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「外国人に仕事を奪われる」は本当か
働き方の未来
「いわゆる移民政策とは違う」と主張し続ける安倍首相
2018年11月9日(金)
磯山 友幸
京浜運河方向から見た東京入国管理局本局庁舎(写真:PIXTA)
「特定技能2号」なら家族帯同も認める
外国人労働者の受け入れを拡大する出入国管理法改正案の審議が始まった。深刻な人手不足で、多くの業界から外国人労働者の受け入れ解禁を求める声が上がっており、政府は今の臨時国会で可決成立させ、2019年4月から施行したい考えだ。
今回の入管法改正ではこれまで「単純労働」とされてきた業種で受け入れが可能になる。新たな在留資格を創設するのが柱で、「相当程度の知識または経験を要する技能」を持つ外国人に就労可能な「特定技能1号」の在留資格を与える。
建設や介護、宿泊、外食といった人手不足が深刻な14業種が想定されている。農業や漁業のほか、飲食料品製造、ビルクリーニング、自動車整備、航空、素形材産業、産業機械製造、電気・電子機器関連産業が加わる。
「技能実習制度」に基づく在留資格で外国人が働いている業種も多いが、事実上の「就労」にも関わらず「実習」が建前のため、様々な問題が生じている。他業種への転職や宿泊場所の選択の自由がないため、「失踪」する技能実習生が相次いでいるほか、最低賃金以下の報酬しか実際には支払われないなど、社会問題化している。
一方で、技能実習(最長5年)を終えた人材は帰国するのが前提のため、せっかく技能を身につけたのに採用し続けることができないといった不満が企業の間からも上がっていた。
今回の法改正では技能実習を修了するか、技能と日本語能力の試験に合格した場合に、「特定技能1号」という資格を与える。在留期間は通算5年とし、家族の帯同は認めない。
さらに高度な試験に合格し、熟練した技能を持つ人材には「特定技能2号」の資格を与える。1〜3年ごとなどの期間更新が可能で、更新回数に制限はない。配偶者や子どもなどの家族の帯同も認める。10年滞在すれば永住権の取得要件の1つを満たすことになり、将来の永住にも道が開けることになる。
報道によれば政府は初年度に4万人の受け入れ増を想定しているという。一見多い人数に見えるが、実際は違う。2017年度末の在留外国人は256万人で、厚生労働省に事業所が届け出た外国人労働者だけでも128万人に及ぶ。いずれも過去最多だ。外国人労働者は1年で19万4900人も増えている。
安倍首相の“建前”に野党は反発
増加分を資格別にみると、留学生が4万9947人増、技能実習が4万6680人増となっている。こうした実態から見ると、新資格で4万人という数字はかなり過小で、仮に4万人に資格付与をとどめようとすれば、「狭き門」になる。留学生や技能実習生の制度を使った実質就労が今後も続くということだろう。逆に実勢に合わせて新資格を授与すれば、10万人近い外国人労働者が入ってくる可能性も十分にありそうだ。
国会論戦で野党も外国人の受け入れ拡大自体には正面切って反対していない。問題視しているのは、安倍晋三首相があくまで「いわゆる移民政策とは違う」と言い続けていることだ。国連の定義では、1年以上その国に移住していれば、「移民」で、5年の在留資格を持って働いている外国人は立派な移民ということになる。ましてや「特定技能2号」の資格で在留する外国人は問題を起こさなければ事実上無期限で日本に居住でき、家族も帯同することができる。これを「移民」と呼ばずして何というのだろう。
逆に「移民ではない」といい続けることで、新たな問題が起きる。「特定技能1号」の資格では家族帯同も許されないし、永住権取得のための通算在留年数にもカウントされない、という。「5年たったら帰っていただく」というのが建前なのだ。つまりあくまでも「出稼ぎ」扱いで受け入れると言っているわけだ。
そうした状況に置かれた外国人が、日本語を真剣にマスターして、日本社会に適合していこうと考えるかどうか。期間中だけ割の良い儲け仕事で稼いで帰ろうと考えるのが人情だろう。それこそ、社会不安の種をまくようなものだ。きちんと長期にわたって日本に住むコミュニティーの一員になってもらう事が、社会の混乱を起こさないためにも必要だろう。
安倍首相は国会での質問に答えて、条件を満たせば永住の道が開けることになる「特定技能2号」を経ての永住権取得について「ハードルはかなり高い」と答えている。そう答えざるを得ないのは「移民政策を採ることは考えていない」といい続けるからだ。日本に永住してもらわなくて結構、あなたたちは所詮「出稼ぎ」です、と首相が言う国で、本気で社会の一員になろうとする外国人がどれだけいるだろうか。
「外国人が入ってくると日本人の仕事を奪われる」という反対意見もある。もともと外国人の受け入れに反対派が多い自民党内にもそうした議論はあったが、法案提出に向けた党内手続きは予想以上にスムーズだった。というのも自民党議員は支援者である地元の商工業者から、さんざん人手不足の話を聞かされ、外国人受け入れ以外に道がないことを理解しているからだ。心情的には受け入れ反対でも、支援者の声には逆らえないわけだ。
実際、留学生がたくさんいる都市部よりも、地方都市や農山村の方が人手不足は深刻になっている。コミュニティーの崩壊寸前になっている地域もあり、「来てくれるなら外国人でも大歓迎」という声が少なくない。かつて農山村でブームになったフィリピン人花嫁が地域に定着し、外国人アレルギーが薄れているという現実もある。
雇用者数の増加はいずれ頭打ちに
現状の人手不足で見る限り、外国人労働者が入ってきたからと言って日本人の仕事が奪われるという話にはならないだろう。仕事を探す人1人に対して何件の求人があるかを示す「有効求人倍率」は、厚生労働省が10月30日に発表した9月の実績で1.64倍と、1974年1月に肩を並べた。44年8カ月ぶりの高水準というから、高度経済成長期並みの人手不足になっているということだ。
