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(回答先: 力道山・刺殺事件 投稿者 新世紀人 日時 2009 年 1 月 28 日 12:58:28)
http://www.bnn-s.com/news/08/12/081207145225.html
「国技」と「興行」に縛られる大相撲の限界
12月07日(日) 15時00
文:糸田
北の湖前理事長が文科省の呼び出しを受けたことを報じた2007年9月29日付の日刊スポーツ
今回はアメフトを離れて僕の好きな相撲の「八百長問題」の話をしたいと思います。
週刊現代の八百長疑惑報道に対して、日本相撲協会が名誉毀損で提訴した裁判で、八百長を指摘された横綱・朝青龍と前理事長の北の湖(元横綱)が出廷した様子などが、新聞やテレビで大々的に報道されました。
角界の「八百長」に関しては、これまで引退した力士や親方のなどの証言などを取り上げ、週刊誌などの媒体が疑惑を報じてきましたが、今回のように新聞・テレビなどの大メディアが報じることは無く、疑惑が浮上してはいつの間にか消えてしまい、うやむやになってきました。
大多数の人が思っていることでしょうが、大相撲の八百長は間違いなく「ある」でしょう。週刊誌の報じるように常態化しているかどうかは定かではありませんが、角界に「注射」や「無気力相撲」という言葉があること自体がそれを認めています。
相撲は日本古来からの神道に基く神事で、現在も日本各地の神社では奉納相撲が行われています。江戸時代に入ると職業力士による興行相撲が行われ、相撲協会の前身となる組織も作られました。そして、現在は国技と呼ばれています。
しかし、「興行」とは一種の「見せ物」であり、取り組み全体を通して客を喜ばせるためのものです。力士は「個人営業主」ではなく、組織の繁栄(興行の収益)も考えなければなりません。ですから八百長は興行相撲が始まった当初から行われていたと考えられます。そもそも「八百長」という言葉の由来は江戸時代の相撲に起因しています。
力士は一門や部屋などで多少の違いはありますが、同じ釜の飯を食う仲間として共存しなければならない点は江戸時代から変わっていません。そんな中で庇い合いや助け合いがあっても不思議はないでしょう。
かつて、「八百長」がここまで騒がれたことはありませんでした。昨年から角界で起きている「朝青龍騒動」や「集団リンチ死亡事件」、「大麻問題」などの前代未聞の醜聞に新聞やテレビも無視できなくなったというのもありますが、「不正は許されない」といった世相も関係しているでしょう。
相撲は神事や祭り、伝統芸能、格闘技などのさまざまな側面を持っています。興行の成り立ちや発展を考えると、以前の相撲ファンはプロレスを見ているような感覚もあったのではないかと思います。時に相撲の「八百長」を組織防衛や互助精神の一部として、大目に見てきた時期が続いたとも考えられます。しかし、国技として扱われている相撲は、その伝統こそが変化を拒み、時代の遺物となりつつあります。
プロレスファンの中には「八百長」を前提に楽しむ人もいますが、外国人力士に侵食される相撲協会は、今日までこの黒船来襲と八百長問題に覚醒することなく、土俵際でうろたえるばかりです。
興行相撲と国技、この相反する命題を背負った角界に残った不債を「八百長」と考えれば、「改革」などといった勇ましい言葉は砂上の楼閣に過ぎません。
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