http://www.asyura2.com/13/senkyo152/msg/380.html
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基本的に菅沼さんの分析と同じですね。
第二次世界大戦はアメリカとソ連の陰謀。
「ほそかわ・かずひこの<オピニオン・サイト>」から
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion07b.htm
第1章 日本悪玉説のもと、『田中上奏文』
20世紀以降、日本は、共産主義の活動によって、大きく進路を狂わされました。実態は、まだ明らかになっていないことが多くあります。その真相を究明することなくして、日本の進路を軌道修正できない点があります。そこで、以下において、『田中上奏文』、ゾルゲらの共産主義者とそのシンパ、「ハル・ノート」、中国共産党による『日本解放綱領』等について考察したいと思います。
第1章 日本悪玉説のもと、『田中上奏文』
東京裁判において、日本は、国家指導者の共同謀議によって、昭和3年(1928)以来、計画的に侵略戦争を行ったとして、断罪されました。その裏付けの一つとされたのが、『田中上奏文』です。
中国語では「田中奏折」と記し、英語では「The Tanaka Memorandum」または「The Tanaka Memorial」と記します。「田中メモ」であれば個人的な覚書ですが、「田中メモリアル」となれば歴史的な価値のある文書という意味となります。この文書が偽書であることは、既に国際的に定説となっています。欧米でも『エンサイクロペディア・アメリカーナ』や『ブリタニカ』に、「偽造文書」と解説されています。しかし、今も中国のみはこれを本物として、対日外交に利用し、南京事件もこの文書に書かれた計画の一例としています。
『田中上奏文』の虚偽を徹底的に明らかにしなければ、日本の汚名をぬぐうことはできず、国際社会における正当な地位を回復し得ないのです。
この20世紀最大の謀略文書について、最近、ソ連が捏造したものだという新説が出ています。また、中国では田中上奏文は存在しなかったという見方が主流になりつつあるといいます。もしそうだとすると、わが国は、共産主義の謀略に見事に嵌められたことになります。
この文書がどういうものかということを振り返りながら、明らかになりつつある実態を確認してみたいと思います。
◆あり得ない文書が登場
『田中上奏文』には世界制覇の野望に基づく計画が書いてあり、天皇も承認した、それを実行に移したのが昭和3年の張作霖爆殺事件だ、その後の日本の行動はこの文書に書かれた計画に基づいている、という説が流布されています。
文書の一節には、「世界を征服しようと欲するなら、まず中国を征服せねばならない。中国を征服しようと思うなら、まず満州と蒙古を征服しなければならない。わが国は満州と蒙古の利権を手に入れ、そこを拠点に貿易などをよそおって全中国を服従させ、全中国の資源を奪うだろう。中国の資源をすべて征服すればインド、南洋諸島、中小アジア諸国そして欧州までがわが国の威風になびくだろう」とあるとされます。
『田中上奏文』の「田中」とは、昭和初期に首相を務めた陸軍大将・田中義一のことです。田中内閣が発足したのは、昭和2年(1927)4月20日。シナでは、軍閥、コミンテルン、共産党等が絡む事件が続き、わが国のシナへの対応が難しくなっていた時代です。
田中は組閣に当たり、昭和天皇より、外交には特に慎重熟慮するようにとの御言葉を賜りました。そこで、田中は、根本的な大陸政策を確立するために一大連絡会議を開きました。この東方会議の議決に基いて田中首相が天皇に上奏し、天皇が署名したとされるのが、『田中上奏文』です。そして、『上奏文』の計画の実行の第一歩として、昭和3年6月、関東軍は張作霖事件を起こしたとされるのです。