人口が減っているから人手不足になっていると言われるが、実際は、働いている人の数は増えている。総務省が発表する労働力調査によると、9月の就業者数は6715万人、会社に雇われている「雇用者」数は5966万人といずれも過去最多を更新した。就業者数、雇用者数ともに第2次安倍内閣発足直後の2013年1月以降69カ月連続で増え続けている。
これは65歳以上でも働き続ける高齢者が増えたこと、働く女性が増えたことが大きい。安倍首相が言う「1億総活躍」「女性活躍推進」がある意味、効果を発揮しているのだ。今や65歳以上の就業者は800万人を突破、15歳から64歳の女性の就業率も70%に乗せた。いずれも初めてのことだ。
問題はこれからだ。日本の人口は2008年の1億2808万人をピークに減少し始め、すでに164万人も減少、2018年10月1日現在の概算値は1億2644万人となった。1年で25万人減のペースで減り続けている。人口の大きな塊である団塊の世代が2022年には75歳以上となり、働き続けていた人も職場から去っていくことになるだろう。早晩、65歳以上の働き手の減少が始まるのは確実だろう。女性の働き手も就業率が70%を超えてきたため、そろそろ頭打ちになる可能性が高い。
そうなると、日本の人手不足はさらに本格化する。ロボットなど機械化や、働き方改革で人手のかかる仕事を減らしたとしても、労働人口減を補うことは難しい。そうなると、外国人に依存せざるを得ないのは明らかだ。個別のケースでは優秀な外国人が日本人のポストを奪うことはあるかもしれない。しかし、全体としては外国人が入ってきたから日本人が職を失うということは数字を見る限りありえないと言っていいだろう。
「技能実習生」や「留学生」と言った便法ではなく、真正面から外国人を受け入れる制度として新資格を創設するのは、今後、本格的に移民政策を議論していく上でも重要な第一歩になるだろう。
このコラムについて
働き方の未来
人口減少社会の中で、新しい働き方の模索が続いている。政官民の識者やジャーナリストが、2035年を見据えた「働き方改革」を提言する。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/110800080/?
アメリカの雇用を奪う男たち
アメリカ国境のリアル
ティフアナ、入り組んだ国境のサプライチェーンを覗く
2018年11月9日(金)
篠原 匡、長野 光
今回の連載で何度か触れているように、米国内にいる不法移民の数は2007年をピークに減少傾向にある。とりわけ不法移民に占めるメキシコ人の数は減っており、本国に帰る不法移民が増えている様子が見て取れる。
その理由として、金融危機による雇用減は確かにあったが、リスクを冒して国境を渡る必要がなくなっているという面も大きい。米国に密入国するまでもなく、メキシコ国内で割のいい雇用が得られるようになっているのだ。
実際に、ティフアナでは「シェルター」と呼ばれる企業が急速に拡大している。
シェルターとは、メキシコでの生産を希望する企業に、工場スペースの提供や労働者の調達、納税や会計、サプライヤーへの支払い手続き、通関業務やトラックの手配、その他のコンプライアンス対応などをまとめて面倒見る企業のことだ。
メキシコにはIMMEXという保税加工制度があり、その認可を得られれば、原材料や部品の輸入にかかる関税やVAT(付加価値税)が免除される。ただ、輸入した原材料や部品は最終製品や中間製品としてすべて輸出されなければならず、どの原材料がどこでどう使われて、製造した製品がどこで使われたかを厳格に捕捉する必要がある。また、環境規制や労働者保護に関する法律の順守など様々な規制やコンプライアンスをクリアしなければならない。
メキシコに進出してIMMEXの恩恵は受けたいが、どうすればいいのか分からない−−。そういった企業にとっては、文字通りのシェルターである。
サンディエゴ郊外に本社を置くTACNA Servicesはティフアナ近郊で6000人超の労働者を抱えるティフアナ最大のシェルターのひとつだ。1983年に創業された後、2003年に現在のCEO(最高経営責任者)、ロス・ボールドウィンが経営権を取得して今に至る。ティフアナやテカテ、メヒカリなどバハカリフォルニア州にある5つの拠点で外資系企業に代わって労働者を雇用している。現場で働く労働者のレポーティングラインはTACNAではなく外資系企業だ。
顧客が作っているのは塗装用ローラーやライフル銃のストック、クリーンルーム用スーツ、航空機の流体制御バルブなどハイテクからローテクまで様々。TACNAはシェルターとして各種サービスを提供するだけでなく、自身もIMMEXの認可を受けた工場として外資系企業の生産を請け負っている。TACNAの工場で生産された最終製品や中間製品も他の外資系企業と同じく100%輸出に回る。
IMMEX自体は古くて新しい制度だ。もともとはマキラドーラという名称で、北部国境地域に米国の企業を呼び込むため1965年に創設された。その後、NAFTA(北米自由貿易協定)の誕生によってマキラドーラの仕組みも変化し、現在は認可要件が厳格化したIMMEXに変わった。ただ、原材料や部品の輸入にかかる関税やVATの免除という点は今も同じ。安価なメキシコの労働力を効果的に活用する仕組みだと考えればいいだろう。
TACNAを経営するロス・ボールドウィン
前回書いた通り、貧困や密入国、ドラッグカルテルの暗躍などティフアナには国境の町の暗い一面があるのは間違いない。だがティフアナには別の側面もある。
北部国境地域の工業エリアとして再び脚光を浴びるティフアナのもう一つの風景を見るため、そしてトランプ政権が仕掛ける貿易戦争の影響を見るため、9月のある日、TACNAの本社を訪れた。すると、困惑した表情のボールドウィンが駐車場にいた。見れば、オフィスの駐車場に壊れたキャンピングカーが置き去りになっている。
「昨日はなかったんだが……。とんでもないことをする人がいるもんだね」
内部はメチャクチャ。どのようにここに持ってきたのかも不明だ。
