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「あなたの体が燃やせない」
無葬社会――彷徨う遺体 変わる仏教
火葬場現地ルポ、迫り来る多死社会
2016年10月31日(月)
鵜飼 秀徳
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/book/16/102400002/102400003/01.jpg
日本屈指の規模を誇る戸田葬祭場。中央左に火葬炉の15本の煙突が見える。炉は無煙化されている。手前はペット用の火葬炉
その施設は、高速道路沿いの林道を分け入った場所にあった。
玄関へと歩みを進めると、観音扉が自動で開いた。荘厳なエントランスホールから、白大理石に囲まれたロビーへと誘われる。革のソファに座ったカップルが、沈黙したまま、俯いて動かない。冷たく、重い空気が辺りを包み込んでいる。
初蝉が鳴き始めた2016年7月某日。筆者が訪れたのは、神奈川県横浜市金沢区にある火葬場、南部斎場である。午後3時過ぎ、1日の最終の会葬者が「最後のお別れ」を終え、骨上げ(拾骨)を待っているところだった。
首都圏で増える「直葬」
ロビーで見たカップルは、近年首都圏で増えている直葬の会葬者だと推測できる。直葬とは、葬式をせずに、火葬だけで済ませてしまう葬送のことだ。直葬の場合、最小限の親族だけが火葬場を訪れ、骨を拾って帰っていくのが通例である。
「我々のほうから葬式の形態や故人に関することをお聞きすることはありません。ですから確かなことは言えませんが、印象としては最近、1人か2人でいらっしゃる会葬者が増えてきたように思います」
南部斎場長はこのように語る。
死生観の変化や経済的理由によって、直葬の割合は年々増加傾向にある。現在、首都圏では3組に1組程度が直葬を選ぶようになっているとも言われている。斎場長は続ける。
「個人単位で故人を送る風潮が広がっているようですが、南部斎場でも象徴的なことが最近、ありました。一般の方から、直接斎場に電話が掛かってきましてね。『ただいま、家族が亡くなりました。お葬式をアレンジしていただけないでしょうか』とおっしゃる。普通、火葬場を予約するのは葬儀会社です。私は、『ここは火葬場です。お棺やお花、霊柩車の手配などは行っていないのですよ』と丁重にお断りしましたが、電話口のご遺族は、いたって真剣なんです」
火葬の手配は葬祭業者が仲介するのが通例だ。納棺や遺体の運搬などを個人でやろうとすると、事は容易ではない。この遺族は合理的に、費用をかけずに自分たちだけで火葬を終えたかったのだろうか。あるいは、葬送のしきたりを知らず、相談する相手もいなかったのだろうか。都会における葬送に対する考え方が、大きく変わってきているようだ。
南部斎場は、横浜市が運営する公営の火葬場である。横浜市内には計5カ所の火葬場があり、そのうち公営は4施設。1875年に開設された久保山斎場が最も古く、他に戸塚斎場、北部斎場、南部斎場がある。民営の火葬場としては、東急東横線の妙蓮寺駅近くに西寺尾火葬場がある。
ここ南部斎場は比較的新しい火葬場で、横浜市が急激な人口増の渦中にあった1991年、南部地方(金沢区、港南区、栄区、磯子区)の火葬需要の高まりに対応するため、火葬炉10基、葬祭ホール2室を備えた施設として稼働し始めた。
開場時間は夏期が朝9時から午後2時半まで。1日最大20体を火葬する能力がある。死亡者が多くなる冬期は時間を1時間延ばし、26体を火葬することが可能だ。
一般的に、1組当たりの火葬場での滞在時間は1時間半ほど。時間の内訳は読経が15分、火葬1時間、拾骨15分だ。南部斎場での火葬時間が1時間というのは、全国の火葬場ではやや短めの時間と言える。
地方都市では、火葬だけで1時間半以上かかるところも多い。一方で、最新型の炉を導入している東京都内の火葬場の場合、40分ほどで焼き上げることができるという。
熱気が籠る炉室
火夫(火葬技師)が働く炉室に入ると、熱気が籠もっていた。この日は、最後の火葬が終わって30分ほどが経過していたが、それでも少し滞在するだけで汗がにじんでくる。炉の高さは4メートルから5メートルあるだろうか、銀色に光る巨大炉が10基、ずらりと並ぶ様は壮観である。周辺環境に配慮し、煙を再燃焼させることで無煙化し、排気しているという。
「火葬の温度は約800度です。火葬が始まると、炉室は尋常ではないほど高温になります。この状態のままで作業すれば火夫は死んでしまいますので、この設備が付いています」
斎場長が指差したのは、各炉に向かって伸びている大きな送風口だ。火夫は一人ひとり背中に強い冷風を受けながら作業をするという。炉内にノズルが延びていて、そこから強烈な火炎が放射される。火夫がノズルを左右に動かしながら、丁寧に焼いていく。
火葬される遺体のサイズは様々だ。子供と大人、男性と女性、太った人から痩せた人まで、体格には大きな違いがある。遺体に心臓ペースメーカーが埋め込まれていた場合、爆発する危険性もあるという。だから、火夫が炉内を絶えず観察し、遺体がそったりした時には金属の棒を操り、定位置に戻しながら……。何でもロボット化の時代なのに、火葬は完全自動制御されていないのだ。
火葬の自動化・合理化が進まぬまま、今、首都圏では火葬場不足が深刻になっている。
横浜市の火葬場を統括する市健康福祉局の担当者は明かす。