しかし、実際は、全く異なります。張作霖事件について、陸軍は真相を隠して事件の揉み消し工作をしたというのが通説です。田中義一首相は責任者を厳しく処分すると天皇に申し上げたのですが、真相究明に一年もの時間を掛けた挙げ句、白川陸軍大臣があれは陸軍が関与したのではないようだったので、行政処分にしましたと上奏したのです。すると天皇は、汝の今言っていることは前回に自分が総理に命じ、総理が約束したところと違っている、そんなことでは軍の規律を維持できない、と激しくお怒りになりました。田中首相は、お目通りもかなわない。そこで田中は非常な衝撃を受け、田中内閣は即日、総辞職。首相は謹慎して3ヶ月足らずの後に、狭心症で亡くなりました。
田中首相が上奏した文書を、天皇が承認して、計画を実行したなどということは、あり得ない話であるわけです。
昭和天皇は自ら立憲君主であろうとされ、政府が決めたことは、ご自分の意思にかかわらず、そのまま承認することに徹しられました。天皇がそのように徹するようになったきっかけこそ、田中義一首相の辞職事件だったことが、『昭和天皇独白録』に記されています。昭和天皇は、「この事件あつて以来、私は内閣の上奏する所のものは仮令自分が反対の意見を持っていても裁可を与える事に決心した」「田中に対しては,辞表を出さぬかといったのは、ベトー(=天皇の拒否権)を行ったのではなく、忠告をしたのであるけれども、この時以来、閣議決定に対し、意見は云ふが、ベトーは云わぬ事にした」と『独白録』に記されています。例外は、2・26事件と終戦のご聖断の2回のみです。
今日『田中上奏文』または『田中メモランダム』『田中メモリアル』と呼ばれる文書の存在に、日本政府が気づいたのは、昭和4年(1929)の9月でした。その時点で、すでに中国語版と英語版の両方があったようです。そして12月に、初めて中国語版の全文が活字の形で公表されました。漢文では『田中奏折』といいます。文書は、南京で出版された月刊誌『時事月報』の誌上に掲載されました。翌5年2月、わが国の外務省は中国各地の領事館に対し、流布の実況を調査し、中国官憲に抗議、取締りを申し入れるよう訓令しました。
英語版の公刊は、昭和6年(1931)9月、上海の雑誌『China Critic』に出たものが最初とされます。1930年代、米国で英語版のパンフレットが作られ、世界各国に広く配布されました。ソ連に本部のあるコミンテルンは、昭和6年12月、雑誌『国際共産主義者』にロシア語版を発表しました。
英訳された『田中上奏文』は、米国で強い反発を呼び起こしました。文書に「日本が世界制覇を達成するためには、まずシナ・蒙古を征服し、その過程で米国を倒さなければならない」という内容があり、米国との戦争が明確に打ち出されていたからです。ルーズベルト大統領もその内容に注目したことが記録されていると伝えられます。この文書は、米国の対日姿勢の硬化に一役買ったと言えましょう。(1)
◆反日宣伝の材料に
実は『田中上奏文』には、本来なら当然あるべき日本語の原典が、現れていないのです。また、内容には、文書内の日付などに矛盾や誤謬が多く、また、殊更どぎつい表現が使われています。到底、日本の首相が天皇に上奏するために書いた文書とは考えられません。昭和5年2月、わが国の外務省は、文書を偽造と断じ、シナの国民党政府に抗議したのです。
ところが、そうした文書が、シナでは絶好の「排日資料」として利用され、繰り返し宣伝されました。たとえば、昭和7年11月、国際連盟の第69回理事会で、満州事変が討議された際、中国の代表は『田中上奏文』に言及しました。日本代表・松岡洋右が、この文書を真実とみなす根拠を追求したところ、中国代表は「この問題の最善の証明は、実に今日の満州における全事態である」と答えました。ひどいこじつけの論法ですが、その後の東京裁判でも、中国は同じ論法を使っています。(2)
『田中上奏文』は10種類もの中国語版が出版され、大陸の津々浦々で流布されました。ロシア語版、英語版、ドイツ語版まで出されて、世界中に「世界征服を目指す日本」というイメージをばらまいたのです。ただし、「日本語訳」はありますが、日本語で書かれたはずの原典はいまだに発見されていません。最初から偽書であるから、原典が存在しないのです。
東京裁判では、米国・旧ソ連・中国などの連合国が日本を裁くうえで、『田中上奏文』を重要な根拠としたようです。