そのままオフィスでTACNAの簡単な説明を受けた後、ティフアナの工場を見るため彼のクルマに乗ってオタイ・メサのゲートに向かった。ティフアナのダウンタウンから東に5〜6kmほど行ったところにあるもう一つのゲートだ。
地下でメキシコと米国がつながる空港
国境におけるメキシコの入国審査はいまだに謎が多い。ティフアナと米国側のサン・イシドロをつなぐゲートには入国審査があるのに、ノガレスやシウダー・フアレス、ブラウンズビルなどは入国審査がなく、そのまま回転ドアをくぐって終わりだ。また、ブラウンズビルのように木戸銭を入れてゲートを通過するところもあれば、何もなくただ通り過ぎる場所もある。オタイ・メサのゲートも入国審査は一切なかった。
全くの余談だが、TACNAの本社そばにあるCBX(Cross Border Xpress)は一風変わっている。米国内の空港だが、出発便を見るとアエロメヒコの国内線ばかり。実は、地下通路で反対側にあるティフアナ国際空港とつながっており、CBXで入国審査を終えた後、歩いてティフアナ国際空港に向かう。メキシコからの移民が多いカリフォルニア州南部という土地柄を反映した施設だ。
ティフアナ市内をクルマで20分ほど走ると、TACNAの工場に着いた。工場の入り口に仮設テントがあったので中の女性に聞いてみると、求人の説明や登録のための施設だという。ティフアナの失業率は米国を下回る2%。労働者を集めるため、ストリートを歩く人々を勧誘しているのだ。わずか10分の間に3人が足を止めて説明を聞いていた。
ティフアナのシェルター、TACNAの工場
この工場ではシリコンホースから電子部品まで雑多な製品を生産している。
シリコンホースは米国の船舶製造メーカー向け。原料に様々な色を配合してシートを作り、そのシートを整形してシリコンホースに加工する。別のラインでは、工員がコイルを巻いたり、はんだ付けしたりして、アンテナや変圧器、ゲーム用のジョイスティック、自動車の窓を開閉するモーターなどを作っている。大量生産品ではなく、特定の顧客向けの特注品が中心だ。
「毎年5社ずつ顧客が増えている」
そうボールドウィンが語るように、10年前は14社だった顧客は今では33社を数える。1100人ほどだった従業員も6000人超だ。すべて好景気を謳歌する米国での需要増に対応する顧客の動きを反映したものだ。
例えば、リップクリームや付け爪などを生産する台湾のコスメメーカーは増産拠点としてティフアナを選択、工場の従業員は80人から415人に急増した。米国内の小売りチェーンにフラワーボックスを卸している別の会社も箱に花を詰める作業をティフアナに移した。花を米国から輸入して、ティフアナで箱詰め作業した後、また国境の向こうに送り返すのだ。
さらに、シャツに名前やロゴを入れるサービスを提供している欧州のある企業は名入れ作業だけをティフアナに切り出している。ティフアナの従業員が生地に名前やロゴを印刷、裁断、縫製、箱詰めまでティフアナで手がけて米国の顧客に発送する。通関を含め3日間で米国の顧客に届く。小ロットで手間のかかる作業がわずか3日で完結する−−。国境に接するティフアナの強みを生かしたプロセスだ。
「当社であれば、わずか90日で工場の操業まで持っていける」
ボールドウィンは胸を張る。
シリコンホースを作る作業員
回転するホースに針金を巻き付けて強化している
メキシコに原材料を送り、組み立てて米国に送り返す。話を聞けば簡単なことに思えるが、それを支える仕組みは複雑だ。
例えば、IMMEXを活用する米企業が中国からの輸入部品で製品を作り、ティフアナから米国に輸出するケースを考えてみる。たいていの場合、中国を出発した部品はロサンゼルスのロングビーチ港に着く。ただ、そのまま荷物を荷揚げすれば米国で関税を払うことになるので、荷物は開かずに外国貨物のまま、いわゆる「InBond(保税:一時輸入の状態)」でティフアナに送られる。
一方、ティフアナの工場に入った部品は製品としてすべて輸出される必要があるため、米国とメキシコの税関に提出した書類と実際に輸出した製品が合っていることを確認するプロセスが発生する。それ以前に、ティフアナで生産した製品が関税の免除を受けられるかどうか、どういう輸入ルートが最適なのか、膨大な関税コードと格闘して調べる必要がある。
「1カ月に扱っているアイテム数は膨大すぎて即答できない。企業が何かを輸出入する際は、税関に問い合わせながら一つひとつ判断していく」
30年以上、TACNAの通関業務をサポートしているInternational Automated Brokers(IAB)のCEO、レイチェル・ゴディングは言う。
TACNAの通関業務をサポートしているIABのゴディング
ティフアナの闇と光
勃興するシェルターと、「米国の工場」としてのティフアナの復権。それに伴って、エンジニアリングやマネジャーなど教育を受けた人々にとって割のいい仕事が増えつつある。それが中間層の増加を牽引している。とりわけ大卒の若者だ。
大学で経営管理を学んだフランシスコ・シエンシアスはTACNAで規制対応を担当している。顧客の意向を聞き、それがメキシコやバハカリフォルニア州の規制と照らし合わせてどうなのか、間に立って調整していく仕事だ。高い環境規制や労働規制でメキシコの企業を近代化させることが重要だと考えている。
「この会社の社会に関与する姿勢は素晴らしいと思う」
顧客の1社、プラスチック製品の加工を手がけるCraftecで倉庫管理者を務めるルス・マリアは仕事の後、ティフアナのカレッジに通っている。英語がペラペラなのは高校時代に米国の高校に通っていたからだ。
「私の世代はみんなカレッジに行くようになっています。大卒の資格がないといい仕事は得られません」
そもそもボールドウィンの右腕のオシー・ディアスからしてティフアナの成長によってのし上がった人物だ。彼はメキシコのノガレスのマキラドーラで工場管理者を務めていた10年前にボールドウィンと出会い、TACNAにスカウトされた。今は高価なスーツや時計をつけてティフアナとサンディエゴを行き来する毎日だ。
