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(回答先: Re: 自分の頭で考えましょう 投稿者 夏水仙 日時 2006 年 11 月 04 日 07:42:19)
「自分の頭で考え」ることなく、自分のものにしてない言葉は、所詮、一面的かつ浅いものだなwwww
>日本は韓国を独立させたことは厳然たる事実でしょ。
>下関条約の最初に何て書かれたのかご存じないのかな?
条約に書かれた言葉が全て、かい?
だったら、第一次大戦以降、戦争に関わることには全て日本に非があるとした
サンフランシスコ講和条約を受け入れてるのだから、お前さんの言ってるコトも
無意味になるはずだが。 www
条約上の言葉にしても、その当時の力関係なり、状況の反映とか投影でもあるのだから、それをどのように解釈するのか?を含めて、当時の国際情勢に加えて、歴史的文脈でも考察されるべき、じゃないの?ww
でその国際情勢だが、日清・日露の頃に日本に居たビゴーの描いた風刺漫画なんかは、学校の教材なんかでもよく使われている程だから、当時の状況を良く捉えていると言えるんじゃないかな。 例の、川を挟んで中国人の太公望と日本人の侍が(朝鮮という)魚を釣り上げようとしているのを、橋の上から露西亜人が眺めてるってやつ。 また歴史的経緯からも、たった10年で属国、その5年後に併合しているのだから、そもそも独立を意図したのではなく、清国或いは中華世界から韓国を切り離すことを狙った便法であり、その為のレトリックに過ぎなかった、ということになるだろう。
それを見事に言い表してるのが「独立自主を損害するような朝鮮国から清国に対する貢・献上・典礼等は永遠に廃止する」という箇所だ。
何故なら、これは中華世界におけるレジティマシィ=権力の正統性は何処から来るのか?というのを指し示しているからだ。 それへの無知・無理解が次の箇所
>国王が門まで出向いて、頭を地に付けて使者に礼拝するという屈辱的なこと
例えば韓国の映画やドラマなどでよく見掛けるが、子供が父親に対して、或いは婿殿が義理の父などに、床に頭をすり付け、平伏す、我々からしたら極端にも感じる挨拶だけど、やってる本人は屈辱を感じてると思うのかね?www
日本の土下座もその流れらしいが、権威とか超越的な対象へ、自らを投げ出して平伏すというのは、インド仏教の五体投地に由来する東アジアの宗教的儀礼のようだけどね。
>朝鮮は清国とは対等な関係ではなく属国だったということになる。
やれやれ、超越的(宗教的)権威と王権の関係ということを知らないのかね。www
日本で言えば天皇と将軍、中華世界の中心(頂点)と繋がることによって、王権(世俗的権力)は担保されるということであって、必ずしもそれは清国と朝鮮の政治的関係を意味するわけではないのさ。 このような中華世界と島国日本の小中華世界の関係は、ローマ教会と英国国教会に似ていて、カトリックには属さないけど、キリスト教ということでは同じ様に、権威の源泉は、やはり、中華世界にあるわけ、だから江戸時代までの天皇の正装は中国服ということになってるわけさ。
だから、近代になって、中華世界から離脱するとなると、自前の超越的権威を新たに創り出さねばならない、それもキリスト教に似せた!
今、北朝鮮が’檀君神話’などを利用して、「朝鮮4000年の歴史」なんてコトを言っておるが、彼らを笑うことを出来ないのは、ついこの前まで、それは我が日本がやったことだからだ。(紀元2600年!)
逆に言うなら、それだけこのレジティマシィという問題は根源的なのであって、お前さんのような、薄っぺらで一面的な思考及び理解力ではとても無理だと思うがwww