「今年の1月は大変、混み合いました。予約サイトは7日先までしか予約できないのですが、朝の早い時間帯を除いて、予約が一杯でした。希望時間に予約が取れなければ、市内の別の斎場に振り替えることになります。横浜市の火葬場が混んでいる理由は、人口に対して火葬炉が少ないからです。横浜市は、政令指定都市の中で人口10万人当たりの火葬炉数が最下位に近い。死亡者数に対して、インフラが追いついていないのが現実です」
2003年度、市営4斎場の火葬数は2万206件だった。それが2014年度では2万8927件。確かに、近年、火葬需要がうなぎ上りに増えてきているようだ。
東京都足立区の西光寺の住職、嶋村喜久は、火葬に立ち会う僧侶という職業柄、最近の火葬場の変化を敏感に察していた。
「私は長年、火葬場に通っていますがね、先日、初めて炉前での順番待ちを経験しましたよ。数年前までは、全ての炉が満杯になるなんてことはほとんどなかった。ですが、その時は炉の全てが稼働中で、次の会葬者も炉前で最後のお別れをしている。さらに我々が、その後ろで待機しているという状態です。30分も待ちました。火葬の1週間待ちは、もはや当たり前。冬場ならまだしも、夏場の長期間の火葬待ちは、なかなか過酷なものがあります。ある葬儀屋さんがこっそり、『人が亡くなってから火葬場を押さえたのでは間に合わない。亡くなることを前提に、混み合いそうな時間帯は事前に押さえておく』と教えてくれましたよ。旅行会社が航空機の座席を予め確保しておく、まさにアレと同じです」
「友引」でも運用
横浜市の火葬場の予約サイトを見ると、確かに混み合っている。向こう3日間の予約はほぼ埋まっており、4、5日先は午前の早い時間帯しか空いていない。朝一番の火葬しか予約できない場合は、葬式を前日までに終わらせておき、一晩、どこかに遺体を安置しておくしかない。南部斎場では、霊安室は備えていないという。
火葬場が混み合う理由は、大量死と火葬場不足の悪循環だけではない。直葬の増加が影響している、と見る専門家もいる。直葬は葬式をしない分、会葬者は火葬場で時間をかけてお別れをする傾向にあるのだという。
火葬需要の高まりや混雑に対応するため、横浜市の火葬場では「友引」の日の稼働を始めた。一般的に友引の日は「友を呼ぶ」とのことで、葬式や火葬などを避ける傾向がある。そのため、葬祭関連施設は休館になっていることが多い。
だが、現実はそんなことも言っていられない状況で、横浜市の火葬場では友引の日の受け入れを始めた。同様に、都内や名古屋市などの斎場でも友引の運用を始めている。
さらに横浜市はもうひとつ、対策を講じている。市外の住民からの予約に制限を設けたのだ。近隣自治体の火葬場も横浜市と同じ需要過多状態であり、市外からの遺体が持ち込まれてくることがある。それが、ますます待機時間を長引かせる要因になっている。市外の人で横浜市の火葬場を使いたい場合、利用の3日前に空きがある場合のみ、受け付けるという。
だが、「ソフト=火葬場の運用法」を変えるだけでは、いずれ火葬場のパンクは目に見えている。「待機遺体」を改善するには、「ハード=火葬場の増設」しかないが、「迷惑施設」である火葬場の新設は極めて難しいのが実情だ。
火葬場建設の際には、必ずといっていいほど住民の反対運動が起きるが、人口が増え続ける首都圏ではやむにやまれず新設するケースも出てきて、現在、埼玉県川口市や千葉県習志野市などで公営の火葬場が建設(もしくは計画)中だ。
(第2回に続く)=敬称略=
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『無葬社会――彷徨う遺体 変わる仏教』
鵜飼秀徳著/日経BP/1700円(税別)
遺体や遺骨が彷徨う時代――。既に日本は死者数が出生数を上回る「多死時代」に突入した。
今後20年以上に渡って150万人規模の死者数が続く。
遺体や遺骨の「処理」を巡って、死の現場では様々な問題が起きている。
首都圏の火葬場は混み合い「火葬10日待ち」状態。
遺体ホテルと呼ばれる霊安室ビジネスが出現し、住民運動が持ち上がっている。
都会の集合住宅では孤独死体が続々と見つかり、スーパーのトイレに遺骨が捨てられる――。
「無葬社会」が、日本を覆い尽くそうとしている。
そこで僧侶や寺はどう向かい合えばいいのか。
「イエ」や「ムラ」が解体され、墓はどうなる?
現代日本における死のかたちを通して、供養の意義、宗教の本質に迫る。
『寺院消滅〜失われる「地方」と「宗教」〜』の著者、渾身の第2弾。
このコラムについて
無葬社会――彷徨う遺体 変わる仏教
「多死時代」に突入した日本。今後20年以上に渡って150万人規模の死者数が続く。
遺体や遺骨の「処理」を巡って、いま、“死の現場”では悩ましい問題が起きている。
首都圏の火葬場は混み合い「火葬10日待ち」状態。
遺体ホテルと呼ばれる霊安室ビジネスが出現し、住民運動が持ち上がっている。
都会の集合住宅では孤独死体が続々と見つかり、スーパーのトイレに遺骨が捨てられる――。
原因は、地方都市の「イエ」や「ムラ」の解体にある。その結果、地方で次々と消える寺院や墓。
地方寺院を食う形で、都市部の寺院が肥大化していく。
都心では数千の遺骨を納める巨大納骨堂の建設ラッシュを迎えている。だが、そこに隠される落とし穴――。
日本を覆い尽くさんばかりの「無葬社会」の現実。
現代日本における死のかたちを通して、供養の意義、宗教の本質に迫る。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/book/16/102400002/102400003/
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