「ありがたいことに、給料はドルでもらっている」
学歴がモノを言うのはどの社会も変わらないが、前回に見たティフアナの闇に生きるナチョやマリアの日常とは異なる世界だ。
ボールドウィンの右腕のオシー・ディアス
彼らほどではないが、労働者もタイトな労働市場の恩恵を受けている。
「給料は毎年増えている」
製造ラインでコネクターとケーブルを作っていたアルマンドは16年間、TACNAの工場で働いている。こつこつと働いた結果として、最近、自宅を購入した。就業時間は朝6時から夕方4時までとかなり早いが、彼にとっては早く終わるところがいいという。
「会社までのバスもあるし、自分のペースで作業できるのでこの職場は気に入っているよ。私の年齢だと他に雇ってくれないだろうし」
スキンヘッドに足のタトゥーが目立つミゲル。英語がうまいので話しかけて見ると、予想通り米国を強制送還された不法移民だった。親とともに米国に入国し米国の高校を卒業したが、ドラッグの販売のために強制送還された。バンカーにいた退役軍人と全く同じシチュエーションである。
「家族は?」
「別れた妻と子供がアメリカにいる」
「なぜ強制送還された?」
「ドラッグの販売」
「米国に密入国しようとしたことは?」
「もちろんあるさ。チャレンジしたよ」
「ティフアナの治安は?」
「よくないね。オレもそっち側だったからよく分かる」
「警察はオレのことをドラッグディーラーだと思っているんだよ。2〜3カ月前、家に来ていろいろ押収していきやがった。捜査令状も何の書類も持っていないのに。いずれにせよ、あらゆる種類の人間がここにいる」
「1週間の稼ぎは?」
「135ドルぐらいかな。男の独り身であれば十分だよ。早く自分の部屋がほしい」
ドラッグの販売でメキシコに強制送還された作業員
エンロン事件をきっかけに起業
かつてティフアナのマキラドーラと言えばテレビの生産で有名だった。現に、米国の小売店に並ぶテレビの多くはティフアナで組み立てられていた。ところが、2001年12月に中国が世界貿易機関(WTO)に加盟すると、あっという間にウォルマートのテレビは中国製になった。
ボールドウィンがTACNAの経営に乗り出したのはちょうどその頃だ。彼は22年間、コンサルティング会社、アーサー・アンダーセンのコンサルタントとして活躍した。だが、2001年に発覚したエンロンの不正会計事件で監査を担当していたアーサー・アンダーセンも解散、同社のパートナーだったボールドウィンも打撃を受けた。
「私自身、エンロンとは無関係だったが、会社全体がつぶれてしまった」
残務処理の後、2002年6月にサンディエゴのオフィスを自らの手で閉めた時に、次は共同経営ではなく自分自身で企業を経営しようと肝に銘じる。そして、経営したいと思う会社を物色していたところ、TACNAの創業者に出会った。
「まず50%の株式を取得し、3年後にすべての株を買い取った」
この決断は吉と出る。中国の人件費が上昇したことで、再びティフアナに光が当たり始めたのだ。
製造業におけるドルベースの時給を見ると、2005年の中国の時給は0.73ドルとメキシコの3分の1以下だった。その後のメキシコの賃金上昇がほぼ横ばいなのに対して、中国の人件費は右肩上がりで上昇、2012年にはメキシコを上回る水準に達している。その間、メキシコの賃金も上がっているが、ペソの下落で相殺されており、ドルベースではほとんど横ばいだ。
その中で、労働集約的なプロセスをメキシコに移管しようとする企業が増加した。かつての電子部品ではなく、接着剤から航空機部品まで幅広い分野で、だ。
アーケードゲーム向けのコントローラー
そして、ここに来てシェルターの成長は加速している。その理由のひとつは好調な米国経済だが、それ以上に米国の最低賃金引き上げが大きい。
米国の一部の州では最低賃金を引き上げる動きが進んでいる。とりわけカリフォルニア州では2022年までに最低賃金が10ドルから15ドルに上がる。その影響は甚大だ。
例えば、カリフォルニア州における製造業の労働コストを1時間あたり16ドルとした場合、100人を雇った場合の労働コストは332万ドル。それに対して、ティフアナの労働コストは1時間あたり4.5ドル程度。年間の労働コストに直せば112万ドルで、年200万ドル以上の節約になる。IMMEXで関税やVATが免除されることを考えれば、コスト削減効果は極めて大きい。シェルターに駆け込む企業が増えているのはそのためだ。
「先日もサンフランシスコのベイエリアで5社の経営者と話をした。ティフアナに進出したいと考える企業は多い」
こちらのラインで作っているのはコイル
ルス・マリアが働くCraftecも労働コストの上昇を避けるためティフアナに来たクチだ。ロス郊外のアナハイムに本拠を置くCraftec。米国の経済成長で受注は増加しており、増産を検討していた。だが、地元では最低賃金の上昇が確実。そこで、TACNAの誘いに乗って増産拠点をティフアナに決めた。
「私たちのビジネスは大きく成長している。ティフアナのIMMEXも急速に伸びている」
Craftecのティフアナ工場でゼネラルマネジャーを務めるクラウディア・バージンは語る。
対中関税でメキシコは面白い立ち位置に
成長軌道に乗るTACNAだが、この1〜2年は不安もあった。トランプ政権のNAFTA再交渉である。
米国の貿易赤字と雇用流出を問題視するトランプ政権は北米の自動車工場として台頭したメキシコを攻撃、自動車の輸入関税をちらつかせてNAFTAの再交渉を迫った。交渉の途中では米国のNAFTA離脱もあり得たが、9月末に北米3カ国でNAFTA2.0、「USMCA」で妥結した。
新しいUSMCAでは域内調達率が62.5%から75%に厳格化、自動車生産の40%を時給16ドル以上の労働者が作る「賃金条項」が追加された。乗用車の輸出に際しては年260万台の輸出数量制限も設定されている。基本的にメキシコの自動車産業を押さえつける内容だが、NAFTAが崩壊すれば大惨事である。USMCAでNAFTAの枠組みが残ったことに、ボールドウィンは安堵のため息をついた。