冒頭陳述において、キーナン主席検事は、日本は昭和3年以来、「世界征服」の共同謀議による侵略戦争を行ったとのべました。被告等が東アジア、太平洋、インド洋、あるいはこれと国境を接している、あらゆる諸国の軍事的、政治的、経済的支配の獲得、そして最後には、世界支配獲得の目的をもって宣戦をし、侵略戦争を行い、そのための共同謀議を組織し、実行したというのです。
なぜ昭和3年以来かというと、この年、張作霖爆殺事件が起こったからです。その事件が起点とされる理由は、『田中上奏文』が日本による計画的な中国侵略の始まりをこの事件としていることによります。
東京裁判で弁護団の中心となった清瀬一郎は、冒頭陳述の内容が、『田中上奏文』に基づいているのではないか、と気づきました。そして弁護団はこの文書が偽書であることを証明する戦術をとりました。
証言に立った蒋介石の部下、秦徳純に対して、林逸郎弁護人は「日本文の原文を見たことがあるのか」と質問しました。「見たことはない」と秦は答えました。ウェッブ裁判長の質問に対しても、「私は、それが真実のものであることを証明はできないし、同時に真実ではないことを証明することもできない。しかし、その後の日本の行動は、作者田中が、素晴らしい予言者であったように、私には見えるのである」と答えました。
結局、キーナン首席検事は、『田中上奏文』を証拠として提出しないことにしました。しかし、こうした信憑性のない文書をもとにして作られていた裁判の筋書きは改められずに、日本は、国家指導者の共同謀議によって、昭和3年以来、中国や英米等に対し、計画的な侵略戦争を行ったとして断罪されました。(3)
その後、『田中上奏文』が偽書であることは、国際的に定説となっており、欧米でも、代表的な百科事典である『エンサイクロペディア・アメリカーナ』や『ブリタニカ』に偽造文書と書かれています。一例として『ブリタニカ』の1990年版には次のように記されています。
「彼(田中義一)が満洲国の指導者張作霖の暗殺に関与した陸軍将校を処罰しようとした時、陸軍は彼を支持することを拒み、彼の内閣は倒れた。その後まもなく、田中は死亡した。天皇に中国での拡張政策を採用するよう助言したとされる文書”田中メモリアル”は、偽造されたもの(forgery)であることが明らかになっている」と。
◆中国人の手による偽造が濃厚
一体、誰が何の目的で、『田中上奏文』なる文書をつくり、世界にばらまいたのでしょうか。
中国で一般に流布されているのは、『田中上奏文』は昭和2年(1927)7月、昭和天皇に上奏された後、極秘文書として宮内庁の書庫深く納められていたのですが、翌3年6月、台湾人で満洲との間で貿易業をやっていた蔡智堪(さいちかん)という男が宮内省書庫に忍び込んで、二晩かかって書き写したものを中国語訳文にし、昭和4年12月に公表したものだとされています。
外国人が皇居の中にある宮内省に二晩も忍び込んで、訳文で25ページにもなる分量の文書を書き写したというのですから、荒唐無稽な話です。しかも、いまだにその日本語原文は発見さていないのです。
歴史家・秦郁彦氏は、『田中上奏文』が偽書である証拠として、9点を挙げています。そのうち主なものは以下のとおりです。
(1)田中が欧米旅行の帰途に上海で中国人刺客に襲われたというが、正確には「マニラ旅行の帰途、上海で朝鮮人の刺客に襲われた」ものである。田中本人が上奏した文書で、自分自身が襲われた事件を、このように書き間違えるはずがない。
(2)大正天皇は山県有朋らと9カ国条約の打開策を協議したというが、山県は9カ国条約調印の前に死去している。
(3)中国政府は吉海鉄道を敷設したというが、吉海鉄道の開設は昭和4年5月で、上奏したとされる昭和2年の2年後である。
(4)昭和2年に国際工業電気大会が東京で開かれる予定というが、昭和2年にこの種の大会はなかった。昭和4年10月の国際工業動力会議のことかと思われる。
秦氏は、このように記述の誤りを具体的に指摘し、偽作と断定しています。さらに、日本政府が『田中上奏文』の存在を知ったのが昭和4年9月であり、上記の(3)(4)と併せて、執筆時期を昭和4年6月から8月と見ています。
また、秦氏は、この時期に、張作霖の長男・張学良の日本担当秘書・王家驕iおうかてい)が、「10数回に分けて届いた」「機密文書」を中国語に訳させた上で、「整合性を持った文章」に直して印刷した、という手記を残していることから、王が偽造者だろうと推定しています。(4)
