★阿修羅♪ > 議論23 > 384.html ★阿修羅♪ |
Tweet |
(回答先: 難しい議論ですね。 投稿者 heart 日時 2006 年 6 月 11 日 13:39:13)
hearさん、こんにちは。
レスを戴きましてありがとうございます。
> 何と答えていいものかどうかまだ考えがまとまらないのですが、
思いついた事をすぐ言葉にしてしまうのは、私の悪い癖です。
頭を煩わせてしまい申し訳ありません。
最近の阿修羅では、個ではなく他を重んずる社会という様な対話が、
数多くなされております。
そんな中で、piyopiyさんが以下の様な投稿をされました。
無関心という闇の中で・・・
http://asyura2.com/0601/idletalk18/msg/292.html
>憎悪と不安がその傾向に拍車をかけようとしている。
個の社会の弊害が未だ弊害と認識されていないところに問題の根底があるように感じられる。
個の権利と全体の発展には論理的矛盾と無関心が大きく立ちはだかる。
なぜなら、個々人の行動と全体をどこで均衡化させるかなど不毛な議論だからだ。
また、ワヤクチャさんによる以下の投稿
自殺って究極の自己否定ですね。
http://asyura2.com/0601/idletalk18/msg/286.html
私的所有の廃止の為に人口削減を!
http://asyura2.com/0601/dispute23/msg/378.html
全ては、このツリーの乃依さんのご投稿と無関係ではないと考えます。
私は理想として、
他を重んじる事によって、個が成り立つと云う思想は、
今の世の中を救う為の道しるべになると思っております。
しかし、そのような事を意識しながらも実生活では、それに反する行為を
選択する場面が数限りなくあるのが現実です。
今、以前から阿修羅で度々紹介されているジャック ロンドンのどん底の人びとを読んでおりますが、
我々に待ち受ける悲慘極まりない現實
http://asyura2.com/0601/social3/msg/192.html
我々に起こっている現実は、もっと庶民には判りづらく
サラ金による借金による、破産、自己破産、自殺、
果ては、臓器売買へと悲惨になっているのにも関わらず、
テレビでは、相も変わらず平穏無事の世の中を放映し、
庶民の苦しみが、自己責任の名の下に背後へ隠されてしまっているのです。
我々は社会という言葉を使いますが、社会とは我々自身であり、
我々の一人一人の行動、選択が社会を作っているのだ、
ということを忘れてはならないと思うのです。
そんな中で、各人の気づきと云うものが社会を大きく変える要素となると
感じております。
日々の生活の中で、私は数多くの過ちを犯し、反省する事ばかりの
生活を送っております。
それは、私に植え付けられた欲望への反応、思い込みによるものから
発生していると思っております。
石工の都仙臺市さんの以下のご投稿
日本の基督者に讀んで欲しい一册
http://asyura2.com/0601/cult3/msg/139.html
>正に一人の武士の子たるの余に相應しきは、自尊と獨立である。權謀術數と詐欺不誠實
との嫌惡者たることである。武士の掟は、「金錢を愛するはもろもろの惡の根なり」とい
ふ基督教の律法に劣らざるものである。
かつての江戸の武士達の思想、生活から学ぶべき事は多いと思います。
過去を紐解き、もう一度日本人というものの本性を見つめ直す事は、
この社会の変革の為に必要でないはずがないと思っております。
議論が成り立たない文章になっている事をお詫びいたします。
人間の価値観は、ころころ変わりますが、日本人に深く根付いている
性格、性質は、そう簡単には変らないと思っております。
深く、沈思して、自分のあり方を見つめたいと思っております。
とりとめもなくて、失礼いたしました。