逆に、NAFTAの崩壊さえなければ、今の貿易戦争はメキシコに追い風になる。25%の対中関税が実施されれば中国からの米輸出は成り立たないため、米国に製品を輸出している中国企業は関税を回避する手を考えざるを得ない。その一つとして、ティフアナのIMMEXが浮上するという見立てだ。
「トランプ政権の関税が残れば、メキシコはとても面白い立ち位置になる」
eコマースのフルフィルメントセンターとして成長する可能性もある。
米国の消費者がeコマースで買う商品にはメード・イン・チャイナのアイテムも多いため、関税が課されればここも大打撃を受ける。一方で、個人が米国に商品を持ち込む際の免税金額の上限は800ドルだ。理論上、ティフアナ郊外のエンセナータ港やロスのロングビーチ港に商品を持ち込み、メキシコで梱包や仕分けをして米国の消費者に配送すれば、購入金額800ドルまでは免税扱いになる。
この後、トランプ政権がIMMEXを潰しにかかる恐れはもちろんある。ただ、トランプ政権のターゲットは中国であり自動車だ。そこまではしないとボールドウィンは見ている。
ハイチ出身のテオドール。ブラジルから来た
それに国境都市の発展は米国にとって悪い話ではない。
12月にメキシコ大統領に就任するアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(AMLO)は北部国境地域の最低賃金を2倍に上げると公約した。既に失業率が2.0%だということを考えると、今後の平均賃金の上昇は必至だ。仕事を求めて南部から北部に移動するメキシコ人も増えるに違いない。
これまでであれば、そういったメキシコ人はそのまま国境を渡り米国に密入国した。だが、メキシコ国内で割のいい仕事に就けるのであれば、わざわざリスクを冒して密入国する必要性も薄れる。
実際に、それを想起させる現象も起きている。
メキシコにとどまったハイチ人
2010年にハイチを襲った大地震の後、多くのハイチ人が仕事を求めて祖国を離れた。初めに彼らを受け入れたのはオリンピックの開催を控えて建設ラッシュが続いていたブラジルだった。だが、2016年の夏季オリンピックが終わると建設需要は急減、ブラジル政治の混乱もあり、彼らはアメリカを目指した。当時のオバマ政権が人道的な見地から入国を許可したためだ。
ところが、後にオバマ政権が方針を転換、大量のハイチ人がティフアナで足止め状態になった。その時にメキシコ政府が彼らに労働ビザを発給したことで、ハイチ人はそのままティフアナで働き始めた。
Craftechの受付に座っていたテオドールもブラジルから米国を目指した移民のひとりだった。当時住んでいたブラジルの地方都市からペルーに飛び、そこから長距離バスと小さな船を乗り継いでティフアナにたどり着いた。
ところが、着いてみると足止め状態の同胞が大勢いる。彼自身も米国に行こうと思っていたが、諦めてティフアナで働き始めた。2017年2月のことだ。そして、工事現場で働き始め、別の工場に移り、もっといい仕事につこうとCraftechの面接に来た時に取材班に出会ったのだ。
ハイチ人がメキシコにとどまっているのは人道的な見地からメキシコ政府が労働ビザを発給したため。中南米から来る移民のすべてをメキシコが食い止めるわけでもない。ただ、メキシコ国内に機会が増えれば米国を目指す人間も減る。
「最大の心配事はトランプ政権ではなく賃金上昇」
IABのゴディングが率直に語るように、ティフアナの競争力は安価な人件費であり、賃金が上がれば競争力を失う。もっとも、賃金上昇はティフアナに進出している外資系企業にとってコストアップ要因だが、AMLOは付加価値税の引き下げも主張しており、賃金上昇の一部は吸収される。賃金上昇によって、タイトな労働環境が緩和されるメリットの方が大きいとボールドウィンは見る。
いずれにせよ、ティフアナのIMMEXを通して、トランプ政権による既存秩序の破壊の中でメキシコはしたたかに果実を手にしていることが見て取れる。雇用の米国回帰を訴えるトランプ政権の主張は主張として理解できる面もあるが、水が低きに流れるように、人件費の低いところに仕事が流れ出ていくのが経済の万有引力だ。教科書的にいえば、より付加価値を生み出すための教育こそ重要で、関税だけで押しとどめても限界がある。
「トランプ政権の本当の敵は私たちだよ」
国境のゲートに向かうクルマの中でオシーは笑いながら語ったが、その表情の中には、メキシコ人を侮辱し続けたトランプに対する対抗心と、トランプ政権が何をしようがティフアナは発展を続けるという強烈な自負が垣間見えた。実際、米国にはメキシコや中国に出て行った雇用を支えるだけの労働力もなければインフラもない。彼らが奪い取った雇用が戻ることはないだろう。
このコラムについて
アメリカ国境のリアル
取材・文
篠原 匡 長野 光
太平洋岸のサンディエゴからメキシコ湾岸のブラウンズビルまで、米国とメキシコを分かつ3000キロ超の国境線。1日に100万人以上が往来する北米の経済と社会の大動脈である。その「国境」が米国の政治や経済、社会の最重要課題に浮上したのは、あの男がホワイトハウスを奪取してからといっていい。第45代米国合衆国大統領、ドナルド・トランプである。
トランプ大統領が主張する壁の建設はまだ実現していないが、ビザ取得の厳格化や関税の導入によって既に仮想の壁を構築しつつある。現在、米国と世界を揺るがしているイシューの震源地は紛れもなく国境だ。
それでは、国境では何が起きているのか。それを知るべく取材班は国境沿いのコミュニティを訪ね歩いた。国境に生きる人々の悲喜劇と、国境を舞台に繰り広げられる人間模様。そこから透けて見えるのは、アイデンティティを求めるさまよう人々と今のアメリカそのものだった。
※記事の内容は変更する可能性があります。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/100500246/100500004/
「風が吹けば儲かるのは誰か」をAIが予測
記者の眼
記者の仕事がまた消える!?
