり、です。
オバマ氏が再び立候補することもできるのでしょうか。今回の中間選挙での応援活動をみていると、同氏ならトランプ大統領に勝てるかもしれません。
前嶋:そうですね、しかし、再び出馬は不可能です。フランクリン・ルーズベルトが4選されたような例がかつてならあったのですが、そのルーズベルトの多選が問題となったため、直後の憲法修正22条で大統領が当選できるのは2回までとなりました。ただ、民主党内にはオバマ氏の妻のミッシェルさんを推す声が根強くあります。いまのところ、本人は強く出馬を否定してはいます」
民主党は「第2のオバマ」連合が作れるかどうかが課題です。
「第2のオバマ」は民主党の中道派から現れるでしょうか、それともサンダー氏のような左派から現れるでしょうか。
前嶋:左派からでしょう。サンダース氏や、最年少女性下院議員となるアレクサンドリア・オカシオコルテス氏のような人たちの中からですね。共和党では明らかに右バネが効いています。その反動が民主党に現れる。
オカシオコルテス氏はたいへんな人気を博しました。29歳の新人ながら、ベテランの共和党現職を破りました。早くから当選が確実視されていたので、他の民主党候補を応援するため、全米を遊説して回っていました。
社会民主主義者が民主党の新しい道を開いていくのかもしれません。
ただし、これには問題があります。現在の分断状況をさらに広げることにつながるからです。民主党の中道派が力を失うほど、共和党との妥協が難しくなります。法案はまとまらず、政策は進まなくなり、政治は劣化する。サンダース氏やオカシオコルテス氏「的」なものは、面白くはありますが問題もあります。彼らは、非合法移民摘発の象徴である「移民関税執行局(ICE)」の廃止などを訴えています。こんな政策は現実的ではありませんし、民主党内からも反発があります。
米国が直面する分断は、何が原因なのでしょう。
前嶋:米国が理想の国に向かうために経験する「生みの苦しみ」なのだと思います。第2次大戦後、米国は世界一の豊かさを享受しました。しかし、黒人差別という大きな問題があることがクローズアップされるようになります。「これを変えなければならない」という意識が高まり、公民権運動につながった。
この時、「自由と多様性こそ力だ」という理念が同時に意識されるようになりました。そして、1965年に改正された移民法が決め手でした。これが中南米からの移民に道を開いたのです。
現在、起こっているのは、この多様性を受け入れる壮大な実験に対する反動です。多様性を助長する法律やルールが、社会と政治に分断をもたらした。多様な人々を受け入れることによって「仕事を失った」などと考える既存の国民が反発したのです。「Make America Great Again」はこうした人々にとってマジックワードとなりました。
オバマ氏がこんな名言を残しました。「トランプ氏は原因ではなく現象である」。米国には、「分断」という原因がすでにあって、トランプ大統領がこれを体現した、という意味です。
ただし、「多様性を受け入れることは素晴らしい」と考える人たちももちろんいます。今回の中間選挙で、ソマリア難民だったイルハン・オマル氏や、パレスチナ系ムスリムのラシダ・タリーブ氏、ネイティブアメリカンのデブ・ハーランド氏らが当選しました。
オマル氏は内戦下のソマリアから米国に8歳の時に逃げてきました。米国でも苦労した末、今回の当選に至った。
ニューメキシコ州の下院選で当選したデブ・ハーランド氏。ネイティブアメリカンの女性で初めて下院議員に(写真:AFP/アフロ)
トランプ氏が「Make America Great Again」と唱えるのに対して、彼女たちは伝統的な「American Dream」を体現したわけですね。
前嶋:はい。「Great Again」ではなく、多様性を受け入れる広い度量を米国が持っていて、すでに「Great」であることを証明した。
今回の中間選挙は「トランプ的なもの」が受け入れられたことを示すと同時に、「多様は力」という理念を信奉する力がいっそう強くなったととらえることができます。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/230078/110900172
米中間選挙後、トランプ大統領は何を仕出かすか
まずは司法長官、次は特別検察官の首、そしてその後は・・・
2018.11.12(月) 高濱 賛
「無礼」「国民の敵」トランプ氏、CNN記者と口論 ホワイトハウス出禁に
米中間選挙後にホワイトハウスで行われた記者会見で、米CNNのジム・アコスタ記者(中央)と白熱した様子で言葉を交わすドナルド・トランプ大統領(右、2018年11月7日撮影)。(c)Mandel NGAN / AFP〔AFPBB News〕