◆ソ連GPUが関与の疑い
産経新聞は、平成11年9月7日号で『田中上奏文』について報じました。前田徹ワシントン支局長は、次のようにリポートしています。
「ソ連国家政治保安部(GPU、ゲーペーウー、KGBの前身)がその偽造に深く関与していた可能性が強いことが、米国のソ連関連文書専門家によって明らかにされた。亡命したソ連指導者の一人、トロツキーが上奏文作成時の2年も前にモスクワでその原文を目にしていたことを根拠にしており、日米対立を操作する目的で工作したと推測している」と。
この専門家とは、米下院情報特別委員会の専門職員として、ソ連の謀略活動を研究してきたハーバート・ロマーシュタインです。彼は、米国でのソ連KGB活動の実態を明らかにするため、元KGB工作員で米国に亡命したレフチェンコ中尉と共同で調査を行いました。その際に、『田中上奏文』の作成にはソ連の情報機関が関与していたのではないか、との疑惑が浮かんできたのです。そしてトロツキーが、『田中上奏文』について証言した文書を発見したと記事は伝えています。
ロシア革命の指導者・トロツキーは、レーニンの死後、独裁を狙うスターリンに「人民の敵」というレッテルをはられ、海外に逃亡した先で暗殺されました。ロマーシュタイン氏は、トロツキーが昭和15年(1940)に、その死の直前に書いた遺稿ともいえる論文を、雑誌『第4インターナショナル』に投稿しており、その中に『田中上奏文』に関する重要な記述があることを発見したというのです。
この論文によると、トロツキーはまだソ連指導部の一人だった大正14年(1925)の夏ごろ、GPUのトップ、ジェルジンスキーから次のような説明を受けました。
「東京にいるスパイが大変な秘密文書を送ってきた。日本は世界制覇のために中国を征服し、さらに米国との戦争も想定している。天皇も承認している。これが明らかにされれば国際問題化し、日米関係がこじれて戦争に至る可能性もある」と。
産経の記事は、さらに次のように書いています。
「当初、トロツキーは『単なる文書だけで戦争は起こらない。天皇が直接、署名するとは考えられない』と否定的だったが、その内容が日本の好戦性と帝国主義的政策を説明するセンセーショナルなものだったためソ連共産党政治局の重要議題として取り扱いが協議され、結局、『ソ連で公表されると疑惑の目で見られるので、米国内のソ連の友人を通じて報道関係者に流し、公表すべきだ』とのトロツキーの意見が採用されたと証言している。
ロマーシュタイン氏はこうした経緯を検討した結果、GPUが25年(註 1925年=大正14年)に日本外務省内のスパイを通じてなんらかの部内文書を入手した可能性は強いが、田中上奏文は、盗み出した文書を土台に二七年に就任した田中義一首相署名の上奏文として仕立て上げたと断定している。
同氏によると、トロツキーが提案した『米国内の友人』を通しての公表計画は米国共産党が中心になって進めており、30年代に大量に配布された。しかも日本共産党の米国内での活動家を通じて日本語訳を出す準備をしていることを示す米共産党内部文書も見つかっており、実は田中上奏文の日本語版が存在しないことをも裏付けているという。」
◆日本の孤立を狙って、謀略宣伝に利用
『田中上奏文』について、もしロマーシュタイン氏の説が正しければ、次のようになります。ソ連共産党が捏造した文書を、米国共産党が世界にばらまいた、中国共産党は捏造だと分かった後も、今なお反日宣伝に使用し続けているーーそれが『田中上奏文』だ、と。
ロマーシュタイン氏の説に対し、秦郁彦氏は、年代が違うので基本的に誤りとして斥けています。
秦氏は、『田中上奏文』を分析し偽作と断定しています。偽作の時期については、日本政府が『田中上奏文』の存在を知ったのが昭和4年(1929)9月であり、執筆時期を同年の6月から8月と見ています。また、秦氏は、この時期に、張作霖の長男・張学良の日本担当秘書・王家驕iおうかてい)が、日本在住の台湾系日本人から「10数回に分けて届いた」「機密文書」を中国語に訳させた上で、「整合性を持った文章」に直して印刷した、という手記を残していることから、王が偽造者だろうと推定しています。