2018年11月9日(金)
藤村 広平
企業ニュースは、すべて「風が吹けば(桶屋ならぬ)誰が儲かる?」で出来ていると思う。
たとえばフルタイムの共働き世帯が増えたことで、家事時間の短縮を実現する商品やサービスを世に送り出した企業が消費者の支持を獲得している(「消費の担い手『パワー共働き』をつかまえろ」)。あるいは人口減少が進むにつれ、移動販売車が各地で快走している(「『走るコンビニ』現場で見た光景」)。
企業ニュースを担当する記者は世間にどんな風が吹いているのかを感じ取り、その風がどんな企業にどんな形で影響するのか、企業はいかなる対応を考えているのかを取材して記事にする。それが業界の新しいトレンドの端緒となりうることを示したり、社会の「いま」を描くことにつながったりする。
だから寝ても覚めても「風が吹けば誰が儲かる?」を考え続けることが、記者にとっての最大の仕事。個人的に、そう信じてきた。
ところがどうも、この「記者最大の仕事」も近い将来、テクノロジーに取って代わられてしまうかもしれないらしい。経済ニュースを自然言語処理技術で解析し、上場企業の業績への影響を予測するサービスが11月、試験的に始まったのだ。
10年分、30万本超の経済ニュース解析
提供するのはゼノデータ・ラボ(東京・渋谷)。公認会計士の関洋二郎社長(34)が2016年2月に設立したスタートアップで、金融情報を分析するAI(人工知能)の開発を手掛ける。すでに三菱UFJ銀行や帝国データバンクなど計9社から出資を受けている。
関洋二郎社長は慶應義塾大学在学中に公認会計士試験に合格した、企業の決算情報解析のプロ。大手監査法人勤務などを経て、2016年にゼノデータ・ラボを設立した。
新サービス「xenoBrain」(ゼノブレイン)は米ダウ・ジョーンズの過去10年分、30万本超にわたる記事を解析して、経済ニュースの因果関係を可視化。さらに上場企業の決算短信や有価証券報告書の解析結果と組み合わせることで、経済にまつわる出来事があったとき、その前後にはどんな出来事が発生し、上場企業の業績がどのように変化するかを予測する。
実例をみてみよう。「小麦価格の上昇幅が、市場予測を上回りそう」。そんなニュース記事の見出しをクリックしてみる。ゼノブレインがモノの数秒で弾き出すのは、次のような可能性だ。
・キッコーマンや山崎製パンは営業減益へ
・日野自動車や新日鉄住金は増収へ
キッコーマンや山崎製パンはわかりやすい。小麦価格が高騰すれば、醤油やパンの原材料費がかさんで利益が削られてしまうからだ。ためしにキッコーマンの有価証券報告書(第101期)の「事業等のリスク」を参照してみると、たしかに小麦価格の上昇が業績に悪影響を及ぼすことが明記されている。
キッコーマンの有価証券報告書(第101期)より引用
複数の因果関係をつないで見える化
では日野自動車や新日鉄住金に影響するのはなぜか。
それは小麦価格が上昇(A)すれば農家の収入が増え(B)、農家の収入が増えれば農機などを含んだトラックの需要が高まり(C)、トラック需要の高まりによって鋼材需要も上向くから(D)だ。
ニュース記事というのは、一つひとつは「AだからB」「BだからC」「CだからD」などと、シンプルな因果関係を伝えるものが多い。ゼノブレインの場合、大量の記事を解析することで、それら個別の因果関係をつなぎあわせ、最終的に「AだからD」という大きな流れを見えるようにしている。
ゼノブレイン利用画面のイメージ。将来的には、どんな経済要因が「どれくらい」企業業績に影響するかの重みづけの解析まで実現したいという。
関社長は「企業が公表している決算情報は『こういう事業環境だったから、こういう業績になった』という過去の結果を示している」と話す。だが、これを「経済ニュースの分析と組み合わせれば、将来的に業績がどう変わっていくのかまで予測できるようになる」(同)。
人間の力ではとてもカバーできなかった量の情報を解析すれば、これまで誰も気づかなかったような新たな業績の変動要因も発見することができるかもしれない。すでに三菱UFJ銀行のほか、「ひふみ投信」の運用などで知られるレオス・キャピタルワークスなど10社前後が導入を決めたという。
ゼノデータ・ラボの強みは金融機関出身者の多さにある。関社長は公認会計士として、大手監査法人でメーカーや小売企業などの財務監査に携わった経験をもつ。篠原廉和COO(最高執行責任者)も大手生保の株式投資部門出身。いわば経済ニュースや企業が公表する決算資料の解析作業のプロだ。
日本語の連なりを分析して、書かれている要素と要素の関わり合いを可視化するだけなら、他のスタートアップでもできる。だが独特の言い回しも多い経済ニュースでは「2つの事象に因果関係があるかどうかの判断が難しい。金融経験者が多いからこそ正しいアルゴリズムを組める」と関社長は話す。
ゼノデータ・ラボは2018年末をメドに、指定した企業の業績に影響しそうな経済ニュースを「逆引き」する機能も盛り込む予定。
「ゼノブレインを開いてみたら、我が社の増益につながりそうなニュースは過去3カ月で14本、反対に減益ニュースは8本だって……。どれどれ、どんなニュースがあるんだろう?」。そんな利用のスタイルが浸透すれば、経営戦略の立案を担当する社員が自社のリスクをあぶり出すのにも使えそうだ。
「逆引き」機能のサンプル画面。自分の会社の業績に影響しうる新たなリスクをあぶりだすのに使えるかもしれない
記者はAIに代替されにくいはずだが……
「雇用の未来」で有名な英オックスフォード大のマイケル・オズボーン准教授らの研究をひくまでもなく、記者業は一般的に、AIに代替されにくい職業とされてきた。だが日本経済新聞社が決算短信のサマリー記事を自動執筆する取り組みを進めているように、記者がこれまで行ってきた仕事のすべてが残るわけではない。
AIに代替されない、人間にしかできない、本当に付加価値の高い仕事とは何だろう。この命題を考え続けることは、いい記事とは何かを追求することにもつながるといえるだろう。肝に銘じたい。
このコラムについて
記者の眼