ペロシ民主党下院院内総務がチラつかす「天下の宝刀」
ドナルド・トランプ大統領の型破りな2年間の政治を米国民がどう評価するか注目された米国の中間選挙。
米国の有権者は、上院はトランプ共和党に軍配を上げたが、下院ではイエローカードを突きつけた。
下院は予算決定権限を持ち、大統領を弾劾できる「天下の宝刀」(弾劾発議権)もある。
立法調査権で大統領のロシアゲート疑惑はもとより資産チェック、巨額脱税疑惑、政治資金不正利用容疑まで徹底的に調査ができることになる。
それでなくとも叩けば埃の出てくるトランプ大統領は戦々恐々だろう。
ロシアゲート疑惑捜査への関与を拒んできた、かっての腹心・ジェフ・セッションズ司法長官を解任し、司法省内のイエスマンを据えようと目論む大統領の心中は、穏やかならざるものがある。
もっとも、負けん気のトランプ大統領は選挙直後は強がって見せた。
開票結果を見て「上院では過半数を取った。現職大統領が初の中間選挙で過半数を取ったのはジョン・F・ケネディ第35代大統領以来だ」と豪語した。
同じことを記者会見でも繰り返したが。天敵のCNNの記者からロシアゲート疑惑について質問されるや色を成した。
その記者にはすぐさまホワイトハウスへの出入り禁止を命じた。理由はマイクを取り上げられた時に係のインターン女性の体に触れたセクハラだからだというのだが・・・。
45年前の「土曜日の夜の虐殺」の再来はあり得るか
大統領としては、セッションズ長官の首を斬り、返す刀でロバート・モラー特別検察官の首も取るつもりだろう。
そうすることでロシアゲート疑惑捜査の幕を下ろすのが狙いだ。しかし、それがどんな結果をもたらすのか――。
普通の人間なら思案するところだが、想定外のことをするトランプ大統領だけに何をやるか、分からない。
ウォーターゲート疑惑捜査を続けるアーチボルト・コックス特別検査官を更迭、その過程でエリオット・リチャードソン司法長官とウィリアムス・ラッケルズハウス司法副長官を辞任に追い込んだリチャード・ニクソン第37代大統領。
その「Saturday Night Massacre」(土曜日の夜の虐殺、1973年10月20日)が究極的には弾劾につながった悪夢をトランプ大統領が知らないはずもない。
来年1月開会の新議会ではナンシー・ペロシ民主党下院院内総務(新議会ではおそらく下院議長)率いる民主党は徹底抗戦に出るのは必至。
ロシアゲート疑惑を巡る攻防だが、それだけではない。2020年の大統領選を視野に入れた民主、共和両党の前哨戦はすでに火ぶたが切られている。
中間選挙で一層浮き彫りになった「分裂国家」の様相
今回の選挙でより一層鮮明になったのは、米国の分裂化だ。
大都市と地方、東部・西部と南部・中西部、白人と非白人(黒人、ラティーノ、アジア系)、保守とリベラル、大卒と高卒以下、女性と男性、世代、そしてホワイトハウスと主要メディア。
その間にできた溝はより広く、深くなっていることだった。まさに「2つの国家」が出現した様相を呈している。
実は、今回紹介する新著の著者、タッカー・カールソン氏はこう言い切って憚らない。
「アメリカ合衆国は、今、1860年、奴隷制撤廃か否かで真っ二つに割れた、あの時と同じような分裂状態にある。あの時はその直後に南北戦争に突入したのだ」
今回の選挙結果は、米国の分裂化がここまで進んでいることを全世界に露呈した。
フランスの人口学者、エマニュエル・トッド氏が説く「米国の失墜」は、外的要因よりもむしろ内部分裂によって加速するのではないか、と憂慮する人も出ている。
こうした国家分裂状態についてトランプ大統領はどう見ているのか。このままでいいと思っているのか。
大統領は連日のように、ツィッターで重要な外交案件から個人的な感情まで流している割には、その本心が伝わってこない。
「私の支持者は過激なレトリックを望んでいる」
Ship of Fools: How a Selfish Ruling Class is Bringing America to the Brink of Revolution by Tucker Carlson Free Press, 2018
選挙の直前の11月1日、大統領はオンライン・ニュース解説サイト「Axios」と単独会見をしている。
そのやり取りは衛星・ケーブルテレビ局のHBOでも放映された。
トランプ大統領はこのインタビューでこう発言している。
「(主要メディアを敵対視していることについて)私についてネガティブなことばかり報じているメディアを攻撃するのは当然のことだ」