このように考える秦氏は、ロマーシュタイン氏の説、つまり、『田中上奏文』はGPUが、大正14年(1925)に日本外務省内のスパイを通じて盗み出したという何らかの文書を土台に捏造を行い、その素案を昭和2年(1927)に就任した田中義一首相署名の上奏文に仕立て上げたという説を、年代が違うので誤りとして否定するわけです。
しかし、私はなんらかの形で、この文書の作成と宣伝には、国際共産主義の組織的な連携があった可能性があると考えてきました。その理由は、スターリンが、日米関係をこじらせて日米を戦わせ、その結果、日本を共産化することを狙っていたからです。スターリンは、ことのほか日本での共産革命の実現を重視していました。その手段として、日米を戦わしめようと画策したのです。アメリカとの戦いで消耗しきったところで、日本で革命を起こすというのは、高等戦術です。
1930年代、スターリンは、この構想を発展させ、ルーズベルトを日米戦争に誘導していったという痕跡があります。その一例が、ハル・ノートです。昭和16年11月26日に提示されたハル・ノートは、日本を米国との戦争に踏み切らせる最後通牒のような役割をしました。この文書は、ソ連の諜報機関が米政府高官のソ連協力者、H・D・ホワイトに示唆して起草させたものでした。
『田中上奏文』は、最初にシナで発表されました。当時、コミンテルンは中国共産党に指令を出し、シナで次々に謀略事件を起こしていました。その一環としてシナで中国語版を公刊した可能性があります。アメリカでの英語版の出版も、コミンテルンの指示による国際的な展開と考えられます。私は、この可能性に注目してきたのです。
秦氏の説については、王家驍ェ原資料らしき「機密文書」を中国語に訳して、王自身が「整合性を持った文章」を作文して印刷したというよりも、ソ連共産党が捏造した文書を中国語に翻訳または翻案したと考えられます。その作業の時期を、秦氏のいうように昭和4年(1929)の6月から8月とすれば、それより前、大正14年(1925)以降にソ連でロシア語の原案がつくられ、田中義一が首相に就任した昭和2年以降に田中の上奏文として完成したと仮定すると、二つの説はつながると思います。王は、ソ連による捏造を隠すために、日本からの資料をもとに自分が書いたという説をあえて流布したのでしょう。
◆ロシアで、GPUの工作が明らかに
最近(平成18年3月)、私は衝撃的な新説を知りました。京都大学教授の中西輝政氏が、雑誌に書いたものを通じてです。月刊『諸君!』平成18年4月号に載った『崩れる「東京裁判」史観の根拠』が、それです。関係部分を引用します。
「2005年春、モスクワのロシア・テレビラジオ局(RTR)が、シリーズ番組『世界の諜報戦争』の中で「ロシア対日本」と題して2回にわたって調査取材番組を放映した。その中で確かな調査の結果として、初めて「『田中メモランダム』(田中上奏文のこと)は、日本の国際的信用を失墜させ日本を孤立させる目的で、ソ連の諜報機関OGPU(オーゲーペーウー、GPUと実体は同じ、KGBの前身)が、日本の公文書として偽造し全世界に流布させたものであると明らかにした」
「今回ロシア・テレビラジオが『田中上奏文』の製作元を確定させたのは、日露関係史の日本担当者アレクセイ・キリチェンコ氏(彼自身、ソ連時代KGBの日本担当官を務めた)の調査によってであったという。それによると、実際に『田中上奏文』の捏造を実行したのは、旧OGPU偽造部門であるが、その具体的な方法や関係した要員の名前などは今も『非公開』とされている、とのことである」
この新説が事実であれば、わが国は共産主義の国際的な謀略に、がっちりと嵌められたことになります。
キリチェンコ氏の調査結果は、前述のロマーシュタイン氏の説とどう絡むのでしょうか。私にはまだわかりません。仮にGPUが捏造したという場合、誰の指示によるのか、捏造の時期、土台にした文書、それとトロツキーが見たという文書の関係、中国語で翻訳と出版を行った組織、中国におけるGPUの工作、英訳とアメリカ等での出版等々――これから明らかにされねばならないことが、多くあります。
◆中国では「存在しなかった」が主流に?