日経ビジネスに在籍する30人以上の記者が、日々の取材で得た情報を基に、独自の視点で執筆するコラムです。原則平日毎日の公開になります。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/221102/110800624/
人口減少社会ではレジリエンスが重要
トップリーダーかく語りき
メタウォーター社長 中村氏に聞く(後編)
2018年11月9日(金)
日経トップリーダー
水・環境分野のエンジニアリング企業大手、メタウォーターは、日本が人口減少社会を迎え、自治体のインフラ管理が「広域化」していくといった傾向を見せる状況をにらみ、新しい取り組みを始めている。自治体やパートナー企業、地域企業とともに持続可能な水・環境インフラの実現を担うべく、効率化を追求する事業の仕組みづくりだ。後編では、その元となる考え方を聞いた。
今後、PPP(官民パートナーシップ)を推進していくうえで、どのようなソリューションを提案していくのか、お考えがあれば教えてください。
中村:PPPを成功させることは簡単でないと前回言いました。
これは、PPPの最初のP、自治体がもはやインフラに投資しづらいという問題のほかにも、自治体には、地理や、都市と地方などの様相の違いによって個々の事情があるからです。もう1つのP、企業についても、そこには多くの同業者が関係しているため課題を複雑化させています。
PPPを成功させるためのキーワードは3つあると思っています。
1つは「レジリエンス」、しなやかな回復力、強じん性という言い方もしますが、竹が厚く積もった雪をはねのけて育つようなイメージです。これは東日本大震災という悲しい体験から得た示唆であり、世界に発信すべきことだとも思っています。
これまでエンジニアは、絶対に壊れない、何があってもバックアップが稼働して大事にはならないシステムができると考えていたと思います。私もそう思っていました。しかし、自然を相手にすることは、そんなに容易なものではないと私たちは知りました。
私たちは考え方を変えなくてはいけないと思っています。
中村 (なかむら・やすし)
メタウォーター代表取締役社長。1957年埼玉県生まれ。81年、青山学院大理工学部卒、富士電機製造(現富士電機)入社。水処理システム開発などを担当。2008年、メタウォーター取締役、15年取締役執行役員常務。16年から現職。メタウォーターは、2008年、日本ガイシと富士電機の各水環境事業子会社の合併により、水・環境分野における総合エンジニアリング企業として発足。中村氏はその3代目社長。上下水道をIT(情報技術)で管理する新規事業などで実績がある(写真:清水真帆呂)
建造や改修が簡単なことも今後はメリットに
「3匹の子豚」という童話がありますよね。長男は簡単に作れるワラの、次男もほどほど簡単に作れる木の、三男は必死にレンガの家を作って三男だけがオオカミから命を守ったという物語です。ですが、地震の多い国であればレンガの家も壊れます。
レジリエンスの観点でこの物語を見直したらどうなるか。
ワラの家は、簡単に作ったり直したりできるメリットを生かし、何があってもすぐに復旧できる設備として捉え直すことができます。オオカミ対策として、警備会社と契約するというリスクヘッジも可能です。
振り返ると、自治体などのお客様に対して、ワラの家の提案はしてきませんでした。ワラの家ならではの付帯的サービスの提案もしてきませんでした。ですが今後は、このような考えから導き出されるアイデアも取り組むべきだと考えています。
ワラの家には警備会社との契約が必要であるのと同じように、設備には維持管理をする人の力が不可欠です。設備は、完成し稼働すると、その後のパフォーマンスは老朽化によって落ちていきます。そこをカバーするのが人です。
設備の老朽化によって、例えば水の処理量が減るのなら、人の熟練の化学的スキルなどによって水の処理量を増やし、結果として量を保つというソリューションがあります。
中村:2つ目のキーワードは「知恵の輪」を解くことです。社員皆で知恵を出し合って、事業における最適解をもう一度導き出してみようという考え方です。
例えば大きな地震が起きることを想定して、設計側は「ここの信号が途切れたら大変なことになる」と思う箇所に、バックアップのケーブルをもう1本敷くのですが、運営側の目には「この1本が切れるときはバックアップの1本も切れるので、意味がない」と映っていたりします。
一方で、災害時には運営側で何とかするから、それよりは普段の点検をしやすくしてほしいという声が聞こえてきたりします。
設計側は、週1度の点検は「ときどき」なので、多少その計器が見づらいところにあってもいいだろうと思うのですが、実際に点検をする側からすると、週に1度は年に50回以上です。
計器を安全に確認するために「点検床」と呼ばれる設備を後付けすることになればコストがかかります。その計器の位置のせいで、1人で済む点検が、2人必要ということになるかもしれません。
インフラ事業では、優れた設備が造られ、例えばWBC(メタウォーターの「ウォータービジネスクラウド」)を使うことで運転・維持管理もスマートになったが、長期的な「人の技術」による運営は欠かせない
事業の最適解を見つけ出すには基準が必要
開発・設計と運営など立場によって事業に対する見方が違うと、どのように事業を遂行すべきか、議論が変わるわけですね。
中村:経営の立場もあります。
経営側も、東日本大震災以前はライフサイクルコストが最小になるような設計を求めていました。15年間オペレーションとメンテナンスすることを考えると、毎回、人がハシゴを登るほうが安いのなら、それが経営側のリクエストだからと運営側に押し付けるようなことがありました。
施設や設備は一度に完成しますが、完成後、人が長くオペレーションとメンテナンスをしていかなければならない事業では、見方を変えてみると、思いのほか、事業を続けていくうえでの最適化が図られていないケースがあるわけです。
鳥羽一郎さんの「兄弟船」という歌をご存じですか。親の形見の船で兄弟が操業する様子を歌っています。
陸で酒を飲むときは、その兄弟は“恋がたき”。ところが、海で一緒に漁をするときには“兄弟カモメ”のように力を合わせます。大自然に立ち向かっていかなくてはならない状況では、普段はライバル同士も協力することが必要ということだと私は受け止めています。