「私がやっていることは正しい。それを(メディアが)批判ばかりしているから反論しているに過ぎない」
「私について正しい報道をすれば、私ほど高尚で物分かりのいい大統領はいない。私の支持者は選挙演説で(リベラル派やメディアを叩く)過激なレトリックを要求しているのだ」
自分の政治理念やスタンスを全く理解してくれない主要メディアへのいら立ちがほとばしっている。
だとすれば、国論を統一するよりも自分に賛同し支持してくれる有権者だけを相手に選挙を戦い、勝つだけだという論理だ。
民主、共和両党の『愚か者たち』に牛耳られたワシントン
トランプ大統領の熱烈な支持者の間でブームを呼んでいる本が中間選挙の直前に出ている。
著者のカールソン氏は保守系フォックスニュースの人気キャスター。タイトルは『Ship of Fools』(愚か者たちの船)*1。
サブタイトルは『How a Selfish Ruling Class is Bringing America to the Brink of Revolution』(利己的な支配階級はいかに米国を革命のがけっぷちに追いやろうとしているのか)。
*1=キャサリン・アン・ポータ―の長編小説を映画化した同じ題名の映画が53年前に制作されている。4部門アカデミー賞を受賞している。ドイツ・ナチスが君臨する1930年代初頭メキシコからドイツに向かう豪華客船という閉鎖空間で繰り広げられる上流階級の人間模様を描いた作品。
カールソン氏はフォックス・ニュースの前にはCNN、MSNBCといったケーブルテレビのキャスターを務めていた経験もある。
今回の選挙の最中、共和党候補の集会にトランプ大統領に同行して演壇にも立ったショーン・ハニティ氏のような超保守派ジャーナリストとは一線を画す穏健派だ。
カールソン氏は、一般大衆の生の声を無視し続けてきた民主党インテリ・リベラル派を激しく批判。
返す刀で「共和党の守護神のように振舞う教条主義的な保守派知識人たち」を一刀両断にしている。
「2016年は大衆民主主義にとって画期的な年と位置づけられるだろう。これまで米政治や経済を牛耳ってきたエリートたちが選んできた大統領に代わって、ドナルド・トランプという全く政治経歴のない人間が大統領になったからだ」
「彼を大統領に押し上げたのはブルーカラーやキリスト教保守といった、これまで日の目を見なかった一般大衆だった」
「それまで米国を支配していたのは寡頭政治(Oligarchy)だった。こいつらが民意を反映した民主主義を行っているようなふりをしていただけで、そこには一般大衆の声を吸い上げる真の民主主義はなかった」
「しかも彼らは、米国に生まれ育った中産階級の勤労者たちが、自分たちの両親より少ない賃金で生活しているという実態から目をそらしている」
「エリートたちは、多くの中産階級の男たちが絶望から逃避するために麻薬に走ったり、自殺している現実を無視している」
「民主党や共和党のエリートのイネブラー(Enabler=やろうと思えば実現できる人、既存の政治家やそのブレーン)はこうした中産階級の人たちのために何かやろうとはしてこなかった」
「彼らは結託して海外に米軍を駐留させ、無駄なカネを使い、金融資本主義のグローバル化を促進してきた」
「エリートたちは、少なくともトランプ氏が大統領になるまで何もしようとしなかった。その結果、中西部と米国の製造基盤を完全に崩壊させてしまったのだ」
トランプ大統領の狙いはエリート・イネブラーの一掃
カールソン氏は、イネブラーとしてリベラル派では作家兼評論家のマックス・ブーツ氏、保守派では保守言論界の重鎮、ウィリアム・クリストル氏、中道派ではフェイスブックの共同創業者、マーク・ザッカーバーグ氏を「イネブラー」の典型に上げている。
「こうした閉塞状態にある米国を再生させるにはどうすべきか。2つの選択肢がある」
「1つは民主主義体制をやめて、権威主義体制を導入すること」
「もう1つは、大衆の声などには一切耳を貸さぬエリート・イネブラーを一掃して大衆民主主義を徹底させることだ。私は後者を支持する」
カールソン氏によれば、トランプ大統領が強引とも思われる「米国第一主義」を掲げて突っ走っている理由は、民主、共和両党を牛耳ってきたエリート・イネブラーを一掃するためだというのだ。
カールソン氏は、ニューヨーク・タイムズが9月5日付けで掲載したトランプ政権の高官によるトランプ大統領告発文についてこうコメントしている。
「この某政府高官は『大統領は何をしでかすか予測ができない気まぐれなボスで、政策に弱く、言語道断なことをやっている』と批判している」
「大統領の言動を見ればその通りだ。トランプ大統領の特徴は、彼は公的な場でも私的な場でも全く変わらないことだ」