いずれにせよ『田中上奏文』が偽書であることは、既に国際的に定説となっています。しかし、今なお中国は、これを本物として、対日外交に利用しています。
平成3年(1991)に北京で発行された『民国史大事典』では次のように記載されています。
「田中義一首相兼外相が1927年7月、天皇に奏呈した文書。内容は支那を征服するためには、まず満蒙を征服しなければならず、世界を征服するためには、まず支那を征服しなければならないとし、そのためには鉄血手段を以て、中国領土を分裂させることを目標としたもので、日本帝国主義の意図と世界に対する野心を暴露したもの」
わが国の歴史教科書をめぐる問題においても、人民日報は、『田中奏折』(中国名)を引用して、日本の教科書の内容を批判しています。また、中国政府は、『田中上奏文』は、日本が「支那を征服」するために計画した文書で、その一例が南京事件だと位置づけ、「日本帝国主義の意図と世界に対する野心」を著したものとして、青少年に教育しています。教科書にも『田中上奏文』が掲載され、国民に教育されているのです。
ところが、これに関し、高崎経済大学助教授の八木秀次氏が最近、興味深いことを伝えています。
昨年(平成17年)12月、当時「新しい歴史教科書をつくる会」の会長だった八木氏らのグループが、中国を訪問しました。その際、一行は中国政府直属の学術研究機関である中国社会科学院の日本研究所のスタッフと懇談しました。懇談の模様が、月刊『正論』平成18年4月号に掲載されました。(八木著『中国知識人との対話で分かった歴史問題の「急所」』)
その記事によると、懇談において、同研究所の所長・蒋立峰氏は、次のように述べたといいます。
「実は今、中国では田中上奏文は存在しなかったという見方がだんだん主流になりつつあるのです。そうした中国の研究成果を日本側はほんとうに知っているのでしょうか」と。
蒋氏は、社会科学院の世界歴史研究所や日本研究所で、日本近現代政治史や中日関係の研究を長年続けてきた中国の日本研究の責任者だということです。
八木氏は、記事につけた「解説」に、次のように書いています。
「田中上奏文に否定的な発言を引き出せたことは大きな収穫だった。私たちは訪問の翌日、盧溝橋の『中国人民抗日戦争記念館』を見学したが、そこには田中上奏文が、日本が世界征服を計画していたことを証明するものとして展示されていた。蒋立峰所長のいうように『田中上奏文が存在しなかったことが中国の主流になっている』のであれば、是非ともその撤去を申し入れていただきたい」と。
国際的に偽物と知られている『田中上奏文』を、今も本物と言い張っているのは、中国共産党です。政府の公式見解です。言論統制の極めて厳しい中国において、蒋立峰氏が述べたことは、何を意味するでしょうか。
私がまず思うのは、問題発言として追及され、蒋氏が左遷または弾圧されるのではないか、ということです。他に蒋氏と似た主張をしている学者も、同様でしょう。中国人民抗日戦争記念館からの展示の撤去や、教科書への掲載の取りやめは、簡単に実現し得ることではありません。『田中上奏文』について誤謬を認めることは、共産党の権威にかかわることです。国民に与えている歴史観の全体に影響が出るでしょう。近年最も力を入れて誇張している南京事件も、『田中上奏文』の計画に基づくものだとしているくらいだからです。
だから、中国側に期待を寄せることは、ほとんど意味がないだろうと思います。私が、今なすべきだと思うことは、日本政府が、『田中上奏文』について、知らしめることです。これが偽書であり、ソ連や中国がわが国を貶めるために捏造し、利用してきたことを、世界に伝えることです。それによって、日本人は自ら日本国と日本民族の汚名をそそがねばならないと思います。 『田中上奏文』の虚偽を徹底的に明らかにしなければ、国際社会における正当な地位を回復し得ないのです。
我々の先祖・先人のために、我々自身のために、そしてこれからこの国に生まれ、この国を生きていく子どもたちのために。
ところで、『田中上奏文』が今日まで日本を貶めることになったのは、あるジャーナリストの存在があります。エドガー・スノーです。彼は早くも昭和6年ごろから書いた「極東戦線」の中で、『田中上奏文』について触れ、さらに昭和16年に刊行した『アジアの戦争』において、この疑惑の文書を全世界に知らしめました。
彼のこうした行動の背後には、ソ連・中国・アメリカを結ぶ国際共産主義の宣伝工作が浮かび上がってきます。この点は、後の項目で詳しく触れることにします。(6)
(ページの頭へ)
註
(1)産経新聞平成11年9月7日号
(2)中村粲(あきら)著『大東亜戦争への道』(展転社)
(3)東京裁判については、以下の拙稿をご参照ください。
「日本弱体化のための東京裁判」
(4) 秦郁彦著『昭和史の謎を追う(上)』(文春文庫)
(5)ハル・ノートについては、第8章をお読み下さい。
(6)エドガー・スノーについては、第4章をお読み下さい。
※第二次世界大戦と日本の戦前戦後政治、日本のスパイ勢力と左翼
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