最適解を見つけるには、事業の見方の基準が必要になります。
開発・設計側と運営側は、通常運転する場合の開発と運営のコストの話でケンカになることもあるでしょう。しかし、震災時にはどういう設備ならいいのかという課題を考える場合には、お互いが「あれはあったほうがいいに決まっている」と知恵の輪が解かれることが多くなったように思います。判断基準が明確になるのです。
「レジリエンス」と「知恵の輪」に続く3つ目のキーワードは何でしょうか。
中村:これはまだ将来の話になりますが、「情報公開」がそれです。
今後、PPPを請け負う際には、自治体の持つ設備の運営権を私たちが購入し、運営に当たることになるでしょう。運営が始まれば、利用者からは私たちが利用料金を受け取ります。
ただ、自治体が所有している設備の健全性は、なかなか私たちには分からないのです。
私たちが携わった設備については分かりますが、そうでない設備も多くあります。従って、私たちはリアルな運営コストを計算できないままに入札することになり、運営権の購入額は、保険を掛ける意味合いで、抑えようとします。
これを自治体側から見ると、運営権を売っても期待ほどお金が入ってこないということになります。
これは互いに困った状況です。ですから、必要な情報は事前に開示してもらいたいのです。緊急で配管を直す作業はどの程度の頻度で発生しているのか、その作業は自前でできているのか、業者を手配しているのかといったことまで、事細かにです。
サービス業ではなく社会インフラ産業
中村:この「情報公開」が第3のキーワードになると私は思っているのですが、ここで重要になるのが、前回お話しした単なるIoT(モノのインターネット)ではない、人の感覚的な情報も取り込まれたIoX(インターネット・オブ・エクスペリエンス)です。
今のうちからIoXを使ってもらえれば、高い設備は高く、安い設備は安く、適正な価格で取引ができます。
私たちが15年間、オペレーションとメンテナンスをしていた設備があって、その後は別の企業などに変わるとしたとき、15年間、取り続けたデータを渡しませんとなったら、次の事業者は困るでしょう。
一方で民間企業には倒産や解散のリスクもあります。自治体だけでなく、民間企業も確かな情報公開の準備を進めておかなくてはなりません。
場合によっては、ライバルのためにデータを蓄積していく、ということになりますね。
中村:ですが、「あの会社はデータを絶対に出さない」と言われるような企業は、2度目以降はインフラの仕事を受けられなくなるでしょう。
上下水道設備の設計・建設、運営は、一般的なサービス業ではなく、長年設備を使い続ける社会インフラ産業なんです。なので、私たちとしてはそうした考えを表明しながら、その思いに共感してもらえる仲間から、一緒に組みたい会社ナンバーワンと言われるようになろうとしています。
同社は「水・環境インフラの持続に向けて公民で協力し合い、事業と環境保全・地域貢献に取り組む」ことを大切にしている。写真は、横浜市水道局と締結している山梨県道志村での水源林保全活動
PPPでは、価格競争力に優れた海外の企業を意識する必要も出てきます。
とは言え、私たちは値段で戦うのではなく、ほかのやり方で選んでもらえるようにすべきだと思っています。日本の鉄道輸出は、車両を売るだけではなく定時運行のようなオペレーションを売ろうとしていますがそれと同じです。
ただいいものを持っています、実績がありますというだけではアピールになりませんから、前回お話しした、インフラの広域化もにらんだ3つのセンター「運転員訓練センター」「共通部品センター」「ナレッジセンター」を、事業運営の裏付けとして理解してもらうような努力をしていく必要があると思っているのです。
(この項終わり。構成:片瀬京子、編集:日経BP総研 中堅・中小企業ラボ)
アジア進出、デジタル対応、新規事業
2019年1月から「中堅企業 成長戦略勉強会」を開催
日経BP総研 中堅・中小企業ラボでは、2020年以降も成長を目指したい中堅企業の皆様を対象に、2019年1月から「中堅企業 成長戦略勉強会」を始めます。
中堅企業の経営幹部の皆様に少人数でお集まりいただき、講師と参加者が共に議論できる学びの場をご用意いたします。勉強会のテーマは「アジア進出」「デジタル化&生産性向上」「新規事業創出」の3つです。
「アジア進出」の講師は、マンダム、森永製菓での約30年にわたる海外担当の経験を持つ山下充洋氏が務めます。自ら体験した事例などをふまえ、具体的な海外進出のコツをお話しいただきます。
「デジタル化&生産性向上」の講師は、日経BP総研 クリーンテックラボの三好敏が務めます。電機、半導体などを長く取材し、いち早く「インダストリー4.0」の潮流に着目した三好が、IoT(モノのインターネット)やデジタル化による事業革新について参加者とともに議論を深めていきます。
「新規事業創出」の講師は、書籍『起業の科学 スタートアップサイエンス』の著者で、数々のスタートアップのメンターも務める田所雅之氏にお願いしました。「破壊的イノベーション」を生み出す発想の型を参加者とともに考えていきます。
皆様のご参加をお待ちしております。
中堅企業 成長戦略勉強会の詳細、お申し込みは下記のURLをご参照ください。
https://project.nikkeibp.co.jp/event/chuken/
このコラムについて
トップリーダーかく語りき
自ら事業を起こし数々の試練を乗り越えて一流企業に育て上げる。引き継いだ会社を果敢な経営改革で躍進させる――。 こうした成長企業のトップはどう戦略を立て、実行したのか。そして、そこにはどんな経営哲学があったのか。日経トップリーダー編集部が創業経営者やオーナー経営者に経営の神髄を聞く。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/269473/110800156/
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