「大統領には秘密のペルソナ(仮面をかぶった人格)というものがない。これまでの大統領たちのように外的な顔がない」
「感じたことをそのまま口にする。選挙公約したことをそのまま実行しようとする」
「もう1つ、トランプ大統領の政治理念はワシントンに半永久的に住み着いてる政治家や官僚とは異なるということだ」
「だからワシントンのエスタブリッシュメントは大統領に反発するし、大統領がやろうとすることを妨害しようとするのだ」
「多くの政治家たちは選挙で選ばれた後は投票してくれた人たちに忠実ではなくなる。それこそが問題なのだ」
大統領の本心を忖度するカールソン氏だが、同氏が支持するトランプ大統領が清廉潔白な人物なのであれば、ある程度頷ける。
だが、問題はトランプ氏がロシアゲート疑惑はじめ脱税疑惑、セクハラ疑惑などで疑惑だらけの人物だということだ。
「愚か者」はエリートか、それともトランプ大統領か
選挙結果についてコメントを求めた元政府高官の1人は筆者に以下のような一文をメールしてきた。
「かって言論界で健筆を振るったH・L・メンケン*2というジャーナリストがいる。そのコメントは今も引用されている。その1つにこんなコメントがある」
「『民主主義が完璧に遂行されていれば、米国民の魂により近く寄り添う大統領が生まれる。だが愚かな民たちのすべての望みがかなう素晴らしい日、ホワイトハウスの主人公には正真正銘の愚か者がなっているだろう』」
("As democracy is perfected, the office of president represents, more and more closely, the inner soul of the people. On some great and glorious day the plain folks of the land will reach their heart's desire at last and the White House will be adorned by a downright moron.")
*2=H・L・メンケン氏(1880〜1956)はドイツ系アメリカ人ジャーナリスト兼著述家。ボルチモア・サン編集局長を務めた。代表作に「American Language」がある。反ポピュリズムを主張、第1次、第2次世界大戦に米国が参戦することに猛反対した。
カールソン氏はワシントンを占拠してきた既成政治家や官僚を「愚か者たち」と攻撃したが、メンケン氏が今生きていれば、ポピュリズムをバックに躍り出たトランプ大統領を「正真正銘の愚か者」とあざ笑うのだろうか。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54633
▲上へ ★阿修羅♪ > 経世済民129掲示板 次へ 前へ
- 利息の起源:シャイロックはなぜ嫌われるのか イスラエル、もう1つの監視ビジネス先進国 ここまで来た監視社会「裏アカ」もあ うまき 2018/11/12 12:36:31
(3)
- イラン制裁発動でも弱気相場入りした原油市場 本当に「燃料制約」は起きていたのか AI時代は「のび太」が理想的リーダー像に うまき 2018/11/12 12:39:17
(2)
- 日本びいきのマハティール首相、焦る中国走らす モテ男もビジネスも、中国人が話をフカしまくる理由 日本人には無理? これが うまき 2018/11/12 12:42:04
(1)
- 米中経済に「鉄のカーテン」 元財務長官の警告 萎縮する中国民間部門、政策転換に経済悪化が追打 資生堂減速、中国代購取り締 うまき 2018/11/12 12:56:22
(0)
- 米中経済に「鉄のカーテン」 元財務長官の警告 萎縮する中国民間部門、政策転換に経済悪化が追打 資生堂減速、中国代購取り締 うまき 2018/11/12 12:56:22
(0)
- 日本びいきのマハティール首相、焦る中国走らす モテ男もビジネスも、中国人が話をフカしまくる理由 日本人には無理? これが うまき 2018/11/12 12:42:04
(1)
- イラン制裁発動でも弱気相場入りした原油市場 本当に「燃料制約」は起きていたのか AI時代は「のび太」が理想的リーダー像に うまき 2018/11/12 12:39:17
(2)
投稿コメント全ログ コメント即時配信 スレ建て依頼 削除コメント確認方法
▲上へ ★阿修羅♪ > 経世済民129掲示板 次へ 前へ
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。